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空想垂れ流し 67.ハジマリ(f)

67.ハジマリ(f)


「はああああぁぁぁああっっ!!!」

 咆哮と共に舞い降りる金色の雷―――金色のモビルスーツが陽光を反射しながら下方に向かって一切の減速無しで突撃し、振り被ったそのビームサーベルをレジェンドの左拳に向けて叩きつける。拳の中腹までをビームサーベルが切り裂いていく。中腹まで切り込んだ時点で光刃が動きを停止する。間髪入れずにビームサーベルを分割。一本を突き刺したまま、もう一本を左腰部にマウント/背部のバーニア及び全身のスラスターを調整し、上空に飛翔。
 右足を跳ね上げ/振り下ろし/ビームサーベルに向かって踵落とし――ビームサーベルが踏み抜かれ圧壊し、爆発。
 レジェンドが吼える。
 破壊されたことへの痛みか、それとも単なる反射的なモノか――思考を戦闘に引き戻し、即座にコンソールを叩き、背部のオオワシに設置された二挺の砲身――高エネルギービーム砲を操作/同時に右手に握り締めたビームライフルの照準を合わせる。
 狙いは今しがた破壊した左拳。ここで破壊し、追撃を断つ。

「食、」

 レティクルとは関係無しにただディスプレイの中心を撃ち抜く手動照準(マニュアルロック)。至近距離での射撃故に機械の補助は要らない。

「ら、」

 トリガーに指をかける―――同時にフットペダルに足をかけて“引き戻す用意”。

「ええええええ!!!」

 咆哮。引き金を引く/フットペダルを引き戻す―――同時操作連結動作確定。
 アカツキのスラスターが前方に向けて全力発射。
 脇から突き出る二門の砲身から朱い光条が大気を焼き焦がし左拳を貫く。
 砲撃の反動とスラスターが生み出す推力を利用し、発射と同時に後退――距離を開けて、爆発によって引き起こされる衝撃から身を逃す。左手に握るシールドを突き出し、飛礫(ヒレキ)への防御を準備。
 爆発。左手が弾け飛んで手首までが吹き飛んだ。シールドに激突する飛礫。

『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!!!』

 レジェンドの咆哮―――巨人の左手が完膚なきまでに破壊され、踵を踏んで後退する。
 破壊された左手首から現れる数本の触手(ケーブル)―――太さは全てモビルスーツの胴体ほど。

「―――くっ。」

 呻きと共に背部のバーニアに火を点し、全速でその場を離脱し、距離を置く―――アスランのように至近距離に身を置き攻撃を全て捌ききるような技量は今の自分には無い。だからこその突貫。だからこその一撃離脱。

 ―――逃げろ。

 心中の呟きのまま、力任せにその場から離脱撤退し、距離を置く。
 冷や汗が零れ落ちる。全身の疲労が大きくなっていく。
 無茶な機動、力任せの操縦。全身にかかる負担は並では無い―――以前ならばこんなことは無かった。少なくとも、これほどに疲れたような記憶は無い。

 荒れ狂う暴風――触手の蹂躙。
 シールドで弾き、ビームライフルで逸らし、後退後退後退離脱―――上空から降り注ぐ光条の群れ。ストライクフリーダムの一斉掃射(フルバースト)が迫り来る触手を全て撃ち抜いた。直後、触手が上空のストライクフリーダムに向けて伸びていく/鷹のように飛び回り、それを回避するストライクフリーダム。

「…やっぱ、化け物だな、あの人。」

 上空を飛び回り俯瞰しながら、援護する。言葉で言い表せば簡単だが、それを行う技量は常識の埒外と言っても良い。
 高速で動く複数の標的を、高速で動き回りながら、撃ち抜く。
 恐らく全て手動照準(マニュアルロック)――人外の領域と言うのもあながち冗談では無いのかもしれない。

『シン、やっぱり来たんだな、お前は。ルナマリアも・・・・ありがとう。』

 通信が入る――声の主はアスラン・ザラ。

「……ああ。あそこで待ってるなんて出来そうにありません、からね。」

 自然、声が低くなる―――それは置いていかれたことへの悔しさか、それとも自分が来ると信じていたことへの照れなのか――恐らく両方だ。

『いいさ。来てくれれば、それで良い。腕の立つモビルスーツパイロットはどれだけいても足りないくらいなんだ。』

 言葉を切って、再度呟く。

『あの巨大なレジェンドを倒すにはな。』

 倒す――瞳に力が篭る。それでは駄目だ。そうじゃない。それではいけないのだ。

「アスラン、俺は―――俺とルナはそんなことの為にここに来たんじゃない。」
『なに?』
「レイが、いるんだ。」
『……何だと?』

 ルナからの通信が入る。

『シン。』
「……分かってる。」

 その一言を聞いて唾を飲み込み、深呼吸―――戦うためではなく、誰かを救う為に。友達を救う為に。
「あのレジェンドにはレイがいる。……倒すのは助けてからだ。俺たちは、戦友(トモダチ)助ける為にここに来たんだ。」

 黙り込んだまま、アスラン・ザラはこちらを見つめている。

「……言えた義理じゃないのは分かってる。アンタと俺の関係考えれば当然だと思う。都合のいいこと言ってるって思う。」

 言い訳でしか無い理由付け。言わなきゃいけないのはそんなことじゃない。そう分かっていても心が騒ぐ。言わなきゃいけないことを言わせない――――けれど、

「頼みが、ある。」

 言葉を紡ぐ。

「……力を、貸してくれ。俺とルナだけじゃ、どうしようも無い。」

 言葉に篭るのは悔しさ。自分達だけではどうしようも無いと言う事実を受け入れる辛さ。
 出来るなら、自分だけで助けたい、そう思う。それが本音だった。
 それでも――そんな本音を蹴っ飛ばして、助けたい誰かがいるのなら、

「―――アンタとキラさんの力がいるんだ。」

 悔しさなんて、全部投げ捨てる。
 守りたいプライドよりも、救いたい友達がいる。忘れることなんて出来ない。きっとずっとアスラン・ザラに対するわだかまりは消えはしない。けれど、今だけはそれをかなぐり捨てる。

「だから、頼む。アスラン、俺に力を―――」

 ――そんな自分の言葉を遮って、アスラン・ザラが口を開いた。

『……方法は?』
「……え?」
『方法はあるのかと聞いているんだ。』
「信じて、くれるのか。」

 その言葉が、信じられなかった。彼の碧の瞳がまっすぐ自分を射抜く―――輝きは先ほどよりも柔和で穏やか。口元には優しげな微笑み。
 瞳に、嘘は無い。本当に信じているようにしか見えない。

『お前が、その機体に乗っているということは……あいつが、お前を認めた、信じたということだ。それなら、俺も信じるさ。カガリが信じたお前を俺も信じる。』

 何でも無いことのように―――まるで、当然のようにアスラン・ザラはそう言った。

(……そっか。)

 アスラン・ザラという人間がどんな人間だったかを思い出す。
 瞳を見開き、アスランに目を向ける。いけ好かない瞳――けれど、どこか憎めなかった“先輩”。
 お人好しで不器用で馬鹿。その癖、熱くなり易いから余計な気苦労を背負い込んで一人で空回りする。アスラン・ザラとはそんな人間だった。
 だから、馬鹿だからこんな風に簡単に信じ込む。人を疑うことを知らないのではなく、疑うことを抑え込んで信じようとする。

 ―――それなら、俺も信じるさ。カガリが信じたお前を俺も信じる。

 馬鹿な返答。けれど、少しだけ、その返答が嬉しかった。
 顔を上げる。アスランと目が合った――碧の瞳が真剣な色合いを帯びていく。

「方法は―――正直、あの分厚い装甲を引き剥がして、中から無理矢理、レジェンドを引っ張り出すくらいだと思い、ます。突撃は、俺が行きます。だから、アスランやキラさんや他の皆には俺の援護をして欲しいんです。」

 本気の顔―――自分を撃墜した男の本気。
 本気の想いには本気で答える。そんなことでも考えているのかもしれない。そんな生真面目な男が今は頼もしい―――面と向かってなんて絶対に言ってやらないけど。

「アスランは、そのままあいつの目を引きつけてください。さっきと同じように――出来ますか?」
『わかった。任せろ。』

 呟いて、飛び出すアスラン・ザラ。コンソールを叩いて、通信相手を変更。
 画面に現れるのはキラ・ヤマト―――自分から色々なモノを奪った男。ラクス・クラインにも似た微笑みを浮かべている。
 自分とアスランのやり取りを見ていたのかもしれない――少し気恥ずかしい。
 それを振り切って、呟く。

「キラさんも、いいですか?」
『ん?ああ、さっきと同じようにってことかい?』
「はい。」

 自分の声に瞳を吊り上げて、この男らしからぬ獰猛な肉食獣の微笑みを浮かべる――背筋がゾクリとするような威圧。コズミックイラ最強のモビルスーツパイロットの本気の顔。

『愚問だね。あの程度で良いなら、どれだけでも踊ってあげるさ。』

 そうして、通信を切ろうとコンソールに手を掛けた瞬間、キラが呟いた。

『シン。』
「はい?」
『ラクスは、何て言っていた?』

 その呟きにラクス・クラインが伝えた言葉を思い出す。

「――幸運を。それがたっぷり必要だろうって言ってました。」
『ふふ、ラクスらしいね、それ。』

 獰猛な微笑みが一瞬消えて柔和な微笑みに変わる―――幸せそうで、強そうな、“漢”の微笑み/獰猛な微笑みがそれに覆いかぶさっていく。
 通信が切れる。向こうで切ったのだろう。ストライクフリーダムがインフィニットジャスティスの突撃に合わせるようにして砲撃を初めていた。
 最後にコンソールを操作。通信相手は―――ルナマリア・ホーク。
 昔の恋人で、戦友(トモダチ)で、大切な人。

「ルナは、俺の援護を頼む。俺が突撃するタイミングにあわせて……ルナ?」

 画面に映るルアマリアを見れば、くすくすと嬉しそうに笑っている。

「……何、笑ってるんだ?」
『ああ、ごめんごめん。ちょっと感動しちゃった。』
「感動?」

 意味が分からない。これまでのやり取りのどこにそんな要素があったというのだろう。
 怪訝な顔をする自分を見て、ルナマリアが呟いた。

『だって、あのシンとアスランが仲直りしてるのよ?感動するに決まってるじゃない。』
「…うるさい。」

 小さく、呟く――彼女はそんな自分を見て、微笑んで、眼差しを真剣なモノに変えて、口を開いた。

『照れない照れない。そんじゃやるわよ、シン……レイ、助けようね。』

 優しく呟く/通信が切れる――室内は沈黙に覆われる。
 懐のデスティニーを見れば、今も変わらず沈黙を保ったまま。

「……まあ、いいか。」

 そう言って操縦桿を握る手に力を篭める―――瞬間、声が聞こえた。これまでの通信機越しの声ではなく、心に直接響くような声――念話の響き。

【…シン、聞こえるか?】

 声の主は八神はやて―――画面の上部に写る二人の人影の内の一人。

「聞こえますよ、八神さん。」
【結局、来たんやな。】
「あそこで待ってるって思ってましたか?」

 笑うような声――多分、自分が来たコトに呆れた返っていることだろう。
 結局、自分は今もまだ魔法を使えない。モビルスーツの技術だって昔には戻っていない。
 先ほどまでと何にも状況は変わっていない―――なのに、自分はここに来た。
 死ぬかも知れない。何も出来ないかもしれない。そんな現実を全て、放り投げて此処に来た。呆れ返るのも当然だろう。
 再度念話が伝わる――予想とは違い、声は優しげな声。

【ううん、きっと来るって思ってた。キミは馬鹿やから……あそこで、待ってるなんて出来へんと思ってた。】
【……褒めてるの、それ?】

 別の声が混じり出す。
 どことなく、ルナマリアに似た口調――フェスラ・リコルディ=ドゥーエ。

【……半々かな?】
「ドゥーエも、いるのか。」
【何よ、いたら悪いの?】
「いや、ちょうど良い。二人にも頼みたいことがあったから。」
【頼み?】
「あの巨人の中で一番魔力の反応が大きい場所ってわかりませんか?」

 沈黙が一瞬――はやてが口を開いた。

【……パイロットの場所をまず割り出すつもりなんか。】
「はい。」
【割り出して、それでどうするつもりなんや。】

 受け答えは淡々と。
 別に何でも無いことのように呟く―――そう、コレは別に特別なことをやりに行くわけじゃない。

「とりあえず、こじ開けて、呼びかけます。」
【簡単そうに言うてるけど……それで上手くいくんか?】

 怪訝そうなはやての声。その声の調子に苦笑しつつ、返答する。

「わかりません。けど、それが一番良い方法なんです。」
【……理由は?】
「あいつが、俺の友達だからです――だから、俺が呼びかければきっとあいつは答えてくれる。」

 沈黙。押し黙り、言葉が帰って来ない―――ちょっと不安になってくる。

「……いや、あの何でいきなり黙…」
【……あんた、思ってたよりもずっと馬鹿だったのね。】
【うん、私も今そう思った。】

 見も蓋も無い言葉。少し恥ずかしくなってくる。

「……あ、あのな!あんたら、人を何だと…」
『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ガア゙ア゙ア゙ア゙クアア゙ア゙ア゙!!!!!!!』

 空気がビリビリと震動するほどの咆哮。
 レジェンドの背部のドラグーンが浮かび上がり、足を止めて周辺一帯のモビルスーツに向けて、攻撃を開始し出した。

「動き出した、か。」
【しかも、こっちを完全に敵として認識してるようやな。足止めてまで応戦しようとしてる、か。】
 操縦桿を握る手に力を篭め、出力レバーを押し倒し、最大出力に固定/同時にフットペダルを踏み込む
 背部のバーニアが点火。全身のスラスターに火が点る。

「―――八神さん、場所分かったら教えてください。」
【いくんか?】
「はい。」
【そか。そんなら分かったら念話送る―――援護は、任せとくんや。】

 呟いて、アカツキの前方を塞ぐようにして展開される透明な巨大な壁―――装甲手盾(パンツッァーシルト)。
 八神はやての魔法。

「八神さん、これって」
【……ちょっとは、キミの突撃の足しになるやろ?】

 苦しげな声。恐らく展開するだけで、相当量の魔力を消費しているのだろう。サイズはアカツキの上半身と同じほどの大きさ。それほどの魔力障壁を展開すると言うのなら必要な魔力量は砲撃魔法の数倍以上―――八神はやての魔力量だからこそ成せる障壁だった。

「駄目だ、八神さん、それじゃ…」
【行きなさい、シン・アスカ。】

 自分の声を遮る声――ドゥーエ。

「ドゥーエ?お前なんでそんな」
【……皆、キミを待ってるんや。】

 苦しげに呻くように呟くはやて。その横でドゥーエが右手に魔力を集中―――巨大な魔力砲が形成される。
 ガラス状の砲身/エリオ・モンディアルが展開したものに酷似している――恐らく同一系統の術式の模倣。

【…八神はやては私が責任持って守ってあげる。だから、アンタはさっさと行ってきなさい。】

 呟いて、放つ。放たれる魔力光は赤色。自身の魔法とは違う、恐らくは自分が出会ったことの無いナンバーズの能力の模倣なのだろう。
 放たれた魔力砲がインフィニットジャスティスに迫っていた触手を断ち切っていく。
 そのまま連射―――幾つもの光条がドゥーエの掌から伸びては触手を断ち切る。続いてはやての手を引っ張って移動し、放つ。繰り返される挙動。
 援護と守護。そのどちらをも両立させるように近づきすぎず、離れすぎず。
 それに気づいたのか、ストライクフリーダムがドゥーエの砲撃の出どころを“隠す”ように移動しながら砲撃を繰り返していく。

【……シン、機動六課部隊長として、“命令”するで。】

 杖をアカツキに向け、はやてが、自分を睨み付けた―――画面越しでも、分かるほどに瞳孔の開いた瞳で。

【さっさと行って、助けてこい。そんで皆で帰るで、ミッドチルダに―――私らはまだあっちでやること残ってるんや。】

 その眼を受けて―――シン・アスカがアカツキを動かした。

「……行きます。」

 障壁は消えない。ディスプレイに映る八神はやての顔は苦しげに歪んだまま。
 跳躍――飛翔/突撃。

「……ルナ、頼んだ。」
『了解。』

 返答には答えず、加速。心を細くする。戦時中に自分を救い、ミッドチルダにて自分を覆った全能感のような出鱈目な力ではない、ただ集中するだけ。
 景色が流れていく。集中した意識が加速する光景に目を適応させていく。

 ―――思えば、こんな気持ちでモビルスーツに乗ったのはいつ以来だろう。

 迫る触手。その数、十数本。後方からの砲撃がその内の幾つかを断ち切り、撃ち抜く。ルナマリア・ホークの乗るムラサメのビームライフルとドゥーエの砲撃魔法による援護。間断無く続く砲撃が触手を減らしていく。触手と触手の間に隙間ができた――モビルスーツではそこに滑り込むような真似は出来ない。だから、こじ開ける。
 コンソールを叩き、オオワシに設置された砲身を操作し、操縦桿のトリガーに指を掛ける。続いて、足元のフットペダルを全て押し込み、急加速。
 背部のバーニア及び全身のスラスターは全速全開。スロットルは緩めない。緩めるとすれば、それはレイの元に届いた時のみ。
 引き金を引く。黄金の砲身が朱い光条を吐きだした。その反動をバーニアの推力で押し留め、加速。

 ―――ステラが死んでアスランが裏切ってから、ずっと暗い気持ちで操縦桿を握りしめていた気がする。ずっと一人で戦っていた気がする。一人で皆を守るって嘯いて。

 朱い光条が僅かに開いた触手の隙間に着弾/爆発。穴が開いた。
 更に加速。亜音速に到達。瞬き一つの瞬間で触手が眼前に迫りくる。
 触手が数本、前方で何かにぶつかり動きを止める――八神はやての魔力障壁。
 障壁にヒビが入り消滅/左腰部のビームサーベルを引き抜き、触手を斬り裂く。
 砲撃と障壁によって数を減らした触手――それでも片手一本のビームサーベルで捌けるようなモノではない。
 左手のシールドで迫る触手を受け流し、右手のサーベルで迫る触手を振り払い、両手を抜けて迫る触手を、前進することで、掻い潜る。
 一瞬足りとも減速しない。あるのは加速のみ。敵が来ようとぶつかろうと関係ない。
 進むは前方一直線。
 迫る触手。回避不可能のタイミング/上空からそれらを撃ち落とす色取り取りの光条。ストライクフリーダムの一斉掃射。
 続けて、レジェンドの脚元で小爆発。レジェンドの巨体が揺れた。
 インフィニットジャスティスが全身のビーム刃と両手のビームサーベル、ファトゥム01のビームブレイド、全てを用いて、レジェンドの左膝頭を“抉り”取っていた。レジェンドの態勢が崩れ、抉り取られた膝頭から内部を埋めていた触手が溢れ出て、インフィニットジャスティスへと向かっていく。後退しながら、触手を自身の方向へと引きつけるインフィニットジャスティス=アスラン・ザラ。

 空白が生まれる。アスランが引きつけ、キラがそれを撃ち抜き、前方の触手をルナとドゥーエが薙ぎ払い、それでも迫る触手をはやてが防ぎ、最後に自分が残りの触手を受けて捌いて、大気を引き裂き突撃する。

 ―――今は自分以外の誰かがいる。そんな馬鹿げた喜びを胸に僅かな微笑みと共に突っ走る。心は熱く燃えて焔となって、それとは逆に脳髄は冷えて視界を広げていく。多分、それは錯覚に過ぎないんだろうけど。

 レジェンドが近づく。

【シン、魔力反応が一番強いのは胸の中や……多分、あの中に、ミッドで戦ったあの巨人がいる。】

 苦しそうに、そう伝えるはやて―――障壁は何度となく割られ、その度に再度展開されている。恐らく無ければ当の昔に死んでいる。

 ―――やるべきことは単純だ。単純で誰でもやってる一つのこと。
 
 答えを返す暇は無い。速度を緩めることなく最高速度(フルスロットル)で維持。
 空戦用フライトユニット“オオワシ”の4基のジェットエンジンとロケットブースターが唸りを上げて火を吹いた。
 コンソールを叩き、レジェンドの胸の部分を拡大。
 目標を設定――止まるな、行け。

「レイ」

 接近。近接領域。迫る触手。その数13。目を見開く/確認。突撃する隙間は無い。既にレジェンドとは接近し過ぎて仮に隙間があったとしても、意味は無い。レジェンドに激突して終わるだけだ。
 重心を後方に移動。オオワシに設置された黄金の砲身を触手に向ける。同時にビームライフルを構えて一斉掃射(フルバースト)の構え―――放つ/同時に爪先を触手の群れに向けるように回転し背部のオオワシとの接続を解除。
 操作分割/コンソールを叩き“予め組み上げていた”自動操縦プログラムをオオワシに転送―――操縦桿を動かし、フットペダルを踏み込んでそのまま飛び蹴りのような格好で、触手からみたこちらの面積を限界まで狭め、オオワシによって得た速度を殺すことなくそのまま突貫―――スラスターを全開。

「待ってろよ。」

 一斉掃射によって開いた穴に向けて爪先を先頭にアカツキが滑りこむ。ディスプレイを埋める触手の群れ―――機体表面を駆け抜けていく。コックピットに震動轟音揺れる揺れる揺れるアカツキの左腰部にマウントしたビームサーベルを引き抜く/光刃形成―――触手の群れを突き抜ける。
 レジェンドの頭部――巨大な威容。モビルスーツサイズの頭部がこちらを見た。その威容に怯むことなく、触手を足場に跳躍。ビームサーベルを振り被って、突撃。

「今、助ける。」

 更に触手が迫る。数は既に数えるのも馬鹿らしい―――上空及び後方、そして下方から、放たれた幾筋もの光条がそれらを焼き払う。キラ、ドゥーエ、ルナマリア、アスランの攻撃。
 そして、

【援護は――――】

 知らず念話を繋いでいたのか、はやての声――むしろ叫びが聞こえた。

【任せとけっていったやろうがあっ!!】

 障壁展開。その数3枚。重ね合わせるのではなく僅かにずらして、アカツキへと至る触手の数を少しでも減らすように――瞬く間に砕けていく障壁。八神はやての眼が見開いた。

【行けええええええ!!!】

 絶叫――今や咆哮。迸る魔力が障壁を更に展開/粉砕/展開/粉砕/展開/粉砕/飽きることなく何度も何度も何度も繰り返し続ける。間隙が生まれた――現れる一本の道筋。迷うことなく、そこに機体を突っ込ませる。
 跳躍の勢いそのままに、ビームサーベルをレジェンドの装甲に向かって真っ直ぐに突き立て、アカツキの全推力、全体重をかけて押し込む。光刃が刃の中腹まで突き刺さる。
 右腰部にマウントしたビームライフルを右手で握り締め、ビームサーベルに向ける。

「ぶっ壊れろおおおおお!!!!!」

 放つ放つ放つ突き刺さったビームサーベルを中心に爆発。抉り取られるようにして装甲が弾け飛んだ―――抉り取られたその奥に、

「レイ……!!!」

 触手(ケーブル)に雁字搦めにされるようにしてレジェンドが―――レイ・ザ・バレルが磔にされるようにして、そこにいた。

「待ってろよ!!」

 叫びとともにアカツキを動かし、そちらに移動―――接触。コックピットにアカツキの手が触れる。触手(ケーブル)による再生は始まらない。レジェンドを一斉に攻撃し続けるモビルスーツと魔法の砲撃。触手を全てそちらに向けることで一時的にとは言え、再生が遅れているのかもしれない/もしかしたらレイが留めてくれているのかもしれない――都合の良い幻想。
 操縦桿を動かして、アカツキの手でレジェンドのコックピットハッチを剥ぎ取り、そのまま掴んで固定し強制解放――拘束服を着せられ、全身にチューブを繋がれたレイ・ザ・バレルがそこにいた。ミッドチルダの時と同じく。
 瞬間、コックピットハッチを開けて叫んでいた。

「レイイイイイイイイイイ!!!!!!」

 呼びかける―――聞こえていないのか、反応が無い。無論、そんなのは予想済みだ。一度や二度呼びかけた程度で応えてくれるなどと思ってはいない。

「助けに来たんだ!!起きろよ、レイ!!レイイイイイ!!!」

 沈黙。返答は無い。届かない――言葉は届かない。それでもその音に反応したのか、拘束服で囚われた、レイの顔が自分を見た。
 流れるようだった金髪はボサボサで伸び放題。所々髪の毛は抜け落ちて、肩や顔を金褐色の髪が隠す。頬はこけて、眼窩は窪み、虚ろな蒼い目はどこにも焦点を結ばない。
 目と目があっていながら、レイ・ザ・バレルは自分を見ていない。
 レイが、口を開いた。

『……ギル゙ば、お゙れ゙が゙、まも゙、る゙…おれ゙が、お゙れがあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ!!!!』

 叫びと同時に暴れる巨大レジェンド。背部のドラグーンが浮かび上がり全方位、当たり構わず砲撃を開始する。

『どごだギラ゙ヤ゙マ゙ド……ぎら゙や゙゙ま゙どお゙お゙お゙お゙!!!』

 声帯の潰れたしゃがれた声が生み出す言葉―――ギルを守る、キラ・ヤマト。
 そして、先ほど聞こえた言葉―――シン、ルナ、ギル。
 ギルとはギルバート・デュランダルのことで間違いない。
 だが、彼はもういない。死んだ――レイが、殺したのだ。だから、もしレイが“生きていた”のだとしたら、それを知らないはずが無い。
 脳裏に疼くものがあった。
 推論に推論を重ね合わせた単なる当てずっぽう。直感と言ってもいい―――けれど、何故か合っているという確信があった。
 多分、レイ・ザ・バレルは今も――

「……レイ、お前、まだ、あの日のままなのかよ……!?」

 メサイアが落ちた日のまま、ここにいる。
 彼の心は今もあの日ギルバート・デュランダルを守る為に、自分に未来を託してくれたあの日のままに、あの戦場で戦っている。彼の戦争は、まだ、終わっていない。

『お゙お゙お゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ!!!!』

 咆哮―――怨嗟ではなく誰かを守ろうとする咆哮。
 咆哮と共に世界が焼かれていく。燃え上がる街。燃え上がる家。その中心で、今も終わらない――既に終わった戦争に従事する戦友(トモダチ)。

「くそっ、レイ!!起きろ、起きろよ!!レイ!!もう、戦争は終わったんだ!!もう戦う必要なんてないんだよ!!」
『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ!!!!』
「レイっ!!聞こえてないのかよ、レイ!!レイイイイイイ!!!」

 届かない。声は届かない。募る無力感と焦燥。今も自分への援護は終わらない。上空からのストライクフリーダムの砲撃は間断無く続き、ドゥーエとルナマリアの砲撃による援護も終わらない。疲れ切ったのか、八神はやての障壁は今は無い―――ドゥーエの肩を借りて、荒く息をついている。アスランはアスランで今も近接戦闘を繰り返している。

 時間は無い。この均衡は長く続かない――いつ均衡が崩れてもおかしくはないのだ。
 奥歯を噛み締め、拳を握り締めて、レイに向けて、もう一度声を上げた。

「レイ!!もうやめろ!!戦争は終わったんだ、終わったんだ!!」

 暴れ狂う巨人―――声は届かない。
 拳を握り締める―――自分は一体、何をしていたのだろう、と。
 考えても意味の無いことなのは分かっている。
 自分は戦争の後に考えることを止めて戦い続けた。何かを選べば失う。それなら初めから何も選ばなければいいと。
 何もかもがどうでも良かったから――だから、何も考えなかった。
 ミッドチルダでもそれは変わらない。いつだって、自分は何も選ばずにただ楽な方へ、楽な方へと流されてきた。

 ―――レイが、こんな風に苦しんでいたことなど一つも知らないで。
 気付くはずもない事柄――だけど、それでも胸に湧き上がるのは後悔ばかり。
 何もかもが今更だ。今更後悔しても意味は無い―――胸の言葉に憤怒が湧き上がる。

「……何が、今更だ。」

 呟いて、胸の囁きを罵倒する。

「今更だからって諦めていいのかよ…そんな訳、ないだろ、無いに決まってる…!!」
 コックピットの右下のアカツキの起動キーを引き抜く。アカツキの瞳から光が消え、コックピット内部の計器類の光も全て消える―――停止。
 コックピットハッチに足をかける。距離はおよそ4m。助走する余裕は無い。飛び移るには厳しい――考えるまでもなく死ぬ。

「それが、どうした。」

 届かないなら――“届かせればいい”。短剣を鞘から引き抜き、握り締める。
 びゅう、と風が吹き、身体が揺れる。高度は凡そ100m。滑り落ちれば死あるのみ。
 ―――憤怒が湧き立つ。恐怖する自分。過去の自分。いじけていた自分。全ての自分への憤怒が煮え滾る。

「……聞こえないっていうなら、聞こえるまで怒鳴ってやるよ。」

 呟いて、僅かに後退――助走の為の距離を取る。

「うおおおおおおお!!!!!」

 全力で足を踏み出す。逡巡は無い。憤怒が全てを掻き消していく。
 一歩、二歩、三歩―――足を、踏み出した。

「だああああああああ!!!!」

 全力で跳躍―――この足が、この身体が届くかどうかなど考えてはいない。殆ど衝動に近い。
 迫る機体/届かない。
 右手で逆手に握り締めた短剣を振り被る―――突き出す/弾かれる。身体が装甲に接触。転がる。無理矢理立ち上がろうとして、滑って転ぶ。落下。諦めない/もう一度振り被る。

「だ、か、ら…」

 渾身の力を篭めて、突き立てた。

「何なんだぁっ!!」

 突き刺さる。身体の勢いは止まらず、短剣が装甲から引き抜かれる――全力で押し込み落下を否定。速度が緩まっていく。短剣は折れない――思っていたよりも丈夫な材質なのかもしれない。

「はぁ、はぁ、はぁ……!!!」

 右腕が千切れそうなほどに痛い。身体は転げ落ちた衝撃で全身が痛い。
 左手を動かす――僅かに尖った部分に指をかける。

「……けるな。」

 ここにはいない誰かを守る為に。もうどこにもいない誰かを守る為に。
 ―――もう、戦争は終わったことにすら気付かずに、彼は今も戦い続けているのだ。
 左手の中指と人差し指に力をかけて、自分の身体を引っ張り上げる。左足の爪先を見えた隙間に無理矢理突っ込んで態勢を保持し、右手の短剣を引き抜き―――突き刺す。

「ふざけるな…!!」

 呟きながら左手の指を装甲の隙間に入り込ませ、力の限り掴む。足をかける場所は見当たらない。気にせず、短剣を引き抜く。全身全霊の力を左手に篭めて、態勢を保持/僅かに身体が落ちそうになる。その前に短剣を突き刺す。

「起きろよ、レイ。」

 呟きながら再度繰り返す。何度も繰り返す。強風が吹けばそれだけで落ちていくと言う確信があった。落ちれば死ぬと言う恐怖も際限無く湧いてくる。
 呟き/咆哮が、それらを全て掻き消していく。

「起きろよ、レイ!!」

 届かないのなら、届くまで繰り返す。何度も何度も、繰り返し続ける。
 声を張り上げて、両手両足、全身を使いきって昇りながら、何度も何度も叫び続ける。
 触手は動かない。少なくとも自分には、襲って来ない――レイが抑えてくれているのかもしれない。根拠は無い。確信も無い。そう信じたいだけの妄想――その妄想が真実なのだと全てを賭けて、昇る。登る。上る。
 レジェンドのコックピットが近づく。再生はしていない。蠢き始める触手―――1本、また1本と緩慢な動作で触手がこちらを落とそうとして額を、頬を、肩にぶつかっていく。
 こちらは登るだけで精一杯でそれを防ぐことも避けることも何も出来ない。

 ―――だから、凌ぐ。堪える。耐える。

 左手が装甲の隙間から外れ、額を掠めて血が流れ――それでも、決して右手を短剣から離さない。絶対に、命の限りで握りこむ。

「起きろ、よ、レイ。」

 荒い息。左目の中に額から流れる血が流れ込んで開けていられず閉じる。狂う遠近感。傷だらけの左手を伸ばす―――視界と現実に齟齬が生まれ、装甲の隙間に手が入らない。何度かの失敗の後、ようやく指がかかり、態勢を保持。触手による蹂躙は終わらない。それを気にせず、登る――登り切った。
 コックピットハッチに手を掛けて、その中に身体を滑りこませる。全身から熱い汗が流れていく。ハッチに身を投げ出して寝そべったまま動けない。疲労と痛み。口から流れる涎と血。左手で額の血を拭う。左目を開く。遠近感が徐々に舞い戻る―――膝を立てて、立ち上がる。

「レイ、戦争は終わったんだ……俺たちの戦争は終わったんだ。だから、もう戦う必要なんて無いんだ。」

 左足首が痛い。触手に寄るものか、それとも装甲に飛びついた時に打ちつけたのか、ずきずきと疼くように痛い。だから、引きずるようにして、歩いて、近づく。
 短剣を構える。振るう――レイ・ザ・バレルを拘束する触手を断ち切っていく。
 彼の肩に手を掛ける。
 涎塗れで、今がどこでいつ何をしているのかすら判別出来ていない――なのに、それでも彼はあの日のままに戦っていた。
 大切な人を―――大切な人“達”を守る為に。

「もう、いいんだ。……もう、いいんだ。」

 レイの身体をそこから引っ張り出す。パキパキと砕けて行く四肢。それを見て、毀れそうになる涙を堪えて、肩を貸してその場から歩き出す。
 瞬間――全周囲に得体の知れない気配を感じる。

「っ―――!?」

 コックピットが“蠢き出す”。波打つようにして、揺らめき、そして、触手(ケーブル)が、這い出てくる。咄嗟にレイの身体を自分の背中に隠すように――瞬間、身体が逆に引っ張られた。
 レイ・ザ・バレルに。

「…じゃ、あ…な、シ、ン。」

 反射的にそちらを振り向く。砕け散った足首で無理矢理に立っているレイ・ザ・バレルが、左手で自分を力強く引っ張り、コックピットの外側に向けて放り投げた。

「せ、わが、やけ、る、な、お、まえは。」

 触手から、自分を逃す為に―――触手に飲み込まれ、レイが砕けて行く。

「レ、イ。」

 笑って、彼は、砕けて行く。もう、何も見えてはいないのか、視線は明後日の方向を向いていて意識なんて無かったはずなのに、それでも自分を助けて―――

「レ、イ……!!」

 顔が割れて、指が割れて、胸が割れて、紅い結晶となって砕け散って―――粉々に、消えて行く。

「レェェェェェェイ!!!!」
 粉々になった“紅い”結晶が、外に放り投げられた自分と共にコックピットから外界に向けて
 流れて行く―――“朱い”結晶が、自分の指に触れた。意識が、脳の奥に向かって収束する。視界が自分の中に押し込まれて行く。
 ――世界(チャンネル)が切り替わる。


 白い世界。
 無音の静寂だけがそこにある。

「結局、お前は変わらなかったな。いつまでも、俺達に囚われ続けて・・・・今もそれは変わらない。」

 声が聞こえた―――守りたかった誰かの声が。
 レイ・ザ・バレル。そして、その後ろにいる霞んで見えないほどに薄くなったマユ・アスカとステラ・ルーシェ。
 笑顔があった。笑っていた。もう、死んでしまって笑うことすら出来なくなったのに、彼らは皆笑っていた。

「お前は、馬鹿な男だ。馬鹿でウシロムキでいつまでも、前を向けない馬鹿な男だ。」

 レイ・ザ・バレルが、微笑む。口を開き、言葉をかける。
 多分、これが最後になるから、大切に――大切に話しかける。

「俺は、ずっとお前らに見守られてた、の、か。」
「……ああ。後ろの二人は半ばお前とひとつになっているがな。」
「……レイも、そうなるのか?」
「俺達は皆、お前を守る為にここにいる。それは俺も例外じゃない。こんな風に話せるのはもうこれで最後だろう・・・・・外に出れば、俺やこの二人は混ざり合って、お前の、デバイスの中で生きていく―――俺達は、“デスティニー”になる。」

 かける言葉が見つからない。聞きたいこと、話したいことは、それこそ山のようにあるはずなのに、何を話していいのか分からない。
 レイが呟く。

「……俺はずっとお前と一緒にいた。お前と一緒に全てを見てきた。あのレジェンドには俺の身体だけがあったんだ。だから、こびり付いた最後の想いのままに戦っていただけだ。だから、気にするな。俺は気にしない。だから、シン―――」

 レイの手が自分の頭に伸びる。自分よりも背が小さいのに、髪の毛をくしゃくしゃにするようにして頭を撫でながら、呟く。

「泣くな。」

 涙が毀れる―――単なる感情の発露。顔が歪む。止まらない。涙が止まらない。喘ぐように呻くように涙が毀れる。涎が毀れる。鼻水が毀れる。

「お前は、俺を楽にしてくれたんだ。ずっと、何も分からなかった俺を、最後に人間にしてくれたんだ―――だから、泣くな。お前は、俺を助けてくれたんだ。笑って誇っていいんだ。」

 頭を撫でられる度に涙が毀れる。自分でも情けないと思うほどに涙を止められなかった。

「シン。」

 真剣な声音。本気の目。涙を流しながら、そちらを向いた。

「お前はヒーローになるんだろう?」

 その言葉で――ある言葉を思い出す。

 ―――ヒーローごっこじゃない。ヒーローになってみせろ、シン・アスカ。

 涙が、止まる―――止まる訳も無いけれど、無理矢理に止めようとする。

「だったら、悲しい時に泣くな。泣くくらいなら笑ってくれ……お前にはその方が似合っている」

 ―――沈黙。どれほどの長さだったのか。一分なのか、二分なのか―――無限のようにも感じられ、瞬間のようにも感じられる沈黙。
 涙は止まった――溢れ出しそうな涙を堪える。レイに背を向けて、小さく、呟く。

「……行くよ、俺。」

 背中越しにレイが微笑んでいるような気がした。そして、もう消えてしまいそうな二人も。

「シン。」
「……なんだ?」

 思わず、振り返る。泣き顔だけは見せないように歯を食い縛って、涙を堪える。

「お前が惚れた二人は生きている。だから、絶対に諦めずに―――」

 親指を立てて笑顔で。霞んでいくレイの姿。

「頑張れよ。」
「―――ああ。」

 思わず涙ぐむ。けど泣かない。決別する。
 別れは笑顔で。泣き顔での別れはもう沢山だから。
 ―――消えて行く。なんとか笑う。それでも笑いながら、この頬を毀れていく涙。

「仕方ないなあ、お兄ちゃんは。」
 苦笑するマユ。懐かしい笑顔。涙が止められない。

「シン……頑張って。」
 そう言って、笑うステラ。守れなかった日を思い出して――返された言葉で涙が止められない。
 
 二人が消えて、霞んで、粒子になって消えていく―――混ざりこんで融けあって、自分の中に消えて行く。
 そうして、消えて、残されたのは自分だけ。
 寂しさと悲しさは涙となって流し尽くした。
 胸のにあるのは一つだけ。
 もらい受けた希望―――“お前が惚れた二人は生きている。”
 ただ、それだけの希望。

「……生きてる、か。」
【……行くの?】

 声が聞こえた。何も無い虚空に目を向ける。

「……そっか、随分と待たせちゃったな。」

 見える幻影―――それは子供の頃の“シン・アスカ”。
 少し前に見た、暗闇の中で泣いていたシン・アスカ
 手を伸ばす―――子供の頃の自分も手を伸ばす。
 繋がる手。暖かい、泣いていた頃の自分/置き去りにしてきた過去の象徴。

「俺は、ずっと……自分の涙を止めたかったんだな。」

 自分の涙を止める―――それが出来ないから誰かの涙を止める。
 それが自分の願い。歪んで壊れて折れて捩れて、そしてようやく見つけた唯一の願い。
 あの日の自分を助けたかった。
 あの日の誰かを守りたかった。
 明日に向かって邁進するんじゃない。未来が大切だからと今を守る為に戦うんじゃない。
 ウシロムキでいい。何も切り捨てられずに背負い続けるそんな後ろ向きで構わない。

「お前はもう泣かなくていいんだ。これからは―――ずっと一緒だ。」

 子供時代の自分/過去(オモイデ)の具現が笑い、そして消えて行く。
 さあ、行こう。
 右手に握り締める短剣――アカツキの起動キーを上空に放り投げる/懐から待機状態のデスティニーを取り出し掲げる。
 世界が――輝く/砕ける/混ざる/融け合う――そして、全てが一つになる。

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