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空想垂れ流し 69.ハジマリ(h)

69.ハジマリ(h)


 ―――それはあまりにも常識外れで、あまりにも荒唐無稽で、あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎた。
「あああぁあああぁぁ!!!!!」
 絶叫のごとき咆哮。
 振るわれる巨大な斬撃―――デスティニーが携えていた対艦刀そのもの。
 振るうはヒトガタ――紛れも無く人間。
 如何なる技術が働いているのか、自身の数十倍の大きさを誇るその武装を、軽々と操りながら、巨人が生み出す触手を次々と切り裂いていく。
 誰もが目を奪われていた。その常識外れの光景に―――その荒唐無稽な現実に。
 振るう刃は巨刃。放つ炎は魔弾。
 一振りで触手(ケーブル)を薙ぎ払い、一息で触手(ケーブル)を焼き払い、瞬く間にその巨人を押し返していく。巨人の右手が男に向けて振り下ろされた。それを紙一重で回避し、巨大斬撃武装(アロンダイト)を振り下ろす。振り下ろされた右腕が断ち切られ、右腕を構成していた触手(ケーブル)がその中から溢れるように現れた。

「ちっ。」

 触手(ケーブル)が男――シン・アスカに迫る。足元の光翼が羽撃たいた/次元両断跳躍。一瞬、でその場から離れ、一気に巨人の左側へ移動――巨人は気付いていない。サイズのあまりの違いと圧倒的な速度差に巨人の知覚――そんなものがあるか分からないが――が、全く追いついていない。
 移動した瞬間、巨大斬撃武装(アロンダイト)を顕現し、左肩に向けて、横薙ぎ。
 一撃ごとに命を削られるような衝撃を身を襲う。流れこむ膨大な魔力を用いて、衝撃を無理矢理に無効化(キャンセル)する。
 飛行魔法の応用――レジェンドが行っていることと同じく、飛行を行わせることで、体感重量を僅かでも減少させる。慣性や衝撃を殺すことはできないが、それでもやらないよりは余程良い。

「はあっ!!はあっ!!はあっ!!」

 全身から垂れ落ちる汗。限界を軽く超える魔力行使と巨大斬撃武装(アロンダイト)の使用による体力の絶大な消耗。体力が足りない。目が霞む。毀れ落ちる汗が酷い。息は荒く、全身が重い。

「はああああああ!!!!!!!」

 それらを全部無視して攻撃を繰り返す。斬撃を繰り返す。繰り返す。
 押し寄せる無数の触手(ケーブル)と巨大な体躯が繰り出す打撃、そして巨大化したドラグーンによる砲撃。
 こちらは一本。敵は無数―――多勢に無勢。
 高速で動き回りながらの巨大斬撃が肉体に与える負担は通常よりも段違いに大きい。
 更には次元両断跳躍――光速移動も交えて、回避を行っているのだから魔力消費はこれまで感じたことが無いほどに膨大。それでも振るい続ける。こんなところで止まってはいられないのだ。
 ドラグーンによる砲撃に捉えられた。次元両断跳躍開始/魔力が一気に減少する。一瞬で視界が切り替わる。ドラグーンの背後に跳躍/巨大斬撃武装(アロンダイト)を構えた。

「まだ、だああああああ!!!!」

 絶叫と共に振るわれた巨大斬撃武装(アロンダイト)がドラグーンを真っ二つに破断する。
 振るうごとに反動で意識が断絶する/唇を噛み切って、掌に指を喰い込ませ、痛みで意識を無理矢理繋ぐ。

『シン、魔力消費を押さえろ。このままでは枯渇し、予定が狂うぞ。』

 冷静な女性の声――デスティニーからの念話。

「今、退けば一気に押しやられる。」

 汗を流しながら、自分1人を標的と定めたレジェンドが近づいてくる。

「このまま、やれるところまでやり続けるしか……」
『もう少し、周りを信用しろと言っただろう。』

 少し呆れ気味の呟き。空中に浮遊しながら自分に狙いを定めていたドラグーンが一機爆発する。

『お前は相変わらず、突っ込んでいくしか能が無いのか、シン。』

 アスラン・ザラからの通信。
 ドラグーンを破壊し、自分の元へと近づいてくる紅い機体――インフィニットジャスティス。

「はっ、あんただって似たようなもんじゃないですか。」

 こちらに近づいていたレジェンドの頭部が爆発――上空からの砲撃。続いて、触手の群れを断ち切る色取り取りの連続砲撃。

『まあ、それは言えてるね。』
「……気が合いますね、キラさん。」

 キラ・ヤマトの乗る青と白の機体――ストライクフリーダムが上空に接近している。

『シン、“準備”は整った。いつでも、“殲滅”可能だ。』

 デスティニーの小さな呟き―――シンの頬に浮かぶ笑い=獰猛な獣のような/苛烈な悪魔のような/無邪気な子供のような。

「キラさん、アスラン――頼みがあります。」

 通信を繋げて、言葉を掛ける。

「……アイツの眼は今俺だけを見てる。俺に集中してる―――それを何とか、逸らして、あいつの動き止めてもらえませんか?」
『……どうするつもりだ?』
「ぶっ倒すんですよ―――あのデカいレジェンドを。」

 言葉が止まる。沈黙が流れる――当然だろう。モビルスーツにも生身の自分があの巨大なレジェンドを倒すと言って、そんな信じられる人間がいるはずもない。
 けれど―――何故か、絶対信じてくれると言う確信があった。
 今しがたの戦闘を見せた程度で、アスラン・ザラという頑固者は折れない。絶対に、確実に。
 ならば、何故確信があるのか―――多分、先ほどまでのやり取りで、自分が、アスラン・ザラを、信じているからかもしれない。
 返答が返ってくる。

『……何秒だ?』

 予想通りに、全肯定。キラのため息が聞こえる―――大方、呆れ返っているのだろう。内容も聞かずに返答するアスランのことを。
 口元に浮かぶ笑みを抑えることなく、答える。

「2分……いや、1分。それだけ止めてくれれば、あいつを倒せる。」
『……キラもそれでいいか?』

 一拍の間。どんな顔をしているのかは見えないが、溜息を吐くあたり肩を竦めているのかもしれない。

『…信じていいんだね、シン?』
「はい。信じてください―――絶対に、アイツを倒します。」

 声に力を込めて呟く。

『分かったよ。タイミングは任せる。』
「はい。」

 キラとの通信が途絶する―――アスランからの通信。
 先ほどまでと違い、少しだけ悲しげな声。

『……シン、レイは』
「死んだ。けど……俺はあいつを忘れない。だから、あいつはずっとここにいる。」

 握りしめたデスティニーに目を向ける。
 それは、レイ・ザ・バレルではない。マユ・アスカでもない。ステラ・ルーシェでもない。
 けれど、彼らが遺してくれたモノだった。あるいは、彼ら自身とも言えるかもしれない。
 きっと、後悔はある。守れなかったと自分はきっと後悔する。

 ―――だから、それで良いと思う。後悔の無い人生なんてない。人生なんて後悔だらけにしかならないのだから。
 だから、その後悔を大切にして、生きていく―――自分はそれでいい。

「……俺は、それでいい。」
『……分かった。なら、俺から伝えることは一つだけだ。』
「一つだけ?」

 アスランが力強く呟いた。

『―――死ぬな。生き残るぞ、シン。』

 通信が途絶する。

「……ああ、死ぬつもりなんて、まるで無いさ。」

 届かないのを知りつつ返答。
 最後に―――始める前に、話をしておかなければいけない人に念話を繋げる。

「…八神さん、聞こえますか。」
【ああ、聞こえとるよ、シン。】

 声の主は八神はやて。自身の上司にして、自分を守ろうとしてくれた人。

「お願いがありま……」

 自分の声を遮ってはやてが呟いた。

【もっと、持ってってええで。】
「やっぱり、この魔力、八神さんから」
【そうや。今、私の中の魔力はどんどんキミの中に流れ込んでってる……多分、リインの仕業なんやな、これは?】
「多分、そうです。」

 言葉の通り、今、シン・アスカが使用している魔力はエクストリームブラストによって搾取した魔力だけではない。八神はやて自身の魔力が直接流れ込まれている。
 如何なエクストリームブラストと言えど、シン・アスカだけの魔力ではあれほどの膨大な量を供給するなど不可能に近い。
【リインに繋がってたラインが、キミに譲渡されてる。キミは今、ヴォルケンリッターに限りなく近い――違いは、死んだら生き返れんってくらいか。】
「多分、そうですね。俺は今、アンタの一部に近い。……力、借りてもいいですか?」
【当然や。今は、出し惜しみする時やないやろ?持ってけるだけもってくんや。私の魔力、全部キミにくれたるよ。】
「今度、何か奢りますよ。ミッドチルダに戻ってから。」

 くすくすと笑い声が聞こえる。

【ああ、期待しとくで、シン。】

 そこに割り込む念話。

【あ、私もお願いね。】

 ドゥーエの声。その言葉の意味に少しだけ、げんなりする。

「お前、食い過ぎるだろ。」

 然り。彼女の食べる量は常識外れも甚だしい正に怪物(フリークス)と言ってもいいほどだからだ。

【何よ、私には何も無い訳?】
「ったく、おごってやるよ、思いっきりな。その代わり、八神さんのこと頼んだぞ。」
【ふふん、頼まれてあげるわ、シン・アスカ。二度と奢りたくないって思うくらいに食べてあげるからね?】

 念話が切れた。二人の声が聞こえなくなる―――始まりが近い。

「……さて、と。」

 瞳を閉じて、糸を伸ばす。
 周辺に見える瓦礫へ―――砂塵となって思い出と共に魔力が供給されていく。
 八神はやての肉体から魔力が送られてくる。無尽蔵――とまではいかずとも並の魔導師とは比較することさえおこがましい、圧倒的な魔力量。
 ―――沈黙は十秒ほど。瞳を見開いた。デスティニーが呟く。

『―――規定値まで魔力回復。いけるぞ、シン。』

 脳裏に流れ込む情報―――“切り札”の状況を確認/実行。
 アスランとキラに向けて通信を開く。

「二人とも、いいですか?」
『了解。いつでもいいよ。』
『ああ、こっちもいけるぞ。』

 返答は力強く、不安など欠片も感じさせない。
 胸が熱い。焔が燃える。唇が狂喜に歪む。

「―――行きます。」

 叫んで、飛び立つ。速度は高速。巨大斬撃武装(アロンダイト)の顕現は解除したまま――空中に待機している“アカツキへ”と。


「―――それじゃ、始めようか。」

 上空にまで急上昇―――そのまま、スラスターを噴射し、地面と“平行”に機体を傾ける。

「……行くよ。」

 急降下―――否、急速落下。
 慣性力でシートに身体が押しつけられる。奥歯を食いしばり、全身に力を込めることで堪える。
 高度はおよそ500m。地面に到達するのはおよそ25秒後。実際は空気抵抗を受ける為にそれよりも少し遅い。重量にのみ落下速度が 依存する自由落下のままならば。

「くっ……!!」

 迫る地面。コンソールを叩き準備を始める。見れば、同時にアスランも準備を始めている。5秒経過。残り、55秒。

「……一番槍はもらっとくよ、アスラン。」

 不敵に微笑みながら、呟く。背部バーニアに設置されたドラグーンとの接続を解除。ドラグーンが放たれたことで解放された背部バーニアに火を灯す。それまでは出来なかった全力機動。
 加速する。
 重力に従い、機体と共に落下していくドラグーン―――ドラグーン自身も推進・姿勢制御用のスラスターを噴射し、落下の速度を速めていく。
 重力下では“使えない”。これがドラグーンシステムの弱点である。小型化されたドラグーンに備わったバーニアでは、重力下において飛行するだけの推力を得ることは出来ない―――では、どうやって地上においてドラグーンを使用するか。簡単なことだ。無重力下に近い状況を作り出せばいい。
 重力に逆らうから、重力に縛られるのだ。ならば、重力に逆らわずに従えば良い。
 重力に逆らうことなく落下するドラグーン。自身のスラスターによって各機が狙いを定めていく。
 レティクルが狙いを定める―――自動照準(オートロック)。これほどの速度の中でドラグーン全てを操作することはできない。故にあらかじめ組んでおいたプログラムで動かす。

「チャージ無しで連続で撃てるのは4回。」

 抑揚の無い声。確認の為の呟き/脳髄が機械のように冷静に計算を弾いていく。
 瞳からは既に焦点が失われ、機体そのものが自分自身となったかのような錯覚すら感じる。
 両手に携えたビームライフルを構える。腰にマウントしてあるクスィフィアスレール砲、腹部のカリドゥス複層ビーム砲の照準も合わせる。こちらは手動照準(マニュアルロック)。
 彼我の距離はすでに300mほどにまで接近している。
 引き金(トリガー)に指を掛ける。躊躇うことなく引き絞る。一度目の掃射。
 色取り取りの光条が一斉にレジェンドに向かって伸びていく。全弾命中。そこかしこで噴煙が上がる。レジェンドの顔がこちらに向いた/気付かれた――問題無い。
 再度掃射。放つ。レジェンドの意識が向いたからか、今度は全て弾かれた。レジェンドのビームライフルやドラグーンがこちらに向けられる/背筋を走る怖気。死の恐怖。

 ――構うな、放て。

 引き金を引き絞る/レジェンドから放たれる砲撃。
 一斉掃射同士の激突。僅かに機体を動かし、砲撃を回避。ドラグーンが数機消し飛んだ。
 レジェンドを見れば、何発かは命中したのだろう。噴煙があがり、爆発が起きている。攻撃に合わせるようにして、砲撃したからかもしれない。死角からの攻撃に対する防御力はそれほど高くない。

「残り、一発。」

 引き金に指を掛ける。彼我の距離はすでに100mを切っている。狙いを定め、引き金を引く。
 4度めの一斉掃射。全身から放たれる色取り取りの光条が巨人を貫き、そのまま重力によって加速したドラグーンがレジェンドに向けて、“激突”していく。
 爆音。爆発。爆煙に紛れるようにしてそのまま下方に向けて、加速。レジェンドの懐に入り込み、手動照準(マニュアルロック)。引き金を引く。
 ビームライフルを連射し、カリドゥスを放ち、クスィフィアスを連射し、持ちうる全ての火器による、最大掃射(フルバースト)。
 掃射後、直ぐに移動/更に掃射/移動。繰り返される攻撃。一回の掃射ごとに砕けていくレジェンド―――肩と腹部を破壊した。
 即座に再生。同時に付近で蠢く触手(ケーブル)が迫る/移動することで回避――触手の内何本かが、機体の装甲を掠めて行く/気にしない――考える必要は無い。その情報を脳髄の中から追い出し、停止させる。
 現在必要なのは目前の巨人を60秒間止める算段。未だ15秒も経っていない―――未だ蠢く触手が狙いを再びこちらに定める。
 その全てを無視する。何故ならば―――そろそろ、来るタイミングだからだ。あのお節介でお人好しで不器用で馬鹿な戦友(トモダチ)が。

『何をぼうっとしているんだ、キラ!!まだ、30秒以上残っているんだぞ!!』

 咆哮と共にインフィニットジャスティスがその触手の全てを刈り取って行く。右手には左手のシールドに装備されていたグラップルスティンガー。そのアンカー部分を握り締めている。鎖で繋がれ、先端にはビーム刃を発生させたシールドが―――簡易の鎖鎌。左手には柄の両端から光刃を発生させたビームサーベル。
 時計を見る。凡そ残り時間は30秒を切っている。

「……残り30秒、アスラン、いけるよね?」
『当然だ!!』

 叫びながら、鎖鎌と化したシールドを振り回しながら、突撃。脚部前面に取り付けられたビームブレイドを発生させ、触手を切りつけ、宙返り/上下が逆転する―――その状態でフットペダルを踏み込み、操縦桿を操作。同時にコンソールを叩き、全身のスラスターの向きを右回り
に回転するように操作。
 瞬間、踊るように、上下逆の状態で回転しながら触手を断ち切って行く―――鎖鎌を回す反動で、回転の勢いを維持/オーバーヘッドキックの体勢で回転する機体――さながら旋風の如く。
 広げていた両足を上空に向けて突く様にして蹴り抜き機体そのものを“上昇。背部のバーニアを全力噴射。天へと向けてインフィニットジャスティスが触手の群れを突き抜け、攻撃を回避する。紅い装甲版が何枚も吹き飛んでいく。

 残り時間は20秒。
 蠢く触手に対して、高速移動砲台として、撃ち続けるキラ・ヤマト/ストライクフリーダムと、蠢く触手を切り捨てながら突撃を繰り返すアスラン・ザラ/インフィニットジャスティス。
 絡み合う紅と蒼。片方が攻撃に回れば、片方が援護に回り―――繰り返される連携。多勢を二機が押し返す―――触手が迫る。その数を増やしていく。捌ききれなくなっていく。
 ストライクフリーダムの左肩が破壊された。右足が貫かれた。距離を取らずに囮となったことで被弾回数が増加し続けている。同じくインフィニットジャスティスも。

 残り10秒。
 アスランへの通信。キラが叫んだ。

「アスランッッ!!」

 インフィニットジャスティスの背部のリフター――ファトゥム01が背部から飛び立ち、一直線にレジェンドに向かって行く。発生するビーム刃。突撃用の衝角。スーパーフォルテスビーム砲。
 狙うは腹部/ストライクフリーダムも同時に狙いを定める。カリドゥス、両手のビームライフル、腰部のクスィフィアス。

『吹き飛べっ…!!』

 アスラン・ザラの呟き。ファトゥムが全推力を用いて推進する。
 放たれる色とりどりの光条――ストライクフリーダムの砲撃。
 爆発。爆圧を利用して、後退。噴煙を突き抜けて触手が二機に迫る――機体を貫いて行く何本もの触手。
 残り時間2秒。

「―――ここまで、やったんだ。」

 攻撃を繰り返し、回避を繰り返し、最後は機体に攻撃を受けることすら利用して―――その注意を全てこちらに向けて見せた。

「頼むよ、シン。」

 触手に貫かれ、吹き飛ばされながらキラ・ヤマトは呟き、

『大丈夫さ、アイツならな。』

 アスラン・ザラが答えた。
 彼の答えを聞き、キラは思った。
 それは根拠の無い自信でしかない。だが、今は何故かそれを信じたくなる。
 胸がわくわくしているのだ。シン・アスカが次に何をするのか、と。


 右腕は半壊し、空中に待機していたオオワシの無傷な装甲と比べると機体の損傷が、より鮮明になる。
 コックピットハッチにこつんと額を当て、瞳を閉じる。

「……悪い、もうちょっとだけ頑張ってもらうぞ、アカツキ。」

 そこは上空600m―――ストライクフリーダムが攻撃を開始した高度よりも更に上空。
 風が強い。黒いバリアジャケットがたなびき、身体を揺らす。
 眼下を見れば、紅いモビルスーツと青いモビルスーツが約束通りに時間を稼いでくれている。

「デスティニー。」
『了解。』

 右手に握り締めていた大剣(アロンダイト)が待機状態――短剣へと変形する。
 開いたコックピットハッチから内部に入り込み、シートに座り、背もたれに身体を預ける。
 右手に持った短剣を、アカツキの起動キーの部分へと差し込む―――即ち“短剣”が刺さっていた場所へと。
 差し込んだデスティニーが朱く輝き始める。コックピット前面のディスプレイも、コックピット内部の計器類も同じく朱色に輝き出す。
 同時に外部―――装甲の隙間が朱く輝き始める。関節からは朱色の光の粒子が煌き散らばって行く。背部のオオワシの4基のジェットエンジンとロケットブースターからも同じく朱い光の粒子が散らばって行く。
 ある種幻想的な光景――アカツキの胸に向けて朱い糸が繋がって行く。
 自分が二人に指定した時間は60秒。それは――このアカツキを切り札とする為に必要な時間。
 アカツキの起動キーである短剣と一体化し、その構成を取り込んだデスティニーがアカツキを“侵食”していく。魔力的に接続され、アカツキの全ての回路に魔力が徹されていく。
 デスティニーとは単騎による最強を具現するための武装である。この武装が敵として設定していたのは、ウェポンデバイス―――つまり、“モビルスーツを素材として使用した魔導師”である。
 その素材にモビルスーツを使用している以上、レジェンドのようなモビルスーツであることを前面に押し出した存在が敵として現れるのは自明の理。
 デスティニーとは単騎による最強を具現するための武装―――たとえ、モビルスーツであっても、その事実に変わりは無い。

 触手に食い破られ、肘から先を失ったアカツキの右腕に朱い炎が集まり、失った右腕を形作って行く。
 全身から魔力がアカツキに向けて、放出されて行く。膨大な魔力量―――自分がいつも使用していたエクスリームブラストの凡そ数百倍。
 八神はやてから送り込まれる膨大な魔力量と自身が周辺から奪い続ける魔力を総動員した上でも、その量に達するまでに必要な時間は―――少なく見積もっても30秒。ストライクフリーダムとインフィニットジャスティスが戦い出してから15秒。
 自身を一つの魔力炉として見立て、アカツキそのものをエクストリームブラストで加速させる為に、魔力を高め、自身とアカツキを一体化させていく。

 ―――以前、ギンガとの模擬戦の際にデスティニーのモーションパターンを自らの身体にダウンロードしたのとはまるで“逆”の方法。あの時はモビルスーツの動きを最適化し、自分自身のモのとした。今は、自分の動きを最適化し、モビルスーツに“アップロード”する。

「……まだ、か、デスティニー。」

 呟き、下方で戦っている二つの機体に目をやる。二人に稼いでくれと頼んだ時間は60秒。既に30秒が経過している。

『まだだ。』

 事実だけを淡々と告げる女の声。舌打ちしそうになる自分自身を自制し、無言で魔力を送り込む。全てを奪い取る存在搾取(エヴィデンス)とはまるで逆――奪い取った全てを機体に送り込む。

 時間が経過する。沈黙だけコックピットを包み込む。全身から失われて行く魔力。同時に周囲から注ぎ込まれ、全身を満たして行く魔力。
 募る焦燥と裏腹に意識は冷えて冷静になっていく。

『あと5秒。』

 画面に映る二つの機体がレジェンドに攻撃を加え、吹き飛ばされて行く。
 攻撃を繰り返し、回避を繰り返し、最後は機体に攻撃を受けることすら利用して―――その注意を全てこちらから逸らして見せた二機。

『――――侵食終了。高速活動魔法・稼動率限界突破(エクストリームブラスト・ギアマキシマム)―――巨人形式(モード・ギガンティック)―――開始(スタート)。巨大斬撃武装(アロンダイト)顕現。』
「何秒出来る?」
『待機状態で30秒。全力で稼動すれば5秒が限界だ。』
「分かった。」

 答えて、操縦桿を倒す/動きは全て高速活動。
 アカツキの右手が動く。現れるは対艦刀MMI-714 アロンダイト ビームソード。
 上空600mの距離からレジェンドに向けて突貫する。物理法則を無理矢理突破する高速活動。シン・アスカと同じく通常の7倍と言う加速。
 風が切り裂かれた。音速を突破することで起きる衝撃波(ソニックブーム)。
 空気の壁を破る衝撃。機体が揺れる。視界が高速で流れて行く。
 60秒と言う時間はこの状況を作り出すため――つまり、アカツキを侵食し、エクストリームブラストを使う為。
 あの巨大なレジェンドは攻撃力もさることながら、単純に防御力が異常だった。
 全方位に張られたバリアジャケット。認識方向に対して防御力を強めると言うその特性通りに死角からの攻撃に対しては弱いものの、通常に戦えばまず突破は不可能だ。
 その上、あの巨体の奥深くに隠されたモビルスーツ・レジェンド。自身の巨躯によって中心核であるソレ――確証は無いが、恐らくはそうなのだろう。あの機体を中心にして、巨大レジェンドは形作られている――を守っている。
 通常のモビルスーツの攻撃では突破は不可能。
 かと言って魔法を使ったからと言って突破は不可能。
 故に、方法があるとすれば―――魔法とモビルスーツの両方の特性を組み合わせて融合するということ。モビルスーツでエクストリームブラストを使用する、それだけ、だとシン・アスカは考えた。
 高度600mから高速で駆け下りて行く。直線ではなく、レジェンドの視界に捉えられないように螺旋を描くように――朱い炎が空を駆け抜け、速度を更に高めていく。
 アカツキ/デスティニーの背部のバーニアから噴射される炎が更に燃え上がる。
 レジェンドは未だ気づいていない。アスランとキラがレジェンドの狙いを逸らしたが故に、それ以外の全てに対して注意力が散漫になっている―――バリアジャケットが効果を発揮するのはあくまで認識方向に対してのみ。故に死角に近付けば近づくほど、無力に近くなっていく。
 巨大斬撃武装(アロンダイト)を右手で握り締めて、弓を引くようにして、構える――構えは刺突。
 左手のシールドを前に突き出し、突撃態勢。レジェンドがこちらに気づく。予想よりも反応が早い。蠢く触手(ケーブルが浮かび上がり、狙いを定めて突進してくる。その全てを更に“加速する”ことで機体の装甲を抉る触手の群れを突き抜ける。

「―――トライシールド。」

 アカツキの左手に行きわたっている魔力を全て左手に握りしめ、突き出したシールドに集中。その表面を魔法でコーティング――トライシールド。ギンガ・ナカジマの防御魔法を模したモノ。
 火花が散る。一瞬早く、レジェンドのバリアジャケットが展開する方が早かった。

 構うな、突撃。

 背部のバーニアを更に噴射。機体を覆う朱い炎が更に大きくなっていく。
 アカツキの左腕が罅割れて砕けていく。自身のバーニアによる突撃の衝撃を支え切れなくなっている。同時に障壁も罅割れていく―――突破まであと僅か。
 血走った瞳が更に朱く輝く。ガタガタと揺れるコックピットの中にあっても、朱く凶暴に輝くその瞳は一心不乱にレジェンドを見つめたまま動かない。視線に込められる感情は憎悪と憤怒。朱い瞳の中心に金色の輝き―――瞳の色に僅かに金が交る。
 盾を握りしめるアカツキの左手に朱い魔力が集中し凝縮―――結晶化。決して離しはしないとでも言いたげに。同時に操縦桿を握る両手部分にも朱い炎が凝縮し結晶と化してシンとアカツキを“接続”する。

『結晶化が始まっている。シン、それ以上は危険だ。』

 デスティニーの声が聞こえた。
 声すら出せないほどの魔力放出と接続による魔力“循環”。自分が自分で無くなっていく感覚。
 自分が人間以外の何かに作り返されている実感。

(危険だからって、それがどうしたんだ。)

 心中で呟き、デスティニーの制止を無視して、魔力放出と循環を受け入れる。
 視界が朱く染まる。限界を越えた魔力行使の代償―――瞳の金色が強まり、頭痛が酷い。自分自身にも違和感を感じ出す。
 知らず、口元から毀れる紅い液体。吐血している。鼻血も出ている。顔が紅く染まっていく。コックピットを紅く染めていく。
 痛みは当然ある。不安も当然ある。失禁しそうなほどの恐怖と、意識を喪失しそうなほどの憤怒が両立する。
 恐怖は自分が変わっていくことへの恐怖。
 そして、憤怒は自分の邪魔をする目の前の巨人に対する憤怒。

 守れなかった誰かがいた。
 守りたかった誰かがいた。
 その果てに守りたい二人を見つけた。
 殺されたと思いこんで、勝手に壊れて、勝手に死のうとして、何も出来ずにここまで“逃がされた”。

「二人が、待ってる、んだ……」

 魔力障壁が再生され、ひび割れが小さくなっていく。バーニアの噴射が更に大きく、強く吹き上がる。
 壊れそうな左腕を走る亀裂。そこに朱い炎が混ざり込んで、埋め尽くし、再生していく。

「俺を、待って、る、んだ……!!」

 アカツキの盾が“変質”する。流しこまれる魔力によって浸食され、変質していく。イメージは全てを貫くモノ。こんな魔力障壁“如き”では絶対に防げないシン・アスカにとって、何よりも貫くことに特化した姿。それは杭。全てを貫き、風穴を開ける、螺旋杭(ドリル)――リボルビングステークの姿へと。変化はそれだけに終わらない。その盾を覆う炎が硬質化し、剣のようにして、先端が伸びていき、二股の大剣――全てを切り裂く高速の二連刃。ライオットザンバーの刀身へと。
 変質の果てに現れたのは、先端が二つに分かれて伸びた巨大な二重螺旋杭(ダブルドリル)。

 一度きり―――恐らく二度と出来ないモビルスーツに乗っているからこそ出来る芸当。
 魔力によって変質させ、魔力によって強化する。
 操縦者であり、魔導師でもあるシン・アスカにだけ出来ること――彼だけが命を籠めて、出来ること。血を吐きながら、血を流しながら、命を削って、願いを掴むために出来ること。

「だから……!!」

 ガリガリガリと削岩機のようにして二重螺旋杭(ダブルドリル)がレジェンドが生み出した魔力障壁を“削り取っていく”

 回る。回る。回る。回る。回る。回る。回転するごとに障壁を削り取って前に進む。
 (ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ)

 触手(ケーブル)からの攻撃は未だ止まない。それらを全部無視しして障壁を削り取って前に進む。
 (ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ)

 ――何よりも腹が立つのは、いじけていただけの自分自身だった。皆、苦しみながらも前へ進んでいた。進もうとしていた。

 アスラン・ザラも、キラ・ヤマトも、カガリ・ユラ・アスハも、ラクス・クラインも。
 八神はやても、ドゥーエも、それにあの二人も―――ギンガ・ナカジマも、フェイト・T・ハラオウンも。
 自分だけが大甘だった。何が、守るだ。何が、それでいいだ。

(いい訳無いだろ。)

 あの4人に何があったかなんて知らない。知る由もない。
 けれど、あの4人は今も前を向いて頑張って――その上で成長していた。
 八神はやてはいつの間にか劇的に変化していた。何故変わったのかは分からない。けれど、かっこいいと思った。迷いを振り切って、邁進する彼女を格好良いと思ったのだ。
 ドゥーエは変わり果てて、本来ならやりもしないような子供を守る為と言って戦っていた。絶対にそんなことをやりそうにもない彼女だって変わっていた。

 あの二人だってきっと―――苦しんで、想いを告げたはずなのだ。今、自分は同じ想いに支配されているのだから。なのに、肝心の自分は返事を返すこともせずに、彼女達を守れなかった。

 自分は、ただいじけて、下ばかり向いていた。
 腹が立った。心底、腹が立った。誰よりも自分に―――何もしなかった、自分自身に。

「お、れの……」

 血を吐いた。鼻血が止まらない。そんなことどうでもいい。
 死んだくらいで諦めるな。危険だからって諦めるな。

「邪、魔、を……」

 好きな女がいるのなら、

「するなあああああ!!!!」

 絶対に諦めずに奪い返す。叫びとともに二重螺旋杭(ダブルドリル)を更に押し込む。

 ―――魔力障壁に穴が開いた。瞬間、そこを中心にひび割れが広がっていき、穴が更に巨大化する。
 迷わず、そこにアカツキを飛びこませ、加速。咆哮。

「デス、ティニイイイイイイ!!」
『機能(システム)・光翼(ヴォワチュールリュミエール)展開――巨大斬撃武装装填(ソードバレルフルフラット)。光速射出武装“デファイアント”――――詠唱開始(スタート)。』

 デスティニーの呟き。現在デスティニーはアカツキの状態維持に能力の多くを費やしている為に自動詠唱が出来ない。故に口頭詠唱でしか魔法が使えない。
 故に紡ぐ。言葉を――自身への憤怒とともに、大切な人達が定めた、言葉を紡いでいく。
 更に加速。レジェンドの右腕に握りしめられた巨大な光刃――ビームサーベルが振り払われた。
 左手に掴んだままの盾――今は、二条の螺旋杭――で、それを受け止める。受け止めきれずに爆発。左腕が死ぬ。爆発の反動でさらに加速。レジェンドが近づく。
 呪文詠唱開始。
 デスティニーから流れ込む呪文の渦。
 立体的に、平面的に。
 迸る言葉は全て自身の口から流れていくだけの言霊――意味など分からない。
 ただ紡ぐ。
 
 魔法とは紡ぐモノだ。
 世界を、事象を――魔力と言う不可視の存在によって、可視なるモノへと変える術。
 現実を空想で塗り潰す世迷言の究極形。
 故に、“接続の媒介”として、最も音声が適当となる。

 故に紡ぐ。
 詠唱を――魔法と言う存在の最も原初の形を。
 声を放ち、意思を放ち、ソレを放つ。
 裏切りの大剣を打ち放つことで形成される高速の射出――投槍(ジャベリン)を。

『我は炎、割れは憤怒、我は朱――』
(アアアアアアアアアアアア――)

 高速詠唱。通常の7倍で紡がれる言葉は金きり声にしか聞こえない。
 唱えているシン自身、口を動かしていると言う実感は無い。
 彼はただ叫んでいるだけに過ぎない――己の感情の迸りのままに。

『我が翼は全てを燃やす破壊の火。我が剣は全てを裏切る憎悪の剣。法を破り意思を貫く憎悪の証左――』
(アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――)

 人間の可聴域を超えた言葉の紡ぎ。ディスプレイに液晶部分にヒビが入り、声がコックピットを震わしていく。可聴域を超えた大音量が鼓膜を破り、聴覚を潰していく。
 血走った眼。悪鬼羅刹の如く歪み切った顔。その只中において、一心不乱にシン・アスカの瞳は巨人を――友の亡骸に目を向ける。

「憎悪となりて、憤怒となりて、全てを斬り裂け、機能(システム)光翼(ヴォワチュールリュミエール)顕現――」
(アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――)

 次元両断跳躍とはA点とB点という座標を繋ぎ、小規模次元世界を作成し、その中に入り込んで、加速させる術。
 作成された小規模次元世界内においては重量、重力、空気抵抗等のありとあらゆる減速の原因を除外されることで、跳躍する“物体”は亜光速の速度を得る。
 そしてインパクトの瞬間にその除外を解除し、亜光速で激突させたならばモビルスーツ程度―――否、“何であろうと”粉々に食い破る。
 故に跳躍は一瞬。それ以上の跳躍は不要。一瞬の跳躍で十分すぎる。
 触手(ケーブル)を掻い潜りながら、接近。放たれたドラグーンの掃射がオオワシに被弾した。
 コンソールを叩いてオオワシとの接続を解除。一瞬、後に爆発―――爆風を背に受け、そのまま加速し、真っ逆さまにレジェントの頭部に向かって落下―――巨大斬撃武装(アロンダイト)を構え直す。構えは振り被るように――槍投げのようにして。 
 それは手向けでもあり、墓標でもあり、生前の彼に抱いていた信頼そのものでもあり――その全てを超えて、シン・アスカがこれより超える全てへの咆哮でもある。

「ああああああ!!!!!」
(アアアアアアアアアアア)

 咆哮とともに片腕だけのアカツキが、その全重量を込めるように振り被った巨大斬撃武装(アロンダイト)を突き出した。
 機能(システム)・光翼(ヴォワチュールリュミエール)――フラッシュエッジが輝き、羽撃たく。

 ――瞬間、巨大斬撃武装(アロンダイト)が揺らめいた。戦友の剣(デファイアント)の発動準備――光速射出術式発動。
 光を超えて、全てを超えて、運命すらも裏切って――射線上の全てを穿ち抜け。

「ぶち抜け、レイ――――――!!!」
(アアアアアアア――――――!!!)

 言葉と巨大斬撃武装(アロンダイト)を更に押し込む。瞬間掻き消える巨大斬撃武装(アロンダイト)。次元両断跳躍。跳躍は一瞬。加速は一瞬。距離は僅かに数m。
 光速の加速を受けた巨大斬撃武装(アロンダイト)は、その僅か数mの超加速で亜光速に達し、その切っ先の延長線上の全てを“突き穿つ”。
 破裂する顔面。断裂する体躯。爆発する装甲。地面に突き刺さり、地面すら突き破る。爆発が天を突く。凄まじい爆風。アカツキが爆風に吹き飛ばされた。
 次の瞬間、レジェンドのそこかしこで爆発が起きる。右腕が、落ちる。中心に存在していた、黒と青のカラーリングのレジェンドはすでに“存在しない”。
 戦友の剣(デファイアント)によって、文字通り、消滅させられたのだ――その装甲の欠片の一片すら存在しないほどに、徹底的に。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙……」

 一瞬で身も蓋もないほどに徹底的に破壊しつくされたレジェンドの咆哮―――むしろ慟哭。
 巨大斬撃武装(アロンダイト)が突き刺さっていた場所を中心に、レジェンドが真っ二つに断ち切られ、崩れ落ちる。
 右腕が崩れていく。次いで左腕が、両足が、胸が、顔が、背中のバックパックが、その全てが――元々の姿に戻り、崩れていく。
 触手(ケーブル)はケーブルへと。装甲は数多のモビルスーツ及び戦艦、戦闘機へと。
 本来の姿へと還り、瓦礫と化して消えていく。

『シン!!』

 爆発で吹き飛んだアカツキをルナマリアの乗るムラサメが受け止める。
 装甲は原型も残さないほどにボロボロ。頭部は半分以上吹き飛び、左腕は根元から存在していない。背部のオオワシはすでに接続を解除し、切り離している。
 見るまでもなく崩壊寸前と言ってもいい。再生されたはずの右腕は既にそこには無い――元通り食い破られた状態に戻っている。
 コックピット内部も酷いもので、そこかしこから火花が散っており、前面のディスプレイだけが奇跡的に生き残っている。
 衝撃が響き渡る――ムラサメがアカツキを地面に下ろした音。
 身体中が痛い。両手を覆っていた朱い結晶は戦いが終わればすぐに砕け散った。同時に鼻血や吐血も止まっていた―――身体の内部に今も残る疼きは消えない。多分、一生消えない。
 自分が何か別物になっていく恐怖は今も消えない。

「いいさ。ああ、しなきゃどうにもならなかったんだ。」

 呟いて、その事実を受け入れる。
 事実、その通りだ。
 恐らく、他のどんな方法を用いたところで、あの巨大レジェンドは倒せなかった。
 死中に活を見出した訳でもないが―――消去法で考えれば、それ以外に無かった。
 朦朧とした意識のまま、ディスプレイに目をやる。
 レジェンドの残骸が、黒く波打っている。それまでのような触手の蠢きではなく、夜の海面のようにして、波打っている。

 ―――あの巨人を滅ぼすことで特異点は扉となって、時代を繋ぐ。お前たちは、ミッドチルダに舞い戻ることが出来る。

 あの夢の言葉を思い出す。操縦桿を握る手に再度、力を込める。

「……ったく、休む暇くらい、くれよな。」

 呻くように呟き、身体を起き上がらせ、はやてとドゥーエに念話を送る。

「聞こえ、ます、か……八神さん」
【シン!?大丈夫なんか、シン!!】

 声が聞こえたことに安心し、そこにいるはずのもう一人に呼びかける。

「ドゥーエも、聞こえてるか?」
【……いるわ。そんなことよりも貴方大丈夫なの?】

 二人が共に無事でいることに安堵する。それに大丈夫だと声を返しディスプレイ越しにレジェンドを確認する。
 黒く波打つレジェンドの残骸の群れ。先ほどよりも激しく波打ち、まるでそこだけ黒い水たまりのようになってきている。
 転移の瞬間は近い。

「……2人とも、今直ぐこれに乗ってください。」
【シン?】
【……その機体に?】

 怪訝に思っている声音。当然か。残骸寸前のこの機体に乗り込んでくれとい言う方がおかしい。

「……ミッドチルダへの門が、開きます。早くこの機体に乗って、ください。生身で行くのは流石に……怖いでしょ?」
【……シン、なんで、そんなことを知っとるんや。】
「教えてくれた奴がいるんですよ、全部、ね。」

 そう言って、念話を切って全身の力を抜いて、深呼吸を繰り返す。
 起きているだけで気が遠くなるような疲れを感じる。筋肉痛で全身が痛い。正直、出来るなら今すぐにでも眠りにつきたい。
 だが、

「……あの二人は、連れて帰らなきゃな。」

 この時代では生きられないとあの女―――リインフォースはそう言った。ここに置いていく訳にはいかない。死なせるつもりは毛頭ない。
 だから、連れていく。
 あの世界――ミッドチルダへと。
 ハッチをこんこんと叩く音。コンソールを叩いて、ハッチを開ける。差し込む陽光と共にコックピットに聞こえる声。

「……シン、生きとるか?」

 間近から聞こえる声――念話ではない生の声。

「八神、さん……か。」
「……こんな狭いところにどうやって3人乗るつもりなのよ。」

 呆れ気味に呟くドゥーエ。瞳を開いて、二人を確認する。

「……何とか、入ってくれ。流石に、生身で、行くのは怖いからな。」

 二人が入ったことでコックピット内部がかなり狭くなる。
 二人の身体が自分の肘や肩に当たる――いつもなら胸がドキドキするところかもしれないが、生憎、今はその元気すら無い。

「変なところ、触んないでよね。」
「…そんな元気あると思うか?」
「どーだか。」

 ドゥーエの呟きに嘆息しつつ、操縦桿を握りしめ、コンソールを叩く。
 コックピットハッチを締めて、アカツキを支えるムラサメに向けて通信。

『…シン?』
「ルナ、俺行くよ。」
『行くって……その、あんたが飛ばされた世界に?』
「ああ。待ってる人がいるんだ。」

 告げる言葉。僅かな沈黙。答えが返ってこない。
 別に、無言で去っても良かった。けれど、どうしてかそうはしたくなかった。
 昔みたいに済し崩しで別れるのだけはどうしても嫌だったから。

『シン、アカツキ、こっちに向けてコックピット開いて。』
「ルナ?」
『早く。』

 声の調子は強く、絶対に譲らないと言う意思を感じさせる。
 アカツキを立ち上がらせ、ルナマリアの乗るムラサメに向け、言われた通りにコックピットハッチを開ける―――見れば、ムラサメもコックピットハッチを開けている。
 風が吹く。傷ついた身体を引きずるようにして、シートから立ち上り、コックピットハッチに足をかける。ルナマリアが懐から何かを取り出そうとしている。

「忘れ物よ」

 呟きと共に彼女が何かを自分に向けて放り投げた。
 風を切って迫る飛来物。それが何かも視認出来ずに反射的にそれを受け取った。

「……これは」

 手にはいつからか無くしていたフェイスバッジ。あの、戦争の象徴―――思い出の品物。この世界に自分がいたという証。

「ルナ、これって……」

 顔を上げて彼女に向ける。

「ばーか。大事なモノ忘れてんじゃないわよ。」
「……大事なモノ、か。そうだな。貰った時は大事だったんだよな、これ。」

 フェイスバッジを掲げて日光にかざす。
 自分はこれをいつ失くしたかも分かっていなかった―――ルナマリアが持っていったなど考えもしなかった。
 良く見れば傷だらけで、何度も何度も補修された痕があった。
 割れた部分を補修したような傷跡。ルナマリア自身が何度も何度も壊しては補修を繰り返してきたのだろう。自分が持っていた時は一度も壊したことなど無かったのだから。
 もしかしたら、彼女が自分を忘れようとして壊して、けど忘れられなくて直して……そんな彼女の想いの軌跡そのものなのかもしれない。
 そんな風な自惚れが脳裏に浮かんで―――消える。
 多分、それは仕舞い込んでおくべき想いだ。
 自分には―――もう、待たせている人が、二人もいる。
 それにこれを投げたと言うことは、ルナマリア自身、もう、吹っ切れているのだろう。
 フェイスバッジを懐に仕舞い込み、コックピットハッチを締める寸前―――背中越しに呟いた。

「……またな、ルナ。」
「ええ、またね、シン。」

 ハッチが締まる。狭い室内で二人が自分を見つめていた。

「……何ですか?」
「本当に、行ってええんか、シン?」

 はやてが呟く。どこか心配そうに自分を見つめて。

「いいんですよ。」

 笑いながら、呟いて一抹の寂しさが胸を掠めた。
 多分、これは今生の別れだ。
 もう、二度とこの世界には―――この時代には戻ってこないことになる。それはルナマリアも分かっている、と思う。
 なのに、別れの言葉は“また会おう”。
 会えないのに再会を約束して、どうするのだろうかとも思ったが―――絶対に会えないことを覚悟した“さようなら”よりも、少しでも望みを残した“またな”の方が気分が良い。
 自己満足にもならない言葉遊び。中途半端な別れの言葉。
 けれど、胸には寂しさだけでなく、爽やかな満足感があった。これでいいと思える満足感があった。

「俺たちらしくていいんですよ、これで。」

 自分達らしい幕引き――言ってからその通りだと思った。シートに座り、操縦桿を握り締め、フットペダルに足を掛ける。

「……しっかり、掴まっててくださいね。」

 フットペダルを踏み込み、アカツキを動かす。

「ちょ、ちょっとシン、えらい揺れてるんやけど、これ大丈夫なんか!?」
「熱っ!?ちょっと、何か火花散ってるわよ!?」
「多分、少しの間だから我慢しててください!!」

 不安げに呟くはやてと、背中を押さえて熱がるドゥーエ。

「多分って……熱っ!?」
「……うっぷ、何か酔ってきた。」 

 あまりの揺れにはやての顔が青くなり、ドゥーエが背中を計器類から離すようにして背中を逸らす。

『……シン、止まった方がいいんじゃないのか?』

 デスティニーの呟きに一瞬、思案した時、アスランからの通信が入る。

『シン、お前、どこに…』
「……悪い、アスラン。やっぱり、あんたの下で働くこと、出来そうにない。」

 背部のオオワシはすでに存在しない。飛行することは不可能。だから走る。ボロボロのままレジェンドに向けて走り出す。
 はやてとドゥーエの叫びが大きくなる。気にせず加速。

「待ってる人がいる。だから、行ってくる。キラさんや、ラクスさんに子供たち……あとアスハや他の人にもよろしく言っといてくれ。」
『シン!?おい、ちょっと待て、シン!!』
「悪いがこれ以上待たせる訳にもいかない……!」

 言葉とともにフットペダルを踏み込んでアカツキを更に加速させる。目標は、波打つレジェンドの残骸――もはや、黒い海とも呼べる状態になっている。
 そこに向けて跳躍。スラスターを全開。一直線にその海に向けて、落ちていく。
 アカツキの足が黒い海に触れる―――寸前に一言だけ呟いた。

「またな、“先輩”。」

 呟きと同時に黒い海に足が触れた。本来あるであろう衝撃は何も無く、ただ落ちていく。本当に、扉を潜るようにしてアカツキが海に落ちていく。

『……せ、ん……シン、お前今何て言った!!シン!!おい、ちょっと!!シン!!シン!!シ…』

 画面は既に暗闇。光一つ差さない真っ暗闇―――通信が途絶する。同時にレーダーや全ての計器類から反応が“消える”。

『境界面突破―――特異点突入。』

 デスティニーの呟きに安堵する。恐らく、これでミッドチルダに行ける―――どこに行くのか、どうなるのか、などは分からないが。
 デスティニーに声をかける。

「……デスティニー、後、任せていいか?」

 安堵したせいか、瞼が非常に重い。全身に力が入らない――極度の疲労だ。

『問題無い。寝ていろ、シン。起きた頃にはミッドチルダにいるはずだ。』

 デスティニーの声に思わず、全身の力が抜けて行く。シートに体重をかける。瞼を閉じる。

「…わかった、なら、後は……ま、か…せ」

 言葉を全て言う前に意識が落ちていく。
 耳にはやてやドゥーエの慌てる声が聞こえたが、それも一瞬で、すぐに意識は消えていく。

 ―――夢。夢を見た。
 ベッドで眠る自分を起こしに来る青い髪の女性――ギンガ・ナカジマと金髪の女性――フェイト・T・ハラオウン。
 左手の薬指には銀色に輝く指輪。自分の左手には二本の指輪が。
 以前、自分が頭腐ってるんじゃないのかと断じた夢。
 多分、これは自分の願いそのものなのだろう。どうやら、自分の頭は自分で思っているよりもはるかに、桃色に汚染されているらしい。
 そうして、やってくる子供。勝気な青い髪の少女と穏やかな金髪の少女。多分、母親によく似ているのだろう。
 ギンガとフェイトをそのまま小さくしたような子供たち。
 笑いながら、4人ともを抱き締めた。
 ―――夢はそこで終わる。

「……これが、答え、か。」

 呟いて意識が再び眠りへと舞い戻る。
 いつか、自分はそこに辿り着けるのか――分からないけれど、今はそこに届くと信じて生きていこう。
 誰かを幸せにする為に―――自分が幸せになる為に。

 ―――物語は、今、折り返す。
 これは、滅びの運命に支配された宇宙の運命を真っ二つに両断する大馬鹿野郎の物語。


 そうして、物語は終盤を迎える。

「……さあ、始めようか。私たちの反逆を。」

 仮面の偉丈夫が口を開いた。
 紅い髪の美女が頷く。
 金髪の優男が頷く。
 朱い服を着た子供が頷く。
 金髪の柔和な女性が頷く。
 犬が頷く。
 蒼い髪の少女が頷いた。
 その傍らにいる桃色の髪の子供も、金髪を二房に結んだ少女も。
 その後方で、呆然と彼らを見る、金髪の女性だけが震えていた。信じられない現実を目の当たりにしたからだろう。

 ―――彼らが反逆するのはこの世界そのもの。それまで自分達が命を預けていた組織そのもの。

 記憶を失って、流されるままに、この場にいる彼女――フェイト・T・ハラオウンとは前提からして違うのだ。覚悟と決意が。
 仮面の男が呟いた。

「……早く、来いシン。主役無しでは物語は締まらない」

 皆が、その一言に反応する。
 そして、その言葉を聞いて、金髪の女性の震えがピタリと止まった。止まったことに彼女自身、更に辛そうに顔を歪ませている。
 そこは、メゾン・ド・ミネルヴァと呼ばれるビルの地下4階。
 1階には純喫茶・赤福が存在する場所。
 金髪の女性――フェイト・T・ハラオウンはただ瞑目する。失った“記憶”と今の自分がまるで繋がらない事実に困惑と不安を覚えながら。
 自分の知らない内に、壊れてしまった現実に恐怖を覚えながら。
 そして、エリオ・モンディアルが裏切ったと言う事実に―――その理由に“シン・アスカ”という男に自分が持った恋心があったのではないかという恐怖しながら。

(私は、エリオを、裏切ったの……?)

 声は誰にも届かない。
 胸に疼くのはやりきれない怒りと身勝手な悲哀。
 シン・アスカという“見知らぬ”男への行き場の無い感情だけ。
 私は、フェイト・T・ハラオウン。大切なはずの子供を裏切った“かもしれない”駄目な女。

 ―――キャロ・ル・ルシエはそんなフェイトをただ悲しげに見つめる。エリオが敵になったことへの悲しみではない。それは、フェイトが抱いたシン・アスカへの想いが消えてしまったことへの悲哀だった。


 窓は無い。目がさめればここにいた。
 暗い部屋。その中で私は鎮座する。
 胸には暗く、紅く燃える篝火。
 その男のことを思うとそれだけで胸が高鳴る――憎悪にも思える焔が点火する。

 憎悪のように思えるのは、刻み込まれた記憶のせいだ。そして――その男のことだけがどうしても忘れられなかったから。
 ――どうして、その男をそこまで覚えているのかは分からない。
 それでも――こびり着いた幾つもの記憶の残滓が、憎悪のような焔を燃やし始める。

 引き裂かれる父親―――らしき人。
 首を刈り取られた母親―――らしき人。
 潰された妹――らしき人。

 皆の死に様を思い出す度に、心が疼いて憎悪が燃えて――それが本当に憎悪なのかすら分からないのに、私はその感情を愛おしいとすら感じる。
 他には、もう何も無いのだから。
 だから、残された、ただ一片の記憶に私は縋りついて――この胸の空虚を埋めてくれるのだと期待する。
 
 ラウ・ル・クルーゼという男が教えてくれた、家族らしき人を殺していく男の名前。
 ―――シン・アスカ。

 まるで信憑性の無い情報の羅列。信じることも出来ない――けれど、信じるモノなど他に無い。

「……シン・アスカ。」

 その名前を思い出すだけでこんなにも胸がざわめく。
 この空っぽの脳髄に残された唯一の記憶だからこそ、私はその記憶が愛おしい――縋りつくのだ。
 それ以外に、私がここにいたと言う証は無いのだから。

「……ブリッツキャリバー。」

 呟いて、自分の元に大気を“泳いで”近づく一匹の機械仕掛けの外見をした蛇。“彼女”は無言でマフラーを巻くようにして私の首元に絡まっていく。

「……どんな人、なんだろう。」

 愛おしげに呟いて、明かりの無い天井に目をやる。

「早く、会いたいな。」

 小さく呟いて、暗闇に目を向ける。

 私の名前はギンガ・ナカジマ。
 シン・アスカの天敵(アークエネミー)にして、最高の魔導師殺し(カウンターマギウス)。
 シン・アスカという男に家族を殺され、記憶を失くした馬鹿な女。

 ―――失った自分の記憶と引き換えに、復讐を誓った愚かな女。

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 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

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