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空想垂れ流し 愛の病 Aパート

愛の病 Aパート

「……本当にそれ以外に方法は無いのか。」
「ええ。この方法以外で世界を救うのは不可能です。」

そこは時空管理局本局内に存在するクロノ・ハラオウンの私室。
室内にいる人数は3人。
部屋の主であるクロノ・ハラオウン。
柔和な表情と金髪が印象的な女性――カリム・グラシア。
そして、

「何事も生贄は必要です――理解しているはずですよ、ハラオウン提督。」

金髪に白い仮面をつけた男が呟いた。
提督、と呼ばれた瞬間、クロノの顔が歪む。目前の男への嫌悪を隠そうともしていない。

「……だから、ギンガ・ナカジマと高町ヴィヴィオを犠牲にしろと言うのか?」
「その通り。大多数を救う為に、小数を犠牲にする――誰でもやっていることです。」

仮面の男は機械的な丁寧な口調で語る――どこか“読みあげている”ような感覚すら感じさせる。
口元には微笑み――クロノはその微笑みが気に食わない。
微笑んで話す話題ではないと言うのに、目前の男は微笑みながら語り続ける。

「拒否するのならば、それも構わないでしょう――その場合は貴方の家族の安否は保障できませんが。」

その一言でクロノの雰囲気が一変する。
瞳が鋭くなり、声が一段低くなる。その瞳が仮面の男を睨んだ――威嚇行為にも似た敵意の発露。空気が帯電したような錯覚すら覚えるほどに圧力を伴ったソレを叩き付けた。

「……脅迫するつもりか。」
「取引ですよ、クロノ・ハラオウン。」

だが、仮面の男はクロノが放つ敵意などどこ吹く風と言う具合に飄々と会話を続けていく。
敵意を受け流すでもなく、敵意を撥ね退けるでもなく、あくまで自然に受け止めて――敵意など最初から存在しないとでも言いたげに“親しげ”な様子は見る者に得体の知れなさを抱かせる。
知己であるカリム・グラシアの部下でなければ、既に追い返していることだろう――無論、そのカリム・グラシアもどこか異常だ。
クロノの知るカリム・グラシアと言う女性は厳しさこそあれど、優しい女性で――少なくとも、こんな微笑みはしなかった。こんなことを平然と行うような女性では無かった。
彼女と眼が合った――瞳の水面に浮かぶ感情。
ぞくり、と肌が粟立つ。

――これは、誰だ?

穏やかで女神のような微笑み――そこまでは良い。そこまでは。
そこに入り込んだ艶やかさが惧れを感じさせる。
天使のような笑顔の裏に隠れる悪魔――そんな印象を受けさせる。

「……どうされました、クロノ提督?」
「騎士カリム……貴女は本気でこんな馬鹿げたことを―――」

その瞳が細く鋭い矢のように自分を射抜いた。
思わず、身が竦む。

「世界を救う為ですよ、クロノ提督。」

歌うように――謳うように――唄うように。
奏でられるは悪魔の旋律。
人間では抗えない悪魔の唄声。

「世界が滅びれば――ミッドチルダどころか、管理局が滅びるでしょう。そして、全ての次元世界も同じく滅ぶ。」

呟かれる言葉は馬鹿げた単語の羅列。
一笑に付す相応しい世迷言。
なのに、

「予言に記されてしまった以上、これは絶対に発生します――世界が滅びると言う“現象”なのですから。」

預言者の著書という彼女の持つ希少技能。
この世界に既に存在している情報から予想される事象を無作為に記していくと言う魔法。
紡がれた事実の内、人為的要素が介在する予言は場合によって変化し、発生しないこともありうる――だが、自然現象などの人為的要素が介在しないモノについては別だ。予言された以上、地震や噴火などという“現象”は確実に発生する。
故に、世界が滅びるなどという馬鹿げた現象は確実に起きる。
記されたと言うことは、起きると言うことなのだから。
昨今ミッドチルダで起きている幾つかの事件もそれを示唆しているとすれば――辻褄が合うのも道理なのかもしれない。
カリムの後に続くように、仮面の男が語りかける。

「……全てを救うことなど出来はしません。大多数を救う為に、小数を切り捨てるのは、当然の摂理――貴方なら分かっているはずです。」

仮面の男が、真摯に伝えてくる事実。
その通り、世界というのはそれほど甘くは無い。多くを救う為に、小数を切り捨てるなど至極当然のことだ。
クロノ・ハラオウンであるならば、そんなことは当然知っている。
これまでの人生において、何もかもを救うなどという馬鹿げた理想を貫くことなど出来はしないと知らされて――何度煮え湯を飲まされたかなど分からない。
だから、理解している。理解していて、尚、それは認めがたい。
認められるはずもない――彼の得た喪失がそれを認めさせるはずがない。
だが、

「家族をこれ以上――」

仮面の男の唇が、“歪む”。それまでの真摯な態度が掻き消える。悪魔のように“強欲”の微笑みを浮かべて、クロノを見つめる。
口調はそれまでと同じ丁寧な敬語――既に慇懃無礼と言えるモノだ。

「――失う訳にはいかない。そうでしょう?」
「……貴様。」

胸が苦しい。
自然、奥歯を噛み締めて、目前の仮面の男を睨みつける――烈火の如き視線で。

「一つの世界と、二人の人間を犠牲にする――それだけで全てが救える。貴方の家族も、貴方の大事な人々も、全て、救える。」

幼い頃に父を失い、そしてつい先日義妹を失った――残された家族。彼にとって、それは是が非でも守らねばならないものだ。
失ったモノはもう戻らない――父も妹ももう戻ってこない。
母と妻、子供たち――決して失えるはずがない。

「……。」

守れなかった妹がいる。愛していた家族。守れなかったのは自分のせいではない――守れなかったと絶望した男がいた。だが彼のせいでもない。

――悪魔の囁きは誰にでも等しく舞い降りる。
誰にだって優先順位は存在する――同じようにクロノ・ハラオウンにも。
家族を優先しない。それがクロノ・ハラオウンの魔導師としての矜持だ。公人であるが故に、身内は一番最後にする、と。
だが――だからこそ、彼は家族を選ぶ。
救えるのならば――救わなければどうする。
彼は既に一人を守れなかった。守らなくてはならなかった家族を――妹を。
これ以上失くす訳にはいかないのだ。

その時、クロノ・ハラオウンはある意味では叩き折られ、ある意味では叩き直された。
顔を上げる。瞳に色が籠る。それまでは無かった色――覚悟と決意。
魔導師ではない、クロノ・ハラオウンとしての決意。

「本当に、守れるんだな。」
「ええ、私たちに協力してもらえれば。」

仮面をつけたまま、金髪の男は手を伸ばす――醜悪な微笑みを張り付けたまま。

「貴方の家族とこの世界――全てを救いましょう。」

ラウ・ル・クルーゼは呟いた。


――羽鯨によって喰われて世界は滅びる。

それは世界を覆い尽くす絶対法則。何よりも――物理法則ですら、その絶対真理の前で霞んでしまう。誰が何と言おうとソレは変わらない。
それは既に確定されてしまった法則だ。
世の中のありとあらゆる全てと同じく、一度確定されたことはおいそれとは変わらないのだから。

――世界を救うにはギンガ・ナカジマが生贄になる必要がある。

何かを為す為には代償が必要だ。それこそ世界を救う為には大きな代償が。
人一人の命ですら、世界という概念の前では塵芥と同じように軽すぎる。
故に――その代償は“軽すぎる”。
魔法であろうと物理であろうと人生であろうと何であろうと、物事の原則とは等価交換である。
その事実が変化することは無い。もし、それを覆すモノがあるとすれば――それは奇跡という名の妄想だ。

――彼女は世界を救って死ぬのです。純粋無垢で、清廉潔白な、真なる聖女として、彼女は捧げられる。

それは世界に捧げられる生贄。世界の全て――目に映る映らないを問わない全てを救う自動的な救済存在。
それこそが聖女。世界全てを救い、世界に捧げられる供物。

――一月後、ギンガ・ナカジマは、羽鯨の受肉するべき器となって、聖王によって滅ぼされる。

一ケ月後、その救済は実現される。
それを嘘だと跳ねのけるには――シン・アスカは羽鯨に近すぎる。その身の根幹に根差した羽鯨という存在がシン・アスカに教えるのだ。
それは事実だと。
ギンガ・ナカジマは殺されるのだと。
そうでなければ世界は救えないのだと。
それが最も正しい正義なのだと、シン・アスカの本能が教えている。

――これは滅びの未来に支配された宇宙の運命を真っ二つに叩き切る、ある一人の男の物語。



湿った空気。
廃屋の中の階段を下りていく――前方にいる長髪を後方で一つに束ねた男を先頭に、黙り込んだまま階段を下りていく。
階段は初めこそコンクリート造りの階段だったのが、途中から鉄骨で作られた螺旋階段へと変わった――どこか、ラクス・クラインの別荘にあったシェルターを思い出させる。
外部から見ただけでは決して分からない場所――誰が喫茶店の下にこんな地下が存在していると思うだろうか。
室内にはハイネとデュランダルがいる。彼ら二人に導かれ、ここに来た。

「ここだ。」

ギルバート・デュランダルが扉に手を掛けた。重苦しい音を立てて開いて行く。

「……ここ、は。」

明かりが、室内を照らしだす。
薄暗い光だけでは分からなかった全体像がはっきりと見えてくる。

「元々はシェルターとして用意されていたらしい――随分と古い時代のものだろう。」

デュランダルが呟くその言葉通りに、室内の意匠はどこか古めかしい――コンクリート造の白い壁。所々にヒビが入っている――いつ壊れるのか、それとも永遠にこのままなのか。
床も同じくコンクリート造――フローリングなどしてある訳でもない、ただ打設しただけのそれを造と言っていいものかは悩むところだが。
幾つかの部屋に分かれているのか、出入り口が4つあった。
そうやって、周囲を訝しげに見回す自分を尻目にデュランダルはテーブル――以前赤福にあったモノと同じモノ――の横に置かれている椅子に腰を掛ける。

「キミも座ったらどうだい? 立ちっぱなしは疲れるだろう?」
「……。」

無言――返答は返さずに腰を下ろす。表情は仏頂面のまま――もしかしたら機嫌が悪いとでも思われているのかもしれない。
そう思われたなら良い――そんなことを思い浮かべながら、倦怠感と疲労感にから嘆息を吐きそうになるのを我慢する。
呻きを上げずに、無言のまま――せり上がってくる吐しゃ物を飲み込んだ。
先の戦闘の反動だろう。

『無理をするな。』
『……大事なとこなんだ、邪魔するなよ。』

デスティニーからの念話に答えを返し、目前のデュランダルに目を向ける。

「お疲れのようだな、シン。」
「そうでも、無いですよ、議長。」

議長、と呟く瞬間、僅かに感情を籠らせてしまう自分に気がつく――落ち着けと心中で繰り返し、続ける。

「……教えてくれるって言いましたよね、議長。俺から聞きたいことは、一つだけです。」
「聞こう。」

デュランダルがテーブルに肘をつき手と手を握り合わせる。
聞きたいことは幾つもある。
それこそ、デュランダルやハイネがどうして生きているのか、どうして彼らが魔法を使えるのか、どうして此処にいるのか。だが、そんなものは正直言ってどうでもいいし、大体誰がやったことかなど予想はつく。

「あのクジラビトってのが言っていたことは本当なんですか。」
「……さて、どのことかな。」
「ギンガ・ナカジマを生贄にすることで、世界は救われる。俺が聞きたいのはそれが真実かどうかです。」

デュランダルの頬が僅かに緩む――その予想通りと言った姿にシンの中で僅かに苛立ちが募る。

「……知っているんですよね。」
「ああ、知っている。正確にはギンガ・ナカジマだけではなく、聖王――高町ヴィヴィオもだがね。」

高町ヴィヴィオ――どこかで聞き覚えのある名前。
記憶を検索しても会ったことは無い。

『高町なのはの養女。ゆりかご事件におけるキーパーソンであり、現在に蘇った聖王だ。』

デスティニーが念話を繋げる。
その言葉で思い出す。

「……聖王、ヴィヴィオ?」
「その通り。」

記録でだけ見たことがある女性――少女。
確か、現在はクラナガン市内にあるどこかの学校に通っていたはず。

「ちなみに君は聖王という存在についてどれほど知っている?」
「一通り……古代ベルカの王、でしたっけ。」
「その通り――アレは古代ベルカの王だ。表向きはね。」
「表向き?」
「実際は違う。聖王とは……そうだね、簡単に言えばキラ・ヤマトと同じモノさ。」

キラ・ヤマト。
コズミックイラにおける最強のモビルスーツパイロットにして――

「スーパーコーディネイター……?」
「違うと言えば違うが――まあ、それが一番分かりやすい例だろうね。本来は兵器なのさ。アレは。」

一拍を置いて。デュランダルが続ける。

「羽鯨を殺す為の、ね。」
「……それって。」
「羽鯨を殺す為に造られた生体兵器――それが聖王だ。故にギンガ・ナカジマが羽鯨を受胎すれば、高町ヴィヴィオもまた聖王として覚醒する。聖王の遺伝子にはそういった命令が刻み込まれている。必要になれば自意識など消滅し、聖王は羽鯨を殺す。そうして彼女たちは殺し合い、相果てることで世界は救われる――これが、彼らの言ったことの詳細だ。」
「……それが一ヶ月後?」
「ああ、だが――。」

デュランダルが薄く笑う。
悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべて、続ける。

「それは、嘘だ。」
「……は?」
「世界は滅びない。聖王は目覚めない――クローニングによる遺伝欠損が激しい高町ヴィヴィオにそれだけの強制力は働かない。ギンガ・ナカジマに羽鯨を受胎させることも不可能だ。寄り代となる無限の欲望が今はいない。」
「……俺が、いないから?」
「正確には君を含む、だな。君がいなくなれば、スカリエッティが寄り代になる必要があるが――あの男は寄り代になる前に、彼らと袂を分かつだろうね。」

デュランダルがテーブルの上に置いてあるコーヒーに口を付ける。一気に話したせいか、口内が渇いているのかもしれない。

「……だから、世界は羽鯨によって滅びることは無い――むしろ、こんなお粗末な状況で羽鯨を受胎させようなどということを行う方が危険だ。それこそ“本当に”目覚めてしまう。」

コーヒーをテーブルの上に置いて、続ける。

「踊らされているんだよ、彼らはね。」

さも当然の如くとでも言わんばかりにデュランダルは言う。

「あの男――ラウ・ル・クルーゼにね。」
「本当、なんですか。」
「ああ。だからこそ、私たちは戦っている。彼らの――いや、奴の企みを阻止する為に、ね。」
「……」

デュランダルの瞳を覗き込む。
瞳に嘘は見えない――仮に彼が嘘を吐こうとしたならば、シン・アスカ如きには見抜けないだろうが。
だが、と思う。
胡散臭い――もっと言えば信じられないと言う方が正解か。

羽鯨は世界を滅ぼさない。
誰も彼もが騙されている。
滅ぼすのは羽鯨を起こそうと画策するラウ・ル・クルーゼ。全てはあの男の企み。クロノ・ハラオウン達はそれに踊らされている。
納得できない自分がいるのをシンは自覚する。
理屈では無い。元より、このような常識外れの事態に通用するような理屈を持っている人間ではない。
リインフォースは言った。世界は滅びると――それが二年後の話だと。
それは間違いの無い事実だ。
羽鯨――世界を滅ぼす存在。
無限の欲望となって、その眷属となったシンにとって、羽鯨がどういう存在かはある程度理解できる。
それは海辺を知って、海を知ったと語るようなモノだが――それでもあり得ないと言い切れる。
羽鯨が目覚めないなどあり得ない。世界を滅ぼさないなどあり得ない。
あの光景を覚えている――空が割れた日のことを覚えている。右手を見る。羽が生えた腕を――侵された腕を。
理屈は分からない。だが、感覚が教えてくれる――アレは害があるとか無いとかそういうモノではない。
象が歩く際に蟻を潰すことに気付くだろうか?気付くわけがない。像にとって、蟻は空気のようなモノでしかない――潰そうとどうなろうと構わない存在。つまりは塵芥。路傍の石にも劣る存在だ。
羽鯨にとって、“この世界”はその程度の意義しか持たない――だからこそデュランダルの言葉は嘘だ。
この世界は既に羽鯨の捕食対象となっている。それだけは紛うことの無い事実――確信を持ってそう言える。
背筋に震えが走るほどに、あの恐怖は忘れない。
目前のデュランダルを見据える――どういうつもりで、こんなことを言っているのかは分からない。
シン・アスカならば騙せるとでも思っているのか、それとも他に何か理由があるのか。
そこは分からないが――まどろっこしい問答がどうしようもなくうざったいと感じる。
だが――デスティニーが心中に語りかけてきた。

【シン。】
【……分かってるよ。】

自制しろという声。デュランダルに目をむけ、呟く。
これ以上の会話に意味は無い。
隠そうとしている人間に問い質したところで意味は無い――この人がそういう人なのだと自分はよく知っているのだから。

「それが、全部ですか。」
「他にも私やハイネがどうして此処にいるのかなどの答えもあるが―――」

デュランダルが微笑みを浮かべたまま呟いた。

「“君”には必要ないだろう?」

こちらの全てを見通すような、漆黒の黒曜石のような瞳。
覗きこまれている――そう、感じた。
試しているような視線。全てを知った上で、こちらを騙そうとしている――否、騙されるかどうかを試している。

「……知ってるんですね、やっぱり。」
「おおよそはね。君が今どうなっているのかも大体の予想はついている。」
「……全部知ってて“隠してる”ってことですか。」

右手をポケットの中に入れる――デュランダルからは見えないように。
自分の言葉を聴き、その仕草を見て、デュランダルが口元を歪める――全部見通されている、そんな確信がある/それならそれで構わない。
にらみ合いは数秒――言葉を交わす必要は無い。
そう思って立ち上がろうとした時、デュランダルが口を開いた。

「一つ頼みがあるんだが――いいかね?」
「……何ですか。」

朱い瞳と漆黒の瞳が絡み合う――交錯は数秒間。互いに口を開かずに視線だけを絡ませ合う。

「2週間後、私たちは彼らの目的を阻止する為に聖王教会に乗り込む。その時、君には先陣を切ってもらいたい。」

一拍を開けてデュランダルが続けた。
軽々しく、歌うようにして。

「君の力はもはや化け物だ。オーバーSランクの魔導師が何人いようと君一人で事足りる――仮にモビルスーツが敵となっても君なら十二分に対処出来る。何度でも立ち上がり、戦いを繰り返すことが出来る。」
「……あの時の戦いみたいに、囮になれってことですか。」

にんまりと、唇を歪めてデュランダルが微笑んだ。

「その通り。理解が早くて助かるよ、シン。」

もう一度、あの大立ち回りをやれとデュランダルは言っている。1000のガジェット、ナンバーズ、そして――レジェンドと戦って敗北した、あの時と。

「君ほどの力があれば、容易いことだ――そうだろう?」

容易い――そんな訳が無い。そんな簡単な訳が無い。
現在のシン・アスカの――と言うよりもデバイス・デスティニーがもたらす戦闘力は確かに異常だった。
巨大斬撃武装(アロンダイト)――20mを越えるモビルスーツサイズの大剣を己が得物として振るい。
機能(システム)・光翼(ヴォワチュールリュミエール)――光速移動術式。真実、瞬きの間に彼我の距離をゼロにする。その過程全てを飛び越えて。
戦友の剣(レイ・ザ・バレル)――光速で巨大斬撃武装(アロンダイト)を撃ち出す魔法。一瞬で光速に近似する速度にまで加速した物体はありとあらゆる全てを食い破り。
高速活動魔法(エクストリームブラスト)――体感時間を加速させ、最大で通常の七倍の世界にて戦闘を行い。
自動回復魔法(リジェネレーション)――如何なる損傷であろうとも魔力が続く限りは治癒を行い、場合によっては一瞬で復元すら行う再生。
単身の戦闘能力で言えば化け物と言う言葉ですら生温い。
だが、その場合に相対するであろう敵は――あの一号と名乗ったような敵やクロノ・ハラオウン、それ以外にレジェンドのようなモビルスーツに、鎧騎士、そしてガジェットドローン、更には――聖王教会所属の魔導師もいることだろう。
その全てと戦うということが、どれほど難しいかなど考えるまでも無い。死ねと言っているのと同義だ。

「……俺が、囮になっている間に、あんたらは――」
「ギンガ・ナカジマと高町ヴィヴィオを救い出す。それで世界は救われる。」

一拍を置いて、デュランダルがシンの瞳を覗きこむ。

「君が気になっている“彼女”を、助けるには悪い話じゃないと思うが?」

デュランダルの口が閉じる。返答を待っている――どんな返答が返ってくるかも既に予想しているだろうに、それでもこちらの口から言わせたいらしい。
上等だ。
逡巡することなく、呟く。逡巡する必要などどこにもない。

「俺は最初っから、助けるつもりなんて、無いですよ。」

振り返って、睨みつける。隠している理由が何かは分からない――大方スバルやティアナへの配慮、と言ったところだろう。隠さなければ利用できない。ギンガ・ナカジマを助けることへの躊躇が生まれる――それを消し去る為に。
だったら、それで良い。それで構わない。
自分を利用しようと言うのならばそれで良い。自分だってそのつもりで此処まで来たのだから。
何を言われても、何を踏みにじられようとも、何が起きようとも、目的は変わらない。変えるつもりも無い。

「俺は奪い返す為に此処まで来た。あんたの思惑が何だろうと、そこは変わらない。」

その答えに――デュランダルの頬が緩む。口の前で組まれた掌によって隠されて――それでも隠し切れない愉悦をそこに滲んでいた。

「良い返事を聞けて嬉しいよ、シン。」
「どうも。」

気の無い返事をするシン――気にすることなくデュランダルは続ける。

「勝手ながら、こちらの方で君の部屋を用意させてもらった。差支えなければ、ハイネに案内させようと思うが、どうかな?」
「……ありがとうございます。」
「ああ、気にしないでくれたまえ――ハイネ。」
「はっ。」

デュランダルの言葉にハイネが答え、こちらに近づいてくる――思えば、共に過ごしたのは僅かな期間の戦友。
不思議な気持ちだった。死んだはずの人間と再び言葉を交わすと言うのは。

「久しぶりだな、シン。」
「……死人に久しぶりって言われるのも不思議な気分だけどな。」
「は、まあ、確かにな。」

相槌と共に差し出された手を掴む――暖かい、生きていることを実感させる掌の感触。
本当に不思議な気分だった。
死人と再会すると言うのは――悪くない気分だ。そう、考えて、思わず頬が緩んだ。

「シン?」
「何でもない、気にしないで……。」

頭の中心に直接響く声――デスティニーからの念話。

【シン。】
【……何だ?】
【少しギルと話をさせてくれないか?】

デスティニーの声にどこか焦燥に駆られたような響きが混じり込む。
レイ・ザ・バレルとステラ・ルーシェとマユ・アスカの成れの果て――主観を構成する一人にとって、最も大切な人間がそこにある。
デバイスとなっても、そこは変わらないのかもしれない――懐から短剣を取りだした。

「お前……?」

怪訝な表情でこちらを見つめるハイネを尻目にデュランダルに向き直り、声をかけた。

「議長。」

デュランダルがこちらを見つめている。その瞳に浮かぶ警戒心をからかうように短剣を放り投げた。
狙い違わず、短剣はデュランダルの手元に収まった。

「……何のつもりだ、シン。」
「レイが、その中にいます。」

デュランダルの低い声での呟き――けれど、レイと言う言葉を聞いた瞬間、初めてその表情に動揺が走った。

「……レイ、が?」
「話してやってください。」

茫然と短剣を見つめるデュランダル。
振り返ると、背後にいたハイネが茫然とシンを見ていた。
いきなり、掴みかかるとでも思ったのだろう。
くだらない子供じみた目論見――悪戯が成功したような気分に笑いながら、ハイネに呟いた。

「行こうぜ、ハイネ。」
「あ、ああ。」

扉を開けて、ハイネが先を進む。
扉の奥に見えた通路はリノリウム張りの真っ白な通路――どこか病院のような印象を伴わせる。
背後の扉に僅かに眼を向けた。
デスティニーが何を話すつもりなのか――聞けば答えただろうが、聞く気にはならなかった。
デスティニー――レイにとって、ギルバート・デュランダルがどれだけ大きな存在かは知っていたから。
自分だって、同じ立場ならそう思うだろうから。

(――変な“格好”にだけはならないでくれよ。)

僅かな不安を小さく呟きながら、シン・アスカはハイネ・ヴェステンフェルスの後をついていく。


しん、とした静寂が室内を覆う。
室内に残されたただ一人の男が手元の短剣を見て小さく呟いた。

「……レイ、か。」

大切な息子。友と同じ存在――未来を許されなかった存在。
シン・アスカはその短剣に彼がいると言った。馬鹿げた話だ。彼は既に死んだ――自分が殺したのだ。
僅かでも命を長らえさせる為とは言え、スカリエッティの処置を受け入れさせたのは自分なのだから――もっとも、その時の彼には既に自我と言うものは存在しなかったが。

「……馬鹿げた話だ。今更、私に何を言えと言うのか。」

その呟きに呼応するように短剣が輝き、ある“実像”を投影し始める。ワイヤーアート――或いは3Dモデリングのように、紡がれていく朱い軌跡。軌跡が紡ぐ実像は人型。朱いシン・アスカの魔力光と同じ輝きが人を象っていく。

「……何?」

短剣から手を離す――短剣はテーブルの上に落ちて、あらぬ方向へと滑り落ちていく。
それを、掴む“誰か”が“顕現する”。

「お久しぶりですね、ギル。」

声がした。金髪を棚引かせた、年齢にして16歳頃の――もしかしたら、まだ幼いかもしれない。或いはもっと年上なのかもしれない。
レイ・ザ・バレルのようでもあり、ステラ・ルーシェのようでもあり、シン・アスカのようでもあり――或いはその誰とも違う、一人の“女性”。
炎のように朱い瞳と金色に輝く髪。鋭く尖った視線――けれど、無邪気な子供のような容貌が同時に存在する不思議な容貌。
中性的、と言う訳ではなく、女性らしさと男性らしさが混在すると言った方が正しい。
子供のような、大人のような――女のような、男のような。
起伏のついた体形は女性らしく――切れ長の瞳と端正な横顔は中性的な印象を与える。
服装はシンのバリアジャケットと同じデザイン。けれど、細部の装飾はまるで違う。どこかソレは少女が好むテレビアニメに出てくる魔法少女のような姿。

「君は……」

厳密にはレイとは似ても似つかない。声も違えば、顔も違うし、性別だって違う。その胸の膨らみは目の前の人間が女性であると示している。
だが、雰囲気が、似ている。レイ・ザ・バレルと――自分が見捨てるしかなかった息子と。
喉が渇く――緊張している自分をデュランダルは自覚した。

「レイ……なのか。」

女は首を振って、その問いを否定する。
レイ・ザ・バレルではない――自分は違うのだ、と。
その返答は正確であり、曖昧であり、正解であり、間違いでもある。
デュランダルにはそんなことは理解できるはずもない――何故なら眼前にいる少女は、彼の想像を超えて、シン・アスカが生み出した、空想の具現化そのもの。無限の欲望が見出す時空の連続性から乖離した存在そのもの。無限の欲望は未来を変えることが出来ると言う伝承の証明そのものだから。

「私の――いや、“今の俺”の名前は、デスティニーです。」

呟きと共に女はテーブルの上の短剣を握り締める――自分自身の寄り代である“本体”を。

「シン・アスカの相棒ですよ。」

デスティニーは静かに微笑んだ。


見つめ合っていた――と思う。
私とシン・アスカと言う男は、きっと見つめ合っていた。
握り締められた手はまだ温かい。振り払おうとしても振り払えなかった。
それが悔しくて――虚しかった。

「……フェイトさん?」
「大丈夫、何でもないよ、キャロ。」

傍らのキャロが私を心配そうに見ている。
今の気持ちがそのまま表情に出ていたのかもしれない――自制出来ていない自分を自覚する。
いや、自覚するまでも無い。
私は、今、動揺している。
あの、シン・アスカのことを思うだけでこんなにも胸がかき乱されている。

「……スバルとティアナは、今、訓練してるの?」
「……何も出来なかったからって。」
「そう、だね。」

その言葉も私を抉る。

「何も出来なかった――もんね。」

つい、先程のことを思い出す。あの、圧倒的なクロノの強さを。

「……あんなに強かったんだ、クロノ。」

まるで歯が立たない――はっきり言って桁が違う強さだった。
自分並の高速移動を行い、キャロとティアナとスバルの連携を掻い潜り、その上で全員をバインドによって拘束した。
自分たちではどうしようも無かった。何も出来なかった。
感じたことの無い気持ちだった。いつの間にか置いていかれたような寂寥感。そして、自分自身の無力を呪う気持ち。

――焦燥が募る。世界が滅びると言われ、半年間を過ごしてきた。それを防ぐ為にと、管理局から身を隠してまで此処で過ごすことを選んだ。
流されていただけだ、と胸のどこかで誰かが――自分が呟く。
違う――とは言えない。それが自分の本音だ。
記憶を失くして、気が付けば見知らぬ場所で――実際は変わり果てた場所だけど――私は眼を覚ました。
意味が分からなかった。
あの日、白い鎧騎士と戦ってから、その日までの記憶が抜け落ちていた。
それでも月日が過ぎたことは理解できたし――自分が何か大切なモノを失くしたことも理解できた。
胸に開いた穴。それがとても大きく、昔、母を失った時のような虚無感すら覚えた。
そうして、訳も分からぬまま、仮面をつけた人間――ギルバート・デュランダルに誘われ、ティアナやスバル、キャロ、ヴォルケンリッターと合流し、身を潜めた。
世界を救う為――その言葉の居心地の良さに身を委ねて、目の前の状況から目を逸らしたいという気持ちがあったのだから。

「……シンさんなら、何とか出来たのかも知れませんね。」

キャロが小さく呟く。その名前の男を誇るように――自分自身の無力を呪うように。

「……シン・アスカ。」

胸が疼き、また心がかき乱される。胸の鼓動が激しくなり、奥歯を噛み締め、その鼓動を無視しようとするも――出来ない。それだけ落ち着こうとしてもドクドクと鳴り続ける心臓の鼓動が煩くて、集中が出来なくなる。
胸を抑える。痛い――苦しい。
シン・アスカ。化け物じみた力を持った――化け物そのものと言っても良い魔導師。馬鹿みたいに巨大な大剣を振るい、クロノ・ハラオウンと互角に戦っていた。
あの人は――異常だ。異常すぎる力だ。オーバーSランクなどと呼ばれ、自分の力にはそれなりに自信があった。どんな困難でも打ち勝てると――自分だけでは駄目でも、なのはや、はやて、ヴォルケンリッター、キャロやティアナ、スバルがいれば、打ち勝てると思っていた。けれど、あのシン・アスカと言う人とクロノはそんな常識を全て破壊した。
それが悔しい――それもある。けど、胸の苦しさはそんなモノから生まれている悔しさじゃない。
この胸の悔しさは自分の不甲斐なさに対するものではない。もっと、無様で惨めな――いつの間にか植えつけられていた気持ちに対するモノ。

「強いね、あの人は。」

私の声に頷くキャロ。

「才能もあるんでしょうけど……努力、してましたから。フェイトさんとギンガさんが死んだと思っていた頃は特に。」

ギンガ、と言う言葉が耳に響いた瞬間、ズキンと痛みが胸に連鎖した。
キャロは何も気づかない。気づかないまま、昔を――私の知らない“私の昔”を思い出して、話を続けていく。

「……エリオ君も、シンさんが倒したから。」

私の記憶には無い戦い。
私がさらわれて、エリオが裏切って、シン・アスカと言う人が“壊れた”時の戦い。
胸が、痛む。
見たことの無い戦い。見ることも叶わない戦い。
多分、それは全ての発端――なのに記憶が無い。
胸が痛い。
罪悪感で、後悔で、後ろめたさで。
沈黙は数秒ほど。何を話すべきかも定まらない――それでも、言葉を吐きだした。後ろめたさを誤魔化すようにして。或いは、責任転嫁をするように。

「……怖く、なかったの?」

キャロは私の問いを首を振って否定する。その眼にはどこか、悲しげな光が浮かんでいた。

「……そう、なんだ。」
「……シンさんは、私とエリオ君にいつも優しくしてくれました。」

悲しげに、でもどこか嬉しそうに語るキャロ。
重ならない記憶と記憶の残滓。残響すら共有できない記憶の齟齬。
感じている後ろめたさはエリオを裏切らせたことへの後ろめたさ。
エリオが裏切った頃、私は、シン・アスカと言う人間に恋をしていたと言う――本当に馬鹿だと思う。大切な子供が苦しんでいる時、私は男に恋をしてのぼせ上っていたのだ。
本当に、自分が信じられなかった。
その時の気持ちを、記憶を失くした今でも引きずっていることが、本当に信じられなかった。

「でも、エリオはあの人のせいで――」

呟く言葉は、もしかしたら責任転嫁の気持ちなのかもしれない――きっとそうだろう。
キャロはそんな私の内心に気付いているのか、遮るようにして呟いた。

「……今はエリオ君がどうしてあんなことをしたのか少し分かるんです。」

軽やかな微笑みではなく、重苦しい微笑み――彼女を引き取る前のような。けれど、その微笑みはどこか強さを内包していた。

「きっとエリオ君は私たちを守ろうとしてたから…・・・・だから、あんなことをしたんだって。」

俯いていた顔を上げる――その横顔に浮かんでいるのは、子供の表情ではなかった。

「だから、もう、いいんです。エリオ君は私が取り返さなきゃいけないから。」

一瞬、呆然とした。
何を言うべきか分からなかった――いや、何も言えないのに、何かを言おうとしたからか、言い淀んだ。
何を言えると言うのだろうか。こんな、いつの間にか、子供ではなくなってしまった少女に、何を言えることがあるのだろう。
私には何も言えない。
胸の疼きを堪えるだけの私には何も言えない。

「キャロ……」
「エリオ君が今、どこにいるのかは分からないけど――多分、泣いてます。」

淡々とキャロは呟く――決然と。

「私は、エリオ君の涙を止めたいんです。だから、エリオ君は――私が取り返さなきゃいけないんです。」

胸の疼きが大きくなる。
胸の悔恨が強くなる。
胸のざわめきが煩くなる。

「……そう。」

重苦しい雰囲気。
黒い天蓋が私たちを――私を覆い尽くそうとする錯覚。
胸の奥で疼き続ける感情/好意――自分のモノではないのに、自分のモノだと自覚してしまう感情に振り回されながら私は思った。

――置いて行かれた、と。
募る寂しさ。孤独は辛い――嫌いだ。
誰もいない。
誰もいない。
エリオは敵になって、クロノは敵になって、ユーノは敵になって、世界は敵になって、皆は目的に向かって一心不乱に邁進して――私だけが没頭できずに、没頭した振りをする。
実感の籠らない世界の危機。記憶が無い以上、世界が滅びると言われても実感など湧く筈も無い。
孤独――母を失った頃を思い出す。自分のいるべき場所が分からなくなる感覚。立ち位置とでも言うのだろうか。自分がどこに立っているのかも分からない感覚。
そんな時に思い浮かぶのが、どうして、“まともに話をしたこともない”あの男なのか。
何も言えない。どうすれば良いのかも分からない。
――私はただ内に内にと心を閉じていく。答えなどそこに無いと知りながら、そうすることしかできなかった。
キャロはただ悲しげに私を見ていた。
私は、その悲しさの意味も分からず――ただうな垂れることしかできなかった。

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