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空想垂れ流し 52.Sin in the Other World and World~Injection~(p)

52.Sin in the Other World and World~Injection~(p)

◇ 
 電車から出て、真っ先見えたのは真っ赤な空。
 遠方の空が赤く染まっていた。
 避難警報が出て以来クラナガンには関係者以外は立ち入り禁止となっている。
 当然だ。危険区域に一般人が近づかないようにするのは当然の措置だ。
 この電車に乗る時、周りの人々は自分のことを哀れむような目で見ていた。
 その電車は物資等搬入用の電車だったから。管理局の事務員の制服を着た自分はさぞや浮いていたことだろう。
 どうして、乗ったのか。どうして、ここにいるのか。
 自分でも分からない。

「・・・・なんで、来たんやろな、私。」

 避難警報が流れている。管理局員が避難場所へと誘導しているのが見えた。
 ―――襲撃があることは知っていた。けれど、自分は逃げ出した。
 友達を失くした。
 部下を失くした。
 死なせたのは初めてだった。それが身近な人間だったのが良い事なのか悪い事なのかはさっぱりわからない。
 二人の死体を見て、自分はただ泣くことしか出来なかった。
 枯れ果てるほどに泣いて、泣いて、泣いて、その後はただ、呆然と言われるがまま、指示に従った。意識が考えることを拒否していたのだろう。気がつけば、更迭され、辺境で管理局の窓口をやっていた。
 仕事の引継ぎ等は完璧にしていたらしい。ヴェロッサからそういった旨のメールが来ていた。
 呆然とした思考のままでも仕事は完遂する。そんな自分に苦笑することもなかった。どうでもよかった。
 それから一週間。
 若くして二等陸佐となって、そこからの左遷。左遷先はそれまでとはまるで意味合いの違う部署。単なる各次元世界からの意見の窓口程度。平たく言えば、単なる駐在と変わらない。
 周囲からのやっかみも当然あった。仲間外れと言うほどでは無いが、空気そのものはそれに近かった。けれど、それは初めての経験ではなかったから別に何も思わなかった。似たような経験は何度もあった。機動六課と言う一つの組織のトップに20の小娘が立とうというのだ。その程度の経験は無い方がおかしい。

 ―――辛いのは目の前の仕事が“どこにも通じていない”と言う事実だけだった。
 自分がやっている仕事ははっきり言って、やらなくても良い仕事だ。
 時空管理局は慢性的な人手不足に悩まされている。管理世界の住人一人一人の悩み相談などをやっている人員も時間も存在しない。つまり、これは単なる意見の吐き捨て場。ここで集計された意見は管理局本局に送られ、“握り潰される”。実際、それで十分なのだ。時空管理局は管理世界の内政の全てを管理している訳ではない。よって、ここに集計されたような意見はただ現地政府に任せればそれでいい。やる必要が無い職務。つまり、体の良い窓際そのものだ。
 10年。幼い頃から数えれば10年と言う歳月を管理局で過ごしてきた。見た目の若さとは逆に八神はやてのキャリアは決して短い物では無い。
 その結末がこれだった。
 左遷先で仕事を懸命に頑張ったとしても、その先には何も無い。ただ、ここで飼い殺しにされるだけ。
 元次元犯罪者には似合いの末路なのかもしれない。そう思った時、何もかもがどうでも良くなった。だから、仕事に没頭した。
 幸いなことに仕事は十二分に溜まっていた。ここに“流されてきた”人間はこの場所の意義を十人分に理解していたらしく、まともに仕事などしていなかった。
 溜め込まれた書類はそれこそ十数年を軽く超える量だった。八神はやて一人がどれだけ頑張ったところでどうにもならない量だ。
 夜の12時を超えるまで書類整理に没頭した。誰もそれを止めなかった。
 同僚は言った。ここに来た当初は誰もがそうすると。そして、いつか諦めて流されていくのだ、と。
 その通りだと思う。やがて自分もいつかは流されていくのだろうと思った。
 寮に帰れば倒れ込むようにして眠った。シャワーを浴びない日もあった。泥のように眠って、起きては仕事を繰り返す。おかげで余計な雑音は耳に入らなかった。
 毎晩毎晩見る夢の内容は無視した。どうでもいいことだと、そう思ったから。
 夢の内容はシン・アスカの夢。
 彼をここに誘った誰か――リインフォースが見えた。彼が見た映像は彼女が自分たちの前からいなくなった時のこと。
 繋がるはずの無い点と点。恐らく、シン・アスカと言う人間がミッドチルダに来たことも、ジェイル・スカリエッティが脱獄したことも全ては無関係では無い。
 全て、あの日から――リインフォースが絡んでいることは“間違いない”。
 リインフォースは消えた。それは間違いない。だが、ならばどうして――どうでもいい、と思った。それがたとえ誰の記憶で、全ての始まりだとしても、自分はもう関わりたくなかったから。それがもっと早くに見えていれば、そう思うこともあった。
 けれど、全ては遅すぎた。二人は死んだ。自分は失敗した。
 そのまま、そこに埋もれて行く事を望んだ。だから、左遷を受け入れた。それまでのキャリアに泥を塗ることを望んだ。逃げ出したかった。
 それだけしか考えられなかった。それが、どうしてここにいるのだろうか。
 襲撃があることは知っていた。けれど、その内容は知らなかった。言われなかったし聞かなかった。しがらみに縛られる前に逃げ出したから。
 それで良かった、はずなのに。
 メールが届いた。差出人は分からない。内容は襲撃の規模とその内容。恐らく今回出撃する誰かでなくては分からないような内容ばかりがそこには羅列してあった。
 自分は、それを見た時、すぐに走り出した。
 衝動的なものだろう。きっと行けば後悔する。役立たずで何も出来ない自分はきっと後悔する。
 そう分かっていて、そんな確信を抱いていながらも自分は走り出した。
 メールの文面の最後にはこう記されていた。
 “主役が来ないでどうする?君が壊したシン・アスカはまだ折れていないぞ?”と。
 誰からのメールかは分からない。けれど、それがどうしても看過出来なかった。
 “シン・アスカは折れていない”と言うその言葉が。

「・・・・大体、来てどうするつもりやったんや、私は。」

 足早に避難所に向かいながら、はやては紅く染まる空を見た。
 出来ることなど何も無い。そう、思いながら。


 拳戟と剣戟が鳴り響く。砲撃が鳴り響く。轟音が鳴り響く。
 大剣(アロンダイト)と大剣(インパルスブレード)がぶつかり合う。そのまま鍔迫り合いに移行しようと力を込めてくるトーレ。力任せにインパルスブレードを弾き、その場から離れる。
 シンがそれまでいた場所を貫く音速で放たれた長剣。セッテの攻撃だ。放たれる瞬間に移動することで回避しているが、実際いつまで続けられるかは分からない。
 周囲の空間が歪んだ。移動速度を加速し、一気に歪んだ箇所を突き抜ける。次瞬、雨の如く降り注ぐ赤いレーザー。クアットロの攻撃。
 前方にドラグーンが接近。デスティニーを大砲(ケルベロス)に変形。砲口を狙って発射。同時にドラグーンもビームを発射する。発射と同時に互いに回避。すれ違い様に大剣(アロンダイト)の一撃を叩き込むが、装甲に弾かれた。
 貫けなかったと言う事実に舌打ちをしつつ、下方から迫るドゥーエの一撃に備える。彼女がフェイトのライオットザンバー・スティンガーそのものと言っていいカタチの双剣を振るわせた。
 大剣でその一撃を受け止め、弾く。開いた懐に向けて突進。ドゥーエの左膝がギンガを思わせるが如く跳ね上がった。咄嗟に身を逸らし回避。続いて左足のつま先がシンの顎目掛けて駆け上がる。後方に倒れこむ勢いで更に身を逸らし回避。
 跳ね上がったドゥーエの左足が一気に落下、空中に精製されたウイングロードを踏み込んだ。両の手に得物は既に無い。左肩を前に出し右腕を引き絞った構えは即ち右ストレートの構え。彼女の“右手”を中心に魔力が螺旋模様に渦を巻く。
 全速で後退する。その瞬間、ドゥーエのリボルビングステークに酷似した右ストレートがシンに向かって突き進むも、後退が間に合い回避に成功。
 息を吐く暇は無い。右方から再びトーレが迫っている。インパスルブレードが巨大な爪へと変化した。大剣(アロンダイト)をケルベロスⅡへと変形し、魔力弾の連続掃射を放つ。
 こちらの行動に反応しインパルスブレードが再び変化。今度は盾。両の手に1.5mほどの高さと1mほどの幅を持つ紅い魔力で精製された盾が現れた、が、構うことなく掃射。動きを止める。トーレの動きはこちらの動きに追随するほどに速い。反応速度にそれほど差は無い。
 上空から迫り来る何かをデスティニーのセンサーが感知する。
 視線を上に向ければレジェンドのドラグーンがこちらを狙っていた。
 ケルベロスⅡの掃射を止めて、大砲へと変形。左手で取っ手を掴み、一気に上空へと疾走。すれ違う前にケルベロスを発射。導かれるようにドラグーンの砲口を貫く朱い光。爆発。ドラグーンが破片を撒き散らしながら墜落していく。
 瞬間、ドン、と背中に衝撃。吹き飛ばされた。空中を溺れるようにして、落ちていく自分。続いて痛み。熱さを感じた。思わず、顔をしかめる――歯を食いしばってその痛みを堪えた。
 落ちていく自分に追い縋り、大剣状に変化したインパルスブレードを振り被るトーレがそこにいた。インパルスブレードがシンの背中を十文字に切り裂いたのだ。魔力消費を度外視して防御を固めていたおかげで、肋骨か背骨のどちらかが折れた程度で済んだらしい。
 修復を開始。痛みはあるが無視。痛覚があるのがもどかしい。

「私たち4人相手に渡り合いながら、レジェンドを気にする余裕があるとはな。」

 大剣(アロンダイト)と大剣(インパルスブレード)が激突した。鍔迫り合いに持ち込もうとするトーレ。刃を滑らせ、後方に受け流し、身体を入れ替える。
 トーレの言葉を無視。答える必要は無いし、そんな余裕は無い。戦闘に没頭する。
 目前に見えるだけで10本の長剣が見えた。全てこちらに向けて放たれた連続投擲の嵐。一撃必殺の威力を持つソレを受け止めるだけの力はバリアジャケットには存在しない。回避するならその群れごと回避するしかない。無理矢理、下方に加速しながら落下する。急激な加速で脳への血流が阻害された。視界が黒く染まり、全身に倦怠感が生まれる。デスティニーのセンサーが取得した情報によって形成される擬似的な視覚に移行する。同時に酷い頭痛と吐き気が込み上げて来るが無視。頭痛は放っておけば治るし、吐きながらでも戦いは出来る。どの道、何も食べて無いのだから吐き出すものなど胃液くらいだ。それでも顔にかかれば目潰し程度にはなる。
 連続で放たれた長剣の群れを回避するも、二の矢、三の矢が続けて放たれている。落下速度を速め地面に向けて突撃し、二の矢、三の矢も回避する。
 落下予想箇所の空間が歪んだ。それを確認した瞬間、考えるよりも早く反射的に軌道を変更。落下予想箇所で放たれる熱線(レーザー)の雨を横目に攻撃の主であるクアットロを探し出す。眼では彼女の場所は分からないのでデスティニーのセンサーも使用しているがまるで確認が出来ない。遠方でドゥーエが右手を突き出すようにシンに向けて構えているのが見えた。掌が紅く輝き放たれる砲撃を回避。

 何度も何度も繰り返される光景。
 トーレの接近戦を中心とした徹底した一撃離脱が彼女達の主たる戦法だった。
 恐らく誰かが状況を俯瞰した上で指示を出しているのだろう。でなければ、こんな全ての状況を理解したかのような連携、出来はしない。
 巨大斬撃武装(アロンダイト)が無いことが悔やまれた。
 この状況をシンは何度か味わっている。これは先ほどシンが殺したウェポンデバイス達との戦闘に酷似しているのだ。違いがあるとすればそこにレジェンドと言うモビルスーツが入っていることくらいだ。
 それゆえ状況を変える為に、巨大斬撃武装(アロンダイト)ほど適当な武器は無い。どんな相手であろうと当たれば殺すあの武器は状況を打破するには最適な武装だからだ。そして、シンの右手に眠る全てを砂塵に変える搾取の眼(エヴィデンス)も。

(巨大斬撃武装はもう使えない。エヴィデンスも使えない。使える武器はデスティニーのみ。)

 思考に沈み込む。そして澄み切った思考とは裏腹に肉体は冷静に冷徹に稼動する。戦闘を継続する。

(どうする。)

 戦力差は圧倒的とまでは言わないが良くは無い。むしろ、こちらが悪い。
 レジェンドが敵である以上こちらが確実に勝っているのは速度と致命傷を回復出来ることのみと言って良い。
 それに前提条件も違う。ナンバーズはシンの動きを止めればその時点で勝利なのだ。動きの止まった所を狙って放たれるビームライフル、ドラグーン、バルカン等のレジェンドの持っている武装は人間一人を肉片や消し炭に変えることなど造作も無い。
 ならばどうすればいいか。簡単なことだ。
 攻撃を受けないこと。ドラグーンにロックオンされないこと。この二つを常に行い続ければいい。それだけの話だ。
 それで戦闘は継続する。彼女達とレジェンドは延々とシンとの戦闘に付き合うことになる。
 シンの目的は自分以外の誰かに被害を出させないことだ。これは初めから変わらない。
 それを完遂しようと言うのなら、このままで良い。はっきり言えばこの膠着を長引かせれば長引かせた分だけ味方は撤退していくのだから。それだけに集中すれば、たとえ攻撃を受け致命傷を受けたとしても戦闘を長引かせるくらいのことは出来る。少なくとも味方が全て撤退するまでは。
 既にヴェロッサへの通信は終えてあり、今頃は全局員に撤退命令が出ているはずだ。シンがやっていることは単なる時間稼ぎであり、決して勝利しようなどとは思っていない。大体、そんなことは不可能だ。
 勝てるはずが無い。きっと、ではなく、確実に、シン・アスカはここで死ぬ。それは間違いない。
 実際、死ぬのは良いのだ。むしろ、誰かを守って死ねるなら願い通りだから感謝したいくらいだ。
 だが、死ぬのなら全て片付けて綺麗に死んでいかねばならない。死に綺麗も糞も無いだろうが、そうでなくては、自分が死んだ後に誰かが死ぬ。
 自分の死後に誰が死のうと関係ないといえば関係ないだろう。だが、やはり“守れない”のは嫌なのだ。それがたとえ、自分の死後のことであろうとも。
 そして、それゆえにシン・アスカは考える。戦闘を継続し、味方の撤退を待つのは一歩目でしかない。
 理想、というか、絶対にこの場にいる敵には自分と刺し違えて死んでもらわなければならない。仮に、あのレジェンドの中にレイ・ザ・バレルが乗っていたとしても、それは変わらない。

(だったら、どうする。)

 トーレと空中で交錯しながら剣戟を繰り返す。爪と大剣を織り交ぜた連撃の嵐。それを回避し、けれど離れることなく、彼女を盾にするように位置取りを繰り返し、交錯を繰り返す。
 刺し違える為の最も簡単な方法はレジェンドに乗り込み自爆させることだ。
 どんなに強力と言えどモビルスーツはモビルスーツ。兵器であることに変わりは無い。
 だから、あのコックピットに誰が乗っていようとそいつを殺して、自分が操縦し自爆させる。あのレジェンドに自爆シークエンスが備えられているかは分からないが試してみる価値はある。
 無論、それはナンバーズの連携を全て掻い潜り、レジェンドの懐に踏み込むことが出来ればの話だ。
 回避に徹し、攻撃を最小限に留めることで、戦闘を継続していると言うのにそれとは真逆の方法を取らなければいけない。
 動きを止めることなく、確実に回避を行い、敵機に近づく。それを5対1で行わなければいけない。
 後退しながらの回避と前進しながらの回避では危険度に雲泥の差があるのだ。このまま突進したならば確実にレジェンドの攻撃を受けて死ぬ。
 死にたい訳ではないが生きていたい訳でもないので恐怖は無い。どうでもいいと言うのが本音だった。
 元々、この世界に来る際にシン・アスカは一度死んでいる。それが何を間違ったか、ここまで生き延びただけ。
 シンにとって、“あの戦争”が終わってからの闘いは全て、いつ、どこで、終わってもいい戦いでしかない。
 死んでないから生きていた。願いがあったから必死に戦った。叶え続けたいから懸命に戦った。生き延びたのはその結果。
 だから、死ぬのは怖くない。
 いや、むしろ、目的を達成する為に“死ぬこと”が必要ならば、死ぬことにすら没頭するだろう。
 シン・アスカにとって自分の命など消耗品の一つに過ぎないのだから。
 問題なのは刺し違えないまま死ぬことだ。そんな考えを持っていたからか、自然と思考の向きは刺し違える方向に向けて進んでいく。
 一つ目。ナンバーズを撃破後、レジェンドとの戦いに持ち込む。これは不可能だ。ナンバーズとの戦闘に集中した場合、確実にレジェンドからの奇襲に対応しきれない。
 二つ目。この状況を限界まで続け、相手が疲弊するのを待つ。愚の骨頂だ。思いついた自分を殴りたくなってくる。相手が疲弊して集中力を切らす前にこちらの集中力が切れて殺されるのが関の山だ。1対5という状況は敵よりもこちらの集中力を多大に削る。
 こちらが勝っている点は「速度」と「回復力」だけ。
 極論を言えば、シン・アスカは致命傷を食らっても動きを止めなければ問題ない。
 それがシン・アスカの持ち得る最大のメリットであり、武器ともいえる。
 故にその二点を突き詰めて考えていけば、正解は自ずと一つしか残らない。
 無論、その正解も十二分に愚策だ。
 だが、現状でそれ以外の方法は思いつかないし、何よりもその正解は自分自身の性にあっている。
 デスティニーに念話を繋げる。

【デスティニー、あいつらの攻撃に何発までなら耐えられる?バリアジャケットの強度を最大に設定してだ。】

 その問いにデスティニーが一瞬言いよどむ雰囲気を感じ取る。

『・・・・空間から発射されるレーザーに関しては同一箇所につき4発。ビーム兵器と投擲に関しては当たれば終わりです。大剣は1回。それ以上はバリアジャケットが耐え切れません』

 投擲とビーム兵器は当たれば終わり。トーレの大剣に関しては1回だけ耐えることが出来る。クアットロの熱線に関しては同一箇所にさえ当たらなければ最も長く耐えられる。

【耐え切れなくなった場合バリアジャケットの修復にかかる時間は?】
『・・・・3分あれば。ただし完全な修復ではなく応急処置程度です。その場合先ほどの数値を大幅に下回ります。』
【具体的にはどのくらいだ。】
『レーザーが2発。ビーム兵器、投擲、大剣は防ぐことは出来ません。』
【分かった。】

 耐えられる回数を頭に叩き込む。
 目前に迫っていたドゥーエの一撃。ライオットザンバー・カラミティに酷似した双剣を大剣(アロンダイト)で力任せに弾き飛ばす。続いてセッテが狙いをつけるのを確認。その前方でトーレが構えた。
 トーレに向かって、最高速度で突進。大剣を振り被る。トーレもまた両手を組んで一本の大剣状に変化したインパルスブレードを振り被る。大剣にぶつけるつもりなのだろう。気にせず突進。速度は緩めない。

「はあああ!!!」

 トーレがインパルスブレードを振り下ろす――大剣は振り被ったまま。
 そのまま突撃。トーレの一撃を完全に無視する。バリアジャケットに流している魔力を、トーレの予想斬撃箇所のみ高める。彼女の斬撃ががら空きの胴を、右から左へ抜けていく。
 激痛。ごきっという鈍い音。肋骨が折れた。顔をしかめる。トーレの表情に驚愕が浮かぶ。
 そのまま大剣を振り下ろした。がきん、という鈍い金属音。咄嗟に彼女の左手の紅い光が盾状に変形している。そのまま、振り切った。折れたであろう肋骨に激痛が走るが奥歯を食いしばって堪えた。奥歯が軋む音が聞こえた。

「ぁあ!」

 呻き声のような意味の無い叫びごとトーレを吹き飛ばす。そのまま弾丸の如き速度で地面に激突。爆発。噴煙で彼女の姿が見えなくなった。防御されたことを考えれば殺すことは出来なかったが少なくともしばらくは戦闘不能だろう。
 自身の腹部を見ればバリアジャケットの腹部は大きく切り裂かれ、細く赤くミミズ腫れしているのが分かる。ズキズキと痛みが走る。バリアジャケットの修復には少なくとも3分はかかるとデスティニーは言った。被弾回数を脳裏で確認し、下に向けていた視線を前に戻す。

「お前・・・!!」

 静かに憤怒を込めてセッテが呟いた。振り被って虚空に手を差し込む。空間に波紋が生まれ、そこから指と指の間に長剣を挟んで引き抜き、放つ。同時に8本。時間を置けば数量は更に増えていく。同時に胸の中心、心臓のある部分が紅く輝き出している。

 ――何かをしようとしている。ならばその前に倒す。

 投擲は一撃必殺。当たれば致命。
 嵐の如く放たれた長剣が襲い掛かる。
 フラッシュエッジを引き抜き、セッテに向けて二本とも投擲。弧を描き、僅かな時間差でセッテに迫る二刀の曲剣。同時に大剣を大砲に変形させ、魔力収束発射。炎熱変換された朱い魔力がセッテを突き破らんと大気を焼きながら突き進む。

「・・・・舐めるな。」

 小さく呟き、セッテが手に持ったブーメラン型の双剣。本来の彼女の得物であるブーメランブレードでフラッシュエッジを打ち払う。同時に前方より迫る朱色の砲撃を身を翻して回避――そこに大剣を振り被ったシン・アスカが迫っていた。

「な・・・くぁ!!」

 驚愕の呟きを上げる暇すら与えず、大剣を叩き付けた。ブーメランブレードで受け止められた。構うことなくそのまま振り抜いた。トーレと同じく吹き飛ぶセッテ。地面に激突し昇る噴煙。フラッシュエッジが、デスティニーへと舞い戻り、収まっていく。
 残るは二人。クアットロとドゥーエ。どちらも致命傷になるような一撃は放てない。捨て置いても構わない類だ。
 そう思いドゥーエに眼を向けた。彼女はこちらに向けて右手を突き出している。それは砲撃魔法の構え。紅い魔力が収束する。シンのケルベロスと同じ炎熱変換された魔力砲が放たれた。
 射線から身をずらし回避。周囲の空間が歪む。クアットロの熱線が放たれる予兆だ。付近を視認し、デスティニーのセンサーで索敵を行うも彼女の場所は分からない。
 シンの移動先を予測してさながら、アーチの如く移動方向の先で空間が歪み出す。歪んだ後に熱線が放たれると言うならば、歪んだ瞬間その場所を突き抜ければ問題は無い。よしんば当たっても一度では死なない。連続4発までは耐えられるとデスティニーは言った。逆に言えば5回目までは回避しなくて良いと言うコトだ。
 一瞬、思考の後にクアットロの熱線を無視することに決め、そのままレジェンドに突撃する。
 風が頬を流れていく。髪がなびく。世界が流れていく。一瞬でも眼を瞑ればどこに突き刺さっているかも定かでは無い超高速の世界。
 後方からドゥーエが迫り来るのを感じ取る。
 全て無視。攻撃されるよりも、追いつかれるよりも、何よりも早くレジェンドに取り付きコックピットを破壊する。速度は圧倒的にこちらが上だ。
 歪みから放たれる熱線がシンの腹部を貫き、穴が開いたが、無視して加速。

「・・・・・っ」

 大剣を握り締める手に力を込める。
 レジェンドまでは僅かに数百m。コックピットハッチを力ずくで抉じ開けて、中のパイロットを殺して自爆させる。出来るかどうかなど知らない。やるだけだ。もし、自爆シークエンスが無いならその時はその時に考えれば良い。雑多な考えは捨てろ。

(これで終わりだ。)

 炎熱変換した魔力を刀身の先端に収束し、高密度に圧縮していく。
 レジェンドの装甲はVPS装甲。対衝撃、耐熱性能に関しては折り紙つき。少なくともシン・アスカの放つ砲撃魔法程度で打ち破れるようなものではない。だが、ビーム兵器程度の熱量を生み出すことがもし出来るとしたら話は別だ。
 数万度と言う熱量。それを人間の手で生み出すことは不可能だ。
 だが、人外の力ならばそれも可能かもしれない。そこに一縷の望みを賭けて突進する。

「デスティニー。」

 静かに呟く。

『アロンダイトインコンプリート。最大圧縮開始。』

 大剣の刀身が朱く輝く。際限なく、何度も何度も何度も、輝いては先端に収束し、輝いては先端に収束する。
 焔が収束する。寄り集まる。刀身の先端ただ一点にアロンダイトインコンプリートを構成する熱量を全て収束する。熱量が上昇する。大剣の温度が上昇する。持ち手を握り締める手の皮膚が焼けていく。近づくだけで全てを燃やす焔。構えるシンの髪が焦げていく――更に圧縮を加速。温度そのものを刀身の先端に収束する。朱い光だけが淡く漏れていく。それは爆発寸前の恒星の如く。
 レジェンドのコックピットハッチが近づく。
 制御限界を遥かに超えた魔力の圧縮。いつ爆発してもおかしくない熱量の高まり。主である彼自身がもっとも危険に晒されている―――無視。

「食らえ・・・・!!」

 叫びと共に大剣ごと激突する。温度を開放する。白熱する先端と赤熱する刀身。熱したナイフでバターを切るように装甲に刃が入り込む。装甲が赤熱化し、蒸気が立ち昇り、切れ目を入れていく。
 そのまま右に向けて横薙ぎ。技術も何も無く力任せに全体重と全筋力を込めて振り抜いた。装甲に横一文字に切れ目が出来た。だが、まだだ。まだ、コックピットハッチは破壊出来ていない。
 再度、装甲に突き刺す。温度を開放し白熱の先端と赤熱の刀身が装甲を食い破り、蒸気を上げながら切れ目が入っていく。今度は左に向けて横薙ぎ。身体ごと大剣(アロンダイト)を抱え込むようにして、振りぬく。切り裂かれた装甲。内部の様子が僅かに見て取れる。熱量が持つまではあと僅か。熱が消え去る前にもう一度刃を振るった。コックピットハッチの一部が三角形型に切れ目が入った。その隙間に左手を差し入れた。
 じゅうっ、という音を出して手が焦げる。皮膚が燃え出し、肉の焦げる臭気が溢れ出る。構わず掴んだ。

「ぎ、ぃ」

 呻きながら装甲を掴む左手に力を込める。筋肉が膨れ上がり、血管がハッキリとカタチが分かるほどに隆起する。

「あああああ――!」

 裂帛の叫び――もはや絶叫。
 力任せに左腕を動かし、コックピットハッチを“こじ開けた”。コックピットハッチの隙間が拡大していく。左腕の毛細血管が筋肉の膨張とそれに伴う血流の上昇に耐え切れずに破裂していく。
 時間は無い。後方からはドゥーエやクアットロが迫ってきている。同じくレジェンド本体の攻撃も迫り来る。
 内部から漏れる強烈な薬品臭を嗅ぎ取る――疑問が浮かぶ。何があるかなどどうでもいい。
 今、この一瞬を逃せば全てが無意味になる。大剣(アロンダイト)を構えた。赤熱は全て消えている。全身に倦怠感を感じる。限界を超えた魔法の行使の反動かそれとも別の原因か。どの道、先の無い自分には関係の無い話だ。

「これで」

 こじ開けたコックピットに眼を向けた。明かりが差し込んでいく。コックピットが露になっていく。大剣を振り被った。

「終わ・・」

 言葉が止まった。心臓が止まったようにすら感じた。瞳孔が開いた。焦点が舞い戻る。ごくり、と唾を飲み込んだ。
 時間が無い、と急いていたと言うのに身体が動かない。だが、そんなことはどうでもいい。それよりも、何よりも、そこに、信じられない人間を見つけた。いるはずの無い人間を。
 長く伸ばした金髪。端正な顔立ち。シン・アスカの戦友。彼に未来を託した男、レイ・ザ・バレルがそこにいた。
 服装は重度の精神病患者が着る拘束服。両腕が繋がり、普通の人生を送っていれば、まず縁の無い代物だ。
 だが、それ以上に信じられないのは、彼の口元や背骨の辺り、そして腹部や足、太股――人体にとって重要な内蔵がある各部から伸び、コックピット内部に繋がっている赤色のチューブだった。 
 眼にはアイマスクのような目隠しをされ、電気椅子に座る死刑囚の如く。

『ごぼっ。』

 口元から伸びるチューブに気泡が混じった。赤色に気泡が混じり昇る。色だけは綺麗な赤色だ。光景は目を背けたくなるような無残なモノだが。

「・・・レイ?」

 呆然と、そう呟いた。
 そこにいるのは紛れもなくレイ・ザ・バレルだ。シンが知っている彼とはあまりにも違い過ぎる姿ではあるが。

『あ゙』

 声にもならない声を上げながらレイが呻いた。

『あ゙、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙』

 呻きを上げるとチューブをごぼごぼっと気泡が通っていく。
 蝶が蜜を啜るようにして肉体に繋げられたチューブを紅い液体が流れていく。

「なん、で。」

 見れば手足の末端は紅い水晶で覆われており、床は粉々になった紅い結晶が散らばっている。

『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙』

 ごぼごぼっとチューブを気泡が通り過ぎていく。その速度が加速した。
 しゃがれたダミ声。本来の彼とは似ても似つかない。なのに、それが彼だと認識出来る程度に見知ってしまっている声。親友(トモ)の声。
 ぱきぱき、と何かが崩れていく。

「は、はは・・・・」

 思わず、笑いが漏れた。
 これは何だ?何の冗談だ?
 その笑いに反応してコックピット内に散乱している触手が蠢き出した。触手がシンに伸びていく。
 反応することなど出来ない。

「ははは」

 笑いが止まらない。
 足元に触手が絡まっていく。朱い炎がそれら全てを勝手に燃やし、触れることを許さない。

「はははは」

 笑いが止まらない。
 意味が分からない。訳が分からない。
 なんだろう、これは。
 何があったのだろう、これは。
 どうしたというのだろう、これは。

「あはははははは」

 触手がシンに向かって寄り集まる。
 紅い液体を纏い濡れたソレはどこか臓物を想起させて醜悪なことこの上ない。
 いわんや、それが自分の友達に絡み付いて犯しているなど、醜悪を通り越して最悪だ。

「ははははははははははは――――。」

 笑いが終わる。
 目から光が消えた。
 息を吸い込む。

「爆ぜろ。」

 右手を掲げ、魔力を収束し、炎熱変換を施す。放つ魔法はパルマフィオキーナ。近接射撃魔法。静かに呟き、解き放つ。

「爆ぜろ。」

 朱い光が着弾した計器類が爆発した。
 自爆シークエンスがどうとか、内部のパイロットを殺すとか、そんなことはもうどうでもいい。

「爆ぜろ。」

 朱い光が着弾した触手が爆発した。中から紅い液体が飛び出してくる。

「爆ぜろ。爆ぜろ。爆ぜろ。爆ぜろ。爆ぜろ。爆ぜろ。爆ぜろ――――」

 淡々と呟きながら刑期に向けてパルマフィオキーナを放ち続ける。連続して爆発する計器類。大剣を計器に向かって突き刺す。触手(ケーブル)を一つ一つ断ち切っていく。大剣を振り回すには狭い室内――関係ない。構わず振り回す。
 右足を計器類に向けて、突き出した。ばき、と音を出して、計器類に足がめり込む。

「・・・・・なに、人の友達に勝手に、手出してんだよ。」

 足元から炎が立ち昇る。制御などしていない炎熱変換した魔力の垂れ流し。計器類が燃え上がる。爆発。破裂した計器類の破片が足に刺さり、血が流れていく。破片を引き抜き、目の前に存在する壁に向けて突き刺した。
 大剣を振り回す。レイに繋がる触手を一本一本断ち切っていく。

「ふざけるなよ。」

 壁に右手を押し付ける。炎熱変換、集束爆破―――手ごと。
 爆発。手が焼けて甲から骨が見えた。

「なんで、こんなことしてんだよ。」

 蒸気を上げて、皮膚が骨を覆っていく右手で拳を握り、そのままディスプレイに叩きつけた。ガラスが割れて、頬を裂いた。一筋の血が垂れる。

「何で、こんなことしてんだよ。」

 大剣を振り被る、振り回し、蹴って、殴って、次々と計器をぶち壊していく。レイを縛り付ける全てを断ち切っていく。瞬時に再生し、繋がっていく触手達。
 苛立ちまぎれに唇を噛み千切って、もう一度それを破壊する。
 レイの束縛を全て断ち切る。ごぼっとレイの口元から紅い液体が漏れた。顔をしかめ、レイの胴体を左腕で抱え込むようにして抱き上げる。軽い――触って見てわかったが、レイの身体はこれが本当に自分と同じ年齢の人間なのかと疑いたくなるほどに軽かった。昔、抱いたルナマリアよりもはるかに軽い。

「・・・・へえ、貴方もそんな風に切れることあるんだ。」

 声がした。そちらを振り向く。ドゥーエだ。

「・・・・・お前ら、何勝手に人の友達、ここまでぶっ壊してるんだ?」

 言いながら右手を向けた。魔力を収束する。手加減などいらない。殺す/放つ。避けられた。舌打ち/くそったれ。

「躊躇いなく撃った――わね。」
「だから、なんだ?」

 笑いなど無い。表情は変わらない。
 頭の中が真っ赤だ。何も考えられない。今、こうして喋っていることが奇跡に近い。沸騰どころか蒸発寸前の脳髄。
 大剣を握り締めた。刃に朱い炎が灯る。レイを静かに床に下ろし、大剣をドゥーエに向けて突きつける。

「アンタ、殺せるかって聞いたよな?」
「―――ええ。そうね。」
「殺せるよ。ずっと殺してきたんだ。それに、さ。」

 唇を吊り上げて笑みを浮かべた。自分が怒っているのか、悲しんでいるのか、どうかすら分からない。
 ギンガさんを失った。フェイトさんを失った。味覚を失った。身体中の感覚がおかしくなっていく。恐らくいずれ命も失われる。納得してきた。その全てを受け入れて、自分が道化であることも、最低な人間であることも、全て受け入れて、今ここにいる。
 そして、今また失った。大事な、大事な親友。胸を張って大切だと言える本当に大事な親友。
 耳鳴りが聞こえる。あの日からずっと聞こえる耳鳴り。
 この世界に来る前。全部失くしたあの日からずっと聞こえる耳鳴りが。

「・・・・お前らは俺の大事なモノをこれだけ、奪ったんだ。だったら――」

 嗤う。

「俺がお前らから何を奪っても、お互い様だよな?」

 言い終えた瞬間、シンは身体を沈み込ませた。全身のバネを総動員して一気に加速。朱い炎が掻き消える。瞬間、ドゥーエの視界からシン・アスカが消えた。
 腹部に衝撃。彼女はそれが鳩尾に打ち込まれた膝だと気付くのに一瞬遅れた。

「うぶっ・・・!?」

 ドゥーエが呻きを上げて、その身体が折れ曲がった。間髪入れずに後頭部に向けて、大剣の柄を力任せに当てる。間一髪、防御される。柄と彼女の右手が接触していた。
 残念/口元が釣り上がる。そう簡単に意識を失ってもらっても面白くない。下卑た喜び。サディストの衝動に身を任せる。
 ドゥーエがその手にライオットザンバー・スティンガーを作り出し、応戦するつもりなのだろう。
 嬲り殺しにでもされたいようだ。
 瞬間、上空に気配を感じ取る。

「――ちっ」

 舌打ちし、彼女が動く前にその胸に足の裏を当て、まっすぐ前に突き出した。二人の距離が離れる。ここで死んでもらっても困る。そんな簡単に死んでもらっても意味が無い。

「・・・くっ!?」

 後方に吹き飛ぶドゥーエ。同時にその反動を使って自分も後退。
 一瞬遅れて上空から撃ち放たれる緑色の光。太さは直径1mほど。恐らく、ドゥーエごと自分を焼き殺そうとした光。
 上空を見上げた。
 一人の男がそこに佇んでいた。

「・・・・あんたか。」
「―――楽に殺せると思ったんだが、そうでもないようだな、シン・アスカ。」

 クルーゼ、と言う名前の男がそこにいた。両の手だけを白い装甲で覆った恐らくは最も初めに出てきた鎧騎士の本体。白い仮面を被り愉快そうに顔を歪めている。
 それは、以前、エリオを“迎え”に来た男だ―――酷く楽しそうな表情。唇が釣り上がり、愉悦が隠しきれていない。
 大剣(アロンダイト)を握る手に自然と力が籠った。
 その声を聞いただけで、その顔を見ただけで、殺したくなる衝動が湧き上がる。気を抜けば直ぐにでも飛び掛りそうな憎悪――いや、嫌悪、か。生理的な殺人衝動とでも言うモノがシンの中を駆け巡るも、それを必死に押さえ込む。震える左手を右手で押さえつける。
 まだ、早い。まだ、聞かなければいけないことがある。
 口を開こうとした時、こちらの言葉を遮って放たれる言葉があった。

「・・・・クルーゼ、貴方、今、私ごと殺そうとしたわね。」

 ドゥーエがクルーゼを睨みつけながら呟いた。

「ああ、君はもう用済みだ。」
「・・・・クルーゼ、貴方何を言ってるか分かっているの?」
「ああ、フェスラ・リコルディ―――いや、ギルバート・グラディスの子飼いとでも言えばいいのかな?」
「・・・・・・。」

 押し黙るドゥーエ。返答しないことから考えるに図星なのだろうか――シンにとってはどうでもいいことだが。

「キミが情報を流していることに気付いていないとでも思っていたのか?ジェイル・スカリエッティともあろう者がそんな迂闊なはずがないだろう。」

 息を吐くドゥーエ。薄っすらと笑いを浮かべている。それは多分自分自身への嘲笑。

「キミは私達を泳がしていたつもりなのかもしれないがね、キミは泳がされていたんだよ。カリム・グラシアと私達――私の目的の為にね。スカリエッティは放っておけと言っていたが、引き込まれる兆候が見えていた以上は裏切られる前に殺すのは当然だろう?」

 “引き込まれる”。その言葉を聞いた瞬間ドゥーエの瞳が吊り上がった。

「・・・私が、引き込まれてるって言いたいの?」

 視線に殺意を乗せて、ドゥーエはクルーゼを睨みつける。だが、彼は意に介さずに口を開く。

「始まりはギンガ・ナカジマとフェイト・T・ハラオウンの葬式だよ。キミはあの時、自分の意思であそこに行ったな?」
「・・・私はただ、監視を続けていただけよ。」
「おかしな話だ。あの時点で、シン・アスカは完成していた。監視はあの時終わっているはずだ。」

 言葉を切って、男が続ける。

「そして、カリム・グラシアの伝言と―――キミを監視していた“モノ”からの報告でね。キミは排除対象として確定した。・・・・フェスラ・リコルディとしての気持ちに引っ張られているキミは用済みだとね。まあ、スカリエッティはキミを処分すると言うと最後まで渋っていたがね。」
「・・・・・そう。私はもう用済みって訳?」
「そうだな。シン・アスカ共々、ここで―――」

 その言葉を言い終わる前に朱い光熱波が迫っていた。
 咄嗟にその光熱波を回避し、砲撃の方向を見る。シン・アスカが大砲(ケルベロス)を構え、睨みつけている。

「キミは少し我慢を覚えた方がいいな、シン・アスカ。」

 微笑みながらクルーゼはその殺意を受け流す。シンの瞳が更に釣り上がる。僅かに大砲の先端が震えている。苛立ちと憤怒と嫌悪を抑圧しているのだ。それら全てを押し殺し、静かに呟いた。

「・・・・黙れ。仲間割れの前に俺の質問に答えろ。」
「ふん、なんだね?」
「俺が聞きたいのは一つだけだ。何でレイにこんなことしたんだ?」

 上空を睨み付けながら呟いた。

「こんなこと?」
「アンタ、レイの肉親みたいなものなんだろう?」

 そう、記録では知っていた。レイとそんな話をしたことがあったから。思い出すには至らないほど、シンは過去を切り捨てていたから気づかなかったがクルーゼというその名前には聞き覚えがあったのだ。
 解せないのはその一点だ。
 家族も同然の関係の仲間。しかも、レイの話ではこの男もレイと同じく未来が無いことを嘆いたはず。それがどうして、同じ境遇のレイにあんなことをしたのか。

「ああ、その通りだが?」
「なら何でレイをあんな風にした?」

 コックピットの中で横たわるレイを親指で指し示し、問いかけた。
 その問いにクルーゼは何を今更と言いたげな顔をして、

「キミを絶望させる為に決まってるだろう?」

 当たり前のことのように呟いた。

「・・・・へえ。」

 絶望。そんなくだらないことの為に、レイをあんな風に壊したと言うことらしい。
 脳髄に熱が篭っていく。拳を握り締める。爪が手に食い込んでいく。心臓の鼓動が煩い。

「いいかい、シン・アスカ。本当の絶望とは何だと思う?」
「デスティニー。」

 耳に届く声が耳障りで仕方が無い。大砲を放つ。直進する朱い光熱波。クルーゼが射線から身体をずらし回避する。
 構わずもう一発砲撃を放つ。朱い光が大気を焼き焦がしながら突き進む。大砲を大剣に戻した。大剣の柄に収まっていたフラッシュエッジに手を掛け、引き抜き、クルーゼに向けて投擲する。軌道は最短距離を駆け抜ける一直線。同時にもう一本残っているフラッシュエッジも引き抜き、初めに投擲したフラッシュエッジを追うようにして突撃する。

「絶望して、絶望して、絶望して、絶望して、絶望したその先で得た希望を踏み潰された時。本当の絶望とはそういうものだと思わないか?」

 戯れ言を延々と垂れ流す仮面の男。ラウ・ル・クルーゼ。何が面白いのか、楽しそうに笑っている。その戯れ言が耳障りで、その顔が目障りだった。見ているだけで吐き気がする。だから、黙らせる。
 エクストリームブラストの速度を最大に設定。制御出来る限界。視界が流れていく。一本目のフラッシュエッジをクルーゼが弾き、二本目の迎撃を行おうとしている。大剣を大砲に変形し最大威力で発射。朱い光が突き進む。その光に身を隠すように僅かに身体を移動し、二本目のフラッシュエッジを投擲する。山なりの軌道で疾走するフラッシュエッジ。そして、二本目のフラッシュエッジとは“逆”の方向で自分自身を更に加速。朱い光熱波を境に線対称に突き進む二本目のフラッシュエッジとシン・アスカ。デスティニーを大剣に変形させ、振り被る。狙いは首筋。鎧で覆われていないその部分を真っ二つに切り裂く。どれほどのバケモノだろうと首を刈り取られて生きていられる訳が無い。

(死ね。)

 声を出す必要はない。雑多だ。皆殺しにする以上、いちいち宣言する必要は無い。だから自分自身への確認の意味で、心中で呟いた。
 ―――そして、そこからのクルーゼの動きはシンにはまるで信じられない動きだった。
 一本目のフラッシュエッジが鎧を纏った左手で弾かれた。朱い光熱波は身体を移動して回避された。そして、二本目のフラッシュエッジを1mほどの大きさのドラグーンで弾き返し、二本目のフラッシュエッジと同時に迫るシン・アスカの振るう大剣(アロンダイト)に関しては手に現れたビームサーベルで受け止めた。余裕すら感じ取れる動きだった。

「―――!」

 怖気が走る。目の前の敵の動きは決して早くは無い。速度で言えばトーレの方がはるかに速い。そのトーレをも凌ぐ速度を叩き出すこちらの動きを確実に見切っていた。まるで初めからシンが何をするか分かっていたように。それこそどこに、どんな攻撃を、どのタイミングで、どの程度の強さで、というそんな詳細を理解しているかのように。

「今からキミに本当の絶望を教えてあげよう。」

 小型のドラグーンの先端から緑色の光のロープのようなモノが射出される。それ自体が意思を持っているかのように、シンの全身に巻きつき、その肉体を拘束していく光のロープ。バインド魔法だ。

「なっ」

 全身の力を篭めるも動かない。だが、それは一瞬のこと。緑色のバインドはエクストリームブラストの炎に燃やされて、次々と解れていく。数秒もすれば動けるようになる。こんな戒めはシン・アスカには無意味なモノだ。効果がない訳ではない。だが、捕縛すると言う通常の意味とは違い、ただ数秒間動きを止めるだけに過ぎない。
 困惑する。バインドを使用して捕縛する暇があるなら、ドラグーンを放ち手傷を負わせた方がはるかに効率的だ。だが、攻撃する気配は無い。なら、どうして、この男はわざわざこんな手間をかけるのか。
 怒りよりも困惑をその表に出したシン・アスカを見て、ラウ・ル・クルーゼはにこりと笑い、呟いた。

「レイ。」
『あ゙あ゙あ゙ああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙』

 ドラグーンが動いた。即座に20機を超えるドラグーン―――今は既に30にすら手が届こうかというドラグーンの群れ。それらが一瞬で上空へと動いた。そして、方々へと散っていく。

「なにを・・・?」

 シンに見せ付けるようにクルーゼは人差し指を一本立てた。

「10分だ。」

 歌うように、軽やかに、ラウ・ル・クルーゼの奏でる悪夢が始まる。

「この10分で私を倒せなければ、レイに彼女達を殺すように指示をした。」

 ―――今、この男は何と言った。
 こちらに近づいている“彼女達”とは誰のことを言っている―――撤退したはずだ。伝達は送られているはずだ。この戦場にはシンの味方などもはやいないはずだ。
 なら、どうして、クルーゼは彼女達などと、性別を特定するような言葉を吐いたのか。
 この戦場で「彼女達」という言葉が示すモノは基本的に一つだけ。女性の比率が異常に多く、その癖能力は一級品揃いの時空管理局の中でも異常なほどに力が集中した部隊。機動六課以外に無い。

「ま、さ、か。」

 言葉が詰まった。

「バインドはレイに指示を出す間が欲しかっただけさ。私が自分の目的を話した時に気付くべきだったね。ああ、間違わないように言っておくが彼女達と言うのはキミのよく知る彼女達だ。スバル・ナカジマやティアナ・ランスター、ヴォルケンリッターを始めとする、機動六課だ。」

 クルーゼの右手に紅色の光熱波で束ねられた剣―――ビームサーベルが現出する。振り下ろした。咄嗟に大剣でそれを受け止めた。迸る魔力の奔流―――――互いの身体を叩く嵐。

「・・・・・・さあ、暴いてあげよう、シン・アスカ。キミの全てを。キミが戦う本当の理由を。時間は10分。敵は私一人。」

 彼の両腕と両足だけが鎧に覆われていく。装甲は曇り一つ無い純白(ピュアホワイト)。それはラウ・ル・クルーゼというニンゲンを端的に、不可分なく表している。
 純粋な、無垢なる憎悪という側面を。

「カウント、スタートだ。」

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