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空想垂れ流し 55.始まりはいつも残酷で(a)

55.始まりはいつも残酷で(a)

 誰も守れないと言われた。
 その言葉に抗って、そして敗れた。
 完膚なきまでに、何をどうしようとも決して勝てないと思い知らされた。
 そして―――結果として何も守れなかった。
 あの蒼い長髪の少女も、あの金髪の女性も、茶髪の女性も、自分を騙した
女も―――自分に関わった全ての人を守れなかった。


 ―――守りたいんじゃない・・・・君は、“仕返し”したいのさ。


 その言葉に言い返すことは出来なかった。


 ―――そんな君が何かを守ることなど出来る訳が無い。君は英雄でもなけ
れば正義の味方でもない。


 その通りだ。自分が英雄であるはずが無い。正義の味方であるはずがない。


 ―――君はね、シン・アスカ。復讐も失敗して、仕返しも出来ずに、ただ言
われるままに餌をもらって生き続ける――――負け犬だ。


 そうだ。だって自分はただの負け犬でしかない。自分はあの日から、ずっと、
ただの一度も、誰にも勝ったことの無い負け犬なのだから。
 だが、それでも戦い続けたのは何故なのか。答えを突きつけられて、それでも
抗い続けたのは何故なのか。
 ココロは折れて、身体は限界を超えて―――それでも、戦い続けたのは一体
何のためなのか。
 心の中で燻り続けるモノがあった。
 胸の奥でちらつき続ける二人の笑顔――それがどうしようも無くココロを掻
き毟る。それが何を意味するのか、今はまだ分からないけれど。
 それでも、男は走り続ける。昨日を切り捨てられずに前へ前へと駆け抜ける。


 ―――これは、己の運命に抗い続ける、一人の男の物語。


 オーブ首長国連邦。
 シン・アスカにとっての故郷――と言うには少しばかり複雑なモノである。
 今の彼にとって全ての始まりの地でもあり、“それまでの彼”にとっては全て
の終わりの地でもある場所。
 透き通るような海。茜色の夕日。見慣れた光景――二度と眼にしたくもなかっ
た光景。


「・・・・くそったれ。」


 ふと、向こうを見る。
 凡そ8歳から10歳くらいの子供達―――ちょうどマユと同じくらいの年齢――と
円を描くように床に座りながら、談笑している青年――キラ・ヤマト。その後ろで
柔らかな笑顔で編み物を続ける女性――ラクス・クライン。
 それは信じられない光景だった。少なくとも自分にとっては。
 キラ・ヤマト。そしてラクス・クライン。二人はプラントにとって―――いや、
世界にとって無くてはならない人物だった。少なくとも自分がまだこの世界にい
た頃は。
 “あの”戦争で、疲弊し切った世界を導く救世主。実際、この二人の働きは素
晴らしいものだった、と思う。


 疲弊し切った世界の舵を取り、世界を復興し、平和への道筋を立て、それを実
行した。
 口で言うのは容易い―――だが、実際にそれを実行できる人間がどれほどいる
だろうか。
 同じくアスラン・ザラやカガリ・ユラ・アスハについてもだ。
 窓から見えるオーブの光景は戦火に見舞われた都市とは思えないほどに復興さ
れ、戦前の様子を取り戻している。その陰にどれほどの努力が支払われたかは想
像に難くない。
 ――その光景自体は予想通りの光景だった。驚いているのはそれほどの結果を
導き出した人間が、こんなところに逗留しているという事実にだ。


「・・・・くそったれだな。」
「シン。」


 後方で声―――顔だけそちらへ向けた。


「助けてもらっといて、その態度はあかんやろ?」


 優しげで、けれど厳しげな口調―――茶色の髪の女性。八神はやて。
 自分の知る彼女とはあまりにも違う口調に少し違和感を感じる。本当にこの人が
八神はやてという人間なのかすら疑わしい――八神はやてとはもっと硬い人だったから。
 微笑みながら林檎の皮を剥く彼女――これが本当にあの八神はやてなのか、疑い
たくなる。自分を手駒にするといったあの女と同一人物なのか、と。


「・・・・八神、さん。」


 起き上がろうとする自分の口元に押し当てられる八等分に切り分けられた林檎の
一切れ。


「・・・キミはまだ病み上がりどころか怪我人そのものなんや。今は厚意に甘えて休
んどく。ええな?」
「・・・・はい。」


 言い返す言葉はない。暫しの沈黙―――黙り込む自分に苦笑しつつ、はやてが自
分の元を離れ、向こうに歩いていく。扉が開いた。開いた扉の向こうからこちらを
見る金色の瞳――フェスラ=ドゥーエ。


「・・・・何、眼、醒めたの。」
「・・・フェスラ?」


 そこにいたのはナンバーズ・ドゥーエ。自在に顔どころか姿そのものを変化させ、
自分を騙し続けた女。何故か、その顔は見慣れた顔――ステラ・ルーシェに酷似し
た顔になっている。
 もう自分を騙す必要などどこにもないというのに。


「・・お前、何で。」
「・・・さあね。此処に来てからずっとこのままよ。」


 そっけなく呟き、彼女は扉を締めた。
 扉を閉める前に見えた背中が小さく見えた―――多分それは気のせいでは無いだろう。
 沈黙。閉まった扉。誰もいない。誰も自分を見る人はいない。キラもラクスも子
供達もドゥーエもはやてもあの老人も―――ここには自分一人だけがいるのみだ。


 視線を落とす。
 包帯で雁字搦めにされた右腕。身体の方はそれほど損傷は無かった――不思議なこ
とに死ぬ寸前にまで破壊された身体は勝手に修復していた。
 シン達がキラやラクスに拾われてすでに五日間が経過していた。
 はやてから聞いた話によるとそこで四日間シンは眠り続けたらしい。
 全身には細かい裂傷があり、右腕の表面には大きな裂傷、腹部には痣が残り、傷つ
いていない場所を探す方が難しいような状態だったとか。
 その癖、怪我の多さの割には一つ一つの怪我は深刻なものではなかったとか。


(・・・刺し違えられなかったんだな、俺は。)


 ラウ・ル・クルーゼとの戦いにおいて、自分が負った怪我は覚えているだけでも重傷
は幾つもあった。全身の裂傷は言うに及ばず、肋骨の骨折、右掌は焼け爛れ、腹部は
光刃で穴を穿たれて、内臓破裂もしていたはずだった。考えるまでもないその全てが
致命傷だ。
 それが全て修復され、少なくとも生命活動を問題なく行えるレベルになっている。
 誰かが、直したと考えるのが自然だろう――それが誰かは分からない。だが、予想
はつく。あの時、自分の右手に触れた女――夢で出会ったあの女。それ以外には無い。
 そして、あの時の会話からここに送ったのも、あの女だろう、とシンは考えていた。
 胸にあるのは空虚だ。
 自分はあの戦いで死ぬはずだった。なのに、今も死ぬことなく生きている。
 ミッドチルダに来た時と同じ感覚。死ぬべき時を奪われた、そんな気持ち。
 ラウ・ル・クルーゼ。エリオ・モンディアル。鎧騎士二人に、ナンバーズ。そしてモビ
ルスーツ・レジェンド。その内の誰も死んでいない。
 彼らはまだ向こうにいる―――問題は何も解決していない。
 願いは誰かを守ること。だからこそ本当はその内の一人だけでも刺し違えたかった。
 敵の数を減らす――それは誰かを守るという願いに繋がると考えて。
 だが、結局はその誰とも刺し違えることも出来ずにここに逃がされ生き延びた。
 無様なものだと思う。そして申し訳ないとも思う。
 刺し違えることも出来ずに生き延びてしまった罪悪感が強く胸を抉る。
 だが、それとは別に湧き上がる気持ちはもう一つあった
 それは―――


「・・・考えるな。」


 小さな呟き。左手を握りしめて拳を作る。
 記憶を閉じろ。思い出すな。思い出せば、■■に呑まれて戦えなくなる。
 あの嗤う顔が■い。
 あの優しげな声が■い。
 レイと同じ顔が■い。
 ベッドの横に置いていたフェイスバッジに似たデバイス―――デスティニーを左手で握
りしめた。震える身体を抑え込む為に、自分にとって最も信頼できるモノ。
 そこに“在る筈”の力に縋り付くために。


「・・・・デス、ティニー。」


 祈るように、小さく、呟いた。
 答える声は聞こえない。
 これまでどんな時でも自分の声には必ず反応してきた“彼女”の声が聞こえない。
 もう一度呟いた。


 答える様子は無い。まるで、初めからそんな声など発しはしないとでも言いたげにデス
ティニーからの返答はない。
 震えが止まらない。
 それはラウ・ル・クルーゼとの戦いで植えつけられた■■―――恐怖によるもの。
 そして、デスティニーからの答えが無い意味を薄々理解し出しているから。
 眼が覚めてから、この部屋で一人になった時に何度となく繰り返した動作。ギンガに魔
法を習い出した時に何度も何度も繰り返してやってきた反復動作。今では考えずとも出来
る魔法――デバイスの起動。


「デスティニー。」

 答えはない。これで352回目。何度も起動しようとも答えはない。瞳孔が開いていくの
を感じる。胸の奥にじわっと広がる昏い闇。口内がカラカラに乾燥していく。胸の鼓動が
収まらない。焦燥が収まらない。


「デスティニー。」


 353回目の呼びかけ。


「デスティニー。」


 354回目。


「デスティニー。」


 355回目。
 答えはない。
 繰り返す。何度も何度も機械のように。
 眼は見開くと共に充血し、表情は強張っている。肩は震え、奥歯がガチガチと鳴り出していた。


「・・・・デス、ティニー。」


 答える声はどこにもいない。


「・・・・・デ、ス、ティニー。」


 か細く、今にも崩れ落ちそうなほどに弱々しい声音。
 声は届かない―――全身から失われている慣れ親しんだ“はず”の力が失わ
れている。
 どれほど意識の糸を伸ばしてもあれほど身近に感じた魔力を感じ取れない。


「・・・・デス、ティ・・・ニー。」


 答えは無い。
 それでも繰り返す。いつか届くことを願って―――その時点で決して届かな
いことを確信して、それでも繰り返す。



「・・・・あいつ、起きたんだ。」
「・・・・なんや、気になるんか?」


 ドゥーエ=フェスラはその言葉に顔を背ける。


「別に。・・・・どうでもいいわ。」


 そう言って床に腰を下ろし、両足を両腕で抱え込むようにして座り込む。
 はやてはそんなドゥーエを眺めながら、その隣に腰を下ろした。両足を伸ば
して座り込む姿は傍らのドゥーエとは違い、非常にリラックスしたように感じ
られる。傍らには先ほど剥いた林檎が置かれている皿を置いて。


「・・・・・何よ、言いたいことでもあるの。」
「一つええか?」


 淡々とキラやラクスを眺め、林檎を齧りながら、呟く。子供と談笑しながら
ラクスは編み物、キラはパソコン―――画面を見る限りはどう見てもゲームに
しか思えない。激しく動く画面を見る限りは何かしらのシューティングゲーム
だろうか。ゲームに疎い自分にはよく分からない。


「何よ。」


 そっけなくドゥーエが呟く。


「・・・・なんで、あいつ騙したんや?」


 暫しの沈黙。しゃくしゃく、と言うはやてが林檎を齧る音だけが耳に届く。


「・・・・言われたから、ね。ソレ以外に理由は無いわ。」
「そか。」


 はやてが林檎を齧る。
 抱え込んだ両足の間を見つめるようにして俯き、ドゥーエは思考に沈み込む。
はやては何も言わない。言うつもりも無いだろう。何しろ敵である。別の世界
に来てまで拘ることではないかもしれないが―――それでも敵は敵だ。こうし
て、肩を並べて話をしていることが既におかしいのだ。


(・・・・引っ張られちゃった、か。)


 心中で呟く。その口調すら引っ張られていることを感じ取って、彼女は奥歯
を噛み締めた。
 模倣(エミュレイト)。
 ドゥーエが元々持っていたI・S「偽りの仮面(ライアーズマスク)」の発展系とも
言える能力である。
 自身の体を変化させる変身偽装能力でしかない「偽りの仮面(ライアーズマスク)」と
違い、この能力は存在そのものを模倣し、擬態する。
 そして、模倣するのは各個人の心象世界に存在する各個人。他人の心象世界
そのものを自分自身に映し込む。発動条件は対象に触れること。絶大な能力に
比してあまりにも容易い発動条件。それ故にこの能力が使用者に求める代償は
非常大きい―――映しこんだ心象世界の影響を少なからず受けてしまうのだ。


 フェスラ・リコルディとはシン・アスカの心象世界に映りこんだ“ルナマリア・
ホーク”と“ステラ・ルーシェ”から作り出した架空存在。 クルーゼとシンの
戦いの際にドゥーエがシンを助けたのもそのせいだ。映しこんだ存在に引っ張
られ、彼女のココロは彼を助けろと命令した―――少なくとも、ドゥーエと言
う個人の意思を無視して。


(・・・・あの時、私は、少なくともドゥーエじゃなかった。)


 だからこそシンを助けた。
 思えば、その少し前からその兆候はあった。ギンガとフェイトの葬式に出席
したこと。もしかしたらシン・アスカと出会ったその瞬間から、私は引っ張られ
ていた。
 彼の心象世界を探る為にスカリエッティと偶然出会ったシン・アスカに触れた。
流れ込んできたその心象は私ですら眼を背けるようなおぞましいモノだった。
 その内容自体はどこにでもあるような、よく聞く話だ。
 おぞましかったのは、それに対するシン・アスカの反応―――始まりは憤怒。
そして、憤怒は憎悪に代わって、増長し、ぶち壊された。おぞましかったのは
その後。
 自分と言う存在を隠すでもなく、ただ静かにそこにいる。周りからの声が聞
こえない訳では無い。
 本人が知らなかった、もしくは気づかなかっただけで、何度蔑まれたか、殺
されかけたか、分かった物では無い。
 逃げ出すだろう、普通は。だがあの男はそれを全て享受した。自分の命を軽
く見ている訳では無い。あの男は自分が生きていることに価値を感じていない。
唯一、誰かを守ると言う行為に従事することでのみ、あの男は自分に価値が生
まれると確信している。
 死んでも誰も悲しまない、ではない。死ぬのが当然なのだ。悲しむとか悲しま
ないとかではなく、あの男にとっては自分が生きている方がおかしいのだから。
 そして、その心象世界に生きる“彼女”達は、そのおぞましさとは対照的にあ
まりにも綺麗だった。それこそ、ソレをそのまま現実に当てはめれば存在しない
ほどに清純で純粋で無邪気で綺麗だった。美化された偶像の集合体―――それが
フェスラ・リコルディと言う架空存在の正体。
 それほどに美化された偶像を映しこんだ。
 ―――おかしな自分。ありえない行為。
 何もおかしくはない。ありえなくもない。
 懐から手鏡を取り出し、自分の顔を見る。
 その顔のベースはステラ・ルーシェ。シン・アスカが守れなかった女。彼にとっ
ての罪の具現そのもの。
 この顔と性格にした目的は簡単なことだ。
 ―――シン・アスカに絶望を与える為。
 ただ、それだけ。守れなかった罪と守らなかった罪を突きつける。その為だけ
に彼女は生まれた。


(私は・・・・)
「ドゥーエさん?ちょっとよろしいですか?」


 声に反応して顔を上げる。
 桃色の髪が特徴的な女―――ラクス・クラインがそこにいた。


「・・・・何よ。」


「夕飯の準備したいと思ったんですけれど、ちょっと人手が必要なんですの。そ
れで手を貸してもらえないかと思いまして。」


 水色の瞳がこちらを覗き込む。
 料理の手伝いをする―――そんな気分で無いのは見て分からないのだろうか。


「・・・悪いけど、そういう気分じゃないの。」


 そっけなく呟いた。少し、雰囲気が変わった気がした。表情に変化は無い。だ
が、何かがおかしい。遠くを見れば茶色い髪の優男―――キラ・ヤマトと言う男が
苦笑いしながらこちらを見ている。
 ラクス・クラインがこちらから眼を外し、子供達に向けられる。


「そうですか・・・なら、仕方ありませんわね。皆、よろしいですか?」
「はーい!!」


 ドタドタと床を鳴らしながら子供達が我先にとこちらに走ってくる。
 ラクス・クラインがこちらに再び瞳を向ける。
 その唇がつりあがって、にやりと微笑みを形作る。


「では、ドゥーエさんには子供達のお世話をお願いしますわ。」
「は?なんで、私がそんな・・・」


 人差し指を立ててラクス・クラインが笑顔で呟いた。


「働かざるもの食うべからず、ですわよ?さ、皆さんドゥーエさんと遊んでなさ
い。私とはやてさんはその間に夕飯を作っておきますので。あ、シンの部屋に行
ってはいけませんよ?」
「はーい!」


 子供達の元気な声。手に色々な道具を持ってこっちに来る。絵本、トランプ、
ミニカー・・・・etc。


「ちょ、ちょっと待って、な、何で私が子供の相手なんて・・・・」
「この家のルールですわ。働かざるもの食うべからず。ああ、シンは除外ですわよ?
怪我人を働かせるほど私たちも困窮してはおりませんし。」


 腕を組み笑顔で呟く。有無を言わせぬ口調―――どことなく威圧感を感じるの
は何故だろうか。
 ぽん、と肩が叩かれる。八神はやてが苦笑しながら呟いた。


「まあ、気晴らしにはなるんと違う?」
「あ、あなたね、他人事だと思って・・・」


 手を引っ張られた。そこに暖かさを感じる―――これまで感じたことの無い暖
かさ。男の肌とは違う暖かさ。そちらを見れば、クマの人形を抱きかかえた少女が
自分を見ていた。


「・・・な、何よ。」
「お姉ちゃん・・・・・私たちと遊ぶの嫌・・?」
「う」


 目尻には涙。見れば、その場にいる子供が全員そんな顔をしている。
 沈黙――目尻の涙が引く様子は無い。


「チェックメイトってところやな。」


 八神はやてがにやけながら呟く―――その通りだ。泣く子供には敵わないと言う
のは古今東西どこでも同じ理屈なのだから。


「・・・・・分かったわよ。」


 渋々と頷く。
 瞬間、ぱっと顔を輝かせる少女。同じように残りの子供達も笑顔に変わる。
 コロコロと変わる表情。まるでもう壊れたあの男のように―――ぴしり、と意
識にヒビ。表に出すことは無く隠す。これも自分の一部なのだという自己欺瞞を呟いて。
 沈み込む心。見つからない。自分が見つからない。一体、私の心はどこにあるのか。
 ―――今も自分自身が見つからない。



「気遣いしてもろてありがとうございます。」


 料理の準備をしながら、はやてが呟いた。


「あら、気遣いなんてしておりませんわ。言葉通りの意味ですわよ?」


 そんな彼女の方に振り向くことなくラクスが返答する。
 桃色の長髪を一つに纏めている。
 身につけているものは白いエプロン。手には銀色のボウルと包丁。切り分けた
野菜をその中にいれておくつもりなのだろう。


「・・・・そういうことにしときますね。」


 苦笑しつつ自分も作業に戻る。ラクスから聞いた夕飯のメニューはシチュー。
 別にホワイトソースから作る訳でも無い、市販のルーを使うらしい―――自分に
とっては懐かしい味だ。自炊などもう何年もしていない自分にとっては。


「・・・・ドゥーエさんはそんなに悪い人には見えませんもの。子供と遊んでいれば
元気も出ますわ。」


 とんとん、と音を立てて野菜が切られていく。所帯じみてない見た目と違って、
包丁の使い方はそれなりだ。
 同じく自分も野菜を切る。何せ、人数が多い。これまで一人でこの量を作って
いたのであれば、頭が下がる。
 ドゥーエ=フェスラ。シンを騙していた女。本来なら許すような類では無い。正
直、ここに来て直ぐは憎悪しか感じ取れなかった。
 だが、無抵抗どころかあまりにも無気力なあの女を見て、そんな気はまるで無く
なった。
 ―――自分が見つからない。
 あの女はそう言って、フェスラのままの自分を見て、呆然としていた。
 それを気の毒に思ってしまった以上、何をすることも出来ない―――自分は甘
いな、と思った。


「ああいうのに限って、案外、子煩悩って言うのもありますしね。」
「ええ・・・まあ、私の節穴みたいな眼の感じたことですから確証はありませんけれど。」


 少しだけ自嘲めいた陰りのある口調が一瞬だけそこに混じった。けれどトント
ンとまな板を叩き続ける音に陰りは無い。


(・・・・思ってたよりも普通の人やな。)


 以前、ギンガがはやてに提出したシン・アスカの報告書。そこに書かれていた彼
の過去。そして、以前夢で見た彼の記憶。
 八神はやてが知るラクス・クラインとはあくまでシン・アスカから見た姿に限られる。
 彼の思うラクス・クラインとは平和の女神。歌姫とも称される、この時代の“王”だ。
 本来、火薬庫同然であった地球圏を平和へと導いていた女性。その伴侶のキラ・
ヤマトも同じく。その他にもう二人、その先導者はいるが ―――シン・アスカは
彼らがいるからこそ、この世界への未練を失った。
 ここにいても自分の役目は無いと断定して。実際、彼の記憶を見る限り、その断
定は正しいと言わざるをえない。
 彼の眼を通して見た記憶とは言え、その手腕は惚れ惚れするほどに見事と言える
ものだった。それこそ、戦時中と戦後直ぐに行った無茶苦茶な行動が別人なのでは
ないかと思うほどに。


「・・・・ラクスさんは、今、休暇とかなんですか?」
「・・・ええ。本当はここにいるような暇は無いのですけれど・・・・」


 トントンと言う包丁の音が途絶えた。ふとそれが気になって自分も作業を止め
て、彼女の方に振り向いた。
 彼女の水色の瞳が捉える先に子供達がいた。ドゥーエが困った顔をして、泣いて
いる少女をあやしている―――その光景の微笑ましさに苦笑する。


「あの子たちに会いたくて。」


 穏やかで優しくて暖かい瞳。どこにでもいるような母親の瞳。どうしてもシンの
記憶の“彼女”と重ならない――そう思った。



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Author:SOWW
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 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

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