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空想垂れ流し 60.此処より永遠に(b)

60.此処より永遠に(b)


 全身雨でずぶ濡れになった自分を見て怪訝な顔をするドゥーエ。

「・・・・風邪ひくわよ?」
「・・・・うるさい。あんたの方こそ何でここにいるんだ。」

 彼女の問いには答えずに質問を返した。
 答えたくは無かった。昔の女と再会して逃げてきたなど言いたくも無かった。
 こちらに答える意思がないことを悟ったのか、ドゥーエが一つ息を吐いて呟いた。

「散歩してたらね、ここに来ちゃうのよ、どうしても。」

 そう言って、彼女は慰霊を眺めていた。
 釣られて自分もそちらを見る。

「・・・・ここの“思い出”に引っ張られるのよ。」
「・・・・思い出?」
「ルナマリアっていう子との思い出の始まり―――それが、ここでしょ?」

 確かに、その通りだった。
 シン・アスカにとってのルナマリアに溺れた時のことが思い出になるならば、それは確かに此処から始まった―――キラ・ヤマトとアスラン・ザラの言葉に打ちのめされ何かを考えることを放棄して、その時甘えさせてくれたルナマリアに縋り付いたことが始まりだったから。

「・・・・ああ、そうだな。」

 ドゥーエと話したことで茫洋としていた意識がはっきりしてきたせいか、思い出したくもない苦々しいモノが込み上げてくる。
 慰霊碑から眼を逸らして、それを意識の外に追いやる。どうでもいいことだと切り捨てて。

「・・・・それもあんたの魔法なのか。」

 呟いた。ドゥーエの瞳が自分に向けられた。見れば見るほどにステラに酷似しているその姿は自分の心の中の罪悪感を刺激する。瞳を逸らす。目を合わせていることがどうしようもなく辛い。
 目を逸らした自分を見て、ドゥーエが口を開いた。

「・・・・もう隠しても仕方ないしね。いいわ、教えてあげる。」

 ドゥーエの瞳が金色から紅色―――血色の紅へと変化する。

「私は模倣(エミュレイト)っていうこの力であんたの心の中の偶像を演じてるの。思い出の中の偶像をね。だから私はこんな風に姿を変えたりできるの。」
「・・・・目的は、俺を殺す為?」
 
 表情を変えることなく彼女が続ける。ステラの顔には似合わない表情―――冷徹な表情で。

「いいえ。目的はあんたに最高の絶望を与える為―――ギンガ・ナカジマやフェイト・T・ハラオウンの姿になったことも、ステラ・ルーシェの身体にルナマリア・ホークの性格を模倣したのもその為。」

 戻れなくなっちゃったけどね、と最後に付け加えて彼女は口を閉じた。
 そのまま自分から視線を外し、慰霊碑を眺め続ける。

「フェイトさんとギンガさんを殺したのも、その為なのか。」
「・・・・私はそれに関わっていないからよく知らないけど、多分そうなんでしょうね。」

 慰霊碑を眺める視線に変化は無い。

「・・・・どう、怒った?」
「別に。今更・・・・どうでもいいさ。」

 そう言ってその場に腰を下ろした。歩き続けていたせいか、酷く身体が疲れていた。
 座り込むと雨で濡れた服が身体に張り付いて気持ちが悪かった。
 言葉の通り、シンにとってドゥーエの目的などはどうでもいいことだった。
 ギンガとフェイトが死んだことに変わりは無い。今更、何が変わる訳でも無い。

「・・・・なんで、戻れなくなったんだ。」
「・・・・さあね。」

 そう言って彼女が慰霊碑に向けていた視線を海へと向ける。見えるものは真一文字の海平線――ふと、あることを思い出して、呟いた。

「助けたのは、どうしてだ?」
「・・・・“身体”が勝手に動いたのよ。あんたを助けろってね。・・・・引っ張られすぎて、行動侵食までされて・・・・お笑いよ。」
「どういうことだ?」
「あんたの思い出に引っ張られて、私の意思もそっちに引っ張られてったのよ。おかげで、私はドクターからは裏切り物扱い、今ではこんなところで何故か子供の面倒見てる。・・・・本当にお笑いよね。」
「・・・・・」

 悲しげな声―――ドゥーエがどうして、自分を守ったのかは自分にはよく分からない。彼女の説明は断片的過ぎて、意味を成さない。精々わかることと言えば彼女が悲しんでいることくらい。

「・・・・あんたこそ、どうして私を助けたのよ」
「・・・・さあね。何となくだよ。」

 その言葉を最後に会話が途切れた。
 声を掛けるつもりは無い。
 自分を裏切って騙して絶望の底にまで落とそうとした相手を慰めるような余裕は無い。ならば、どうして助けたのかと問われれば――口にした何となくと言う理由以外には無い。
 自分に誰かを思いやる余裕などありはしない。だからきっと何となくだ。もしかしたら姿かたちが似ている誰かと重ね合わせたのかもしれない。
 地面に仰向けに寝転がる。これだけの早朝なら誰か来るようなことも無いだろう―――そう思って。
 蒼い空。雲が流れていく。さっきまで雨が降っていたことが嘘のように空は晴れている
 幻影はいつの間にか消えていた。それに少しだけほっとする――微笑みがもたらすものは安寧ではなく胸の痛みだけだから。
 懐のデスティニーを取り出す。今もそれは変わらず役立たずのまま。魔法は今も使えない。
 情事にまで雪崩れ込みそうだったと言うのに、当のルナマリアの顔を思い出すことは無い。思い出すのはそれよりも、ちらつく二人の顔。今は見えない幻影の二人の微笑み。
 どうしてこんなにもその笑顔がちらつくのか―――分からない。
 もう返事を返すことも何も出来ないのに、返事を返すことも自分はしなかった。ただまどろみの関係を続けようとして守れなかった。それでも未練がましく自分は二人を思い出す。此処に来てから何度も何度も見た幻影として。
 何を期待していた訳でも無いのに、未練だらけの、ちぐはぐな自分。
 それが余計に惨めさを加速させる。
 自分は一体あの二人に何を求めているのか。それがどうしても分からない/■■たくない。
 思考を止めて起き上がる。ふと、見ればドゥーエは既にいない―――帰ったのだろう。

「・・・・・俺も、帰って寝るか。」

 膝に手を突いて立ち上がると、後方で足音がした。
 反射的にそちらに向かって振り返る。眼が、見開いた。身体が硬直した。

「・・・・シン・・・?」
「・・・アスラン、か。」
「シン・アスカ、なのか?」

 まるで幽霊でも見るようにアスランは呟いた―――幽霊と言えば幽霊で合っているのかもしれない。ルナマリアの話では行方不明―――つまりは死亡扱い―――だと言っていた。キラ・ヤマトやラクス・クラインがアスランに連絡していなかったとすれば、彼にしてみれば自分は幽霊も同然だろう。

「・・・・それ以外の誰に見えるって言うんです?」
「・・・・シン、お前は・・・・お前は、今まで何をしていたんだ!?ルナマリアがどれだけお前のことを心配していたと思っているんだ!!」

 ルナマリア―――その言葉を聞いた瞬間、再度胸が疼いた。

「・・・・・知りませんよ、そんなこと。」

 いきなり大きな声で叫ぶ目の前の男から眼を逸らし、その場から去ろうと足を動かす―――途端、右腕を掴まれた。振り向けば、アスランが自分の腕を掴んでいる。

「シン、どこに行くつもりだ。」
「どこって・・・・・キラさんのところですよ。」
「キラのところだと!?」

 いちいち声がでかいアスランの態度に顔を歪める。

「・・・・いいか、シン。お前がどれだけキラのことを憎んでいるかは俺もよく知っている!けどな、憎しみに囚われたまま生きるのはもうやめろ!!そんなことをしてもまったく意味は無いんだ!!」
「・・・・・は?」

 一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。

(こいつ、何言ってるんだ?)
「シン、憎しみはいつか身を滅ぼすだけで、その先なんてどこにも無い。」

 話がまったく繋がっていない。
 何がどうなって、自分がキラを憎んでいてキラの元へ行くと言う話になっているんだろうか。

「ちょ、ちょっと待ってください!!何で俺がキラさんを憎む話になってるんですか?」
「お前がキラの元へ行くと言ったからだ!!」

 まったくもって話がかみ合わない。かみ合わないどころか勝手にシン・アスカはキラ・ヤマトを憎んでいるという風に仮定して、それを元にシン・アスカがキラの元へ行くということはキラへの憎しみのままに二年間生きてきたとか連想してるのかもしれない。

(・・・・・相変わらず面倒臭くて、よく分かんない奴だな。)

 少しだけその事実にほっとする。
 キラ・ヤマトのように劇的な変化はしていない――自分の知っているアスラン・ザラそのものだったから。
 右腕を掴み自分を睨み付けるアスランを見る。正直ため息しか出てこない。この男の中では今もシン・アスカは戦争の時のままなのかもしれない。実際その通りなのかもしれないが。
 呟いた。

「・・・・あんたが俺のことどう思ってるかは知らないけど。俺は別にキラさんをどうしようとかなんて思ってない。行き倒れてるところをあの人達に助けられただけだ。」
「行き倒れてた?お前、一体今まで何を・・・」
「・・・・・別にいいじゃないですか。どうでも。そんなことよりこの手離してもらえませんか?」

 そう言ってアスランの手を力任せに振り払う。
 思っていたよりも素直にアスランは力を抜いて右手を離した―――少しそれが意外だった。少しは融通が利くようになったのかもしれない。

「・・・・わかった。お前を信じよう、シン。」
「信じるとか、そういうことじゃないけど・・・・まあ、いいです。とりあえず、俺はこれで行かせてもらい・・・・」
「シン、俺の元に来い。」
「は?」
「俺と共にオーブで世界の平和の為に戦うんだ。お前にとっても悪い話じゃない。行き倒れて。誰かに心配をかけるようなそんな生活はもうやめるんだ。」

 前言撤回。この男は何も変わっちゃいない。相変わらずのおせっかいの馬鹿野郎だ。

「いいか、シン。お前にとっての正義は力無い人々を守ることのはずだ。」

 真っ直ぐな目でこちらを見るアスラン。その目に曇りは無い―――自身にとっての正論を言っているのだ。視線を逸らす理由などこの男には存在しない。

「・・・・だから?」
「お前には力がある。行き倒れている暇があるなら、その力をその正義の為に役立てるべきだと言っているんだ。」
「だから、俺にあんたの元で働けって?」
「俺の元が嫌ならザフトでもどこでも構わない。世界はまだお前の力を必要としているんだ。」

 右手を開く。必要としている―――自分の力を、この世界が。
 唇をゆがめて嘲笑する。
 馬鹿げた仮定―――ありえない仮定だ。

「・・・あんたや、キラさんがいれば世界は、平和になるだろ?」
「・・・・個人の力でどうにかなるようなものじゃないんだ、この時代は。」

 苦虫を潰したようなアスランの顔を見る。疲れが見える横顔。少しだけ胸に棘が刺さる。その顔に浮かぶ疲労は、恐らくラクス・クラインやキラ・ヤマトと同じ疲労。
 誰かを守る為に、自身を犠牲にしてでも戦い続けるが故の疲労。
 この男はまだ守っているのだ、この世界を。
 奥歯を噛み締めた。その横顔に苛立ち―――いや、むしろ劣等感か―――を覚えた。

「・・・俺には関係ない。」

 そう言って、その場から歩き出す。一刻も早くこの男と会話を切り上げて一人になりたかった。
 話せば話すほど自身の矮小さが浮き彫りにされていくようで。自分自身の薄汚さを自覚させられていくようで。自分の願いの身勝手さを自覚させられていくようで。

「シン、お前はそれでいいのか!?お前の正義はそんなものだったのか!?」

 その言葉に今度こそ耐えかねて、走り出した。これ以上その言葉を聞いているのに耐えられなかった。
 後方からアスランの声が聞こえてくる。それを全て無視して走り続ける。一瞬たりとも止まらない。止まりたくない。心臓の鼓動が荒い。走り続けることで心拍数が上がっていく。鼓動の煩さが雑音をかき消していく。その事実に安堵して、走り続ける。知らず視線が下がり、俯いていく。前を向かずに走り続ける。振り返ることも無い。
 どれだけ走ったのか。気がつけばそこは皆のいる孤児院とはまるで別の場所―――森の中。
 俯いて走っていたのだから、方向などは滅茶苦茶だ。途中で道を間違えたのか、それとも初めから間違えていたのか――どうでもいいことだ。

「・・・・正義正義ってうるさいんだよ、馬鹿。」

 呟いて、腰を落とす。昨日からまともに眠らずに動き続けたせいか、身体中に疲労が溜まっている。

「・・・そんなことの為に戦った経験なんて一度だって無いんだよ、俺は。」

 彼の戦いはいつだって自分の為だ。自分の為に戦って、自分の為に敵を殺して、自分の為に誰かを守って、自分の為に“戦いを求めて”きた。
 戦うことそのものがシンにとっての目的―――平和を求めていると嘯いて、求めていたのは戦いなのだ。滑稽なことこの上無いだろう。
 アスランの言葉を思い出す。

 ―――正義の為に戦ってるんじゃないのか。
 ―――それがお前の正義じゃないのか。

 その言葉が深く自身の胸を抉り抜く。その言葉を聞く度に胸が痛んだのは、それが正論だからだ。自分自身の正義の為に戦う。戦士としては当然のことだ。戦士とは“己が正義の為に戦う者”である。
 金の為、家族の為、祖国の為――――様々な正義、様々な“目的”の為に人は戦う。下賎な言い方をすれば、見返りの為だ。
 金と言う見返り、家族と言う見返り、祖国と言う見返り、様々な見返りを得る為に戦う。つまり、結果を求めて、だ。
 求める結果があるからこそ人は戦う。
 ―――それは、シン・アスカとは違う。彼が求めるモノは“守る”と言う行為そのもの。つまりは過程。結果など求めたことなど一度も無い。傍から見れば、無償の奉仕にすら見えるであろう、その所業。だが、それは裏を返せば守る為に戦いそのものを欲しているのとどう違うと言うのだろう?
気付いてはいた。初めからそれで良いと戦ってきた。最後に戦いの中で死ぬことになろうとも、それでいいと。
 それが本望なのだと、そう思って生きてきた。
 エリオの言葉を思い出す。

「貴方は誰も守れない、か。」

 その通りだ。
 自分は“誰”も守れない。力があるとか無いとか、そんな問題ではない。
 自分は初めから“誰も守ろうとしていない”のだから。
 そんな自分が誰かを守れるはずが無い。
 戦いを求めて、力を求めて、その果てに力を失った。
 守ることなど出来るはずも無い。
 それに―――守りたかった誰かはもういない。もういないのだ。
 その事実を冷静に心が受け止めた。

「・・・・もう、何にも無いんだな、俺には。」

 呟いて、それが真実だと気付く――――自分には何も無い。
 残されたのは死ぬことも生きることも出来ない矮小な自分自身だけ。
 ―――今は、まだ。

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