FC2ブログ
空想垂れ流し 56.始まりはいつも残酷で(b)

56.始まりはいつも残酷で(b)


「・・・・・・」

 八神はやてはカタカタとキーボードを叩きながら、画面に眼を通す。
 窓の外の夜空は晴れ渡り、満月が輝いている―――クラナガンや海鳴では決して見れないような輝かしい月。
 マウスを操作し、目当てのデータを呼び出す。
 時刻は深夜2時を過ぎている。使っているパソコンはキラがいつも使っているパソコン。ネット接続完備のハイエンドモデル―――光だから早いとかキラは言っていたが、よく分からないので気にしない。
 性能や回線速度等は正直どうでもいい。恐らくここにあるどんなパソコンもはやてが知るどんなパソコンよりも“高性能”だろうから。
 目まぐるしく縦方向にスクロールしていく画面。呼び出されている画面には色々な出来事が羅列されている―――要は歴史年表や世界地図だ。キラに目当てのホームページを教えてもらい、はやては夕飯の片付けが終わってからずっとそのホームページを見ていた。
 そこに記されている内容はそれこそ学校の教科書を見れば簡単に分かるような内容ばかり。
 昨日まではシンの看病に付きっ切りだったのと“確信”が持てなかったのでやらなかったが、シンの眼が醒めたことで看病は一旦切り上げて、この作業を始めた。
 二人には未だ自分達の詳しい素性は伝えていない。シンの記憶を見る限り、この世界で魔法が認識されていないことは確認済みだったので黙っておくことにしている。

「・・・・っと、あったあった。」

 画面に見えているのは2015年における世界各国の地名。
 見慣れた地形。見慣れた国名。
 ――唾をごくりと飲み込む。
 シン・アスカのいた次元世界は管理局が探しても見つからなかった。ずっと探してはいたのだ。それこそシンが転移して来た当初からこれまでずっと。
 普通はそれで見つかる。見つからないということは、未探索領域に位置する次元世界ということになる―――だが、考えてみればそれはおかしい。
 シンが次元転移をしてきたのは、何のことは無い。リインフォースの力によるものだ。あの日、海鳴でリインフォースがシンの世界に干渉し、彼はミッドチルダにやってきた。
 リインフォース―――夜天の書。
 その主である彼女は誰よりもその力の強大さを知っている。
 確かにリインフォースには個人を次元転移させるくらいの力はあの時存在していたと思う。
 だが、だからと言って、未探索領域から個人を特定し転移させることが出来たかと言えばそれは無理だろう。
 未探索領域の次元世界とは単純に既知の次元世界から“遠い”のだ。
 第一管理世界―――ミッドチルダ。そこは最も魔法文化が発達した世界である。
 そして管理世界とはミッドチルダに隣接する、もしくは近隣の世界ほど若い管理番号が振ってある。
 最も魔法文化が発達した―――つまりは次元世界と言う概念の発祥の場所。
 つまり、未探索領域からは最も離れた場所。
 単純に距離の問題と未だ未知の世界から移動させるなど、恐らくどれほどの魔力があろうとも不可能だろう。
 ―――逆に考えれば、リインフォースがシン・アスカを移動させたと言うなら既知の次元世界からでしか在り得ない。でなければ夜天の書の能力を大きく越えてしまう。
 ならば、彼は“どこ”から来た?
 彼のいた“コズミックイラ”とは“どの”世界のことを言っているのか?
 この考えに至ったのは、この世界に来てからだ。それまでは悲嘆に沈んで思考など回りようが無かったから。
 ここでシンの看病をしながら考えて得た結論。
 それが今やっていることへと繋がる―――この世界、コズミックイラは時空管理局がどれだけ探しても見つからなかった世界。それは何故か。簡単な話だ。
 見つからなかったのではなく、既に見つけていたにもかかわらず“気づかなかった”だけなのだから。

「・・・・やっぱり、ここは、別の次元世界なんかやない。」

 現れた画面。そこにあるのは海鳴。自分が知っている海鳴―――“今”から253年前の海鳴市。

「未来やっていうんか。」

 言葉に篭るのは恐れと不安―――本当に未知なる現象に対峙した人間が抱く原始的な不安。
 月は、何も語る事無くただ輝いていた。

 気がつけば自分はベンチに座っていた。
 夜空に月は無く、星も無い。空というよりも天井といった感じの暗闇。雲一つ無い黒空。
 そこはどこにでもあるような公園だった。
 ジャングルジムや滑り台に砂場、水飲み場、ブランコ。ありふれた遊具の数々。
 暗闇であるからか、そこには誰もいなかった。
 それも当然か。子供は暗闇ではなく太陽の下で遊ぶモノだ。余程、特殊な事情でも無い限り暗闇の公園に来る子供などいるはずもない。
 見れば、子供がいた。
 後ろ姿から想像できる年齢は10歳くらい。暗がりで横顔は見えない。ただ、肩を震わせて泣いている。

(・・・・夢だな、これ。)

 淡々とその事実を受け入れる。子供の後ろ姿や格好には覚えがあった。何かのキャラクターが描かれたTシャツ。髑髏細工が施され歩くと真っ赤に光るサンダル。それらに見覚えがあったから判別は容易かった。 
 ―――あれは、自分だ。あの服は全てマユが勝手に選んで自分に着せた物だ。
 喜んでいたマユの笑顔の前で不本意ながらも、彼女を泣かせたくなかったしその笑顔を崩したくなかったから我慢して着ていたのだ。
 その光景を見て、改めて思い出す。
 シン・アスカは元々よく泣く子だった。眼が朱いという事実で馬鹿にされ、女のような顔立ちだと馬鹿にされるとすぐに泣いていた。
 それが泣かなくなったのはいつからか―――泣いてはいたのだ。ただ、人前では決して泣かなくなっただけで。
 切っ掛けは―――よく覚えていない。その頃の記憶は幼すぎて曖昧だったから。
 ただどうして泣かなくなったかは覚えている。
 マユがいたから。彼女に悲しい顔を見せると彼女も一緒になって泣いてしまうから。
 だから、自分は泣かなかった。少なくともマユの前でだけは絶対に泣かなくなった。
 その代わり、よく一人の時に泣くようになった。
 マユの前で堪えた分の帳尻あわせをするようにして、一人で泣き続けた。そして、誰かに慰められることを望んでいた。頑張ったなと誰かに言って欲しかった。
 そんなくだらない思い出が呼び起こされた。
 これは夢だ。だから何をしても現実になど繋がらない―――だけど夢ならあの時自分が望んだことをしてやってもいいはずだ。
 だから、その涙を拭おう、と思い、ベンチから起き上がろうとする。

(動かない・・・?)

 どれほど力を込めても指の一本すら動かない――いや、それ以前に力を込めれているのかすら分からない。

「・・・・・・・」

 口を開こうとして開かない。声を出そうとしても出せない。
 金縛りにでもあったように身体が一つも動かない。

「・・・・・僕は」

 呟きに気づき、目をそちらに動かす。少年が振り返っていた。目の色は自分と同じ朱い瞳
 子供の―――忘れていた、置き去りにしてきた過去(シン・アスカ)の口が動く。

「僕はいつまで泣いていればいいの?」

 ―――心臓が掴まれたような気がした。
 過去が一歩近づいた。
 喉がからっからに渇いていく。恐怖とは違う。焦燥、でもない。強いて言うなれば後ろめたさ――何に対する後ろめたさかは分からない。

「僕はいつまでここにいればいいの?」

 朱い瞳から流れる一筋の涙―――それまでの子供の泣き顔とは違う、年月を経て流される涙。

(なんで、泣いて・・・・)
「僕はいつまで、待ち続ければいいの?」

 黒空が、割れた。意識が浮上する。公園が消失する。過去が悲しそうに、寂しそうな顔をしていた。
 暗闇が、純白に染められた―――。


 ドゥーエ―――フェスラとはやてが話をしている。

「じゃあ、ミッドチルダに戻る方法は分からないってこと?」
「そや。念話はずっと送ってるから、その内見つかるとは思うんやけど・・・・直ぐって訳にはいかんやろうね。」

 そこは自室―――与えられた三人の寝室。男女が同じ部屋に泊まると言うのはまずいとは思ったが、別にそんな関係では無いし、キラやラクスがそんなことを気にするような輩でも無い以上気にするだけ無駄だ。

「ただ、念話の内容がな・・・・どうにもノイズ交じりで分からんのよ。混線してる感じで、まともな反応は一切出来んかった。」

 困り顔で話すはやて。ドゥーエも同じく。


(・・・・どうでもいい。)

 心中で呟き、視線を右腕に向ける。昨日までされていた右腕の大仰な包帯は既に解かれている。痛みはまだあるものの怪我は既に無い。厳密にはその“痕”だけが残っていた。
 あの時、“眼”が開いた場所にはその名残――真っ直ぐに線が伸びている。その数は5つ。つまり、あの時5つの眼が開いたということ。

 結晶の痕は無かった。同じく羽根の痕も。
 右手を閉じて、開く。問題なく、動く――この右手は自分のものだと確信出来る。
 おぞましささえ感じる自分の右腕。自分が何か人間以外のモノへと変化していった感覚。だが、今はそれも感じられない。

(それでも)

 力を失った今はその感覚すら愛おしい。力が欲しい。力が欲しい。右腕を凝視する。この腕が、この身体が人間でなくなってしまったとしても、それでも力が―――

「シン。」
「・・・・なんですか。」

 はやてからの声に答える。
 彼女の話を上の空で聞いていたからだろう――実際、耳には殆ど入っていなかった。

「・・・・一応、帰るのはまだまだ先になりそうや。」

 溜め息を吐きながら彼女が呟く。

「そうですか。」

 立ち上がって、ラクス達から与えられた服―――パーカーに袖を通す。

「どこ、行くんや?」
「・・・・・ちょっと海でも見てきます。」

 ドアノブに手を掛ける。一瞬、ドゥーエと眼があった。無視してそのまま通り過ぎる。
 扉を開けると、キラやラクスが子供達と談笑している。幸せそうに。
 ぎりっと奥歯を強く噛み締め、その光景から目を外し、近場の扉に手を掛け、すぐに開いた。

「あ、シン」

 キラの声が聞こえた。聞こえない。何も聞こえない。そう、心中で呟いて、無視して扉を通り抜ける。
 外は既に夕暮れ。潮騒が聞こえる方にただ歩いていく。
 風が冷たい。朱い夕日が目に染みる。
 パーカーのポケットからフェイスバッジ――デスティニーを取り出した。

「・・・・デスティニー。」

 答えはない。返答は返ってこない。
 風が、冷たかった。

「・・・・アル、どうしてこんなことしたの?」

 子供が女の前で俯いている。その前には壊された玩具があった。

「・・・・だって、ジェシーが僕の砂山崩したから。」

 子供は頬に怪我をしていた―――男の子。

「ジェシー。」

 ジェシーと呼ばれた少女が壊された玩具の前で目をこすりながら彼女に振り向いた。泣いていたのだろう。涙は既に引いているが。

「・・・・だって」

 決して目を合わせようとしないジェシーとアル。女は腕を組んで溜め息一つ、口を開いた。

「二人とも謝りなさい。」
「・・・・うう」

 その言葉に、アルとジェシーの眼があった。けれど、直ぐに視線を逸らそうとする―――女が二人の手を掴んで、引っ張った。

「どっちが悪いとも言わないわ。悪いのはどっちも。だから、二人共謝って、それで終わりにしましょう?喧嘩なんて続けたって面白くも何とも無いでしょ?」

 女から視線を逸らす二人の子供。
 女は抱き締めたまま話を続ける。顔には笑顔。信じられないほど朗らかな笑顔。

「・・・せんせい、だけど。」
「そうねえ、今謝れば、ホットケーキ作ってあげるわよ。」

 その言葉に子供の表情が歪んだ。迷っている。

「・・・・・う。」
「・・・・せんせい、汚いよ。」
「ついでに、フルーツの盛り合わせもつけてケーキみたいにしてあげる。どう?謝った方がお得でしょ?」
「・・・・ずるい、ドゥーエ先生はずるい。」
「・・・・ホットケーキは捨てがたいのよね。」
「それじゃ決定!じゃあ、早くこれ片付けて、皆で調理実習するわよ!!」

 上がる歓声。二人の子供の顔に浮かぶ笑顔。周りで成り行きを見ていた子供も笑う。その後ろで優しげにキラとラクスも笑っている。
 ―――八神はやてはその光景を見ていると頭痛がしてきた。

「・・・・・適応しすぎやろ。」

 ドゥーエ先生は子供達に大人気でした。


「・・・・案外、子供好きなんやな。」

 夕飯のシチューを食べながら呟くはやて。
 シンが目を覚ましてから既に一週間が経過していた。
 はやては毎日家事を手伝い、空いた時間でこの世界の調査を繰り返し、ドゥーエは毎日毎日子供の世話―――平たく言えば先生をしていた。

「う、うるさいわね。仕方無いじゃない、私の仕事らしいんだから。」

 頬を赤く染めながら、スプーンを口に運ぶドゥーエ。既に5杯目だ。横にあるフランスパンは既に3本目。対してはやては未だ1杯目すら食べ追えていない。フランスパンだって一切れ程度。
 というか、フランスパンを本単位で食べる人間を見たのは初めてだった。

「そんだけ食べて、そのスタイルを維持する・・・・・まるでどこぞのポケットみたいな身体やな。」
「言ったでしょ?これ、この力のせいだって。」

 フランスパンをバキ、と二つに折って片方をシチューにつけて口に運ぶ。左手のスプーンは常に稼動。パンをシチューにつけて食べる。左手がシチューを口に運ぶ。繰り返される動作。シチューがなくなれば自分で鍋まで行ってよそってくる。基本的に大盛。そしてまた食べる。
 ドゥーエが言うにはこの旺盛すぎる食欲とその食欲にも関わらず変わらない体型は彼女の能力“模倣”の副作用であるらしい。
 模倣した肉体は“変化している”のではなく、どちらかというと“重なっている”と言った方が正しい。自分の肉体の上にもう一つ肉体を重ね着し、維持している。単純に考えて、肉体をもう一つ維持する以上必要となるエネルギーは2倍になり、その上、本来は存在しないモノを1から作り出すのだから、その想像にもエネルギーを必要とし、結果としてこの旺盛な食欲を作り出す。消費するエネルギーが大きすぎる以上は当然だろう。
 殆ど病気に近い副作用―――だが当のドゥーエに悲壮感は見当たらない。食べても食べても太らないというのは女性にとって理想とも言える状態だからかもしれないが。

「羨ましいもんやな。」
「まあね。こんな能力持ったけど、この副作用だけは感謝してるわ。」

 そう言って手に残っているフランスパンを口に収めると、先ほど半分に折ったフランスパンの残り半分に手をつける。

「美味しいモノをずっと食べ続けられるし、全然太らないしね。食費は半端じゃなくかかるけどね?」

 スプーンを口に運び、笑顔を見せて、またパクつき始めるドゥーエ。
 そんな彼女から少し離れた場所―――テーブルの端辺りで無言でシチューを口にするシンに視線を向けた。
 視線は虚ろ。目はどこを見ているのかも分からないくらいに呆けている。目の下には隈があり、頬も少しこけている。
 恐らく、一睡もしていないのだろう。

(・・・・もうずっと寝てないんと違うか。)

 最近のシンの様子を思い起こす。彼が眠っていない――眠れない原因を。


 毎晩毎晩、夜遅くにベッドを抜け出し、どこかに行っている。
 はやて自身寝るのがいつも遅い為にそれに気づいて、後をつけた。そして、それを見た。
 黙々と今まで通りの日課を繰り替えすシン・アスカを。
 眼は血走り、身体は汗まみれ。やっていることは単なる素振りだ。
 シン・アスカの日課―――つまり基礎訓練。
 ギンガに師事し出してから彼は毎日欠かさずにそういった―――彼にとってなくてはならない剣術と魔法の基礎訓練を繰り返していた。
 ギンガの教えが基礎を疎かにしないことを念頭に置いていたからか、それとも彼自身の性分なのか、それは分からないが、シン・アスカは基本を何度も何度も反復する。異常なほどにだ。陸士108部隊にいた時にギンガが書いた報告書によると意識を失い死ぬ寸前まで繰り返していたらしい。無論、今ではそんなこともやらなくなったが。
 魔法に限らず何であろうと基本は大事だ。基本がなくては大成しない。これは全てに共通する。
 だが、基本はあくまで基本―――つまりは基礎、土台でしかない。強靭な基礎が作られれば次は建物――すなわち応用に時間を割いていくものだ。そうして、人間は自らのレベルを上げていく。基本を軸に新たな技術を覚え、その新たな技術を元に、また新たな技術を覚える。連鎖するようにして人はレベルを上げていく。
 だが、ギンガの教えはそれとは一線を画していた。
 兎にも角にも基礎を反復する。
 通常100回なら1000回繰り返し、通常10セット繰り返すなら100セット繰り返す。
 そんな訓練方針を貫いたからか、シン・アスカという魔導師は異常なほどに歪な魔導師となっている。基本的な魔法は並よりも上。それこそ現役のAAAランクに匹敵するほどの技術を持っている。なのに、それ以外の応用技術はCランクどころか、素人に毛が生えた程度。出来ることと出来ないことの落差があまりにも激し過ぎる為に、応用性が非常に低いのだ。
 簡単に言えばシン・アスカという魔導師は戦闘以外に使い道がない魔導師である。
 どうしてギンガがそんな育成方針にしたのか。彼女は彼をどのような魔導師に育てようと思っていたのか、それはもう誰にも分からない。彼女が死んだ今となっては全ては闇の中だ。それでも予想するとすれば―――恐らくは死なせない為だろう。短期間で叩き込める技術には限りがある。それ故に必要と思われる技術だけに特化させ、それだけを繰り返した。机の引き出しの数を増やすのではなく、引き出しの中にあるものの質を上げることだけに集中した。
 そんな方針にギンガがした理由は――答えは一つだけだ。自分が突き付けた要求が原因だろう。Bランク試験に合格することを自分はシンに強要した。6課で戦いたければ、守りたければ合格しろと。無論、素人同然の人間がたった数ヶ月の訓練で受かるような試験ではない。だが、ギンガはそれでもシンを育て上げた。幾つかのイレギュラーは存在したモノの素人同然のシン・アスカはBランクどころかAAAランクにすら匹敵するギンガ・ナカジマを打ち倒すほどに成長した。
 それは、ただ戦闘に特化させその他の技術を全て覚えさせなかったからこその成長だ。
 そして、彼女の思惑通り―――それが本当に彼女が考えていたことかどうかは分からないが―――彼はここまで生き延びた。
 肉体的にも、そして精神的にも。
 そうやって生き延びていく中で、魔法は彼にとって無くてはならない拠り所―――“力”となった。
 シンが異常なほど基礎を繰り返すのも道理と言える。何しろ、結果がついてきている。基礎を繰り返すことで彼はここまで強くなった。
 何を失おうとも、敵に勝てずとも、力を得て生き延びた、という結果がある以上はソレに縋り付くことは当然だろう―――もしくは没頭することで全て忘れようとしているのか、どちらにせよ、それは真っ当な精神状態ではない。
 しばらくして素振りが終わった。木の棒を砂浜に置き、懐からデバイスを取り出し、口を動かした。声は聞こえない。潮騒に邪魔され、そうでなくとも遠くからシンを眺めるはやてにその呟きが届くはずもない。

「・・・・デバイスを起動してるんか?」

 何度も何度も、シンはデスティニーに向けて口を動かしている。恐らく呼びかけているのだろう。
 だが、おかしい。はやてが知る限り、あのデスティニーというデバイスはシンの呼びかけには何よりも早く応じるデバイスだ。人格など搭載されていない癖に勝手に人格を作りあげ、シンの身体を作りかえ、常識外れの魔法を幾つもシンに与えた、危険すぎるデバイス。
 以心伝心などというものではなく、勝手に主の意を汲み取って動くモノ。道具の域を逸脱した存在。
 それが、一度も姿を変えない。

「・・・・どういう、ことや。」

 何故か胸がざわざわと騒ぎ出す。嫌な予感が背筋を登る。
 自分はもしかして見てはいけないものを見ているんじゃないのか―――そんな思いすらせり上がってくる。
 奥歯を噛み締めた、悔しげで今にも泣きそうな表情でシンはデスティニーを懐に収めた。
 瞳を閉じて、座り込む。
 いつもの訓練―――恐らく高速移動魔法(フィオキーナ)の訓練だ。
 彼はいつもそうやって全身を朱く輝かせていた―――はずだった。何十秒、何分そのままの体勢でいたのだろう。以前は朱く輝かせていた全身がまるで輝かない。まるで、魔法を使えなかった頃のように。
 シンが右手を天に向けて伸ばし、拳を作りあげ、そして砂浜に向けて振り下ろした。
 そのまま、俯いたまま身動き一つしない。動けないのだろう。悔しさを、情けなさを堪えているしか出来ないのだ。

「・・・・・そういうことか。」

 シンがどうして此処に来てあんなに打ちひしがれていたのか、それを理解する。理解できてしまう。
 シン・アスカは魔法を使えない。彼は拠り所であったはずの力までも失った。


 思考を今に戻し、シチューに口をつける。横目でちらりとシンを見る。あれほどに憔悴しきっている理由は間違いなくソレだ。
 毎日毎日―――恐らくはソレに気づいてからずっとだろう。砂浜でその日課を彼は繰り返している。一睡もしないで縋り付くようにして訓練を繰り返している
のだろう。
 だが、何度繰り返そうとも結果は同じく、彼が魔法を使えるようになることはまず無い。
 シンには直接聞いてはいないから分からないが、夜中の訓練の様子からして恐らく全ての魔法が使えなくなっていることは間違い無い。だが、それはおかしいのだ。何故なら、現在シンからは魔力を感じ取れる。つまり、魔力素の魔力への変換は“出来ている”のに、本人はそれに気づいていない。知覚出来ていない。そんな事例はこれまで聞いた事が無い。魔力を感知できないなら、まだしも感知できているはずなのに感知できないなど、前代未聞のことだ
ろう。
 もしそうだとすれば現状のシンに魔法を使わせた場合まず間違いなく暴発させるだろう。言うなれば目隠しした状態で自動車を運転するようなものだ。そんな自殺行為をさせる訳にはいかない。
 何が理由でそうなったのかは分からないが―――恐らくそこにデスティニーが絡んでいるのは間違い無い。以前、シン・アスカの身体を作り変えたように、彼の肉体に干渉出来る以上はデスティニーがシンに気づかせていないと考えるのが妥当だろう。
 ならば何故そんなことをしているのか。その理由がさっぱり見えてこない。
 あのデバイスはこれまでシンを強くする方向にのみ傾倒していた。それが今になって彼から力を奪うなど意味が分からない―――無論、これすら推測に推測を重ねただけの仮定に過ぎない。
 結局、シンが魔法を使えなくなった理由に関しては何も分からない―――それがどうにも歯痒く思う。
 別に、シンに誰よりも強くなって欲しいなどと思っている訳ではない。ただ、拠り所が無くなるのは辛いだろう、とそう思って。

(・・・・どうしたらええんやろうなあ。)

 器の中に残っているニンジンをスプーンでかちゃかちゃと弄びながら、俯くシンを眺める。俯く彼の胸中は分からない。彼はただ呆然とシチューを啜っていた。

「・・・・あ、シン、夜、僕の部屋に来てくれないかな?」

 キラ・ヤマトがシンに声をかけた。

「・・・・ええ、分かりました。」

 声の調子は陰鬱そのもの。
 キラはシンのそんな様子を大して気にした様子もなく、自分の器を洗い場に持っていき片づけるとすでに食事を終えた子供たちの談笑に加わっていく。その様子はどこにでもいるような年若い父親そのものでしかない。
 シンの表情が曇っていく。その光景を見れば見るほどに曇りが強くなっていく。
 その時、彼が顔をあげた。

(・・・・シン?)

 シチューの器を手に取るとドゥーエに向かって差し出す。

「・・・フェス・・・じゃないドゥーエ、これ食べないか?」

 殆ど手が付けられていないシチューを見て、ドゥーエが怪訝な――あるいは心配そうに呟いた。

「・・・・いいけど、貴方、大丈夫なの?」
「・・・・ちょっと、食欲無くてさ。」

 そう言ってシンは水の入ったコップを口元に運んで一息で飲み干し、立ち上がる。
 はやてとシンの眼があった。
 絡み合う二つの視線―――彼が呟いた。

「俺、部屋に戻ってます。」
「・・・・ああ、わかったよ。」

 そう言って部屋に戻るシンの後ろ姿を見続ける。
 丸まったその背中。子供のように小さく不安げな背中だった。

 暖かな風景。羨ましくて、あまりにも羨ましくて殺意を覚える光景。殺意を覚える―――誰にだろうか。
 このくそったれな現実に対してか、それとも暖かな光景を享受するあの二人へか、もしくは役立たずに成り下がったこの自分に対してか。
 その全てがどうでもよくて、気に食わないのかもしれない。
 右手を眺める。傷だらけの右手―――右腕は今は既にまともに動いている。以前のように反応が鈍いと言うことも無い。味覚も既に戻っている。皮肉にも、力を失ったことで、肉体は正常に活動しているのだ。
 その事実にただただ落胆する。湧き上がるのはどうでもいいという気持ちと胸の奥に沈殿していく殺意と言う名の衝動だけ。

「幸せ、なんだな。」

 ラクス・クライン。キラ・ヤマト。
 この世界の英雄―――世界を救い、平和に導く世界の英雄。
 英雄が幸せになるのは当然だ。世界を救った英雄様は、その対価として栄光と幸せを約束され、その結果として英雄に敗北した自分は不幸になる。
 幸福は定量で、全ての人間が幸せになれる訳では無いから当然だ。
 あの時―――慰霊碑の前で全てを砕かれたあの日、理解したこと。
 自分が負けたのは“力”にだ。強大な力はより強大な力によって淘汰されると言う、ただそれだけの常識。理想も理念も関係なく、存在するのはただ単純な力の鬩ぎ合い―――強い方が正しいと言う単純明快なルールに過ぎない。
 だから、彼らが幸せになるのは当然だ。だって、彼らは強い。この世界の誰よりも、何よりも。
 こうやって、自分を保護しているのも、力があるからだ。力があれば、力があれば自分も―――

「・・・・何考えてんだよ、くそったれ。」

 頭に浮かんだ下らない考えに顔をしかめ、ベッドに身体を預け、そのまま身体の力を抜いていく。
 見えるものは天井。どこかで見た事があるような天井―――昔、オーブに住んでいたことへの郷愁なのかもしれない。
 がちゃ、とドアノブが回された。入ってきたのは八神はやて。

「シン、お客さん来たから一応挨拶しとき。」
「・・・・お客さん?」

 彼女はそう言って、ドアを閉める。どこか、母親のような物言い―――懐かしいとさえ思う感覚。
 はあ、と溜め息を吐いて、立ち上がる。

「・・・・・なんか、あの人こっち来てから変わったよな。」

 ぽつりとそう呟き、ドアに向けて歩き出した。
 お客さんが誰かなどどうでもよかった。
 ―――数分後、それを後悔することになるのだが。

コメントの投稿

非公開コメント

リンク
最近の記事
プロフィール

SOWW

Author:SOWW
 リンクはフリーです。
 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

カテゴリ