68.ハジマリ(g)
◇
脳裏で何かが砕け散る。失われる瞳の焦点。
舞い降りる全能感/舞い戻る焦点――朱い瞳は今再び、焦点を結ぶ。
世界全てを俯瞰するような――自身を中心にした半径数十mの空間が自分と同化したような、天を掴むような感覚。
落ちていく自分――落下の風圧でまともに息をすることも、目を開けていることですら、難しい/問題ない。
粉々に砕け散った戦友(トモダチ)。そしてこの手には見た事も無い――けれど、何よりも手に馴染む“短剣”。
刀身は朱。柄は黒色。形状はアカツキの起動キーとしてカガリ・ユラ・アスハに渡された短剣。色合いだけがまるで変わり、見た目の印象が別物のように変化している。
そして刀身に刻まれた言葉もまた変化している―――“SAVE YOUR LOVERS(愛する者を守れ)”。
薄ら寒くなるような気障な言葉。こんな言葉を考えた“モノ”の正気を疑いたくなるような―――だが、今だけはそれに同意する。
実際、自分の心にある言葉もそんなモノに過ぎないのだから。
「ああ、分かってる。」
笑いながら、短剣に向かって呟く―――まるで既知の友達と話すかのようにして。
下を見る。地面に接触するまで残りもう5秒も無い。死が刻一刻と迫っている。
上を見る。夥しい数の触手が迫ってくる。こちらも接触まで5秒も無い――触手の攻撃に寄って黄金の装甲に幾つも傷がついたアカツキが見えた。右腕が触手によって食い破られ、全身の装甲を走る何本もの裂傷。恐らくはまだ動くだろうが、最大の特徴であるヤタノカガミに関してはもはや使用出来ないだろう
ヤタノカガミがあってこそのアカツキ。無ければ凡百――とまではいかないがオーブの象徴とまでは言われることは無い。即ち、その時点でアカツキは死んだも同然と言って良い。
対抗するべき力――モビルスーツは無い。敵は巨人―――全長100mと言う途方も無い大きさのモビルスーツ。
それを前にして、無防備極まりない自分が浮かべるのは、絶望の嘲笑ではなく不敵な微笑み。
落ちれば死ぬ。戦えば死ぬ。そんな当然の確信―――本来感じるはずの死の恐怖。
そんなものはどこにも無い。
短剣を空に向けて突き出す。一瞬、シンの全身を朱い光が駆け抜ける―――流れ込む術式と情報。
目を開く。澄み切った朱い瞳が、レジェンドを捉えた。
「―――始めるぞ、“デスティニー”。」
『ああ、行くぞ、シン。』
レイのような口調に乗せられる声音は以前とは違う“女性のような”声。初めて聞いたはずなのに、まるでいつも聞いていたような不思議な声音―――マユのような、ステラのような。
全身を覆う朱い炎――随分と久しぶりのように感じられる、エクストリームブラストの炎。心臓の鼓動が加速し、一秒という単位が分割され、意識が引き伸ばされて行く。
同時に短剣が輝き、その姿を瞬く間に変えて行く。短剣の刀身に朱い幾何学模様の光が走る――分割されていく刀身。
折り畳み梯子が展開されるようにして、刀身が伸びていく。刀身の峰に展開される砲身。
柄と思しき場所には以前のような双剣は無い―――排気口(マフラー)のように伸びて行く筒のみがそこにある。
柄の中心には、以前は右手首に装着していたリボルバーナックルの回転式弾層(シリンダー)が埋め込まれている。
回転式弾層(シリンダー)が連続で3回転し、排出されるカートリッジ。3連続リロード。膨れ上がる“魔力”。
『光速移動術式展開。機能(システム)・光翼(ヴォワチュールリュミエール)顕現―――次元両断跳躍確定。』
声と同時に展開される新たなパーツ―――シンの背部に現れ、浮かび上がるフラッシュエッジ。朱い光刃が翼のように伸びて行く。刃が向く方向は下方に向けて。
続いて、朱い光がシンの右腕に伸びて、バリアジャケットを生成して行く。
赤服のような意匠―――色合いは黒を基本に、朱いラインが裾を走り抜いて、朱と黒のコンラストを描いて行く。その朱の中心を通る金色のライン。シンの服装を塗り替えていく。
変化は一息で終わる。
「―――俺が全部ぶった切る。その間に、お前はアカツキを遠隔で操縦…出来るか?」
『愚問だな、シン。出来ないとでも思ったか?』
以心伝心。返答は一言。
「……いいや、思ってないさ。」
唇が嬉しげに歪んだ。
背部のフラッシュエッジ―――現在の名称は機能(システム)・光翼(ヴォワチュールリュミエール)。“次元両断跳躍”を行う為の次元両断武装―――から噴き上がる朱い刃が間欠泉となって吹き上がる。
「行くぞ。」
呟き。視線の先には巨大なレジェンドと戦うモビルスーツ―――そして、魔法を使う女達。
均衡が崩れている。自分をレイの元に行かせる為だけに全身全霊を懸けてくれたのだから当然とも言える。
『巨大斬撃武装展開。』
デスティニーの呟き。空間が揺らめき、そこにデスティニーを突き刺し“解錠”する。巨大斬撃武装(アロンダイト)との接続の開始――刀身の先端が巨大斬撃武装(アロンダイト)の柄頭に接触/接続―――引き抜く。
翼から噴き上がる間欠泉の勢いがさらに強くなる。
巨大斬撃武装(アロンダイト)を覆い尽くし、朱く染め上げていく。
全身を覆う全能感は変わることなく―――手に入れた全能感が舞い戻る。
視界が、“歪む”/機能(システム)・光翼(ヴォワチュールリュミエール)が回転し、空間を両断する―――即ち羽撃たき(ハバタキ)。朱い翼の羽撃たきが、次元を両断する。“果て”と“始まり”が一つになり―――世界が塗り替わる。
◇
「……あの馬鹿。」
落ちていくシン・アスカを見て、八神はやてが呟いた。
「……失敗したって訳?」
触手に埋もれていくシン・アスカを見て、ドゥーエが呟いた。
アカツキも同時に落ちていく。触手(ケーブル)が押し寄せ、アカツキの黄金の装甲に亀裂が入る。右腕が砕け散った。そして、自由落下―――重力に従って真っ逆さまに落ちていく。
シン・アスカの姿は見えない。既に触手に埋もれてどこにもいない。
「くそった、れ……!?」
毒づいたはやての全身から力が抜けていく。十字の意匠が施された杖――シュベルトクロイツが待機状態へと変化する。次いで、全身を覆っていた魔力が凄まじい勢いで消費されていく。
「魔力が……消え、てく?」
咄嗟にドゥーエの身体にしがみつく。
魔法が使えないほどに魔力が消耗していく――違う、魔力が自分が構築した術式以外のどこかに“流れ込んでいく”。ドゥーエが自分を抱き締めながら、移動――触手の群れを回避し、位置を変える。
「……何よ、魔法使えなくなったとか言うつもりじゃないでしょうね?」
ドゥーエが心配そうに呟く。その問いに、返答を返そうとして―――気づく。この魔力がどこ流れ込んでいるのかを。
「……どんだけ待たせるつもりや」
ばっと上空に目を向ける―――頬に微笑みが浮かび上がる。
はやての視線に釣られてドゥーエもそちらを見上げる―――口元が緩み、軽く微笑んで彼女が呟いた。
「……確かに、待たせすぎよね」
見えるモノはこれまで全く気付かなかった、見覚えのある朱い炎と巨大な剣が、上空からこちらに向かって来ている―――魔力はそこに流れ込んでいる。まるで、ヴォルケンリッターへの魔力供給を行うようにして――量は比較にならないほどに多いが。
『どっけええええええええええ!!!!』
絶叫の如き咆哮。八神はやてとドゥーエを守るようにして、その眼前に一切の減速無く落下してきた朱い炎を纏った巨大な剣と、それを振るう一人の人間。
自らの数十倍はあろうかという巨大な剣を顔を歪めながら振るって、触手を、足を、薙ぎ払う。
朱い瞳の二股野郎――シン・アスカがそこにいた。
◇
――状況は先ほどよりも明らかに悪くなっている。
インフィニットジャスティスの全身のそこかしこから煙が上がり、装甲には幾つもの亀裂が入っている。ビームライフルは破壊され、左足に設置されたビームブレイド発生器も大破。元々の装備が多い為に、戦闘が出来ない、武器が無いというほどの最悪の状況ではないが――それでも満身創痍と言ってもいいような状況だった。
中破したインフィニットジャスティス。それとは対照的に未だに無傷に近い、ストライクフリーダム。戦闘における役割を考えれば当然なのかもしれない。だが、その無傷はインフィニットジャスティスがいてこその無傷。最も危険な場所で敵の攻撃を引きつけているアスラン・ザラがいるからこそ、ストライクフリーダムは砲撃と回避に専
念する余裕があった。均衡はすでに崩れ始めている――アスラン・ザラが撃墜された時、その時完全に均衡は崩れる。
鋭い視線を戦場に向けながら、キラはそれを冷静に受け止める。
ストライクフリーダムというモビルスーツは、あくまで戦場を“制圧”する為のモビルスーツである。速度を上げる為に装甲を排除した高速移動砲台であり、攻撃を受けることなく避けることで処理することを余儀なくされている以上、何かを守ると言うことに全くと言っていいほどに向いていないのだ。
故にストライクフリーダムの行える守護とはあくまで制圧。敵が攻撃する前に攻めて落とす。機体の特性上、そうなるのは必然だった。
だが、この巨人――レジェンドにはそれが通用しない。如何にストライクフリーダムの火力が優れていようと、それはあくまで通常のモビルスーツを相手にした想定での話。これほどのサイズのモビルスーツなどは想定外もいいところだった。
そして、現在の場所は地球―――重力の枷がある場所だ。宇宙空間のように無重力であればドラグーンによる攻撃も行えるが、重力がある場所でそんなことは不可能である。またドラグーンを使用出来ない以上、ストライクフリーダムは機体の最高速度を発揮することも出来ない。ストライクフリーダムは、自身のバーニアの排出口に収納されてい
るドラグーンによって最高速度を出せないと言う欠点を持っているが故に。
元より、宇宙での運用を基本として製造された機体なのだから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが―――思えば、馬鹿な機体だと思う。いつ如何なる時であろうともフルスペックを引き出せないモビルスーツというのは。
(……だけど、このままじゃいつか均衡は崩れる―――多分、それはもうすぐだ。)
心中で呟きながら、状況を理解する。
―――ドラグーンを使用する方法は無いことも無い。
“無重力に近い状態”でなければ使用出来ないと言うだけで、“無重力状態でなければならない”訳では無いからだ。
故に方法はある。
だが、それは両刃の剣―――使用回数は1回のみ。それ以降はドラグーンを使うことは出来ない。
だからこそ、キラはソレを行うタイミングを探っていた。
この巨大なレジェンドには厄介なことに再生能力がある。どれほど攻撃を繰り返しても、しばらくすれば装甲は触手(ケーブル)によって埋められ、新たな装甲として再生する。
故に中途半端な攻撃はまるで意味が無いのだ。やるならば、再生する暇を与えない程の圧倒的な火力で一気に殲滅する以外に倒す術は無い。
―――だからこそ、彼はソレを行う瞬間を探っていた。殲滅のタイミングを。戦況が変化する一瞬を。
だが、もはやそれは無いだろう。この巨大なレジェンドを操っている人間をシン・アスカは助けに行き、そして失敗した。落ちていくシン・アスカとアカツキの姿は既に確認している。無論、触手の群れに飲み込まれていくシン・アスカの姿も。
「……やっぱり、そんなコミックみたいに上手くは……」
誰ともなしに呟いてる最中、通信が入る―――通信者の名前は“シン・アスカ”。
「……これは。」
『キラ、早くそこから離れろ!!』
「アスラン?」
『いいから、早く離れろ、キラ!!“巻き込まれるぞ”!!!』
巻き込まれる―――瞬間、全身の神経が総毛立つ感触。咄嗟にフットペダルを戻し、背部のバーニアを最大稼働。スラスターを全力で噴射し、その場から後方へ向けて全力後退。 見ればアスランも同じようにして、全速で後退している。
『どっけええええええええええ!!!!』
咆哮と共に眼前を駆け抜ける物体―――朱い炎を纏ったモビルスーツサイズの大剣を“携えて”、レジェンドの足を、触手を断ち切っていく人間。
剣が跳ね上がる。一陣の炎風となって、レジェンドの触手を断ち切り、さらには、
『だありゃああああああああああ!!!!!!』
その右足を“断ち切った”。
レジェンドが咆哮を上げて、後方に倒れていく。自身の自重を支えるには脚一本では弱すぎるのだろう―――尻餅をついて、既に瓦礫と化した高層ビルに倒れ込む。
『点火(イグニション)』
機械を通して発せられたくぐもった聞いたことも無い女性の声の呟き。
『多頭焔犬(ケルベロス)――――』
次いで、男の呟きと共にモビルスーツサイズの大剣から、人間サイズの大剣が引き抜かれる―――大剣の柄が瞬く間に変形して銃把へ、刀身からは男から見て左側に固定用の取っ手が現れる――刀身は変形しない。先端に朱い炎が収束する。
男の周囲に浮かんでいた二つの短剣――朱い炎の刃が噴き出している――が刀身の先端に近付き待機。刀身は大剣の先端と同じ方向へ。
男が纏っていた炎が刀身へと流れ込む。短剣の柄へも同じく流れ込む。炎が男の身体から消えていく。一瞬の静寂――文字通り、嵐の前の静けさ。
『一斉掃射(フルファイア)―――――!!!!』
叫びを引き金に大剣の刀身の先端から、二つの短剣の刀身から、朱い炎が発射/発射/発射/発射―――視認出来るだけで一瞬で6発。 残像を残して、放たれる何発――否、何百発という炎の魔弾。威力はモビルスーツには及ぶべくもない。故に数で誤魔化す。揉み消す。掻き消す。
『おおおおおおああああああああ!!!!』
蹂躙し殲滅する掃射/目に映る全てを壊して抉って燃やして消し尽くせ―――!!!!
(ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ―――!!!!)
「……は、はは」
知らず口元が歪む。笑いが抑えきれない。あまりにも荒唐無稽すぎて、目の前の光景が信じられない。
―――確かに聞いてはいた。魔法を使うと。闘っていたと。
それを疑っていた訳ではない。だが―――聞いていただけではわからないことがある。この目で見なければ分からないこともある。
大体、こんな光景を見せられたところで、現実に見ている人間以外の誰が信じるだろうか?
―――朱い炎を纏ったモビルスーツサイズの大剣を振るい、付近一帯の触手を断ち切り、終いにはその巨大な足を切り付け、身も蓋も遠慮も何も無い砲撃を繰り返して殲滅していくような“人間”がいるなど―――絶対に誰も信じない。
「…そういや、そうだね。君はあの時もそうやって、ボクの予想を超えたんだったね、シン・アスカ!!!」
朱い瞳と黒い髪。クラインの猟犬。虐殺者とも呼ばれた男。
再び、現れたモビルスーツサイズの大剣の上に立ち、レジェンドを睨みつけて、シン・アスカがそこにいた。
◇
巨大斬撃武装(アロンダイト)を大地に突き刺し、柄頭に立ちながら、レジェンドを見る。
断ち切った左足から再現無しに溢れ出てくる触手(ケーブル)の群れ。糸蚯蚓(ミミズ)のように絡まりながら、断ち切られた左足と肉体を繋げて行く――同じく全身に穿たれた穴を塞いでいく。
息を一つ吐き、瞳を閉じる。
風が肌を撫でて飛んで行く――自分がどこまでも広がっていくような全能感。
周囲に蠢く触手(ケーブル)の状況さえ手に取るように分かる。
戦時中、そしてミッドチルダにおいて幾度も自分を救った感覚―――僅かな違いは、心に冷静さなど無いこと。
この感覚が身を包む時、自身の心は常に冷静だった。冷静であることを強制されたかのように、どれほど憤怒に包まれていようと心のどこかで冷え切った自分を自覚していた。
今はそれが無い。心にあるのはありのままの、泣いて笑って怒る、どこにでもいる普通の自分だけ。
それが、何を意味するのかは分からないが、今の方がどこか自分らしいとは思う。
冷静さは必要だろうが―――矯正された冷静さなど欲しくは無いから。
巨大斬撃武装(アロンダイト)に突き刺したデスティニーを見る。柄の部分にはリボルバーナックルが埋め込まれ、溶け合っている。ギンガを思い出させるその武装―――二度と離さない、そう言いたげに。
自身が纏う服を見る。朱いラインの入った黒いバリアジャケット。朱いラインの中心には金色のラインが走り抜ける。どこかフェイトを 連想させるその外套――ずっと一緒だ。そう言いたげに。
刃金の刀身が輝き、黒いバリアジャケットが風にたなびいた。
瞳を開けたまま、過去(オモイデ)を幻視する。
あの“右手”を思い出す。妹は死んだ。
あの“笑顔”を思い出す。妹を重ねた金髪の少女は死んだ。
あの“言葉”を思い出す。未来を託してくれた戦友は死んだ。
あの“唇の感触”を思い出す。自分を助けてくれた蒼い髪の少女は死んだ/違う、生きている。
あの“身体の軽さ”を思い出す。自分を慕ってくれた金髪の女性は死んだ/違う、生きている。
湧き上がる思い出が自分自身の想いを浮き彫りにしていく。
自分が何をしたかったのかを明確に、確定して行く。
(……二人は、生きている、か。)
心中での静かな呟き。
二人の幻影はもう見えない。当然だ。レイは言った――生きている、と。
その言葉で思い出すことがあった。
あの日、ギンガとフェイトの死体を見て、エリオと戦う直前のことだ。
◆
『……兄さん、ここには誰も居ませんが。』
「……ああ、いないな。」
“いません”と言う言葉に反応して顔をしかめる。デスティニーがそう言う理由は分かる。既に死んでいる人間は居ないのも同じ―――そういうことだろう。
だが、それでもこれ以上彼女達を苦しめるのは嫌だった。それが単なる感傷に過ぎないと理解はしていても、尚―――それは度し難い。
「それでもだ。絶対にそこからは“奪うな”。」
『……了解しました。』
◆
答えはそこにあった。デスティニーが言った言葉―――“誰もいない”。
それは文字通りの意味だったのだろう。
つまり、あの死体は魔法、もしくはそれに類する何かによって作られた幻影だ。
自分は、殺されたことでそんなことにも気づかなかった。
無論、あそこにあったのが幻影だったからと言って無事だと安心することは出来ない。
だが、確信があった。
あの戦いは自分を壊す為のモノだと言った。自分を無限の欲望にする為の戦いなのだと。
その為に、ギンガ・ナカジマとフェイト・T・ハラオウンは殺された。
―――そう、思っていた。
だが、真実は違う。
如何なる理由があるのかは分からない。だが、あの時点で二人は死んでいなかった。
わざわざ、幻影を用意してまで、敵は二人を“連れ去った”のだ。そこまでして、敵は二人を欲した。
理由は分からない。だが、そう考えるとエリオの離反についても辻褄は合ってくる。
エリオ・モンディアルがフェイト・T・ハラオウンを殺せるハズが無いのだ。慕っていた人間を簡単に殺せるほどエリオ・モンディアルの心は壊れてはいないのだから。
彼は、自分からフェイトとギンガを引き離す為に、離反した――恐らくはエクストリームブラストで彼女達が殺されることを恐れて。
彼は、裏切ってなどいない。彼は自身の正義の為に、最も殺される可能性の高かった二人を自分から引き離し、助けようとしていたのだ。
自分にそれを言えば良かったのに――そんな思いも湧き上がる。だが、あの時の自分は手に入れた力に浮かれ切っていて、そんな言葉に耳を貸さないだろう、という確信がある。
だからこそ、二人が生きていると言う確信があった。
敵はそこまでして、二人を生かしておこうとした。殺した方がはるかに簡単だと言うのに。
エリオは二人を助ける為に殺したように見せかけた。自らの肉体を改造してまで。
その理由と、エリオが守る為に敵になったことへの理解が、生きていると言う確信へと繋がっていく。
だから、
「こんなところで、グズグズしてる場合じゃない、か。」
振り返る――瞳をはやてに向け、念話を繋げる。
「……八神さん、ギンガさんとフェイトさんは死んでない、生きてる。」
恐怖に震えて、死に脅えていた弱々しげな雰囲気はそこにはない。
そこにいるのは、一人の男だ。
ただ、願いだけを求め続け、駆け抜けて。その果てに全てを失って―――
―――私、貴方が好きだから。
―――私、シンが好き。
それでも願いを諦めなかった大馬鹿野郎の背中だ。
【生きて、る】
「あんたの言う通り、俺達はこんなところでグズグズしてる場合じゃない。待ってる人がいるんだ。会いたい人がいるんだ。俺達はさっさと帰らなきゃならないんだ……きっと、皆、俺達を待ってるはずだから。」
【……そやな。】
少しだけ声に陰り。悲しげな響きがそこにあった。怪訝に思って、問い返そうとした時、
『シン、それが、魔法、なのか……?』
呆然と呟く、アスランの声が“直接”、脳裏に響く。デスティニーによってインフィニットジャスティスとの間に通信が接続されている。
返答には答えずに呟く。
「……アスラン、アスハが言ってましたよ、ヒーローごっこじゃない、ヒーローになってみせろって。」
瞳孔が開き、唇が歪む。
獰猛な肉食獣の頬笑みが口元に浮かんだ。
「ようやく思い出しましたよ、アスラン。俺は―――」
昔を思い出す。なりたかったモノすら分からずに走り続けたあの頃を。
「―――俺は、英雄でもなけりゃ、正義の味方でもないってことを。」
世を救う救世主足る英雄が救うのは世界のみ。
信念を救う正義の味方が救えるのは正義のみ。
自分はそのどちらでもない―――別に世界を救うことに興味は無い。自分自身の正義が正しいと言う自信なんてまるでない。
自分は誰かの涙が止めたいだけ。願いがあるとすればそれが願いだ。
誰かの涙を止めたかった。だから、守ろうとしたのだ。
―――力がいるのは守る為だ。
だから、ずっと力を求めてきた。一度だって諦めずにずっとずっと。
―――ここまで来たのは守る為だ。
だから、湧き目も振らずにここへ来た。守りたい誰かがそこにいて、何もせずに震えているなんて出来そうに無いから。
―――生きているのは守る為だ。
だから、死ねない。守り抜けずに死ぬなどという無責任なことをするくらいならば、全身全霊をかけて生きて守り抜く。
―――向こうに戻るのは守る為だ。
守る―――何を?
笑顔を。微笑みを。希望を。
二人の笑顔を守る。二人の涙を止める。
涙を止めて、笑顔を取り戻す。
「ああ、そうだ。俺は俺だ……アスラン・ザラにも、キラ・ヤマトにもなれない。俺は俺だ。俺は、俺にしかなれないんだ。だから―――ようやく、わかったんですよ。俺が、何になりたいかを。」
―――我は、あらゆる笑顔を守る者。
―――我は、あらゆる涙を止める者。
即ち、我は、
「……ヒーローごっこじゃない、俺は、ヒーローになりたいんだって。」
―――“全てを守る者(ヒーロー)”なり。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ガガガギグガガガガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙゙ア゙ア゙ア゙゙ア゙!!!!!!」
叫び/意味の分からない言葉の羅列――もはや言葉ではなく、単なる音。
震動する空気/鳴動する大地―――咆哮する巨人。触手が絡まり、足となって再生して行く。同時に表面に出ていた自身の核―――モビルスーツレジェンドもその身の内に隠して行く。
巨大なドラグーンが浮遊し、辺り構わず砲撃を開始する。同時に触手がそれまでは行っていなかった侵食を始める―――瓦礫がレジェンドに飲み込まれて行く。
巨大化するレジェンド―――更に大きく、全長130mと言う巨体が更に膨れ上がる。
本来の制御核である、レイ・ザ・バレルを失って暴走している。侵食し、巨大化する体躯。だが、その巨大化はこれまでのような、ヒトガタを保つための巨大化ではなく、ただただ全てを喰らうだけの巨大化。
巨大斬撃武装(アロンダイト)を“引き抜き”、構えた。
異常な光景。荒唐無稽この上無い馬鹿げた姿。
「告白されたんだ―――さっさと奪い返して、返事返さなきゃいけないんだよ。」
口調が、変わる。それまでのような敬語ではなく―――シン・アスカ“らしい”口調へと。
「だから、俺はこんなところで、負けてられないんだよ。止まってる訳にはいかないんだよ!!!」
短剣が両膝の隣に移動――朱い炎が巨大化する。両足から伸びる巨大化した炎は背部に伸びて、朱い翼を形成する。
言葉の意味は酷く個人的なモノ―――好きな女が奪われた。だから、奪い返す。ただ、それだけのコト。
人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ、と言う格言の如く。
「行くぞ――――レジェンドおおおおおおお!!!!!」
叫びと共に一歩踏み出し、両足の光翼が羽撃たいた。
両足の光翼―――光速移動術式“機能(システム)・光翼(ヴォワチュールリュミエール)”。
次元両断跳躍の為だけに存在している武装である。
その名の通りに、光速―――光速に近似しているというだけで光速ではない――で、移動するそれだけの魔法である。
SEEDの発動によってもたらされる絶対的な空間認識能力―――つまり、彼我の距離感を視界によってのみ測る能力である―――によってA点とB点という座標を設定し確定し接続、次に通常空間を“両断し”、小規模次元世界への道を“切り開き”、その中に入り込んで、魔力噴射による加速を行うそれだけの魔法。
本来ならそれだけの加速を行ったところで、重量、重力、空気抵抗等のありとあらゆる要素によって減速するはずが、小規模次元世界へと身を隠し、此方と彼方の中間に自らを置くことでその原因を除外し、亜光速で移動する術である。
射程は使用者の視力に依存している為、限界はあるものの得られる速度は最速ではなく光速。
限りなく跳躍――つまり瞬間移動に近い高速移動である。
デスティニーに不足していたパーツ―――つまり、“レイ・ザ・バレル”そのもの。その不足が今、埋められることでデスティニーは完全となった。
蒐集行使によって、シン・アスカの中に“いた”幾つかの魂魄―――マユ・アスカ、ステラ・ルーシェ、レイ・ザ・バレル。
シン・アスカのSEEDが弾ける時、彼らは一人、また一人とデスティニーの中に入り込んでいった。
SEEDによる影響――原理はわからないが、それを切っ掛けにしてデスティニーはその在り様を変えていった。
一度目はギンガ・ナカジマとの模擬戦。その際にはマユ・アスカがデスティニーの中に溶け込んで、人格を得て、
二度目はエリオ・モンディアルとの戦い。その際にステラ・ルーシェがデスティニーの中に解け込んで、朧気な人格がカタチを持って、
三度目だけは例外で、魂魄の方からシンの中に融け込んでいった。
レイ・ザ・バレルは肉体がレリックとなって砕け散り、その結果、魂魄が肉体と言う枷から外された。別たれていた魂魄が一つとなったことで、レイ・ザ・バレルは自らシン・アスカの中に融け込んだのだ。
三つの魂魄が混ざりあうことで生まれた新たな管制人格によってデスティニーは本来の姿を取り戻す。ジュエルシードによって「主の願いを叶える」と言う歪んだ願望器になり果てたデスティニーは本来の用途―――つまりは、単騎による最強を具現するための武装へと。
視界が、戻る。
小規模次元世界からの脱出―――周辺の光景ががらりと変わる。瞬き一つの時間でレジェンドの懐に入り込む。
大剣(アロンダイト)を握り締める。柄の引き金を引く。回転式弾層からカートリッジが排出され、続けてもう一度――連続リロードによる魔力増幅。巨大斬撃武装(アロンダイト)を覆う朱い炎の勢いが更に強く大きくなっていく。
“糸”は既に伸びている。瓦礫となり果てた“オーブ”が、魔力となってシン・アスカへと流れ込む。そこに染みついた情報が錯綜し、脳裏を埋めていく――家族と共に笑う誰か/恋人と共に笑う誰か/友人と共に笑う誰か―――幾つもの笑顔がそこにある。
度し難い―――度し難いほどの憤怒を感じる。笑顔が奪われた。誰かが涙を流している。見知らぬ誰かの涙でしかないというのに、見知らぬ誰かの笑顔でしかないと言うのに、それはどこまでも度し難い。
だから、
「――薙ぎ払ってやるさ、俺が全部なぁっ!!」
大剣を振るった。
脳裏で何かが砕け散る。失われる瞳の焦点。
舞い降りる全能感/舞い戻る焦点――朱い瞳は今再び、焦点を結ぶ。
世界全てを俯瞰するような――自身を中心にした半径数十mの空間が自分と同化したような、天を掴むような感覚。
落ちていく自分――落下の風圧でまともに息をすることも、目を開けていることですら、難しい/問題ない。
粉々に砕け散った戦友(トモダチ)。そしてこの手には見た事も無い――けれど、何よりも手に馴染む“短剣”。
刀身は朱。柄は黒色。形状はアカツキの起動キーとしてカガリ・ユラ・アスハに渡された短剣。色合いだけがまるで変わり、見た目の印象が別物のように変化している。
そして刀身に刻まれた言葉もまた変化している―――“SAVE YOUR LOVERS(愛する者を守れ)”。
薄ら寒くなるような気障な言葉。こんな言葉を考えた“モノ”の正気を疑いたくなるような―――だが、今だけはそれに同意する。
実際、自分の心にある言葉もそんなモノに過ぎないのだから。
「ああ、分かってる。」
笑いながら、短剣に向かって呟く―――まるで既知の友達と話すかのようにして。
下を見る。地面に接触するまで残りもう5秒も無い。死が刻一刻と迫っている。
上を見る。夥しい数の触手が迫ってくる。こちらも接触まで5秒も無い――触手の攻撃に寄って黄金の装甲に幾つも傷がついたアカツキが見えた。右腕が触手によって食い破られ、全身の装甲を走る何本もの裂傷。恐らくはまだ動くだろうが、最大の特徴であるヤタノカガミに関してはもはや使用出来ないだろう
ヤタノカガミがあってこそのアカツキ。無ければ凡百――とまではいかないがオーブの象徴とまでは言われることは無い。即ち、その時点でアカツキは死んだも同然と言って良い。
対抗するべき力――モビルスーツは無い。敵は巨人―――全長100mと言う途方も無い大きさのモビルスーツ。
それを前にして、無防備極まりない自分が浮かべるのは、絶望の嘲笑ではなく不敵な微笑み。
落ちれば死ぬ。戦えば死ぬ。そんな当然の確信―――本来感じるはずの死の恐怖。
そんなものはどこにも無い。
短剣を空に向けて突き出す。一瞬、シンの全身を朱い光が駆け抜ける―――流れ込む術式と情報。
目を開く。澄み切った朱い瞳が、レジェンドを捉えた。
「―――始めるぞ、“デスティニー”。」
『ああ、行くぞ、シン。』
レイのような口調に乗せられる声音は以前とは違う“女性のような”声。初めて聞いたはずなのに、まるでいつも聞いていたような不思議な声音―――マユのような、ステラのような。
全身を覆う朱い炎――随分と久しぶりのように感じられる、エクストリームブラストの炎。心臓の鼓動が加速し、一秒という単位が分割され、意識が引き伸ばされて行く。
同時に短剣が輝き、その姿を瞬く間に変えて行く。短剣の刀身に朱い幾何学模様の光が走る――分割されていく刀身。
折り畳み梯子が展開されるようにして、刀身が伸びていく。刀身の峰に展開される砲身。
柄と思しき場所には以前のような双剣は無い―――排気口(マフラー)のように伸びて行く筒のみがそこにある。
柄の中心には、以前は右手首に装着していたリボルバーナックルの回転式弾層(シリンダー)が埋め込まれている。
回転式弾層(シリンダー)が連続で3回転し、排出されるカートリッジ。3連続リロード。膨れ上がる“魔力”。
『光速移動術式展開。機能(システム)・光翼(ヴォワチュールリュミエール)顕現―――次元両断跳躍確定。』
声と同時に展開される新たなパーツ―――シンの背部に現れ、浮かび上がるフラッシュエッジ。朱い光刃が翼のように伸びて行く。刃が向く方向は下方に向けて。
続いて、朱い光がシンの右腕に伸びて、バリアジャケットを生成して行く。
赤服のような意匠―――色合いは黒を基本に、朱いラインが裾を走り抜いて、朱と黒のコンラストを描いて行く。その朱の中心を通る金色のライン。シンの服装を塗り替えていく。
変化は一息で終わる。
「―――俺が全部ぶった切る。その間に、お前はアカツキを遠隔で操縦…出来るか?」
『愚問だな、シン。出来ないとでも思ったか?』
以心伝心。返答は一言。
「……いいや、思ってないさ。」
唇が嬉しげに歪んだ。
背部のフラッシュエッジ―――現在の名称は機能(システム)・光翼(ヴォワチュールリュミエール)。“次元両断跳躍”を行う為の次元両断武装―――から噴き上がる朱い刃が間欠泉となって吹き上がる。
「行くぞ。」
呟き。視線の先には巨大なレジェンドと戦うモビルスーツ―――そして、魔法を使う女達。
均衡が崩れている。自分をレイの元に行かせる為だけに全身全霊を懸けてくれたのだから当然とも言える。
『巨大斬撃武装展開。』
デスティニーの呟き。空間が揺らめき、そこにデスティニーを突き刺し“解錠”する。巨大斬撃武装(アロンダイト)との接続の開始――刀身の先端が巨大斬撃武装(アロンダイト)の柄頭に接触/接続―――引き抜く。
翼から噴き上がる間欠泉の勢いがさらに強くなる。
巨大斬撃武装(アロンダイト)を覆い尽くし、朱く染め上げていく。
全身を覆う全能感は変わることなく―――手に入れた全能感が舞い戻る。
視界が、“歪む”/機能(システム)・光翼(ヴォワチュールリュミエール)が回転し、空間を両断する―――即ち羽撃たき(ハバタキ)。朱い翼の羽撃たきが、次元を両断する。“果て”と“始まり”が一つになり―――世界が塗り替わる。
◇
「……あの馬鹿。」
落ちていくシン・アスカを見て、八神はやてが呟いた。
「……失敗したって訳?」
触手に埋もれていくシン・アスカを見て、ドゥーエが呟いた。
アカツキも同時に落ちていく。触手(ケーブル)が押し寄せ、アカツキの黄金の装甲に亀裂が入る。右腕が砕け散った。そして、自由落下―――重力に従って真っ逆さまに落ちていく。
シン・アスカの姿は見えない。既に触手に埋もれてどこにもいない。
「くそった、れ……!?」
毒づいたはやての全身から力が抜けていく。十字の意匠が施された杖――シュベルトクロイツが待機状態へと変化する。次いで、全身を覆っていた魔力が凄まじい勢いで消費されていく。
「魔力が……消え、てく?」
咄嗟にドゥーエの身体にしがみつく。
魔法が使えないほどに魔力が消耗していく――違う、魔力が自分が構築した術式以外のどこかに“流れ込んでいく”。ドゥーエが自分を抱き締めながら、移動――触手の群れを回避し、位置を変える。
「……何よ、魔法使えなくなったとか言うつもりじゃないでしょうね?」
ドゥーエが心配そうに呟く。その問いに、返答を返そうとして―――気づく。この魔力がどこ流れ込んでいるのかを。
「……どんだけ待たせるつもりや」
ばっと上空に目を向ける―――頬に微笑みが浮かび上がる。
はやての視線に釣られてドゥーエもそちらを見上げる―――口元が緩み、軽く微笑んで彼女が呟いた。
「……確かに、待たせすぎよね」
見えるモノはこれまで全く気付かなかった、見覚えのある朱い炎と巨大な剣が、上空からこちらに向かって来ている―――魔力はそこに流れ込んでいる。まるで、ヴォルケンリッターへの魔力供給を行うようにして――量は比較にならないほどに多いが。
『どっけええええええええええ!!!!』
絶叫の如き咆哮。八神はやてとドゥーエを守るようにして、その眼前に一切の減速無く落下してきた朱い炎を纏った巨大な剣と、それを振るう一人の人間。
自らの数十倍はあろうかという巨大な剣を顔を歪めながら振るって、触手を、足を、薙ぎ払う。
朱い瞳の二股野郎――シン・アスカがそこにいた。
◇
――状況は先ほどよりも明らかに悪くなっている。
インフィニットジャスティスの全身のそこかしこから煙が上がり、装甲には幾つもの亀裂が入っている。ビームライフルは破壊され、左足に設置されたビームブレイド発生器も大破。元々の装備が多い為に、戦闘が出来ない、武器が無いというほどの最悪の状況ではないが――それでも満身創痍と言ってもいいような状況だった。
中破したインフィニットジャスティス。それとは対照的に未だに無傷に近い、ストライクフリーダム。戦闘における役割を考えれば当然なのかもしれない。だが、その無傷はインフィニットジャスティスがいてこその無傷。最も危険な場所で敵の攻撃を引きつけているアスラン・ザラがいるからこそ、ストライクフリーダムは砲撃と回避に専
念する余裕があった。均衡はすでに崩れ始めている――アスラン・ザラが撃墜された時、その時完全に均衡は崩れる。
鋭い視線を戦場に向けながら、キラはそれを冷静に受け止める。
ストライクフリーダムというモビルスーツは、あくまで戦場を“制圧”する為のモビルスーツである。速度を上げる為に装甲を排除した高速移動砲台であり、攻撃を受けることなく避けることで処理することを余儀なくされている以上、何かを守ると言うことに全くと言っていいほどに向いていないのだ。
故にストライクフリーダムの行える守護とはあくまで制圧。敵が攻撃する前に攻めて落とす。機体の特性上、そうなるのは必然だった。
だが、この巨人――レジェンドにはそれが通用しない。如何にストライクフリーダムの火力が優れていようと、それはあくまで通常のモビルスーツを相手にした想定での話。これほどのサイズのモビルスーツなどは想定外もいいところだった。
そして、現在の場所は地球―――重力の枷がある場所だ。宇宙空間のように無重力であればドラグーンによる攻撃も行えるが、重力がある場所でそんなことは不可能である。またドラグーンを使用出来ない以上、ストライクフリーダムは機体の最高速度を発揮することも出来ない。ストライクフリーダムは、自身のバーニアの排出口に収納されてい
るドラグーンによって最高速度を出せないと言う欠点を持っているが故に。
元より、宇宙での運用を基本として製造された機体なのだから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが―――思えば、馬鹿な機体だと思う。いつ如何なる時であろうともフルスペックを引き出せないモビルスーツというのは。
(……だけど、このままじゃいつか均衡は崩れる―――多分、それはもうすぐだ。)
心中で呟きながら、状況を理解する。
―――ドラグーンを使用する方法は無いことも無い。
“無重力に近い状態”でなければ使用出来ないと言うだけで、“無重力状態でなければならない”訳では無いからだ。
故に方法はある。
だが、それは両刃の剣―――使用回数は1回のみ。それ以降はドラグーンを使うことは出来ない。
だからこそ、キラはソレを行うタイミングを探っていた。
この巨大なレジェンドには厄介なことに再生能力がある。どれほど攻撃を繰り返しても、しばらくすれば装甲は触手(ケーブル)によって埋められ、新たな装甲として再生する。
故に中途半端な攻撃はまるで意味が無いのだ。やるならば、再生する暇を与えない程の圧倒的な火力で一気に殲滅する以外に倒す術は無い。
―――だからこそ、彼はソレを行う瞬間を探っていた。殲滅のタイミングを。戦況が変化する一瞬を。
だが、もはやそれは無いだろう。この巨大なレジェンドを操っている人間をシン・アスカは助けに行き、そして失敗した。落ちていくシン・アスカとアカツキの姿は既に確認している。無論、触手の群れに飲み込まれていくシン・アスカの姿も。
「……やっぱり、そんなコミックみたいに上手くは……」
誰ともなしに呟いてる最中、通信が入る―――通信者の名前は“シン・アスカ”。
「……これは。」
『キラ、早くそこから離れろ!!』
「アスラン?」
『いいから、早く離れろ、キラ!!“巻き込まれるぞ”!!!』
巻き込まれる―――瞬間、全身の神経が総毛立つ感触。咄嗟にフットペダルを戻し、背部のバーニアを最大稼働。スラスターを全力で噴射し、その場から後方へ向けて全力後退。 見ればアスランも同じようにして、全速で後退している。
『どっけええええええええええ!!!!』
咆哮と共に眼前を駆け抜ける物体―――朱い炎を纏ったモビルスーツサイズの大剣を“携えて”、レジェンドの足を、触手を断ち切っていく人間。
剣が跳ね上がる。一陣の炎風となって、レジェンドの触手を断ち切り、さらには、
『だありゃああああああああああ!!!!!!』
その右足を“断ち切った”。
レジェンドが咆哮を上げて、後方に倒れていく。自身の自重を支えるには脚一本では弱すぎるのだろう―――尻餅をついて、既に瓦礫と化した高層ビルに倒れ込む。
『点火(イグニション)』
機械を通して発せられたくぐもった聞いたことも無い女性の声の呟き。
『多頭焔犬(ケルベロス)――――』
次いで、男の呟きと共にモビルスーツサイズの大剣から、人間サイズの大剣が引き抜かれる―――大剣の柄が瞬く間に変形して銃把へ、刀身からは男から見て左側に固定用の取っ手が現れる――刀身は変形しない。先端に朱い炎が収束する。
男の周囲に浮かんでいた二つの短剣――朱い炎の刃が噴き出している――が刀身の先端に近付き待機。刀身は大剣の先端と同じ方向へ。
男が纏っていた炎が刀身へと流れ込む。短剣の柄へも同じく流れ込む。炎が男の身体から消えていく。一瞬の静寂――文字通り、嵐の前の静けさ。
『一斉掃射(フルファイア)―――――!!!!』
叫びを引き金に大剣の刀身の先端から、二つの短剣の刀身から、朱い炎が発射/発射/発射/発射―――視認出来るだけで一瞬で6発。 残像を残して、放たれる何発――否、何百発という炎の魔弾。威力はモビルスーツには及ぶべくもない。故に数で誤魔化す。揉み消す。掻き消す。
『おおおおおおああああああああ!!!!』
蹂躙し殲滅する掃射/目に映る全てを壊して抉って燃やして消し尽くせ―――!!!!
(ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ―――!!!!)
「……は、はは」
知らず口元が歪む。笑いが抑えきれない。あまりにも荒唐無稽すぎて、目の前の光景が信じられない。
―――確かに聞いてはいた。魔法を使うと。闘っていたと。
それを疑っていた訳ではない。だが―――聞いていただけではわからないことがある。この目で見なければ分からないこともある。
大体、こんな光景を見せられたところで、現実に見ている人間以外の誰が信じるだろうか?
―――朱い炎を纏ったモビルスーツサイズの大剣を振るい、付近一帯の触手を断ち切り、終いにはその巨大な足を切り付け、身も蓋も遠慮も何も無い砲撃を繰り返して殲滅していくような“人間”がいるなど―――絶対に誰も信じない。
「…そういや、そうだね。君はあの時もそうやって、ボクの予想を超えたんだったね、シン・アスカ!!!」
朱い瞳と黒い髪。クラインの猟犬。虐殺者とも呼ばれた男。
再び、現れたモビルスーツサイズの大剣の上に立ち、レジェンドを睨みつけて、シン・アスカがそこにいた。
◇
巨大斬撃武装(アロンダイト)を大地に突き刺し、柄頭に立ちながら、レジェンドを見る。
断ち切った左足から再現無しに溢れ出てくる触手(ケーブル)の群れ。糸蚯蚓(ミミズ)のように絡まりながら、断ち切られた左足と肉体を繋げて行く――同じく全身に穿たれた穴を塞いでいく。
息を一つ吐き、瞳を閉じる。
風が肌を撫でて飛んで行く――自分がどこまでも広がっていくような全能感。
周囲に蠢く触手(ケーブル)の状況さえ手に取るように分かる。
戦時中、そしてミッドチルダにおいて幾度も自分を救った感覚―――僅かな違いは、心に冷静さなど無いこと。
この感覚が身を包む時、自身の心は常に冷静だった。冷静であることを強制されたかのように、どれほど憤怒に包まれていようと心のどこかで冷え切った自分を自覚していた。
今はそれが無い。心にあるのはありのままの、泣いて笑って怒る、どこにでもいる普通の自分だけ。
それが、何を意味するのかは分からないが、今の方がどこか自分らしいとは思う。
冷静さは必要だろうが―――矯正された冷静さなど欲しくは無いから。
巨大斬撃武装(アロンダイト)に突き刺したデスティニーを見る。柄の部分にはリボルバーナックルが埋め込まれ、溶け合っている。ギンガを思い出させるその武装―――二度と離さない、そう言いたげに。
自身が纏う服を見る。朱いラインの入った黒いバリアジャケット。朱いラインの中心には金色のラインが走り抜ける。どこかフェイトを 連想させるその外套――ずっと一緒だ。そう言いたげに。
刃金の刀身が輝き、黒いバリアジャケットが風にたなびいた。
瞳を開けたまま、過去(オモイデ)を幻視する。
あの“右手”を思い出す。妹は死んだ。
あの“笑顔”を思い出す。妹を重ねた金髪の少女は死んだ。
あの“言葉”を思い出す。未来を託してくれた戦友は死んだ。
あの“唇の感触”を思い出す。自分を助けてくれた蒼い髪の少女は死んだ/違う、生きている。
あの“身体の軽さ”を思い出す。自分を慕ってくれた金髪の女性は死んだ/違う、生きている。
湧き上がる思い出が自分自身の想いを浮き彫りにしていく。
自分が何をしたかったのかを明確に、確定して行く。
(……二人は、生きている、か。)
心中での静かな呟き。
二人の幻影はもう見えない。当然だ。レイは言った――生きている、と。
その言葉で思い出すことがあった。
あの日、ギンガとフェイトの死体を見て、エリオと戦う直前のことだ。
◆
『……兄さん、ここには誰も居ませんが。』
「……ああ、いないな。」
“いません”と言う言葉に反応して顔をしかめる。デスティニーがそう言う理由は分かる。既に死んでいる人間は居ないのも同じ―――そういうことだろう。
だが、それでもこれ以上彼女達を苦しめるのは嫌だった。それが単なる感傷に過ぎないと理解はしていても、尚―――それは度し難い。
「それでもだ。絶対にそこからは“奪うな”。」
『……了解しました。』
◆
答えはそこにあった。デスティニーが言った言葉―――“誰もいない”。
それは文字通りの意味だったのだろう。
つまり、あの死体は魔法、もしくはそれに類する何かによって作られた幻影だ。
自分は、殺されたことでそんなことにも気づかなかった。
無論、あそこにあったのが幻影だったからと言って無事だと安心することは出来ない。
だが、確信があった。
あの戦いは自分を壊す為のモノだと言った。自分を無限の欲望にする為の戦いなのだと。
その為に、ギンガ・ナカジマとフェイト・T・ハラオウンは殺された。
―――そう、思っていた。
だが、真実は違う。
如何なる理由があるのかは分からない。だが、あの時点で二人は死んでいなかった。
わざわざ、幻影を用意してまで、敵は二人を“連れ去った”のだ。そこまでして、敵は二人を欲した。
理由は分からない。だが、そう考えるとエリオの離反についても辻褄は合ってくる。
エリオ・モンディアルがフェイト・T・ハラオウンを殺せるハズが無いのだ。慕っていた人間を簡単に殺せるほどエリオ・モンディアルの心は壊れてはいないのだから。
彼は、自分からフェイトとギンガを引き離す為に、離反した――恐らくはエクストリームブラストで彼女達が殺されることを恐れて。
彼は、裏切ってなどいない。彼は自身の正義の為に、最も殺される可能性の高かった二人を自分から引き離し、助けようとしていたのだ。
自分にそれを言えば良かったのに――そんな思いも湧き上がる。だが、あの時の自分は手に入れた力に浮かれ切っていて、そんな言葉に耳を貸さないだろう、という確信がある。
だからこそ、二人が生きていると言う確信があった。
敵はそこまでして、二人を生かしておこうとした。殺した方がはるかに簡単だと言うのに。
エリオは二人を助ける為に殺したように見せかけた。自らの肉体を改造してまで。
その理由と、エリオが守る為に敵になったことへの理解が、生きていると言う確信へと繋がっていく。
だから、
「こんなところで、グズグズしてる場合じゃない、か。」
振り返る――瞳をはやてに向け、念話を繋げる。
「……八神さん、ギンガさんとフェイトさんは死んでない、生きてる。」
恐怖に震えて、死に脅えていた弱々しげな雰囲気はそこにはない。
そこにいるのは、一人の男だ。
ただ、願いだけを求め続け、駆け抜けて。その果てに全てを失って―――
―――私、貴方が好きだから。
―――私、シンが好き。
それでも願いを諦めなかった大馬鹿野郎の背中だ。
【生きて、る】
「あんたの言う通り、俺達はこんなところでグズグズしてる場合じゃない。待ってる人がいるんだ。会いたい人がいるんだ。俺達はさっさと帰らなきゃならないんだ……きっと、皆、俺達を待ってるはずだから。」
【……そやな。】
少しだけ声に陰り。悲しげな響きがそこにあった。怪訝に思って、問い返そうとした時、
『シン、それが、魔法、なのか……?』
呆然と呟く、アスランの声が“直接”、脳裏に響く。デスティニーによってインフィニットジャスティスとの間に通信が接続されている。
返答には答えずに呟く。
「……アスラン、アスハが言ってましたよ、ヒーローごっこじゃない、ヒーローになってみせろって。」
瞳孔が開き、唇が歪む。
獰猛な肉食獣の頬笑みが口元に浮かんだ。
「ようやく思い出しましたよ、アスラン。俺は―――」
昔を思い出す。なりたかったモノすら分からずに走り続けたあの頃を。
「―――俺は、英雄でもなけりゃ、正義の味方でもないってことを。」
世を救う救世主足る英雄が救うのは世界のみ。
信念を救う正義の味方が救えるのは正義のみ。
自分はそのどちらでもない―――別に世界を救うことに興味は無い。自分自身の正義が正しいと言う自信なんてまるでない。
自分は誰かの涙が止めたいだけ。願いがあるとすればそれが願いだ。
誰かの涙を止めたかった。だから、守ろうとしたのだ。
―――力がいるのは守る為だ。
だから、ずっと力を求めてきた。一度だって諦めずにずっとずっと。
―――ここまで来たのは守る為だ。
だから、湧き目も振らずにここへ来た。守りたい誰かがそこにいて、何もせずに震えているなんて出来そうに無いから。
―――生きているのは守る為だ。
だから、死ねない。守り抜けずに死ぬなどという無責任なことをするくらいならば、全身全霊をかけて生きて守り抜く。
―――向こうに戻るのは守る為だ。
守る―――何を?
笑顔を。微笑みを。希望を。
二人の笑顔を守る。二人の涙を止める。
涙を止めて、笑顔を取り戻す。
「ああ、そうだ。俺は俺だ……アスラン・ザラにも、キラ・ヤマトにもなれない。俺は俺だ。俺は、俺にしかなれないんだ。だから―――ようやく、わかったんですよ。俺が、何になりたいかを。」
―――我は、あらゆる笑顔を守る者。
―――我は、あらゆる涙を止める者。
即ち、我は、
「……ヒーローごっこじゃない、俺は、ヒーローになりたいんだって。」
―――“全てを守る者(ヒーロー)”なり。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ガガガギグガガガガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙゙ア゙ア゙ア゙゙ア゙!!!!!!」
叫び/意味の分からない言葉の羅列――もはや言葉ではなく、単なる音。
震動する空気/鳴動する大地―――咆哮する巨人。触手が絡まり、足となって再生して行く。同時に表面に出ていた自身の核―――モビルスーツレジェンドもその身の内に隠して行く。
巨大なドラグーンが浮遊し、辺り構わず砲撃を開始する。同時に触手がそれまでは行っていなかった侵食を始める―――瓦礫がレジェンドに飲み込まれて行く。
巨大化するレジェンド―――更に大きく、全長130mと言う巨体が更に膨れ上がる。
本来の制御核である、レイ・ザ・バレルを失って暴走している。侵食し、巨大化する体躯。だが、その巨大化はこれまでのような、ヒトガタを保つための巨大化ではなく、ただただ全てを喰らうだけの巨大化。
巨大斬撃武装(アロンダイト)を“引き抜き”、構えた。
異常な光景。荒唐無稽この上無い馬鹿げた姿。
「告白されたんだ―――さっさと奪い返して、返事返さなきゃいけないんだよ。」
口調が、変わる。それまでのような敬語ではなく―――シン・アスカ“らしい”口調へと。
「だから、俺はこんなところで、負けてられないんだよ。止まってる訳にはいかないんだよ!!!」
短剣が両膝の隣に移動――朱い炎が巨大化する。両足から伸びる巨大化した炎は背部に伸びて、朱い翼を形成する。
言葉の意味は酷く個人的なモノ―――好きな女が奪われた。だから、奪い返す。ただ、それだけのコト。
人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ、と言う格言の如く。
「行くぞ――――レジェンドおおおおおおお!!!!!」
叫びと共に一歩踏み出し、両足の光翼が羽撃たいた。
両足の光翼―――光速移動術式“機能(システム)・光翼(ヴォワチュールリュミエール)”。
次元両断跳躍の為だけに存在している武装である。
その名の通りに、光速―――光速に近似しているというだけで光速ではない――で、移動するそれだけの魔法である。
SEEDの発動によってもたらされる絶対的な空間認識能力―――つまり、彼我の距離感を視界によってのみ測る能力である―――によってA点とB点という座標を設定し確定し接続、次に通常空間を“両断し”、小規模次元世界への道を“切り開き”、その中に入り込んで、魔力噴射による加速を行うそれだけの魔法。
本来ならそれだけの加速を行ったところで、重量、重力、空気抵抗等のありとあらゆる要素によって減速するはずが、小規模次元世界へと身を隠し、此方と彼方の中間に自らを置くことでその原因を除外し、亜光速で移動する術である。
射程は使用者の視力に依存している為、限界はあるものの得られる速度は最速ではなく光速。
限りなく跳躍――つまり瞬間移動に近い高速移動である。
デスティニーに不足していたパーツ―――つまり、“レイ・ザ・バレル”そのもの。その不足が今、埋められることでデスティニーは完全となった。
蒐集行使によって、シン・アスカの中に“いた”幾つかの魂魄―――マユ・アスカ、ステラ・ルーシェ、レイ・ザ・バレル。
シン・アスカのSEEDが弾ける時、彼らは一人、また一人とデスティニーの中に入り込んでいった。
SEEDによる影響――原理はわからないが、それを切っ掛けにしてデスティニーはその在り様を変えていった。
一度目はギンガ・ナカジマとの模擬戦。その際にはマユ・アスカがデスティニーの中に溶け込んで、人格を得て、
二度目はエリオ・モンディアルとの戦い。その際にステラ・ルーシェがデスティニーの中に解け込んで、朧気な人格がカタチを持って、
三度目だけは例外で、魂魄の方からシンの中に融け込んでいった。
レイ・ザ・バレルは肉体がレリックとなって砕け散り、その結果、魂魄が肉体と言う枷から外された。別たれていた魂魄が一つとなったことで、レイ・ザ・バレルは自らシン・アスカの中に融け込んだのだ。
三つの魂魄が混ざりあうことで生まれた新たな管制人格によってデスティニーは本来の姿を取り戻す。ジュエルシードによって「主の願いを叶える」と言う歪んだ願望器になり果てたデスティニーは本来の用途―――つまりは、単騎による最強を具現するための武装へと。
視界が、戻る。
小規模次元世界からの脱出―――周辺の光景ががらりと変わる。瞬き一つの時間でレジェンドの懐に入り込む。
大剣(アロンダイト)を握り締める。柄の引き金を引く。回転式弾層からカートリッジが排出され、続けてもう一度――連続リロードによる魔力増幅。巨大斬撃武装(アロンダイト)を覆う朱い炎の勢いが更に強く大きくなっていく。
“糸”は既に伸びている。瓦礫となり果てた“オーブ”が、魔力となってシン・アスカへと流れ込む。そこに染みついた情報が錯綜し、脳裏を埋めていく――家族と共に笑う誰か/恋人と共に笑う誰か/友人と共に笑う誰か―――幾つもの笑顔がそこにある。
度し難い―――度し難いほどの憤怒を感じる。笑顔が奪われた。誰かが涙を流している。見知らぬ誰かの涙でしかないというのに、見知らぬ誰かの笑顔でしかないと言うのに、それはどこまでも度し難い。
だから、
「――薙ぎ払ってやるさ、俺が全部なぁっ!!」
大剣を振るった。