FC2ブログ
空想垂れ流し 再会と邂逅 Dパート

再会と邂逅 Dパート


「……あんたが、クロノ・ハラオウン。」

 胸の苛立ちと憤怒を隠す気も無く睨みつける。
 男はそんなシンの視線に怯える様子もなく淡々とシンを見下ろしている。
 左手に漆黒の杖――恐らくはデバイス。お伽噺に出てくる魔法使いの杖をそのまま機械化したような代物。
 右手に白色の杖――鋭利に研ぎ澄まされた白銀の刃を穂先にしつらえた槍のような代物。恐らくこちらもデバイス。
 黒髪と黒い瞳、更にはバリアジャケットも黒色――全身黒ずくめの魔導師。
 クロノ・ハラオウン、と男は名乗った。
 どこかで見覚えのある顔と名前だった。此処では無いどこか――それもつい最近、どこかで見かけたような――思い出す。

「……フェイトさんのお義兄さん、か。」

 ギンガ・ナカジマ、フェイト・T・ハラオウンの葬式で出会った男だった。あの時とは見た目も雰囲気も違い
すぎる為に直ぐには分からなかったが。
 あの時悲しみに沈んでいた瞳は何もかもを射抜くように鋭くこちらを睨みつけている。
 表情は無表情。滲み出す雰囲気は冷たい印象――黒ずくめの見た目も相まって悪魔のような印象さえ与える。
 男――クロノが呟いた。冷たく、冷徹に、感情をまるで籠らせずに。

「“柱”は殺さずに捕えろと伝えたはずだが。」
「……」

 ギンガが唇を歪め、自分の右腕の先から伸びる蒼い布に目を向ける。
 先ほどまで暴れ狂っていた蛇の群れには水色の矢――恐らく魔力によって作られたモノ――によって大地に
射止められていた。

「下がれ。その男の相手は君では無理だ。」
「っ……!!私が記憶を取り戻す為にはこの男を殺さなきゃ―――」
「“下がれ”と言ったんだ。これはお願いじゃない、命令だ。」

 クロノ・ハラオウンが右手に握った漆黒の杖を彼女に向ける。
 同時に彼女の足元から現出し、彼女の身体を絡め取る鎖の群れ――チェーンバインド。
 魔力が杖の先端に収束していく。

「撃たせたいか?」
「クロノ・ハラオウン……!!」

 漆黒の杖の先端に水色の魔力が収束していく――高い耳鳴りのような音が鳴り響く。
 何かが高速で回転しているような、甲高い音。収束は止まらない。輝きは先ほどよりもより鮮明に、音は人の
可聴域をはるかに超えた超音波に――大気が震え、地面が振動する。
 ギンガの顔色が変わる――それがどれほどの威力の魔法なのかを理解しているからだ。
 布を動かそうとしても動かない――あの“矢”で射抜かれている間は絶対に動かない。
 下唇を噛みながら、込めていた魔力を霧散させる――同時に矢も霧散する。

「そうだ、下がるんだ、ギンガ・ナカジ――」

 その言葉を遮るように―――朱い光熱波がクロノに迫る。
 左手の白い槍を無造作に振り払う。その先端から水色の矢が生まれ、光熱波に向かって放たれる。
 接触――光熱波と水色の矢が溶け合うようにして消滅していく。
 刹那の沈黙――黒い瞳と朱い瞳が交錯する。
 クロノ・ハラオウンが口を開いた。

「いきなり、砲撃とは御挨拶だな、シン・アスカ。」

 瞳に力を込めて、クロノを睨みつける。
 こちらを睨みつける視線を全て燃やし尽くすように、視線で人が殺せるなら殺してしまえとばかりに睨みつける。

「ご挨拶なのはどっちですか……邪魔しないでくださいよ。」
「シン……アスカ、貴方、どうして……」
「あんたがいなくなると困るんですよ。」

 ギンガに向けて呟きつつも向けた砲口と視線は逸らさない。周辺からの魔力搾取は滞り無く稼働。
 放った魔力砲が消滅した理由はよくわからないが、恐らく何かしらの魔法だろう。それがどんな効果なのかは
分からないが、そんなことはどうでもいい。
 腹が立っていた。心底、腹が立っていた。
 いきなり現れてギンガを拘束してその武器を向けていることにも腹が立ったが――それ以上に自分の邪魔を
されたことが何よりも腹が立った。
 もう少しで取り戻せた“かもしれない”のだ。幻を見るほどに焦がれた人を取り戻せる寸前だったのだ。
 奥歯を噛み締め、歯軋りをして、それでも憤怒は治まらない。

「どうやら、僕の依頼の為に此処まで来た訳ではなさそうだな――まあ、当然か。」
「あんな罠同然の依頼にわざわざハマりに来たんですよ。感謝くらいして欲しいもんですね。」

 呟きながら、大砲を大剣に変形し、両の手で握り締め、構える。
 頬に浮かぶは獰猛な肉食獣の微笑み。邪魔をする者全てを薙ぎ払う悪魔の微笑み。
 そんなシンを見てクロノの視線が更に鋭く冷たく研ぎ澄まされる――緊張する空気。
 爆ぜる寸前の弦のように凍りついて行く。

「……それで、そのまま罠にハマってお終いか? お終いなら彼女と共に“連れて行ってやるが”。」

 クロノが右手の黒い魔法使いの杖を振るう。瞬間、虚空から飛び出る鎖の群れ。
 全身を縛りつけ、決して動けないように禁縛していく――鎖の数はさらに増え、ギシギシと全身を締め付けていく。
 笑みは、消えない。消えることなく――更に頬の歪みを増していく。

「……は、ふざけんな。俺はここまでその人を取り戻しに来たんだ。そっちこそ――」
『機能・光翼(システムヴォワチュールリュミエール)顕現。』

 搾取の糸が鎖を絡め取り、貪っていく――ひび割れ亀裂を作り砂塵と化して消えていく鎖――いつの間にか両膝の
横に浮かんでいた光刃――フラッシュエッジがくるりと回転する。シンの姿が?き消える。
 此方から彼方へと、次元を両断し、無限の超加速――光速移動の発動。
 次元両断跳躍開始。一瞬の視界の断絶。
 刹那、シン・アスカの肉体はクロノ・ハラオウンの背後へと移動/付近からの搾取とクロノのバインドそのものを
搾取することで実現した一度きりの切り札。
 クロノ・ハラオウンは背後に現れたシン・アスカに気づいていない――そのまま間髪入れずに大剣を振り被り、

「――俺の邪魔をしてんじゃねえよ。」

 振り下ろす。狙うは背中。一撃で意識を刈り取る――どれほどの強さであろうと奇襲の前には関係ない。
 形容しがたい違和感――軟質の固形物に放り込まれた感覚/全身が水の中に入り込んだ感覚/背後から何人もの
人間に羽交い絞めにされている感覚――その全てがない交ぜになった混沌そのものの世界に放り込まれたような錯覚。

(なんだ、これ)

 視界は変わらない。身体を操る感覚も変わらない。ただその“場”から受ける感覚が何か別物になっている――鈍い
金属音が鳴り響く。
 両手に感じるのは斬撃が成功した手応えではなく、金属と金属のぶつかり合う鈍い感触。
 漆黒の杖で大剣を受け止めている――その事実に、反応出来たことに驚きを隠せない。そしてそれ以上に“受け止
められた”ことが信じられなかった。
 通常の七倍の感覚加速を使用者に与える高速活動魔法エクストリームブラスト・ギアマキシマム。それほどの速度で
繰り出される斬撃は上昇する速度に伴い威力も常識外れな域に達する。
 非殺傷設定は継続している以上、死ぬことは無いだろうが――それすら高度な術者相手においてのみだ。魔法も使え
ないバリアジャケットも装備していない一般人ならば殺しかねない――だからと言ってやすやすと受け止められる類で
は無いのだから。
 クロノ・ハラオウンが左手に握る白色の杖を振り抜く――先端には氷結の刃が生まれている。
 咄嗟に後退。一瞬遅れて、シンがいた場所を通過する氷刃。
 瞬間感じる違和感/考えていたよりも氷刃と自身の距離が離れていない。追撃を封じる為に一旦しっかりと距離を
置くつもりだったのだが――舌打ちをしながら全身の魔力放出を制御し、全力で後退。
 距離が開く。追撃は止まない。クロノが両手を交差させるようにして右手に握る漆黒の杖をこちらに向けている。

『Stinger Ray』

 漆黒の杖から放たれる電子音の声――先端に生まれる光の弾丸。間髪いれずに発射。
 態勢を崩しながらの後退の最中に回避する余裕は無い/左手を突き出し魔力を収束し、炎熱変換圧縮展開。
 選んだ選択肢は迎撃――その光弾ごと後方のクロノ・ハラオウンを迎撃する。
 次瞬、朱い光熱波と光弾が激突。薙ぎ払えとばかりに更に魔力を込める。光熱波が更に太く強く大きく輝きを
増していく/爆発。押し返すことは出来なかった。
 近接射撃魔法パルマフィオキーナ。この魔法の原理はごく単純なもので、魔力を熱量に変換し圧縮、そして
指向性を与え放つ、ただそれだけの魔法である。術式などというものは一切無い。
 生まれ持った魔力変換資質と魔力の制御技術によって成り立つ単なる射撃。

 原理で言えば拳銃と同じだ。火薬によって生まれた圧力によって放たれる弾丸とさほど変わるものではない。
 だが、単純ゆえにその威力は込める魔力によって際限なく上昇する――砲撃クラスの威力を伴うほどには。
 意識を刈り取るどころか、単なる射撃魔法に過ぎない光弾程度消し飛ばす勢いで放った。
 だが、

「――僕の魔法と拮抗するとはな。」

 予想に反して威力は互角――消し飛ばすどころか、相殺される。
 僅かに驚愕。されど思考は止まることなく追撃を選択。乖離しつつ、絡み合う思考と行動。
 後退。左手をクロノに向ける。左手に魔力を集中/再度の炎熱変換魔力圧縮。
 魔力が収束し、朱い溶岩を形成――発射/拡散。

『目標補足。軌道修正。』

 再度放たれるパルマフィオキーナ。先ほどとは違う無数の朱い線の群れ。
 直線を描き、曲線を描き、螺旋を描き、多様な軌跡を描き、朱い光線がクロノに向けて押し寄せる。
 全方位、上下左右前後全てを覆う朱い光線の群れ。
 威力は低く決定打には決してならない――足止め程度になれば十分。目の前の敵などどうでもいい。
 そんなことよりも何よりも、直ぐそこにいる彼女を取り戻す方が先決だ。

「うおおおおお!!」

 加速する。視界が流れていく。ギンガは今も項垂れたまま動かないでいる。迫る、接近、大剣を握り締める、
彼女が自分に気づく。

「シン・アスカ……?」

 大剣を振り被り、彼女の身体を縛りつける鎖を切り裂く――布は未だ動かない。敵意が無いのかそれとも戦う
意思そのものが見当たらないのか。どちらでも構わない。

(どっちでもいい、今取り返さないでいつ取り返すんだ……!!)

 心中で咆哮。叫ぶ暇は無い。余裕も無い。迫る。迫る。近づく。左手を伸ばす。彼女がこちらを見た。
 蒼い瞳に映るモノは自分の知る輝きなのか、それとも知らない輝きなのか――悲しみも怒りも全部置き去りに
して、今だけは取り戻すことに専心する。
 彼女の左手が、自分に向けられる――こちらを攻撃する為の拳なのか、こちらの意思に応える掌なのか。

「ギンガ、さん……!!」

 手と、手が、絡み合う―――掴む。右手を真正面に向ける。
 魔力を収束解放全力全開ロケットの噴射の如き朱い炎が噴出し、加速した速度を一気に殺す/止まり切るはずも
ない――彼女が胡乱な瞳でこちらを見つめる。握り締める手は柔らかい。
 ようやく触れあえた手/絶対に離さない――両足の裏にフィオキーナを設置発射全力全開。
 脳が揺れる。視界が揺れる。衝撃が手を伝って彼女に伝わる。
 その右手から伸びる布が衝撃に反応して、自分に向かって突撃――無視。
 右手に込める力を強くする。呆然とする彼女の手を離さない。
 身体に突き刺さる布/刃、布/刃、布/刃――“接触の寸前、皮一枚だけを切り裂き逸れていく布”。
 激痛で離しそうになる手を奥歯を割れんばかりに噛み締めて、堪える。
 全身の速度を緩める為に炎熱の噴射は終わらない止まらない弾け飛ぶほどに強く――見る間に減速する世界。
 止まる。
 眼前にはこれまでで最も近付き、最も驚いた顔をした彼女がいて――思わず、顔が綻んだ。

「……これ、で。」
「……あなた、は。」

 全身を血塗れにした男が自分の手を掴みながら、笑いかける――スプラッタ映画にありそうなシーンだなと思った。
 その場合は自分がゾンビで彼女はゾンビになった自分の恋人役――現実と大した違いはない。
 馬鹿な考えが浮かぶ。
 そんな馬鹿な自分の考えとは別に彼女は今も呆然と自分を見ている――握り締めた手を強く自分の元に引っ張る。抱き締める。力強く。

「きゃっ」

 吐息が触れ合う距離。近く、誰の声も聞こえないほどに近く――何よりも近く。
 顔が近い。吐息が絡み合う。唇が近い――思わず、そこに自分の唇を触れ合せる。反射的――思考では無く衝動、
あるいは本能に導かれるようにして。

「!?」

 彼女の顔が近く、吐息が絡み合うどころか、混ざり合う。彼女は離れようとしない。
 ただ茫然とシン・アスカの衝動に巻き込まれて、その場に立ち尽くす――混ざり合う唾液と吐息。お互いの呼吸が
顔にかかって少しだけこそばゆい。
 そのままどれほど唇と唇が触れ合っていたのだろう。
 数秒――もしかしたら、数瞬程度かもしれない。正確な時間は分からない。
 永遠にも感じられるほどに長いようにも思えたし、刹那よりも短いようにも思えた――曖昧で不確かな感覚。 胸の中の
想いだけが真実――それこそ、衝動的に口づけをしてしまうくらいには。
 唇に熱を感じた。それが痛みだと理解するまでに数瞬――唇が離れた。

「痛っ…」

 絡み合った唾液が互いの唇の間でどこか淫靡に糸を引く――混ざり込む紅。唇から垂れる一筋の血。
 触れ合った異物(クチビル)を噛み千切った――衝動的なのか、紅が混ざり込んだ自分の唇を見て、彼女の呆然自失の
瞳に恐怖が舞い降りる。
 唇を奪われたことへの恐怖――怯えられて、それでもシン・アスカは止まれない。止まることなど出来ない。
 咄嗟に彼女が自分の胸を押して、離れようとする。
 それを、有無を言わさぬ力で抱き締めて、離れさせない。例えるなら、蛇が自身の身体を絡ませて獲物を捕獲するかの
如く――決して離さないと、抱き締めた。
 どちらともなく目を向けた。朱と蒼――瞳と瞳が絡み合う。
 思わず、頬が綻ぶ。蒼い瞳が見詰める自分は、衝動でやってしまったことを後悔するよりも、嬉しさに塗れて、微笑む。

「……は、はは。」
「いきなり、何を……」
「……勢い、です。」

 彼女の胸の中心に自分の額をこつんと当てる。額に感じるのは固い骨の感触。眼下に映るのは、いつか触れた双丘。
 何もかもが懐かしい――その全てが同じで、内実だけがまるで違う。それでも――それでも、こみあげてくるのは
悲しさよりも嬉しさだった。

「やっと……捕まえ、た。」

 安堵の言葉。思わずこぼれる笑顔。彼女は一瞬だけ、そんな自分を見るが、次の瞬間、その手を振り払おうと力を
込める――それでも布は動かない。金縛りにでもあったみたいに停止したまま、動かない。

「離して……離して、よ。」
「……嫌ですよ。」

 柔らかな彼女の感触を味わうように抱き締める――とくん、とくん、と聞こえてくる音。
 ゆるやかに上下する胸。感じる体温の温かさ。彼女が今ここで生きているという、生存の証左。
 柔らかな心臓の音/何か違和感を感じる――その肌の柔らかさに身を任せる。

「離して、よ。」
「もう、二度と、離したくないんですよ。」

 心の底からそう呟いた。安堵するように、息を吐き、そのまま抱き締める力を強める――布が蠢きだす。彼女が叫ぶ――泣きそうな声で。

「離して……!!」
「嫌です。」

 即答する。離すつもりはない。
 彼女が離してという気持ちは分かる。初対面同然の人間にいきなりキスされたのだ。
 叫びたくなるのも分かる――だけど、そんなことは知ったことじゃない。

「離して、離して、離してぇっ!!!」
「離しません……絶対に、離さない……!!」

 暴れる。布が、彼女が、刃が、螺旋杭が、紐が、糸が――デバイスと彼女が暴れ狂う。彼女を暴風の中心として世界が暴虐する。

「離してぇ!!」
「絶対に嫌です!!」

 泣きそうな声で彼女は自分の手を振り払おうと暴れる、同時に布も暴れる。
 叩きつけられる布刃/螺旋杭/岩塊――振り払おうとするも距離が近すぎる故に間に合わない、それ以上に彼女に刃が当たら
ないかと躊躇して刃の冴えが鈍る。

「離して、離して、離してええええ!!!」

 目を閉じて、その暴虐に耐える覚悟を決める――刃が食い込む/螺旋杭が抉る/岩塊が叩く――全て、当たらない。
 布が暴虐するのは地面だけ。皮一枚、髪一本、紙一重――それだけの隙間を開けて全て逸れていく。
 鼓膜が潰れそうなほどの激音轟音爆音。弾け飛ぶ地面。破片が踊り、バリアジャケットを叩く。
 巻き起こる暴風――舞い上がる砂塵が目に入り、目を閉じる――布が一枚、腕に絡み付く。
 それに何かを考える暇もなく、シンの身体が宙を舞った――掴んでいた手も拍子抜けするほどに呆気なく外された。

「な……!?」

 力は緩めていなかった。なのに、自分から外したかのように、手がいつの間にか離れていた――気がつけば視界が急転していた。
 空中で身体を捻り、無造作に宙を舞った身体を制御し、着地。距離が離れた。離さないと言ったのに、離れた。

「くそ……!!」

 毒づき、近づこうとする――だが、布が結界のようにシンの眼前の地面を殴り付けた/動こうとした足が止まる。
 不用意に近づけば一瞬で肉片になる――そんな確信/けれど殺されないという確信も同時に存在する。
 一瞬の迷い。近づくべきか、近づかないべきか。
 彼女が叫ぶ。その迷いを突くように。

「近づかないで……来ないで、来ないでよ!!!」

 その言葉で覚悟を決める。大剣を両手で握る。踏み込む。迫る暴虐に突き進む。
 受ける捌く弾く進む流す進む――足を止めない腕を止めない突き進む。

「嫌だって言ってるんですよ!!」

 踏み込む。上空から迫る暴虐――群れる蛇。刃の如き顎が自分を狙って迫り来る。
 暴虐は明確な拒絶の証――だが、知らない。知るものか。そんなこと一切合財関係無い。

「記憶が無いっていうなら、俺がどれだけでも作ってやる――何も無いっていうなら俺が全部くれてやる!!!」

 地面と水平にスライディングのごとく跳躍――突撃の最中、肉体を旋回させ、上空から迫る全てをすり抜け、残った全てを
斬撃で迎撃。
 ガガガガガと甲高い音が鳴り響き、付近の瓦礫や砂塵を衝撃波が吹き飛ばしていく/右肘を地面に叩きつけ、反動を活かして
上空へ跳躍。その際に身体を反転させ、地面と向き合う方向に/蛇の群れがこちらを狙って接近――左手を大剣から離し
パルマフィオキーナを発射、拡散、数十条に拡散した朱く細い火線が蛇の群れと接触/火線が蛇の群れに捌き弾かれあらぬ方向に飛んでいく。

「俺が全部あんたにくれてやる、だから……だから!!」

 数十条の火線が一瞬だけ堰き止めた蛇の群れ。その隙間を縫うようにして襲い来る残りの蛇の群れ。
 向かう先を守るように蛇の群れが/目標=ギンガ・ナカジマを守るようにして――黙れ突破突破突破突破―――!!!

「だから……!!」

 接近、加速、高速移動魔法の数を更に倍加。速度は等比級的に増加。制御限界領域を突破。知るか、限界を超える
程度で取り戻せるなら何度だって超えてやる。

(何度だって……!!)

 彼女が教えてくれたように――馬鹿みたいに繰り返した基礎。
 その結果として彼女を取り戻せるというのなら――
 蛇の群れの内の何匹かが身体に突き刺さる――止まることなく、突き進む。突き刺さった姿を見てギンガの顔に
浮かぶ驚愕――そんなの全てどうだっていい。
 眼前。目の前には、愛してやまない、夢にまで見た、焦がれ続けた女の泣き顔。

「俺があんたを守る――ずっと、あんたを守ってみせる。」

 手を伸ばす。蛇の群れが止まっている。主が近すぎるからか、それとも単純に“攻撃しない”のか。

「だから、俺と一緒に、来てくれ。何も無いなら俺が全部くれてやる。絶対にあんたを一人にしない。絶対に―――」


 あの時出来なかった――これまで出来なかった全てを撥ね退けて、
 伸ばした手をさらに伸ばして、彼女の手に重ねる。
 彼女の気持ちなんて知らない。
 シン・アスカが守りたい。絶対に譲れない。それだけは譲らない。 

「キミを守るから。」
「私、を……まも、る。」
「――悪いが、“その子”は、渡せない。」

 上空のクロノ・ハラオウンを見る――既にこちらの放ったパルマフィオキーナは消され、睨みつけている/上等だ
と睨み返す。

「嫌だね。もらってきますよ、この人を。」
「渡さないと言った……!!」

 漆黒の杖を振るう。再度現れる鎖の禁縛――自分と同じくギンガも禁縛――あるいは拘束していく。
 搾取開始。
 鎖を砂塵に、彼女は無傷に、付近を砂礫に――全てを自分の一部として、同一化。魔力増加。
 漆黒の魔導師――クロノ・ハラオウンが白銀の槍の先端に氷の刃を作り出す。
 降下。加速。速度は高速。通常であれば決して捉えられない神速領域。
 握り締めた彼女の手を離す――寸前できつく握り締めた。

「……絶対に渡さない。絶対に。」
「シン・アスカ……。」

 彼女の手から自分の手を離す。
 大剣を握り締める。反転。背後の死角から自分を狙う白銀の槍――その先端から伸びる氷結の刃。そしてもう一方の
手が握り締めた漆黒の杖。
 氷刃に自身の握り締めた大剣の刃を叩きつけた。漆黒の杖に大剣から引き抜いた短剣を叩きつけた。
 鍔迫り合いの衝撃波が波紋となって大気を揺らす。

「貰ってくって言ったんですよ!!」
「二度は言わないと言ったぞ、シン・アスカ!!」

 それまでのような無表情ではなく、感情の籠る表情――込められた色は憤怒。その憤怒の意味には心当たりがある。
あり過ぎると言ってもいい。
 何せ、自分は彼の家族を守り切れずに殺した――実際は生きていたが、知らない人間からしてみれば同じだ。
 憎まれるのは正当だ。憤怒を抱くのは正当だ。許せないのは正当だ。
 だが、だからと言って――その正当を受け入れて、言われるままになれるかどうかは、“別の話だ”。

「上等だっ……!!」

 呟きと共にシンがその氷刃を弾き、左手に握り締めた短剣で漆黒の杖を押さえつける。
 クロノの態勢が崩れる。躊躇わずにシンが踏み込んだ。
 右手で大剣を振り下ろす/シンの全身を覆う先ほどと同じ違和感。構わず振り抜く。回避される――外れる。
 違和感を気にすることなく、更に踏み込み、短剣を首筋に向けて振るう。
 クロノがその一撃を首を捻って回避する/後ろに倒れ込む勢いを利用し、身体が独楽のように回転。
 左足が跳ね上がり、それに追随する形で右足が跳ね上がる。左回し蹴りから、後ろ回し蹴りへの二連撃がシンの首筋を
断とうと迫る――背筋を逸らし、その二撃を回避。
 互いに態勢が崩れるも、攻防は止まらない。二連の蹴りの勢いを利用してクロノは態勢を整え、ギンガ・ナカジマと
シン・アスカの間を立ち塞ぐ。
 シンの思考が加速する。速度では勝っている。だが、クロノには何か明かされていない手札がある――それが何か
分からない。戦闘において未知なる一手と言うのは如何なる時でも切り札となる。
 逡巡している暇は無い。躊躇している暇もない――構わず踏み込む。どんな一手であろうと、自分は耐えきれると
いう算段――再生するというアドバンテージを活かす選択。

 大剣の柄に短剣を収納。両手で握り締め、踏み込む。
 違和感が身を覆う――クロノ・ハラオウンの周囲に“立ちこめている”違和感。
 斬撃の連鎖を開始――付きまとう違和感が何であろうと、突破することに違いは無い。
 どの道、突破しなければ彼女は取り戻せない――邪魔するな、と心中で呟き、大剣を振るった。
 袈裟斬り/受け止められる――構わず、刃を跳ね上げて逆袈裟/受け止められる。
 斬撃は止まらない。止まることなく繰り返す繰り返す繰り返す/受け止められる受け止められる受け止められる。
 シンは構わず突き進む。速度のアドバンテージは揺るがない。威力のアドバンテージも揺るがない。

 態勢を崩さない万全の態勢で受け止め、弾き、捌くクロノ。
 万全の態勢で受け止められなかった瞬間、攻撃は届く――攻撃が吸い込まれるようにして、クロノが携えた二杖に
受け止められていく。
 以前のラウ・ル・クルーゼと同じ――いや、何かが違う。だが、その違いが分からない。視認出来る結果は以前と
同じく完全防御。
 つま先を地面に当てて、足元の瓦礫を蹴り上げる。跳ね上がる瓦礫――アスファルトの破片。顔面狙いでは無く
単なる目くらまし。その瓦礫の軌道と交差するように大剣を振るう。左から右へ抜ける横薙ぎ。
 一歩引いて紙一重の差でその横薙ぎを回避するクロノ。
 回避されることは予想通り。
 一歩引いた態勢は上半身が伸び切り、それ以上の回避――上半身だけを動かした最低限の回避を許さない。
 返す刀で先ほどと逆向き――振り抜いた反動を活かして、右から左へ抜ける横薙ぎ。受け止められた。
 クロノの態勢が崩れる。シンの身体は止まらずに動き続け、斬撃の連鎖を起こし続ける。
 大上段からの打ち下ろし――受け止められた。交錯する刃と杖。
 体重をかけて、杖ごとクロノを地面に押し込む――押し込ませずに受け止め後方に流すクロノ。

 “流される勢いを利用して”身体ごと受け止められた点を支点に跳躍。クロノの頭上を通り抜ける/死角への侵入。
 頭上には僅かに死角が存在する――彼が振り向き、こちらを捉える前に二本のフラッシュエッジを同時に投擲。
 内から外へ――そして、外から内へと戻り来るフラッシュエッジ。
 クロノの上空から、振り返った後の背後へと、死角と死角を結ぶように短剣が飛翔する。
 大剣を再度両手で握りしめ構える――大上段。地面に落下する、天と地が逆転した態勢で構えられた大上段は斬り下ろし、
ではなく、斬り上げの軌道を描く。
 同時三連撃。背後から二本の短剣が飛来し、前面下方からの大剣の一撃。
 補足の有無に関係なく、防御を無効化する、刃の檻。

「くっ……!!」

 うめき声をあげ、クロノ・ハラオウンは“視認すらせずに”その連撃を回避する――身を捻り後方からの二連撃を
回避し、前面下方から迫る斬撃を二本の杖を交差させて受け止め、その斬撃の勢いに逆らわずに後方に跳躍する漆黒の魔導師。
 回避しざまに、斬撃を放ち空中で無防備な隙を晒したシンに向けて、二発の光弾――スティンガーレイが放たれた。
 攻撃の瞬間は気が緩む。攻撃に集中し当てることに集中する一方、避けることへの集中が途切れるのだから
当然だ――歯を噛み締めて、全身の筋肉を緊張。顎を引いて、両手両足を丸めこんで魔力を集中、バリアジャケットの
防御を高めることだけに専心。
 爆発。両手両足が痺れ、骨の髄まで全身に衝撃が響く。脳が揺れる。視界が揺れる。地面が見えた。這いつくばるよう
にして、無理矢理受け身を取って着地。

「あ、が……!!」

 一連の攻防の後にうめき声をあげて這いつくばっていたのはシンだった。
 息を切らして即座に立ち上がろうとするが、両手の痺れが大剣を取り落とさせる。
 クロノもまた攻め込まずに、膝を突き、息を切らして、シンを見ていた。
 その後方――大切な人が自分を見ていた。

「は、はは……!!」

 頬に浮かぶ亀裂は微笑み。
 痛む身体。途切れそうな意識。
 その只中にあって、ただただ笑う。
 不敵に、苛烈に、凄絶に。
 悪魔は微笑み、全てを奪う。同じく――彼も、笑いと共に全てを奪う。
 欲しいモノがある。ならば奪う。徹底的に。
 それは単純明快な一つの真実。
 四つん這いになった状態から突進。
 四足で立つ獣の如き態勢から全身を屈伸させて跳躍。速度は変わらず高速。追随するクロノ。

「邪魔すんなって言ってるだろうがっぁ!!」
「行かせないと言ったろう!!」

 大剣と二杖を打ち合う―――刃と鋼がぶつかり合い、火花を散らす。
 二度目の鍔迫り合い。動かない――停滞は一瞬。打ち合い、金属音と火花が舞い散り、夜の世界を赤く染める

「どうして――」

 どうして、あの男は戦っているのか。
 どうして、あの男は自分にキスをしたのか。
 どうして、あの男は自分のことを好きだなどと言ったのか。
 分からないことだらけだ――記憶の無い自分にとって、世界など正体不明のモノでしかない。

「どうして――」

 自分を好きと言った。
 惚れていると言った。
 取り戻すと言った。
 言葉の意味は分かる――けれど、まるで理解出来ない。
 文字通り血眼になり、彼は咆哮を上げながら戦い続けている。
 けれど、それは――自分に対してではない。
 胸がドキドキする。“初めてのキス”の影響だ――それも、自分に向けたモノでは無い。
 それらは全て、自分では無い、誰かに向けたモノ。

「……私、は。」

 爆発音。立ち上る噴煙。その中心から剣と杖を打ち合いながら、吹き飛んでくる二つの人影。シン・アスカとクロノ・ハラオウン。
 それを止めるでもなく、眺める自分――どうすればいいのかなんて、何も分からない。
 元より、それを知る為の戦いだ。それを知る為に、シン・アスカを殺そうとしたのだから。
 なのに――自分は、どうして、どうして、どうして。

 吹き飛ばされるシン――戦いの様相は五分五分。互いのバリアジャケットは所々が擦り切れ、傷だらけ。
 共に息を荒くしながら、対峙する朱と黒の魔導師――表情だけは対照的に、シンは笑みを浮かべて、クロノは無表情で、
互いに睨み合う。

「どうして……私、を」
「――貴女は知らなくても良いことです。」

 いつの間にか、彼女の背後に誰かがいる。
 漆黒の拘束服――そこに脊髄を沿うように存在するジッパー。
 全身に存在する、関節部では無く、その繋ぎ――二の腕や太股の中腹、脛、腹部、首――に肉体を締め付けるようにして
存在する黒鋼のベルト。
 明らかに腕よりも細く、締め付けると言うよりも千切り取ろうとするかのような姿だった。それでも声に痛みは無い。
 手に持つ漆黒の長杖と両端に付けられた鎖がその異常を際立たせる。
 それは異常な姿だ。本来なら千切られる寸前であろう四肢と一部の隙もないほどに“顔面を隠している拘束服”。
 明らかに内部から外部を見ることなど出来る筈もない。なのに、ソレは見えているかのようにギンガの横に並び立つ。

「一号、あなた……」
「余計なことを考えなくてもいいんですよ、フロイライン。貴方はただ戦うだけの人形なのです。」
「私、は。」
「記憶のない貴女に魂などあるはずもない――ラウもそう言っていたでしょう?」
「……ええ。」
「思考は拳を鈍らせます。貴女は一度下がるべきです――あの男を殺す機会はラウがまた与えてくれます。」

 話をする二人の眼前では、クロノとシンがぶつかり合い、弾き合いながら戦い続けていた。
 鍔迫り合いの状態から押し負けて後方に弾かれたように下がるクロノ――シンは右手を彼に向けて先程放った拡散型の
パルマフィオキーナで追撃。朱い数十の光条がクロノを囲むようにして追尾する。
 数多の光条を下方に逃げることで回避する――速度を上げすぎたせいか、地面に足を滑らせながら着地。光条が全て
地面に着弾し、道路が砕き散って、粉塵が舞い散った。
 すかさず、返しの一撃――クロノが漆黒の杖をシンに向ける。
 現れる総数13発の光弾――無誘導射撃魔法スティンガーレイ。5発で高町なのはのディバインバスターと拮抗する
威力を誇るソレが13発生成されている。

「余計なことをするな、一号……!!」
「その余計なことが必要な状況では無いのですか?」
「黙れ!!」

 クロノが叫ぶと同時に、スティンガーレイがシン・アスカに向けて一直線に突き進む。
 放たれた光弾を視認するとシンは即座に大剣を大砲に変形。
 多頭焔犬(ケルベロス)によってそれらを撃ち落とす/爆発。
 立ち昇る噴煙を突き抜けて、シンが降下し迫る。
 クロノが二杖を構え、それを迎え撃つ為に、新たに魔法を構築する。
 一号と呼ばれた男がそこに声をかけた。楽しげな調子で――どこか、無邪気な子供のような風情を感じさせる声音で。

「ああ、そうだ。言い忘れていましたが――」

 顔は見えない。なのに、その頬が歪んでいると理解する。嗤っていると思える声。
 ギンガ・ナカジマの根幹を揺さぶる“創造主と同じ声”。

「二号と三号も既にこちらに来ています。」
「何……?」

 呟きながら、クロノはシンに向けた視線を外さない。外してしまえば一瞬で意識を刈り取られる恐れがあるからだ。
 迫る男の振りかぶった大剣は焔を纏い、朱く赤熱している。
 ここまでの戦闘で非殺傷設定を継続していることは確認したが――だからと言って、その攻撃の危険度が消えた訳ではない。
 あれだけの速度と威力によって発生する攻撃は非殺傷設定であろうと肉体に甚大な損傷を与えかねない――自分の、
クロノ・ハラオウンが使用する魔法と同じく。

「だああああ!!!」

 絶叫じみた咆哮と共に振り下ろされる大剣。それを迎え撃とうと両手のデバイスに魔力を流し込もうとした、
その時――彼の左側から伸びる白色の鎖がその身体を絡め取った。
 エクストリームブラストの搾取の影響下でも存在を誇示し続ける鎖――それは魔力で編まれた鎖ではなく、
実体をもつ鎖だ。
 シンの朱い瞳に力が籠る。唇を苛立たしげに歪ませ、力任せにその鎖に手をかけた。

「邪魔だあああ!!」

 咆哮と共に引き千切り、再度突撃を敢行―背筋に怖気/SEEDによって与えられた付近全てを自身のモノとして
知覚が告げる感覚。反射的に左方向に急速離脱。
 瞬間、大気を焦がし、シンがそれまでいた場所を貫く黄金の光。

「次から、次へと……!!」

 次から次へと現れる自分の邪魔をする者たちに対して、苛立ちと焦燥が募っていく。
 見れば、ギンガの付近にはそれまで見たことも無い人間がいる。
 あちらの目的は明白だ。ギンガ・ナカジマを連れ戻されては困る――どういう理由かは知らないが、シンが
ギンガを連れ戻すことを邪魔してくるのはそういう理由だろう。
 ならば、今ギンガの近くにいる人間も同じく、こちらの邪魔をするか、ギンガ・ナカジマを保護しようとするだろう。

 ――黄金の光が消えることなく、巨大な刃のように、シンに向かって、突撃する。 

 大剣を力任せに降り抜いた。

「邪魔するなって、言ってるだろうがぁっ!!」

 大剣でその巨大な光刃を受け止め、弾き飛ばす。巨大な光刃――よく見ればそれは斧の形をしている――が、
ぐらりと揺れて、後方に倒れこむ。
 視線を斧が倒れこんだ方向に向ける。見れば二人の男がいた。姿かたちはギンガの近くにいる男と同じような姿。
 違いがあるとすれば、その服装の肩の部分に赤い文字で一人は「2」、もう一人は「3」と書かれていることくらいか。

「こいつらは……」

 ――脳裏に入り込む“見たことのないイメージ”。イメージは断片的で要領を得ないモノばかり。
 見えるモノは手術台と光に照らされる誰か。
 そして、その手術台に並び立つ白衣の男共。
 メスなどの誰でも知る器具だけではなく見たことのない――というか想像したくもない――ノコギリやハンマー、
ハンマドリル、ピック等のおよそ人に使ってはいけない類の道具によく似ている。

「くっ――!?」

 これまでに感じたことの無い感覚。同時に湧き起こる頭痛/強制的に意識に送り込まれる痛みという名の空白(ブランク)。
 突然の頭痛が動きを阻害する。
 引き千切った鎖がその数を増やす。
 一本だけではなく四方八方から何本も何本も、腕を、足を、首を、身体を捕縛する。
 うめき声を上げた時にはすでに遅い。
 空中に磔にでもされたように縦横無尽に肉体を緊縛する鎖に捕えられ――地面に向けて叩きつけられた。
 咄嗟に、歯を食いしばり、受身の態勢を取った。
 だが、気付いた時には何もかもが遅すぎた。
 地面が迫る。
 轟音と衝撃が耳を叩いた。全身が揺れた。瞳の奥で火花が散った。意識が一瞬途切れた。
 意識も視界も何もかもが真っ白になっていく。

「あ、が……。」

 叩きつけられ捕縛された状態で静かに虚ろにその場で磔にされるシン。
 鎖の禁縛は緩まない。今も四方から彼を引っ張り続け、拘束し続けている。
 そこに二人の人間――体つきからして恐らく男――が近づいていく。

「……こ、の」

 捕縛されたまま無理矢理身体を動かし、下から睨みつける。
 一人は槍斧を携えた人間――体つきから見て恐らく男。細身の体に不似合いな巨大武装を携えている。
 一人は鎖――というか鞭なのだろう、これは。太鼓のバチのような取っ手の先から延びる鎖がそれ自体が意志でも
持っているかのごとくシンを締め付けている。

「……」

 無言で槍斧を持った人間が近づいてくる。
 咄嗟に身体を動かし、鎖の捕縛から身体を抜け出させようとする――ズキン、とこれまでで一番の頭痛が響き意識が
喪失し覚醒する。

「あ、ぐ……!?」

 右手の疼きと共に沸き起こる脳髄の奥から右目を突き抜けていくような痛み。心臓の鼓動と同じように振動し、
ズキンズキンと全身の動きを阻害/停止させる。
 ざわざわと右手を中心に疼き出す痛み――というよりも胎動。それは“あの時”を思い出させる痛み。
 腕から“生える”小さな黄金の羽根。触手のように、樹木のように、天に向かって伸びていくバケモノの翼。
 一瞬で何百回も覚醒と気絶を繰り返すほどの凄絶な痛み。
 その果てに、あの時、彼の身体は人間ではなくバケモノ――羽鯨になろうとしていたのだから。
 その感覚はあの時を容易に思い起こさせるモノだった。

「ぎ、ぐ……!!」
「……。」

 鞭を持った人間が近づいてくる。
 痛みを堪えながら無言で――というよりも言葉を放つ余裕が無い――そののっぺらぼうのように穴の無い顔を睨みつける。
 打ちつけられた身体は問題なく――頭痛こそ酷いが、動く。手も、足も、腕も、どこにも問題はない。
 なのに、身体を動かすという機能と脳髄が切り離されたとでも言うように、まるで動けない。
 いや、正確には――動かそうとすると脳髄に火鉢を差し込まれるような激痛が走って動けないのだ。
 開きっ放しの口から涎が垂れ落ちた。鎖で縛られていない手足を動かし、芋虫のように身体を動かしていく。

「はっ、はっ……はぁっ…あ、ぎゃ、ぐ!?」

 それだけで――死んだ方がマシなほどの激痛が走った。

『……堪えろ、シン。共鳴はもう終わる。』

 僅かにデスティニーの声が上ずっている。予想外の状況に戸惑っているのだろう――かくいう自分もこの状況に困惑していた。

(ま、だ、余裕は、あった、はず、なのに。)

 喪失と覚醒を繰り返す意識の中で思考を繋ぎ止める。
 そう、“こうなる”ことは予想していた。
 “何が”、“どうなって“、”どうなるのか“、などという具体的なことは何一つとして分かっていないが、それでも
何かがおかしくなることは理解していた。
 だからこそ困惑する。こんな早くこんなことになるはずがないのだ――自分の身体のことだ。自分が一番よく知っている。
その感覚はもっと先のことだと告げていた。

 ―――おかしくなるのは、もっと先のはずなのだ。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」

 荒く息を吐きながら、意識を繋ぎ止めることだけに集中する。
 共鳴――デスティニーは共鳴と言った。
 胡乱な意識の中で必死にその言葉に思考を巡らしていく。

「―――同化現象。」

 声が聞こえた――男の声だ。どこかで聞き覚えのある、忘れようのない声。

「羽鯨に見染められた“無限の欲望”だけに起きる人間がニンゲンでなくなっていく現象――同化現象と呼ばれる現象。
その中にあって、ニンゲンはいつか羽鯨の眷属ではなく同属と化していく。」

 謡うように言葉が紡がれていく。
 声の調子は軽やかに、楽しげに、緩やかに―――男の声が紡がれていく。

「まさか、ここまで効果があるとは思いませんでしたよ。我らとは“違う”存在だというのに、これほどに共鳴するとは。」

 聞きたくない声。忘れたくない声。忘れようのない声。
 少し前、エルセアで聞いた男と同じ声―――ラウ・ル・クルーゼの声。

「ラウ、ル……クルーゼ、か。」 
「くく、いえいえ、私は彼とは違いますよ。」

 目を向ければそこにいたのは三人の拘束服姿の男共がいた。
 先程から喋っているのはその内の一人で、後の二人は後方でじっと沈黙を続けている。

「安心してください、君の浸食の限界はまだ先だ。その痛みもすぐに消えます。 今回はただ、共鳴しただけですよ、
私たちと、ね。」
「わたし、たち……?」

 ただ与えられた問いに答えるだけのオウム返し。返答に意味などない。ただただ繰り返すだけ――何も考えることも出来ない。

「一号、とお呼びください、シン・アスカ―――いえ、異郷より現れし無限の欲望とでも呼ぶべきでしょうか?」

 慇懃無礼そのものと言った口調で男は続ける。

「お、ま、え……」
「クジラビト―――味気の無い名前ですが、それが私たちの呼び名です、シン・アスカ。」
「くじ、ら……あ、があああっ!?」

 鎖の禁縛がさらに強くなり、肉に食い込み、骨が砕けた。
 リジェネレーションによる再生は今も継続。死にいたる事はない――だが、頭痛が酷く身体を動かすこともままならない。
 絶体絶命――そんな言葉が浮かんだ。

『再起動開始。活動再開まであと180秒。』

 デスティニーの念話が聞こえた。

「おれ、をどうする、んだ。」
「さあ? 私たちは与えられたことを遂行するだけの駒でしかありません。今現在の目的は貴方にギンガ・ナカジマを
渡さないことと、生き残ること――それだけです。」
「―――ギンガさんを、どう、する、つもり…だ。」
「今は戦ってもらうだけです――そして、いずれは死んでもらいますが。」

 死んでもらいます、と男が言った瞬間、ビキ、と脳髄の中の致命的な何かにヒビが入った。

「……殺すってことか。」
「彼女にはこの世界を救う“聖女”になってもらいます。」
「聖女……」
「彼女は世界を救って死ぬのです――純粋無垢で、清廉潔白な、真なる聖女として、彼女は捧げられる。」

 男の口調に熱が入り込む。幸福を甘受することを喜ぶ――狂信者の口調にビキビキ、と脳髄の中の致命的な何かが壊れていく。
 暴力的な衝動に全身が支配されそうになるのを何とか堪える。

(……まだ、早い。)

 今、この男は何を考えてか、重大な情報を伝えている。
 ギンガ・ナカジマの記憶を消し去った理由と、自分の邪魔をする敵――その敵の目的を得意げに語っている。
 今すぐに掴み掛かりたい衝動を抑え込み、必死に耳を傾ける。

「どうやって、世界を救うんだ。」
「……くくききき、聞き出そうとしているのが見え見えですよ、シン・アスカ。」

 その返答に、一瞬、頭が沸騰してブチ切れそうになるが、必死に自制する。

「……。」
「いいでしょう、教えてあげますよ。 どの道、隠すほどのことでもありませんし……それに“もう止められない”。」

 まるで、与えられた玩具を自慢する子供のような口調で男は語り出す。
 ラウ・ル・クルーゼの声に合わせられる無邪気故に残酷な子供の口調。

「一月後、ギンガ・ナカジマは、羽鯨の受肉するべき器となって、聖王によって滅ぼされる。」
「……なんだと。」
「高次存在である羽鯨をこの地平にまで落とし込む。そして、覚醒した“聖王の剣”のみが、受肉した羽鯨を殺すことが
出来る――それで世界は救われます。」

 その言葉で、撃鉄が落ちた。

「……あの人を、殺す、ってことか。」
「人聞きの悪い、犠牲と言ってください。」
「……へえ。」

 銃口に籠められた弾丸は覚悟――死すら厭わずに願いを叶える覚悟。
 身体を動かす。頭痛はまだ止まない。だが、知らない、知るものか。そんなこと一切合切どうでもいい。
 殺すと言った。
 殺すと言った。
 殺すと言った。
 それが、敵の目的――ずっと前から不明だった敵の目的。
 無作為に行われた襲撃。その影で苦しんでいた人々。目的は世界の救済だと聞かされた。以前はその為に自分を利用
しようとしていた。
 だが、今は――“彼女を使って”“彼女を殺して”世界を救うことが目的だと、目の前の男は言った。

「させると、思うか?」
「その鎖は壊せませんよ、いくら貴方でもね。」

 確かに男の言う通りだった。
 搾取によって本来ならこの程度の鎖は一瞬で崩壊させることが出来るはずなのに、まるで崩壊する様子が無い。
 何か、搾取を阻害する術式を刻みこんであるのか、その鎖は全く搾取を受け付けていないのだ。
 いつの間にか、頭痛は消えている。それでも、鎖が全身を拘束し、身体を動かすことを許さない――いかにシン・アスカ
と言えども、その事実は変わらない。
 だが―――頬笑みが浮かぶ。亀裂のような悪魔の微笑みが。

「何を笑っているのですか?」
「そりゃ、笑うさ。」

 右眼に――金色が集まる。朱い瞳が金色に染まっていく。

「……それを聞かされて俺がおとなしくしてると思ってるんだからな。」
「壊せないと言ったはずですが。」
「“知らねえよ”。」

 自分の中の根幹/最奥――深い、深い場所。

『……使うのか?』
『ああ――もう我慢するのは無理だ。』

 デスティニーからの念話に念話で対応する。
 そして、声に出して、言い放つ。
 滾る憎悪と憤怒を込めて――覚悟を決めて、呟いた。

「……命削ってでも、こいつらを、」

 殺す、と呟こうとして―――

『――死んでもらっては困るな、シン。』

 不意に、頭の中で声がした。
 涼しげな、以前に聞いたことのある――多分、自分よりも、デスティニーは絶対に忘れられない声。

『この、声は……』

 ――月光が輝いた。風を裂く音が聞こえる。空気の振動する音が聞こえる。布が棚引く音が聞こえる。
 振動が地面に伝播して震えている。
 見れば――漆黒の服装、そして“右足”を中心にして生まれた、夜空に輝く青い杭。
 それは円錐。右足を中心にして形作られる、独楽の如き円錐。
 三つの円が右足を中心に同心円状に連なり、ぐるぐると回転し、円錐の面を形成していく。

「隕石(メサイア)――」

 落下する岩塊のような円錐。上空から真っ逆さまに頂点を地面に向けて、地面を穿つように、潰すよう
に――右足を先頭にして、突貫するその姿は紛う事無く単なる蹴りである。
 だが、それはもはや“蹴りなどではない”。
 巨大な岩塊のような円錐が地面に向けて落下していく――その先端に人間の右足が突き出ているという
だけの姿であるそれが蹴りであるはずがない。
 それは隕石。空を彷徨い、星にひかれて落ちていく流れ星の如く、

「―――落としいいいいいいいい!!!!!」

 暴虐が舞い降りた。
 シンはただ呆気に取られてそれを見ていた。
 逃げなければなどと言った考えは全く浮かばなかった。
 なぜなら、その声は、その姿は――その声は、シンとデスティニー/レイ・ザ・バレルのカケラにとって、
忘れられない声だった。


『ギル……!?』

 前ザフトの長にして、シン・アスカが守れなかった、レイ・ザ・バレルが殺してしまった、一人の男。
 死んだはずの――地獄に落ちたはずの人間が、そこにいる。

「くっ、貴様!!」

 叫びをあげながらクジラビトが動く。自分の全身を捕縛する鎖と同質の鎖が上空に向かって疾駆する。
 幾重にも連なりながら鎖が円錐=岩塊の回転を止めようと迫る――叫びが走る。
 低く、渋みの聞いた声にて放たれる叫び。

「ハイネ!!」

 その叫びと同時に迫る鎖に伸びる、楔が連結した鞭――どこか、シグナムのレヴァンティンを連想させる
――鎖を絡め取り、捌いていく。
 円錐の傾きに沿うように、下方から迫る幾十幾百の鎖が捌かれ、軌道をずらされ、円錐の動きを止められずに
上空に伸びていく。
 鞭が伸びるのは円錐の中腹。落下する円錐と同様に落下している、オレンジ色の髪の男の手元の柄から。

「ハイネ……?」

 シンが茫然と言葉を放つ。事態の急展開についていけていない――事態は止まることなく突き進む。
 オレンジ色の髪をした男。服装はギルバート・デュランダルと同じく、黒いコートに黒いスーツ。
 遠目なので確実ではないが、その男をシンは知っている。
 昔、戦時中に死んだ男。僅かな間だけを共に過ごした、“戦友”――ハイネ・ヴェステンフェルス。
 茫然とその光景を眺めるシンを尻目に円錐は速度を速めて落下する。
 鎖を撥ね退けながら加速し重力に従って、その円錐=蹴りが、クジラビトに迫っていく。
 激突する。視界が一瞬で土埃で染め上げられ、何も見えなくなった。
 爆音が鼓膜を叩き、周囲の状況をつかませない。激突と同時に禁縛が解けていた。
 咄嗟に全身を亀のように縮こまらせて防御の体勢/爆風がシンを吹き飛ばす。
 知らず瞳を閉じていた――そして、爆音が消え、瞳を開けた。
 目の前には、一人の偉丈夫が背中を向けて、立っていた。
 長く艶やかな黒髪。以前は違う名前を名乗っていた。もしかしたらという疑念と、そんなことがあるはずが
ないという思い込みの中で、いつしか男のことは忘れていた。

「ギルバート……グラディス。」

 そう、呟くと、男が右手で仮面を外し、懐に収めた。

「―――今は、少し違うな。」

 見覚えのある――実際は見覚えのあるどころではない。自分のように“彼”に抜擢された人間にとっては聞き
慣れるどころか、耳に焼き付いて離れない――声が放たれた。
 口調は穏やか。生前の通りに優雅な口調で、彼は呟く。

「ギルバート・デュランダル。」

 それは運命の名前。唾を飲み込み、眼を見開いた。

「それが私の本名だ――君もよく知っている通りに、な。」

 物語が、動き出す。
 終わりの始まりが――世界を救う戦争が――女を取り戻す闘いが――幸せになる為の旅路が――今、始まった。

コメントの投稿

非公開コメント

リンク
最近の記事
プロフィール

SOWW

Author:SOWW
 リンクはフリーです。
 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

カテゴリ