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空想垂れ流し 短編その2「夢」

短編その2「夢」

二部一話投下したのでこちらでも短編掲載します。
時系列的には本編よりも同時期か少しだけ先かの話です。




 これはある一人の男の物語。
 男が辿る可能性の一つ。
 未だ定まらぬ未来の物語。


 夢、を、見ていたかった。
 夢で、あってほしかった。
 どうしてだろう。
 どうして、こんなにも世界は残酷なのだろう。

 ――願わくば、起きた瞬間、これが夢であることを願って
 彼は――シン・アスカは瞳を閉じた

「ほら、シン!!起きてください!!」
「うーん、もうちょっと……」
「ああ、もうフェイトさんもまた潜り込んで!!週に一回はシンも休みたいって言ってたじゃないですか!!」

 ――隣に眠るYシャツ一枚の金髪の女性――フェイト・T・ハラオウン。
 そしてベッドの前でエプロンをつけて、こちらに向かって怒鳴る青色の髪の女性――ギンガ・ナカジマ。
 ふと、身体に感じる柔らかい感触――フェイトが顔を近づけていた。

「ねえ、シン……私、今日……休みなんだ……」

 熱っぽいフェイトの吐息。瞳を向ければ、彼女の瞳は少しだけ潤んでいた。
 そして、おもむろに自分のYシャツに手を掛けて、そのボタンを一つパチンと外した。
 その様子を見て、青色の髪の女性は慌てて、彼女を引き剥がす。

「だ、だから、朝っぱらから寝ぼけて何やってるんですか、貴女は!?ああ、脱ぐな!!脱ぐなああ!!」

 そうやって、押し問答を繰り返す二人。自分が知る彼女達よりも年月を経たような二人は、朝日の中で輝いていて、綺麗で、幸せそうで――

「……シン、駄目……?」

 そうして、ギンガを片手で押しのけて、もう一つ、ボタンを外す――少しだけ赤らめたその顔。
 無邪気な天使のようでいて、女としての喜びに満ち溢れたその素顔。潤んだ瞳と相まって、彼女の鮮烈な美しさを更に際立たせ――その後ろでジタバタしているギンガを抑える手は青筋すら浮かんでいるが――シン・アスカは見惚れてしまった。
 そして、その桜色の唇が言葉を紡ぐ――淫靡さすら伴わせて。

「ね?……しよ?」

 ドクンと心臓が大きく鳴り響く――彼の人生の中でこれほど響いたことは無かったほどに大きく。

(する?何をするんですか?ああ、あれか。朝食を一緒に食べようとか、模擬戦をしようとか、そういうコトなのか。あはは、なら、そんな風に変な格好しなくても、いいじゃないですか、フェイトさん。)

 言葉にならず、パクパクと口を動かすシン。緊張と混乱のあまり、喋っているはずなのに言葉が出ていない。

「……う、ん」

 悩ましげな声で彼女が擦り寄ってくる。無論、奥でジタバタするギンガを押さえつけたままだ。

「ねえ……シン?」
「あ、あはは」
(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ)

 乾いた笑い。
 もはや笑うしかなかった。極度の混乱は彼から真っ当な思考を停止させる。
 その様は正に蛇に睨まれた蛙――それ、そのものだったから。金色の女豹はそうして、ニッコリと笑うと彼に飛び掛ろうとして――

「だから――しよ?じゃないって言ってるでしょおおおおおおお!!!!」

 一撃必殺――リボルビングステーク。ギンガ・ナカジマ、渾身の一手はフェイトの手を弾き返し、彼女に迫る。

「――ソニックムーブ。」

 詠唱――発動。
 フェイトの姿が掻き消える。そして、彼女はその裸身にYシャツ一枚を着ただけという姿で壁際に立っていた――無論、下着は黒である。

「……おはよう、ギンガ。」
「――おはようございます、フェイトさん。」

 視線と視線が交錯する。
 裸Yシャツの女豹はその瞳に邪魔されたと言う敵意を滲ませ、エプロンの女豹は抜け駆けしたことへの敵意を滲ませ。
 空気が帯電する。比喩ではなく、現実として。

「……夢だ、夢に違いない。」

 ガクガクと震えながらシンは呟く。
 自分が知る二人は決してこんな状況を起こさないし、起こる余地も無い。
 何がどうなって、こうなっているのか。意味が分からないし、さっぱり意味が分からない。

「……寝よう。」

 シン・アスカは――そこで瞳を閉じて意識を手放した。
 男の名前はシン・アスカ。
 機動6課ライトニング分隊所属の一人の魔導師。そして――生まれ育った世界から弾かれた負け犬だ。
 ……そのはずだ。多分。

SOWW~Seed Destiny Cross Story~番外編「夢」

「……夢だ。きっと夢だ。」
「シン、本当に大丈夫ですか?」
「……シン、大丈夫?」

 女性二人に挟まれるカタチでシンは歩く。
 もはや何だコリャである。

(落ち着け、落ち着けよ、シン・アスカ。クールだ、クールになるんだ。まず、昨日は何してた……?)

 いつも通りである。
 シン・アスカの日常など、毎日基本的に変わらない――つまりは訓練と模擬戦と事務。
 そして夜はあの化け物の映像を繰り返し見続けて、意識を失うようにして眠りについた。
 いつも通りだ。夕飯のメニューまで完璧である。

(じゃ、どうなってるんだ!!)

 心中で叫ぶ。出来ればあの青い空に向かって叫びたい。何がどうなってるんだと。
 だが、傍らの二人はそんなシンの様子を本気で心配している。

(い、いい人なんだ、いい人なのは間違いないんだ……!!)

 だが、こう身体を寄せてくるのは何故だ。何で、腕を絡めたがる。何でそんなに頬が赤い。何でそんなに近づいてくる。
 今、分かることは一つ。
 自分はどこか違う世界――恐らくは未来に飛んできた。そういうことだ。
 先ほど見たカレンダーには新暦82年――つまりは、シンがいた時代から6年後の世界である。
 とにかく、そんなファンタジーのような話は決してありえないことではあるが、現実として起こっている以上はどうしようもない。
 元より、自分と言う存在自体が得体の知れない力で、この世界に現れたのだ。
 また、別の世界――時代に行くくらいあるだろう。多分。むしろ、問題はそこではない。別の世界に移動したとか別の時代に移動したなど問題ではないのだ。
 問題なのは、目の前の二人。何がどうなって、“あの”フェイトがこれほどに変貌したのかは分からないが。と言うか知りたくも無い。大体、どうしたら自分とこの二人が同棲するなどというコトが起こりうるのか。
 一体未来の自分は何をしたんだ。そう、言いたくなる。

(“俺”はいつもこんなことをしてるのか!何やってるんだよ、俺は!!)

 自分に向けて恨みを吐いても仕方が無いが吐きたくもなる。
 傍から見れば、極楽に見えるかもしれない。だが、本人にしてみると最悪だ。彼はこんな状況に耐えられない。

「シン?」

 フェイトがいきなり身体を寄せてくる。そして腕を取ると、そのふくよかな胸を――押しつけてきた。
 シンの頬が赤く染まる。そして背筋に鳥肌が立ち出す。元来、こういうシチュエーションに慣れていないのだ。
 故に耐性などまるで無い彼は動揺する。“あの”模擬戦の面影など今の彼には皆無――単なるヘタレである。

「ちょ、ちょっとフェイトさん、当たってる、当たってる!!」

 叫ぶシンに対してフェイトは少しだけ得意げにニッコリと笑って、言い放つ。無論、頬を染めて、だ。

「当ててるんだよ?」
(ノーーーーーウ!!!!ちょっと待て!!アンタ、そんなキャラじゃないだろ!?)

 その言葉に対抗したようにフェイトの逆側――ギンガも残っていた腕を取ると身体を押し付けてきた。

「……」

 だが、こちらはシンと同じく赤面しながらだった。微妙に俯いている。

「……な、何してるんですか」
「……当ててます。」
(うおおおおい!!アンタ何、対抗意識燃やしてんだああああああ!!!!)

 心中で叫ぶシン。フェイトさんとギンガさんのオーバーヒートっぷりにシンは翻弄されまくり、もはや面影などまるでありません。

「ちょ、ちょっと待ってくださいね!?お、俺は、別に、」
「?」
「なんですか?」
「い、いや、俺は……俺は……そうだ!!!実はですね、実はですね……!!」

 ――考えろ、シン・アスカ。どうしたら、この場を切り抜けられる?どうしたらいい?逃げるか――無理だ。あのソニックムーブの前で逃げるなど不可能。ならば、正面突破――リボルビングステークで貫かれます。どうする?どうする?シン・アスカならどうする!?

「あ」

 その時、シンに電流走る――そう、天啓が閃いた。

(……そうだ、これなら――!!)

 にやり、と笑うシン。
 いきなり微笑んだシンに対してフェイトとギンガはきょとんとした顔をする――ひとつ断っておくと彼女達にとってもこれが日常と言う訳ではなかった。
 幾らなんでもそれでは変態である。では何故彼女達がこんなことをしているのか?それはたまたまシンがある日に居合わせたからだ。
 ある、大事な、“約束の日”に。だから、今日の彼女たちは“特別”なのだ。
 ……そのことをシン・アスカが知るはずも無いのだが。

「どうしたの?」
「なんなんですか、シン?」

 二人の顔がこちらに向けられる。
 青色の瞳と赤色の瞳が彼を射抜く――そして、口を開こうとし、止まる。
 良く考えたら、このアイデア、やばいんじゃないか――というか引っかかる訳が無いと気付いたからだ。
 だが、口に出そうとした言葉は止まらない。

「き、きお、」
「キオ?」
「……誰ですか、それ?」

 二人とも誰かの名前と勘違いしているらしい。ギンガなどは眉を吊り上げている。
 ――言うしか無い。
 シンは意を決して口を開き――

「き、記憶喪失なんでぷぽっ」

 噛んだ。噛みまくった。

「……」
「……」

 その場に沈黙が流れた。一陣の風が流れていく――どこかでカラスが鳴いているような声がした。

「だ、だから、実は、皆さんのことがわからない……」

 一応、頭を抑えて、そんな感じを装ってみた。

(い、今更、無理があったか?)

 ありすぎである。これで誤魔化させるとしたら、それはどれだけ――

「本当に!?」

誤魔化せた。金色の女豹は問題なく誤魔化せてしまった。

(マジかよ、この人!?)
「……ふーん、そうですか。」

 だが、流石にギンガは騙せない。というかこっちの反応が普通である。
 シンは記憶喪失と聞いて本気で心配し出すフェイトと半眼で睨み付けるギンガを見て、思った。

(胃が、痛い。)


「それで此処に?」
「ええ、シャマル先生なら何とかなら無いかなと。」
「……ど、どうも。」

 シンは申し訳なさそうにシャマルに向かって頭を下げる。
 彼女は今、ギンガが所属する教導隊の医務室に配属されていた。

「記憶喪失ねえ……また、ギンガが吹き飛ばしたんじゃないでしょうね?」

 じとり、とギンガを睨み付けるシャマル。そう言われてギンガは慌てて、否定する。

「ち、違いますよ、今回は別に、そういうのじゃ……」
(今回ってことはたまにあるのか……)

 “自分”は一体どういう状況で生きているんだろうか。というかどうしてフェイトとギンガの二人と同棲してるのに誰も何も言わないのだろうか。
 シンはそれが不思議で仕方がなかった。

「それじゃフェイトちゃん?」
「わ、私は今日はただシンとたまにはイチャイチャしたいなと」
(……耳に毒だ。)

 聞こえない振りをするシン。
 本当に耳に毒だった――それは甘い砂糖菓子のような毒ではあったが。

「うーん、これと言っておかしなところは無いけど――シン君は昨日何してたの?」
「確か、帰ってきて、一緒にご飯食べてたらフェイトさんが、接待でまた触られたって泣きながら帰ってきて……」
「それで私がシンと一緒にお風呂に入ろうとしたら、ギンガに邪魔されてって言うか吹き飛ばされて……」
「……それでシンがとりあえず風邪っぽいから寝るよって言って……」
「全員、寝静まった後にシンのベッドに私が……潜り込んで、終わり、かな?」
「……もういいわ、フェイトちゃん、ギンガ、ありがとう。」

 頭に手を当て、瞳をつむるシャマル。
 それはそうだろう。彼女たちの話を聞いていたシンも頭を抱えたくなったくらいだ。
 だが、それでもシャマルはしっかりと答えを返した。その様は正にキャリアウーマン。白衣を着こなす女性は一味違う。
 そんな馬鹿なことをシンは思った。

「となると今関わっていた案件にでも関係あるのかしらね?」
「……そうなると」

 ギンガが呟いた。

「はやてちゃんは今出張中でいないから……シグナムにでも聞いてみたらどうかしら?」

 そう言ってシャマルはギンガにシグナムの居場所を伝える。

(シグナムさん……か。会いたいような会いたくないような。)

 嫌な予感がするのだ。どうにも厄介事はまだ終わっていない。
 そんな予感をひしひしと感じるシンだった。


「記憶喪失だと?」
「……はい。」

 そう言って黙り込んでいるシンを見やるシグナム。
 シグナム――烈火の将の異名を取る彼女は今、主である八神はやて直属の部下として、ここ、時空管理局本局に勤めている。

「……ギンガが吹き飛ばしたのか?」

 じとり、とギンガを睨むシグナム。
 ギンガはそれに慌てて手を振って否定する。

「違いますよ!」
「では、テスタロッサか?」

 視線を受けるとフェイトは唇を吊り上げ、ヒクヒクと震わせながら、半眼で睨みつける。

「シ、シグナム……私がそんなことすると思いますか?」
(……俺、よく生きてるよな。)

 切実にそう思った。シャマルだけなら、まだ彼女の茶目っ気なのだろうと思ったが、二人も続くとさすがに怖くなってくる。
 なんだろう。未来の自分はそんなに毎日彼女達二人に吹き飛ばされているのだろうか。

「……果報者だな、貴様は。」

 そう言って、シグナムはシンの方を見やるとニヤリと微笑む。

「ど、どういたしまして、です。」

 頭を下げるシンを見ながらシグナムは、デバイスを操作して通信を開始――そして、通話を始めた。

「――ああ、今、三人が来てる。こちらに来れるか?」
「……シグナム、誰ですか?」
「ん?いや、スバルとティアナがちょうどこっちに来ていたところだったからな。どうせ、しばらく会っていないんだろう?アスカのこともある。顔を会わせてみたらどうだ?」
(スバルとティアナ……か。さすがにあいつらもってことは無いよな。)

 一縷の望み。それは流石にあいつらまでおかしくなってないだろうと言うものだ。
 それはそうだ。ティアナ・ランスター、スバル・ナカジマ。彼女達は年下でありながら自分などよりもよほどしっかりしているのだから。
 ……無論、それも簡単に破られる訳ではあるが。


「記憶喪失……?」

 そう、スバルはそう呟くとギンガに向き直る。

「ギン姉……またやったの?」
「あ、あのね、スバル……」

 先ほどと同じ質問にギンガは、少々疲れたように返答する。

「フェイトさんですか?」
「だから、私は別に……!」

 その横ではフェイトに向かって、ティアナが半眼でスバルと同じ質問を繰り返す。

(俺って本当に何で生きてるんだ?)

 本当に、切実にそう思った。
 シン・アスカ。彼はコーディネイターだ。確かにその肉体強度は通常よりも頑強であろう。だが、毎日毎日、非殺傷設定の魔法を喰らい続けて無事でいられるのだろうか。
 リボルビングステーク。
 ライオットザンバー。

(……いや、死ぬだろ。)

 一も二も無く、否定するシン。あれほどの一撃を喰らい続けるなどどんな人間であろうと不可能である。
 ひっそりとガクガクと心中で震えていたシンを放って、スバルとティアナは話を続ける。

「けど、シンも幸せだよね、本当に。こんな可愛い人二人も捕まえちゃってさ。」
「……本当にね。普通は単なる浮気者で断罪されるところだっていうのに……・」

 そういうティアナの表情はどこか悔しげだった。何と言うか……“逃した魚は大きかった”、と言いたげな。

「あれ?ティアナ、何怒ってるの?」
「は、はあ!?わ、私は別に、何も……」

 いきなり、話を振られたティアナ。心なしかその頬は赤面している。
 ギンガとフェイトは目つきを変える。

 ――女豹の視線へと。

「ティアナ……」
「まさか、ね。」

 低く、底冷えするような声音を出して、二人はティアナへと振り向く。
 ティアナはそれを見て、背筋に冷や汗が流れるのを止められなかった。

 ――ああ、やばい。

 脱兎の如く、ティアナ・ランスターは表情転換し、戦略的撤退を試みる。
 彼女は知っているからだ。こうなったこの二人がどれだけ危険かを。それゆえに、シン・アスカは管理局内で“猛獣使い”という二つ名を得るに至ったことを。

「ち、違いますよ!浮気者って言いたかっただけで!!」
「シンはどう思って……あれ、シン?」
「……逃げた?」

 シン・アスカは忽然と消えていた。厳密に言うと、脱兎の如く“逃げ出した”。


「……はあ、はあ、はあ……も、もう勘弁してくれ」

 逃げてきた場所は屋上。茜色に染まる世界。明らかに自分のいる場所とは違う、居心地の悪い世界。
 別にギンガやフェイトが嫌いな訳ではなかった。
 単純な話だ。
 ここは自分がいるべき場所じゃない。そう、思っただけだった。

「――俺は戻れる、のか?」

 不安を胸にシンは一人呟く。それが表情に出てしまっていたのだろうか。クスクスという笑い声が聞こえてきた。
 思わずそちらを振り向いた。
 そこには先客がいた。

「アンタは……」

 思わず、初めて会った時のような態度が表に出る。それはシン・アスカにとって何よりも“大事な”人間――八神はやて。

「何や、鳩が豆鉄砲食らったような顔しよって。」
「八神、部隊長。」
「へえ、ホントに入れ替わってるんやな。」

 そう言ってはやてはシンに向かって手を伸ばす。
 あれから6年と言う年月を経て、幼さを残していた彼女は、立派な女性になっていた。柔らかな微笑み――自分の前で決して見せない微笑み。

「ようこそ、シン・アスカ。ここは、未だ確定されて無い“未来”。キミが選んだ一つの結果――その可能性や。」

 茜色に染められた柔らかな微笑み。
 過去、鋼鉄の鎧を心に纏っていた女はそう、囁いた。


「俺が、選んだ、ひとつの結果って……」

 シンは呆然とその言葉に答えた。訳が、分からなかったからだ。流れていく状況が早すぎて何も理解出来ていない。
 八神はやてはそんなシンを見て、優しく諭すように話し出す。

「うん……まあ、要するに昔のシン――要するにキミのことやな、が、選んだ結果としてはじき出されたひとつの未来。要するに“あり得るかもしれない可能性”のひとつ、それだけや。キミの未来がこうなるって訳やない。別にずっと此処におるわけやない。どの道一晩寝たらそれで終わりや。だから、さっきみたいな泣きそうな顔はせんでも……」
「い、いや、俺は別にそんな風には……」
「ふふ、まあ、そういうことでええよ、シン。」

 泣きそう、と言う言葉に反応して、いきり立つシンに向かって笑いかけながら、はやては呟いた。
 不思議な感じだった。彼は八神はやてとこうやって笑い合いながらの会話などしたことが無かったから……どこか別人に見えたのだ。
 シンの知る彼女は策謀を巡らせ、鉄面皮を張り付かせた女性である。
 だが、今の彼女はサバサバとしたどこにでもいる――そう、当たり前の女性としてソコにいる。その二つがどうしても結びつかないのだ。
 だが、それはどうでもいい。そう、“どうでもいい”のだ。
 今、八神はやてはこう言った。
 “ここは未来”だと。それはつまり、現状のシンの状況を最も深く理解していることを意味する。
 自分が今此処にいる理由。それを彼女は最初に語ったのだから――その内容に付いてはよく理解は出来なかったが。

「八神、さん……ひとついいですか?」

 意を決してシンは口を開く。

「うん?」
「俺はどうしてここに?」
「まだ、時空が固定してないんや、“そっち”は。だから、特異点であるキミが揺らいでこっちにきた――まあ、そういうことやな。」
「……」

 さっぱり意味が分からなかった。

「ああ、意味は分からんでええよ?私だってよく分かってる訳やない。これ、単なる受け売りやしね。」
「受け売りって、誰の……?」

 シンの返答にはやては額に手を当て、思案するように呟く。

「んーと、キミは“まだ”知らない人や。そんでもって、キミ以外のフェイトちゃんとかは知ってる――そんでヴォルケンリッターや私にとって“大事になるはずだった”人、やな。……ま、キミはまだ知らんでもええことや。」

 そう言ってはやては屋上の手すりに手をかけて夕日を眺める。
 ぼかすような言い方は知らなくてもいいからなのだろうか。訳が、分からなかった。

「……」

 暫しの沈黙。そうしてふと、思いついたように呟いた。

「……俺は“守れて”いるんですか?」
「現在のコト――“キミにとっての未来”は教える訳のは駄目なんや。」
「駄目?」

 聞き返すシンにはやては苦笑しながら返事を返した。

「そう、教えられないってことや。色々とややこしいことになってんのよ。」
「だったら、それはいいから、もう一つ聞かせてください。」
「なんや?」
「どうして、俺は、ギンガさんとフェイトさんと……ああなったんですか?」

 脳裏に浮かぶ二人の姿。
 それがどうしても自分の知る二人に繋がらない。

「……それも本当は答えたら駄目なんやけど……ええか、それくらい。簡単にいくで?」
「は、はあ。」
「キミはあの二人に惚れた。あの二人はキミに惚れた。そしたら、ああなった。それだけや。」

 短かった。殆ど一言みたいなものだった。

「……み、短く無いですか?」
「仕方ない。あの頃のキミたちはそれだけやったんやから。」
「それだけ?」
「そうや。それだけでな……それだけでキミたちは……ここからは私が言うべきことやない。後はキミが現実で感じることや。」

 羨ましそうに、痛みに堪えるように、そして、愛しそうに、彼女は呟く。
 沈黙が場に行き渡る。そして、はやてがふたたび口を開いた。

「一つだけ、頼みがあるんや。」
「はい?」
「キミの時代の私――どんなんやった?」
「……怖くて、強くて、ずるい。そんな感じです。」
「……はは、そっか。怖くて、強くて、ずるい、か」

 力無く笑う彼女。それがどうしてか、泣いているように見えてしまって――

「……なあ、シン?」

 その時、聞いていれば良かった、と彼は後悔することになる。その声に込められた“想い”は一体何だったのだろうか、と。

「――お願いやから、“私”を見捨てんといてあげてな。」

 ――その言葉に返事を返すことすら出来ず、ただ間抜けな声を上げるしかなかった。

「……え?」
「……それだけや。ほんならな、シン。」

 そう言って八神はやては、屋上の扉を開けると消えていった。


 そうして、夜。
 シンは屋上に未だ佇んでいた。
 屋上から見える空は快晴――クラナガンにしては星が良く見えた。

「……シン。」
「……ギンガさん、ですか。」
「何をしてるかと思えば……・屋上でぼうっとしてるなんて……まあ、シンらしいと言えばらしいですけど。」

 そう言ってギンガはシンの隣まで歩いてくる。

「ギンガさん?」
「……どうしてあんな嘘吐いたんですか?」
「嘘?」
「記憶喪失って、嘘です。」
「ああ、それは……」

 上手い言い訳は思いつかないが何か口走れ――そう思ったシンの言葉を遮るようにしてギンガが口を開いた。

「それと、貴方は、私の知ってるシンとは違う――そうですね?」

 声に厳しさはまるで込められていない。そこに込められた声はただ悪戯をした子供を叱るような響きだけがあった。

「……気付いてたんですか?」
「当たり前じゃ無いですか。何年一緒にいると思ってるんです?……それに、今日って私とシン、そしてフェイトさんがあの部屋に住み出した日なんですよ?何も言わない訳が無いんですよ。フェイトさんはそういうイベントを何よりも大事にしますから。」

 少しだけ寂しげな表情でギンガは続ける。

「子供の頃から、ああいうイベントに憧れてたらしいんです。だから、絶対にそういうイベントは忘れない。シンもそんなフェイトさんを知っているから、絶対に忘れたりはしません。」
「……“昔”のフェイトさんとは、まるで違うんですね。」
「昔……ああ、なるほど。貴方は、過去から来たんですか?」
「……驚かないんですか?」
「少し、心当たりがあるから……“私達”は分かるんです。」
 
 心当たり――それも、“これから”自分が知ることに関係しているのだろうか。
 自分がこれから辿るであろう未来。それは如何なるものなのか、シンには皆目検討がつかないでいた。
 だから、シン・アスカを心配しないのか、と思った。彼女はさっきから“まるで、そんなこと在るわけが無いと知っているように”、この時代のシン・アスカを心配していない。

「心配、しないんですか?」
「心配?ああ、そんなことある訳無いです。シンが私達を置いてどこかに行ってしまうなんて、ね。」

 そんな風に断言されてシンは相槌を返すしかない。訳が分からず、さりとて聞くことも出来ない――そんな状況であれば。

「……そうですか。」
「それで、朝起きた時、私たちが一緒にいたことに驚いたんですか?」
「そうです、ね。正直、何が何だか……」
「それで私たちから逃げようとした……そういうことですか?」
「……はい。」
「ま……思えば、私達にも色々あった訳だし……あの頃のシンならそんな反応するでしょうね。間違いなく。」

 クスクスと笑うギンガ。その様があまりにも幸せそうで、シンは思わず呟く。“落胆”を。

「……俺は、変わってしまったんですね。」

 自分はなりたかったモノには結局なれなかったということだろう――だって、ここはあまりにも暖かすぎる。
 もし自分がなりたかった自分になれたならば――自分がこんな世界で生きているなんて決してありえないのだから。
 辿り着きたかった場所はもっと冷たい場所。“彼女”を沈めたような凍てつくような場所。自分は出来るなら、そこで永遠に“守り”続けていきたかったはずだ。
 今、ここにいる――それは、辿りつきたかった場所には辿り着けなかった。そういうことだろう。
 自分は何も出来ていない。そんな暗い想いがシンを覆っていく――だが、ギンガはそれを否定するように口を開いた。

「……いいえ、貴方はあの時から何にも変わってない。貴方は、変わったんじゃない。ただ、私たちを“特別”に見てくれるようになっただけ。」

 しみじみと、“懐かしむ”ようにギンガはシンから目を離し、呟いた。
 視線の先は空――月光冴え渡る夜空。

「特別……?」

 思わず、彼女に眼を向けるシン。

「そりゃあ、私だってどうして私だけじゃないんだ、なんていつも思ってます。正直、フェイトさんと私のどっちとも一緒にいるなんて最低の人間だと思いますよ。……けど、」

 あまりにも耳が痛い。胸にグサグサ言葉が突き刺さる。

「貴方は“私たち”を選んだんです。どっちも選べないから、じゃない。どっちも選びたかったんです。私たちのどちらのことも好きなんだから。」

 ――それは意外な返答だった。
 自分は彼女達二人に対して、明らかに不誠実な態度を取りながら……・どちらも好きだと言い張って求めたと言うことだろうか。

(それは、本当に俺なのか。)

 結びつかなかった。今の自分とはまるで。
 器が大きい、とでも言えばいいのだろうか。それともただ単に馬鹿なだけなのか、それとも――ある意味では本当に誠実なのかもしれない。
 誰かが自分を好きで、その誰かを自分も好き。もし、その誰かが2人になった場合――誠実である為にはどちらかを切り捨てるしかない。
 そう、考えて、頭に一つ閃くことがあった。

(ああ、そうか。)

 確かにシン・アスカならばそんなことを考えてもおかしくはない。すんなりとどうして、“未来の”自分がこんなトンデモナイことをやらかしたのかが理解できた。
 シン・アスカは“選ばない”。選択を恐れるシン・アスカの精神は何かを選ぶと言うことを極端に恐れている。
 だからだろう。結局のところ、これも同じ、逃避の一つでしかないと言うことだろう――

「いいえ、違います。」

 考えを読まれていたのか、ギンガが真剣な顔でこちらを見つめていた。青い瞳。その瞳に映る自分。それは自分が知る自分よりも大人びていて――あまりにも優しそうだった。

「貴方は“選んだ”。私たち二人を。決して選択から逃げたとかじゃない。」

 ――その言葉はシンに再び混迷をもたらしていく。
 繋がらない。決して繋がらない。
 分からない。まるで分からない。
 そう、もっとも分からないこと。繋がらないこと。それは――変わり果てた自分。
 過去の存在である自分自身と未来の存在であるシン・アスカがまるで、繋がらない。重ならない。
 そうやって、俯き思い悩むシンを見て、ギンガは懐かしそうに微笑んで、呟いた。

「私は、貴方を愛しています。フェイトさんも同じく。そして――」

 一拍を置いて、彼女は少しだけ恥ずかしそうに呟いた。

「同じように貴方も私たちを愛してくれている。」
 
 シンはその言葉に俯いた顔を上げられない。けれど、ギンガはそんなことは気にしない。ただ、今の幸せをまるで“誇る”ようにして話を続ける。

「世間から見たら、おかしなことだらけかもしれません。けど、私たちはこれが幸せなんです。……この子の為にもね。」

 そう言ってギンガはお腹をさすった――流石のシンも顔を上げる。
 想像の斜め上――否、それは正に想像の天頂部分。

「へ?」

 間抜けな声を上げるシン。 
 目論見どおりにこちらを向いたシンに向かって、ギンガは先ほどの誇るような笑みを続けたまま喋り続ける。

「ああ、私先日妊娠したんです。……それで、私が一人目の奥さんになっちゃいました。」
「……は、はあ。」

 一人目ってなんですか。
 シンは物凄く、それについて突っ込みたかったが止めておいた――藪を続くだけのような気がして。それは恐らく事実であろうが。

「重婚決めた時のリンディさんとか父さんは本当に見物でしたよ?リンディさんはクロウディア出してくるし、父さんは父さんで目が本気だったし。……八神さんが出張ってきて、場を収めてくれなかったら多分とんでもないことになりかねませんでしたね。」
「……」

 何と言うかリアクションが取り辛過ぎる話題だった。
 重婚――聞いたことだけはある単語。要するに複数人と結婚すると言うこと。
 リンディと言う人が誰かは知らないがクロウディアと言う単語には聞き覚えがあった――それは確か戦艦ではなかっただろうか。出してくるとは一体どういうことなのだろうか。
 そして――怒り狂ったゲンヤ。その顔を思い出すとシンはあまりにも居たたまれない気持ちで一杯になってくる。
 ……彼は本気で頭を抱えたくなった。

「でも、今は幸せです。あの日々が無かったら――貴方に出会わなかったらきっとこんなこと思いもよらなかったでしょうけど。」
「……どうも。」

 そう、シンは言葉を返すしかなかった。


「……本当に戻れるのか。」

 今、シンは自室で“一人”で寝ていた。
 ベッドに忍び込もうとしたフェイトはギンガに連れられていった。
 決まり手はリバーブロー。
 一瞬で彼女の意識を刈り取っていた辺り、ギンガの実力もかなり上がっていた。正直、怖かった。

「……寝よう。」

 八神はやては一晩寝れば、終わると言った。ならば、今はそれを信じるだけだ――それを信じるしか出来ないのだから。
 そう、思うと途端に眠気がやってきた。
 自分では気付かなかったが疲れていたのだ。
 訳の分からぬ世界に放り込まれて、その上理解できない状況に振り回されて。
 だから、直ぐにシンは寝入った。
 眠りは深く。落ちていくようにシン・アスカは意識を手放した。


「……なんか、変な夢を見たような気が……」

 そう言って起き上がるシン。
 その時、むにゅっと、以前ギンガの胸を揉んだ時と同じような感触を手に感じた。

「……な、に?」

 手が握り締めるその感触。そちらの方に目を向けて、フトンをどかすと――そこには、寝ぼけて部屋を間違えた挙句にフトンに潜り込んだ、フェイト・T・ハラオウンの姿があった。

「う……ん」

 服装はYシャツ一枚。下着は黒。デフォルトである。

「な、な、な」

 固まるシン。当然である。

『朝起きたらいきなり横に半裸の美女が寝ていたその胸を触っている。』

 そんな状況に陥るなどありえない。存在するはずが無い。幾らなんでもおかしい。
 だが――シンはどこかその光景に既視感を覚える。

(こんなこと、前にもどこかであったような……)

 だから、だろう。本来のシンなら、動きを止めることなく直ぐにでもフトンをかけ直して、フェイトを隠すはずなのに――別に何かしようとかそう言う訳ではないのだが――今回に限って、その動作が一瞬、遅れた。
 だが、その一瞬――刹那は何よりも大きく、そして罪深かった。
 ばん、と“いつも通り”にドアが開く。そこには“いつも通り”にシンを起こしに来たギンガ・ナカジマが現われた。
 正に、シンが、フトンをどかして、フェイトの肢体に釘付けになった一瞬――その一瞬を狙ったかのように。

「シン、朝です……よ……?」

 ギンガが固まる。シンも固まる。そして――フェイトのYシャツが少しだけ“ずれた”。

「ぶっ!!?」
「――あ」

 ぽろん、とずれた拍子に、それはこぼれ出でた。胸――そう、おっぱいが。
 シンは即座に顔を背け、ギンガは即座にフェイトにフトンをかけ、そして、

「ギンガさん……とりあえず話を聞いてください。」

 出来るだけ神妙に呟いた。自分は違うのだ。自分は何も知らないのだ、と。痴漢の冤罪で訴えられた被害者のように。

「朝っぱらから夜這いとはいい度胸じゃないですか、シン――!!!」
「だから、俺は何もやってないって、へぐぅっ!!?」

 叫び、シンを部屋の外へとリボルバーナックルで“吹き飛ばした”。
 ――何かこんなコトが前にもあったような。
 そんな既視感を再び覚えてシン・アスカは再び意識を失った。


 彼はこうして舞い戻った。
 自身のいるべき世界。短くも無く、そして長くも無い女難な日々へと。
 赤い瞳の異邦人に、夢の中での記憶は残ってはいない。ただ、残滓として残るのみ。
 彼らの行く末に如何なる未来が待ち受けているのか。
 それは未だ確定していないが故に、誰にも分からない――。

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