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空想垂れ流し 再会と邂逅 Bパート

再会と邂逅 Bパート

 クラナガンの大通りを歩く男装の麗人――マコト・アスカ。
 道行く人が振り返り、こちらを見ている。

「……。」

 その視線を感じて、思わずそちらを睨みつけ――ようとして、踏み止まる。
 ジャケットの内ポケットに入れた短刀がブルブルと震えていることに気づいてだ。

「……っ。」

 小さく舌打ちし、再び前を向いて歩きだす。
 服ははやてのスーツ――一度しか袖を通していないらしい。
 袖の長さなどサイズがピッタリなのは彼女が直したからだろう。
 ワイシャツはヴァイスから借りた。ワインレッドのワイシャツを選んだのは、意地でも
どこかにシン・アスカっぽさを入れたかったからだが――実際、そうなっているのかは怪し
いモノだった。

『ここらへんだったよな。』
『次の角を左に曲がった路地の奥にあったはずだ……今もそこにある可能性は低いだろうが。』
『他に手がかりは無いんだ、虱潰しにやってくしかないさ。』

 ヴァイスとシン――マコトちゃんは今宿泊するホテルに荷物を置いて、別行動を取っている。
 ヴァイスは管理局本局へ向かっている――クロノへの挨拶と情報の真偽を問う為だが、
社交辞令以上の意味合いは無い。どの道行ったところで、クロノはいない。むしろ、本命は
クロノではなく無限書庫に努めるユーノ・スクライアへの依頼である。依頼の内容は羽鯨に
ついて。情報がまるで無いはやてに出来る最善の手段だった。
 そして、もう一方――シンとデスティニーは本来の目的であるクラナガンでの6課メンバーの
捜査を行っている。
 クロノからのメールに添付されていた画像データは喫茶店・赤福周辺のモノだった。
 その為、彼らは今そこに来ているのだが――

「……なあ、これ逆に目立ってると思うんだが。」

 道行く人の視線が痛い。
 男だとバレている訳ではないと思うが、それでもこれだけの人間に見られるのは正直気分が
良いものではなかった。

『辛抱するんだな。少なくともそのウィッグは暫くは外せない。そういう仕様だ。』
「……何でそんな無駄に高性能なんだよ、このカツラは。」
『周辺スキャンを終了。この付近にはいないようだな。』

 マコトちゃん――シンの呟きを無視して、デスティニーが返答する。
 どうやら、この恰好に対する質問はこれ以上受け取るつもりはないらしい。
 呟き終えると同時に短剣の刀身の表面を走っていた朱い幾何学模様が消えていく。

「周り見ても誰もいないしな――なあ、そのスキャンって確実なのか?」
『確実ではない。以前登録されたバイタルデータから判別しているだけでしかない以上、
漏れることも十分にあるだろう。近距離ならまだしも索敵範囲限界ギリギリで変装など
されていたら、判別は不可能だな。』
「……やっぱり地道な聞き込みが確実ってことか。」
『その為の変装だ。』






 はあ、とため息を吐いて大通りに面している店――喫茶店や食堂、八百屋や魚屋など
様々な店に向かって歩いて行く。
 懐にあるのは必要になるだろうと渡された6課メンバーの写真。
 ギンガ・ナカジマ、フェイト・T・ハラオウン、スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、
キャロ・ル・ルシエ、そしてシグナム、ヴィータ、シャマル、リインフォース2、ザフィーラなどの
ヴォルケンリッターがそこに映っている――集合写真が一枚に、ギンガとフェイトの写真が一枚ずつ。
 ヴォルケンリッターとはやてが映っている写真が一枚に、スバル、ティアナ、エリオ、
キャロが4人で取った写真が一枚。

 エリオの顔を見る度に胸に苦いものが広がっていく――彼は今どこで何をしているのか。
 敵となって既にそれなりの時間が経過している。
 最後の戦いにおいても彼が何をしているのかは分からなかった。
 コズミックイラでエリオが裏切った理由については何となくだが、理解はしている。
 彼は単に仲間を守りたかった。多分それだけだ。
 仲間を無意識の内に殺そうとしていた自分を排除しようとしても出来なかった――はやてが
それを断ったらしい――からこそ、敵に回ってまで自分を殺そうとした。

 自分を殺されることを容認することは出来ないが、気持ちは分かる。多分同じ立場なら
自分も似たようなことをした、と思う。
 大切な人を助ける為なら、味方だろうと何だろうと敵に回してでも助ける――昔、自分も
ステラを助ける為に似たようなことをやった。
 自分の場合は助けるどころか、失敗した揚句にあの大量殺戮の遠因を作ったようなものだが。
 先ほど回った喫茶店の隣の魚屋へ向かう――店にいるのは中年の男性と女性が一人。夫婦で
切り盛りしている店なのだろう。

「……えーと、あの、す、すいません」

 自分でも不思議に思うほどオドオドした声音が漏れ出ていく。

『何でそんなにおどおどしている。お前らしくもない。』

 念話でデスティニーが呆れたように呟いてくる。

『仕方ないだろ! 慣れてないんだよ、こういうのは!』

 そう、慣れていない。元々人付き合いというものを全て除外した生活を長く続けていたシンに
とって特定個人以外との会話は緊張を伴うものだった。
 ザフトにいた頃も、ミッドチルダに来た後も、こうやってどこにでもいる一般人に聞き込みを
するこどなどは無かったから余計にそう思うのかもしれない。

「お、別嬪な姉ちゃんじゃねえか、何買いに来たんだい?」

 そんなシンの緊張を何か買いたい物があるとでも勘違いしたのか頭に握り鉢巻きを巻いた中年の
男性が魚を捌く作業を一旦止めて、こちらに近づいてきた。

「すいません、実は……」
「あんた!食っちゃべってないで仕事しなよ!!」

 店の奥から聞こえてくる重く響く声。エプロンをつけた中年の女性が店の奥からやってきた。
 男はその怒声に怯むことなく、怒鳴り返す――そこに躊躇いが無いのは慣れているからだろうか。

「うるせえ、仕事ならちゃんとやってるだろうが!!」
「どーだか。まったく直ぐに若い子見ると鼻の下伸ばしちゃって……」
「んだと!?」
「何だい、何か文句でも……あら、あんたどうしたんだい、ぼうっとしちゃって。」
「……あ、いや」





 呆気に取られるシン――慣れていないというか、こういった夫婦のやり取りと言うものをシンは
経験したことが無かった。
 勿論、両親が喧嘩しなかった訳では無い――こんな風な気楽に喧嘩じみたやり取りをすることは
無かったけれど。

 コーディネイターとナチュラル。
 同じ人類に端を発する、“手を加えた人間”と“自然な人間”。
 小さな諍いから大きな争いまで二つの人種の争いはどこにでも存在していた。
 地球に住むコーディネイターはどこに行っても差別され、オーブ以外に安住の地などは存在しなかった。
 子供の頃はよく分からなかったが――もしかしたら両親はひた隠しにしていたのかもしれない――成長
した今は分かる。
 両親は追い詰められていたに違いない。
 ナチュラルからの無言の圧力やコーディネイターであるというだけで受ける有形無形を問わない
理不尽な差別に。

 そんな状況でこんな気楽な喧嘩など出来るはずがない。
 こういったじゃれ合いのような喧嘩は、心に余裕があり、仲の良い二人の間でしか行われない。
 喧嘩してこじれたからと言って行きつく所――つまり離婚や別居などに行きついたりはしない。
 どこかでどちらかが折れて仲直りをする。
 あの時代、そんな喧嘩をするコーディネイターはいなかった。
 団結して、お互いを支え合っていなければいけない時代だ。くだらないことで喧嘩して離婚など
出来る状況では無かった。

 結果的にシンやマユは両親が離婚するなどという状況を経験はしなかったが――その背景や経緯
を考えれば、明るい話題でも無い。
 だから、シンにとって、こういうじゃれ合いのような喧嘩は殊の外、新鮮に映った。
 行きつくところまで行くような喧嘩しかしたことの無いシンにとっては――羨ましくさえ思える
喧嘩だったから。

「二人共仲良いんだなあと思って。」
「……ま、まあ、そりゃ夫婦だからな。」

 男が怪訝な顔でこちらを見つめる。何かおかしなことでも言っただろうか。
 女がこちらを見て、ふっと笑う。

「あんた、変わった人だねえ。」
「……そうですか?」
「喧嘩してる二人に仲良いっていう人はあんまりいないと思うよ? まあ、いいわ。で、何か用あって
来たんでしょ、あんた?」
「……そうです。少し聞きたいことがあって。」
「聞きたいこと?」
「ええ。」

 懐から写真を取り出し、彼らに見せるように掲げる――ギンガとフェイトの写真、そして機動6課の
全員が映った集合写真を。

「この中の誰か――誰でもいいんです。どこかで見たこととかありませんか?」
「……ほう、こりゃまた別嬪さん揃いだな。」
「あんたはそれしか言えないのかい? ……うーん、うちの店には来たこと無いねえ。あんたは
見たこと無いのかい?」
「見たことは……無いなあ。こんだけの別嬪さんなら絶対に忘れねえだろうし。」

 顎髭をさすりながら男が呟く。

「そうですか……ありがとうございます。」

 写真を懐に戻し、頭を下げ、すぐにその店から出ようとして、男――店主から声がかかった。

「お、おい、それだけに来たってのかい?」
「へ? ああ、そうですけど。」
「店の中まで来たんだ。ついでに何か買ってたら、どうだい?安くしとくよ?」




 そう言われ店の中の魚に目が行った。
 居並ぶ色取り取りの魚たち。結構な数の品が揃っている。
 タラ、サケ、イカ、タコ――中にはどでかいサメの頭まである。

(……何も買わないで行くのも、逆に怪しいか。それに――何かいろいろあるな。)

 見たことの無い魚や少なくとも自分のいた世界には無かった魚介類――魚だと思われる食材が
並んでいる。それを眺める――ザルに開けられたタラを指差して、呟いた。

「これもらえますか?」

 そこにいる店主の輝かしい笑顔が印象的だった――絶対自分を女だと信じて疑っていないそんな顔だった。
 ――少し泣きたかった。

「……ちょっと買い過ぎたか。」
 時刻は既に夕暮れに近い。
 呟くシンの両手には野菜や魚、肉が入った買い物袋が下げられていた。恐らく3人前ほどの食事
の材料がそこに入っていた。

『聞き込みをしに行ったのか、買い物をしに行ったのか分からんな。』
「うっせ。話だけ聞いて、はいさようならっていうのも気まずくて嫌なんだよ。それにちゃんと
情報も手に入ったろ?」
『まあな。』

 魚屋の後は八百屋。喫茶店、本屋、肉や、服屋に屋台。そして民家、集合住宅等が何件も立ち並ぶ
大通りの目ぼしい店や民家に地道な聞き込みを続けること4時間。
 見つけた場所は路地裏の奥にある店――正確な場所は良く分かっていなかったが、そこは紛れもなく
シン達が以前食事をした喫茶・赤福だった。

「全然、変わらないんだな、ここ。」
『以前の戦闘に関係の無かった場所だからな。何も変わってはいない。』

 デスティニーの呟きに答えることなく、シンはその建物を感慨深げに見つめる。
 あの時は、ティアナとスバルに誘われて街に繰り出し、そこでフェスラ――ドゥーエと出会って、
そして――ギンガとフェイトに尾行されて何の因果か自分が全員に奢ることになって、此処に来た。
 仮面を被った偉丈夫――ギルバート・グラディスが店長と言うあからさまに怪しい店だった。

「……あれから、もう3か月近く経ってるのか。」
『こちらの時間軸で言えば半年以上だ。』
「まあな。」

 自分たちの感覚ではコズミックイラにいたのは2週間程度だった。だが、こちらではどういう訳か、
その間に半年近く経過している。
 そこにどんな意味があるのかは分からない――考えても仕方の無いことだと気にしないことにしている。
 大事なのは既にそれだけの時間が経過していること。
 リインフォースに見せられた未来。
 それを変えられるのは自分とジェイル・スカリエッティだけらしいが――実感はある。危機感もある。
 だが、それが具体的にはならない。

 自分が見たのは、世界全てが消えていく様。人が、建物が、全てが消えていく様――ただ消えていく
だけで、どういった現象の結果として、そうなるのか。
 正直なところ何も分からない。分からないから調べなければならない。調べても分からないかもしれ
ない――それでも調べなければ始まらない。




「……ったく、教えるなら肝心なことくらい教えていけよな、あいつも。」
『あいつ?誰のことだ?』

 知らず口に出ていたらしい。 

「……さあな。俺だってよく知らないんだ。答えようもないさ……無駄話はこれくらいにしとくぞ、
デスティニー。」

 懐の短刀に手を伸ばし取り出す。朱い軌跡が幾何学模様に走り抜け、輝き始める。

『誰もいない――もぬけの殻だ。』
「……そうそう上手くはいかないか……いいさ、調べるだけ調べていこう。」

 手を伸ばす――寸前、先ほどのことを思い出す。

「……結婚したらさ」
『……結婚?』
「いつか、あんな風に喧嘩とするのかな、俺も。」
『……さあな。』

 返答は素っ気なく――どこか寂しげに聞こえたのは気のせいだろうか。

 ――あの二人と結婚して幸せに暮らす夢を思い出す。

 結婚という事柄にシンはこれまで興味は無かった――というよりもそんなことを意識する時期が無かった
とでもいうべきか。
 子供の頃は意識する訳もなく、戦争中は意識する余裕はなく、戦争が終わってからは頭の中にそんな
単語は無かった。
 そして自分の周りに結婚している人間は少なく――人付き合いそのものが少なかったのもあるが――必然的
に結婚という言葉はシンには縁が無かった言葉だった。
 だからだろうか。
 こうした夫婦喧嘩というものを見ていると、どうしても自分を重ね合わせたくなってしまう。
 自分も――こんな風に喧嘩が出来るのだろうか、と。
 妄想の類だ。意味の無い想像にすぎない。
 未だ成就もしていない恋に対して、こんなことを思うなど本当に馬鹿げている。
 自己嫌悪――以前の言葉を思い出す。

 ――私たちは貴方に同情していただけ
 ――貴方が可哀想だから、慰めていただけ。

 その通りだ。だから、やり直す為に此処に来た。
 自分たちは“恋に恋していた”だけなのかもしれない――自分はそれを恋に塗りかえる為に此処に来た。
 胸に湧き上がる想い――二人に会いたいという気持ち。
 その裏にある恐れ――拒絶されることへの恐怖。
 もし、拒絶されれば自分はどんな風になってしまうのか。自分がやろうとしていることはどちらも選ぶ
という最悪の選択肢。

 好きだと言ってくれたからと言って――いや、好きだと言ってくれたからこそ、怖くなる。
 自分の選択はそんな二人に対する裏切りなのではないのかと。
 否――それは裏切り以外の何物でも無い。
 二人に告白された。彼女達はどちらも自分を選べとは言わなかった。ただ好きだと告げられただけだ。
 けれど、普通はそのどちらかを選ぶモノだし――どちらをも選ばないモノでもある。どちらをも選ぶと
いう選択肢は普通は存在しない。

(……最低なのは分かってる。)




 そう最低だとは自覚している。傍から見れば自分は単なる二股野郎だ。最低のニンゲンだ。
 それを否定はしない。自分でも十二分にそう思う。けれど――
 思考を一旦そこで切って、ドアを開いた。
 中には誰もいないとデスティニーは告げているが――それを完全に鵜呑みに出来るほど頭のネジは緩ん
でいない。
 大剣の姿のデスティニーを無造作に肩に担ぎ、中に入っていく。
 店内は薄暗い。蛍光灯のスイッチを探す――ほどなく見つかり明かりをつける。
 光によって照らされた店内はあの日の光景そのままだった。

 整然と並べられたテーブル。カウンターに置かれたままのメニュー。
 その全てがあの日と同じように設置されている。

「……」

 テーブルに近付き、その上を人差し指でなぞる。指の先端にくっついてくる埃――かなりの量だった。

「随分使われてないのか。」
『カレンダーが8月のままだな。』

 壁に張りつけてあるカレンダーを見れば、確かにデスティニーの言う通り8月のまま変わっていない。
 これをそのまま信じるなら、この店にいた人間は8月からずっとここには帰っていないということになる。
 無論、単にカレンダーをめくり忘れていたということも考えられるが。

「あの戦いからずっとここには帰っていないってことか。」
『鵜呑みにはできないが、そう考えるのが妥当だな。』
「……」

 無言のまま店内を歩き回る。カウンターに置いてあるメモ――買い物リスト。キャベツや豚肉、牛肉などなど。
 日常のカケラそのもの――失踪の原因になるようなものではない。
 厨房に入る。そこも店内と同じく、いつ使い出しても良いように片付けられていた。無論、所狭しとばかりに
埃は被りまくっていたが。
 一通り、厨房を見回ると店内に戻って椅子に腰掛け、天井を見上げる。
 回らないプロペラのような飾りが天井から吊り下げられていた――呟く。

「広域スキャンの開始。ここを中心に半径10km――いけるな?」
『無論だ。』

 明瞭な返答と共にデスティニーが朱く明滅し出す――それをテーブルの上に置いて思考に没頭する。

(気配は無い。デスティニーのスキャンにも引っ掛からない。ここに誰もいないのは確実だ。)

 それは間違いの無いことだった。念の為に周辺のスキャンも行っているが――効果は見込めないだろう。
 手がかりは無し。調査は無駄骨。女装までしてここまで来た結果がこんなものというのはどうにも納得が
いかないが――駄目で元々で来たようなものだから仕方ないと言えば仕方ない。

 溜め息を吐き、背もたれに体重をかけた。
 緊張が緩むと先ほどの考えがまた鎌首を持ち上げてくる。
 答えだけは決まっている。
 あの二人とずっと一緒にいたい。結婚というカタチにならなくても、それでも自分は共にいたい。
 それを知るのは自分だけだ。少なくとも、ギンガとフェイトはそんなことを決して思ってはいないだろう。

 それを知って、あの二人が認めるのかどうか。受け入れてくれるのかどうか。
 考えれば考えるほど、自分のやりたいことが最低であることを自覚して、終いには胸の内に罪悪感が灯り
出す。

 罪悪感――こんなことを思っていることへの。そして二人を裏切っているという罪悪感。
 考えてない時はどんなことがあっても、この願いを叶えてみせると息巻いてはいたが――考えてみれば、
これほど傲慢で最低なことは無い。
 言ってしまえばプラントやオーブで昔放映していたテレビドラマに出てくるような男だ。それも主人公に
ぶん殴られて更正する側の。





「……はぁ」

 取り止めの無い思考が散らばっていく。
 先ほどの魚屋でのやり取りによって、これまで考えもしなかったことが浮かび上がってくる。
 浮かび上がる思考はシャボン玉のように弾けて飛んで新たなシャボン玉を作って、また弾けて新たなシャボン玉を
作って、連鎖していく。

「なあ。」
『何だ。』

 テーブルの上に置かれた大剣の朱い明滅は止まない――スキャンを続けたままデスティニーは返答する。

「お前、あの二人覚えてるか?」
『二人――ギンガ・ナカジマとフェイト・T・ハラオウンか。』
「ああ。」
『覚えている――と言うよりも記録にある程度だな。』

 デスティニーが呟く。彼――いや彼女の心は大剣の中にあるので、“姿”などは無いが――もし、姿が
あれば、恐らく肩を竦めて答えているだろう。
 声の調子は淡々と、力強く答えてくる。
 天井を眺める。思い出す彼女達の言葉と声と姿――笑っている姿は少ない。泣いている姿が印象的だからか、
そんな姿しか思い浮かばない。

 ギンガ・ナカジマ。何も言わずに自分の横にいてくれた女性。多分、誰よりも自分の為に動いてくれた人。
 朝はいつも彼女が起こしてくれていた。どこか幼い母性のようなものを感じさせてくれた女性。

 フェイト・T・ハラオウン。気がつけば横にいた女性。何も言わずに一緒にいて、何も言わずに笑っていた人。
 朝になると時々ベッドの中に潜り込んできた。無邪気な子供のような、純粋無垢な女性。

「どんなこと言えば良いんだろうな、俺。」
『……どんな、とは?』

 デスティニーが聞き返してくる。質問の内容が読めないのかもしれない。構わずに呟いて行く――その内、
話の内容は分かるだろう。

「二股……になるよな、これ。」
『それがどうかしたのか?』

 当然だろうとばかりにデスティニーが答える。口調はいつも通りに淡々と。

「……何を言えばいいのかって思ったんだよ。」
『今更だな。その為に此処まで来たんじゃないのか?』

 デスティニーが呆れたように言う。確かにその通り今更なのだが――今まで何も考えずにいたからか、
一度考え出すとどうしても気になってしまう。

「そうなんだけど……何だろ、何て言うんだろうな、こういうのは。」

 心の中がモヤモヤと曇りがかっているようだった。
 結論は既に出ているのに、その結論に突き進むのが――どこか、何がどうという訳ではなく不安だった。
迷っていると言ってもいいのかもしれない。

『恋愛初心者が落ちる初歩的な落とし穴だな。』
「落とし穴?」
『相手に会えないから不安になる。相手が本当に自分を好きなのか不安になる。何かをしようにも相手は
そこにいない――お前の場合はこれが二人分ある訳だ。』
「……」




 沈黙――驚きと、そして納得があった。胸にストンと落ちていくその言葉。
 呆けた顔をしている自分には構わずデスティニーは続ける。

『究極的には相手の気持ちなど分からない。だから、この気持ちは誰でも抱くものだ。それは誰であろうと
避けては通れない――例外があるとすれば、極端な自信家などが挙げられるな。自分が嫌われる訳が無いと
まで思いこめるような、な。』
「俺はそこまで自信持てないな。」
『お前は割と小市民だからな。』
「ほっとけよ……って終わったのか?」

 刀身の朱い明滅が終わり、輝きが消える。

『ああ。この周辺には誰もいな――』

 背筋を怖気が這い登る。一瞬で肌が全て粟立ち、意識が一気に覚醒する。

「デスティニー!!」

 デスティニーが言葉を言い終える前にその柄を握り締め、椅子から転げ落ちるようにして、床に滑りこむ。
同時にバリアジャケットを展開。はやてから借りた服に替わり、黒と赤で構成されたバリアジャケットが全身
を覆っていく。
 瞬間、全ての窓が粉々に砕け散り、店内に割れたガラスが散乱する――それまでシンがいた椅子が粉々に弾
け飛んでいた。

 瞳を細く、意識を細く、思考を細く――連結していく全ての自分。
 脳髄が切り替わる。戦う為の自分へと――わずかな嫌悪感が生まれ、それを思考の彼方に捨て去り、集中
する。
 視認は出来なかった。全神経を回避に集中させたせいで何かを見る余裕などどこにも無かった。

「ったく、誰もいないんじゃなかったのかよ……!!」
『反応は未だに無い……何かしらの偽装を施されていたのかもしれないな。』
「偽装って、それどういう……」

 再度、爆発音――テーブルの上を縦横無尽に飛び回る物体。それに合わせて自分も別の場所に飛び移る。
 色は青。カタチは分からない。先端は綺麗な真四角を描き、それが縦横無尽に中空を飛び回り、軌道上の
物体を全て破壊していく。
 何かを狙っているのではなく、触れたもの全てを破壊していくだけだ。
 会話を念話に切り替え、デスティニーに告げる。

『跳べるか。』
『八神はやてに繋げればな。リンクは現在切れている。ここからでは復旧に数時間かかる。』
『だったら、強引に行くしかないってことだな……良いぜ、分かりやすくて良い。』

 床に這いつくばって、ソレの動きを観察する。
 速度はそれほど速くない。少なくとも銃弾よりは遥かに遅い。目で終える程度。
 威力は少なくとも椅子を粉々に出来る程度。まともに当たればバリアジャケット越しとはいえ相応の
ダメージを食らう可能性がある。

 一瞬の逡巡――判断する。決断は即決。行動はその直後――動く。
 大剣の柄からフラッシュエッジを引き抜き、自分とは逆方向に向けて投擲――機能(システム)・光翼(ヴォワチュールリュミエール)
は使えなくなるが、どの道、リンクを繋ぎ直さないことには使えない。
 フラッシュジエッジに向けて飛来する青い物体――その動きと同時に全力で窓に向けて、走る。身体を丸めて
窓から外に飛び出す。ゴロゴロと地面を転がる――アスファルトで身体が打ちつけられて痛みが走る。
 痛みを無視して立ち上がり、叫ぶ。





「来い…!!」

 叫びと同時にフラッシュエッジが店内――もはやその面影は無いただの廃墟――から舞い戻る。
 それを柄に押し込み、飛翔。
 一気に屋根の上まで加速する。これ以上の高度は取れない。クラナガンでは基本的に飛行魔法は禁止
されている。一定以上の高度は申請していない場合は即座に管理局に見つかる――飛行中の激突への
安全対策らしい。どうでも良い記憶が脳裏に浮かぶ。
 そのまま隣の家の屋根に跳躍――飛行の魔法の応用で体重を軽減した上で出来ること――とにかく
その場から離れる。

 周りは民家だらけで、どこもかしこも明かりが点いている――そこに住んでいる人がいるということだ。
 その光景にぞっとする。昼間はよくわからなかったが、上空から眺めればよく分かる。
 民家と民家がひしめき合うこの場所では“誰も巻き込まずに戦闘を行う”ことがあまりにも難しい。
 ひゅん、と風を切る音。咄嗟に屋根から飛び降りる――首筋を掠める何か。背筋を這い登る悪寒。
視線をそちらに向ければ――青い真四角の何かが自分の髪の毛を掠めていったのだ。

「ちっ。」

 舌打ちしながら、再度跳躍。屋根に飛び乗り、青い何かに向けて大剣を構える――青い真四角の何かが迫り来る。

「デスティニー……!!」
『ギアサード。』

 返答と共にシンの全身を朱い炎が覆い、心臓の鼓動が加速。
 筋肉が悲鳴を上げ、骨格が軋みを上げる。
 全身を走る激痛――それを奥歯を噛み締めることで堪え、通常の3倍の速度で流れる視界。
 大剣を振りかぶり、それに当てる――鍔迫り合い。その青い何かの動きを止めて、全景が目に入る。
 それは一枚の布。長さはどれほどなのか、分からない――月に照らされて、そこに描かれた模様が浮き上がる。
 白い花のような文様が青色の下地の上に描かれている。
 どことなく和服――昔テレビで一度見た“キモノ”と言う服装を思い出す文様。
 材質は単なる布のようで――けれど、アロンダイトの斬撃を受け止めるような材質の布などあり得ない。

「はああっ!!」

 裂帛の咆哮と共に無理矢理にその布――本当に布かどうかは疑わしいが――を弾き返す。
 一瞬の間――布が蛇のように自らの身体をうねらせ、“その形状を変化させ”再度迫り来る。
 布の先端が二股に分裂し、蛇が顎の骨を外して、獲物を捕食するように、視界の両脇から挟み込むように
襲い来る――後方に退くことで回避。
 二股に分かれた布は軌道を変えずに交差し、再度溶け合うようにして一枚の布へと戻っていく。

「くっ……!!」

 連続した螺旋の軌道で迫るソレを打ち払い、捌き、弾き――屋根から屋根へ飛び回りながら月光を明かりに
打ち合い続ける。
 本当なら最大威力のエクストリームブラストを使用して、直ぐにこの場を離脱すれば良いのだろうが――魔力
供給無しで行うことは即ち死を意味する。文字通りの自殺行為に過ぎない。

(拙い、拙すぎる。)

 魔力供給は出来ない――使えば民家を破壊する以上は使えない。つまり最高速での戦闘は出来ない。
 敵の正体が分からない――デスティニーの索敵でも未だにどこにいるのか分からない。
 決め手を封じられ、その上敵がどこから攻撃を行っているのかも分からない。
 打ち込まれる布の一撃――それを受け止めるが、勢いを殺しきれずに後方に吹き飛ばされた。
 態勢が崩れる。蛇のようにうねる布が近づく。真正面から顔面を貫く軌道――そこからうねり、背後から
胸を貫く軌道となり襲いかかる。止めを刺す算段なのか――朱い瞳が濁り輝く。




「舐めるなよ……!!」

 右肩前面、左肩背面から高速移動魔法――フィオキーナを発射。朱色の間欠泉が吹き出し、その勢い
そのままにシンの肉体を時計回りに回転させる。右手に持った大剣を回転の勢いと遠心力、膂力、瞬間的
に出せる全力で振り抜いた。

「あああっっ!!!」

 ガキン、と鈍い音を立てて、青い布と大剣(アロンダイト)が接触――吹き飛ばされる青い布。その姿に変わりはない。
 破れるどころか、まるで無傷なままで、斬撃を打ちこんだこちらの右手の方が痺れている。

「おい、何やってるんだ、あんた!!」

 屋根の下から声――見れば、そこはすでに大通りのすぐ近く。いつの間にか路地裏の上の屋根裏から大通りの
近くの家の屋根裏にまで押されていたようだ。
 青い布が動く――狙いは、自分ではなく下方。即ち今、声をかけた男。それは昼間に出会ったあの魚屋の店主。
 青い布が疾駆する。あの強度と速度ならば人を殺すことなどあまりにも容易い――考えるよりも早く身体が動いた。

「逃げろ!!」

 飛んでいるのでは間に合わない。通常の移動では決して間に合わない――右手に魔力を収束、炎熱変換、そして
圧縮――掌に現れる半球状の溶岩。近接射撃魔法パルマフィオキーナ。
 屋根を蹴って飛び出す。右手を上空に向ける――朱い間欠泉が迸る。パルマフィオキーナの発射の反動を利用し急加速。
 視界が流れる。間に合うか――男と布の接触の瞬間が近づく。焦燥すら感じられないほどに小さく刻まれた時間間隔。
 真実、刹那とも言える時間の中で――青い布と男の間に割り込む、寸前でソレは軌道変化させた。

「なっ……」

 声を出す暇もあればこそ。
 ソレは、男に当たる筈だった軌道をそれまでとはまるで違うこちらの顔面に変更したのだ
 反応出来たのが奇跡に近い――だがそれだけだ。迎撃は間に合わない。
 彼我の距離は数m。加速した時間間隔の中で更に時間の加速を速める。
 通常の3倍の速度――ギアサードから、通常の4倍の速度――ギアフォースへとエクストリームブラストの設定を変更。
 周辺から生命を奪い、己が魔力としようと糸が伸びる――伸ばさせない。

 心臓が痛い。内臓が痛い。骨が痛い。関節が痛い。
 それまで全身を苛んでいた痛みが、おもちゃに思えるほどの痛みの加速。
 脳髄に熱した鉄棒を差し入れられるような生理的な嫌悪を伴う苦痛――意思の力を総動員し、それを押さえつけ、
この僅か数秒の交錯に全精力を傾ける。
 加速した思考、体感時間。ソレ――青色を基調としたキモノのような柄の布を捉える。迫る――死ぬ寸前の視界。
 何もしなければ、このまま頭蓋を真っ二つにされ、グロテスクな死体と自分はなり果てる。

(まだだ。)

 更に思考を加速。ギアフォースからギアフィフスへエクストリームブラストの設定を変更。全身を襲う痛みが更に
倍加する――無視。気にするな。今だけだ。痛む身体に苦しむ前に、生き延びることだけに全てを懸けろ。
 迎撃は間に合わない。加速したところで不可能/肯定。機械化する思考。全てを生き延びることだけに集中させる。
 大剣は間に合わない。ならばどうする――受け止めるしかない。
 左手を突き出す。生身の部分で受け止めれば引き裂かれることは必至。

 瞳を見開き咆哮。加速した世界の中では金切り声にしか聞こえない。
 魔力収束構築展開――咄嗟にトライシールドを展開する。
 僅かに青い布の動きが“停滞した”。不可解な挙動――気にするな。
 激突。破裂音が鳴り響き、展開したトライシールドが粉々に霧散する。左腕に激痛。左腕が肘の先から明後日の方向に
向いている――骨折。肘から突き出た白い骨が痛々しい。
 脳髄を駆け抜ける痛み。
 それを押さえつける為に再度、咆哮咆哮咆哮。



 トライシールドとの激突で速度が緩んだのか、青い布は今も動かずにそこにいる――思考を置き去りに肉体が
勝手に迎撃を選択。パルマフィオキーナを発射した右掌をソレに向けて叩きつける――咆哮と共に炎熱変換し
圧縮された魔力の炎が火山の爆発のように噴き上がる。

「あああぁあぁぁぁぁぁっっ!!!」

 絶叫と共に発射したパルマフィオキーナが青い布を迎撃。同時に全身の飛行制御を解除。
 パルマフィオキーナの反動そのままにシン・アスカの全身が後方へと吹き飛んで行く。
 布が吹き飛んだ。シンが吹き飛んだ。
 両者の距離が開く―――その場にいた昼間の魚屋の店主は無事なまま。
 自分の左腕は完全に折れた。左腕は死んだ。

 青い布はいまだ健在。だが、パルマフィオキーナの命中した個所から煙が上がっている――無傷と言う訳ではない。
 右手を掲げる。ひゅん、と風を切って落下中だったデスティニーがシンの右手に舞い戻る――両の腕を使って
離脱を敢行した為に自由落下の最中だった。
 ギアフィフスからギアサードへと、エクストリームブラストの設定を変更――頭の中心を貫くような頭痛と
全身を苛む激痛が走り抜け、膝が折れ、意識が途切れそうになる。
 奥歯を噛み締め、唇を噛み切ることで意識を繋ぎ止める。
 リジェネレーションによる自動再生無しで使用した代償――下手をすれば死んでいたかもしれないほどだった。 

 だが――それでも生き延びた。
 瞳に力を込める。左腕は死んだ。全身には激痛が走る。
 それでもまだ動く。まだ戦える。
 今の戦闘の音を聞いて、付近住民が次々と家から出てくるのが見える――出来るなら全員に逃げろと怒鳴り
つけたいが、激痛のせいで喋ることもままならない。
 状況は最悪だ。守るモノが更に増えた。絶対絶命そのものだ。
 それでも戦える。まだ戦える――そうやって自分を鼓舞しなければ、いつ意識を失ってもおかしくなかった。
 対峙は数秒。集まってきた人間の喧騒が大きくなっていく。心中が焦燥で埋め尽くされていく。
 その時、青い布が動いた――バタバタと風に自らをなびかせながら上空へ一気に飛翔し、どこかにに向けて
飛んでいく。

(……たす、かった、の、か?)

 息が荒い。心臓の鼓動が煩い。全身から噴き出す汗。倒れこんでこのまま眠りこみたい衝動に駆られる。
 付近に集まった人間が自分に声をかけている――応える余裕がどこにも無い。
 膝が落ちる――自分の周りに集まる人々。その足元の隙間から“見覚えのある顔”が見えた。

「……くす」

 嗤っている顔。彼女が絶対に浮かべない――けれど、今は彼女しか浮かべられない顔。
 自分の知らない嗤い。誰かを嘲笑する嗤い。馬鹿にする嗤い。信じられないほどに下卑た嗤い。
 彼女に、一番似合わない笑顔。

「……あ、あ」

 脳髄が混乱する。
 嬉しさがある。困惑がある。喜びがある。恐れがある。
 泣き叫びたいほどに嬉しいのに、何故か――近づいてはならないと脳のどこかで誰かが警告している。





「……ギンガ、さん。」

 恋い焦がれた人。待ち望んだ人。探していた人。
 ―――絶対に取り戻すと決めた人。
 ギンガ・ナカジマが、自分を見下ろすように嗤いながら、そこに、いた。

「ギンガ、さん……!!」

 無理矢理に立ち上がる――途端、激しい頭痛と引き裂かれるような激痛が襲い来る。気を抜けば、右側の
視界も“消えそうになる”。

「く…あ…」

 折れる膝を両手で押さえつけて倒れこむことを否定――無理矢理に走り出す。

「お、おい、あんた、大丈夫か?」
「どい、てくれ…!! 」

 そう言って男を押しのけ、その横を通り過ぎる――瞬間、右側の視界が消える。
 突然の視界の消失。半分だけの視界が突然出現する――構わず走りぬけようとして、誰かに肩が当たり、
バランスを崩して、視界が回転する。
 突然、目の前に広がる黒いアスファルト。関係無いとばかりに両足と両手に力を込めて立ち上がり、走り出す。
 痛みを気にする余裕など最早存在しない。
 頭の中にあるのはシンプルな一つだけの事実――今すぐに追いかけろ。ただそれだけ。
 転ぶ。走る。転ぶ。走る転ぶ――走る。走る。走る。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」

 息が切れる。胸が苦しい。全身が痛い。意識を繋げているのが辛い。このまま此処で眠りこみたくなる。

「ふっざ、ける、なよ……シン、アス、カ……!!」

 自分自身に向けて毒づく――そうだ、ふざけるな。
 何をしに此処まで来た。何を守りに此処に来た。何を取り戻しに此処まで来た。
 そんなの決まってる。考える必要なんてどこにも無い。
 ギンガ・ナカジマとフェイト・T・ハラオウンを取り戻す為だ。

「見つけて……見失って、ごめんなさい、なんて……馬鹿か、俺は……!!」

 転ぶ――立ち上がる。何度も何度も何度も馬鹿みたいに繰り返される繰り返し。
 いつの間にか、周りの風景が変わっている。
 どこにいるのかも分からない――同時に自分もどこにいるのか分からない。
 以前、確かにクラナガンにいた。機動6課の隊舎に住んでいた――だが、そんな街中を詳しく知っている訳
ではない。
 街中を走り抜けたことなんて一度も無い。地図を読み込んで頭の中に叩きこんだから把握できているなんて、
そんな訳がない。

「……ふ、ざ……けん、な。」

 何度も肩で息をする内に限界が到達する。どれほど走ったのか、恐らく数十分以上は確実だ。
 汗がだらだらと流れ落ちる。そして疲弊する肉体とは対照的に―――頭痛や、肉体の痛み、視界の消失はいつの
間にか消えている。デスティニーが“糸”を伸ばしてリジェネレーションを行ったのだ。
 搾取の糸によって取りこまれた生命を魔力に変換し供給――自動再生による全身の修復。
 息切れが収まる。転んだ拍子に痛めた身体中が修復されていく――そんなことはどうでもいい。探せ。探せ。探せ。




「そうだ、早くギンガさんを―――」

 呟いた瞬間、耳元に届く音――鳴り響く風切り音。
 音の方向に目をやる。そこに――あの青い布があった。布が螺旋を描き、その姿を変えていく。
 平面でしかない布が――厳密には厚みもあるので平面ではないが――螺旋を描き、うねり、絡み、ナニカを
形作っていく。
 布が折れて波目を作りあげていく。
 先端が顎のように二股に裂け、その少し上――恐らく頭部に浮かび上がる紅い輝き。瞳を模しているのか
両脇に二つ。そして顎の中心から伸びる、血のように紅い、先端が二股に分かれた舌。
 青い大蛇がそこにいた――数秒ほどの間に、単なる布でしかなかった、ソレは、全長およそ数mほどの体躯の
蛇へと変化を完了する。

「……何だ、こいつは。」
「おいで、弾丸淑女(ブリッツキャリバー)。」

 背後から声がした。声の方向に振り向く。
 布――今は蛇――がその声に向けて飛び立つ。
 心臓の鼓動が収まらない。煩いくらいに振動する。その振動が伝播し、手が震える、身体が震える、心が
震える。
 ようやく、出会えた、探し求めた人。
 返事を返したい人。
 絶対に取り戻すと決めた人。
 服装はナンバーズの着ているようなラバースーツ――もはやレオタードと言った方が良い姿。
 それが起伏の激しい彼女の肢体を際立たせている。
 蒼い髪。蒼い瞳。蒼い髪の乙女が呟く――以前と変わらない声で。

「セットアップ。」
『イエス、マスター。』

 その口が紡ぐ言葉によって、青い布で構成された蛇の全身を白い光が走り抜け―――蛇が、分解し、変形し、
彼女の身体に巻き付くようにして、鎧を形成していく。
 それはバリアジャケット――のはずだ。通常のバリアジャケットとはあまりにも違い過ぎて同じモノだとは
決して思えないが。

 モチーフはおそらく第97管理外世界の日本と言う島国でのみ着られている民族衣装――着物。
 シンは着物自体詳しい訳では無いのでよく分かっていないが、それはいわゆる振袖と言われる類である。
 無論、完全な着物ではなく随所に動きやすさを意識したアレンジを施されている為に本来の着物から見れば
完全に逸脱したモノだ。
 殆ど単なるジャケット代わりに振袖を羽織ったような姿。袖は風に揺れて、なびいている。
 足元にはローラーブーツ――ではなく、ローラーブレード。
 蒼い髪の乙女が、構える
 右足を前に、左足を後ろに。
 身体は半身だけ相手から見えるように。
 右拳を前へ、左拳を後ろへ――それはどこか、弓を引き絞る射手に似ている。



「――シン・アスカよね?」

 ごくり、と喉が鳴った。緊張のせいか、知らず唾を飲み込んでいたのだ。
 緊張――闘うことへの緊張。
 自分の知っている口調ではない――なのに、声は同じで、彼女だと断言させる。

「……ギンガ、さん。」

 ギンガ・ナカジマ、彼女が生きてそこにいる。本当はすぐにでも駆け寄って抱きしめたいとさえ思うのに、
身体が動かない。
 少し前に脳裏に考えていた、何を言うべきか、どうするべきか、などと言う殊勝な考えはどこにもない。

「“出会ってすぐに”こんなことを言うのもどうかと思うけど――」

 彼女の口が動く。その瞳が自分を射抜く――込められるは殺意。絶対に殺すという殺害の意思。
 胸にあるのはただの悲哀と絶望。
 ドゥーエは今陸士108部隊にいる。故に此処にいることは絶対にあり得ない。
 裏切って此処にいるとして――彼女はすでに裏切られているのだ。
 だから、眼前の女性は“本物”だ。
 紛うことなく、シン・アスカの知っている、彼が求めたギンガ・ナカジマ以外にあり得ない。

「――貴方を殺すわ。」

 折り返しを迎えた物語。
 始まりの合図が、今、打ち鳴らされた。
 

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