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空想垂れ流し 再会と邂逅 Fパート

再会と邂逅 Fパート



 滑空するが如く疾走。速度は最高速。一切の減速を許さない――減速するくらいなら更に加速。
 風が強い。肉体が震える。剣を持つ手が震える/急げ急げ急げ――高まる気持ちに全てを委ねて疾走る翔けるさっさとそこに辿り着け―――!!!
 速度を上げる。
 高速移動魔法(フィオキーナ)の数を更に増加。背面からの魔力噴射を増大。速度超過。制御限界領域突破。
 見える人影。
 デスティニーへ念話による指示。対象の確認。

『クロノ・ハラオウン……フェイト・T・ハラオウン及びスバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、
キャロ・ル・ルシエ。その後方にギンガ・ナカジマを確認。』

 胸の奥で安堵する。死んでいなかったことへの安堵。生きていたことへの安堵。
 惚れた女が生きている。きっと記憶は消えている。ギンガは自分を覚えていなかった。だから、多分フェイトもそうだろう――それでも生きている。
 それがどうしようも無いほどに嬉しい。
 胸の奥から力が湧いてくる。剣を握る手に力が籠る。それは温かい気持ち。守りたかったモノが失われていなかったことへの、自分は何も失っていなかったという安堵。
 一瞬、気が緩みそうになる。

『そして、もう一つ朗報だ。いるぞ、シン。』
「いる?」
『ラウだ……ラウ・ル・クルーゼも、あそこにいる。』

 その名前を聞いて――温かな気持ちと並列する、ある感情がわき上がる。

「そうか。」

 声のトーンが一つ落ちる。
 低く、低く――感情の籠らぬ冷たい声に。

「クルーゼはどうしてる?」
『こちらを迎撃するつもりなのだろう。空中で待機している。』

 デスティニーからの返答。逡巡は無い。待ち構えているのなら――正面突破をするのが筋と言うものだ。

「巨大斬撃武装(アロンダイト)。」

 言霊を紡ぐ。握り締めた剣の先端から伸びる巨大剣の封印を解き放つ為の言霊。
 瞬間、大剣は在り様を変えて大鍵となる。

『解錠。』

 剣/鍵を虚空に差し込む――まるで水面に差し込んだように剣/鍵の先端が空間に溶けて消えた――ガチン、と右手の大剣/大鍵が何かと接続したような手応えを感じ取る。
 引き抜く。波紋を残して何も無い空間から引き抜かれるは、最大にして最強の斬撃武装。文字通り、ただ巨大なだけの刃金。ただ叩き切る為だけに研磨された刃。
 モビルスーツ・デスティニーが誇った当代一を争う近接武装――対艦刀MMI-714 アロンダイト ビームソード。
 全長20mを超える威容がその姿を現す/朱い炎が刃金を覆い尽くす。
 柄の部分にデバイス・デスティニーを差し込み接続した巨大剣を肩に“担ぐ”。
 速度は最高を超えて最速。近づいてくる仮面の男。
 デスティニーからの映像伝達。脳裏に浮かび上がる、ラウ・ル・クルーゼの姿――白い服。自分のバリアジャケットの原形とも言える赤服をそのまま白くしたような服装。
 白服。懐かしいその服装を見た瞬間、唇が釣り上がる。
 近づく――あの時の、そしてその前の。あの男と自分の間に存在する幾つもの借り。
 二人を奪われた。自分自身を完全に否定された。刻み込まれた恐怖。
 ――今、それを返す。

「……ラウ・ル・クルーゼ。」

 胸の奥底から全身を羽交い絞めにしようとする恐怖――何をしても無意味と言う恐怖。
 それらを全て胸の奥に押し込んでいく。

「行くぞ。」

 呟いて、突撃した。


「……う。」

 自分――フェイト・T・ハラオウンの後方で気を失っていたスバルが目を覚ました。
 彼女のデバイス・マッハキャリバーのデバイスコアが明滅している――主に何かを伝えているのだ。
 同じように、キャロやティアナも目を覚ます。
 そうこうする内に朱い炎が巨大化する。大剣が近づいてくる。
 それは、あまりにも異常な光景だった。
 多くの魔導師と出会った。自分のような大剣を扱う魔導師もいた。自分よりもさらに大きな大剣を使う魔導師もいた。巨大な斧を持つ者もいた。槍の使い手もいた。大鎌を使う者もいた。近接戦闘には魔法の才能以外の能力――白兵戦、格闘戦の能力が求められる。
 どれほど魔法を極めようとも、それはあくまで“放つ”力。自らの身体を制御し、使い切る為の能力とは違う。だから、魔導師の用いる武器と言うのは、その魔導師にとって最も手慣れた武器である場合が多い。
 自分であれば鎌か剣。シグナムであれば剣。ヴィータであれば大槌。
 巨大な武装と言うものであればヴィータのツェアシュテールングスハンマーもそうだが――あれは振るうというよりも砲撃に近い。武装そのものに推力を与えることで制御するという魔法の構造上、それは仕方無いとも言えるが。

 こちらにどんどん近付いてくるアレはヴィータのツェアシュテールングスハンマーとは一線を画すモノ。
 目測で分かるだけで10mを軽く超えているそのサイズは、明らかに人間以外――それこそ巨人が握り締めるような大剣だ。
 それは――魔導師と言う枠組みからは大きく外れたモノ。ニンゲンと言う枠組みから大きく外れたモノ。推力によって命中させるのではなく、振るうことで命中させる。
 ヒトでは使えない武装をヒトが当然のように使う――それが異常でなければ、何だと言うのか。

「ラウ・ル・クルーゼエエエエエエ!!!」

 その巨大剣を、文字通り大上段から振り下ろす。空気が弾け、振るうだけで尋常ではない風圧が生まれる。

「ようやく、ようやく帰ってきたようだな、シン・アスカ。」

 呟きながら金髪の男はその一撃を右へ僅かに避ける――巨大剣から生まれる幾つもの朱い光条。
 魔力噴射によって得られた推力による方向転換。
 跳ね上がる。左方向への移動。巨大剣が“通常の剣”と同じような挙動で追い縋る。
 その際に生まれる慣性による絶大な反動を意識を総動員して堪える。
 跳ね上がった巨大剣――金髪の男は一気に後方に下がり、それを回避する。
 まるでこれからどこを攻撃するのか視えているかのような完璧な回避行動――そこから逆方向に薙ごうとしても刺突を行おうとしても、次撃は届かない。
 これで攻撃は終わる――誰もがそう思った。自分――フェイト・T・ハラオウンも、クロノも、ティアナも、スバルも、キャロも。
 恐らく、あの金髪の男も。これで攻防は終わる、と誰もが思った。
 だが、

(舐めるなよ。)

 ――だが、シン・アスカは止まらない。巨大剣は止まらない。一心不乱にただ敵を倒すことにのみ集中したシン・アスカは、止まらない。

 高速活動魔法(エクストリームブラスト)・限界突破(ギアマキシマム)。感覚を加速し主観時間を“圧縮”する魔法である。
 7倍速とは即ち7分の1にまで主観時間が圧縮された世界だ――つまり1/7秒を1秒として知覚する世界。簡単に言ってしまえば、通常の主観時間で秒針が1秒動く時、シン・アスカの主観時間は7秒経っているというモノ。
 思考は一瞬。けれど、その一瞬でシン・アスカは1倍速の世界の7倍思考する。
 その最中、思考のみを更に加速させる――まるで時間が止まったような錯覚。
 SEEDがもたらす知覚拡大の最果て――集中力が導くゾーンと呼ばれる世界。
 時の止まった世界と言う錯覚。

 アロンダイトが届かない。攻撃は当たらない。逃げられた。眼下にはクロノ・ハラオウン――クルーゼに時間を掛けすぎれば、クロノ・ハラオウンがギンガとフェイトを連れ去って行く/断固として否定。憤怒すら伴う判断。脳髄の中の冷徹な部分が条件を弾き出す。
 ラウ・ル・クルーゼを仕留めるならば、今のタイミングしかない。
 時間をかければクロノ・ハラオウンはこの場を逃げる。

 その際にギンガは確実に連れて行かれる。もしかしたら、フェイトも――それを決して許さない。
 時間はかけられない。クルーゼを一撃で仕留め、次いでクロノを食い止める。
 その全てを出来る限り短い時間――理想は一瞬――で行う必要がある。
 確定予測とも言える絶対の、切り伏せられるほどに鋭く重い真実。その真実を理想で塗り替える。
 逃げたクルーゼを攻撃する方法の算出――砲撃、もしくは刺突。砲撃で倒せるほど温い敵ではない。ならば刺突が最も確実。
 だが命中の可能性は低い。先読みされることで回避される――その先読みを凌駕することが出来ればクルーゼへの一太刀は可能。

 状況を単純化する。先を読まれることで攻撃を回避される。ならばその先読みを凌駕すれば良い。
 同時に下方に位置するクロノ・ハラオウンに対しても牽制程度の攻撃を敢行。狙いはスバルやティアナ、キャロ、そしてフェイトの束縛を破壊すること。
 先読みを凌駕するにはどうしたらいいか――簡単なことだ。これまでは“出来なかった”ことをやればいい。これまで二撃で終わった攻撃を三撃に、一撃必殺の攻撃を必殺の二連続に、回避できなかった攻撃を回避し、回避される攻撃を当てる。
 強く、早く、鋭く。凌駕するべきは敵ではなく、これまでの自分。相手が知る自分自身。

「が――」

 切り下ろしから左薙ぎに軌道を変化させた巨大剣が、更に“突き進む”。
 “支点を変更”――それまではシンが握る柄を支点に動いていた巨大剣。振るう以上は当然――それを巨大剣の先端に切り替える。上下左右から先端を挟み込むように巨大剣を覆う朱い炎が間欠泉を上げる/噴射噴射噴射噴射――固定、停止。
 左薙ぎをそこで完全に停止させる。瞬間、シンの身体にかかる左方向へと引っ張り込む力――左薙ぎを停止させたことで生まれた斬撃の反動。

「ぎ、い。」

 絶叫の如き咆哮――脳髄に掛かる負担。脊髄にかかる負担。吐き気、眩暈、頭痛――自身を左方向へと引っ張り込もうとする反動を、エクストリームブラストによる魔力噴射で無理矢理相殺し、更に無理矢理右方向に移動――巨大剣の先端を中心に移動。更に巨大剣のシンから見て右側から魔力噴射。瞬く間にそれまで明後日の方向を向いていた先端がクルーゼを貫く方向に向き直り、先端にかけた魔力噴射の方向を刃に対して直角方向から後方――先端を中心にした二等辺三角形を形作るように、更に中心軸からズレる角度に傾ける。
 先端から噴射される朱い炎。二等辺三角形を形作ったのは刺突――突撃する為。更に中心軸からズレさせたのは、刺突に更に捻転――即ち回転を加える為。
 回転する力に押し出す力を加えることで弾丸は貫通力と直進性を得た。原理はそれと同じ。
 筋肉を捩じ切って、物理法則を捩じ切って、ただただ直進する為だけに――魔力を噴射。巨大剣が前進する突撃する回転する螺旋(ネジ)りこまれていく。

「でええぇえりゃああああああああ!!!!!」

 咆哮(クライ)咆哮(クライ)必殺の咆哮(ウォークライ)―――!!!
 絶叫じみた咆哮と共に巨大剣が回転し、朱い弾丸と化して突撃する。それを根元で支えるシン・アスカ自身も巨大剣を打ち出す炸薬と化して突撃する。
 斬撃から軌道を修正し、螺旋(ネジ)り込む刺突として放つまでにかかった時間は瞬き一つ。
 ラウ・ル・クルーゼがどれほど先読みしていようとも関係無い。何であろうと撃ち抜く刺突――というよりも身体ごと弾丸と化して、目標を穿ち抜く螺旋突撃(ドリルブレイク)。

 ――クルーゼがその一撃を知覚する。既に螺旋突撃(ドリルブレイク)はクルーゼの寸前にまで突撃している。
 回避したと思った瞬間、蛇が噛み付く方向を一瞬で変化させるかのように、巨大剣は滑らかに動き、クルーゼの方向に転進してきた。それも弾丸のような高速回転を追加して。
 それは予想外だった。あの武装は巨大すぎるがゆえに軌道が限定される。それゆえ回避行動はそれほど難しくは無い――追撃もあるだろうが、生身に比べて確実に限定された追撃しか出来ない。
 大きさや重量と言うのは両刃の剣。巨大であればあるほどに攻撃の際に求められる条件は険しくなっていくのだから。
 だからこその予想外。以前のシン・アスカが好んだ特攻にも似た一撃――だが、その一撃は特攻ではない。
 特攻とは思考停止の産物。現状の能力で届かないのなら文字通りその全てをぶつけて玉砕しようという特攻攻撃(バンザイアタック)。
 以前までのシン・アスカなら破れかぶれの攻撃を敢行する。刺突ではなく、ただぶつけるだけの攻撃を。“捻り込む”などという動作は思いつきもしないだろう。

「……変わったな。」

 クルーゼが呟く。嗤いが笑いへと変化する。
 左手が淡く輝く。

「試してみる、か……楽しませてくれよ、シン・アスカ。」

 遊びの笑いではなく、本気の微笑み。
 目前の脅威を駆逐するには自身の手札を切らなければいけないという愉悦の顕れ。
 クルーゼの左腕の淡い輝きが巨大化する。純白の輝きがあふれ出す――前方にかざす。
 ばちん、とクルーゼの後方の空間が“割れた”。

「――!?」

 貫かんばかりに接近していた巨大剣に、それまでは存在していなかったモノが激突していた。
 内部に複雑な機構を有し、外部に幾つもの装甲板を繋ぎ合わせたモノ。装甲は物理衝撃に対して異常なまでの強度を有する“フェイズシフト装甲”。
 それは腕。機械仕掛けの巨人の腕。

(モビルスーツの腕……!?)

 それは紛れもなく、モビルスーツの腕部。空間を割って腕だけが顕れた――現れた腕部の色は白。見覚えの無い機体。少なくとも自分は見たことの無い――どこかレイの乗っていたレジェンドに似ている気がした。
 激突する巨大腕と巨大剣。螺旋り込まれていく巨大剣の突撃を巨大腕が受け止めた。巨大剣はそれに構わず突き進むが――回転の勢いが巨大腕の抵抗によって減衰していく。
 だがその時点で既に巨大腕は原形を留めない程度に破壊されていた。
 巨大腕を突破した巨大剣がクルーゼの眼前へと到達する。速度も回転も衰え先ほどまでの威力は存在しない――それでも人間を殺すには十分すぎる威力は保っている。

 ――クルーゼの口元が微笑んだ。

 かざしていた自身の左手を柔らかに巨大剣の前へと動かす。やんわりと駄々をこねる子供をあやすようにして――そして、受け止めた。

「まさか、プロヴィデンスの腕を完全に破壊するとは……なかなかどうして楽しませてくれるようになったじゃないか。」

 左手を握り締め、巨大剣の先端に指が食い込んだ。
 言葉を言い終えると同時に右手が白く輝く。空間が割れる/爆ぜる――破片が飛び散り、そこから顕れる機械仕掛けの巨大な右腕。右腕はキャッチボールでもするかのように大きく振りかぶり、大仰に振り抜かれた。
 狙いは巨大剣・巨大斬撃武装(アロンダイト)。巨大剣にどれほどの強度が存在しようと真横からモビルスーツに殴られれば、外部の装甲や内部機構が破壊され、折れ曲がっていく。
 考えるよりも早く巨大剣の顕現を解除。
 即座にその場を離脱――移動方向は下方に移動。クロノ・ハラオウンからも目を離さない。

「つれないね、もう少し遊んでくれてもいいんじゃないのかい?」
「壊れたら弁償してくれるっていうならな。」

 軽口を叩きながらもシンの眼はクルーゼとクロノの両方を油断なく睨みつけている。
 クロノもそれが分かっているのか、動かないでいる――彼にとっても、彼女たちを連れていくことは目的の一つなのだから。
 息が止まるような緊張。
 睨みつけるシン。睨みつけるクロノ。

 ――停滞した戦場。動かそうと思えば動かせる。だが、それは、“まだ”早い。

 クルーゼが心中でそう呟く。
 まだ、早い――その言葉の意味はこの場にいる誰にも届かない。

「……まあ、今日はこんなもので良いとしておこう。」

 ぱちん、と指を鳴らす。
 ギンガとクロノの足元に魔方陣が浮かび上がり、次の瞬間ギンガの足元の“空間”がヒビ割れた。
 想起するイメージは先ほどのクルーゼの空間移動。空を割って現れる――まるで、あの時の化け物のように。

「時間切れか?」
「ああ、そろそろ戻らなければな。クライアントは時間厳守だ――君もよく知っているだろう?」
「……ああ。」

 クロノが溜息を吐き、漆黒の杖を鎖で禁縛したティアナやスバル、キャロ、フェイトに向ける。束縛していた鎖が消える。

「これ以上、厄介なことだけはしないでくれ。」

 諌めるように呟くクロノ――それを見て、シンが血相を変える。
 “足元の魔法陣”
 “時間切れ”
 “次は”
 ――時間切れなのはこちらも同じ。

「ちっ……!!」

 咄嗟にギンガのいる方向へと自らを移動させるシン。滑空というよりも落下という速度で一気にそちらに迫る。
 クロノが迫るシンに向けて、漆黒の杖を向ける/数十発のスティンガーレイが一瞬で現れる。
 五発でディバインバスターと拮抗する射撃魔法。威力は折り紙つき。非殺傷設定だろうと殺傷設定だろうと、それだけの数が命中すれば致命傷は確実。

 ――その全てを視界から忘却する。

 滑空。落下。加速。全力全開――刹那で最高速にまで駆け上る。

「行かせる、かあああああ!!!」
「……シン、アスカ。」

 絶叫のままに魔力噴射を行い一気に加速。小さく呟き胡乱な表情でこちらを見る彼女と眼があった。
 接近。手を伸ばす。彼女は一瞬不思議そうに自分を見て、その後に手を差し出して――彼女がその手を引いた。
 二人の手と手が一気に離れる。意識から追いやっていたスティンガーレイが次々と激突する。
 衝撃。爆発。無視することは出来ないほどの勢いでバリアジャケットの防御が食い破られていく。
 吹き飛ばされていくシン。無防備な状況で連続で喰らった――ギンガ・ナカジマに全てを集中させた代償。
 辛うじて防御した右腕が、防御の隙間を縫うようにして着弾した肋骨が、脚が、折れた。
 完全に折れたのではなく、ヒビ程度。それでも動きを止めるには十分すぎる。
 激痛。神経を針で刺されるような/全身全霊で無視――止まるな動け今動かなきゃいつ動く。

「ち、ぃぃぃっっ!!!」

 舌打ちしながら、迫る残る十数以上の光弾に左手を向ける。
 魔力収束変換圧縮発射――分割/照準は全てデスティニーに任せる。
 放たれる炎熱の魔力砲――パルマフィオキーナ。拡散し、幾つもの光条に分かれ、次々とスティンガーレイに激突し、相殺していく。
 その最中、開いた右手を更に伸ばす。
 手を引いた。彼女は怯えているようにも見えた。
 血走った眼をしている自分。戦いに没頭する自分。
 そんな自分を恐れているのかもしれない――それでも関係無い。怯えられても、嫌われても、彼女がそこにいることを許せない。そこにいれば、殺される。そこにいたら生贄にされる。
 例えどんな理由があろうと、そんな事実を認められる訳が無い――だから、手を伸ばす。
 信じろ。彼女が手を伸ばすと。

「ギンガ、さん……!!」
「わたし、は。」

 ギンガの瞳に色が戻る。胡乱な瞳ではなく力ある瞳に。
 浮かぶ色は迷い。その手を取るべきか否か。目前の男を信用していいのか、どうなのか。
 それは当然の迷いだ。
 記憶を失くした彼女にとって、目前のシン・アスカと言う男は初対面――それも家族の仇と教えられた男である。
 その映像に見覚えが無くとも、自分の記憶に確信が無くとも――与えられた情報がそれだけの彼女にしてみれば、それは信じるに足る――信じざるを得ない情報である。だから、ギンガにとってシンは家族の仇であり、それ以上でもそれ以下でもない。
 それが真実かどうかは関係ない。それ以外を知らないのだから。
 けれど、それでも――朱い瞳に宿る光の真剣さが気にかかる。その瞳は自分がこれまでに出会った誰よりも真剣な瞳だった。

 ――記憶が無いっていうなら、俺がどれだけでも作ってやる
 ――何も無いっていうなら俺が全部くれてやる

 それは本当なのだろうか。それを信じても良いのだろうか。
 何も無い自分。記憶が無い自分。どこにも居場所の無い自分。
 この男はそれをくれると言うのだろうか。与えてくれるというのだろうか。
 この胸の空白をこの男は埋めてくれるというのだろうか。

「……わた、しは」
「ギンガ、さん!!」

 手を伸ばす/手を伸ばす――互いに伸ばす手と手。絡み合い、溶け合い、その手が一つに――

「残念だが」

 呟く声。水を差す声。
 下卑た愉悦を滲ませた声。
 心底楽しそうな声。
 ―――聞くだけで苛立つ、天敵の声。

「時間切れだ。」

 落とし穴にでも落ちるかのようにギンガの姿がかき消える――まるで初めからそこにはいなかったようにして。

「くっそ、ギンガさん!!ギンガさん!!」

 地面に向けて手を伸ばす。魔法陣がかき消えていく。構わず、手を差し出す。ぶち当たる感触は固いアスファルト、爪が剥がれて血が吹き出るのも構わずそのまま地面を掘るようにして、その先へ――そこにはもう何も無い。

 歯軋りをしながら、周囲を見渡す。
 付近にはもうクロノもクルーゼもいない。影も形も――空間転移をしたのだとすればそれも当然。
 時間切れ。間に合わなかった。

 ――奪い返せなかった。

「ちく、しょう……ちっくしょう……くそったれええええええ!!」

 地面を思いっきり殴りつける――砕け散る道路。拳から血が舞い踊る。
 吹く風は冷たい。
 胸の奥で怒りが湧きあがる。
 どうして取り戻せなかった。
 どうして奪い返せなかった。

 ――殺すと言った。一月後に殺すと言った。

 未然にそれを防ぐ方法があるとすれば、今奪い返すことが一番だったはずだ。
 それがどうして出来なかった。
 力が足りなかった? もっと力があれば取り戻せた?
 違う、足りなかったのは覚悟だ。
 記憶喪失という予想外の状況だったから、覚悟が足りなかった――違う。

(俺が、びびったから……!!)

 記憶を失った彼女に一瞬怯まなかったか?
 そうだ、あの時、拒絶されることを恐れて、どうすればいいのか一瞬分からなかった。
 その一瞬の逡巡がコレを決めた。
 何の為に此処まで来た。何をしに此処まで来た。
 奪い返す為にだろう。
 取り戻す為にだろう。
 だっていうのに――どうして、自分は怯んだ。恐れた。逡巡した。

「……くそ…くそ……くっそおおおお!!」
「……」

 慟哭する男――見ようによっては少年と言えるほどに若い。
 胸の鼓動が大きくなる。
 同時に背筋を怖気が這い登る。

 ――強い。強すぎるほどに強い。

 ティアナ、スバル、キャロがどうして、そのシン・アスカと言う人を特別視していたのか良く分かる。
 これは、異常だ。異常なほどの強さ。ヒトの強さではない。
 もっとおぞましい――それこそ目の前の金髪の男やクロノ・ハラオウンから感じる雰囲気と同じ異質の強さ。
 化け物じみた強さ、ではなく―――化け物の強さ。
 今しがたの戦いは、自分の常識をはるかに凌駕した戦いだった。
 恐怖すら覚える強さ。戦いの最中、彼が顔に張り付けていたのは微笑み。戦闘狂の微笑み。
 理性は冷静に判断する――眼前の男性は危険だと。憎悪を感じていたのは正解だった。
 この危険すぎる男に向けるべきは友愛ではなく警戒なのだ。
 なのに――胸が締め付けられる。
 意識は、理性は危険だと告げているのに、カラダが疼くのは何故なのか。
 この感覚は何なのだろう。何だというのだろう。

 その時、彼と眼が合った。
 周囲を見渡しながら、ようやく自分に気がついたのか――それほどにギンガを取り戻すことに集中していたということ。
 ずきん――カラダ/ココロが痛む。

「……フェイト、さん。」

 彼が呟いた。自分を見ている――足元から、頭部まで全身をじっと見つめながら、こちらに歩いていくる。

「……な、何ですか。」
「……良かった。」

 微笑んだ。無邪気な子供のような、輝くような笑顔。どこか――どこかで見たような笑顔。
 ぎゅっと手を握られた――強く、二度と離さないと言いたげに。

「良かった……フェイトさんは、連れていかれなかったのか……本当に、良かった。」

 安堵するその表情。全身から力が抜けて膝が折れて、自分に向かって跪くような態勢――騎士が出陣前に主に頭を垂れるように、彼は跪く。
 本当に嬉しそうな、どこにでもいる少年のような表情――その表情に、先ほどの悪魔のような微笑みが重なる。
 ぱきん、と脳髄のどこかで音がした。
 極端な二面性。悪魔のようで、人間のようで――そんな全部を包括する化け物。
 記憶の奔流。実感の伴う/カラダを疼かせる――衝動めいた記憶の奔流。
 悪魔のようで、人間のようで、二つの異なる顔を両立させる化け物。
 自分がエリオを裏切った要因。
 自分が恋したという男。同時にギンガも彼に恋をしていた――ならば、男はどうなのか。
 どちらをも選ばなかった男。選べないまま壊れていった男。
 忘れてしまった男。
 溢れてくる幾つもの言葉と映像。
 記憶ではない、記録として蘇る想い出の残像。

「……貴方が、シン・アスカ、ですか。」

 聞かされている事実――自分とギンガがその男に惚れていたということ。どちらをも選べずにどちらも死なせてしまったこと。その結果、心を壊し、身体を壊し、比類なき力を得たこと。
 そして、エリオが裏切った原因であること。
 会ったことも喋ったことも無い人間。
 なのに出会った瞬間、それが“出会い”ではなく“再会”であることを実感してしまう。
 その手の感触を私は知っている。ココロが忘れてもカラダが覚えている。
 疼きが治まる。その手の暖かさに、体温に安堵を覚えてしまう。

「………わたし、は」

 本当は会った瞬間引っぱたくつもりだった。
 胸のどす黒い気持ちをどうにかする方法なんてそれくらいしか思いつかなかったから。
 けれど――出来そうになかった。
 泣きながら微笑む彼の顔。
 それを叩くことなど出来なかった。
 胸に渦巻く気持ちは何なのか。
 答えは出ない。

「……私は」

 声も出せずに手を握って跪いて泣き続けるシン・アスカ。
 伸ばされた手が引き戻される――
 それがどこか痛々しかった。


 シンとフェイトの再会から見て数時間後。
 場所は時空管理局本局無限書庫。この世界の全てを埋蔵する書庫。
 知識が羅列されることなく集積されていく空間。
 曰く――世界の全てが記された場所。
 そこでヴァイス・グランセニックはある部屋の前で立ち尽くしていた。

「……激務なんだな、司書長っていうのは。」

 薄暗い廊下を過ぎていった先にある場所。
 無限書庫の内部に最も近い場所に作られたユーノ・スクライアの私室である。
 クラナガンと時空管理局本局とは専用の転送ポートによって繋がれており、本来数日はかかる次元航行艦による次元移動を数時間にまで短縮する。
 これは時空管理局の主要世界――ミッドチルダなどの管理局の主要魔導師が多く在籍する世界であれば、全て導入されているモノである。
 シンと別れた後、ヴァイスはゲンヤからの計らいで無限書庫にまで辿り着いた。
 そして、この部屋の前に来るまでヴァイスは無限書庫の作業風景を目にしていた。
 時刻は20時を過ぎているが、書物を整理する職員が手を休める気配は無い――朝10時から20時までの交代制で整理を行っているらしい。また現在の司書長が就任してからは以前の数倍の効率で整理は押し進められているとか。それでも未だ半分以上が手つかずのままらしいが。

「……ぞっとするな、これ。」

 ぱっと目に付いただけでも数万――下手をすればその10倍、100倍はあろうかという書物の数。
 その一冊一冊の中身を確認し、どういった内容で、いつの時期に、誰が、どこで記したのか。

 この膨大な書物の一冊一冊全てをそうやってカテゴライズし、ラベリングを施し、整理していく。
 気の遠くなるような地道な作業だった。
 書物の整理というよりも遺跡の発掘に近いかもしれない。

 その無限書庫を取り巻く円形に連なる通路に幾つかの部屋が存在していた。
 職員は基本的にここで寝泊りを行うらしい。
 ヴァイスがいるのはその一室の目の前。
 そこが彼の目的である無限書庫の司書長――ユーノ・スクライアの自室だった。
 ここに案内してくれた事務員は単なる寝床なので寝ているかもしれない、と言っていた。
 起こしても構わないのかと聞くと、司書長は優しい人なのでその程度怒ったりはしませんよ、と返答された。

 ユーノ・スクライア。
 ヴァイス自身、面識は無いが話ならばある程度聞いている。
 高町なのはの幼馴染であり、フェイトを抜けば恐らく一番彼女と付き合いが長い男。彼女が最も頼りにするであろう男。
 そして同じく――ユーノ・スクライアも高町なのはを一番信頼しているであろうということ。

「……なんだかな。」

 別に高町なのはと誰がどうなろうとどうでもいい。これは本音だった。
 ならば、このモヤモヤした気持ちは一体何なのか。
 嫉妬ではない。ヴァイス・グランセニックが高町なのはに恋をしたなどということはあり得ない。
 多分、これは、後悔だ。
 娘を連れて行かれた、と泣いて悲しんでいただろう彼女を“見捨てた”ことへの。
 だから、ここに来た理由は命令だというだけではなく自分自身確かめたいことと伝えたいことがあったからだった。

 会ったことも話したことも無いユーノ・スクライアと言う人間にヴァイス・グランセニックは聞かなければいけないことがある。そんな使命感じみたお節介がここにいる理由の一つ。
 まだ、管理局を辞めない理由――燻り続けている理由だった。
 発端は高町なのはがヴァイスに告げたことを思い出したからだった。

 ――ユーノ君やクロノ君がヴィヴィオを連れていった。

 彼女はそう自分に告げていた。
 本当ならはやてやゲンヤに伝えるべきことだったのだと思う。
 けれど、言わなかった――言えば、止められる。ユーノ・スクライアの元にいけなくなる。
 そうなればお節介が出来なくなる。

 何か――何かが動きだしていることは分かる。だが、それが何かまでは分からない。
 だから、この時点のヴァイス・グランセニックはその重さを知らなかった。
 自分が場違いな人間なのだと気づいていなかった。

 ――ヴァイス・グランセニックは未だスタート地点にすら立っていないことに気づいていなかった。

「……」

 ノックをしても返事が無かった。
 ドアノブを回せば鍵は掛っていない――寝床、という言葉通り、眠っているのかもしれない。
 しばしの逡巡の後、扉を開けた。眠っていようとどうだろうと、自分は荷物を渡すだけ――案内してくれた事務員はこの程度では怒らないと言っていた。つまり、やってしまっても構わないということだろう。
 ――本当なら一度戻って事務員に話を通してもらうべきだと自分の中の常識的な部分がそう判断する。
 それが正しい。間違いない。
 けれど、心中に焦燥があった――早く、ユーノ・スクライアと話をしなければいけないという焦燥が。

「……失礼します。」

 室内は既に灯りが付いていた。薄暗く、私室と言うよりも確かに寝床という表現が似合う部屋だった。
 無機質――と言うよりも殺風景な部屋。生活に使う道具が殆ど存在しない。部屋は3部屋ほどあるようで、扉を開けて入った場所はリビングとダイニングが存在していた。
 テレビもラジオもオーディオも、そこには何もない。あるモノはテーブルの上に散らばった何冊かの雑誌。殺風景で無機質で生活感が欠片も感じられない部屋。本当に寝泊りしているだけで、生活などと言うものはここでしていないのだろう。

(誰もいない……奥にいるのか?)

 見れば扉の隙間から灯りが漏れている。小さく声が聞こえた。そちらに足を進める。
 ドアノブに手を掛ける――寸前、中から声が聞こえた。

「ユーノ君。もう一度だけ言うよ………ヴィヴィオを、返して。」
「無理だよ、なのは。」

 聞こえてくる声は二つ。
 一方は少し前まで毎週耳にしていた声――その前は毎日のように耳にしていた、高町なのはの声。
 一方は初めて聞く声。女性のようなソプラノボイス。
 けれど、声の中に僅かに存在する硬さのようなモノが辛うじてソレを男性の声だと認識させる。恐らく、それはユーノ・スクライアと言う男性の声。

「……何で?どうして、ユーノ君がこんなことを」
「必要があったから――じゃ、駄目かな?」

 硬質的な声音のなのはとは対照的にユーノの口調はあくまでも柔らかだ。
 ただ穏やかに、言う事を聞かないヤンチャな子供に言い聞かせるように、なのはを諭している。

「そんなの……認められる訳、無いよ。」

 彼女が僅かに身を動かす音。何かを構えるような音。

「……ユーノ君、お願い。ヴィヴィオを」
「なのは。」

 誰かが――恐らくユーノ・スクライアが、ぱちん、と指を鳴らす。
 穏やかな声が一転して硬質的な――感情の籠らない声に変化する。

「――ユーノ、君。」

 なのはの声から滲み出る感情は悲哀。
 扉は閉めたまま。中は見えない――それでも断言できるほどに強い悲哀。絶望。
 僅かに声が尻すぼみになっていくのは涙ぐんでいるからか。
 脳髄が沸騰する。奥歯をぎしりと噛み締める。
 ドアノブを静かに音を立てないように回す。左手を懐のドックタグ――ストームレイダーに伸ばす。

「これは運命なんだよ。ヴィヴィオは、世界を――」

 ――扉を押し出す。

 ストームレイダーを待機状態から戦闘状態――スナイパーライフルの姿に展開。
 中に入ると同時に構える。弾丸は既に装填済み。即時発射可能。

「動くな。」

 告げて内部を見渡す。予想通りの構図がそこには展開されていた。
 管理局の制服に身を包み、右手に杖を持ったまま全身をリング状のバインドによって緊縛されている高町なのは。
 椅子に座り、背中を向けながら、微動だにしない男性。栗色の髪と蒼い瞳――ユーノ・スクライア。

「……ヴァイス君、どうして、ここに。」

 なのはは驚いている。ここにいるはずの無い人間だからだろう――自分も同じだ。まさかこんなところで再会するとは思いも寄らなかった。

「……君は、確か機動6課の」

 対照的にユーノ・スクライアは微動だにしない。
 まるで自分がここにいることを知っていたかのように、驚く素振りさえ見せない。
 構えたストームレイダーの銃口はユーノに向けたまま――衝動的に部屋に入ってしまったことを今さらながらに後悔する。
 自分は何をしているのか、と。

(馬鹿だ、俺は。)

 毒づく。
 溢れ出す感情――嫉妬?義侠?憤怒?分からない。ただ目の前の現実をやり過ごすことが出来なかった。

 ――君はそういうのが出来ないもんね。

 脳裏で弾けるいつかの言葉の羅列。
 割り切ることも前に進むことも出来なかった自分自身。

 ―――“だから”、さっさと来て下さいね、ヴァイスさん……!!

 思いだした言葉に更に苛立ちを感じる。
 思考をかき乱す自分でも訳の分からない衝動――しかも、止める間も無いほどにその衝動は早く行動に結びつく。
 上手く立ち回ろうと思えばもっと上手く出来たはずなのに、どうしてこんなことをしたのかなんて自分でも訳が分からない。気がつけば、銃を構えていた。
 銃を構え、狙う。滞りなく反射的に自動的に行われるその行為に失敗などはあり得ない。
 撃てば命中する――そんな絶対の距離。

「……此処でソレを構えることがどういうことか分かっているのかな?」
「……洒落にならないことだってことくらいは分かってるよ。」

 銃口を向けられたユーノの態度は変わらない。
 この距離で射撃魔法を喰らえば、非殺傷設定の影響下であってもそれなりの損傷を肉体に与える。
 致命傷、とまではいかないだろうが、後遺症が残らないとは言い切れない。
 なのに、目前の男に警戒心は無い。
 単なる脅しで撃てないとでも思っているのか――それとも例え撃たれても対応出来る自信があるのか。

 ――実際、撃てるかどうかと言えば撃てはしない。撃った時点で次元犯罪者の仲間入り。この場所から逃げ切れるはずもないし、逃げ切ったところで行くあてなどあるはずもない。
 ……時空管理局本局でデバイスによる戦闘を行うなど正気の沙汰では無い。
 はっきり言ってしまえば、今のヴァイスが出来るのはストームレイダーを突き付けることで脅すことしか出来ない。
 その事実に思い至った時、両腕が震えそうになるのを自覚する。

(……俺は、一体、何をしてるんだ。)

 直ぐにでもこの銃を下ろして、平謝りして無かったことにしたい衝動が湧きあがる。
 これは一瞬の気の迷いに過ぎない。これは違う。こんなことを自分はしたくない。
 だから、自分は関係ない。こんなことをしたくてやった訳ではない――声がかかる。優しく穏やかな、諭す声。

「ソレを下ろすんだ、ヴァイス・グランセニック。」

 奥歯をぎしりと噛み締めて、“再度構え直す”。

「やめるんだ。君は何も知らない……ここで撃てば何も知らないまま何も関係が無いことで全てを失う。」

 見下ろすでもなく、見上げるでもなく、彼はただ自分を心配して声を掛けている。
 嘲りではなく、ただ純粋に慮った声。
 それが余計に苛立ちを加速させる。
 自分でも訳のわからない衝動を巨大化させる。

「ヴァイス君、やめて……!!」

 なのはが叫ぶ。叫びと言うほどに大きくは無いが――その声が引き金に指を掛けさせる。
 募る苛立ち。巨大化する衝動/暴虐――神経を蝕む疎外感/孤独。
 右手の人差指に力が籠る。撃ってしまえ/やめろと理性が叫ぶ――真逆の行動をする身体と理性。

「……っ」

 脳裏で天秤が見えた。
 秤に乗せられているのは自分の未来と自分の衝動。
 どちらを取るかは明白――衝動に従って、全てを失うのは絶対に嫌だった/負け犬の言い訳――黙れ。逡巡する心象。

「……その人を、離せ。」

 ユーノの瞳がこちらを射抜く――内面全てを踏破されたような感覚。
 ぞくりとするココロ。

「一つ、教えて欲しい。」

 ユーノは動かない。動かないまま、言葉を紡ぐ。

「君は何の用で此処に来た?」
「……あんたに、これを渡す為に、だ。」

 そう言って、はやてからの指示通りに手に持つ茶色の封筒を懐から取り出す。
 ストームレイダーは構えたまま。狙いは外さない。

「……はやてから、だね?」
「……」

 一瞬でその事実が看破されたことに驚愕する。だが、表には出さない。振り絞った自制心で必死に表情から驚愕を排除し無表情に徹し、沈黙する。
 ――その沈黙が、何よりも雄弁に語っていることを知りながら、黙る以外に選択肢が存在しないことに情けなさがこみ上げてくる。
 ユーノの瞳が覗き込むようにこちらを見た。
 眼鏡越しの本来は柔和な瞳が放つ光は鋭く、銃を突き付けているというのに寒気がする。
 話に聞いていたのとはまるで違うその印象に、恐怖すら感じる。
 ユーノ・スクライア。高町なのはの幼馴染で彼女をこの世界に連れ込んだ張本人。優しく穏やかで、けれど言うべきことはしっかりと言う一本筋の入った性格。
 今、目の前にいる男はそんな一本筋の入った程度の男ではない。
 普通、銃口を突き付けられれば眼の光に変化が生じる。
 銃口とは即ち死そのものとも言えるからだ――非殺傷設定を常識とする魔導師の世界においてもそれは変わりない。非殺傷設定の影響下であっても、絶対に死なない訳ではない。死に辛くなるだけなのだから。
 だから、事実がどうあれ、普通は眼の光が変化する。
 恐怖か、憤怒か、諦観か。
 何かの感情が浮かぶはずだ。
 なのに、目の前の男は、銃口が見えていないかの如く、あまりにも“普通”だった。変わらない。
 表情も態度も振る舞いも口調も――何もかもが変わらない。
 おかしなほどに、変わらないのだ。

「君はこの中身が何か、知っているのか?」
「……知る訳、ねえだろ。」

 ゆっくりと絞り出すように告げる。
 何かを調べる為だとは聞いていた。
 だが何を調べるのかも、何のために調べるのかも、何も知らない。別に知る必要も無いから、聞こうとも思わなかった。
 そうだ――自分は何も知らない。シンやはやては何かを知っているようだった。ゲンヤも、ドゥーエとか言うナンバーズも。
 自分は何も知らない――そんなことは当然だ。知る必要も無い。上司の命令に従う際に理由を問う馬鹿はいない。

「……だったら、話は簡単だ。」

 ふと思案するように瞳を閉じて、沈黙するユーノ。
 秒針が進むのを嫌に遅く感じる――ユーノが瞳を開く。
 どこか横顔には寂寥感が灯っていた。

「その手紙を置いて――なのはを連れて此処から出て行くんだ。君には、関係がない。」
「っ……!!」

 一瞬その物言いに脳味噌が沸騰しそうになり、引き金に力を加えようとする――その衝動を抑え込んで、口を開く。

「関係は、ある。」
「……」
「その人は、俺の……上司だ。関係無い訳が無い。」
「ヴァイス、君」

 なのはがこちらを見ているのを感じ取る。何故かソレに無性に苛立ち頬を歪ませる。
 目前のユーノが溜息を吐いた。
 その姿は、どこか全てを諦めた老人のような姿に見えた。

「知らない方がいいこともある……知ってしまえば戻れなくなる。」
「何のことだ。」
「絶望だよ。」

 繋がらない、噛み合わない会話。
 絶望、と男は告げた。

「絶、望……?」
「半年後、世界が滅びるとしたら、君はどうする?」

 ただ反射した言葉。その言葉にユーノは構うことなく、告げる。
 絶望――彼が知った絶望の一端を。

「……世界が、滅びる?」
「世界は、あと半年で消えて無くなり――そして、それを防ぐために、“二人の人間”を犠牲にする。」

 訳が、分からない。

「あんた、何言ってるんだ。」
「絶望だよ。真実と言う名の、ね。」
「真実……?」

 ユーノ・スクライアと再度、眼が合った。
 隠し切れずに滲み出る虚ろ――絶望の瘴気。
 戦場で誰もが知る狂気の一種――正気を保つ為に必要な狂気。
 その眼を見て――その絶望が真実なのだと確信する。
 それは狂気になるほどの信念。決意。覚悟。
 愕然と、その“違い”を明確に感じ取る。
 自身の衝動でしかない行動と彼の決然たる決意の結果となる行動。
 その二つの明確で残酷な違いを実感する。

「それだけの話さ……救う為に、生贄になる為に、“高町ヴィヴィオ”と“ギンガ・ナカジマ”は選ばれた。」
「そんなの……!!そんなこと……!!」

 その言葉を聞いて、なのはがバインドを解除しようとデバイスに魔力を込める。

「……運命なんだよ、なのは」

 告げて、ユーノの細い中指と親指が打ち合わされて、ぱちん、と軽い音が鳴り響いた。
 なのはの肉体を縛り付けるバインドに一瞬紫電が走る。
 身体を震わせる――眠らせたのか、気絶させたのか、なのはの瞼が落ちて行く。

「あ……は」

 膝が折れて、壁に体重をかけるようにして、なのはの身体が崩れ落ちて行く。バインドによるモノなのか、その崩れ落ち方は自然なモノではなく、抱きとめられているかのように、優しく床に崩れ込んでいく。

「あ……あ」
「やめておくんだ、ヴァイス・グランセニック。」

 咄嗟に引き金を引こうとした瞬間、突然、背後から声が聞こえた。
 同時に後頭部に感じる温かさ――体温。人の指が、突きつけられている。
 その声には聞き覚えがあった――否、聞き覚えがあるどころではない。
 何せ、その声は、数ヶ月前の戦闘で自分たちに指示を出していたのだから、忘れるはずもない。

「……ヴェロッサ、部隊長」

 それはヴェロッサ・アコースの声。機動6課の元・部隊長。

「変な気は起こさないでくれ……僅かな間だったとは言え、部下を殺したくないんだ。」
「……あんたも、なんですか。」
「……。」

 ヴェロッサは答えない。ただ無言で指を押し付けている。

「……君は、どうする?」

 ユーノが告げる。最終宣告とも取れる言葉。
 訳のわからない事実――真実。
 世界が滅びる。消えてなくなる。
 犠牲者は二人。生贄は二人。高町ヴィヴィオ。ギンガ・ナカジマ。
 それによって世界の滅亡は防止できる。
 あまりにも大きすぎる話。
 予想などしてもいなかった事実。
 水は高きから低きへと流れていく。重力に従い、下へ下へと流れていく。楽な方向へと流れていく。
 人間も変わらない。人間も高きから低きへと流れていく。楽な方向へと流れていく――流されていく。
 衝動がここまで身体を動かした――けれど、その衝動で得られるモノが何かも分からない。
 自身の未来を放り投げる意味がどこにあるのか。

「俺、は……」

 何もかも無かったことにしてくれると、目の前の男は言っている。
 諦めてしまえば、楽になれる――少なくとも、未来をドブに捨てるような真似はしなくてもいい。
 胸の鼓動が――沈静する。引き金に掛けた指が離された。
 目の前には眠り続ける高町なのは。
 それを優しく見守るユーノ・スクライア。
 あまりにも場違いなヴァイス・グランセニック。
 後方で沈黙するヴェロッサ・アコース。

「……渡すものを渡した、から……俺、は……」
「彼女を、連れて帰ってあげて、くれないか。 僕は、もう……そういうことをしちゃいけないから。」

 血を吐くようにユーノが告げた。

「……そ、う、です、か。」

 心は、折れて、流れていく。高きから低きへと――常識と言う川の流れに従って。
 誰もが楽な方へと流れて行く。誰だって楽な方へと流れて行く。
 誰だってそうだ――だから何の得にもならない自分が、何か出来る訳でもない自分が、楽な方へ流れて行ったって誰も責めはしない。
 世界は滅亡する。だから世界を救う。
 あまりにも場違いな状況――そんな状況で一体ヴァイス・グランセニックが何をするつもりだったのだろう。的外れな義侠心の生みだした衝動に身を任せた結果――胸に湧き上がる羞恥。
 影響を受けたせいだと心中で呟く。シン・アスカの影響を受けたせいだと。
 あんなバケモノみたいに強い奴と一緒に戦って、手助けが出来て、胸の中で燻っていた何かが目覚めて――そう、なれなくともその手助けくらいは出来るんじゃないかって勘違いして。
 アイツのせいで――そうやって責任転嫁してどうする。意味が無い。何も意味が無い。
 影響を受けたのは自分自身。そこに、シンのことはまるで関係無い。
 ヴァイス・グランセニックが勝手に影響を受けて、勝手に勘違いして、勝手に場違いなことをして――勝手に気づかされた。ただ、それだけのこと。

「…………分かり、まし、た。」

 瞳を見開いて呟いた。
 もう、何も考えたくなかった。

 ――その後のことはよく覚えていない。
 なのはを背負って、管理局本局からクラナガンへの転送ポートに乗って――そこから彼女を背負って歩き続けて。
 不思議と重さは感じなかった。
 本当に、羽のように軽かった。
 だから、彼女の部屋に着いてから、ベッドに寝かせるのも簡単だった。
 どすん、と重さを思い出したかのようにベッドが音を立てて軋んだ。彼女は一瞬呻きを上げたものの、眼を覚ます様子は無かった。
 ユーノが行った魔法がどんなものかは分からないが、ここに来るまでの数時間、彼女は一度も目を覚まさなかった。
 背におぶっても一度も目を覚ますことなく眠り続けていた。それなりに揺れていたはずだから、ここまで眠り続けるのも、魔法の力なのだろう。
 その時のことを思い出して、知らず頬が歪む。

「……凄いんだな、天才ってのは。」

 呟く――卑屈に。
 嗤う――醜く。
 歪む――嘲笑へ。

 凡人とは違うのだと。自分とは違うのだと。くだらない言い訳が頭の中を駆け巡る。
 心中の誰もが呟く。
 それが正解だ。お前のやったことは正しい。だってあの場にいてもお前は何も出来ない。駄々をこねて、ユーノやヴェロッサを困らせて――もしかしたらなのはだって困っていたのかもしれない。
 あの場で自分があんなことをする理由は何も無い。
 その癖、怖気づいて、見捨てて。

「う……ん」

 なのはが寝返りを打った。
 身体がビクリと反応する――込み上げる罪悪感。
 胸を打つ痛み――後ろめたさの生み出す鼓動の重さ。
 震える手。
 自分の言葉を思い出す。情けなくて、格好悪くて、惨めで、最低で――目を逸らす。後ずさる。
 怖い。彼女が目を覚ました時が。
 このままここにいて何と言うのか。

 “二人が犠牲になるのが一番楽なので逃げてきました。”

(……違う。)

 あの時の自分が出した決断は正にソレだ。
 今、彼女が起きた時に自分が告げる“真実”もそれだ。
 自分が持つ真実はそれ以外に無い。

(……違うんだ。)

 見捨てた。流された。
 放つ言葉も紡ぐ思考も全てそれを押し隠す為の言い訳だ。
 ヴァイス・グランセニックの放つ全てはそんな言い訳と嘘に満ちている。
 関係無い?関係無い訳が無いだろう。
 ヴァイス・グランセニックにとって高町なのはは元とは言え同僚であり仲間だ。
 高町ヴィヴィオとはまともに話したことは無い――けれど、仲間の子供だ。機動六課はその為にゆりかごを落としたのではないのか。あの時の自分の狙撃もその為じゃないのか。
 ギンガ・ナカジマだって同じだ。それに、ヴァイス・グランセニックは知っている。知らない訳が無い。わざわざ本人から聞いたはずだ――そう、シン・アスカから聞いたはずだ。あの男は彼女を取り戻す為に戻ってきたのだと。正確には彼女たち、だが。

(だから、違う、違う、違うんだ……俺は、そんな)

 自問自答。
 自分の中に別の誰かがいて自分を叱責する。
 別の自分――自分自身の罪悪感の発露。叱責されることで楽になりたいという甘えの具現化。
 言い訳も、叱責も、何もかもが自分の生み出した自作自演。
 その事実には気づいている。
 20年以上生きていれば、そんな事実にはすぐに気付く――そしてその事実に気づかない振りだって簡単に出来る。
 そうやって、甘えてさえいれば、少なくとも自分を保つことが出来る。
 そうやって、言い訳さえしていれば、少なくとも誰にも非難されていないという罪悪感から逃れられる。
 そうやって、怯えてさえいれば、少なくとも誰かを見捨てたことも仕方ないと言い逃れが出来る。

 気づくな――気づくな。
 表層に現れようとする本音を内側に押し戻す。

「……くそ。」

 毒づくことすらもまた言い訳。
 仕方がないのだという、ていの良い諦観を誰かに見せつける為――多分、自分自身に見せつけて納得させる為に。
 逃げるように、ヴァイスはなのはの部屋を後にする。
 残された暗闇の中で、高町なのはが泣いていることにも気付かないまま。
 そこに――コタエがあることに気づかないまま。
 彼女の瞳から涙が一筋流れて行く。
 怖い夢でも見ているのだろう――もしくは先程の悪夢のような現実を繰り返しているのか。
 なのはの桜色の唇が動く。
 言葉を紡ぐ――それは名前。求める誰かの名前。

「……ユーノ君、ヴィヴィオ。」

 呟きは、虚空に溶けていく。
 彼女の根幹にある誰か。彼女が無意識に求める誰か。

 ――そこに決してヴァイス・グランセニックは入らない。

 答えは、そこに――彼女の胸の奥深く、誰の声も届かない深淵にこそ存在する。
 彼女自身、気づいてもいない、小さな小さな恋慕。
 少なくとも――ヴァイス・グランセニックではない誰かに向けられた小さな小さな恋の花。
 そこに答えが存在することを、彼は知らない。


 扉を開けて、外に出る。
 吐く息が白い――今にも雪が降ってきそうな、ネオンの灯りが照らす曇天の空。

「……くそ。」

 毒づいて、部屋を後にする。彼女の部屋の鍵は閉め、郵便ポストに落としてきた。
 書き置きはしていないが、ストームレイダーから、その旨を記したテキストメールを送ってあるのですぐに気付くだろう。
 これで――おしまいだ。
 彼女との縁は終わる。
 錆びついて軋む心が、これからの自分の道を狭めて決定していく。
 もう、部隊には戻れない、と思う。
 ゲンヤの娘を、シンの大事な女を、なのはの娘を見捨てる選択をした自分。
 言わなければ誰にも分からない――誰が言わなくても自分だけはそれを知っている。
 その罪悪感に自分は耐えられる訳も無い。
 今すぐにでもその事実を伝えてしまえば、まだ良いというのに、その後徹底的に奪われるかもしれない自分自身の未来を考えて、言えない。
 誰だってそうする。
 自分だけじゃなくて、他の誰もがそうやるに決まっている。
 だけど――

「……見捨てて、いいわけ、ねえ、よ、な。」

 然り。それがまかり通る世界を誰が望む。
 結局のところ、全ての感情はそれが発端なのだ。
 見捨てたこと。逃げ出したこと。ココロが折れたこと。
 それを抱えたまま、その罪悪感を抱えたまま生きて行くなんて出来るはずが無い。忘れるのが一番だ。
 何もかも忘れて、田舎に帰ってしまえばいい。
 自分には関係ない。だから徹底的に関係を無くしてしまえば、誰も気づかない。
 元々、辞めようかと考えていたのだ。
 良い機会だ――そう思って、懐のドッグタグの形状をしたデバイスに握り締める。

「……もう、終わりにして、いいよな。」
『I am your tool. Obey your intention.(私は貴方の道具です。貴方の意思に従います。)』

 いつも通りの簡潔な言葉。
 今はその簡潔な言葉が何よりもありがたかった。
 同情も、非難も何もいらない。

 ――もう、何もかも忘れよう。

 そう思って、溜め息一つ。空を見上げた。
 本当は星空でもあれば、感傷もしやすいのだろうけど、空には星も無い。
 曇天の中で見えるものは、ネオンの輝きに照らされた雲くらいで――絡み合いぶつかり合うようにビルの屋上から屋上へと音も無く、動く人影が四つ。

「……え?」

 もう一度眼を凝らしてみる。
 人影は四つ。三つの金色の輝きと一つの蒼みがかった黄金の輝き。流星のように動いていく。
 金色の輝きは時に離れ、時に絡み、蒼い輝きとの間で一定の距離を保ちながら接近と離脱を繰り返す。
 蒼金の輝きは、金色の輝きから逃げるようにビルからビルへと高速で移動する。
 ここからの距離はおよそ1km――それだけの遠距離から見ても高速と思えるほどの超高速。

「何だ、あれ。」

 金色の輝きが一際強くなる。輝きが巨大化する。
 三つの金色と一つの蒼い黄金が激突した――輝きがどちらも消失した。

「……お、おい。」

 数分間、その場に立ち尽くした。
 輝きは――消えたまま。
 変化は無い。動きは無い。

「……。」

 ごくり、と唾を飲み込み、いつの間にか足が動いていた。
 その人影が消失した場所に向けて、歩いていく――歩行は走行に。走行は疾走に。

「……」

 誘蛾灯に誘われる蛾のように自分の身体が動いていく。
 息を切らしてそちらに走っていく。
 ただ無我夢中で走っていた。
 何の為に――分からない。自分でも訳のわからない行動。
 そこに何かがあるのか。分からない。けれど足が止まらない。
 蒼みがかった黄金の輝き。その色に見覚えがあったからかもしれない。
 そんなことはありえない。
 敵になってしまったある男。
 理由は分からない。けれど――自分たちを裏切って敵になった男。

(まさか。)

 近づく。
 ネオンに照らされた歓楽街。その裏側。
 先程見た輝きの距離と角度から大よその場所は分かっている。
 惑うこと無く、路地裏に入り、歩を進める。

「……ちっ」

 顔をしかめて舌打ち。
 悪臭がする――誰かが酒に酔って胃の内容物を全て吐いたのだろう。
 それ以外にも幾つものアルコールの匂いと捨てられた生ごみ――誰かの喰い残しの匂い。
 道路は一部陥没し、それほど深いところに埋設されていなかった下水道が剥き出しになっていた。
 中には幾つもの固形物――白、茶、黒、茶――が流れて行く。蠅がたかり、悪臭を放っている。
 どうやら、汚物の匂いも混ざり込んでいるらしい。
 見なければ良かったと後悔しつつも足は止めない。

「……ここらへんのはず。」

 集合住宅に囲まれた路地裏の行き止まりに突き当たる。
 右を見てもアパート。左を見てもアパート。どこにも行き場は無い。
 悪臭がすることから誰もが窓を閉じてカーテンを閉めている。
 住宅の密集地帯ではしばしばこういうことが起きる。
 それこそ都会でも田舎でも関係は無く。
 周囲を見渡す――いるはずなのだ。
 ヴァイスの感覚では確信に近いレベルでそれを告げている。
 どういう原理なのかは分からないが、昔からそうだった。
 ただ見ただけで、目的物との大よその距離が何となく分かる。
 また、目的物が移動したとしても、見えているなら、何となくどの方向にいるのかも分かる。
 ヘリパイロットを志した理由の一つがそれだった。実際はあまり役には立たなかった。
 そんな能力が必要になる状況も特には無かった――単に勘が良い程度の代物。
 こういう時くらいしか使い道の無い意味の無い特技。

「……う、ぁ。」

 うめき声。反射的にその方向に振り向き、デバイスを構えた。
 そこには何も無い。ただ集合住宅の壁だけがあった。
 眼を凝らす。声が聞こえた。狙撃手という職業柄音には敏感だ。
 その自分が聞き間違えるはずが無い――方向を間違えることなどあり得ない。
 聞こえた。ならばそこにいる。
 確実に、そこにいるはずなのだ。
 ストームレイダーを構えたまま、声の方向に静かに近づく。
 両の眼は僅かな変化も見逃さないとばかりに見開いていた。
 刹那、空間に変化があった。 
 僅かな波紋――ティアナ・ランスターの使うオプティックハイドと同じ類の魔法。
 ティアナよりも随分とお粗末な精度だが。

(いる。)

 近づく。
 引き金に指を掛ける。
 近づく。波紋はもう目の前。

「……おい。」
「―――っ」

 その波紋が消えた。
 ばさり、と布がはためく音がした。蒼い黄金の輝きが漏れた。
 ひゅん、と風を切る音がした――時には既に首筋に刃が突きつけられていた。
 何百枚もの羽を刀身の峰から生やした反りの入った大剣。
 血まみれで所々が破れた黒いコート。
 髪の色は深紅の紅。
 血と泥に塗れて、汚れきった顔。
 腕や脚には数えきれないほどの裂傷。
 見た目は10代後半の男性――

「ヴァイス、さん……?」
 
 ――なのに、声だけは子供の声で。

「……やっぱり、お前だったのか。」
 
 茫然とこちらを見る、今にも倒れてしまいそうなほどに疲弊しきった顔。
 10代後半どころか20代と言っても通用するかもしれない。
 裏切って、見た目も力も全て変わり果てた男――子供のなれの果ての姿。
 
「エリオ。」

 エリオ・モンディアル。
 それは大切なモノを守る為に悪魔に魂を売った子供。

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 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

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