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空想垂れ流し 続く世界 Aパート

続く世界 Aパート

 別に何かが欲しかった訳ではなかった。
 ただ、守りたかっただけだ。
 大切な誰かを、大切な世界を―――大切なあの人を。
 繰り返す世界。巻き戻る時間。摩耗していく思い出。
 輪廻の鎖に捕らわれた私。
 世界は繰り返す。時間は巻き戻る。何度も何度も夢となって霞んでいく。
 摩耗していく思い出。
 これは、そんな馬鹿な女の物語。
 私の名前はカリム・グラシア。
 世界を守る為に、と嘯いて、正常なる死を求める馬鹿な女。

 ―――羽鯨という存在がある。時空を泳ぐ上位存在。アルハザードそのものとも言える私たちの常識では測り切れない“存在”。
 彼らは時空を泳ぎ、世界を食らって、回遊する。 
 彼らにとっては時間も空間も同じモノだ。
 人が歩く時にどちらが前でどちらが後ろかなど気にしないように、彼らもまた過去や未来を気にすることは無い。
 彼らはただ回遊し、そして食らうだけ。それはただの生命の活動の一環しかない。 
 そう、彼らは“世界を喰らう”。
 その世界に生きる全ての人々はそれで終わる。死ぬのではなく、消える。
 初めからその存在が無かったことにされたようにして、消えていく。
 世界という根幹となる概念そのものが喰われることで、この世界から文字通り消えていくのだ。

 ―――私はそれを何度も何度も“繰り返して”きた。
 ジェイル・スカリエッティ脱獄の報を聞き、それから数年後に世界は滅びるという螺旋を何度も何度も繰り返している。

 最初の一回目は何が起こったのかさえ、把握できずに終わった。
 夜空を“割って”現れた巨大な金色の目。奥に見えるの透明な表皮を纏った鯨のようなカタチの脳髄。そして、その裂け目から伸びていく無数の稲妻と触手のような翼。
 自分も当然死んだ。消失した。

 なのに、自分は“生きていた”。
 愕然とした。訳も分からずに死んだかと思えば、今度は訳も分からずに生き返っているのだ。愕然ともしよう。
 日付を見れば、それはジェイル・スカリエッティが脱獄した日。
 夢の内容は覚えていた。身体が消えていく感触。何人もの絶叫と何百人の怨嗟と何千に悲哀と何万人の恐怖。
 それら全ての感情を覚えている。忘れることなど出来はしない―――終末を忘れることなど出来る筈もない。
 だが、現実はそれが夢だと自身に教えていた。胸には漠然と、それでいて強大な不安があった。
 そして、ジェイル・スカリエッティ脱獄の報を聞いて――それは夢なのだと断じた。そこに、夢で見た世界の滅亡は関係しないと思って。
 それから数年後。世界は“やはり”滅びた。夢で見た現実の通りに。

 3回目。
 朝、目が覚めればそこはいつか見た光景。見憶えのある場所。そして、扉を開けて現れるシャッハ・ヌエラ。伝えられる言葉は、ジェイル・スカリエッティの脱獄。
 気が狂いそうだったが、それを堪えて平静を装った。
 本当なら、その時点で行動を起こしていればよかったのかもしれない。
 この世界が、既に滅びの淵に立たされていることに、気づいた時点で対策を取っていれば――いや、恐らくは何も変わらなかったろう。
 私では――カリム・グラシアでは、“変えられない”のだから。
 繰り返しは変わらず続く。
 繰り返される日々。そして、繰り返される滅び。
 初めは、夢だと思い、けれど、何度も何度もその数年を繰り返していく内に、自分が本当に正気なのかどうかさえ疑い出した。
 繰り返される数年間。僅かなズレはあるものの大筋では何も変わらない世界。滅亡は避けられないことに気づいた。消失していく自分を見て思った。
 ―――死にたい、と。

 4度目の繰り返し。
 起床する。記憶は消えていない。死にたいと言う思いも同じく消えていない。
 シャッハが来る。その前に、ベッドの横の机の中に入っている護身用の短刀を持ち出し、自分の心臓に向けて力の限り突き刺した。一瞬感じる熱と多大な痛み―――意識が途切れた。真っ暗闇。
 薄く笑った自分がいた。これで、終わる、と。

 5度目の繰り返しも同じだった。起床。絶叫と共に机から短刀を取り出し、胸に向けて突き刺した。終われ、と呪った。

 6度目。起きれば、そこは先ほどと同じ天井。場所も何も変わらない。机に入っている短刀の位置も重さも何もかもがまるで変わらない。
 扉を叩く音。返答はしなかった。勝手に扉が開けられた。自分が寝ているとでも思ったのかもしれない。シャッハ・ヌエラがいた。口が開き流れる言葉―――ジェイル・スカリエッティの脱獄。心臓に向けて短刀を突き刺した。

 7度目。
 ―――目が覚めた。
 同じ天井がまず目に入る。

「……そう、終われないのね。」
 
 呟いて、唇を噛んで、全身を襲う恐怖に耐えた。発狂しそうだった――何度も自決を繰り返している時点で発狂しているのかもしれないが。
 息が荒い。眼球が眼窩から飛び出てきそうなほどに瞼を見開いた。口内が乾く。唾が出ない。心臓の鼓動が不規則に煩い。
 人間は、原因が分からない事象を最も恐れる。理解出来ない事態こそを人は忌避する。どれほどの暴虐も既知であれば耐えることも出来る。諦めることもできる。終りを甘受することもできる。
 だが、これは違う。理解出来ない事実。終りが“無い”という事実。何度死のうとも、何度消えようとも、必ず、此処に戻ってくる。
 恐怖が、自分を侵食していく。
 こんこん、と扉を叩く音。

 ―――シャッハ・ヌエラの来訪。同じ繰り返し。今度はそのままにしていた。
 繰り返されていくシャッハ・ヌエラの報告。自動的にそれに応え言葉を返していく自分。
 そのまま、自動的に過ごしていった。
 諦めた訳ではなかった。ただ、停滞したのだ。考えることを放棄し、外界に対してのみ反応する自動人形(オートマータ)。
 自動的に繰り返される毎日。以前、過ごした時と“殆ど”同じ毎日。
 僅かなズレはあった。世界が滅亡する日が違っていたり、新聞の死亡欄の変化程度の僅かなズレ。
 ――そこに一抹の希望を抱き、自分は消失していった。

 8度目の繰り返しが始まる。
 僅かなズレは何故起こったのか。恐らく、何かしら“違う”ことをしていたのだろう。人間は本能的に変化を求める動物だ。繰り返されていると言う事実を知った自分の脳髄が、知らず変化を与えていき、それがズレを生み出したのだと思う。
 繰り返しの理由については何も分からない。分かる筈もない。大体、これが本当に現実かどうかなのかさえ、曖昧だ。
 8度目の繰り返しはそれまでとまるで違うことを選んだ。
 まず、ジェイル・スカリエッティと接触を行った。自分が繰り返す日々は必ず彼が脱獄する日から始まっている。この繰り返しを抜け出す手がかり―――思いつくものと言えばそれしかなかった。
 接触は簡単だった。脱獄した男を探し出す必要も無かった。
 彼は自分からこちらに接触を図ったからだ/ズレていく。
 ジェイル・スカリエッティとの密談――幾つかの事柄を情報として受け取った。
 羽鯨による滅びが差し迫っていることはジェイル・スカリエッティも気づいていた
 無限の欲望というコードネームの本来の意味――世界に一人だけ存在する羽鯨が世界を食らう目印にして、羽鯨の餌。

 世界が滅びる原因。羽鯨――時空を泳ぎ世界を食らう高次存在。
 無限の欲望が得る“力”―――羽鯨の眷属として、通常ならば在り得ない力を得る。
 ジェイル・スカリエッティならば虹色の瞳。世界全て、時空全てを見通す瞳。
 それら幾つかの恐らくは重要な情報を得て、それでもまだ足りないことに気づく。
 自分が繰り返している原因――恐らくは羽鯨。あの空を割って現れた金色の鯨のようなカタチをした巨大な脳髄。時空を泳ぎ、世界を食らうと言うその化け物ならば、こんな繰返しを発生させることも可能だろう。

 だが、それだけだ。羽鯨が原因だと予想できた。そこまでは良い。
 ならば、その解決法は―――分からない。不明瞭だ。
 得た情報だけでは、解決法には至らない。私はジェイル・スカリエッティとの密談を繰り返した。
 その内に、更に情報は増えていく。本来世界に一人しか存在しない“無限の欲望”。それがもう一人存在すると言う矛盾存在(イレギュラー)。
 名はシン・アスカ。コズミックイラ――現在より253年後の第97管理外世界において無限の欲望となるはずだった、この世界/この時代に、本来は“いない”存在。
 スカリエッティによるこの世界を救済する要となる存在。
 私はその計画を可能な限り支援した。金、施設、人員。それこそありとあらゆる全てに対して。
 もしかしたら、という思いがあった。もしかしたら、この繰り返しから抜け出ることができるのではないのか、と。

 けれど―――シン・アスカは無限の欲望となることはなく、世界は羽鯨に喰われて終わった。
 ジェイル・スカリエッティの計画とは、無限の欲望と化したシン・アスカを生贄にミッドチルダに渦巻く怨念や情念等の感情を一つに纏めあげ、羽鯨に向けて時空間転移を行い、その覚醒を、ミッドチルダではなく、253年後の第97管理外世界―――つまりはコズミックイラで行おうと言うモノ。

 世界一つを守る為に世界一つを生贄にするというのはこの男らしからぬ大雑把な計画だが、
 仕方が無い。それほどに事態は逼迫していたのだから。
 けれど、それは失敗した。シン・アスカは無限の欲望とはならず、ただの人間としてその生涯を終えた。
 最後に見えた光景。それは二人の女を抱き締めたまま、羽鯨を睨みつけ、朱い瞳を金色に輝かせるシン・アスカの姿だった。

 9度目。
 最後に見た光景が何だったのかは分からない。だが、手がかりと言えば前回の繰り返しで得た情報しかなかった。
 故に更なる情報の収集に勤しむ。シン・アスカが無限の欲望となり生贄となる。間違いなくそれがこの繰り返しを終わらせる近道―――確証はない。殆ど縋り付いたに過ぎない。
 その為に彼に近づいた。
 ―――そして、それが全ての始まり。恐らく私が思い返せる唯一にして最後の幸せな記憶であり、彼を無限の欲望にする為の“繰り返し”の始まりだった。

 ―――きっと、助けに行きますよ。全部放り投げてでも。

 そう言ってくれた彼はもういない。何度繰り返しても、あの時の彼はもういない。
 繰り返すたびに摩耗していく思い出。おぼろげになっていく彼との逢瀬。
 ■を語って、未来を共に歩もうと誓った彼はどこにもいない。
 繰り返しの中で何度も何度も彼に“再会”した。
 彼は何も変わらない―――けれど、私にとって“再会”であっても彼にとっては“出会い”でしかない。
 私の■した彼はもういない。どこもにいない。必ず助けてくれると言った彼はもういないのだ。
 絶望が胸を覆い、私を終わりへと導いていく。
 求めるモノは終わり。繰り返しの無いたった一つの終わり。
 明けない夜を求めて、私は終わりを求めて繰り返す。

 ―――これは、滅びの未来に支配された宇宙の運命を真っ二つに叩き切る大馬鹿野郎の物語。



 ―――あの日から、半年が経過していた。

 聞こえるのは喧しいエンジン音。ガタガタの道路を陸士部隊用のジープで走りぬけながら、ヴァイス・グランセニックは憂鬱な自分自身を抑えることなく溜め息を吐いた。憂鬱なのは今日だけではない。ここ陸士108部隊に“配属”された時からずっと憂鬱だった。

「……はあ」

 溜め息を吐く。正直な話を言えば、こんなどうでもいい哨戒任務など断って、自室で不貞寝を決め込みたいところだった。
 思い出すのはあの日の言葉。

 ――今日は、一人で寝たくないの。
 薄いワイシャツだけを羽織った彼女。ベッドに座ってこちらを見ていた。見につけているものはその白いワイシャツと桃色の下着だけ。
 いつもは横合いで縛っている髪を解き、流れるままにしている――背中の中腹にまで伸びるその髪は月光に照らされて美しく輝いている。
 瞳は怯えた子犬のように自分を見て、愚かにも身体は僅かに震えている。
 口の中が乾いていた。
 心臓が激しく鳴り出して煩い。
 それが緊張によるものか、それとも本来なら絶対に手に入らないモノを“汚す”権利を偶然にも手に入れた興奮なのか―――分からない。
 彼女の瞳はまっすぐに自分を見ていた。
 その瞳に魅入られたのか、目が離せなかった。魔的なほどの、綺麗や可愛いなどを超越した美しさ。
 そして、自分は―――

 頭を振るって、溜め息一つ。呟く。

「・・・ったく、何考えてん・・・ぎゃぶっ!?」
 頭を槍の柄で突かれた。振り返る―――厳しい強面にあご髭をこれでもかと生やしている男。
 リチャード・アーミティッジ。陸士108部隊第二小隊隊長にして、現在のヴァイスの直属の上司である。

「・・・なんすか、アーミティッジ隊長」
「何、ぼうっとしてやがる・・・しっかり前見て運転してろ。」
「はいはい・・・と。」

 小突かれた頭を右手でさすりながら、クラッチを踏んで左手でシフトレバーを操作し、アクセルを踏み込む。速度が上がり、車内の震動が激しくなる。

「今日のこの哨戒も全部教会からの依頼なんですよね?」
「ああ、毎日毎日ご苦労なことだ。」
 そう言って手に持っていたデバイスを待機状態である短杖に戻し、助手席の背もたれを後方に倒し、体重をかける。同時に足を持ち上げてダッシュボードの上に乗せる。
 空を見上げる。舌打ち。苦々しげに唇を歪めるアーミティッジ。

「……廃墟同然になったクラナガンにも行かずに、毎日毎日、俺らはこんなどうでもいいような哨戒任務。教会も何考えてるんだかな。」
「空士部隊も今のクラナガンには入れないらしいですね。」
「……ふざけた話しだ。俺らが行かなくて誰が復興するんだかな。」

 呟いて、リチャードが車載された灰皿を引き出し、懐から煙草を取り出し、オイルライターで火を点ける。
 黄土色のフィルター部分に口をつけ、息を吸い込む。ジジジと煙草の先端が赤く染まり、紫煙が立ち昇る。紫煙を胸に吸い込み、吐き出す。
 ヴァイスが呟いた。

「……教会ってのはあんなに強引な組織だったか、と思うんですが。」

 神妙な顔。その通り、彼の言う通り、教会―――聖王教会と言う組織は、そこまで強引な組織と言う訳ではない。
 無論、管理局の中枢に深く入り込んでいる時点でそれなりに強引な組織ではあるのだが――廃墟と化した首都への立ち入りを禁止するような組織ではなかった。
 現在、管理局員がクラナガンへ行こうと思えばそれなりの権限を持った人間の許可や帯同無しではいけなくなっている。
 復興は未だ終わっていない。それどころか、家を失い、行き場を失くした難民は今もそこにいるというのに、だ。
 中にいるのは管理局員よりも圧倒的に少ない人数の聖王教会に所属する人間のみ。噂では一部の管理局員も中にいるらしいが―――噂は噂だ。誰もそれを確認していない以上、それが真実かどうかなど判別しようもない。
 口に煙草を咥えたまま空を見上げ、リチャードが苦々しげに呟いた。

「さあな。少なくとも俺の知る限り、ここまでやるのは初めてだ。」
「やっぱり、あの日に見えた、“アレ”のせいなんですかね。」

 先程よりも少しだけ堅い声でヴァイスが呟く。

「……だろうな。」

 そう言って紫煙を吐き出し、リチャード・アーミティッジは視線を空に向けたまま、あの日の光景を思い出す。

 ――あの日、空が割れた。
 そこから現れた巨大な眼。今、思い出しても身震いするほどの恐怖を感じた。常識外れな巨大な体躯。身体中のそこかしこから生えた黄金の翼。あの日、ミッドチルダ中の人間が眼にしたそれ――黄金に輝く透明な鯨のようなカタチをした脳髄。それは、ミッドチルダに住む人間全員に刻み込まれた絶対的恐怖。
 思い出すだけで寒気がして身体が震えてくる。絶対的と言って良い圧倒的な恐怖。
 あれは何なのか。
 ミッドチルダは、次元世界はどうなってしまうのか、様々な噂や憶測が流れ――今でもその熱は冷めていない。人の噂も75日と言うが、そんな格言すら飛び越えるような圧倒的な恐怖がアレにはあった。
 その謎が明かされるまで延々と続くのかもしれない。最も明かされた瞬間が、世界の終りということもあり得る話かもしれないが。
 胸中に浮かんだ馬鹿げた考えを紫煙を吸い込むことで振り払う。
 馬鹿な話だ。世界が滅ぶなど―――あり得るはずもないのだから。

「……本当に、どうなっちまうんだろうな、ここは。」

 苦々しげに呟いて、煙草を灰皿に押し込んで、揉み消す。横目でヴァイスに目を向けて、呟いた。

「グランセニック、家族のところに戻るなら今の内だぞ……と、どうした。」

 車が止まった。振動が消えた。別に前方に何か異常があったようには見えない。
 何事かと思い、ヴァイスに目を向ければ、彼は呆けたように上空を見上げていた。

「……アーミティッジ隊長、あれって、魔法陣、ですか?」

 少し上ずったヴァイスの言葉。呆けた顔に映る感情は驚愕。
 釣られてアーミティッジも顔を上げ―――同じく驚愕を顔に浮かべた。

「……なんだ、ありゃ。」

 上空に浮かでいるのは魔法陣だった。文様はミッド式ともベルカ式とも違う、どこにも分類されない魔方陣。大きさは、正確には分からないが半径10m以上の巨大なモノ。
 ヴァイス・グランセニックの身体が知らず震え出した。彼はその魔方陣に見覚えがあったからだ。
 それは、あの日、ミッドチルダを覆った魔方陣―――戦場に出ていた彼の眼に刻み込まれた、あの“恐怖”が現れる直前に空を染め上げた魔方陣。
 空に、亀裂が入った。あの日の戦場のように。

「空が、割れる……」

 呆然としたヴァイスの呟き。瞬間、空に入った亀裂が魔方陣の全ての範囲に伸びていく。
 空の破片が舞い落ちる。動く雲。青い空などはそのままに、切り取られたようにして、空の破片が落ちていく。
 そして、空に走った縦横に走り抜ける亀裂。その隙間から朱い炎が漏れ出していく。

「あれ、は」

 湧き出るモノはあの日のように金色の光ではなく、朱い炎。
 見憶えるのある色合い―――誰をも守ろうとして死んでいった馬鹿な男の生み出す炎。

(まさか)

 心中の呟きと同時に空が割れる。炎が亀裂を押し上げて広げていく。魔方陣の中心が罅割れた。そこから突き出てくる金色に輝くクチバシのようなモノ――卵から雛が孵るようにして、ソレはどんどんと突き出てくる。
 クチバシのようなモノ。それがつま先だと判別出来た頃には、膝とそしてもう片方の足が、続いて胴体、そして頭部。

「……巨人、だと。」

 穴を突き破り、空間を割って、ソレが現れた。
 現れたのは金色の巨人だった。リチャードに身震いが走る。その威容は色こそ違えどあの日クラナガンを蹂躙した黒と青の巨人に酷似していたからだ。
 身震いが走った。思わず握り締めていた自身のデバイスを起動しようとし―――運転席に座るヴァイスの手が自身のデバイスを抑えていることに気づく。

「グランセニック、お前……?」
「す、すいません。」

 呟いて慌ててリチャードのデバイスから手を話す。
 巨人が全身から炎と推進剤をまき散らしながら落下していく。巨人は両腕を失っており、全身が傷だらけ。金色に輝く装甲もそこかしこにヒビが入り、原形を留めている個所など殆ど無い。見ただけで分かるほどにボロボロの巨人。満身創痍よりもなお酷い、死にかけという形容が最も似合う―――落ちていく巨人を支える朱い炎。
 その色に見覚えがあった。
 まさか、という思いの方が強く、おいそれとそう信じる気にはなれないが―――何故か、確信めいたものを感じる。
 それほど親しい間柄ではない。それどころか、殆ど赤の他人にも近い人間だ。
 同じ場所で共に戦った同僚。本当にただそれだけの関係――何故ならあの男は他人と関わることを全て拒否していたのだから。
 だが、それはありえない――あり得ないはずだ。
 あの男は消えた。跡形も無く焼失したはずだ。映像でもそれは確認されている。
 巨人とあの仮面の男の放った光熱波。それを右手から放つ魔力砲――パルマフィオキーナで迎撃し、あの男は――シン・アスカは、消えたはずなのだ。何故かその場にいた八神はやて、そしてナンバーズの一人と共に。
 だから、それはありえない。死んだ人間が蘇るなどあり得るはずが無い。

(……まさか、な。)

 舞い降りる金色の巨人――それは、CEにてアカツキと呼ばれた“モビルスーツ”の成れの果て。

「……おい、落ちていってるぞ、あれ。」

 リチャードが唖然として呟く。言葉通り、その金色のモビルスーツ――アカツキが、落下速度を緩めることなく、降下――むしろ、落下していく。
 全身のスラスターを小刻みに噴射しながら、方向を少しずつ変えて、落ちる場所を変化させていくアカツキ。

「……まさか、あの森に落とそうってんじゃないだろうな。」

 リチャードの言葉にヴァイスが頷いた。恐らく、いや間違いなくその通りだろう。
 そのまま落下すれば地面との激突によって、あの機体は破壊される。当然、中のパイロットも。
 となれば、自然着陸できる少しでも柔らかい場所――森林が衝撃吸収材代わりになる森などは最適だ。
 しばしの沈黙。そして―――予想通りに激突。と言うか落下。巨人は足元からスライディングでもするようにして森に向かって勢いよく突っ込んでいく。
 ばきばき、と木をへし折る鈍い音が響き渡り、鳥たちが絶望した!いきなり変なの落ちてくるこの 世界に絶望した!と言わんばかりに鳴き叫びながら飛んでいく。
 そして―――停止。
 かあ、かあとカラスが鳴いて飛び去っていった。

「……」
「……」

 黙る二人―――どういうリアクションを取ればいいのか分からない。

「……と、とりあえず、いくぞ、グランセニック。」
「あ、は、はい。」

 アクセルを踏んでハンドルを回し、その場に向けて急行する。
 何かが動き始める―――そんな予感が胸にあった。

 ―――まさか、自分が世界を救う一翼を担うことになろうなど、この時のヴァイス・グランセニックは考えもしていなかった。


 画面は漆黒で埋められている。
 ディスプレイから見える光景は全て暗闇――ところどころに見える星のような輝き。星のように見えるがソレは星では無い――恐らくは世界。
 並列世界、多元世界、別時空――本来は認識できない時間の外側世界。
 その中に存在する一筋のトンネルを通り抜ける感覚。
 CEでこの穴に入ってから既に13時間ほどが経過していた。
 コックピットであるが故に室内は狭い。元々3人も搭乗することは想定していないのだから当然だ。
 密着するほどでは無いものの、はやてやドゥーエに至って時折シンの肩に腰掛けている。当のシンはと言えばその殆どの時間を寝ていた。

 限界を超えた魔力行使。その結果としての肉体の結晶化。今も両の掌の一部は朱く染まったまま元には戻っていない。両目の金色は消えている――完全に元に戻った部分と言えばそれくらいのものだ。
 命を削ったと言う実感があった。けれど、その命の消費にはどこか清々しさすら感じていた。
 これまでのように、死んでも構わないと思って削るのとは違う。生きる為に、削ろうと思って削ったのだ。自分の意思で。
 清々しさを感じているのはその部分なのかもしれない。多分――というか間違いなく自己満足の錯覚だろうけど。
 ―――そんな風な考えに逃避したくなる程度に現実は無情だった。

『シン、そろそろ、通常空間に復帰するぞ。』

 デスティニーが呟き、ヒリヒリとする頬をさする。

「……ああ、出来れば直ぐにでも復帰して欲しいんだが。」

 呟くシンの頬が微妙に腫れ上がっている。その横で顔を朱く染めて腕を組んでいるはやて。その横で苦笑しているドゥーエ。
 微妙にはやての右掌が紅くなっている――あれで引っ叩かれたのだ。

 コトの発端はこうだ。
 シンが起きれば、はやてとドゥーエがお互いに睨みあって、何かを言い合っていた。それがいつかのギンガとフェイトを思い出させ、ふと呟いたのだ。

『……なんか、そうやってるとギンガさんとフェイトさん、思い出しますね。』
『あら、お望みなら模倣しようかしら?』
『いや、遠慮しとく。どの道、ドゥーエはともかく、八神さんは無理なんだし。』

 誓って言うが、これははやてがドゥーエのような模倣が出来ないと言う意味で言っただけである。
 恐らく、はやてもそう思っていたに違いない。
 次にドゥーエが“嗤い”ながら――ご丁寧に自分の胸とはやての胸を見比べて――呟いた言葉を聞くまでは。

『……ああ、まあ、小さいものね。』

 そして、自分のその後の言葉も拙かった。小さい=身長のことだと思っていた。フェイトやギンガとの真似をするには身長が違うだろう、と思ったからだ。
 大体ドゥーエがそんな風に自分の胸とはやての胸を見比べているなど自分の背後のことなので、見えるはずもない。と言うか振り返ってまでドゥーエの胸を凝視するなど完全に変態の領域である。

『ああ、確かに小さいよな……って、八神さん?』

 肩を叩かれ、振り返ってみればはやての右手が上がっている。
 右手のカタチは紛うことなく平手打ち。いわゆるビンタの姿。

『歯ぁ………食いしばれえええええ!!!』

 咆哮(クライ)。咆哮(クライ)。戦いの咆哮(ウォークライ)―――!!!
 右手が迫ったと思った瞬間には遅かった。スナップの効いた平手打ちが自身の視界を覆い尽くした。

 ―――そうして、今に至る。
 叩かれた頬が凄く痛かった。

「……ちっさくて悪かったな。」

 ぼそり、とはやてが呟いた。あーうーと呻きながら、シンが狭い室内ではやてに顔を向けて口を開いた。

「だから、誰も八神さんの胸が小さいとか言ってないじゃないですか!? 俺が言ったのは、フェイトさんとかギンガさんよりも八神さんは身長小さいって言っただけで…」
「あら、じゃあ、八神はやての胸は大きいって言うの?」

 にやりと笑うドゥーエ。胸を突き出しプルンと揺れる。
 その様を見てはやてが自分の胸を持ち上げ――下ろす。
 ちっさい。ちっさかった。

「……ふ、普通だと思うぞ?」

 ちらちらっと、胸を持ち上げては下げるはやてを視界に入れる。

(……見えてない見えてない見えてない見えてない。)

 現実逃避確定。怖い怖い怖い。
 何で持ち上げて落としてるんですか、それはあれか計量か、計量なのか。揺れるかどうかを確認しているのか。
 ぼそぼそと呟くはやての声。

「貧乳で何が悪いんや……ちっさくてもええやんか……ああ、早く帰りたい。早く帰ってキャロに会いたい。会って安心したい。」

 安心していいのか、判断に困る呟きを徹底的に無視し――そんな自分を見て、くすり、と笑いドゥーエが余計な一言を呟く。

「それでもう5年ほどしたら抜かれるのよね?」
「……キミ、喧嘩売ってるやろ? 売ってるよな? なんや、胸でかいからって調子に乗って!! ええか、でかけりゃでかいほど垂れるのも早いんやで!? そこんとこ分かってるんか!?」

 後方で聞こえるそんな喧騒から目も耳も背けて、必死に聞こえない振りをしながら、前方の画面に目を向け、フットペダルに足をかけるシン。

(……頼む、早く着いてくれ。)

 そう祈るように心中で呟くシン。
 そんな祈りを台無しにするようにデスティニーが呟いた。しれっと。

『控えめと言いたかっただけだろう? 俺はわかっているぞ、シン。 お前がおっぱい星人だと言うことをな。』

 得意げに呟くデスティニー。瞬間背筋が粟立った。

「お前、いきなり何言ってるんだ!?」
『……熱く語っていたじゃないか、ヴァイス・グランセニックとグリフィス・ロウランと一緒に、胸について。』

 海で熱く語っていた。思えば、ヴァイスやグリフィスとはその時、ぶらじゃーと呼び合うような関係になっていたが―――それはまた別の物語である。

「この馬鹿、いきなり何でそんなデタラメ言ってるんだ!! 俺がそんな馬鹿なこと言う訳無いだろ! 

鍋敷きにでもされた……ぎゃばらっ!?」
 後頭部に衝撃。見れば、はやての唇が歪んで、目が細まって自分を睨みつけている。

「何がおっぱい星人や、このアホンダラ!! 揺れるモノなき貧しき民ってそういいたいんか?! 
ちっさいからって何か問題あるんか!?」
 恥ずかしそうというか悔しそうに自分の胸を押さえながら、はやてがシンの頭を叩いた。ついでにドゥ
ーエの胸を揉もうとした。手が届かない。背も小さいのでミニマムです。はやての手がプルプル震え、同
時にその手に覆われた胸も――震えない。震えるほど無い。
 ―――ちっさいです。
 見なかったことにしよう。そう、心中で呟いて、操縦桿を握る。

「……と、とりあえず、皆何かに掴まってください! ミッドチルダのどこに落ちるかも分からないんで
すか……」
 振動が起きる。見れば、画面の中の世界が変化している――中心に白く輝く穴が見えている。

『復帰するぞ』
「いきなりかよ!?」
 言葉と共に即座にフットペダルに足をかける。画面の中心に現れる白く輝く穴。漆黒と純白の境界面。
斑模様に混ざりあう時空。
 彼方と此方の境界が近づく。
 操縦桿を倒し、出力レバーを押し倒す。
 デスティニーの呟き。

『出るぞ。』
「……全員、何かに掴まってください!」
 叫びと共に、世界が、塗り変わる―――漆黒の宇宙から純白の輝きへと。
 そして、視界が切り替わる。見えたモノは青空。そして眼下に広がる緑の森。
 空気が変わる。雰囲気が変わる。コックピット内の全員の肉体が強張る。

「デスティニー、座標確認いけるか!?」
 ディスプレイに現れる地図データ。どこからか無理矢理ダウンロードして、現在の地形との照合を行っている。
『ここはミッドチルダ西部エルセアだ。』
「エルセアってことは、」
『陸士108部隊の隊舎の近く―――と言うよりもお前が転移してきた場所だな。』
「あそこか……!!」
 一瞬思い出が頭を掠め、知らず笑みが浮かぶ。
 ギンガと出会った場所――自分にとっての始まり。この世界におけるスタート地点。

「着陸するぞ!」
 叫んで、フットペダルを引き戻し、スラスターを前方に向けて噴射し減速。それでも減速しきれない。
エクストリームブラストも同じく前方に集中し発射。
 落下速度を緩めて、着陸態勢に移行。
 だが、いかんせん背部に設置されていたオオワシは既に無い。機体に据え付けられたスラスターだけで
は減速しきれない。
 エクストリームブラストでも減速しきれない――と言うよりもエクストリームブラストは元来“加速”
する為の魔法であり、減速する為の魔法ではない。用途が違うのだ。
「…ちっ」
 舌打ち。予想していたよりもアカツキの速度が大きい。“あの空間”の中ではスラスター等による加速は
一切していなかったがそれでも自然落下による速度の増加は予想以上に大きい。
 このままでは安全に着陸できるほど速度域に到達する前に、地面に激突する。
 刻一刻と迫る地面。激突まで残り20秒も無い。
「……」
 言葉は無い。瞳を閉じて、はあ、と深呼吸。深く吸って、吐く。眼を開ける。コックピット右下に差し
込まれている短剣―――デスティニーを引き抜く。
「デスティニー、このまま減速するだけで良い。遠隔操作、出来るな?」
『問題無い。』
 以心伝心。本来ならコックピット内の光は全て消えるが――そのまま。デスティニーによるアカツキの
遠隔操作。“生前”のような操作は出来ずとも簡単な操作をする分には問題は無い。
 両隣にいる二人の女性――八神はやてとドゥーエに目を向ける。揺れる室内への振動に堪える為にしっ
かりとコックピットのシートに掴まって、身体を固定している。
 その手を自身の手で握り締めて、引き寄せる。

「へ?」
「え、何?」
「しっかり、掴まっててくださいよ!」
 答えている暇は無い。引き寄せた二人の身体の腰の部分を抱えるようにして両腕で持ち上げる。
「な、何すんの!?」
「ちょっと、どこ触ってるのよ!?」
 途端に喚きだす二人。それを無視して、口を開く。時間が無い。

「デスティニー!」
 相棒への言葉。コックピットハッチが開き、外界が見える。勢いよく空気が入り込み、髪をなびかせ、
目が開くのを阻止しようとする。
『いけるぞ、シン。』

 その言葉と共に二人を抱えたまま、外に向けて飛び出す。激突までもう僅か。残り10秒。
 風の勢いが強い。眼を開けていることすら厳しい/問題無い。
 全身に朱い炎――待機状態のフィオキーナ――を展開し、エクストリームブラスト・ギアサード発動。
 体感時間が加速し3倍の速さに到達。即座に全速でコックピットを飛び出す。目前に見える森林。木
々が迫る。アカツキは跪くようにして転んでいく。
 アカツキと地面と森に挟み込まれるような錯覚。全身の知覚とデスティニーからの情報展開――周辺の
地形情報を、総動員して最も安全なルートを検索――確定。そこに身体を滑り込ませて、加速。
 行先は前方のみ。左右への方向転換不可能。方向を変える際の減速によって押しつぶされるのは明白。
故に前方一直線に向けて加速。

「……ま、に……あえ……!!」
 声に余裕はない。加速する。二人を決して離さないとばかりにきつく抱き締める。
 後方から迫るアカツキが森へと突撃していく。減速は続けているが、到底安全な着陸速度ではない為、
幾つもの木々を薙ぎ倒して、すっ転び、そのままヘッドスライディングでも決めるような態勢になる。
 アカツキが倒れる。地面とアカツキの距離が狭まっていく――つまり、挟み込まれるまで、あと僅か。

「機能(システム)・光翼(ヴォワチュールリュミエール)いけるか!?」
『一度だけなら。』
「やるぞ!」
 返答は明白。機能(システム)・光翼(ヴォワチュールリュミエール)。シン・アスカにとっての切り札であり、究極の短距離
移動魔法である。
 導き出すモノは次元両断跳躍。両脚のフラッシュエッジ―――光翼がぐるりと回転し羽撃たいた。
『機能(システム)・光翼(ヴォワチュールリュミエール)顕現。』
 膨大な魔力が流れ込み、一瞬、視界が暗転する。目標はシンからみて斜め上の上空。切り替わる視界。両手
に握る二人の感触はそのまま。
 木々に激突し停止する。衝撃で頭部が背後を剥いて、鈍い音を立てて、外れる――地面に落ちるアカツキの
頭部。その金色の装甲が陽光を反射しきらきらと輝きを放つ。

「……あ、危なかった。」
 ぼそりと呟く――視線を下に映すと脇に抱えている二人が自分を見た。
「……もうちょいで死ぬとこやったんやけど。」
「…殺す気?」
 睨みつけるように――というか、睨みつけられている。途端に背筋に冷や汗が流れていくのを感じる。女は
怒らせるなと言う長く忘れていた格言を思い出す。

「いや、あはははは」
 苦笑いしか出てこない。言い訳しようにも上手い言い訳が思いつかない。呆れているのか、二人が共に溜め
息を吐いて、苦笑している。

「い、今下ろしますね。」
 呟いて降下。二人を下ろして、再度飛び立つ。

「と、とりあえず、ここがどこか、確かめてきますね。」
「思いっきり逃げる気満々やな……まあ、ええわ。行っといで。ほんでなるべく早く帰ってくるんやで。」
「……貴方、もはやお母さんね。」
 呆れたように呟くドゥーエ。友達の家に行く子供見送るように確かにその口調は上司と言うよりも母親と
言ったほうが近い。

「私、まだお肌の曲がり角も過ぎとらんのやけど。」
 瞳が鋭くなり、ドゥーエを睨み付けるはやて。二人の視線が絡み合う。
「い、いや、二人ともそんなにキレなく・・・・」
 言葉が止まる。背後に感じる気配。腰に下げていた短剣に手を掛け、引き抜く。

「デスティニー。」
 呟き、短剣の刀身、そして柄に走る朱い幾何学模様の光。
 折り畳み梯子が伸びるように即座に変形/大剣(アロンダイト)へと。フラッシュエッジ――光翼が膝の横に
移動し展開。次元両断跳躍の準備が完了する。黒を基調とし朱いラインの入ったバリアジャケットは変わら
ない。回転式弾層(シリンダー)が回転し、カートリッジを排出。
 全身に満ちていく魔力。全身を覆う全能感は消えない。既に当然のモノとしていつもそこにある。
 意識が鋭く、細く、そして拡散していく。二人から視線を離し、周囲へと目を動かす。

『動くな。』
 念話の声。しゃがれたそれなりに年を取った人間の声。その声に聞き覚えがあるような気がした――記憶を
手繰り寄せるも直ぐには出て来ない。
(この声は……)
 心中で呟き、意識を周囲に張り巡らせて行く。気配はする―――しかし、それがどこからの気配なのか分か
らない。まるで、気配がどこからも湧き出しているような、霧の様な感覚。

「……八神さん、ドゥーエ、その場から動かないでください。」
 周りを見る。いつの間にか霧が辺りを覆っている――日の光すら遮る濃霧。
 大剣を両手で握り締める。高まる緊張。
 ざ、ざ、ざ、と誰かが地面を踏む音。音の方向に目を向ける。

「動くなよ。」
 念話ではない肉声――霧の中から現れた男。
 見えるモノは屈強な体躯男がこちらに向けて構えているのは――恐らくデバイスだ。これまで見たことも
無いような物騒な姿――チェーンソーを連想させる大型のデバイスの砲口をこちらに向けている。
 両の手の得物を握る手に力を込める。いつ攻め込まれても対応できるように意識を細くしていく。
 距離が縮まっていく。高まる緊張。同時に霧で見えなかった顔の詳細がはっきりする。綺麗に刈り上げら
れた黒髪。厳しい風貌とそれを強調するアゴ髭。刈り上げた短髪の髪型。細く射抜くような目つき。
 その顔に、見覚えがあった。

「リチャード・アーミティッジ……?」
 陸士108部隊に所属し、依然シンに声をかけた男――ギンガが死んだと聞いて憤りと悲しみを感じていた男。
「シン…アス、カ……?」
 リチャード・アーミティッジもこちらに気づいたのか、目を見開いて驚いている。そして、その後方から更に声がした。

「やっぱり、お前だったのか。」
 黒い髪と柔和な表情。少し疲れの見える顔色。そして、右肩に担いだ巨大な狙撃銃(ライフル)のカタチをしたデバイス。
 ほんの数週間前までは毎日のように顔を合わせていた“同僚。

「……半年振りだな、シン。」
 ヴァイス・グランセニックがそこにいた。

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とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

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