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空想垂れ流し 54.Sin n in the Other World and World~Injection~(r)

54.Sin n in the Other World and World~Injection~(r)

 大剣を振るう。一息で四刃。通常ならば視認することも敵わない高速の四連撃。
袈裟、逆袈裟、脳天、刺突―――上半身に集中させた斬撃。それに続けて今度は足
首への五撃目。そして、金的への切り上げ。
 それを、仮面の男はこともなげに捌き、弾いて、避けていく。
 鎧を纏う気配は未だに無い。
 両腕に纏った鎧とビームサーベルで全ての攻撃を弾かれる。


「あああああ!!!」 大剣を振るう。一息で四刃。通常ならば視認することも敵わない高速の四連撃。
袈裟、逆袈裟、脳天、刺突―――上半身に集中させた斬撃。それに続けて今度は足
首への五撃目。そして、金的への切り上げ。
 それを、仮面の男はこともなげに捌き、弾いて、避けていく。
 鎧を纏う気配は未だに無い。
 両腕に纏った鎧とビームサーベルで全ての攻撃を弾かれる。

「あああああ!!!」

 言葉は無い。そんなものを放つ暇は無い。あるのは叫びだけ――命を燃やす叫びのみ。

(早く。)

 刺突/弾かれた。こちらの首元を狙う光刃を僅かに首を逸らすことで“死なない程度”に回避。首筋に激痛。首が焼かれる。痛みで一瞬身体が止まる――エクストリームブラストによって無理矢理それを動かし、肉体の停滞を無視(キャンセル)する。
 剣戟を繰り返す。一撃、二撃、三撃、四撃、五撃、六撃―――六を越えた時点で数えるのをやめた。続ける。続ける。続ける―――全て、弾かれ、捌かれ、落とされる。
 募る焦燥。停滞無く動く身体。焦る思考とは裏腹に肉体の動作は淀みなく通常通りの稼動を施し続ける。

「もう、一分経ってしまったな。」

 軽い調子で呟くクルーゼ。残り9分。どこを見て、時間を計ったのかは知らない。こちらは計ってなどいない――そんな暇があるなら、攻撃しろ。目の前のこいつを殺せ。全身全て、血の一滴に至るまで集中しろ。目前のこいつを殺すことにこの身の全てを集中させろ。
 後方のドゥーエは呆然としてこの戦いを見ている/攻撃の意思は見当たらない――切り捨てられたのだから当然か=無視。
 光刃(ビームサーベル)と大剣(アロンダイト)がぶつかり合う。白と朱が鬩ぎ合う―――鍔迫り合い。クルーゼの口元が緩んだ。至極楽しそうで、癪に障る。
 クルーゼが、くく、と嗤いながら、一歩離れる――斬撃の間合い。
 大剣を振るった。威力は度外視。追求するは速度のみ。
 視界が揺れる。制御域を大きく超えた速度に知覚がまるで追いついていない―――けれど、斬撃は停滞することなく振るわれ続ける。日々の研鑽の賜物――身体に刻み込まれた技術を脳髄に染み込むまで繰り返された常識外の反復練習。それらが制御域を超えた速度での斬撃を可能としている。
 シグナムですら、その剣戟を見れば目を見張ったことだろう。何せ、エクストリームブラストによって加速したシン自身が捉えられないほどの速度の剣戟。誰であろうと、例えエリオ・モンディアルであろうとその斬撃を捉えることなど出来はしないだろう。
 だが――

(なんで・・なんでだ・・・・!?)

 心中に渦巻く困惑。これまで味わったことの無い感覚。
 1分が経過した、とクルーゼは言っていた。その一分間でシンはおよそ数百回という斬撃をありとあらゆる角度、方向から振い続けている。無論、攻撃は斬撃だけではない。それに交えて蹴り、殴打、魔法等の思いつく全てを投じて攻撃を繰り返している。
 だが、一撃足りとも当たらない。暖簾に腕押し――そんな程度ではない。まるで吸い込まれるようにしてシンの攻撃は全てクルーゼの腕や足、光刃に命中してしまうのだ。
 防いでいるのは光刃と鎧を展開している両足。顔や胴体等の部分は未だに生身だ。当然、シンの攻撃は生身部分に集中していく。10分という限られた時間内に殺さな
ければいけないからだ。
 確かに、そうやって攻撃箇所をあえて晒すことで心理的に攻撃箇所を限定させ、先読みの精度を上げるという方法は存在する。だが、それであっても確実に被弾しない
と言う訳ではない。先読みの精度が上がるだけで、未来が見える訳ではないからだ。
 だが、この男のやっていることは先読みというレベルではない。殆ど未来予知に近いと言ってもいい。
 再び鍔迫り合い―――フィオキーナの出力を最大に設定。身体ごと大剣に体重を掛けるようにして光刃をクルーゼに向けて押し込む。

「はああああ!!!!」
「おっと。」

 クルーゼが更に一歩下がり、下方へ降下――地面へ。

(逃がすか。)

 加速。大剣(アロンダイト)をケルベロスⅡに変形。クルーゼの脚元に向けて最大掃射。抉り取られていく地面。同時に噴煙が立ち上る。その噴煙に突進。同時にフラッシュエッジを二本とも投擲。狙いはクルーゼの頚動脈。左右から迫り来る二刀と下方から鳩尾に向けて突き込む刺突。その全てが同じタイミングでクルーゼに到達するように調整――煙に身を隠し、三方より同時に到達する同時三撃。左右から迫る二刀に反応すれば大剣による刺突に、刺突に反応すれば二刀に、その全てに反応し“後退”したとしても、刺突から砲撃を行い確実に仕留める。巨大斬撃武装(アロンダイト)の無い現在のシンに出来る最高の攻撃。

 ―――この攻撃を捌こうと思えば、後退してはいけない。前進し、その上で噴煙に紛れ“どこを狙ってどんな角度で来るのかも分からない”刺突を回避する必要がある。故に回避は不可。それこそ未来でも見えない限り絶対に回避はおろか受け止めることもままならない。

 ―――噴煙を突き抜ける。容赦はしない。そのまま速度を緩めることなく目前の男の腹部を串刺しに、

「確かに私を殺すならその方法が最も確実だろうな。だが、」

 クルーゼの声がした。立ち昇った噴煙は未だシンの視界を隠し、同じくクルーゼの視界も隠しているはず、なのに、

「まだ、遅い」
「―――っ」

 背筋に悪寒を感じた。考えるよりも速く、殆ど反射的に右半身全てからフィオキーナを全力発射。瞬間、交通事故にでもあったかのように左側に無理矢理“吹き飛んだ”。天と地が入れ替わる。無茶な体勢から放った制御度外視のフィオキーナ――姿勢維持など考えている訳も無い。そして、吹き飛ばされる瞬間、シンの朱い眼が捉えた。自分の首筋にクルーゼの光刃が追いすがっている様を。
 全身から朱い炎がモビルスーツのスラスターのように吹き上がり、姿勢を制御し、着地――心臓がドクドクと跳ね上がっていた。憎悪や闘志、憤怒ではない。久しく、感じ
たことの無かった、麻痺していた感情――恐怖によって。

「避けた、か。流石はクラインの猟犬だな、シン・アスカ。生き残ることだけならキラ・ヤマトやアスラン・ザラなど歯牙にも欠けないか。」

 淡々と呟きながら、クルーゼがゆっくりとシンに向かって歩き出す。
 奥歯を噛み締め、震える手を握り締め、恐怖を堪え、構えた。動き出そうとしない足に指令を送り、クルーゼをにらみ付ける――返答は薄い嗤い。

「来ないのか?時間は残り少ないぞ?」
「うぉぁぁぁああああああ!!!!」

 その嗤いが気に食わない―――その憤怒で恐怖を消し去って、振り払うように絶叫――突撃。

「そうだ。立ち止まっている暇はまるで無いんだぞ、シン・アスカ。」

 煩い、黙れ。淡々と呟き続けられるクルーゼの言葉がいちいち癇に障る。焦燥し、荒れる心そのままに剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう―――。

「そう、その意気だ、シン・アスカ・・・これがキミの物語の終焉なんだ。もっとスベテを出し切って暴れてみせたらどうだ。」

 言葉を無視。答える必要は無い。思考を切り替え、心を尖らせる。
 血管が、神経が、脳髄が、心臓が、肝臓が、胃が肺が腸が脾臓が五臓六腑の全てが“戦闘”と言う一つの目的に向かって収束していく。 自分が何か、別のモノに“変わって”いく錯覚。
 剣戟が咆哮する――鳴り響く金属音。大剣は届かない。吸い寄せられるように光刃とぶつかり合う。

「そんなものか?」

 クルーゼの声だけがこちらに届く。
 届かない/大剣を振るう。受け止められた。

「そんなモノでは何一つ守れないまま、終わってしまうぞ、シン?」

 レイの如き口調。噛み締めた奥歯がミシミシと悲鳴を上げた。

「……守るんだよ、俺は!!アンタをここで倒して!!」

 受け止められた大剣を引き戻し、再度剣戟に没頭する―――瞬間、腹部に叩き込まれた槍の如き蹴り。

「は、がっ・・・!?」

 メキメキ、と肋骨が軋んだ。後方に吹き飛んだ。
 後方の瓦礫にぶつかる寸前、全身を覆う朱い炎によって姿勢を制御し、そのまま着地――シン・アスカの瞳孔が開いた。
 それまで淡々としていたラウ・ル・クルーゼが豹変する。

「―――く」

 壊れた、亀裂の微笑みが。

「―――くくく」

 醜悪な汚物の如き微笑みが。

「―――キミが守る、だと?」

 無邪気で純粋な悪意(ホホエミ)が―――男の全てを変換する。

「っ・・・・!」

 叩き込まれた蹴りの痛みは数秒もしない内に消えていき、その代わりに消失していたはずの恐怖が鎌首をもたげてくる。唾をごくりと飲み込む。知らず、口の中が渇いていた。
 疲労では無く、“緊張”からの渇き。男の醸し出す雰囲気に呑まれたように、シンは大剣を構え、その一挙手一投足から目を離せない。
 目を離すな。一瞬でも目を離せば、その瞬間、得体のしれない何かに飲み込まれるように感じる。瞬間、クルーゼの身体がわずかに前傾した。来る。

「ふっ―――」

 鋭く息を吐き、クルーゼが動いた。速くはない、けれど意識の隙間に滑り込むような動き。気がつけば、シンの眼前に白い仮面があった――懐に、入り込まれた。完全に動きは捉えていた。なのに、気がつけば見落としていた。

「なっ……!?」

 咄嗟に剣を振るった。男は僅かに身体を動かし、その斬撃を避ける――仮面が切り裂かれた。露になるその顔は予想通りにレイと瓜二つ。恐らく、彼が正常に成長したならばこんな顔だろうと言う予測そのものの顔――男の何も持っていない右手が拳を作り、右足が地面を震わせた。武術で言う震脚。足元で生まれた衝撃は膝を通り、腰を通り、背中を通り、全身の連動によって一切の損失無く、軽く固められた右拳に到達し――シンの腹部を貫く。

「かはっ。」

 肋骨が折れた。内臓が潰れた。口元から溢れ出るどす黒い血液。

「がぶっ・・・・か」

 その白い鎧を汚す黒。血液と、それ以外にも何か混じっている――破裂した内臓かもしれない。

「笑わせるじゃないか、シン・アスカ。」

 軽い口調でラウ・ル・クルーゼはそう言って、こちらを見下ろす―――レイと同じ顔で、似たような動作で。
 血を吐いた一瞬を突かれ、頭を掴まれる。そのまま地面に向けて、叩きつけられた。

「あがっ・・!」

 瞼の裏で火花が散った。口内に入り込む違和感――ゴツゴツとしたコンクリートの欠片が口に入り込んだ。生理的な反射として吐き出そうとして、吐き出すような力すら入らないことに気づく。再生が追いついていない。ここまでどんな致命傷であろうと即座に復元、再生してきたエクストリームブラストがその効果を明らかに減少させている。

(な、ん、で、ぜんぶ、あたらな)

 思考をする暇すらなく、顔面を無造作に蹴られた。再び火花――抵抗する力が無い。蹂躙されるままに身を任せる。
 胸に重み――鎧の感触。目を開ければ、クルーゼが自分の胸を踏んでいた。
 視界が霞む。雨が降り出していた。冷たい雨が頬を叩く。霞んだ意識が少しだけ自我を戻す。

「聞くが―――君は自分が本当にそんなことを願っているとでも思っているのか?」

 その右手に光刃が現れた―――右手を貫かれた。
 眼が見開いた。熱量が走り抜ける。激痛。痛覚が脳髄を犯す。痛みが恐怖を掘り返す。憤怒が消える。激痛で消し去っていく。怯えが瞳を開く。これまで何度もこんな痛みは味わってきた。痛みなんて我慢出来るものだ。そう思ってきた。
 なのに、なんで、どうして―――

「・・・・戦争を失くしたかったんだろう?自分みたいな人間が増えるのが嫌だったんだろう?」
「ぐっ、ぎ、あ・・・・!!」

 ―――この男の与える痛みは恐怖を呼び起こそうとするのか。
 ニヤつきながら光刃を抉るように動かすクルーゼ。上がる声は自動的な呻き声。

(まだ、だ)

 心中でのみ呟いた。
 左手は動く。両足は動く。まだ、動く。まだ、身体は動く。
 動け。動かせ。ここから飛び出ろ。

「あああああ―――!!」

 絶叫と共に身体を起き上がらせ、左手に魔力を収束変換解放発射――近接射撃魔法パルマフィオキーナ。朱い光が左手に集う。朱い炎の槍がクルーゼの顔面を貫く、その一瞬前にクルーゼが後退していた。右手は焼け爛れ、焦げ付き炭化し掛けていた――蒸気が昇り、炭化した皮膚の下から新しい肉が盛り上がり、再生が始まっている。
 左手で大剣を握り締める。右手は使えない。手どころか腕全体に力が入らない。再生の弊害かもしれない――その存在を頭の中から追い出す。
 朱い炎が大剣を覆っていく。動作の補助の為のエクストリームブラスト――待機状態のフィオキーナ。

「はぁ、あ、あああああああ!!!」

 絶叫と共に突撃。
 恐怖で脳髄が萎縮する前に、自分が自分で無くなってしまう前に―――頭の中から守らなければいけない誰かのことが消えていく。

(殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ)

 心中で放たれる言葉はソレ一色。
 思考が黒く濁っていく。朱い憤怒ではなく、漆黒の殺意ではなく、純白の覚悟でもない。恐怖と焦燥の混じり合った濁った黒色に。

「不思議に思わないのか、シン・アスカ。戦争を失くしたい、苦しむ人間を失くしたい。誰かを救いたい――キミは、そう言ったな?」

 殺せ。あの口を閉じろ。身体を動かせ。何も考えるな。
 突進。それまでのような策を伴った攻撃では無くただの突撃。フェイントも、何も無い単なる猪突猛進。
 朱刃と光刃が煌いた。
 剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう

「くくく、必死になったな、シン・アスカ。」

 剣を振るう/弾かれた。剣を振るう/捌かれた。剣を振るう/避けられた

「そんな願いを持つのなら、君はどうして、ザフトになんか入ったのだろうな。」

 光刃によって大剣が弾かれた。右手に力が入る/両の手で大剣を握り締める。再生完了。思考を消せ。殺せ。考えるな。耳を塞げ。
 光刃が大剣を弾いた。クルーゼの嗤いが亀裂の度合いを深めていく。

「ザフトに入って戦争を失くす―――おかしな話だ。」

 光刃が肩を切り裂いた。明らかにこちらの動きの“先”を読んでいる。どれほどの速度で動こうと、どれほどのフェイントを絡めたとしても、どんな目くらましを行ったとしても、その全てが読まれているという確信。諦めろと囁く自分を引き裂いて、斬撃を振るい続ける。

「君が家族を失くした戦争は、ザフトが始めた戦争だ。当のザフトを憎むならともかく、そこに所属して戦争を失くせると本気で思っていたのか?」

 硝子(ココロ)に亀裂が入った/構わず大剣を振るった。身体が自動的に斬撃を繰り返す。弾かれ合う朱と白。加速する剣戟。

「だ、まれ・・・!!」

 出せた言葉はそれだけ。黙らせる。これ以上喋らせるな。こいつの言葉をこれ以上聞き入れるな。

「黙れ・・・!!!」

 恐怖をねじ伏せろ。何も考えるな。何も聞くな。

「正直に言ったらどうだ?本当に平和を願うなら、戦争になど参加する必要はどこにも無い。君はただ、復讐する力が欲しかっただけだ。」

 光刃を弾いた。懐に向けて、力任せの斬撃を叩きこむ/身体を僅かに逸らし、皮一枚の距離で避けられた。

「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ・・・・・!!!」
「――――八つ当たりがしたかったんだよ、君は。不幸な自分を認めたくなくてね。」

 背筋が総毛立つ。恐怖が更に大きくなる。心臓が跳ね上がる。恐怖で震えて、硝子(ココロ)が勝手に言葉を紡ぐ。
 それは何を意味する恐怖なのか。決まっている。自分が、隠してきたモノ。目を背けてきたモノに目を向ける恐怖。置き去りにしてきた自分自身と向き合う恐怖。
 それら全てから目を“背け”、守ると言う妄執に縋り付き、大剣を振るった。

「俺は守ってる・・・全部、これからも・・・俺は、俺は・・・・!!」

 三度目の光刃と大剣の鬩ぎ合い――鍔迫り合い。息遣いが聞こえてくるほどの近距離。金髪の偉丈夫が自分に嗤いかけた。

「力があれば守れる・・・・本当に?」

 その言葉をこそ待っていたかのように、ラウ・ル・クルーゼは唇を歪めて微笑む。
 吐き出される言葉は毒素のように耳を侵食して、硝子(ココロ)に亀裂を入れていく。
 耳を塞ぎたい。けれど自動的に斬撃を繰り返す身体が耳を塞ぐことを許さない。
 千切れていく。心と身体が千切れて、裂かれて別々になっていく。
 ココロは言葉から耳を塞ぎたい、なのに身体は戦いを求めて動き続ける。

「そうやって力を求めて戦って、君は何を手に入れた?家族?仲間?友人?」

 縋り付く“願い”。守ること。全てを――そして、自分は今も守り続けている。自分は全てを守り続けている。力を手に入れて、自分は全てを――記憶が逆流する。

 ―――紅く染まった瓦礫の山。紅は人の血と炎によって。夥しいほどの肉片が瓦礫の山にこびり付いている。それを彩る黒――炎によって焦げ付いた瓦礫の煤。

 脳髄に雑音が混じり出す。
 身体は勝手に剣戟を繰り返す。

 ―――胸に突き刺さる剣。それは過去自分が奪い去ってきた証。恩を仇で返した証。それが彼女達の胸に突き刺さっていた。流れる血は鮮やかで、その部分を見なければ死んでいないようにしか見えないほど綺麗な死体。

 弾かれ合う刃金と光刃。

「・・・・れ。」

 何を守ったのだろう。何が守れたのだろう。
 記憶を手繰っても、見えてくるのは零れ落ちていくモノばかり。失敗した記憶ばかり。
 恐怖がココロを染めていく。
 鬩ぎ合う朱と白。入り乱れる刃の軌跡。

「・・・・ほうら、君は何も手に入れてない。何も“守れてない”。」

 胸に突き刺さる言葉は臓腑を抉り、心臓を引き裂いていく。
 否定しろ、という言葉が、その通りだ、という言葉に押し流されるのを止められない。
 勝手に繰り返される無垢なる斬撃とそれを受け止め弾き捌く悪意の光刃。

「力があれば守れるなんて言うのは君の勝手な思い込みだ」

 喋りながらも互いの身体が止まらない。
 虚ろな朱刃と純潔の光刃が互いに喰らい合う。

「君はそれを言い訳にして今まで戦ってきたのさ。守る為に戦うなんていう聞こえの良い言葉に陶酔しながらね。」

 黙れ、と叫ぼうとして、声が出ない。乾ききった口内。お構い無しに眼前の男は言葉(ノロイ)を紡いでいく。

「君はねえ、シン・アスカ。本当は憧れたのさ。君の家族を薙ぎ払ったモノに。」

 黙れ。
 黙れ。
 その口を閉じろ。
 その先を言うな。

「フリーダムに、キラ・ヤマトに、家族を薙ぎ払った忌むべき存在に憧れを抱いた。あんな力があれば自分も復讐できる。世界を蹂躙できる。―――八つ当たりが出来る。」

 呪いが完成していく。
 開かれていく扉から出て行くのは、おぞましい何か。眼を背けたい。耳を塞ぎたい。身体が動かない。ココロがそれを受け止めることへの恐怖で死んだように全てを停止していく。
 ブレーカーが落ちた。切り離されていく思考と身体。勝手に斬撃を繰り返す肉体に身を任せる。

「守るだなんて気取ってどうする?君はただ八つ当たりがしたいだけだ。あのフリーダムみたいに世界を好き勝手に荒らしたいだけだ。だから、許せなかったんだろう?自分が出来ないことをやってのけるキラ・ヤマトが。アスラン・ザラが。」

 黙れ。黙れ。黙れ。

「・・・まれ」

 口元を吐いて出た言葉で少しだけココロを取り戻す。必死に呟く。呟くことでその呪いが届かないようにと。

「住む場所を追われたことは?戦争の原因だと蔑まれたことは?何度、石を投げられた?何度、脅かされた?何度、涙を呑んだ?何度、殺そうと思った?」

 思い出すな思い出すな思い出すな。
 あの頃の記憶を掘り起こすな。
 俺は幸せだった。俺は幸せだったんだ。
 余計なことには気を回すな。
 斬撃を繰り返せ。斬撃に没頭しろ。何も考えるな。思い出すな。
 その言葉に耳を貸すな。
 斬撃が止められた。勝手に放ち続けられた斬撃が、クルーゼの光刃(ビームサーベル)で受け止められた。
 眼と眼が合った――濁り切った瞳(碧)と澄み切った瞳(朱)。
 瞳を逸らしたい、なのに魅入ったように眼が離せない。
 ―――“恐怖”が、全てを濁った黒に染め上げる。

「マユ・アスカとの思い出だろう・・・・しっかりと、思い出すんだ、シン・アスカ。」

 その名前が閉じられた最後の扉に亀裂を生む。
 記憶が逆流する。火花が散った。
 
 ――――いたいよ、おにいちゃん
 剣を振るえ。
 ――――おにいちゃん、どうして、みんなわたしたちをいじめるの?
 剣を振るえ。
 ――――おにいちゃん、びょうきってわたしたちが起こしたの?
 剣を振るえ。
 ――――どうして、みんな、わたしたちが、きらいなの?


 記憶の奔流が始まる。閉じていた、無かったことにしていた記憶が流れ出る/剣を振るえ。

「エイプリルフールクライシス。人類が引き起こした未曾有の大災害。世界全てを巻き込んだ戦争が“加熱した”原因の一つだ。よく、覚えているだろう?君はそれからずっと辛い思いをしていたのだから。」

 我武者羅に振るわれた大剣を軽く、受け止められた。その口調はまるで、その頃の自分を知っているかの如く。
 そして、その言葉の通り、自分たちはずっと辛い思いをしてきた。コーディネイターは全ての場所で災厄を受けていたから。

 ―――他の国と違ってその法と理念さえ守れば僕たちコーディネイターでもちゃんと受け入れてくれるからであって、父さんも母さんもそこが気に入ってこの国に来た。
 そう、他の国ではコーディネイターを受け入れてはくれなかった。
 C.E.54年に発生したS型インフルエンザの突然変異―――S2型インフルエンザウイルスは従来のワクチンがまるで効かない悪夢のような疫病だった。世界各地で多数の死者を出た。けれどナチュラルには多数の死者が出たのに対して、コーディネイターに死者はいなかった。
 世界中が疑った。S2型インフルエンザウイルスの蔓延はコーディネイターが行った、ジョージ・グレン暗殺に対する報復及びナチュラル殲滅のために行った作戦ではないのかと。
 疑念は消えない。
 コーディネイターであると言うだけで自分達はどこに行っても迫害された――思えば、子供の迫害というのは無邪気な分、大人よりも酷いのだろう。
 無視された。ノートをカッターで破り捨てられた。内履きを捨てられた。水を掛けられた。石を投げられた。両親に助けを求めた。両親も疲れていた。マユが虐められていた。殴り返したら、大人がやってきて殴り返された。数え上げれば切りがないほどに何度も何度も虐められた。どこに行っても同じだった。学校や友達、先生は自分とマユにとっては恐怖の対象でしかなかった。

「何度蔑まれた?何度嗤われた?何度殴られた?そうだ、思い出せ、シン・アスカ。君は“迫害”されていた―――嫌われ者だっただろう?」

 返す言葉はどこにもない。事実だから、一から十まで全てが事実で否定しようがない。
 怖かった。周りが、大人が、自分たちを囲む世界が。
 いつも二人でいた。両親は仕事で帰りが遅かった。両親も疲れていた。
 一緒に料理を食べた―――マユが泣かないようにと頑張れた。
 一緒に学校に行った―――マユを泣かされないようにと頑張れた。
 いつも一緒にいた―――いつもマユだけを気にしていた。
 そうやって生きてきた。周りからは異常なほどに仲の良い兄妹に見えていたかもしれない――半分は正解で半分は間違いだ。お互いに、お互いしかいなかった。家族愛というよりも依存に近い関係だったのだと思う。それが鬱陶しくなかったかと言われると嘘だ。だけど、仕方なかった。
 自分は兄で、マユには自分しかいなくて、周りは敵だらけで、だから―――オーブの話を聞いた時、信じられなかった。そんな“天国”がこの世にあるなんて思わなかったから。

「その果てに君達、家族はオーブに住むことになった。思い出すんだ、シン・アスカ。君は確かにその時、幸せだった。」

 オーブは良い国だった。コーディネイターを差別しない、それだけで本当に素晴らしかった。
 初めて友達が出来た。恐怖することは無くなった。
 先生とも話をするようになった。大人は怖いものではないと知った。
 学校に行くのが楽しかった。学校が怖くなくなった。
 ―――マユにも友達が出来た。学校が楽しいと言っていた。ようやく離れることが出来た――少しだけそれが嬉しかった。
 けれど、現実は残酷で、自分達は無力で。

「けれど、君は奪われた。全てを。――君の幸せは一年も保たなかった。思い出せ、シン・アスカ。君はその時、何を見た?」

 右手しか、見えなかった。
 胴体しか、見えなかった。
 左足しか、見えなかった。
 肉片しか、見えなかった。
 原型など、何処にも無かった――家族などどこにも無かった。

『・・・・マ、ユ・・・?』

 呪いの言葉。
 死んだ。死んだ。死んだ。
 守れなかった―――盾になることも出来なかった。
 離れたせいで、自分が“一人”でいることを喜んだせいで。
 妹(マユ)は、父は、母は、家族が肉片に成り下がった。
 焼け焦げた丘。地面から伸びる数多の死体。
 空には蒼穹の鎧騎士(モビルスーツ)。
 憎悪と共に気付くことがあった。それは―――“力”だった。
 全てを一瞬で激変させ、覆す自由の翼。
 コーディネイターやナチュラルという枠組みなど簡単に吹き飛ばす暴虐とも言える圧倒的な“力”。

 ――欲しい、と思った。あんな力が、欲しいと。

 自分達を苦しめる奴ら。
 自分達を殺した奴ら。
 自分達を嗤う奴ら。
 自分達を捨てた奴ら。
 その全てが憎かった。

 そいつらがいなければオーブになど来なかった。
 そいつらがいなければオーブは攻められなかった。
 そいつらがいなければ自分達は苦しまなかった。
 そいつらがいなければ理念の為に民を見殺しにするなんてことはなかった。

 力が、欲しい、と思った。
 その全てを覆す圧倒的で究極の絶対足る力。
 世界全てを焦土に導いても、お釣りが来るような悪魔じみた力。
 そんな圧倒的な力が欲しかった。
 そう、あの蒼穹の鎧騎士(モビルスーツ)のような―――

 ―――剣戟が止まる。勝手に動いていた身体が止まった。
 “思い出した”から。
 シン・アスカが、今のシン・アスカになった本当の原点を。

「・・・・ようやく、思い出したかい?君はね、そういう人間なのさ。守りたいんじゃない・・・・君は、“仕返し”したいのさ。」
「・・・・・れ」
「そんな君が何かを守ることなど出来る訳が無い。君は英雄でもなければ正義の味方でもない。君はね、シン・アスカ。復讐も失敗して、仕返しも出来ずに、ただ言われるままに餌をもらって生き続ける――負け犬だ。」

 硝子(ココロ)が割れた。大切な何かが砕け散った。
 全身から力が抜ける―――寸前、で、硝子(ココロ)の奥底で“何か”が、膝を付くことを拒否した。自分でも理解出来ない得体の知れない奥底で――何かが抗い続けていた。
 その何かが何なのか、それは自分には一切理解できない事柄だけど。

「――――ま、れ」

 剣を振るった。

「黙れ・・・・!!」

 身体は自動的に斬撃を繰り返す。

「守ると嘯いて、本当は仕返しがしたいだけなんだろう?」

 弾かれた。構うな。繰り返す。

「黙れ、黙れ・・・!!」

 斬撃を繰り返す。

「誰かを守るだと?キミが?守ると言う意味をも知らぬキミが?ザフトを私欲で利用した私と同じキミが?」

 斬撃を繰り返す。その全てを弾き返される。

「黙れええええ!!!!」

 斬撃を繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す、繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す―――。

「エリオ・モンディアルが言ったろう、君は何も守れないと。」

 クルーゼが手に持つ太鼓の撥(バチ)のような柄、その両端から光刃が現れる。ココロが疼く。
 自分から全てを奪った、自分の価値を叩き潰した―――インフィニットジャスティスやストライクフリーダムも用いていたカタチ。一方が大剣を弾き、残ったもう一方が左脇腹から右肩を一直線に切り裂いた。
 膝が折れ、地面に付こうとする。死なないはずの身体が死に近づいていくのを感じる。
 先ほどの打撃の影響なのか―――朦朧とした意識では何も考えられない。糸が切れた操り人形のように身体が倒れていく。

「寝るには、まだ早いぞ、シン・アスカ?」
「だ、ま……れええええぇえええ!!!!」

 声を枯らすほどに、命を全て吐き出すように絶叫。弾かれた大剣を再度振り被った。
 がきん、と刃金が弾かれた。その事実に唇を噛み切って不甲斐なさを堪える。
 ここまで、何百、下手をすれば千にも届かんばかりの勢いで斬撃を繰り返した。
 非殺傷設定を伴わない斬撃の威力は人一人を殺すには十分過ぎるほどの威力であり、速度は目にも映らない程の超高速。
 なのに、その一撃は一度足りとも届かない。

(何で、何で、何で、何で・・・・!?)

 恐慌する心。
 全ての攻撃がクルーゼの光刃に吸い込まれていく。どこをどう狙って、どんなフェイントを掛けようと、全ての攻撃をクルーゼに受け止められる。
 ココロを覆う恐怖は自分自身と向き合う恐怖とは別にもう一つ。
 これまで、シン・アスカと言う人間は戦闘において一度足りとも恐怖と言うものをしたことはなかった。
 それはCEにいた頃からずっとだ。恐怖する間など一度も無かった。吹き上がる憤怒がそれら全てを押し流し、恐怖を感じると言う機能を“殺して”いたのだから。
 初めての実戦――恐怖を感じる前に戦争への怒りが在った。それから先の実戦はアスハへの怒りと自分自身への情けなさへの怒りが在った。
 憤怒は消えることなく続いた。
 ステラ・ルーシェを殺されたことへの怒り。
 アスラン・ザラが自分自身を裏切ったことへの怒り。
 戦争を食い物にすると言うロゴスと言う存在そのものへの怒り。
 訳の分からないことを言って自分達に敵対するラクス・クライン一派への怒り。
 そして、戦後は何も出来なかった自分自身の無力への怒り。
 憤怒は恐怖をかき消した。これは紛うこともない事実だ。だが――通常はそうなったとしてもどこかで恐怖を取り戻す。圧倒的な実力差、戦力差。そういった圧倒的な外的要因を前にすることで。
 だが、不運なことに彼にはそんな機会が一度も無かった。
 シン・アスカの戦闘能力とはそれほどに卓越していたからだ。
 確かにシン・アスカはアスラン・ザラに完膚なきまでに、無様に敗北した。だが、それは圧倒的な実力差によって何をすることも出来ずに敗北した訳ではなく、順当な実力差の結果としての敗北だった。
 少なくとも、こんな全ての攻撃と言う攻撃を簡単に受け止められ、嘲られ、“遊ばれる”ようなことは一度も無かった。そんなことが出来る人間はどこにもいなかった。
 憤怒がシンから恐怖を奪い、その結果彼から恐怖を乗り越えると言うことを失わせた。
 だから、シンはクルーゼに恐怖する。これまで経験したことの無い圧倒的な差を感じて。何をしても意味が無い。何をしたとしても届かない諦観に身を委ねてしまいそうで。

「そんな程度では何も守れないなあ、シン・アスカ。」
「うわぁぁああぁあああああああ!!!」

 再度絶叫。ただ恐怖に抗う為だけに自身を鼓舞する雄叫び。そうでもしなければ、その青い瞳に飲み込まれてしまいそうだった。
 身体が軋む。一撃を振るう度に肉体が壊れていく。鈍化した身体再生。

「痛いだろう?苦しいだろう?」

 呟きとともにクルーゼの左足が跳ね上り、シンの左腹部に命中――左回し蹴り。全身を遅滞なく連動させた一撃。血を吐き出しながら吹き飛んだ。地面に手をつき直ぐに立ち上がり、斬撃に縋りつく。

「どうして再生しないか不思議かね?」

 聞こえてくる声はもう頭に入らない。ただ、思考を停止して自動的に斬撃に縋りつく――それが決して届かないと知りつつ。

「キミの力は全てを奪い自分のモノとする力だ・・・・だが、その力の根幹には何がある?これまで君が何度も何度も何度も化け物のように再生してきた陰には何があった?」

 斬撃に縋りつく。そうしなければ恐怖に飲み込まれて二度と立ち上がれない気がする。

「キミの力は、キミの意思に呼応して、キミを戦わせてきた。キミの願いを叶えるという“本質”の通りに。」

 何も聞こえない。耳はすでに機能していない。斬れ、斬れ、斬れ。

「だが、今、身体の再生が鈍化した。何故か?キミ自身、気付いているからさ。そんな願いは初めから嘘だったと。」

 縋り付いた斬撃を弾かれた。クルーゼの右拳が唸る。殴られた――後方に吹き飛んだ。地面を転がりながらも立ち上がり、即座に斬撃を 繰り返す。何度も何度も、無駄だと知りつつ繰り返す。心はとうの昔に折れている。闘っている理由などすでに分からない。

「嘘で固められた願い。借り物の力、偽物の力。嘘で塗り潰されたキミの人生。さて、ならばキミの真実(ホントウ)はどこにある?」

 こちらの斬撃を潜り抜け、クルーゼの右掌が再度、腹部に添えられた。
 ―――背筋に怖気。先ほどの衝撃が脳裏を巡る。咄嗟に身体を捻って、その一撃を避けようとする。だが、間に合わない。
 銃弾の発射のような音を放つ踏み込み。身体を貫く砲弾の衝撃。
 成す術なく吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がり、再度立ち上がる。
 膝は笑い、全身は傷だらけ、損傷のない個所などどこにもない。口から血が毀れている。
 痛む身体を無視して―――違う。痛みを感じる機能は全てトンでいる。何も分からない。ただ斬撃を振るうことだけに縋りつく。

「・・・これも、キミと同じく借り物の力だ。自分自身の力ではない・・・・実際、便利だと思わないか、シン・アスカ?魔法はキミや私のような凡人を天才に変えてくれる。」

 聞こえない。何を言っているのかわからない。だから、斬撃を振るう為に動く。自分に出来ることをただやり続ける。

「達人の技能を肉体に定着させる・・・・正規の魔法ではないが、キミや私のような白兵戦の素人を達人に変えるのだからな。大したものだ。借り物とはいえ、こんな力が手に入るのならば夢を見るのも道理だろうさ。」

 意識が朦朧とする。身体に力が入らない。弾丸のようだった斬撃はすでに見る影もない。ただ振るった。振るい続けた。

「もう一つ、教えておこう。私にキミの一撃は届かない。」

 斬撃を弾かれ、無造作に蹴られた。力の入らない身体は堪えることもなく、地面を転がる。大剣を杖に立ち上がった。
 口は開きっぱなし。口から毀れる粘性の液体が涎なのか、血なのかすら定かではない。
 気にすることなく、剣を振るう。ただ、それだけの機能をもった機械のように。

「キミが初めて誰かを守ろうとしたあの日からずっと私はキミを見てきた。ギンガ・ナカジマとの模擬戦も、機動六課での模擬戦も、トーレとの戦いも、エリオ・モンディアルとの戦いも、その全てを何度も何度も何度も何度も何度も見てきた。キミとの殺し合いを願わない日はなかった。どんな時でも私は頭の片隅でキミとの殺し合いを想ってきた。殺し合うことになった時どうしたら愉しめるか、どうしたら殺せるか。それだけを考えて―――あの日からずっと夢の中でも殺し合いをするほどにね。」

 クルーゼが続ける。光刃を振るってこちらの斬撃を弾くのも忘れはしない。

「実際、エリオと私が戦えば確実にエリオが勝つだろう。そして私よりも強いあの子とキミが戦えばいい勝負をするだろう。」

 弾かれる。立ち上がる。弾かれる。立ち上がる。繰り返される反復作業。

「私の性能はキミら二人には遠く及ばない。けれど、私はキミになら勝てる。キミの攻撃は全て読み切れるし、その速度も威力も角度もタイミングも全てが感じ取れる。どんな早く動こうとも同じことだ。絶対にキミの攻撃が私に届くことはない。」

 再度鍔迫り合い。距離が近い。息がかかる距離。霞んだ視界はそんな全てを虚ろに変える。何も聞こえない。そんな余裕は一つもない。聴覚を切って、触覚を切って、痛覚を切って、思考を切って、視覚と斬撃にだけ肉体が連結する。

「・・・・聞こえていないか。だが、人の助言は聞いておくものだぞ、シン・アスカ。」

 剣戟が再開する―――もはや剣戟と言う言葉など似合わないただの刃のぶつけ合い。達人の域にまで達した足さばきも身体操法も全てが剥げ落ち、斬撃を振るうのはシン・アスカの力と技術だけ。借り物が剥げ落ち残されたのは無様でみっともない素人じみた斬撃。
 その斬撃を微笑みながら捌いて、クルーゼは言葉を続ける。

「これから何度も私はキミの前に立ち塞がる・・・・いや、キミが私の前に立ち塞がることになるとも言えるのか?どちらにしろ、今のキミでは何をどうしようとも私には届かない。そして、今と同じような成長をしたところで同じだ。そんな誤差など初めから織り込み済みだ。」

 斬撃を弾き、こちらの胸倉を掴み、周りを見渡し、手近な瓦礫を見つける――鉄筋の突き出たコンクリートの欠片。激突すれば死ぬ。もしくは致命傷は確実。
 クルーゼが愉しげに口を開いた。

「だから、私を殺したいのならな、シン・アスカ・・・・今のキミなど歯牙にもかけない真実(ホントウ)を見つけて、劇的な変化をすることだ。私が想像もつかないような変化をな。」

 力がかかった。ぶん、と風を切る音。力の入らない身体は塵芥のようにして吹き飛んでいく――身体が回転し、こちらに突き出た鉄筋を見た。頭蓋骨を突き破り、貫通し、確実な死を約束する。回避しようにも身体は動かない。魔法を使おうにもそんな力は既に無い。
 脳漿をぶちまけて死ぬ。血反吐を吐いて死ぬ。
 そう思うと、すんなりと諦めて、瞳を閉じた。恐らく即座に来るであろう痛みを堪える為に―――けれど、次瞬感じたのは鉄筋の尖った感触ではなく柔らかくて暖かいヒトの感触。その次に衝撃。衝撃は柔らかな感触のせいか、それほど大きくは感じない――まるで誰かに抱き締められているかのように。昔、抱いた彼女(ルナマリア)を思い出させる。
 怪訝に思って、瞳を開けた。
 見えたのは、青ざめた顔をして、自分を抱き締める女。
 ドゥーエ――フェスラ・リコルディとして、信じていた女の顔。

「・・・・な・・・んで・・?」

 見える表情は青ざめて、彼女の肩が震えている。

「・・・・わ、た、し・・・どう、して・・・・」
「く、くくくく・・・・どうやら、とうとう、乖離できなくなってしまったようだな、ドゥーエ?」

 カツカツと歩きながらクルーゼが近づく。
 ドゥーエがそちらを見た。瞳に映るのは困惑と恐慌。

「その男が死ぬのを見て、我慢出来なかったのだろう?キミが侵されている証じゃないか。」

 嗤いながら、クルーゼが近づく。歩くごとに全身を甲冑が覆っていく。それまでのような半人半機ではない、純白の鎧騎士へと。
 クルーゼがこちらを、“見下ろした”。優しく、ゆっくりと、そしてしっかり自分の耳に届くように、

「順番が変わるが・・・まあ、いい。では、始めようか、レイ。始まりの終わりを。」

 クルーゼが、言葉を放った。

『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙。』

 レイの顔は見えない。口に差し込まれていくチューブ。紅い液体が流れ込む。
 レジェンドが動く。方々に散って行ったドラグーンが瞬く間に戻り、その数を増やしていく―――砲口は全てこちらに向いている。灯る光は紅色。全てを焼き尽くす業火の紅。
 クルーゼが右手に銃を顕現した――恐らくはビームライフル。人一人を消し炭にするには十分過ぎるほどの兵器。
 優しく、笑顔で呟いた。

「―――まずはそこのドゥーエを殺し、次に機動六課の人間。最後はキミ自身だ。」
『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙。』

 クルーゼのビームライフルに紅い光が灯る。
 身体はそれを見ても動かない。
 ドゥーエはただただ呆然と自分を抱き締めたまま動かない。
 炎が、光が、紅が、視界を染め上げ、顔を照らし、全てを隠し―――熱量を感じた。
 ビームで焼かれたことは一度も無いが、少なく見積もっても生きていられることはない。死ぬことは間違いない。照準はおそらくドゥーエの顔面―――構えている態勢から当てずっぽうで読み取った。
 ・・・・ココロの中に何かがあった。
 守りたい人間などここにはいない―――だけど、自分を守ってくれた人間がここにいる。
 呪いのようにこの身を縛り付ける鎖(ネガイ)。
 光が放たれる。

「・・・し、ん・・?」

 ドゥーエの胸から顔を離し、デスティニーを杖代わりに立ち上がると目前で輝く紅い光を見た。
 足に力は入らない。腕も同じく、それどころか身体中のどこにも力は入らない。
 なのに、どうして立ち上がったのか。
 分からない。胡乱な頭はそんなことを考える余裕を許さない。

「ぱ、るま――――」

 立ち上がった右手に魔力を集中。この世界に来て、ただ一つ得た魔法。
 魔力を収束し、炎に変換し、放つ、ただそれだけの単純な魔法。
 瞳は虚ろ。本当は自分が何を撃とうとしているのかなんて理解出来ていない。だから、他の魔法は使えない。デスティニーへ放つ意思が 無くては魔法を使用することなど出来はしない。だから、撃てるのは借り物ではない、自分自身が得たこの魔法だけ。

「まるで病気だな、キミの願いは。」

 クルーゼの呟き。辛辣な言葉に比べて口調はどこか憐れみすら忍ばせている。

「ならば、諸共に終われ、シン・アスカ。キミを殺しては計画は上手くいかなくなるが、それは、それで愉しめるだろうからな。」

 呟きと共に紅い閃光が放たれた。タイミングはこちらが魔法を放つ一瞬前―――光が全てを掻き消していく。紅く染まる視界。焼けていく地面。数瞬後には髪一つ残らない自分。
 膝が折れた。右手を突き出した態勢のまま、前のめりに倒れていく。
 ―――守れない。最悪だった。最低だった。無力だった。無様だった。
 せめて、最後まで抗い続けよう。そう思って、瞳だけは逸らさずに折れた膝に力を込めて、倒れることを拒否した。意味は無い。あったのは意地だけだった。

「・・・・ご、めん・・・・ふた、りとも。」

 口を吐いて出た言葉。その二人が誰なのか―――考えるまでもない。それはもうどこにもいない彼女たちへの謝罪。謝罪の意味は分からない。守れなかったことへの謝罪なのか、それとも自分が関わってしまったことへの謝罪なのか――それとも告白に返事をしなかったことへの謝罪なのか。多分、その全てになのだろう。発作のように放たれた言葉に意味は無い。
 終りが迫る。
 3秒経った/終わらない。
 6秒経った/終わらない。
 9秒経った/終わらない。
 ―――意識がある。死んだことは無いから、わからないが・・・・死ぬ寸前の苦しみというのは死んでも継続するモノなのだろうか。
 だとしたら、ふざけた話だ。
 死んでも楽になれないなんていうのは―――

「―――勝手に死ぬな。それと男が簡単に謝るな。」

 声が、した。それはシン・アスカの想像の外側。絶対にこの場にはいない人。いるはずのない女。
 空耳だ。そう思って、瞳を閉じ――

「キミは何にも悪くない―――キミには謝る必要なんてないんや。」

“声が”した。今度ははっきりと、確実に。
 目を向けた。そこに――信じられない人を見つけた。茶色い髪の女が右手に杖を持って、自分を守るようにして立ち塞がっていた。

「八神・・・はや、て。」

 顔が見えない。迫り来る紅い光に向けて、杖を伸ばし――その先には白く輝く障壁。鬩ぎ合う白と紅。スカートは切れ目が入って太股が露になり、来ているワイシャツは既に傷だらけで汗まみれの泥まみれ。みすぼらしさ漂わせたその姿。そこにいつも通りの凛とした風体はそこにない。
 意味が分からない。
 なんで、この女がここにいるのか。
 ここにはいないはずなのに、だから自分は安心して死ねると思って、ここにいるのに。
 顔は見えない。見えるのは背中だけ。小柄な彼女の体躯と同じく小さな背中―――けれど、何故かその背中を大きく感じた。これまで見てきた誰よりも、何よりも、大きな背中に見えた。

「・・・・あの時の借りを返しに来たのかな、八神はやて?」
「私は私のモノを取り戻しに来ただけや・・・・こいつをここで死なせる訳にはいかんからなあ!!」

 叫びと共に魔力集中。障壁の輝きが増していく。白く、大きく、強く。クルーゼの放ったビームライフルの輝きを掻き消し飲み込んでいく白い輝き―――それを見て、クルーゼが嗤った。呟く。

「レイ、撃て。」
『あ゙』

 パキン、とレイの身体から生える紅い結晶―――レリック。
 ドラグーンがその砲口を全て彼女に向けた。灯る光は全てを焼き尽くす滅びの紅。

『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!』
「―――さて、今度はあの時よりも楽しませてくれよ、八神はやて?」

 クルーゼの呟きと共に放たれる紅い光条―――数は23。威力は全て地面を融解させるほどの熱量とビルを吹き飛ばすほどの衝撃。障壁に迫る。

「に、げろ。」

 掠れた声しか出ない。声帯が死に掛けてまともな声など出そうに無い。
 彼女が振り返った。微笑みながら呟く。

「・・・・大丈夫、安心するんや。」

 声の調子は優しげで、けれどもその声音は力強さを感じさせる。目前に立つ敵は強大だ。人が敵う道理は無い。魔導師と言う規格外とてその理からは逃れられない。
 ましてや彼女は戦闘に長けてはいない。こんな戦闘の矢面にいるべき人間では無い。 ならば、どうして、そんな声を出せるのか。どうして、そんな風に力強く笑えるのか。

「――キミは必ず私が守ったげるから。」

 ドクン、と心臓が鼓動した。血流が加速した。胡乱な意識がはっきりとしていく。
 彼女が前を見た。顔が見えなくなった。見えるものは背中だけ―――彼女は自分を守ろうとしている。
 ドゥーエに守られた。自分を騙し続けた彼女が自分を守った理由は理解出来ない。むしろ、そんな理由に至るほど思考は出来ない。
 八神はやてに守られた。勝手に死ぬなという言葉の意味はよく理解出来ないが、理解など想像の埒外だ。自分を利用し続けた彼女が身を張って守ろうとする理由など理解できるはずもない。

(だ、めだ)

 障壁にヒビが入る。壊れていく。
 八神はやてが叫んだ。魔力が注ぎ込まれ、障壁が再び形作られていく。
 それを見て、身体が動いた。大剣を杖に笑う膝に全霊の力を込めて立ち上がる。

「まだまだ・・・・終わりには程遠いぞ、八神はやて?」

 嗤う仮面の男。その声を聞くだけで身体が止まる。ココロが折れる。
 怖い。怖い。どうしようも無いほどに怖い。
 何をしても無駄だと、何をしても意味が無いと。
 ココロは既に折れている。
 このまま、ここで寝ていればいい。別に抗う必要はどこにも無い。シン・アスカはそれでいい。そうやって死んでしまっても構わない―――だけど、

「・・・・まも、らなく、ちゃ」

 ―――守られた。だから、お返しとして守らなくっちゃならない。そこにどんな理由があろうと守られたことは事実なのだから。だから、守ろう。守りたいモノなどもう在りはしないけれど―――守れなかった後悔だけはしたくないから。
 だから、この二人を死なせる訳にはいかない。
 届かないなら―――振り絞るだけだ。せめて一度くらいは届くことを願って。
 一歩一歩歩きながら、障壁を張り続ける彼女に近づき、彼女のワイシャツの首根っこを掴み、思いっきり、残った力を振り絞って、後方に投げ飛ばす。

「なっ!?シン・・・!?」

 はやてが声を上げた。答える余裕は無い。右手に魔力を収束。全力全開。命を込めろ。

「パルマ――」

 意識は未だに胡乱なまま。自分が何をしているかはよく分かっていない。分かっているのは唯一つ。守ること。少なくとも目に映る誰かを――この手が届く誰かを。

「フィオ」

 デスティニーが蒼く輝く。
 その中に内蔵された“願いを叶える宝石(ジュエルシード)”の本質の通りに。
 ――願い(ノロイ)を叶える為に。

「キーナアアアアアアア!!!!!」

 命を込めた絶叫。後先など考えるな。
 朱い光が迸る―――これまでで最も朱く、強く、大きく、禍々しく。

「ああああああああ!!!!」

 障壁が消える――ぱりん、と音がした/光条が、熱量が、衝撃が、全てを染め上げる。
 左手に掴んだデスティニーの輝きが更に強まる。糸が伸びる。周辺に存在する全てに群がり、繋がり、搾取し、砂塵に変えて、右手に全てが流れ込んでいく。
 光条が迫る。熱量が増加する。右手から迸る朱い光の奔流―――足りない。もっと、もっと、もっと。

「そんなものか?」

 クルーゼが嗤い呟く。その嗤いだけでココロが折れそうになる――何も考えるな。後先を考えるな。
 周辺一帯からの搾取では足りない――なら、どうする。後方にいる八神はやてが何事か叫んでいる。ドゥーエはただ茫然とこちらを見ている。
 死なせない。守る。
 キミを守ったげる、とあの女は言った。
 違う。守るのは自分だ。守って死んでいくのは自分であるべきだ。
 だから、全部投げ捨てろ。自分の命などどうなっても構わない。ここで死ぬのは初めからの予定通り。誰かを守って死ねるなら―――そんな本望は無い。

「ああああああああ!!!!」

 血管が千切れていく。熱量が迫る。自分の放つ魔法では押し留められない。意味がない。無意味だ。死ぬ。全部死ぬ。守れずに死ぬ。無様に死ぬ。
 奥歯を噛み締めた。杖にした大剣の柄を強く握り締める。青い輝きを放つ大剣(アロンダイト)の輝きは鈍らない。むしろ先ほどよりも輝きは強まっている。光熱波は止まらない。全てを焼き尽くすために突き進む。

「終わりだ。」
「ああああああああああ!!!!」

 絶叫は止まらない。声が掠れる。喉が潰れた。お構いなしに絶叫は続く。パルマフィオキーナの勢いが加速し、巨大化していく。周囲では足りない。だから自分の命を注ぎ込む。

「が、ぶ」

 吐血した。胸の奥から何かが右腕に注ぎ込まれていく錯覚――恐らくは現実。右腕の感覚が充実していく。吹き飛ばされないようにと大剣を強く握り締めた。輝きが強くなる。鬩ぎ合う朱と紅。朱に寄り添う青。青い輝きが握りしめるシンの左手に移っていく。曲線を用いない直線のみの文様―――電気回路の如く左手を侵食し、腕を染め上げ、肩、身体、右腕へと伸びていき、そして、右掌へと到達する。右掌の中心が疼き始める。
 放ち続ける炎熱波に陰りは無い。それでもレジェンドとクルーゼの放った光熱波は止まらない。どの道、人一人でどうにかできるようなものではない―――そんなことを考える余裕は当の昔に消えている。頭の中にあるのは守ること。ただ、それだけ。
 それでも止められない。押し込まれていく。光熱波との距離は既に2mもない。
 指先に熱を感じる。爪が剥がれ、皮が焼け爛れていく。光熱波が近づいた影響だ。押し込まれる速度は秒間に10cmほど。あと20秒もしない内に身体は焼失し、シン・アスカはそこで終わる。

(ちく、しょお。)

 声を出す力も無い。膝が落ちる。肉体が動きを止める。
 その時、気づいた。デスティニーから伸びる青い輝きが右手に寄り集まっていることに。

(こ、れは)
「・・・・どうやら、始まったようだな。」

 クルーゼの呟き。思案するようにこちらを――否、右手を見る。
 パキパキと音を出して右手に朱い結晶が生えていく。生えるたびに自分が何か別のモノになっていくのを感じ取る。皮膚の表面に現れると言うよりも、目に見えないほど微細な皮膚の隙間から生えていくという感覚。レイの身体―――その足から生えていた紅い結晶と同じモノ。

「な、ん・・・・だ?」

 変化はそれだけに留まらない―――それだけで終わるはずもない。これは“始まり”だからだ。本当の変化はここからなのだから。
 無限の欲望と呼ばれる存在。羽鯨にとって最良の餌であり、餌場への道標でもある存在。
 彼らはその身に羽鯨の力を宿す。ジェイル・スカリエッティであれば目に、シン・アスカであれば右掌に。
 その力は比類ないほどに絶大だ。そして、その力の使用条件も強大すぎる力に反して非常に緩い。
 力を使うためのただ一つの条件―――それは渇望だ。力が欲しい、と願うこと。ただそれだけ。つい先ほどまでのシン・アスカは“満足”していた。手に入れた力に満足し、その条件を満たしていなかった。だが、今のシン・アスカは違う。彼は、今、力を渇望している。目前に迫り来る脅威。それを打破する為に。
 その渇望はこれまでよりもはるかに大きく、そして遥かに切実だ。
 すでに死んでしまった誰かの復讐ではなく、これから誰かが死にゆくことへの反逆なのだから当然とも言える。
 そして、渇望が大きければ大きいほど引き出される力は強大となり、その身に宿る羽鯨の力も大きくなり、羽鯨との繋がりが強くなっていく―――その身に、羽鯨を顕現させるほどに。
 右腕に“金色の眼”が開いた。結晶の隙間から外側を覗くように、腕の肉のさらに内側からまるで初めから眼が合ったようにして。そしてそれに伴って腕から“金色の羽”が生え出した。翼という類ではなく単なる羽。羽は樹木の枝のようにして腕を苗床に伸びていく。
 同時にパルマフィオキーナの熱量と大きさが加速度的に高まっていく。高まった威力に釣られて空気が帯電し、暴風が吹き荒れる。光熱波を掻き消していく炎熱。
 訳が分からないことは幾つもあった。
 自分がこの世界に来たこと。
 自分に与えられた不可思議で強大な力。
 無意味に死んでいった二人の女性。
 姿かたちを変えられて自分たちを裏切った少年。
 壊されて原型を失くした親友。
 親友と同じ顔をした仮面の男。
 けれど、これはそれまでの何よりも訳が分からなかった。
 そして、変化はそれに留まらない。今度は外界の変化―――自分の右腕が呼び水となってその変化を促し出す。
 朱い結晶が全て砕け散った―――風が吹いた。上空の一点に向かって朱い結晶の塵が吸い
込まれていく。
 そして、その一点から金色の雪―――それが雪なのかは定かでは無い。だが、主観的に言えばそれは雪だった。少なくとも形状は雪そのものだった。はらはらと、舞い落ちる金色の雪。異界に迷い込んでしまったのかと錯覚するほどに幻想的な風景。

【おおおおおおおおおおおん】
「あがっ!?」

 耳に届く巨大な声。空気が震動し、魂に直接叩きつけられるような巨大な声。声が収まる。

「ようやく、現れたな、羽鯨。」

 クルーゼが呟き、空を見上げた。八神はやての視線も、シン・アスカの視線も釣られてそちらに向かった。呆然とした二人。その後方でドゥーエは悲しげにそれを見ていた。
 その光景を一言で表すなら、“空が、割れた”とでも言うべきなのだろう。
 曇天の空。そこに蜘蛛の巣のように張り巡らされていく“ヒビ”。そして、罅割れた先からポロポロと崩れ落ちていく“曇天の空の欠片”。あろうことか落ちていく欠片の中では雲が動いている。次元世界間の移動とは根本的に異なる現象。
 割れた空。そして、その裂け目から見えるモノ――金色の眼。シン・アスカの右腕に現れたモノと同質のモノ。大きさは少なく見積もっても数百mをくだらない―――下手をすれば数kmあってもおかしくはないほどの大きさ。
 もし、それが生物ならば一体どれほどの大きさなのか。目だけで数km。どんな生物なのか、どんな形状なのかは定かでは無いがどんなに少なく見積もってもその100倍を下ることは無い―――つまり、単純に考えて数百kmと言う途方も無い大きさの生物。その生物の瞳と眼があった――何故か、あれは自分を見ているのだと確信があった。胸の奥に沈み込む暗い澱。何も考えられない。

「――――。」

 言葉を失っていた。何もかもが理解不能すぎて、思考がオーバーフローを起こしている。
 腕が壊れた。自分が何か別のモノになっていった。
 次いで空が割れた。現れたのは巨大な眼。自分の腕に現れた眼と同じモノ。確証はない。そんな証明など誰もやってくれることはない。
 ただ、漠然と感覚が告げている。アレは同じだと。
 明らかに人間ではない――それどころか本当に生物なのかも疑わしい存在。
 それと同じだと感じ取る自分――ならば自分はいつの間にか人間ですらなくなっていた、ということなのだろうか。

「・・・なん、や、あれは。」

 八神はやての呆然とした声。光熱波は今も変わらずこちらに向かって突き進み、朱い炎と鬩ぎ合いを続けている。
 ―――別に自分が人間じゃないとかそんなことはどうだっていいことだ。
 守れるなら、その為の力をくれるのなら―――悪魔だろうと何だろう構わない。
 シン・アスカがシン・アスカ以外のモノになっていく程度、問題はない。
 右手から噴き出す魔力が跳ね上がる。光熱波を押し返していく炎熱―――もはや、それが魔法なのかどうかすら分からない。
 痛みはない。痛みの代わりにあるのは自分の中に何かが入り込んでくる快感すら伴う一体感。それがおぞましさを更に加速させる。肌が 粟立つ。気持ちが悪い。吐き気が酷い。その全てをどうでもいいという虚無だけが押し留める。

「スカリエッティ、準備は整ったぞ。」

 クルーゼの呟きが聞こえた―――この期に及んで嗤っている。その事実にはっきりと恐怖を覚えた。


「―――了解した。では、ウーノ。始めようか。」

 空の上――成層圏近く。
 蒼い鎧騎士がそこにいた。その鎧を纏っているのはジェイル・スカリエッティ。ウェポンデバイス・フリーダム―――それまでのウェポンデバイスのように融合型ではない、装着型。デバイスというよりも強化外骨格という名称が相応しい武装。
 その内部に声が響く。電子の声――彼にとって聞きなれた声。

『時空間転移魔法陣起動。対象をシン・アスカの周囲200mに固定―――ドゥーエも巻き込まれますが、よろしいのですか?』

 一瞬、間が空いたのは彼女の意思表示の現れだろう。無論、自分とてやりたくはない。親殺しはともかく子殺しというのは後味の悪いものだから。
 だが、それも目的の為に、

 ―――犠牲にするさ。当然だろう?

 必要だというのならば、

「・・・・仕方ないだろうね。」
『術式起動―――時空間転移魔法陣稼動開始』

 その右手に持った撥(バチ)の先から伸びる光刃を中心に魔法陣が広がっていく。
 魔法陣の表面を紫電が走る。紋様は複雑怪奇。ミッド式でもあるようで、ベルカ式でもあるような――スカリエッティがこの時の為だけに製作した術式。
 帯電し、紫に輝く、魔法陣―――広がる。広がる。広がる。際限なく広がっていく魔法陣。広がる速度は秒を置いて等比級的に加速する。
 一秒で10m広がっていく速度が、次の一秒では100mに、次の一秒では1000mに、次の一秒では10000mに――――ほどなく、それはミッドチルダそのものを覆い尽くすほどの広さへと。

「ウーノ。」
『了解しました。』

 以心伝心。光刃を振り下ろす―――魔法陣が降下する。地面まで数秒も掛からず降下。そして、光の柱がミッドチルダの方々で上がり出す。
 ミッドチルダ全域でスカリエッティが行った、もしくは扇動した襲撃、及び突然現れた死者の出現箇所。
 その全てを繋ぐと現れる二重の同心円―――魔法陣はそれをなぞっている。

『接続開始。魔力蒐集及び結合開始―――終了。』

 光の柱が分解し、砕け散り、光の粒へと変化し、流れていく。

「アクセス。」

 上空から俯瞰するスカリエッティには“その光景”がよく見えていた。
 魔法陣を走る光。それは砕け散り、空を走る光の柱のなれの果て。ミッドチルダに充満する憎悪、悲哀と言った怨念―――つまりは負の想念。
 それらが世界を走り、加速し、螺旋を描き、一つところに向けて収束して行く。

『時空間接続開始―――座標軸固定。プラス方向7978608000sec。』

 言葉の意味は彼ら以外には誰も知りえない事実。どうして、CEと言う次元世界が見つからないかと言う理由。
 光が収束する。螺旋を描き、世界を満たし、一つところ―――シン・アスカに向かって、閉じていく。
 仮面の下の表情は窺い知れない。スカリエッティが何を思い、何を考えているかは誰にも分からない。

「クジラビトはもはや不要だな。」

 放たれた言葉だけが空に消えていった。


 目前で鬩ぎ合う朱と白。そして、上空から降り注ぐ金色の雪と、空を割って現れた巨大な瞳。
 理解出来ない状況には数多く出会ってきたが、これはその中でも極め付けだった。
 無言で魔法を放ち、自分達の前に立ち続けるシン・アスカ。そして、嗤いながら手元の銃から光熱波を放ち続ける仮面の鎧騎士と後方の巨人。

「・・・・・ふふ、もう、終わりね。」

 自分の後方でドゥーエが力なく笑う―――自嘲の微笑み。全てを諦めた、昔の自分のような微笑み。

「・・・・違うな。これからや。」

 吹き荒れる暴風。紫電が飛び回り地面を抉る。杖を両手で握り締め、地面に突き刺した。風や紫電に吹き飛ばされないように。

「まだ、何にも始まってないんや。」

 そう、呟き、一歩一歩歩き出す―――シン・アスカの元へと。
 守る、と言ったのだ。あの男がどう思って、何を考えていようと関係無い。大方、守られてはいけないとかそんなことを考えたのだろう。
 あの男にそういった釘を打ち込んだのは他でも無い自分なのだ――その程度、手に取るように分かる。
 だから、歩く。走れば転んで立ち上がれない。この風の中で一度倒れれば自分立ち上がることなど出来そうにない。
 本来ならこんな状況にはならないはずだった。こんな矢面に立って戦うなど自分の領分では無いからだ。予定では背後に辿り着き次第、 フレースベルグの全力掃射を相手に気づかれる前に放ち叩き潰す予定だったのだが―――殺されそうになっているシン・アスカを見た瞬間、全てが吹き飛んだ。
 守らなければならない、とそう思った。
 ヒーローになれるかもしれない、もしかしたら誰よりもそれに近づけるかもしれない。自分の夢を叶えてくれるかもしれない。そんな男を死なせたくなかったから。
 その結果がこの体たらくだ―――だが、だから諦めていい道理にはならない。そんな程度の障害で諦めるような覚悟は既に無い。

「・・・・諦めたらな、そこで終わりなんや。」

 それが見栄だと分かりきっていても、歩みは止めない。死ぬことになっても諦めたくは無い。
 杖を地面に突き刺しながら歩く。近づき、シンの手助けをする為に。ユメを守る為に。絶対に諦めない為に――――前に立つ人影。シン・アスカとは違う人影。前を見た。
 ―――“元凶”がそこにいた。
 全ての始まりの女。自分にとっても、そして恐らくはシンにとっても。

『――――そうですね。主は、そういう人だから、私を救ってくれた。』

 声の調子は穏やかで、それはあの時聞いた声とまるで同じ、どこか悲しげで、満足して―――

「り、いん・・・・っ!?」

 凄まじい爆音。気がつけば空が白く光っている。周囲を駆け巡る巨大な光。

「今度は、なんや・・・!?」
『時空間転移です。主はやて。この魔法の完成の為にスカリエッティはシン・アスカを利用した―――私が送り込んだシン・アスカを。』

 輝きが更に強くなる。耳をつんざく爆音。その中でリインフォースの声だけが不思議に耳に届く。

『そして、この転移によってこの場にいる人間は全て跳ばされる。シン・アスカの“時代”――コズミックイラへと。そして、羽鯨の餌として彼は消える。』

 輝きが強くなっていく。白で染められた世界。何も見えないほどに、周囲の光景が全て分からない。

『けれど、その結果としてこの場にいる貴方は死んでしまう。私はそれが嫌で変えようとしたと言うのに・・・・因果なものです。貴女がそんな思いを許さない人だってことを失念していました。・・・・だから、私は私の不手際を拭います。』

 悲しげな声。顔は見えない。瞳を閉じても白に染め上げられて何も見えない。

『――――生きて、そして此処に帰ってきて、夢を叶えてください。私は貴女の幸せを願っています。』

 輝きの中でリインフォースの魔力が膨れ上がる。

「リイン!?どういうことや、リイン!!リイ・・・・」

 輝きが強まる。意識を押しつぶす光の圧迫感。どこか遠くに飛ばされる―――。

『それは、お前には過ぎた力だ。』

 それは不思議な声だった。視界は純白に染められ、耳は爆音に埋められ、感じ取れる現実は未だに魔力を放ち続け、快感にも似た一体感を生み出し続ける右手だけ。そんな声など聞こえるはずもない場所で、“静かに”耳に届く声。どこかで聞いたことがある女の声―――今の自分にはそれが誰かを思い出すような余裕はない。
 クルーゼの声がした。爆音に遮られて何も聞こえない――はずなのにその声もまた耳に届く。内容はよく理解出来ないけれど。

『―――なるほど。キミが来たか。』
『私のことを知っている・・・・なるほど、羽鯨の遺伝子を身体の中に入れたのか。』

 女が呟く。吹き荒れる魔力の奔流、白く染まる輝き、耳を壊す爆音など意にも介さず淡々と。

『ふふ・・・・流石は夜天の書の意思。その程度は見抜けるか。ならば、どうする?場所を変えるか?だが、それではキミの望みとは違い世界は滅ぶぞ?』
『・・・・我が主はそれほど脆弱ではない。同じく、この男もな。』

 右腕に何かが触れた。温かい感触―――恐らくは女の手。右腕から生み出され続ける一体感が消えていく。

『――――主を頼むぞ、シン・アスカ。』

 声がした。光が輝く。全てが掻き消える。意識が途切れる―――。

 立ち昇る光の柱。割れた空の中心に位置する“眼”に向かって伸び、吸い込まれていく。
 輝き、そして―――世界が、白く染まった。

 輝きが消え、曇天が空に舞い戻る。
 眼は既に無い。同時に世界は既にいつも通りを取り戻している。
 クルーゼの前には誰もいない。
 シン・アスカも、八神はやても、ドゥーエも、そして―――

「・・・・クルーゼ、よろしかったんですの?」

 声。クルーゼのよく知る声。
 振り向く―――紫のラバースーツに身を包んだ眼鏡をかけた女性。ナンバーズ・クアットロ。

「よろしいも何も、あの状況では私にやりようなどは無いさ。あの女と戦って勝てるなどと思えるほど私は自分を過大評価は出来ないよ。」

 肩を竦めながら、クルーゼは笑いながら呟く。鎧は既に消している――後方を振り向く。

「・・・それにレイはあちらについていったようだしね。これはこれで良しとしようじゃないか。」

 後方には既にレジェンドはいない。“彼”の使っていたドラグーン―――ガジェットドローンを再構成したモノの残骸だけがあちらこちらに散らばっている。

「帰ってくると思います?」

 クアットロが右手を差し出す。その手に握られているのは先ほど取れた仮面――ラウ・ル・クルーゼがラウ・ル・クルーゼである為の境界線。

「・・・・当然だ。でなければ面白くはないさ。」

 呟きながら、それを手に取り、再び顔につける。
 前を見る――口元に亀裂のような醜悪で邪悪で優美な笑いを浮かべたクアットロがいた。

「それで、これからどうするのかしら?」

 答えなど決まっている。そして、それを知った上で聞いているのだろう。
 滅びにしか辿り着かないこの身体がどんな滅びを生み出すのかが愉しみで堪らない――そんな暝い欲望。

「クジラビトを起動し、“彼女”に対する処置を早める・・・そして、“準備”を始めよう。」

 言葉を口にした瞬間、胸の奥から湧き上がる情動―――胸が熱い。身体が熱い。

「見たいだろう・・・?この世界が終わる様を、全てが終わる様を、世界が滅びに嘆く様を―――キミも見たいだろう?」

 クアットロの金色の瞳と視線が絡まる。刺す様な、それでいて絡みつく蛇のような視線。艶かしさを感じさせる瞳。

「――当然ですわぁ、ディアフレンド。」

 二人の姿が霞んでいく――空気に溶け込んでいくかのように程なく、消えていく。
 ―――こうして、物語は“一旦”幕を閉じる。
 滅びの幕が上がるまではあと少し。
 月が落ちるまではあと少し。



 ―――その日、預言が新たに記された。
 これはその預言の一節である。

 英雄達は死した王の元に集い、死した王は英雄と死者達と共に戦いに赴く。


 嘆きの雨はそれでも止まない。世界は虚しく崩れ落ち、終末の鯨が世界を喰らい尽くす。


 されど、朱い炎は消えはしない。運命を否定し、その全てを破壊する。


 ―――物語は終わらない。その全てを救うまで、物語は終わらない。


/幕間
 そこで、“私”は眼を覚ました。
 起きて直ぐに思ったことは“寂しい”だった。
 何か、頭の奥から大切なモノが抜け落ちたような感覚。
 眼を開けてまず見えたのは瓦礫の山。そして、自分を見下ろす仮面の男。
 どこか、“彼”と似た雰囲気を持つ―――そこで首を傾げる。“彼”とは誰だろう。すんなりとその言葉が出てくるのに、それが誰なのか、分からない。

「・・・・起きたようだね。」

 言葉は柔らかく、どこかに刺々しさ――を感じさせる。警戒しているのだろうか。
 無論、そう言っている男の風体も怪しいと言えば怪しすぎる。
 黒いトレンチコートに銀色の仮面。そして、男が背負う蒼い髪の一人の少女―――それは見覚えがある少女だった。

「・・・スバル!?」

 少女の名前はスバル・ナカジマ。機動六課スターズ分隊の一員にして、“自分”の仲間。
 男は笑いながら呟く。

「何、死んではいない・・・・約束でね。彼女を絶対に死なせないようにと預かっているのさ。このまま、安全なところまで連れていこうと思っているんだが・・・・さて、何でキミがここにいるのか、教えてくれないかな、フェイト・T・ハラオウン?」

 仮面の男がどうして自分の名前を知っているのか、怪訝に思った。
 ―――その事実に何故か喪失感を覚える。
 私の名前はフェイト・T・ハラオウン。
 機動六課ライトニング分隊の隊長にして――未だ、“恋”をしたこともない一人の女だ。


 右腕が痛い。頭が痛い。胸が痛い。右腕がどうしようも無いほどに痛い。
 夢を見た。
 夢の類は悪夢。この身を蝕む悪意そのもの。

 ―――君はねえ、シン・アスカ。本当は憧れたのさ。君の家族を薙ぎ払ったモノに。
 黙れ。
 ―――エリオ・モンディアルが言ったろう、君は何も守れないと。
 黙れ。
 ―――だから、私を殺したいのならな、シン・アスカ・・・・今のキミなど歯牙にもかけない真実(ホントウ)を見つけて、劇的な変化をすることだ。私が想像もつかないような変化をな。

 耳を塞いで、もっと深い眠りに落ちる。二度と起きないほどに深い眠りの中へ。
 もう、十分だろう。楽になればいい。
 誰も守れなかった。
 ギンガさんもフェイトさんも八神さんもフェスラも、自分の周りにいた誰かを全て死なせた。守れなかった。
 そうして、最後は自分も死んだ。
 何も出来ずに、誰を守ることも出来ずに、無駄死にした。
 その結果には満足出来ない。
 だけど、それで十分だ。誰かを守って死ねる。
 それだけで十分過ぎる―――本当に?
 心のどこかで誰かが呟いた。
 眼を開けた―――どこか知らない場所で眠る自分がいた。眠る場所はベッド。
 そこに眠る自分を見下ろしている三人の人間―――レイ・ザ・バレル。マユ・アスカ。ステラ・ルーシェ。
 手術台でこれから手術を待つ患者と医者のように彼らは自分を見下ろしている。
 自分の罪の具現―――守れなかった誰かそのもの。
 彼らは一様に自分を見下ろしている。
 悲しそうに見下ろしている。
 レイが口を開いた。何かを言おうとしているのだろう―――けれど、耳が壊れてしまったのか、聞こえない。彼が何を話しているのかも聞こえない。

「――――。」

 返事を返そうにも身体はまるで動かない。口も、腕も、足も、どこも動かない。

「―――――。」

 レイが口を閉じて、瞳を閉じて―――開く。ステラとマユに眼を向けた。二人は、悲しそうに、けれどどこか納得したように笑って、頷いた。

「・・・・まだ、何も終わってはいない。“彼女達”はまだ死んではいないのだからな、シン。」

 そんな声が聞こえた―――。


 眼が、醒めた。
 起きて直ぐに目に入ったのは桃色の髪の毛―――それは、決して忘れられない色合い。

「・・・・・・あらあら、お目覚めですね、シン?キラ、シンが起きましたわよ・・・・キラ?」

 眠そうな眼をこすりながら現れる、“エリオ・モンディアル”と同じ顔をした男。

「・・・・ああ、シン、起きたんだ。」
「・・・・キラ・・・ヤマト・・?」

 意味が、分からなかった。


 言葉は無い。そんなものを放つ暇は無い。あるのは叫びだけ――命を燃やす叫び
のみ。


(早く。)


 刺突/弾かれた。こちらの首元を狙う光刃を僅かに首を逸らすことで“死なない
程度”に回避。首筋に激痛。首が焼かれる。痛みで一瞬身体が止まる――エクスト
リームブラストによって無理矢理それを動かし、肉体の停滞を無視(キャンセル)する。
 剣戟を繰り返す。一撃、二撃、三撃、四撃、五撃、六撃―――六を越えた時点で
数えるのをやめた。続ける。続ける。続ける―――全て、弾かれ、捌かれ、落とさ
れる。
 募る焦燥。停滞無く動く身体。焦る思考とは裏腹に肉体の動作は淀みなく通常通
りの稼動を施し続ける。


「もう、一分経ってしまったな。」


 軽い調子で呟くクルーゼ。残り9分。どこを見て、時間を計ったのかは知らない。
こちらは計ってなどいない――そんな暇があるなら、攻撃しろ。目の前のこいつを
殺せ。全身全て、血の一滴に至るまで集中しろ。目前のこいつを殺すことにこの身
の全てを集中させろ。
 後方のドゥーエは呆然としてこの戦いを見ている/攻撃の意思は見当たら
ない――切り捨てられたのだから当然か=無視。
 光刃(ビームサーベル)と大剣(アロンダイト)がぶつかり合う。白と朱が鬩ぎ合う―――鍔
迫り合い。クルーゼの口元が緩んだ。至極楽しそうで、癪に障る。
 クルーゼが、くく、と嗤いながら、一歩離れる――斬撃の間合い。
 大剣を振るった。威力は度外視。追求するは速度のみ。
 視界が揺れる。制御域を大きく超えた速度に知覚がまるで追いついていない―――け
れど、斬撃は停滞することなく振るわれ続ける。日々の研鑽の賜物――身体に刻み込
まれた技術を脳髄に染み込むまで繰り返された常識外の反復練習。それらが制御域を
超えた速度での斬撃を可能としている。
 シグナムですら、その剣戟を見れば目を見張ったことだろう。何せ、エクストリー
ムブラストによって加速したシン自身が捉えられないほどの速度の剣戟。誰であろう
と、例えエリオ・モンディアルであろうとその斬撃を捉えることなど出来はしないだろう。
 だが――


(なんで・・なんでだ・・・・!?)


 心中に渦巻く困惑。これまで味わったことの無い感覚。
 1分が経過した、とクルーゼは言っていた。その一分間でシンはおよそ数百回とい
う斬撃をありとあらゆる角度、方向から振い続けている。無論、攻撃は斬撃だけでは
ない。それに交えて蹴り、殴打、魔法等の思いつく全てを投じて攻撃を繰り返している。
 だが、一撃足りとも当たらない。暖簾に腕押し――そんな程度ではない。まるで吸
い込まれるようにしてシンの攻撃は全てクルーゼの腕や足、光刃に命中してしまうのだ。
 防いでいるのは光刃と鎧を展開している両足。顔や胴体等の部分は未だに生身だ。
当然、シンの攻撃は生身部分に集中していく。10分という限られた時間内に殺さな
ければいけないからだ。
 確かに、そうやって攻撃箇所をあえて晒すことで心理的に攻撃箇所を限定させ、先
読みの精度を上げるという方法は存在する。だが、それであっても確実に被弾しない
と言う訳ではない。先読みの精度が上がるだけで、未来が見える訳ではないからだ。
 だが、この男のやっていることは先読みというレベルではない。殆ど未来予知に近
いと言ってもいい。
 再び鍔迫り合い―――フィオキーナの出力を最大に設定。身体ごと大剣に体重を掛
けるようにして光刃をクルーゼに向けて押し込む。


「はああああ!!!!」
「おっと。」


 クルーゼが更に一歩下がり、下方へ降下――地面へ。


(逃がすか。)


 加速。大剣(アロンダイト)をケルベロスⅡに変形。クルーゼの脚元に向けて最大掃射。抉り
取られていく地面。同時に噴煙が立ち上る。その噴煙に突進。同時にフラッシュエッジを
二本とも投擲。狙いはクルーゼの頚動脈。左右から迫り来る二刀と下方から鳩尾に向け
て突き込む刺突。その全てが同じタイミングでクルーゼに到達するように調整――煙に
身を隠し、三方より同時に到達する同時三撃。左右から迫る二刀に反応すれば大剣によ
る刺突に、刺突に反応すれば二刀に、その全てに反応し“後退”したとしても、刺突か
ら砲撃を行い確実に仕留める。巨大斬撃武装(アロンダイト)の無い現在のシンに出来
る最高の攻撃。


 ―――この攻撃を捌こうと思えば、後退してはいけない。前進し、その上で噴煙に紛
れ“どこを狙ってどんな角度で来るのかも分からない”刺突を回避する必要がある。故
に回避は不可。それこそ未来でも見えない限り絶対に回避はおろか受け止めることもま
まならない。


 ―――噴煙を突き抜ける。容赦はしない。そのまま速度を緩めることなく目前の男の
腹部を串刺しに、


「確かに私を殺すならその方法が最も確実だろうな。だが、」


 クルーゼの声がした。立ち昇った噴煙は未だシンの視界を隠し、同じくクルーゼの視
界も隠しているはず、なのに、


「まだ、遅い」
「―――っ」


 背筋に悪寒を感じた。考えるよりも速く、殆ど反射的に右半身全てからフィオキーナを
全力発射。瞬間、交通事故にでもあったかのように左側に無理矢理“吹き飛んだ”。天と
地が入れ替わる。無茶な体勢から放った制御度外視のフィオキーナ――姿勢維持など考
えている訳も無い。そして、吹き飛ばされる瞬間、シンの朱い眼が捉えた。自分の首筋に
クルーゼの光刃が追いすがっている様を。
 全身から朱い炎がモビルスーツのスラスターのように吹き上がり、姿勢を制御し、着
地――心臓がドクドクと跳ね上がっていた。憎悪や闘志、憤怒ではない。久しく、感じ
たことの無かった、麻痺していた感情――恐怖によって。
「避けた、か。流石はクラインの猟犬だな、シン・アスカ。生き残ることだけならキラ・
ヤマトやアスラン・ザラなど歯牙にも欠けないか。」
 淡々と呟きながら、クルーゼがゆっくりとシンに向かって歩き出す。
 奥歯を噛み締め、震える手を握り締め、恐怖を堪え、構えた。動き出そうとしない足
に指令を送り、クルーゼをにらみ付ける――返答は薄い嗤い。


「来ないのか?時間は残り少ないぞ?」
「うぉぁぁぁああああああ!!!!」


 その嗤いが気に食わない―――その憤怒で恐怖を消し去って、振り払うように絶叫――突撃。


「そうだ。立ち止まっている暇はまるで無いんだぞ、シン・アスカ。」


 煩い、黙れ。淡々と呟き続けられるクルーゼの言葉がいちいち癇に障る。焦燥し、荒
れる心そのままに剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう―――。


「そう、その意気だ、シン・アスカ・・・これがキミの物語の終焉なんだ。もっとスベテを
出し切って暴れてみせたらどうだ。」
 言葉を無視。答える必要は無い。思考を切り替え、心を尖らせる。
 血管が、神経が、脳髄が、心臓が、肝臓が、胃が肺が腸が脾臓が五臓六腑の全てが“戦
闘”と言う一つの目的に向かって収束していく。 自分が何か、別のモノに“変わって”
いく錯覚。
 剣戟が咆哮する――鳴り響く金属音。大剣は届かない。吸い寄せられるように光刃とぶ
つかり合う。


「そんなものか?」


 クルーゼの声だけがこちらに届く。
 届かない/大剣を振るう。受け止められた。


「そんなモノでは何一つ守れないまま、終わってしまうぞ、シン?」


 レイの如き口調。噛み締めた奥歯がミシミシと悲鳴を上げた。


「……守るんだよ、俺は!!アンタをここで倒して!!」


 受け止められた大剣を引き戻し、再度剣戟に没頭する―――瞬間、腹部に叩き込まれた
槍の如き蹴り。


「は、がっ・・・!?」


 メキメキ、と肋骨が軋んだ。後方に吹き飛んだ。
 後方の瓦礫にぶつかる寸前、全身を覆う朱い炎によって姿勢を制御し、そのまま着地――シ
ン・アスカの瞳孔が開いた。
 それまで淡々としていたラウ・ル・クルーゼが豹変する。


「―――く」
 壊れた、亀裂の微笑みが。


「―――くくく」
 醜悪な汚物の如き微笑みが。


「―――キミが守る、だと?」
 無邪気で純粋な悪意(ホホエミ)が―――男の全てを変換する。


「っ・・・・!」


 叩き込まれた蹴りの痛みは数秒もしない内に消えていき、その代わりに消失していたは
ずの恐怖が鎌首をもたげてくる。唾をごくりと飲み込む。知らず、口の中が渇いていた。
 疲労では無く、“緊張”からの渇き。男の醸し出す雰囲気に呑まれたように、シンは大剣
を構え、その一挙手一投足から目を離せない。
 目を離すな。一瞬でも目を離せば、その瞬間、得体のしれない何かに飲み込まれるよう
に感じる。瞬間、クルーゼの身体がわずかに前傾した。来る。


「ふっ―――」


 鋭く息を吐き、クルーゼが動いた。速くはない、けれど意識の隙間に滑り込むような動き。
気がつけば、シンの眼前に白い仮面があった――懐に、入り込まれた。完全に動きは捉え
ていた。なのに、気がつけば見落としていた。


「なっ……!?」


 咄嗟に剣を振るった。男は僅かに身体を動かし、その斬撃を避ける――仮面が切り裂か
れた。露になるその顔は予想通りにレイと瓜二つ。恐らく、彼が正常に成長したならばこ
んな顔だろうと言う予測そのものの顔――男の何も持っていない右手が拳を作り、右足が
地面を震わせた。武術で言う震脚。足元で生まれた衝撃は膝を通り、腰を通り、背中を通り、
全身の連動によって一切の損失無く、軽く固められた右拳に到達し――シンの腹部を貫く。


「かはっ。」
 肋骨が折れた。内臓が潰れた。口元から溢れ出るどす黒い血液。
「がぶっ・・・・か」
 その白い鎧を汚す黒。血液と、それ以外にも何か混じっている――破裂した内臓かもしれ
ない。


「笑わせるじゃないか、シン・アスカ。」


 軽い口調でラウ・ル・クルーゼはそう言って、こちらを見下ろす―――レイと同じ顔で、似
たような動作で。
 血を吐いた一瞬を突かれ、頭を掴まれる。そのまま地面に向けて、叩きつけられた。


「あがっ・・!」


 瞼の裏で火花が散った。口内に入り込む違和感――ゴツゴツとしたコンクリートの欠片
が口に入り込んだ。生理的な反射として吐き出そうとして、吐き出すような力すら入らな
いことに気づく。再生が追いついていない。ここまでどんな致命傷であろうと即座に復元
、再生してきたエクストリームブラストがその効果を明らかに減少させている。


(な、ん、で、ぜんぶ、あたらな)


 思考をする暇すらなく、顔面を無造作に蹴られた。再び火花――抵抗する力が無い。蹂
躙されるままに身を任せる。
 胸に重み――鎧の感触。目を開ければ、クルーゼが自分の胸を踏んでいた。
 視界が霞む。雨が降り出していた。冷たい雨が頬を叩く。霞んだ意識が少しだけ自我を
戻す。


「聞くが―――君は自分が本当にそんなことを願っているとでも思っているのか?」


 その右手に光刃が現れた―――右手を貫かれた。
 眼が見開いた。熱量が走り抜ける。激痛。痛覚が脳髄を犯す。痛みが恐怖を掘り返す。
憤怒が消える。激痛で消し去っていく。怯えが瞳を開く。これまで何度もこんな痛みは味
わってきた。痛みなんて我慢出来るものだ。そう思ってきた。
 なのに、なんで、どうして―――


「・・・・戦争を失くしたかったんだろう?自分みたいな人間が増えるのが嫌だったんだろう?」
「ぐっ、ぎ、あ・・・・!!」


 ―――この男の与える痛みは恐怖を呼び起こそうとするのか。
 ニヤつきながら光刃を抉るように動かすクルーゼ。上がる声は自動的な呻き声。


(まだ、だ)


 心中でのみ呟いた。
 左手は動く。両足は動く。まだ、動く。まだ、身体は動く。
 動け。動かせ。ここから飛び出ろ。


「あああああ―――!!」


 絶叫と共に身体を起き上がらせ、左手に魔力を収束変換解放発射――近接射撃魔法パル
マフィオキーナ。朱い光が左手に集う。朱い炎の槍がクルーゼの顔面を貫く、その一瞬前
にクルーゼが後退していた。右手は焼け爛れ、焦げ付き炭化し掛けていた――蒸気が昇り、
炭化した皮膚の下から新しい肉が盛り上がり、再生が始まっている。
 左手で大剣を握り締める。右手は使えない。手どころか腕全体に力が入らない。再生の
弊害かもしれない――その存在を頭の中から追い出す。
 朱い炎が大剣を覆っていく。動作の補助の為のエクストリームブラスト――待機状態の
フィオキーナ。


「はぁ、あ、あああああああ!!!」


 絶叫と共に突撃。
 恐怖で脳髄が萎縮する前に、自分が自分で無くなってしまう前に―――頭の中から守ら
なければいけない誰かのことが消えていく。


(殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ)


 心中で放たれる言葉はソレ一色。
 思考が黒く濁っていく。朱い憤怒ではなく、漆黒の殺意ではなく、純白の覚悟でもない。
恐怖と焦燥の混じり合った濁った黒色に。


「不思議に思わないのか、シン・アスカ。戦争を失くしたい、苦しむ人間を失くしたい。
誰かを救いたい――キミは、そう言ったな?」


 殺せ。あの口を閉じろ。身体を動かせ。何も考えるな。
 突進。それまでのような策を伴った攻撃では無くただの突撃。フェイントも、何も無い
単なる猪突猛進。
 朱刃と光刃が煌いた。
 剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう


「くくく、必死になったな、シン・アスカ。」
 剣を振るう/弾かれた。剣を振るう/捌かれた。剣を振るう/避けられた


「そんな願いを持つのなら、君はどうして、ザフトになんか入ったのだろうな。」
 光刃によって大剣が弾かれた。右手に力が入る/両の手で大剣を握り締める。再生完了。
思考を消せ。殺せ。考えるな。耳を塞げ。
 光刃が大剣を弾いた。クルーゼの嗤いが亀裂の度合いを深めていく。


「ザフトに入って戦争を失くす―――おかしな話だ。」
 光刃が肩を切り裂いた。明らかにこちらの動きの“先”を読んでいる。どれほどの速度で
動こうと、どれほどのフェイントを絡めたとしても、どんな目くらましを行ったとしても、
その全てが読まれているという確信。諦めろと囁く自分を引き裂いて、斬撃を振るい続ける。


「君が家族を失くした戦争は、ザフトが始めた戦争だ。当のザフトを憎むならともかく、そ
こに所属して戦争を失くせると本気で思っていたのか?」
 硝子(ココロ)に亀裂が入った/構わず大剣を振るった。身体が自動的に斬撃を繰り返
す。弾かれ合う朱と白。加速する剣戟。


「だ、まれ・・・!!」
 出せた言葉はそれだけ。黙らせる。これ以上喋らせるな。こいつの言葉をこれ以上聞き
入れるな。


「黙れ・・・!!!」
 恐怖をねじ伏せろ。何も考えるな。何も聞くな。


「正直に言ったらどうだ?本当に平和を願うなら、戦争になど参加する必要はどこにも無
い。君はただ、復讐する力が欲しかっただけだ。」
 光刃を弾いた。懐に向けて、力任せの斬撃を叩きこむ/身体を僅かに逸らし、皮一枚の
距離で避けられた。


「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ・・・・・!!!」
「――――八つ当たりがしたかったんだよ、君は。不幸な自分を認めたくなくてね。」


 背筋が総毛立つ。恐怖が更に大きくなる。心臓が跳ね上がる。恐怖で震えて、硝子(ココロ)
が勝手に言葉を紡ぐ。

 それは何を意味する恐怖なのか。決まっている。自分が、隠してきたモノ。目を背けて
きたモノに目を向ける恐怖。置き去りにしてきた自分自身と向き合う恐怖。
 それら全てから目を“背け”、守ると言う妄執に縋り付き、大剣を振るった。


「俺は守ってる・・・全部、これからも・・・俺は、俺は・・・・!!」


 三度目の光刃と大剣の鬩ぎ合い――鍔迫り合い。息遣いが聞こえてくるほどの近距離。
金髪の偉丈夫が自分に嗤いかけた。


「力があれば守れる・・・・本当に?」


 その言葉をこそ待っていたかのように、ラウ・ル・クルーゼは唇を歪めて微笑む。
 吐き出される言葉は毒素のように耳を侵食して、硝子(ココロ)に亀裂を入れていく。
 耳を塞ぎたい。けれど自動的に斬撃を繰り返す身体が耳を塞ぐことを許さない。
 千切れていく。心と身体が千切れて、裂かれて別々になっていく。
 ココロは言葉から耳を塞ぎたい、なのに身体は戦いを求めて動き続ける。


「そうやって力を求めて戦って、君は何を手に入れた?家族?仲間?友人?」


 縋り付く“願い”。守ること。全てを――そして、自分は今も守り続けている。自分は
全てを守り続けている。力を手に入れて、自分は全てを――記憶が逆流する。



 ―――紅く染まった瓦礫の山。紅は人の血と炎によって。夥しいほどの肉片が瓦礫の山に
こびり付いている。それを彩る黒――炎によって焦げ付いた瓦礫の煤


 脳髄に雑音が混じり出す。
 身体は勝手に剣戟を繰り返す。



 ―――胸に突き刺さる剣。それは過去自分が奪い去ってきた証。恩を仇で返した証。それ
が彼女達の胸に突き刺さっていた。流れる血は鮮やかで、その部分を見なければ死んでいな
いようにしか見えないほど綺麗な死体。


 弾かれ合う刃金と光刃。


「・・・・れ。」


 何を守ったのだろう。何が守れたのだろう。
 記憶を手繰っても、見えてくるのは零れ落ちていくモノばかり。失敗した記憶ばかり。
 恐怖がココロを染めていく。
 鬩ぎ合う朱と白。入り乱れる刃の軌跡。


「・・・・ほうら、君は何も手に入れてない。何も“守れてない”。」


 胸に突き刺さる言葉は臓腑を抉り、心臓を引き裂いていく。
 否定しろ、という言葉が、その通りだ、という言葉に押し流されるのを止められない。
 勝手に繰り返される無垢なる斬撃とそれを受け止め弾き捌く悪意の光刃。


「力があれば守れるなんて言うのは君の勝手な思い込みだ」


 喋りながらも互いの身体が止まらない。
 虚ろな朱刃と純潔の光刃が互いに喰らい合う。


「君はそれを言い訳にして今まで戦ってきたのさ。守る為に戦うなんていう聞こえの良い言葉
に陶酔しながらね。」


 黙れ、と叫ぼうとして、声が出ない。乾ききった口内。お構い無しに眼前の男は言葉(ノロイ)
を紡いでいく。


「君はねえ、シン・アスカ。本当は憧れたのさ。君の家族を薙ぎ払ったモノに。」


 黙れ。
 黙れ。
 その口を閉じろ。
 その先を言うな。


「フリーダムに、キラ・ヤマトに、家族を薙ぎ払った忌むべき存在に憧れを抱いた。あんな力が
あれば自分も復讐できる。世界を蹂躙できる。―――八つ当たりが出来る。」


 呪いが完成していく。
 開かれていく扉から出て行くのは、おぞましい何か。眼を背けたい。耳を塞ぎたい。身体が
動かない。ココロがそれを受け止めることへの恐怖で死んだように全てを停止していく。
 ブレーカーが落ちた。切り離されていく思考と身体。勝手に斬撃を繰り返す肉体に身を任せる。


「守るだなんて気取ってどうする?君はただ八つ当たりがしたいだけだ。あのフリーダムみた
いに世界を好き勝手に荒らしたいだけだ。だから、許せなかったんだろう?自分が出来ないこ
とをやってのけるキラ・ヤマトが。アスラン・ザラが。」


 黙れ。黙れ。黙れ。


「・・・まれ」


 口元を吐いて出た言葉で少しだけココロを取り戻す。必死に呟く。呟くことでその呪いが届
かないようにと。


「住む場所を追われたことは?戦争の原因だと蔑まれたことは?何度、石を投げられた?何度、
脅かされた?何度、涙を呑んだ?何度、殺そうと思った?」


 思い出すな思い出すな思い出すな。
 あの頃の記憶を掘り起こすな。
 俺は幸せだった。俺は幸せだったんだ。
 余計なことには気を回すな。
 斬撃を繰り返せ。斬撃に没頭しろ。何も考えるな。思い出すな。
 その言葉に耳を貸すな。
 斬撃が止められた。勝手に放ち続けられた斬撃が、クルーゼの光刃(ビームサーベル)で受け止め
られた。
 眼と眼が合った――濁り切った瞳(碧)と澄み切った瞳(朱)。
 瞳を逸らしたい、なのに魅入ったように眼が離せない。
 ―――“恐怖”が、全てを濁った黒に染め上げる。


「マユ・アスカとの思い出だろう・・・・しっかりと、思い出すんだ、シン・アスカ。」


 その名前が閉じられた最後の扉に亀裂を生む。
 記憶が逆流する。火花が散った。
 
 ――――いたいよ、おにいちゃん
 剣を振るえ。
 ――――おにいちゃん、どうして、みんなわたしたちをいじめるの?
 剣を振るえ。
 ――――おにいちゃん、びょうきってわたしたちが起こしたの?
 剣を振るえ。
 ――――どうして、みんな、わたしたちが、きらいなの?


 記憶の奔流が始まる。閉じていた、無かったことにしていた記憶が流れ出る/剣を振るえ。


「エイプリルフールクライシス。人類が引き起こした未曾有の大災害。世界全てを巻き込んだ戦
争が“加熱した”原因の一つだ。よく、覚えているだろう?君はそれからずっと辛い思いをして
いたのだから。」


 我武者羅に振るわれた大剣を軽く、受け止められた。その口調はまるで、その頃の自分を知っ
ているかの如く。
 そして、その言葉の通り、自分たちはずっと辛い思いをしてきた。コーディネイターは全ての
場所で災厄を受けていたから。


 ―――他の国と違ってその法と理念さえ守れば僕たちコーディネイターでもちゃんと受け入れ
てくれるからであって、父さんも母さんもそこが気に入ってこの国に来た。
 そう、他の国ではコーディネイターを受け入れてはくれなかった。
 C.E.54年に発生したS型インフルエンザの突然変異―――S2型インフルエンザウイルス
は従来のワクチンがまるで効かない悪夢のような疫病だった。世界各地で多数の死者を出た。け
れどナチュラルには多数の死者が出たのに対して、コーディネイターに死者はいなかった。
 世界中が疑った。S2型インフルエンザウイルスの蔓延はコーディネイターが行った、ジョージ・
グレン暗殺に対する報復及びナチュラル殲滅のために行った作戦ではないのかと。
 疑念は消えない。
 コーディネイターであると言うだけで自分達はどこに行っても迫害された――思えば、子供の
迫害というのは無邪気な分、大人よりも酷いのだろう。
 無視された。ノートをカッターで破り捨てられた。内履きを捨てられた。水を掛けられた。石
を投げられた。両親に助けを求めた。両親も疲れていた。マユが虐められていた。殴り返したら、
大人がやってきて殴り返された。数え上げれば切りがないほどに何度も何度も虐められた。どこ
に行っても同じだった。学校や友達、先生は自分とマユにとっては恐怖の対象でしかなかった。


「何度蔑まれた?何度嗤われた?何度殴られた?そうだ、思い出せ、シン・アスカ。君は“迫害”
されていた―――嫌われ者だっただろう?」


 返す言葉はどこにもない。事実だから、一から十まで全てが事実で否定しようがない。
 怖かった。周りが、大人が、自分たちを囲む世界が。
 いつも二人でいた。両親は仕事で帰りが遅かった。両親も疲れていた。
 一緒に料理を食べた―――マユが泣かないようにと頑張れた。
 一緒に学校に行った―――マユを泣かされないようにと頑張れた。
 いつも一緒にいた―――いつもマユだけを気にしていた。
 そうやって生きてきた。周りからは異常なほどに仲の良い兄妹に見えていたかもしれない――半分は
正解で半分は間違いだ。お互いに、お互いしかいなかった。家族愛というよりも依存に近い関係だった
のだと思う。それが鬱陶しくなかったかと言われると嘘だ。だけど、仕方なかった。
 自分は兄で、マユには自分しかいなくて、周りは敵だらけで、だから―――オーブの話を聞いた時、
信じられなかった。そんな“天国”がこの世にあるなんて思わなかったから。


「その果てに君達、家族はオーブに住むことになった。思い出すんだ、シン・アスカ。君は確かにその
時、幸せだった。」


 オーブは良い国だった。コーディネイターを差別しない、それだけで本当に素晴らしかった。
 初めて友達が出来た。恐怖することは無くなった。
 先生とも話をするようになった。大人は怖いものではないと知った。
 学校に行くのが楽しかった。学校が怖くなくなった。
 ―――マユにも友達が出来た。学校が楽しいと言っていた。ようやく離れることが出来た――少し
だけそれが嬉しかった。
 けれど、現実は残酷で、自分達は無力で。


「けれど、君は奪われた。全てを。――君の幸せは一年も保たなかった。思い出せ、シン・アスカ。
君はその時、何を見た?」


 右手しか、見えなかった。
 胴体しか、見えなかった。
 左足しか、見えなかった。
 肉片しか、見えなかった。
 原型など、何処にも無かった


『・・・・マ、ユ・・・?』


 呪いの言葉。
 死んだ。死んだ。死んだ。
 守れなかった―――盾になることも出来なかった。
 離れたせいで、自分が“一人”でいることを喜んだせいで。
 妹(マユ)は、父は、母は、家族が肉片に成り下がった。
 焼け焦げた丘。地面から伸びる数多の死体。
 空には蒼穹の鎧騎士(モビルスーツ)。
 憎悪と共に気付くことがあった。それは―――“力”だった。
 全てを一瞬で激変させ、覆す自由の翼。
 コーディネイターやナチュラルという枠組みなど簡単に吹き飛ばす暴虐とも言える圧倒的な“力”。

 ――欲しい、と思った。あんな力が、欲しいと。

 自分達を苦しめる奴ら。
 自分達を殺した奴ら。
 自分達を嗤う奴ら。
 自分達を捨てた奴ら。
 その全てが憎かった。

 そいつらがいなければオーブになど来なかった。
 そいつらがいなければオーブは攻められなかった。
 そいつらがいなければ自分達は苦しまなかった。
 そいつらがいなければ理念の為に民を見殺しにするなんてことはなかった。

 力が、欲しい、と思った。
 その全てを覆す圧倒的で究極の絶対足る力。
 世界全てを焦土に導いても、お釣りが来るような悪魔じみた力。
 そんな圧倒的な力が欲しかった。
 そう、あの蒼穹の鎧騎士(モビルスーツ)のような―――


 ―――剣戟が止まる。勝手に動いていた身体が止まった。
 “思い出した”から。
 シン・アスカが、今のシン・アスカになった本当の原点を。

「・・・・ようやく、思い出したかい?君はね、そういう人間なのさ。守りたいんじゃない・・・・君は、
“仕返し”したいのさ。」
「・・・・・れ」
「そんな君が何かを守ることなど出来る訳が無い。君は英雄でもなければ正義の味方で
もない。君はね、シン・アスカ。復讐も失敗して、仕返しも出来ずに、ただ言われるままに餌
をもらって生き続ける――負け犬だ。」

 硝子(ココロ)が割れた。大切な何かが砕け散った。
 全身から力が抜ける―――寸前、で、硝子(ココロ)の奥底で“何か”が、膝を付くことを拒否した。
自分でも理解出来ない得体の知れない奥底で――何かが抗い続けていた。
 その何かが何なのか、それは自分には一切理解できない事柄だけど。

「――――ま、れ」
 剣を振るった。

「黙れ・・・・!!」
 身体は自動的に斬撃を繰り返す。

「守ると嘯いて、本当は仕返しがしたいだけなんだろう?」
 弾かれた。構うな。繰り返す。

「黙れ、黙れ・・・!!」
 斬撃を繰り返す。


「誰かを守るだと?キミが?守ると言う意味をも知らぬキミが?ザフトを私欲で利用した私と同じキミが?」
 斬撃を繰り返す。その全てを弾き返される。

「黙れええええ!!!!」
 斬撃を繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す、繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り返す繰り
返す繰り返す―――。


「エリオ・モンディアルが言ったろう、君は何も守れないと。」


 クルーゼが手に持つ太鼓の撥(バチ)のような柄、その両端から光刃が現れる。ココロが疼く。
 自分から全てを奪った、自分の価値を叩き潰した―――インフィニットジャスティスやストライク
フリーダムも用いていたカタチ。一方が大剣を弾き、残ったもう一方が左脇腹から右肩を一直線に切り裂いた。
 膝が折れ、地面に付こうとする。死なないはずの身体が死に近づいていくのを感じる。
 先ほどの打撃の影響なのか―――朦朧とした意識では何も考えられない。糸が切れた操り人形のように
身体が倒れていく。

「寝るには、まだ早いぞ、シン・アスカ?」
「だ、ま……れええええぇえええ!!!!」

 声を枯らすほどに、命を全て吐き出すように絶叫。弾かれた大剣を再度振り被った。
 がきん、と刃金が弾かれた。その事実に唇を噛み切って不甲斐なさを堪える。
 ここまで、何百、下手をすれば千にも届かんばかりの勢いで斬撃を繰り返した。
 非殺傷設定を伴わない斬撃の威力は人一人を殺すには十分過ぎるほどの威力であり、速度は目にも映らない
程の超高速。
 なのに、その一撃は一度足りとも届かない。

(何で、何で、何で、何で・・・・!?)

 恐慌する心。
 全ての攻撃がクルーゼの光刃に吸い込まれていく。どこをどう狙って、どんなフェイントを
掛けようと、全ての攻撃をクルーゼに受け止められる。
 ココロを覆う恐怖は自分自身と向き合う恐怖とは別にもう一つ。
 これまで、シン・アスカと言う人間は戦闘において一度足りとも恐怖と言うものをしたこと
はなかった。
 それはCEにいた頃からずっとだ。恐怖する間など一度も無かった。吹き上がる憤怒がそれ
ら全てを押し流し、恐怖を感じると言う機能を“殺して”いたのだから。
 初めての実戦――恐怖を感じる前に戦争への怒りが在った。それから先の実戦はアスハへの
怒りと自分自身への情けなさへの怒りが在った。
 憤怒は消えることなく続いた。
 ステラ・ルーシェを殺されたことへの怒り。
 アスラン・ザラが自分自身を裏切ったことへの怒り。
 戦争を食い物にすると言うロゴスと言う存在そのものへの怒り。
 訳の分からないことを言って自分達に敵対するラクス・クライン一派への怒り。
 そして、戦後は何も出来なかった自分自身の無力への怒り。
 憤怒は恐怖をかき消した。これは紛うこともない事実だ。だが――通常はそうなったとして
もどこかで恐怖を取り戻す。圧倒的な実力差、戦力差。そういった圧倒的な外的要因を前にす
ることで。
 だが、不運なことに彼にはそんな機会が一度も無かった。
 シン・アスカの戦闘能力とはそれほどに卓越していたからだ。
 確かにシン・アスカはアスラン・ザラに完膚なきまでに、無様に敗北した。だが、それは圧倒
的な実力差によって何をすることも出来ずに敗北した訳ではなく、順当な実力差の結果として
の敗北だった。
 少なくとも、こんな全ての攻撃と言う攻撃を簡単に受け止められ、嘲られ、“遊ばれる”よ
うなことは一度も無かった。そんなことが出来る人間はどこにもいなかった。
 憤怒がシンから恐怖を奪い、その結果彼から恐怖を乗り越えると言うことを失わせた。
 だから、シンはクルーゼに恐怖する。これまで経験したことの無い圧倒的な差を感じて。何
をしても意味が無い。何をしたとしても届かない諦観に身を委ねてしまいそうで。

「そんな程度では何も守れないなあ、シン・アスカ。」
「うわぁぁああぁあああああああ!!!」

 再度絶叫。ただ恐怖に抗う為だけに自身を鼓舞する雄叫び。そうでもしなければ、その青い
瞳に飲み込まれてしまいそうだった。
 身体が軋む。一撃を振るう度に肉体が壊れていく。鈍化した身体再生。

「痛いだろう?苦しいだろう?」

 呟きとともにクルーゼの左足が跳ね上り、シンの左腹部に命中――左回し蹴り。全身を遅
滞なく連動させた一撃。血を吐き出しながら吹き飛んだ。地面に手をつき直ぐに立ち上がり、
斬撃に縋りつく。

「どうして再生しないか不思議かね?」

 聞こえてくる声はもう頭に入らない。ただ、思考を停止して自動的に斬撃に縋りつく――そ
れが決して届かないと知りつつ。

「キミの力は全てを奪い自分のモノとする力だ・・・・だが、その力の根幹には何がある?これま
で君が何度も何度も何度も化け物のように再生してきた陰には何があった?」
 斬撃に縋りつく。そうしなければ恐怖に飲み込まれて二度と立ち上がれない気がする。

「キミの力は、キミの意思に呼応して、キミを戦わせてきた。キミの願いを叶えるという
“本質”の通りに。」
 何も聞こえない。耳はすでに機能していない。斬れ、斬れ、斬れ。

「だが、今、身体の再生が鈍化した。何故か?キミ自身、気付いているからさ。そんな願い
は初めから嘘だったと。」

 縋り付いた斬撃を弾かれた。クルーゼの右拳が唸る。殴られた――後方に吹き飛んだ。地面
を転がりながらも立ち上がり、即座に斬撃を 繰り返す。何度も何度も、無駄だと知りつつ繰
り返す。心はとうの昔に折れている。闘っている理由などすでに分からない。

「嘘で固められた願い。借り物の力、偽物の力。嘘で塗り潰されたキミの人生。さて、ならば
キミの真実(ホントウ)はどこにある?」

 こちらの斬撃を潜り抜け、クルーゼの右掌が再度、腹部に添えられた。
 ―――背筋に怖気。先ほどの衝撃が脳裏を巡る。咄嗟に身体を捻って、その一撃を避けよう
とする。だが、間に合わない。
 銃弾の発射のような音を放つ踏み込み。身体を貫く砲弾の衝撃。
 成す術なく吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がり、再度立ち上がる。
 膝は笑い、全身は傷だらけ、損傷のない個所などどこにもない。口から血が毀れている。
 痛む身体を無視して―――違う。痛みを感じる機能は全てトンでいる。何も分からない。
ただ斬撃を振るうことだけに縋りつく。

「・・・これも、キミと同じく借り物の力だ。自分自身の力ではない・・・・実際、便利だと思わ
ないか、シン・アスカ?魔法はキミや私のような凡人を天才に変えてくれる。」

 聞こえない。何を言っているのかわからない。だから、斬撃を振るう為に動く。自分に出
来ることをただやり続ける。

「達人の技能を肉体に定着させる・・・・正規の魔法ではないが、キミや私のような白兵戦の素人を
達人に変えるのだからな。大したものだ。借り物とはいえ、こんな力が手に入るのならば夢を見
るのも道理だろうさ。」

 意識が朦朧とする。身体に力が入らない。弾丸のようだった斬撃はすでに見る影もない。ただ
振るった。振るい続けた。

「もう一つ、教えておこう。私にキミの一撃は届かない。」

 斬撃を弾かれ、無造作に蹴られた。力の入らない身体は堪えることもなく、地面を転がる。
大剣を杖に立ち上がった。
 口は開きっぱなし。口から毀れる粘性の液体が涎なのか、血なのかすら定かではない。
 気にすることなく、剣を振るう。ただ、それだけの機能をもった機械のように。

「キミが初めて誰かを守ろうとしたあの日からずっと私はキミを見てきた。ギンガ・ナカジマと
の模擬戦も、機動六課での模擬戦も、トーレとの戦いも、エリオ・モンディアルとの戦いも、その全てを
何度も何度も何度も何度も何度も見てきた。キミとの殺し合いを願わない日はなかった。どんな時でも
私は頭の片隅でキミとの殺し合いを想ってきた。殺し合うことになった時どうしたら愉しめるか、どう
したら殺せるか。それだけを考えて―――あの日からずっと夢の中でも殺し合いをするほどにね。」

 クルーゼが続ける。光刃を振るってこちらの斬撃を弾くのも忘れはしない。

「実際、エリオと私が戦えば確実にエリオが勝つだろう。そして私よりも強いあの子とキミが戦えば
いい勝負をするだろう。」

 弾かれる。立ち上がる。弾かれる。立ち上がる。繰り返される反復作業。

「私の性能はキミら二人には遠く及ばない。けれど、私はキミになら勝てる。キミの攻撃は
全て読み切れるし、その速度も威力も角度もタイミングも全てが感じ取れる。どんな早く動
こうとも同じことだ。絶対にキミの攻撃が私に届くことはない。」

 再度鍔迫り合い。距離が近い。息がかかる距離。霞んだ視界はそんな全てを虚ろに変える。
何も聞こえない。そんな余裕は一つもない。
聴覚を切って、触覚を切って、痛覚を切って、思考を切って、視覚と斬撃にだけ肉体が連結する。

「・・・・聞こえていないか。だが、人の助言は聞いておくものだぞ、シン・アスカ。」

 剣戟が再開する―――もはや剣戟と言う言葉など似合わないただの刃のぶつけ合い。達人
の域にまで達した足さばきも身体操法も全てが剥げ落ち、斬撃を振るうのはシン・アスカの力
と技術だけ。借り物が剥げ落ち残されたのは無様でみっともない素人じみた斬撃。
 その斬撃を微笑みながら捌いて、クルーゼは言葉を続ける。


「これから何度も私はキミの前に立ち塞がる・・・・いや、キミが私の前に立ち塞がることになる
とも言えるのか?どちらにしろ、今のキミでは何をどうしようとも私には届かない。そして、
今と同じような成長をしたところで同じだ。そんな誤差など初めから織り込み済みだ。」


 斬撃を弾き、こちらの胸倉を掴み、周りを見渡し、手近な瓦礫を見つける――鉄筋の突き出
たコンクリートの欠片。激突すれば死ぬ。もしくは致命傷は確実。
 クルーゼが愉しげに口を開いた。

「だから、私を殺したいのならな、シン・アスカ・・・・今のキミなど歯牙にもかけない真実(ホントウ)
を見つけて、劇的な変化をすることだ。私が想像もつかないような変化をな。」

 力がかかった。ぶん、と風を切る音。力の入らない身体は塵芥のようにして吹き飛んで
いく――身体が回転し、こちらに突き出た鉄筋を見た。頭蓋骨を突き破り、貫通し、確実
な死を約束する。回避しようにも身体は動かない。魔法を使おうにもそんな力は既に無い。
 脳漿をぶちまけて死ぬ。血反吐を吐いて死ぬ。
 そう思うと、すんなりと諦めて、瞳を閉じた。恐らく即座に来るであろう痛みを堪える
為に―――けれど、次瞬感じたのは鉄筋の尖った感触ではなく柔らかくて暖かいヒトの感
触。その次に衝撃。衝撃は柔らかな感触のせいか、それほど大きくは感じない――まるで
誰かに抱き締められているかのように。昔、抱いた彼女(ルナマリア)を思い出させる。
 怪訝に思って、瞳を開けた。
 見えたのは、青ざめた顔をして、自分を抱き締める女。
 ドゥーエ――フェスラ・リコルディとして、信じていた女の顔。

「・・・・な・・・んで・・?」
 見える表情は青ざめて、彼女の肩が震えている。

「・・・・わ、た、し・・・どう、して・・・・」
「く、くくくく・・・・どうやら、とうとう、乖離できなくなってしまったようだな、ドゥーエ?」

 カツカツと歩きながらクルーゼが近づく。
 ドゥーエがそちらを見た。瞳に映るのは困惑と恐慌。

「その男が死ぬのを見て、我慢出来なかったのだろう?キミが侵されている証じゃないか。」

 嗤いながら、クルーゼが近づく。歩くごとに全身を甲冑が覆っていく。それまでのよう
な半人半機ではない、純白の鎧騎士へと。
 クルーゼがこちらを、“見下ろした”。優しく、ゆっくりと、そしてしっかり自分の耳
に届くように、

「順番が変わるが・・・まあ、いい。では、始めようか、レイ。始まりの終わりを。」
 クルーゼが、言葉を放った。

『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙。』

 レイの顔は見えない。口に差し込まれていくチューブ。紅い液体が流れ込む。
 レジェンドが動く。方々に散って行ったドラグーンが瞬く間に戻り、その数を増やして
いく―――砲口は全てこちらに向いている。灯る光は紅色。全てを焼き尽くす業火の紅。
 クルーゼが右手に銃を顕現した――恐らくはビームライフル。人一人を消し炭にするに
は十分過ぎるほどの兵器。
 優しく、笑顔で呟いた。

「―――まずはそこのドゥーエを殺し、次に機動六課の人間。最後はキミ自身だ。」
『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙。』


 クルーゼのビームライフルに紅い光が灯る。
 身体はそれを見ても動かない。
 ドゥーエはただただ呆然と自分を抱き締めたまま動かない。
 炎が、光が、紅が、視界を染め上げ、顔を照らし、全てを隠し―――熱量を感じた。
 ビームで焼かれたことは一度も無いが、少なく見積もっても生きていられることはない。
死ぬことは間違いない。照準はおそらくドゥーエの顔面―――構えている態勢から当てずっ
ぽうで読み取った。
 ・・・・ココロの中に何かがあった。
 守りたい人間などここにはいない―――だけど、自分を守ってくれた人間がここにいる。
 呪いのようにこの身を縛り付ける鎖(ネガイ)。
 光が放たれる。

「・・・し、ん・・?」

 ドゥーエの胸から顔を離し、デスティニーを杖代わりに立ち上がると目前で輝く紅い光
を見た。
 足に力は入らない。腕も同じく、それどころか身体中のどこにも力は入らない。
 なのに、どうして立ち上がったのか。
 分からない。胡乱な頭はそんなことを考える余裕を許さない。

「ぱ、るま――――」

 立ち上がった右手に魔力を集中。この世界に来て、ただ一つ得た魔法。
 魔力を収束し、炎に変換し、放つ、ただそれだけの単純な魔法。
 瞳は虚ろ。本当は自分が何を撃とうとしているのかなんて理解出来ていない。だから、
他の魔法は使えない。デスティニーへ放つ意思が 無くては魔法を使用することなど出来
はしない。だから、撃てるのは借り物ではない、自分自身が得たこの魔法だけ。

「まるで病気だな、キミの願いは。」

 クルーゼの呟き。辛辣な言葉に比べて口調はどこか憐れみすら忍ばせている。

「ならば、諸共に終われ、シン・アスカ。キミを殺しては計画は上手くいかなくなるが、
それは、それで愉しめるだろうからな。」

 呟きと共に紅い閃光が放たれた。タイミングはこちらが魔法を放つ一瞬前―――光が全て
を掻き消していく。紅く染まる視界。焼けていく地面。数瞬後には髪一つ残らない自分。
 膝が折れた。右手を突き出した態勢のまま、前のめりに倒れていく。
 ―――守れない。最悪だった。最低だった。無力だった。無様だった。
 せめて、最後まで抗い続けよう。そう思って、瞳だけは逸らさずに折れた膝に力を込めて、
倒れることを拒否した。意味は無い。あったのは意地だけだった。

「・・・・ご、めん・・・・ふた、りとも。」

 口を吐いて出た言葉。その二人が誰なのか―――考えるまでもない。それはもうどこにも
いない彼女たちへの謝罪。謝罪の意味は分からない。守れなかったことへの謝罪なのか、そ
れとも自分が関わってしまったことへの謝罪なのか――それとも告白に返事をしなかったこ
とへの謝罪なのか。多分、その全てになのだろう。発作のように放たれた言葉に意味は無い。
 終りが迫る。
 3秒経った/終わらない。
 6秒経った/終わらない。
 9秒経った/終わらない。
 ―――意識がある。死んだことは無いから、わからないが・・・・死ぬ寸前の苦しみというの
は死んでも継続するモノなのだろうか。
 だとしたら、ふざけた話だ。
 死んでも楽になれないなんていうのは―――

「―――勝手に死ぬな。それと男が簡単に謝るな。」

 声が、した。それはシン・アスカの想像の外側。絶対にこの場にはいない人。いるはずの
ない女。
 空耳だ。そう思って、瞳を閉じ――

「キミは何にも悪くない―――キミには謝る必要なんてないんや。」

“声が”した。今度ははっきりと、確実に。
 目を向けた。そこに――信じられない人を見つけた。茶色い髪の女が右手に杖を持って、
自分を守るようにして立ち塞がっていた。

「八神・・・はや、て。」

 顔が見えない。迫り来る紅い光に向けて、杖を伸ばし――その先には白く輝く障壁。鬩ぎ
合う白と紅。スカートは切れ目が入って太股が露になり、来ているワイシャツは既に傷だら
けで汗まみれの泥まみれ。みすぼらしさ漂わせたその姿。そこにいつも通りの凛とした風体
はそこにない。
 意味が分からない。
 なんで、この女がここにいるのか。
 ここにはいないはずなのに、だから自分は安心して死ねると思って、ここにいるのに。
 顔は見えない。見えるのは背中だけ。小柄な彼女の体躯と同じく小さな背中―――けれど、
何故かその背中を大きく感じた。これまで見てきた誰よりも、何よりも、大きな背中に見えた。

「・・・・あの時の借りを返しに来たのかな、八神はやて?」
「私は私のモノを取り戻しに来ただけや・・・・こいつをここで死なせる訳にはいかんからなあ!!」

 叫びと共に魔力集中。障壁の輝きが増していく。白く、大きく、強く。クルーゼの放った
ビームライフルの輝きを掻き消し飲み込んでいく白い輝き―――それを見て、クルーゼが嗤
った。呟く。

「レイ、撃て。」
『あ゙』
 パキン、とレイの身体から生える紅い結晶―――レリック。
 ドラグーンがその砲口を全て彼女に向けた。灯る光は全てを焼き尽くす滅びの紅。

『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!』
「―――さて、今度はあの時よりも楽しませてくれよ、八神はやて?」

 クルーゼの呟きと共に放たれる紅い光条―――数は23。威力は全て地面を融解させるほ
どの熱量とビルを吹き飛ばすほどの衝撃。障壁に迫る。

「に、げろ。」

 掠れた声しか出ない。声帯が死に掛けてまともな声など出そうに無い。
 彼女が振り返った。微笑みながら呟く。

「・・・・大丈夫、安心するんや。」

 声の調子は優しげで、けれどもその声音は力強さを感じさせる。目前に立つ敵は強大だ。
人が敵う道理は無い。魔導師と言う規格外とてその理からは逃れられない。
 ましてや彼女は戦闘に長けてはいない。こんな戦闘の矢面にいるべき人間では無い。
 ならば、どうして、そんな声を出せるのか。どうして、そんな風に力強く笑えるのか。

「――キミは必ず私が守ったげるから。」

 ドクン、と心臓が鼓動した。血流が加速した。胡乱な意識がはっきりとしていく。
 彼女が前を見た。顔が見えなくなった。見えるものは背中だけ―――彼女は自分を守ろう
としている。
 ドゥーエに守られた。自分を騙し続けた彼女が自分を守った理由は理解出来ない。むしろ、
そんな理由に至るほど思考は出来ない。
 八神はやてに守られた。勝手に死ぬなという言葉の意味はよく理解出来ないが、理解など
想像の埒外だ。自分を利用し続けた彼女が身を張って守ろうとする理由など理解できるはず
もない。

(だ、めだ)

 障壁にヒビが入る。壊れていく。
 八神はやてが叫んだ。魔力が注ぎ込まれ、障壁が再び形作られていく。
 それを見て、身体が動いた。大剣を杖に笑う膝に全霊の力を込めて立ち上がる。

「まだまだ・・・・終わりには程遠いぞ、八神はやて?」

 嗤う仮面の男。その声を聞くだけで身体が止まる。ココロが折れる。
 怖い。怖い。どうしようも無いほどに怖い。
 何をしても無駄だと、何をしても意味が無いと。
 ココロは既に折れている。
 このまま、ここで寝ていればいい。別に抗う必要はどこにも無い。シン・アスカはそれでいい。
そうやって死んでしまっても構わない―――だけど、

「・・・・まも、らなく、ちゃ」

 ―――守られた。だから、お返しとして守らなくっちゃならない。そこにどんな理由があ
ろうと守られたことは事実なのだから。だから、守ろう。守りたいモノなどもう在りはしな
いけれど―――守れなかった後悔だけはしたくないから。
 だから、この二人を死なせる訳にはいかない。
 届かないなら―――振り絞るだけだ。せめて一度くらいは届くことを願って。
 一歩一歩歩きながら、障壁を張り続ける彼女に近づき、彼女のワイシャツの首根っこを掴
み、思いっきり、残った力を振り絞って、後方に投げ飛ばす。

「なっ!?シン・・・!?」
 はやてが声を上げた。答える余裕は無い。右手に魔力を収束。全力全開。命を込めろ。

「パルマ――」
 意識は未だに胡乱なまま。自分が何をしているかはよく分かっていない。分かっているの
は唯一つ。守ること。少なくとも目に映る誰かを――この手が届く誰かを。

「フィオ」
 デスティニーが蒼く輝く。
 その中に内蔵された“願いを叶える宝石(ジュエルシード)”の本質の通りに。
 ――願い(ノロイ)を叶える為に。

「キーナアアアアアアア!!!!!」
 命を込めた絶叫。後先など考えるな。
 朱い光が迸る―――これまでで最も朱く、強く、大きく、禍々しく。

「ああああああああ!!!!」
 障壁が消える――ぱりん、と音がした/光条が、熱量が、衝撃が、全てを染め上げる。
 左手に掴んだデスティニーの輝きが更に強まる。糸が伸びる。周辺に存在する全てに群がり、
繋がり、搾取し、砂塵に変えて、右手に全てが流れ込んでいく。
 光条が迫る。熱量が増加する。右手から迸る朱い光の奔流―――足りない。もっと、もっ
と、もっと。


「そんなものか?」


 クルーゼが嗤い呟く。その嗤いだけでココロが折れそうになる――何も考えるな。後先を
考えるな。
 周辺一帯からの搾取では足りない――なら、どうする。後方にいる八神はやてが何事か叫
んでいる。ドゥーエはただ茫然とこちらを見ている。
 死なせない。守る。
 キミを守ったげる、とあの女は言った。
 違う。守るのは自分だ。守って死んでいくのは自分であるべきだ。
 だから、全部投げ捨てろ。自分の命などどうなっても構わない。ここで死ぬのは初めから
の予定通り。誰かを守って死ねるなら―――そんな本望は無い。


「ああああああああ!!!!」


 血管が千切れていく。熱量が迫る。自分の放つ魔法では押し留められない。意味がない。
無意味だ。死ぬ。全部死ぬ。守れずに死ぬ。無様に死ぬ。
 奥歯を噛み締めた。杖にした大剣の柄を強く握り締める。青い輝きを放つ大剣(アロンダイト)の
輝きは鈍らない。むしろ先ほどよりも輝きは強まっている。光熱波は止まらない。全てを焼
き尽くすために突き進む。


「終わりだ。」
「ああああああああああ!!!!」


 絶叫は止まらない。声が掠れる。喉が潰れた。お構いなしに絶叫は続く。パルマフィオキ
ーナの勢いが加速し、巨大化していく。周囲では足りない。だから自分の命を注ぎ込む。


「が、ぶ」


 吐血した。胸の奥から何かが右腕に注ぎ込まれていく錯覚――恐らくは現実。右腕の感覚
が充実していく。吹き飛ばされないようにと大剣を強く握り締めた。輝きが強くなる。鬩ぎ
合う朱と紅。朱に寄り添う青。青い輝きが握りしめるシンの左手に移っていく。曲線を用い
ない直線のみの文様―――電気回路の如く左手を侵食し、腕を染め上げ、肩、身体、右腕へ
と伸びていき、そして、右掌へと到達する。右掌の中心が疼き始める。
 放ち続ける炎熱波に陰りは無い。それでもレジェンドとクルーゼの放った光熱波は止まら
ない。どの道、人一人でどうにかできるようなものではない―――そんなことを考える余裕
は当の昔に消えている。頭の中にあるのは守ること。ただ、それだけ。
 それでも止められない。押し込まれていく。光熱波との距離は既に2mもない。
 指先に熱を感じる。爪が剥がれ、皮が焼け爛れていく。光熱波が近づいた影響だ。押し込
まれる速度は秒間に10cmほど。あと20秒もしない内に身体は焼失し、シン・アスカはそこで終わる。


(ちく、しょお。)


 声を出す力も無い。膝が落ちる。肉体が動きを止める。
 その時、気づいた。デスティニーから伸びる青い輝きが右手に寄り集まっていることに。


(こ、れは)
「・・・・どうやら、始まったようだな。」


 クルーゼの呟き。思案するようにこちらを――否、右手を見る。
 パキパキと音を出して右手に朱い結晶が生えていく。生えるたびに自分が何か別のモノに
なっていくのを感じ取る。皮膚の表面に現れると言うよりも、目に見えないほど微細な皮膚
の隙間から生えていくという感覚。レイの身体―――その足から生えていた紅い結晶と同じモノ。


「な、ん・・・・だ?」


 変化はそれだけに留まらない―――それだけで終わるはずもない。これは“始まり”だか
らだ。本当の変化はここからなのだから。
 無限の欲望と呼ばれる存在。羽鯨にとって最良の餌であり、餌場への道標でもある存在。
 彼らはその身に羽鯨の力を宿す。ジェイル・スカリエッティであれば目に、シン・アスカで
あれば右掌に。
 その力は比類ないほどに絶大だ。そして、その力の使用条件も強大すぎる力に反して非常
に緩い。
 力を使うためのただ一つの条件―――それは渇望だ。力が欲しい、と願うこと。ただそれ
だけ。つい先ほどまでのシン・アスカは“満足”していた。手に入れた力に満足し、その条
件を満たしていなかった。だが、今のシン・アスカは違う。彼は、今、力を渇望している。
目前に迫り来る脅威。それを打破する為に。
 その渇望はこれまでよりもはるかに大きく、そして遥かに切実だ。
 すでに死んでしまった誰かの復讐ではなく、これから誰かが死にゆくことへの反逆なのだ
から当然とも言える。
 そして、渇望が大きければ大きいほど引き出される力は強大となり、その身に宿る羽鯨の
力も大きくなり、羽鯨との繋がりが強くなっていく―――その身に、羽鯨を顕現させるほどに。
 右腕に“金色の眼”が開いた。結晶の隙間から外側を覗くように、腕の肉のさらに内側か
らまるで初めから眼が合ったようにして。そしてそれに伴って腕から“金色の羽”が生え出
した。翼という類ではなく単なる羽。羽は樹木の枝のようにして腕を苗床に伸びていく。
 同時にパルマフィオキーナの熱量と大きさが加速度的に高まっていく。高まった威力に釣
られて空気が帯電し、暴風が吹き荒れる。光熱波を掻き消していく炎熱。
 訳が分からないことは幾つもあった。
 自分がこの世界に来たこと。
 自分に与えられた不可思議で強大な力。
 無意味に死んでいった二人の女性。
 姿かたちを変えられて自分たちを裏切った少年。
 壊されて原型を失くした親友。
 親友と同じ顔をした仮面の男。
 けれど、これはそれまでの何よりも訳が分からなかった。
 そして、変化はそれに留まらない。今度は外界の変化―――自分の右腕が呼び水となって
その変化を促し出す。
 朱い結晶が全て砕け散った―――風が吹いた。上空の一点に向かって朱い結晶の塵が吸い
込まれていく。
 そして、その一点から金色の雪―――それが雪なのかは定かでは無い。だが、主観的に言
えばそれは雪だった。少なくとも形状は雪そのものだった。はらはらと、舞い落ちる金色の
雪。異界に迷い込んでしまったのかと錯覚するほどに幻想的な風景。


【おおおおおおおおおおおん】
「あがっ!?」


 耳に届く巨大な声。空気が震動し、魂に直接叩きつけられるような巨大な声。声が収まる。


「ようやく、現れたな、羽鯨。」


 クルーゼが呟き、空を見上げた。八神はやての視線も、シン・アスカの視線も釣られてそち
らに向かった。呆然とした二人。その後方でドゥーエは悲しげにそれを見ていた。



 その光景を一言で表すなら、“空が、割れた”とでも言うべきなのだろう。
 曇天の空。そこに蜘蛛の巣のように張り巡らされていく“ヒビ”。そして、罅割れた先か
らポロポロと崩れ落ちていく“曇天の空の欠片”。あろうことか落ちていく欠片の中では雲
が動いている。次元世界間の移動とは根本的に異なる現象。
 割れた空。そして、その裂け目から見えるモノ――金色の眼。シン・アスカの右腕に現れた
モノと同質のモノ。大きさは少なく見積もっても数百mをくだらない―――下手をすれば数
kmあってもおかしくはないほどの大きさ。
 もし、それが生物ならば一体どれほどの大きさなのか。目だけで数km。どんな生物なのか、
どんな形状なのかは定かでは無いがどんなに少なく見積もってもその100倍を下ることは
無い―――つまり、単純に考えて数百kmと言う途方も無い大きさの生物。その生物の瞳と
眼があった――何故か、あれは自分を見ているのだと確信があった。胸の奥に沈み込む暗い
澱。何も考えられない。


「――――。」


 言葉を失っていた。何もかもが理解不能すぎて、思考がオーバーフローを起こしている。
 腕が壊れた。自分が何か別のモノになっていった。次いで空が割れた。現れたのは巨大な
眼。自分の腕に現れた眼と同じモノ。確証はない。そんな証明など誰もやってくれることは
ない。ただ、漠然と感覚が告げている。アレは同じだと。
 明らかに人間ではない――それどころか本当に生物なのかも疑わしい存在。それと同じだ
と感じ取る自分――ならば自分はいつの間にか人間ですらなくなっていた、ということなの
だろうか。


「・・・なん、や、あれは。」


 八神はやての呆然とした声。光熱波は今も変わらずこちらに向かって突き進み、朱い炎と
鬩ぎ合いを続けている。
 ―――別に自分が人間じゃないとかそんなことはどうだっていいことだ。
 守れるなら、その為の力をくれるのなら―――悪魔だろうと何だろう構わない。
 シン・アスカがシン・アスカ以外のモノになっていく程度、問題はない。
 右手から噴き出す魔力が跳ね上がる。光熱波を押し返していく炎熱―――もはや、それが
魔法なのかどうかすら分からない。
 痛みはない。痛みの代わりにあるのは自分の中に何かが入り込んでくる快感すら伴う一体
感。それがおぞましさを更に加速させる。肌が 粟立つ。気持ちが悪い。吐き気が酷い。そ
の全てをどうでもいいという虚無だけが押し留める。


「スカリエッティ、準備は整ったぞ。」


 クルーゼの呟きが聞こえた―――この期に及んで嗤っている。その事実にはっきりと恐怖
を覚えた。



「―――了解した。では、ウーノ。始めようか。」


 空の上――成層圏近く。
 蒼い鎧騎士がそこにいた。その鎧を纏っているのはジェイル・スカリエッティ。ウェポンデ
バイス・フリーダム―――それまでのウェポンデバイスのように融合型ではない、装着型。
デバイスというよりも強化外骨格という名称が相応しい武装。
 その内部に声が響く。電子の声――彼にとって聞きなれた声。


『時空間転移魔法陣起動。対象をシン・アスカの周囲200mに固定―――ドゥーエも巻き
込まれますが、よろしいのですか?』


 一瞬、間が空いたのは彼女の意思表示の現れだろう。無論、自分とてやりたくはない。親
殺しはともかく子殺しというのは後味の悪いものだから。
 だが、それも目的の為に、
 ―――犠牲にするさ。当然だろう?
 必要だというのならば、


「・・・・仕方ないだろうね。」
『術式起動―――時空間転移魔法陣稼動開始』


 その右手に持った撥(バチ)の先から伸びる光刃を中心に魔法陣が広がっていく。
 魔法陣の表面を紫電が走る。紋様は複雑怪奇。ミッド式でもあるようで、ベルカ式でもあ
るような――スカリエッティがこの時の為だけに製作した術式。
 帯電し、紫に輝く、魔法陣―――広がる。広がる。広がる。際限なく広がっていく魔法陣。
広がる速度は秒を置いて等比級的に加速する。
 一秒で10m広がっていく速度が、次の一秒では100mに、次の一秒では1000mに、
次の一秒では10000mに――――ほどなく、それはミッドチルダそのものを覆い尽くす
ほどの広さへと。


「ウーノ。」
『了解しました。』


 以心伝心。光刃を振り下ろす―――魔法陣が降下する。地面まで数秒も掛からず降下。そ
して、光の柱がミッドチルダの方々で上がり出す。
 ミッドチルダ全域でスカリエッティが行った、もしくは扇動した襲撃、及び突然現れた死
者の出現箇所。
 その全てを繋ぐと現れる二重の同心円―――魔法陣はそれをなぞっている。


『接続開始。魔力蒐集及び結合開始―――終了。』


 光の柱が分解し、砕け散り、光の粒へと変化し、流れていく。


「アクセス。」


 上空から俯瞰するスカリエッティには“その光景”がよく見えていた。
 魔法陣を走る光。それは砕け散り、空を走る光の柱のなれの果て。ミッドチルダに充満す
る憎悪、悲哀と言った怨念―――つまりは負の想念。
 それらが世界を走り、加速し、螺旋を描き、一つところに向けて収束して行く。


『時空間接続開始―――座標軸固定。プラス方向7978608000sec。』


 言葉の意味は彼ら以外には誰も知りえない事実。どうして、CEと言う次元世界が見つか
らないかと言う理由。
 光が収束する。螺旋を描き、世界を満たし、一つところ―――シン・アスカに向かって、閉
じていく。
 仮面の下の表情は窺い知れない。スカリエッティが何を思い、何を考えているかは誰にも
分からない。


「クジラビトはもはや不要だな。」
 放たれた言葉だけが空に消えていった。

 目前で鬩ぎ合う朱と白。そして、上空から降り注ぐ金色の雪と、空を割って現れた巨大な瞳。
 理解出来ない状況には数多く出会ってきたが、これはその中でも極め付けだった。
 無言で魔法を放ち、自分達の前に立ち続けるシン・アスカ。そして、嗤いながら手元の銃か
ら光熱波を放ち続ける仮面の鎧騎士と後方の巨人。


「・・・・・ふふ、もう、終わりね。」


 自分の後方でドゥーエが力なく笑う―――自嘲の微笑み。全てを諦めた、昔の自分のよう
な微笑み。


「・・・・違うな。これからや。」


 吹き荒れる暴風。紫電が飛び回り地面を抉る。杖を両手で握り締め、地面に突き刺した。
風や紫電に吹き飛ばされないように。


「まだ、何にも終わってないんや。」


 そう、呟き、一歩一歩歩き出す―――シン・アスカの元へと。
 守る、と言ったのだ。あの男がどう思って、何を考えていようと関係無い。大方、守られ
てはいけないとかそんなことを考えたのだろう。
 あの男にそういった釘を打ち込んだのは他でも無い自分なのだ――その程度、手に取るよ
うに分かる。
 だから、歩く。走れば転んで立ち上がれない。この風の中で一度倒れれば自分立ち上がる
ことなど出来そうにない。
 本来ならこんな状況にはならないはずだった。こんな矢面に立って戦うなど自分の領分で
は無いからだ。予定では背後に辿り着き次第、 フレースベルグの全力掃射を相手に気づか
れる前に放ち叩き潰す予定だったのだが―――殺されそうになっているシン・アスカを見た
瞬間、全てが吹き飛んだ。
 守らなければならない、とそう思った。
 ヒーローになれるかもしれない、もしかしたら誰よりもそれに近づけるかもしれない。自
分の夢を叶えてくれるかもしれない。そんな男を死なせたくなかったから。
 その結果がこの体たらくだ―――だが、だから諦めていい道理にはならない。そんな程度
の障害で諦めるような覚悟は既に無い。


「・・・・諦めたらな、そこで終わりなんや。」


 それが見栄だと分かりきっていても、歩みは止めない。死ぬことになっても諦めたくは無い。
 杖を地面に突き刺しながら歩く。近づき、シンの手助けをする為に。ユメを守る為に。絶
対に諦めない為に――――前に立つ人影。シン・アスカとは違う人影。前を見た。
 ―――“元凶”がそこにいた。
 全ての始まりの女。自分にとっても、そして恐らくはシンにとっても。


『――――そうですね。主は、そういう人だから、私を救ってくれた。』


 声の調子は穏やかで、それはあの時聞いた声とまるで同じ、どこか悲しげで、満足して―――


「り、いん・・・・っ!?」
 凄まじい爆音。気がつけば空が白く光っている。周囲を駆け巡る巨大な光。


「今度は、なんや・・・!?」
『時空間転移です。主はやて。この魔法の完成の為にスカリエッティはシン・アスカを利用
した―――私が送り込んだシン・アスカを。』


 輝きが更に強くなる。耳をつんざく爆音。その中でリインフォースの声だけが不思議に耳
に届く。


『そして、この転移によってこの場にいる人間は全て跳ばされる。シン・アスカの“時代”
――コズミックイラへと。そして、羽鯨の餌として彼は消える。』


 輝きが強くなっていく。白で染められた世界。何も見えないほどに、周囲の光景が全て分
からない。


『けれど、その結果としてこの場にいる貴方は死んでしまう。私はそれが嫌で変えようとし
たと言うのに・・・・因果なものです。貴女がそんな思いを許さない人だってことを失念してい
ました。・・・・だから、私は私の不手際を拭います。』


 悲しげな声。顔は見えない。瞳を閉じても白に染め上げられて何も見えない。


『――――生きて、そして此処に帰ってきて、夢を叶えてください。私は貴女の幸せを願っ
ています。』


 輝きの中でリインフォースの魔力が膨れ上がる。


「リイン!?どういうことや、リイン!!リイ・・・・」
 輝きが強まる。意識を押しつぶす光の圧迫感。どこか遠くに飛ばされる―――。

『それは、お前には過ぎた力だ。』


 それは不思議な声だった。視界は純白に染められ、耳は爆音に埋められ、感じ取れる現実
は未だに魔力を放ち続け、快感にも似た一体感を生み出し続ける右手だけ。そんな声など聞
こえるはずもない場所で、“静かに”耳に届く声。どこかで聞いたことがある女の声―――今
の自分にはそれが誰かを思い出すような余裕はない。
 クルーゼの声がした。爆音に遮られて何も聞こえない――はずなのにその声もまた耳に届
く。内容はよく理解出来ないけれど。


『―――なるほど。キミが来たか。』
『私のことを知っている・・・・なるほど、羽鯨の遺伝子を身体の中に入れたのか。』


 女が呟く。吹き荒れる魔力の奔流、白く染まる輝き、耳を壊す爆音など意にも介さず淡々と。


『ふふ・・・・流石は夜天の書の意思。その程度は見抜けるか。ならば、どうする?場所を変え
るか?だが、それではキミの望みとは違い世界は滅ぶぞ?』
『・・・・我が主はそれほど脆弱ではない。同じく、この男もな。』


 右腕に何かが触れた。温かい感触―――恐らくは女の手。右腕から生み出され続ける一体
感が消えていく。


『――――主を頼むぞ、シン・アスカ。』


 声がした。光が輝く。全てが掻き消える。意識が途切れる―――。

 立ち昇る光の柱。割れた空の中心に位置する“眼”に向かって伸び、吸い込まれていく。
 輝き、そして―――世界が、白く染まった。

 輝きが消え、曇天が空に舞い戻る。
 眼は既に無い。同時に世界は既にいつも通りを取り戻している。
 クルーゼの前には誰もいない。
 シン・アスカも、八神はやても、ドゥーエも、そして―――


「・・・・クルーゼ、よろしかったんですの?」


 声。クルーゼのよく知る声。
 振り向く―――紫のラバースーツに身を包んだ眼鏡をかけた女性。ナンバーズ・クアットロ。


「よろしいも何も、あの状況では私にやりようなどは無いさ。あの女と戦って勝てるなどと思
えるほど私は自分を過大評価は出来ないよ。」


 肩を竦めながら、クルーゼは笑いながら呟く。鎧は既に消している――後方を振り向く。


「・・・それにレイはあちらについていったようだしね。これはこれで良しとしようじゃないか。」


 後方には既にレジェンドはいない。“彼”の使っていたドラグーン―――ガジェットドロー
ンを再構成したモノの残骸だけがあちらこちらに散らばっている。


「帰ってくると思います?」


 クアットロが右手を差し出す。その手に握られているのは先ほど取れた仮面――ラウ・ル・ク
ルーゼがラウ・ル・クルーゼである為の境界線。


「・・・・当然だ。でなければ面白くはないさ。」


 呟きながら、それを手に取り、再び顔につける。
 前を見る――口元に亀裂のような醜悪で邪悪で優美な笑いを浮かべたクアットロがいた。


「それで、これからどうするのかしら?」


 答えなど決まっている。そして、それを知った上で聞いているのだろう。
 滅びにしか辿り着かないこの身体がどんな滅びを生み出すのかが愉しみで堪らない――そん
な暝い欲望。


「クジラビトを起動し、“彼女”に対する処置を早める・・・そして、“準備”を始めよう。」


 言葉を口にした瞬間、胸の奥から湧き上がる情動―――胸が熱い。身体が熱い。


「見たいだろう・・・?この世界が終わる様を、全てが終わる様を、世界が滅びに嘆く様を―――キミ
も見たいだろう?」


 クアットロの金色の瞳と視線が絡まる。刺す様な、それでいて絡みつく蛇のような視線。艶
かしさを感じさせる瞳。


「――当然ですわぁ、ディアフレンド。」


 二人の姿が霞んでいく――空気に溶け込んでいくかのように程なく、消えていく。
 ―――こうして、物語は“一旦”幕を閉じる。
 滅びの幕が上がるまではあと少し。
 ■が落ちるまではあと少し。


/預言


 ―――その日、預言が新たに記された。
 これはその預言の一節である。


 英雄達は死した王の元に集い、死した王は英雄と死者達と共に戦いに赴く。


 嘆きの雨はそれでも止まない。世界は虚しく崩れ落ち、終末の鯨が世界を喰らい尽くす。


 されど、朱い炎は消えはしない。運命を否定し、その全てを破壊する。


 ―――物語は終わらない。その全てを救うまで、物語は終わらない。


/幕間
 そこで、“私”は眼を覚ました。
 起きて直ぐに思ったことは“寂しい”だった。
 何か、頭の奥から大切なモノが抜け落ちたような感覚。
 眼を開けてまず見えたのは瓦礫の山。そして、自分を見下ろす仮面の男。
 どこか、“彼”と似た雰囲気を持つ―――そこで首を傾げる。“彼”とは誰だろう。すんなり
とその言葉が出てくるのに、それが誰なのか、分からない。


「・・・・起きたようだね。」


 言葉は柔らかく、どこかに刺々しさ――を感じさせる。警戒しているのだろうか。
 無論、そう言っている男の風体も怪しいと言えば怪しすぎる。
 黒いトレンチコートに銀色の仮面。そして、男が背負う蒼い髪の一人の少女―――それは見覚
えがある少女だった。


「・・・スバル!?」


 少女の名前はスバル・ナカジマ。機動六課スターズ分隊の一員にして、“自分”の仲間。
 男は笑いながら呟く。


「何、死んではいない・・・・約束でね。彼女を絶対に死なせないようにと預かっているのさ。この
まま、安全なところまで連れていこうと思っているんだが・・・・さて、何でキミがここにいるのか、
教えてくれないかな、フェイト・T・ハラオウン?」


 仮面の男がどうして自分の名前を知っているのか、怪訝に思った。
 ―――その事実に何故か喪失感を覚える。
 私の名前はフェイト・T・ハラオウン。
 機動六課ライトニング分隊の隊長にして――未だ、“恋”をしたこともない一人の女だ。



 右腕が痛い。頭が痛い。胸が痛い。右腕がどうしようも無いほどに痛い。
 夢を見た。
 夢の類は悪夢。この身を蝕む悪意そのもの。


 ―――君はねえ、シン・アスカ。本当は憧れたのさ。君の家族を薙ぎ払ったモノに。
 黙れ。
 ―――エリオ・モンディアルが言ったろう、君は何も守れないと。
 黙れ。
 ―――だから、私を殺したいのならな、シン・アスカ・・・・今のキミなど歯牙にもかけない真実(ホン
トウ)を見つけて、劇的な変化をすることだ。私が想像もつかないような変化をな。


 耳を塞いで、もっと深い眠りに落ちる。二度と起きないほどに深い眠りの中へ。
 もう、十分だろう。楽になればいい。
 誰も守れなかった。
 ギンガさんもフェイトさんも八神さんもフェスラも、自分の周りにいた誰かを全て死なせた。
守れなかった。
 そうして、最後は自分も死んだ。
 何も出来ずに、誰を守ることも出来ずに、無駄死にした。その結果には満足出来ない。だけ
ど、それで十分だ。誰かを守って死ねる。それだけで十分過ぎる―――本当に?
 心のどこかで誰かが呟いた。
 眼を開けた―――どこか知らない場所で眠る自分がいた。眠る場所はベッド。そこに眠る自
分を見下ろしている三人の人間―――レイ・ザ・バレル。マユ・アスカ。ステラ・ルーシェ。
 手術台でこれから手術を待つ患者と医者のように彼らは自分を見下ろしている。
 自分の罪の具現―――守れなかった誰かそのもの。
 彼らは一様に自分を見下ろしている。
 悲しそうに見下ろしている。
 レイが口を開いた。何かを言おうとしているのだろう―――けれど、耳が壊れてしまったの
か、聞こえない。彼が何を話しているのかも聞こえない。


「――――。」


 返事を返そうにも身体はまるで動かない。口も、腕も、足も、どこも動かない。


「―――――。」


 レイが口を閉じて、瞳を閉じて―――開く。ステラとマユに眼を向けた。二人は、悲しそう
に、けれどどこか納得したように笑って、頷いた。


「・・・・まだ、何も終わってはいない。“彼女達”はまだ死んではいないのだからな、シン。」


 そんな声が聞こえた―――。

 眼が、醒めた。
 起きて直ぐに目に入ったのは桃色の髪の毛―――それは、決して忘れられない色合い。


「・・・・・・あらあら、お目覚めですね、シン?キラ、シンが起きましたわよ・・・・キラ?」


 眠そうな眼をこすりながら現れる、“エリオ・モンディアル”と同じ顔をした男。


「・・・・ああ、シン、起きたんだ。」
「・・・・キラ・・・ヤマト・・?」


 意味が、分からなかった。

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 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

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