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空想垂れ流し 愛の病 Dパート

愛の病 Dパート


下水道は恐らく相当な期間使われていない――廃棄されているのだろう。
汚水は流れていないし、汚物も見当たらない。
既に廃棄されて久しい――どれほど前に廃棄されたのか、見当もつかないほどだ。
彼方に見える光が少しずつ大きくなっていくのが分かる。
フェイトが僅かに既視感を覚えた。
いつか、どこかで同じようなことがあったような気がする。
既視感は温かみと共に彼女の胸の中で再生されている――そんな記憶には心当たりが無い。
そう、思った矢先、彼がこちらをチラチラと見ていることに気付く。
何度も何度も――何かを期待するような表情で。

「……何ですか?」
「あ、いや……何でも、ないです。」

フェイトはその表情で、察する――多分、あったのかもだろう。これと似たようなことが。
彼女は何も覚えていないけれど――彼は全てを覚えていて。
フェイトが口を開こうとする。何かを言おうと――何を言うべきかも定まらないままに。
その時、唐突に轟音が響き渡った。

「……戦ってる。」
「敵はあっちに固まってるようです、ね。」

無意識の内にフェイトの方に手を伸ばそうとして、寸前で押し留まらせる。
足元は不安定で段差が幾つもある。
右手に集めた魔力によって灯した炎の明かりだけで進むには、その下水道は薄暗すぎる。

「……あいつらはきっと大丈夫です。きっと。」
「……分かって、ます。」

フェイトの顔が歪んだ。
自分では無く、シン自身が自分に言い聞かせるような声を聞く度に、胸がざわめき軋んでいるのだ。
轟音の鳴り響いた方向――そちらについては両者共に不安はある。あり過ぎると言っても良い。
けれど、彼らには現状信じる以外に方法は無い。
今から彼女たちの方に向かったとしても、間に合うかどうかも分からないし、辿り着くことが出来るかも怪しい。
二人に出来ることはただ一つ。この場を一刻も早く離脱し、約束の場所――二週間後までに聖王教会本部に辿り着くこと以外には無いのだから。
下水道を出た。付近には木々が立ち並ぶ、どこかの森の中――取水口だろう。
空は曇り、星の光すら差し込まない漆黒の夜。
逃走するにはちょうどいい空模様と言える――そんなことを、シンが思っていた時、不意に“何か”を感じた。
怖気でも無い。肌が粟立つ訳でもない。危険は感じない。けれど、決して看過できない何か。
空気の感触が変わったような錯覚。
胸がざわめき出し、瞳が鋭く尖っていく。

「……。」

言葉では説明できない――何かとしか言いようの無い、曖昧な、けれど無視できない感覚。
現在のシン・アスカはSEEDによる知覚の拡張が恒常化し、取得する情報量が以前に比べて膨大になっている。
故に“察知”と“知覚”の間に齟齬が生じることが時々ある――つまり、拡張した知覚が意識に先んじて何かを察知するのだ。
原理で言えば、僅かな音や空気の振動、地面の震動等の周辺情報――それだけではなく、魔力素の変化、風の流れ、匂い等の普通なら気にも寄らないコトを無意識が勝手に感知している、と言ったところだろう。

「…どうかしたんですか、アスカさん。」
「……フェイトさん、直ぐに戦闘の準備してください。」

曖昧な感覚が何かがおかしいと告げる。何がおかしいのかは分からない。
付近を見渡しても何も変わった様子は無い。
吹き荒れる風によって、木々はざわめき、木の葉を散らしていく。その狭間を縫うようにして、何かが動いていくのが視界を掠めた、ような気がした。
右手で大剣――それはどこか“二人”の胸を貫いた大剣に似ている――を握り締め、構えた。
ひゅん、と風を切り裂く音がした/視認出来ていないにも関わらず身体が自動的に迎撃を選択。
弾かれた衝撃が両手を痺れさせる――そこでようやく迎撃したことに気付く。
迎撃方向を見れば、そちらに人影が見えた。

「――誰だ。」
「……ああ、やっぱり気付いてくれたのね、シン・アスカ。」

がさり、と草を踏む音と共に――“彼女”が現れた。
艶やかな着物を纏い、蒼い髪を束ねた女性。
袖はゆらりゆらりと風に揺れ、裾は棚引き、その内面の黒いラバースーツを露にし、彼女の脚部の曲線を映し出す。

「……ギンガ、さん。」
「ギンガ……」

ギンガ・ナカジマがそこにいる――シンとフェイトの顔に緊張が走り、付近の気配を探り出す。そんな二人を見て、ギンガが微笑む。

妖しく、艶かしい、蠱惑的な、蜘蛛の微笑みを――本来の彼女なら絶対に浮かべることの出来ない、少し前の彼女でもきっと浮かべることの出来ないだろう、微笑みを。

――違和感がある。無論、記憶を消されている以上は、シンの知るギンガとは違うのは間違いない。だが、少し前に戦ったギンガとも違う、“違いすぎる”。
戦闘による高揚などでは絶対にありえない変化。
何かが、おかしい。
そんなシンの胸中など知る由も無く、ギンガが口を開いた。

「……安心していいわ。ここには私以外にいない。誰もこんなところに来るとか思っていないもの。貴方達の企みは――大成功。」
「企み?」
「ん、んふふふふふ、何を言ってるのか、分からないの? それならそれで良いわ――私はそんなことどうでも良いんだし。」

両の手の袖が伸びていき、その先端が二股に割かれていき、棚引き、揺れる――伸びる/両手を振るう――投擲の動作。
空気を切り裂き飛来する刃(ヌノ)。
速度は“遅い”。視認出来る上に、狙いも稚拙。防がれるのが目的――というよりは、殺すつもりのない攻撃。
捌き、弾き、避ける。その全ては届かない。

「……何の、つもり、ですか。」
「ふふ……戦うつもりよ。それ以外に何があるっていうの?」

艶やかな微笑みに、狂気が混じる。
唇が釣り上がり、凶悪な表情が生まれていく。
彼女の身体が僅かに前傾――来る。

「……今度は、少しだけ本気で――」

呟く。足元で轟音。爆発する地面。空気を震わす振動。背筋を走る怖気。視認出来たことが奇跡に近い――更に言えば反応したことも。

「――行くわよ。」

左腕を振り被り、叩き付けようとする姿が見えた。狙いは顔面。
大剣で迎撃――弾かれるだけで意味が無い。捌くことは間に合わない。回避する以外に術は無い。
反射行動による回避。見切るなどという華麗なモノではなく、全身全霊を使って、真横に飛び出す――拳を振るう動作と共に巻き込まれた空気が突風となって、それまでシンがいた場所の空気を弾き飛ばした。
爆風が炸裂する。空中に飛んだ不安定な姿勢の為か、突風はこちらの身体を無造作に弾き飛ばし、距離が開く。凡そ10m――膂力なのか、それとも魔法によるものなのか。どちらにせよ、馬鹿げた力による結果。
呻きを上げながら、立ち上がる。爆発地点で佇む彼女の瞳が青く輝き、血走っている――薄く貼り付けられた微笑みは今も変わらず艶やかで愉悦に満ちていた。

「くっ……!!」
「ふ、ふふふふふ、あはははは、あははははははははっはははっは!!」

響き渡る哄笑。これまで聞いたことも無い、ギンガ・ナカジマの狂ったような笑い声。
血走った瞳の瞳孔は開き切って、可憐なはずの彼女の顔を病ませていく。

「凄い……やっぱり貴方は凄い!! そんな、何も出来ない、“役立たず”のままで、そこまで避けることが出来るなんて!!」

哄笑するギンガ。酷く楽しそうな笑い――違和感。いや、違和感という曖昧なモノではない。コレは確実に“違う”。

「……ギンガ、さん?」
「ふ、ふふふ、やっぱり、あの人の言う通りだった……貴方なら、私のこの胸の空白を埋めてくれる……埋めてくれる!!」

嬉しそうに着物を棚引かせ、高らかに笑うギンガ・ナカジマ――彼女が迫る。
魔力量は同等。魔法の練度には雲泥の差。身体能力はどう足掻いても向こうが上。
瞳を見開き、構える。脳の片隅に、あの人とは誰なのか、どうして彼女がこんな状況になっているのか、など考えるべきことは幾つもある。けれど――

「はああぁぁぁぁぁああああぁぁあ!!!!」

絶叫と共に彼女が迫る。速い――加速しない一倍速の世界において、あまりにもその速度は速すぎる。

「く、っそ!!」

歯噛みしつつ、更に後退。
先ほどよりもさらに加速した両手両足、或いは肩、もしくは裾。
ありとあらゆる部位から発せられる打撃、刺突、薙ぎ等の全ての攻撃を、捌き、凌ぎ、再度後退。
開いた距離は一足では届かない間合い――彼女がシンに向けて駆け抜けた。
狂気に支配されていながら、彼女の動きは至極滑らかで停滞などまるで見つからない動作――地を這う蛇の如く、低く疾駆する。

交錯は一瞬。
激突――腹部を狙った左拳の一撃を辛うじて受け止めた。折れることを覚悟で受け止めたと言うのに、剣は未だにその姿を維持していた。思っていたよりもはるかに強度があったことに僅かに驚く。
――ギンガの顔が歪み微笑み、唇が吊りあがった。

「……まだ終わりじゃないよ。」

彼女の身体が“沈降”し、重心を下方に向けて移動/僅かに体躯を前傾/全身の関節を固定/左拳を突き出す――同時に右肩を捻り、左腕を更に突き出す。

瞬間、左拳を受け止めていた大剣の刃を突き抜けて、衝撃が腹部を貫いた。

「げ、ぶっ。」

呻いた瞬間には吹き飛ばされた。
呟きが聞こえた瞬間には視界に彼女はいなかった――視界一杯に広がるのは一面の星空。
吹き飛ばされた、と理解した時には何もかもが遅かった。

「シン・アスカ。」

ギンガの顔が視界一杯に広がっている。瞳の色は青色――戦闘機人では無いヒトの色。

「……一緒に世界を救いましょう?」

優しげな言葉。艶やかな表情。
全身に力が入らない。
頬と額から垂れる血液。
右肩が切り裂かれた。
腹部への打撃は辛うじて受け止め――その衝撃で両手首がヒビでも入ったのか、ズキズキと痛み出した。
それらを突き抜けた衝撃のせいで、全身が動かない。
ギンガの左手がこちらに伸びる。
微笑みは艶やかに――分からない。何が起きたのか、何も分からない。
つい数時間ほど前までは、ギンガ・ナカジマは記憶こそ失っていたけれども、その節々に“彼女”を感じることが出来た。なのに、今は、そんな原形すら失うほどに、別人と成り果てている。
浮かび上がる当然の疑問。シン・アスカの五感と脳髄は目の前の彼女をギンガ・ナカジマだと断定し――理性が、それを信じられないでいる。変化に要した時間はほんの数時間。
そんなことが出来ると言うのか――分からない。
分かるのは、その手に掴まれた瞬間、何もかもが終わると言うこと。
彼女“達”を取り戻しにきたと言うのに、その彼女たちの一人に捕まってしまえば終わりと言うのは何て皮肉なことだろう。
けれど、彼女にはそんなシンの懊悩はまるで関係の無い事柄で、

「お願い――私の、為に、」

どくん、と胸が鼓動する。
その声に、その手に、その懇願に――彼女が今どんな状況なのかさえ分からないのに。
そんなモノは瑣末なことだと捨て置いて、その言葉に答えてしまう馬鹿な自分がいて――それを自覚するよりも早く反射行動のようにして、伸ばされた手を掴もうとしてしまう。


「一緒に来……がっ!?」

 突然、彼女の声が途切れた。視界一杯を埋め尽くそうとしてした彼女の顔が消えて、視界が真っ黒になり、柔らかく、温かい何かに顔が埋まっていた。全身に力は入らない。だから柔らかいソレが何なのか、さっぱり分からない。

「……んで。」
声が――聞こえた。
虚ろな視界を横にずらせば――

「――フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、ね。」

――顔面を蒼白にしたフェイトが、自分を抱き締めていた。



その事実に自分が信じられなかった。
シン・アスカを助ける為にギンガから彼を奪ったことが――ただ、助けるだけなら良い。助けに入らなければ、おかしい状況だったから、それ自体は問題ではない。
問題なのは、ギンガが差し伸べた手に、シン・アスカが手を重ねようとした瞬間――私の意識がそこで弾き飛んだこと。
胸を駆け巡った気持ちは幾つもの薄汚い嫉妬心。
許せない、どうして手を重ねるの、私のことをどう思っているの、何でギンガを選ぶの、あなたは私のことが好きなんじゃないの、私はこんなにあなたを■■でいるのに。

それは、私の、気持ちじゃない。
“私(ココロ)”が失った、“自分(カラダ)”の気持ちだ。だから、“私(ココロ)”には関係ないことだ。なのに――気がつけば、私はギンガを蹴り飛ばし、シン・アスカを奪い取り、胸にきつく抱き締めていた。
胸に埋めるようにして抱き締めた彼から手が離せない。その身体は、ほっそりとした見た目に反して重く固く――その重さに、固さに、“彼であること”にどうしようも無く安堵する自分に愕然とする。

「――フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、ね。」

ぞっとするほどに冷え切った声が響いた。
声の方向に目を向ける。
青い瞳が私を睨んでいた――瞳に燃える炎は嫉妬。

「何で、邪魔をするのよ、貴方。」
「……ギンガ、眼を覚まして。」

声をかけた――おざなりと言って良い声色。本当に止める気などまるでないと誰よりも自分には分かる声。
そんな声のニュアンスは、自然、相手にも伝わる。声色――つまりは、色合い。感情の機微なのだから。
青い瞳を血走らせて、彼女が呟く。幼稚で、無邪気な子供が、駄々をこねるように――苛立ちが募りだす。
彼女の足元のウイングロード――彼女はこれでシン・アスカを追いかけてきた――がその憤怒によって揺らぐ。

「煩い。」
「ギンガ、もう一度言うよ。目を覚まして。」
「……もういい、黙って。」

ギンガが左手を構えた。その身を覆う着物が――蒼く輝き出す。
視ただけで理解できるほどに不穏な空気が溢れ出し、彼女がその左手を突き出す――同時に、その拳が瞬く間に眼前に伸びてきた。

「……!?」

声を上げる暇さえない。咄嗟に出来たのは握り締めていたバルディッシュ――現在はハーケンフォーム――をそれに叩き付けるように動かしただけ――当たる。避けられない。
ガキンと重苦しい金属音が鳴り響いた。

「……やめ、ろ、二人……とも。」

シン・アスカがギンガの拳――正確には着物がその形状を変化させた拳状のモノ――をその手に握り締めた大剣で受け止めていた。気がつけば、それまで感じていた温かみがどこにも無い。
全身は見るからに満身創痍。その上、手元にはデバイスも無いと言うのに――殆ど反射的な行為なのだろう、それは。
私たち二人を戦わせない為の――苛立ちが募る。
シン・アスカの大剣に受け止められた拳が、ギンガの元へと戻り、元の着物としての姿に戻っていく。
彼女の表情は前髪で隠れて良く見えない――多分、私の思っている通りの表情をしていると思う。
きっと、彼女は――

「……そう、そういうこと。」

彼女が頭を振って、前髪をどかし、その表情を露にする。
それは予想通りの無表情――瞳がギラつく。頬が歪み、唇が釣り上がる。

「ソレは――“私”のモノよ。」

彼女が、歩く。俯いて――表情はもう見えない。唇だけが釣り上がって笑っているのが分かる。
ぞくり、と背筋を悪寒が這い登る。同時に胸の中で血走っていた“苛立ち”が燃え上がっていく
彼女が踏み出す度に、ウイングロードが踏み出す一歩に先んじて形成されていく。

「最初に会ったのは、私“らしい”から……。」

歩く速度は変わらない。
ゆっくり、しっかりと、足を踏み出し、近づいてくる。

「……横取りは汚いと思わない?」

横取りと言う言葉を聞いて奥歯を強く噛み締める。
彼女は今記憶を失っている――最初に会ったと言うのは他の誰かから聞いたことなのだろう。
順序については、彼女の言う通り。私も人づてに聞いた話だから、実際には知らない――奥歯を噛み締めたのは、ギンガの言葉がどうしようもないほど苛立つから。
意識が弾け飛びそうなほどに苛立ちが募り、うず高く積み上がっていく。

「……私は、この人のことなんてどうとも思ってない。」
「へえ?」

ギンガが左手を呆然と私達を見つめるシン・アスカに向けた/袖が伸びた。刃でも拳でもない、布のまま――シン・アスカを取り囲むようにして。
捕縛する――彼が奪われる。
思考が白熱し、“自分(カラダ)”と“私(ココロ)”が重なる――言葉を放つこともなく、魔法を発動。高速移動魔法(ソニックムーブ)及び高速行動魔法(ブリッツアクション)発動。
握り締めていたバルディッシュをその布に叩きつけ、弾き返し――安堵のため息を吐いた。
その様子をうすら笑いを浮かべながら、睨みつけるギンガ――苛立ちが募る。
苛立ちの中身については、考えたくは無い。

「そんなに必死に防ぐのに?」
「……仲間を守るのは当然のことだよ。」
「ふふ、ふふふ。」

哄笑。シン・アスカが背中越しに私を見ている――私が発した言葉に僅かながらに辛そうな表情を見せていた。
――胸が苦しい、痛い、悲しい、そんな顔をしないで、お願いだから私“だけ”を見て。

(……私はそんなこと思ってない。)

心中で蠢く言葉を憎悪する。
抱き締められたことで/抱き締めたことで――“自分(カラダ)”の声が大きくなっている。
侵されている。“自分(カラダ)”が求める恋に、“私(ココロ)”が侵されている。
その事実に、更に苛立つ。

「当然、ねえ……。」

瞳孔が開いた鬼気迫る形相でギンガが笑い出す。
その表情は本来の彼女なら絶対に見せない表情――つい、先程までの彼女でも絶対に見せないだろう表情、なのだろう。シン・アスカの険しい表情がそれを物語っている。

「……貴方、さっき自分がどんな顔をしていたか知ってるの?」

彼女の嘲笑に瞳孔が開いていくのを自覚する。
奥歯を噛み締めて、震える体を自制する――うず高く募った苛立ちが、憤怒と化して、その瞳を血走らせていく。

「……私が、どんな顔をしていたっていうの。」
「嬉しそうに微笑んでた。抱き締めて、悦んでたでしょ?ちょっと胸が大きいからって調子に乗ってさ。」
「馬鹿なこと、言わないで。」

ニヤニヤとした嘲笑を浮かべて、ギンガは続けていく。
ああ、本当にどうしてこの子はこんなにも苛立たせるのか。
何も知らない癖に、何も覚えていないのに――どうして、自分が“最初”に会ったなどと言いだしたのか。
悦んでいた――そんなのは私じゃない。私じゃない。私じゃない。

「……虫唾が走るわね、貴方みたいに、ずるい女。 カマトトぶった澄まし顔で気取って――どうも思ってないなら、どうしてあんな風に笑ってたのよ。」
「……笑って、ない。」
「あっ、そう。」

そう言って、ギンガは嘲笑を私に振りかけて――仕舞いこむ。

「だったら、貴方に用はないわ――邪魔よ、どいて。」

意識の間隙に滑り込まれたように、確実に捕らえていたはずの、ギンガの姿が“いつの間にか”眼前にあった。
翻った拳が疾風の速度で迫る。
狙いは顔面。遠慮など無い。非殺傷設定などあるはずもない――籠る殺意。
死ぬ。殺される。殺される。殺される。唐突に、突然に――殺され/ふざけるな。
瞬間、苛立ちが憤怒に変容し、爆発する。
視界全てが白熱した。目が血走った。紅い瞳に力が籠る。
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
甲高い金属音が鳴り響き、彼女の顔が驚愕に歪む――関係ないふざけるな黙って聞いていれば好きなことを好き勝手に言って――脳髄をチリチリと電流が走る。全身の魔力が激昂した精神に引き連れられて紫電へと変化、脊髄から脳へと向かう電流経路を変更、意識を満たす命令=速く速く速く――迫る鉄拳を、大剣に変化させたバルディッシュで受け止めた。

「……黙って聞いていれば、好き勝手なことを言うんだね、ギンガ。」

身体が震える。何かを考えようとすれば、溢れ出る怒りが思考を阻害する。
何も考えられない。身体も心も何もかもがおかしくなる。
声だけが自動的に吐き出されていく。

「知ってる? そういうの略奪っていうのよ?」
「私は、そんなこと思ってない……!!」

受け止めた拳を弾く――ギンガの着物の袖が私の足を掴み、引っ張る。
態勢が崩れ、転倒する。私の上に馬乗りになって拳を叩き付けようとするギンガから、身体を捻り、転がりながら距離を離す――拳が地面を砕いた。止まることなく、彼女の身体が滑らかに迫る。繰り出される下方からの拳の突き上げを一歩下がることで後退。
速度はこちらに分がある。補足出来る――補足などさせない。
速度を上げる。加速する。耳鳴りのような音と共に世界が切り替わる。高速行動魔法(ブリッツアクション)と高速移動魔法(ソニックムーブ)によってのみ得られる近距離における超加速――ステップを踏んで、ギンガの後方へ移動。大剣をその背に叩き付け――視認することすら必要なくギンガの右袖が後方に向けて突き出されている。
大剣と袖――刃が激突。
鳴り響く金属音。両手が痺れた。ギンガの身体は未だに転回することすらままならない――後退し立て直す/転回と同時にこちらに向けて突進するギンガ。
頭を低くして突撃する様は、どこか肉食獣の如き疾走――むしろ跳躍と言ってもいい。

「くっ……!!」

その速度は、自分が考えていたよりもはるかに速い。単純な速度差であれば確実にこちらが上だ。だが、それ以上に厄介なのがローラーブレードという移動手段と着物という服装。着物によって予備動作が隠され、ローラーブレードによる加速は上体の動作を必要としない――予測がまるで出来ない。

「あげないわよ。ソイツは私にキスしたの、それに……ふふ、私を欲しいとも言ってたの。」

嬉しそうに、倒錯するように、ギンガが呟く/その嬉しそうな横顔が、どうしても看過できない。苛立つ。腹ただしい。
瞳を青く輝かせ拳を振り抜いてくる――反射行動は迅速に迎撃を選択。

「だから、絶対にあげない!!」
「うぅぅるっさい!!」

咆哮と共に剣戟と拳戟が交錯した。
弾かれ合う剣と拳の狭間に差し込まれる言葉――煩い。黙れ。鍔迫り合いから今度はこちらが攻める番――ギンガが距離を潰し、剣を振り抜く隙間を与えない。奥歯をギシリと軋ませて、ぶつかり合い。
鍔迫り合いの態勢。互いの形相を歪ませ、剣と拳を押し合う――ギンガの瞳に映る自分が見えた。憤怒の一色しか見えない、“女”の形相。
胸が痛い。頭が痛い。頭痛が酷い。胸焼けが酷い――シンの顔が見えた。頭にくる。血が上る。
私は貴方のことなんて好きじゃないのに、どうしてこんなことを言われて、こんなにも胸が引き裂かれそうなほどに辛いのか。
その事実が痛い。悔しい。腹が立つ。なのに、“自分(カラダ)”は“私(ココロ)”と乖離して/重なり合って、嫉妬の炎を燃やしていく。侵されていく。冒されていく。犯されていく。
ギンガがその顔を歪ませて、口を開く。下卑た表情。許せない/私の気持ちじゃない――私がナニカに“変えられていく”、止められない―――。

「だから、横恋慕も大概にした方がいいわよ、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン――これは私とシン・アスカの問題で、貴方は、初めっから無関係なのよ。」
「……だから、何だっていうの!? 何が言いたいのよ!!」

ニヤリ、とギンガが笑う。
厭らしく、嫉妬に塗れた女の形相――私と同じ形相。

「邪魔な横槍入れるあんたみたいなのは――」

鍔迫り合いの態勢から、ギンガが左拳の力を抜いて、上体を逸らした。
背筋に悪寒。咄嗟に後方に体重をかけて、後退――瞬間、ギンガの左足が跳ね上がり、私の眼前を通過する。
通り過ぎる左足が前髪を切り裂いたのが見えた。舞い散る金髪。

「さっさと、どこかに消えろって言ってるのよ!!」

跳ね上がった左足が彗星の如く落下し、残された右足が噴火の如く上昇し、蛇が顎を外して獲物を飲み込むように彼女の両足が私の顔面を挟みこむ――思考が加速する。伝達経路の変化によって通常よりも短縮した反応速度を以て全身を覆うバリアジャケットを変化させる。
リミットブレイク・ライオット――バリアジャケットの軽量化による速度特化と魔力圧縮によって生成された大剣――或いは双剣による攻撃力特化。二極への特化が生み出す一つの姿――ソニックフォーム。
手には双剣ライオットザンバー・スティンガー――全身を覆った輝きは一瞬で掻き消え、服装が変化し、両脚の挟み込みを双剣で受け止めた。
両手に痺れ。ローラーブレードによる二撃の威力は想定よりもかなり重かった。まともに当たっていれば、本当に殺されていたかもしれない。
そんな命の危険の只中にあって、私の心は、昂揚/憤怒/悲哀――様々な気持ちがないまぜになって、混沌し――露わになった私の身体を見せつけるように、“唇が釣り上がり”、知らず微笑みを形成する。
胸を埋め尽くすサディスティックな衝動。目の前の艶やかな着物姿のギンガが苛立つ顔を見て、圧倒的な優越感/下卑た欲望を覚えた。
湧き起こる欲望――人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえと叫びながら、否定しながら、欲望のままに、その鳩尾に向けて、左足を突き出した。
接触の瞬間、着物が動き、防御する――気にすることなく、全身を更に捻り込み、体重を掛けた。
高速活動による攻撃はどんな類であっても速度の恩恵を受け、高威力の攻撃となる――ギンガの身体が後方に吹き飛ぶ。左足に残る感触は柔らかい体躯の感触では無く、固い刃の感触。
そのまま、森の方向へと彼女が吹き飛んでいく――クリーンヒットはしていない。きっと立ち上がってくる。
荒く吐かれていく息を少しずつ整えていく。身体が重い。脳から肉体への生体電流の伝達経路そのものを操作し、加速させた反動だろう――体力の消耗が激しい。汗が流れ、口元に入り込む。

「……アスカ、さん、一つ、良い…です、か?」

息を切らせながら、シンに声をかけ、見つめた。
ギンガに集中しているから、あまり意識は割けないけれど――その顔は茫然としていた。
何を考えているのかは分からない。
ただ茫然と、私たちの戦いを見つめていた。
一秒の間隙。返答は無い。少しだけ焦燥に駆られ、もう一度声をかける。

「……聞いてるんですか、アスカさん?」
「き、聞いてますけど。」

我に返ったように返事を返すシン。
胸に渦巻く、幾つもの複雑な感情。
その感情は溶岩のように熱く、暴力的で、何もかもを消し去るくらいに鬱屈する。

「キス、したんですか。」
「……えーと、まあ。」

歯切れの悪い台詞が続く。どことなく後ろめたそうな――双剣を握る手に力が籠った。

「ギンガと、キスしたんですか?」

言葉と共に彼を睨み付けた。にらみ付けた瞬間、彼は瞳を逸らす――それはキスをしたという証明そのもの。

「……しました、ね。」
「……貴方って、本当に、最低ですね。」

腸が煮えくりかえりそうなほどに、文字通りお腹の奥底で何かが燃えあがっている。
火照る身体。脳髄は熱に蕩けて何を言っているのかも正直定かではない――おかしくなっている自分。
戦うことで燃えあがっているのではなく、ギンガの言葉で燃えあがっていく。

――そう、私はこの人のことを好きなんじゃない。私はただ仲間が殺されそうになったから、あんなにも怒っただけ。

そんな言い訳を何度も反芻しても、熱に浮かされた脳髄は、焼け石に水とばかりに蒸発させていく。
止められない。止められない――少なくとも、ギンガが、あんなことを言い続ける間は止まれそうにない。
軽い口調で、嘲るような言葉が届いた。

「最低なのは、貴方でしょ? 横取りしようとして、キスされて羨ましいもんだから、逆切れして好きじゃないとか、それなんてイタイ女?」
「……誰がイタイ女なの、ギンガ?」

彼女もまた唇が釣り上がる――狂気すら感じられる嗤い。

「お高く止まってんじゃないわよ、露出狂。」

目じりが更に釣り上がるのを実感する。
黙っていれば、本当に、この女は――

「誰が――」

――好き勝手な文句を言い続ける。
加速。
彼女の眼前へと。
彼女の眼は紛うことなくこちらを“捉え”、既にその右腕が放たれていた。

「捉えてるって……言ったでしょ!」

視覚と言うものは、上下の動きから左右への動きへの変遷に殊の外弱い。それに速度差を加えれば、その効果は一気に上昇する。
相手が、自分自身に注視しているのなら――捉えられた事実を利用する。
ステップを踏み、停止し、急加速。前のめりになる身体の体重をつま先にかけ、急加速と突発的な方向転換――独楽のように身体を半回転させ、彼女の右側へ移動。
停止したのはギンガに確実に補足させる為。そこから補足を外す為の急加速。そして視界/意識の外側に移動するための方向転換。

「な……。」
「誰が露出狂よッッッ!!!」

右手に握り締めた双剣の一振りを叩きつける。
ギンガの防御は間に合わない――彼女の右手が動いていた。反射なのか、意識しての行動なのか。どちらにせよ、それは想定外の行動だった。
刹那の隙間においての思考。
意識の外から放つ一撃。圧倒的な速度差がありるからこそ、攻撃を行なった。
こちらは既に攻撃を開始している。当たる――同時に彼女の攻撃もこちらに当たる。避けられない。
相討ちは即ちこちらの敗北を意味する――単純な話、攻撃力にそれほど差異は無い。
フェイト・T・ハラオウンは速度と攻撃力が卓越し、ギンガ・ナカジマは攻撃力と防御力が卓越している――それがここまでの戦いにて、導かれた事実。
だから、相討ちになれば考えるまでもなくギンガが勝利する。
恐らくは勘によるもの。彼女の表情は私を捉えている表情じゃない。直感によって彼女の身体が――或いはデバイスが――私を“捕捉した”ということ。
その右の裏拳は私の腹部に狙いを定め、放たれている。接触のタイミングは同じ――避けられない。

「あ――」

それは果たして誰の声だったのか。
フェイト・T・ハラオウンの声のようで、ギンガ・ナカジマの声のようで――誰が叫んでいるのかも分からない。何も出来ない。止まらなくてはいけないと言うのに身体が自由に動かない。

――刹那、爆風が吹き荒び、炎が燃え上がる。雄叫びが聞こえた。

「え。」

自分が放った呆けたような声と共に視界一杯に広がる“朱い炎”。逆手に持った大剣をこちらの双剣に叩き付け、炎を纏わせた掌を彼女の拳に叩き付ける。
ぎち、と肉を割き、骨を砕く音と鈍い金属音が鳴り響いた。
無理矢理に激突の中心に身体を滑り込ませたからだろう。受け止めたと思った双剣は大剣の刃を滑り彼の腹部を切り裂き、受け止めたと思った拳は彼の右手を弾き右脇腹を突き上げた。

「やめ、ろって……言った、で、しょ?」

痛々しげに口元から血を零して、彼が呟き、その膝が折れた。
地面に顔をぶつけるようにして、倒れる。
咄嗟に身体が動き、倒れる彼を支えようと――差し込まれる映像。どこかの訓練場。ボロボロのシン・アスカ。ボロボロのギンガ・ナカジマ。倒れこむ彼。それを支える“私”。それに厭らしい笑いを浮かべるはやて。それに厳しい目を向けるギンガ。
既視感は一瞬。刻み付けられた――違う。浮かび上がった記憶が焼き付けられた。
空白(ブランク)は一瞬。次瞬、彼を支えていた。手には彼を切り裂いた感触――非殺傷設定といえど感触までは消すことは出来ない。あくまで損傷を魔力に転化するだけに過ぎない――が残る。
呆然と、呟いた。
既視感によって舞い上がる気持ち――そして、今しがたの行動で巻き起こる気持ち。

「……どうして。」

言葉を続けようとして、止める。
それは言ってはいけない言葉。
皮肉にも嫌っていた――そう思いこもうとしていただけかもしれない――男を切り裂いた感触が私を我に返らせる。
男は、ギンガを守るように、大剣を構えていた。
胸が痛い。ただそれだけのことで拒絶されたように感じるのは何故なのか。
切り裂いたことへの罪悪感よりも、何よりも――シンがギンガを守ったと言う事実が胸を切り裂く。

「どうして……?」
「――馬鹿馬鹿しい。何よ、それ。何で、貴方はソイツを“守ってるのよ”。」
「……え?」

ギンガが肩を竦めて呟いた。

「私を、守った……?」
「……白けたわね。」

私の質問には答えずに、ギンガは着物を翻し、こちらに背を向けた。

「……ギンガ、何を。」
「白けた、って言ったでしょ。」

そう言って、彼女が左手を“振り払う”。
空間が歪む。それまでの彼女が蜃気楼だったかのように歪み出す。
彼女が振り向いた。
幾つもの感情が混ざりこんだ複雑な視線を向ける――それは私と同じ視線。私と同じ色がその瞳に浮かんでいた。

「ソイツに伝えておいて。次に会う時はまた“元の私”だと思うけど――」

霧散していく彼女。
消え往くその姿。
儚げに、幻のように、消えていく。

「多分、その時が最後だから。優しく、してね、って。」
「……最、後?」

呟いた私の声に彼女に答える気は無いのだろう――もしかしたら、もう聞こえていないのかもしれない。
その身体は既に半分以上が消えており、向こう側が透けて見えるほどに薄くなっていた。

「……またね、シン・アスカ。」

その呟きを最後にして――彼女の姿は消えていった。
風が吹く――吹き荒ぶ風は強く、私の髪を揺らし、視界すらも埋め尽くす。

「う……ぁ。」

呻き声――シン・アスカの声がした。
その体温は変わることなく暖かい。
私は、彼を支えながら、いつの間にか、膝を折っていた。
抱き締めるのでもなく、突き放すでもなく、ただその場に座り込むようにして――私は彼から離れることも出来ずに停滞する。

「……わかんないよ、もう。」

何が分からないのか――もしかしたら、“何が分からないのか”が分からないのか。何もかもが分からないのか。
呟いた言葉をもう一度反芻する。
風が吹く。森の木々が鳴いている。
何もかも、意味が、分からない。

「何も、わかんないよ。」

呟きは遠く。
雲は晴れず――雨が降り始めた。
ぽつり、ぽつりと。
曇天の黒い空は何も語らない――何も語ることなく、雨を降らせるだけ。
雨は止まない。夜も明けない。
――今は、まだ。

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怖いw でも面白いw
病みギンガさんが何か朝倉涼子さんのように見えた
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 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

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