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空想垂れ流し 51.Sin in the Other World and World~Injection~(o)

51.Sin in the Other World and World~Injection~(o)


 ―――見えたものは暗闇だった。それが床だと気づくまで数秒かかった。
 殺されたと気付いた時には遅かった――全てが終わっていた。
 全身の感覚が消えていくのを感じる。
 死ぬ。
 私は死ぬ。
 浮かんだ感情に恐怖や怒り、悲しみは無かった。無論、喜びも無いけれど。
 ただ、くだらない世の中だと思った。
 諜報活動が主であり、私の身体が女である以上、方法の一つとして篭絡があるのは当然だ。自然、私の方向性もそちらへと向いていく。
初めての男は60を過ぎた老人だった。慣れていない身体にそういった“行為”は辛く、声を上げれば喜んだ。下種な男だった。
 女のよがる様よりも痛がる様を喜ぶような――そいつらが瞳を見開いて私を見つめた瞬間、私は何かの衝動に動かされるようにして眼球に指を突き立て捻った。呻き声を上げて驚くそいつを嗤いながら今度は指を無理やり奥に押し込んで手首ごと頭蓋に突き込んだ。戦闘機人としての肉体は頭蓋を突き破る程度簡単に実現し老人は死んだ。同時、股間に熱い物を感じた―――男が射精したのだろう。殺されても生殖機能というものは活動するものらしい。
 その後、老人の死体を丁寧に始末した後、“能力”で偽って、その場を去った。
 初めての殺人は予定通り―――殺害方法こそ違ったが――終了した。
 吐き気を催すとか、死に際の瞳がちらつくなどと聞いていたがそんなことは無かった。大体死に際の瞳など自分の指が潰してしまって無かったのだから当然だろう。
 他者の死に対して思うことは何も無かった。ただ胸に在ったのはこんなものかという程度のあっけなさ。“行為”は痛かったがそんなものは慣れでしかないと思っていたし、実際予定通りではあった―――我慢できずに殺したのは多分向こうが下手糞だったから。そう思うことにした。
 それからはその繰り返しだった。
 顔と身体を自在に変化できると言う能力は男を篭絡するには非常に都合のいい能力だった。何せ、その男の好みさえ分かってしまえば後はスルだけだ。
 誘う必要も無い―――仮に誘わなければいけないような堅物がいたとしてもそんな男ほど誘うのは簡単だった。身体(エサ)をちらつかせ、情報を得る。時に殺しもあれば、骨抜きにするまで囲われておくこともあった。
 爽快感など一度も無かった。快楽を感じたことはあったけれど、それで我を失うことも無かった。
 私は全てを自制してきたから―――当然、そんなコトに溺れることも無かった。
 男を篭絡することはそれほど楽しくもなかったから余計にそうなったのかもしれない。
 どの男も落としてしまえば同じ反応しかしないし、落とすまでもそれほど差は無かった。
 くだらないルーチンワーク。流れ作業は何度も何度も繰り返す内に飽きてくる。他の方法も使えば良い―――そんな考えも浮かんだ。無論、篭絡以外の方法は幾度も使った。けれど、篭絡が最も簡単且つ確実な方法である以上、それを繰り返すのは当然だろう。
 成功率の低い方法をわざわざ選ぶと言う無駄を行う必要は無いのだ。
 だけど、私は飽きていた。その繰り返しに。
 虚無、と言えばいいのだろうか。いつからか私の胸にはそんな穴が開いていた。
 まだ見ぬ妹たちに会うのを楽しみにしていたのも多分に彼女達に期待していたからだろう。もしかしたら、この穴を埋めてくれるかもしれないという淡い期待が―――それが叶う前に死んだのは不運としか言いようが無いが。
 くだらない。本当にくだらない世の中だった。
 自分の運命が憎いなどと初心な乙女のようなことを言うつもりは無い。ただ有り体に言って詰まらない人生だった。恋だの愛だのというモノにはさして興味が沸かなかったが・・・・一度くらいはしておくべきだったかなとも思う。死に際に思い出すことが、こんな詰まらない人生のことだと言うのはあまりにも悲惨すぎる。

(・・・・別に、いいか。)

 諦観、というよりも心底どうでも良かった。
 生きることには飽きていたし、それなら死んだ方が少しはマシかもしれないとさえ思った。
 瞼が重い。死が近いのだろう―――痛みはあるが、問題ない。
 そう、思って、瞼を閉じた―――その時、声がした。
 人の声ではない。動物の鳴き声。イルカや鯨の鳴き声に近い。
 声はいつまでもいつまでも響き続ける。
 瞳だけを動かし、私を殺した槍の騎士を見る。彼はこの声に気付いていない。つまり、コレは私にしか届いていない声。
 鳴き声は響き続ける。どこか悲しげに寂しげに聞こえるその声。

(・・・・・うるさいわね。)

 心中で毒づいた。途端、声の質が変わった。
 哀愁を帯びた悲しげな鳴き声から、反応に喜ぶ嬉しげな鳴き声に。

(・・・・聞こえてるの?)

 鳴き声が大きくなる。徐々に徐々に徐々に徐々に―――どこかから近づいてくるように大きくなってくる。瞳を動かし周りを見れば、既に私を殺した騎士はいない。声
が大きくなっていることを確認出来ない。鳴き声はそんな私の逡巡を気にすることもなくどんどん大きくなっていく。か細い声だったのが、今では耳元で叫ばれているようにすら聞こえる。
 そして、世界が白く染まった。一際大きい鳴き声が私の“中”から聞こえた。
 ―――そうして、私は変容した。嘘しか吐けない女から嘘でしか無い存在へと。

 嘘で塗り固められた人生。
 嘘であることを望まれた人生。
 嘘そのものである人生。

 ――――なら、私はいつかホンモノになれるのだろうか?

 いつか、そんな言葉が私の中に生まれていた。


 紅い光が光った瞬間、シンは無理矢理身をよじって逃げに徹した。シンが寝転がっている横で地面から煙が上がっている―――当たっていれば確実に身体の一部が消し飛んでいてだろう。

「・・・・よく避けたわね。」

 女は静かに告げた。至極詰まらなそうに―――それは自分の知るフェスラ・リコルディとはあまりにもかけ離れた顔だった。爛々と輝く紅い瞳が女が人外のモノだと告げている。

「おま、え・・・・・・は・・・・」

 吐く息はか細く弱々しい。その様を瞳を細めて見つめるドゥーエと名乗った女。

「て・・・き・・だった、のか。」
「ええ、そうよ。」
「・・そ・・・か」

 全身から立ち昇る蒸気は肉体が回復していく証だ。少しずつ朦朧とした意識が正常に戻されていく。
 取り戻していく意識と思考の中で全てが繋がっていく。
 内通者がいたのは初めから予想していた。でなければエリオとスカリエッティが連絡を取り合うなど出来る訳が無い。エリオにはそういった技術は無いからだ。
 時空管理局の中でも特に高ランクな魔道師が集中する機動6課には厳しいセキュリティレベルが求められる。特にネットワークのセキュリティなどはコーディネイターであるシンですら易々とそれを突破することは出来ない。と言うよりも普通の人間にそんなことが出来る筈も無い。それこそ、キラ.ヤマトのような人間ならば別だろうが――少なくとも以前のエリオにそんな技術は無かった。あれば彼はそれを素直に見せていたことだろう。
 だから、エリオ以外に内通者がいるだろうことは当初から分かっていたことだった。
 ―――最もその内通者が姿形を自由自在に変化できるなど想像の埒外だったが。

「貴方も可哀想な男よね。」

 ドゥーエの左手がシンの頬に触れた。優しく撫で回す。

「大事な人間殺されて、そこまで壊されて・・・・今、どんな気分?」
「・・・・うる・・・さい。」

 唇を歪めた厭らしい嘲笑を浮かべるドゥーエ=フェスラ。少なからず、そんな女を信じていたことが情けない。それでショックを受けている自分が何よりも情けない。

「答えてくれる訳も無いわね。・・・・だったら、この姿ならどうかしら?」

 ―――ドゥーエが揺らぐ。陽炎のように歪み、瞬き一つの刹那で、彼女はギンガへと変化する。

「―――どんな気分ですか、シン?」

 ギンガの顔で、ギンガの声で、けれど表情だけがギンガとは違う。彼女はこんな笑い方をしない。

「おま・・・え・・・」
「・・・・やっぱり私には教えてくれないんですね、シン。じゃあ、これなら“どうかな”?」

 ―――言葉の最中、言い終える前にドゥーエが揺らぎ口調が変化した。揺らぐ陽炎の中でギンガは消え去り、金髪の女性――フェイトが現れる。

「シンは、今、どんな気分?」
「・・・・やめ、ろ。」

 朱い瞳に力が籠る。満身創痍の身体。今にも死にそうな姿―――なのに、その目に籠る憤怒が際限なく高まっていく。

「ふふ・・・・壊れちゃったね、シン。あ、私のこの姿ホンモノじゃないの。これはね、模倣(エミュレイト)っていう“私”の能力。フェスラ・リコルディって言うのもそうやって、貴方の心象世界(オモイデ)から“もらって”カタチにしたものなんだよ?」

 嗤うフェイト。邪悪で醜悪で見るに堪えない表情――――シンの右手が動いた。伸びた右手は即座にフェイトの首を掴み、締め上げる。

「おもい、で・・・・だと。」
「“そうですよ?”」

 ―――揺らぎ、そして次瞬ギンガに変化する。

「Fessura・Ricordi(フェスラ・リコルディ)――――ある世界の言葉で「思い出の傷」って言う意味です。」

 嗤う。彼女の声で、彼女の顔で、彼女に在り得ない表情で。

「思い出の、傷、だと。」
「貴方の思い出から私がもらったモノです――――“そう”、シンにとって傷跡でしかない思い出からね?」

 話しながら揺らぐ―――再びフェイトへ。
 奥歯をきつく噛み締める。彼女達の顔で嗤うことが“何故か”許せない。

「・・・・・・嗤、う・・・な。」
「・・・・私を殺せるの?」

 クスクスと嘲るように嗤う。罵倒するように嗤う。断罪するように嗤う。
 嗤うたびにシンのココロの中に残っていた彼女達が汚されていく。
 思い出の中にだけ存在する笑い合う彼女達の顔。それが泥に塗れて消えていく。

「嗤、う、な・・・!!」

 クスクスと“フェイト”はシンの手を払いのける。そのまま地面に倒れ込むシン。致命傷は未だ癒えていない。瀕死の身体は今も変わらず意識をはっきりとさせない。
 揺れる視界。胸焼けが酷い。頭痛は気絶すら許さない。再生を強制されていく肉体が悲鳴を上げている――それでも、それでも、その嗤いだけは許せない。

「嗤う、な・・・・その、顔で・・そんな、かお、で・・・・!!」

 ぎりっと奥歯を力強く噛み締めた。
 許せない。
 裏切られたことなどどうでもいい。
 そんなものどうだっていい。
 信じていれば裏切られるのは当たり前だ。自分はずっとそうやって生きてきた。
 信じたモノは全て自分を裏切った。だから、裏切られることは別にどうだって良い。そんなものだと納得出来る―――だけど、
 ―――シンの右手が再びドゥーエの首に伸び、その細い首を掴んだ。

「・・・・おれ、をしんじた、二人を・・・わら、うな・・・・!!」

 自分を信じた二人を、自分を好きだと言った二人を―――もう思い出にしかならないとしても―――汚されるのは、馬鹿にされるのは、嗤うことだけは、許せない。
 その言葉を聞いて、目の前の女が笑った。

「ふ、ふふ、あはは、あはははははははは!!!!」

 狂ったように笑い出す。首を掴まれ、今にも折られそうなのに―――如何に満身創痍と言えど、その細い首を折るくらいの力は残っている、はずだ。エクストリームブラストは、デスティニーはその程度の無茶を可能にする。
 だけど、その笑いが、その無茶を躊躇わせる。
 フェイトの顔で、狂ったように嗤う女―――姿が元の姿に舞い戻る。ドゥーエと言うナンバーズへと。

「笑わせるじゃない、シン・アスカ。貴方、そんなこと、本当に信じてるの?」

 言葉が、冷たかった。嘲笑が何故か胸に痛い。
 ―――聞くな。

「……何」
「あの二人が本当に貴方のこと、好きだったって、本当にそう思ってるの?」

 ―――耳を塞げ。

「おかしいと思わなかった?どうして、あの二人が貴方のことを“好き”になんてなったのか?不思議だと思わなかった?」
「・・・・・な、に、を。」

 漏れる声はか細く途切れ途切れ。
 肉体は未だ修復していない。
 だが、それとは関係無しに力が入らない。まるで力が入らない。
 疲れでも無い。痛みでも無い。
 ただ、怖くて―――手の震えが止まらない。

「おかしいでしょう?ギンガ・ナカジマは出会って直ぐに貴方に好意を持った。フェイト・テスタロッサは出会って僅かな間で貴方に恋をした。」

 嗤いながら話す。心底愉しそうに。

「ねえ、シン・アスカ。そんな風にして、貴方に恋するの、おかしいと思わない?二人が自分を好きになるなんて、“おかしい”って。」
「そ、れは・・・」

 ――――そうだ、おかしい。自分は誰かに好きになってもらえるような人間では無い。
 だから、戸惑った。
 今まで生きてきて、そんな風に言われたことは―――そうだ、一人だけいた。
 ルナマリア・ホーク。
 シン・アスカが溺れた女。溺れた理由は甘えさせてくれたから。
 甘えさせてくれたから溺れた。始まりは多分――いや、間違いなく同情だ。だから、今でも断言出来る。自分とルナマリアには恋愛感情など“欠片も無かった”と。
 彼女はシン・アスカに同情した。
 シン・アスカはその同情に付け込んで溺れさせてもらった。
 ――同情に付け込んで甘えて溺れて忘れて捨てた。
 ――それはどこかで聞いたような光景ではなかったか。そう、あの二人は同じように自分を甘えさせてくれていたのではないのか。
 胸が痛む。心臓が痛い。頭を掻き毟りたくなる――気付かされる、その“勘違い”に。

「気づいてるわよね?思い出してるはずよね?そう、貴方、ルナマリア・ホークに溺れたものね?」

 彼女達二人の心に同情は確実にあった。
 でなければ自分に興味を持つなどありえない。そして、自分はそれを“知らない”と言いつつ、享受していた。
 甘えていた。甘やかされていた。
 だから、勘違いしていた。だから、思われているのだと勝手に思ってしまった。

「・・・・」
「自覚はあったみたいね・・・・いえ、それとも初めから分かってたのかしらね?」

 クスクスと嗤い、ドゥーエの姿が揺らぐ―――ギンガ・ナカジマへと変わる。

「そうです、シン。私は貴方に恋をしていた訳じゃありません。」

 クスクスと嗤い、“ギンガ”の姿が揺らぐ―――フェイト・T・ハラオウンへと変わる。

「そうだよ、シン。私は別にシンに恋をしていた訳じゃ無いもの。」

 クスクスと嗤い、“フェイト”の姿が揺らぐ―――二人の姿が混ざり合う。
 二人のどちらにも似ていて、けれど別個の新たな誰か。
 二人の声が重なり“事実”を告げる。客観的な事実――当事者には決して分からない真実。
 その事実が本当なのかは分からない。その事実が真実なのかは分からない。
 けれど――そんな一面があったということは紛れも無い真実。

「「私たちは貴方に同情していただけ―――貴方が可哀想だから、慰めていただけ。」」

 手から、力が抜ける――否定できない。いや、否定する理由が見つからない。
 熱に浮かされていたような脳が急速に冷えていく。
 狭窄していた視界が広がったような気がした。
 心臓の鼓動が落ち着いた。
 “女”の手が優しく、自分の頭を撫でた―――揺らぐ。ナンバーズ・ドゥーエがそこにいた。

「・・・・自分がどれだけ、道化だって分かったかしら?」

 クスクスと嗤う――――そこで気づく。シン・アスカの手がまだ自分の首から離れていないことに。
 シン・アスカの瞳を見る―――そこに焔を見た。爛々と燃える焔を。憎悪も憤怒も悲哀もそこにはない。ただ、静かに焔(イシ)が佇んでいる。
 ドゥーエの唇が歪んだ。嬉しそうに、邪悪に微笑んだ。

「・・・・へえ、流石は無限の欲望。この程度じゃ、“壊れない”のね。」

 そう言って、ドゥーエがシンの手を払い、即座に後退する―――シン・アスカはそれを追いもしない。
 ただ、小さく呟いた。

「デスティニー。」
『エクストリームブラスト、ギアマキシマム。』

 付近の全てが一瞬で崩れ落ちた。
 目で見えるほどに強固に存在を誇示する搾取の糸―――付近に存在する全てに繋がり、その全てを搾取する。建物に穴が開く。地面に穴が開く。瓦礫が消し飛んだ。全てが塵となって芥となってシン・アスカに搾取されていく。
 千切れかかっていた足が繋がった。切り裂かれ内臓が露出していた腹部が塞がった。
 復元――それも最高速度の。使用される魔力の量は膨大を突き抜けて絶大。
 周辺の建物は既に無い。道路は所々にクレーターのような穴が穿たれている。
 そしてそこら中を流れていく砂塵の渦―――周辺にあった建物の成れの果て。
 死者が生者に舞い戻る―――血塗れた顔と血走った瞳、未だ再生を続け蠢く肉体は目を背けたくなるほどにおぞましい。
 背筋を伸ばし、シン・アスカは立ち上がった。
 長く無造作に伸びた髪に隠れ、瞳は見えない――気負う様子は其処には無い。
 男の雰囲気が僅かに変わる―――ルナマリア・ホークとステラ・ルーシェ、ギンガ・ナカジマとフェイト・T・ハラオウン。彼の心に住み着く幾つもの心象世界(オモイデ)を模
倣したドゥーエにしかわからない程度の微妙な変化。
 ―――シン・アスカは変わっていない。まるで先ほどまでの彼が異常だったとでも言うように、今の彼は先程よりもよほど落ち着いている。
 微妙な変化とはつまり落ち着いているということ。
 静かな雰囲気を身に纏い彼はそこにいた。
 少なからず、その事実にドゥーエは驚いた。自身を道化と暴かれ蔑まれ嘲笑されて、“落ち着いた”人間などこれまで出会ったことが無かったから。

「・・・・・まるで、変わらないのね、貴方は。」
「何がだ?」
「自分が道化だって気づいて、それでも変わらないって言ってるのよ。」

 巨大斬撃武装(アロンダイト)との接続は既に切れている―――同時に繋がれていたはずのラインも。もしかしたら、既に折れているのかもしれない。レジェンドの蹴りをまともに食らっていたことから察するにそれくらいはありえてもおかしくはない。

「いつものことさ。」

 淡々と呟く―――心が冷え込んで行く。
 そうだ。いつも通りのことだった。道化であるのはいつものこと。
 彼は今までそうやって生きてきた。
 今更、道化だと言われたくらいで、何かを思うようなことは無い。
 むしろ―――疑問が氷解して良かったとすら思っている。
 ―――ああ、そうだ。道化であることには慣れている。
 今更だ――何もかもが今更なのだ。

 確かに胸は痛い。泣き出したくなるほどに胸が痛い。けれど―――湧き上がる言葉はいつも通りの単純な言葉。

「守れなかったんだよ。」

 その言葉を放つと言う事は、自分を好きだと言った彼女達二人を裏切ることになる―――思えば、初めから自分のことを好きだなどと信じていないのだから裏切っているといえば初めから裏切っているのだが。
 ドゥーエのその言葉はシンの奥底の部分にすんなりと入っていく―――それが多分真実なのだと彼は初めから分かっていたから。
 呟きながら、瞼を閉じる―――瞼の暗闇に映るのは二人の最後の光景。

「俺はあの二人を守れなかった。」

 ―――ソードインパルスの武器を模した剣が胸に突き刺さったギンガ。紅い血が流れていく。
 彼女の顔を思い出す。モノと成り果てた彼女の呆然とした青白い顔―――心臓が痛かった。亀裂が入ったのかと思うほどに痛かった。彼女はもう笑わない。怒らない。悲しまない。何もしない。

「俺が殺したんだ。」

 “あんな思いを”

「俺が殺したんだ・・・・だから、勘違いでも何でも俺はあの二人の死を忘れちゃいけないんだよ。」

 ―――ソードインパルスの武器を模した剣が胸に突き刺さったフェイト。紅い血が流れていく。
 モノと成り果てた彼女の顔。青白く呆然とした能面のような表情。年齢に似合わない無邪気な笑顔はもう見られない。胸が痛かった。冷たい身体がイキモノではなくただのモノだと突きつけてくる。

「死人はもう喋らない。あの二人は、俺なんかに構わなかったら……俺なんかに同情しなかったら死ななかった。だから、さ。」

 “もう二度としたくはない。”

「あの二人は俺が殺したんだ。俺に関わったから、俺に同情したから、俺のせいで……だから俺が殺したんだ。」

 “だから―――それで良い。”
 巨大斬撃武装(アロンダイト)は呼び出せない。エヴィデンスは使えない。
 状況は良くは無い。レジェンドが近づいてくる。同時にそれに伴うように複数の人間がその周りを浮遊している―――ナンバーズが3人。鎧騎士はいない。グラディスがまだ足止めしてくれているのだろう。もしかしたら倒したのかもしれな/どちらでも構わない―――澄み切った湖面のように思考が鮮明になっていく。
 そうだ。
 あの女と夢で誓ったように、この命は“誰か”の為に。誰かを守り続けることで自分の命は価値を持つ。
 どこにも行き場の無い自分の命はその為にここにいる
 唇を吊り上げて笑顔を形作る。
 ―――薙ぎ払ってやるさ。俺が、全て。
 額から流れる二筋の血が流れていく。それは血涙のようにシンの瞳を通って垂れ堕ちる。

「デスティニー。」
『了解しました。』

 シン・アスカを朱い炎が覆った。淡々とした口調―――本当に落ち着いて、冷静沈着な態度。それこそ機械のように。
 何も握り締めていない左手を開いて――握り締めた。

「俺は最初からずっと・・・・・力が手に入ればよかったんだ。だから、これでいいんだ。」

 静かに呟く―――自分に言い聞かせるように。

「・・・・どこまでも馬鹿なのね、貴方は。」
「俺はそれでいい。」

 デスティニーを構えた。
 ドゥーエがその両手にライオットザンバー・スティンガーを具現化する―――自分以外の心象世界(オモイデ)の具現化。故にそのココロに仕舞いこんだ“誰か”の武装――偽物の武装。
 地響き。既にレジェンドは眼と鼻の先にまで近づいている。同時にその付近を飛んでいたナンバーズも。
 絶体絶命と言ってもいい状況―――なのに、やけにココロに余裕があった。

「・・・・ったく、散々だったな、俺の人生も。」

 苦笑しながら、デスティニーから情報を確認する。
 ―――先ほどの陸士部隊は撤退に成功したらしい。近隣中の敵は全てこちらに向かっている。
 脳裏に展開したマップに示される赤い光点が中心―――即ちシンに向かって近づいてきているのが見て取れる。

『後悔は無いのですか?』
「誰かを守って死ねるんだ。後悔なんて・・・・あるはず無いさ。」

 ―――あるとすれば一つだけ。

 あの二人はシン・アスカに幻想を抱いて恋に恋して死んでいった。
 そして、自分も恐らく同じなのだろう。
 自分も彼女達に幻想を抱いていた。ルナマリアの時と同じように――だって自分は彼女達のことなど何も知らない。同じように彼女達も自分のことを何も知らない。
 もしかしたら、恋していたのかもしれない―――けど互いに互いのことを何も知らないのにそれが恋だと言うならそれこそ本末転倒だ。
 それを恋だと言うのなら・・・そんな恋などしたくもない。
 失くしてから気付くのも馬鹿な話だ。けれど、人生なんていつだってそんなものだ。
 だから、後悔があるとすれば一つだけ。
 あの二人ともっと話したかった。
 出来るなら、もっとちゃんと接したかった。
 こんな偽物のような恋じゃなく、本当の恋がしたかった。
 ―――ただ、それだけ。

「行くぞ、デスティニー。これが最後の戦いだ。」
『・・・・了解しました、兄さん。』

 絶望にしか辿り着かない戦いが始まる。
 その只中―――シン・アスカは無邪気に微笑んだ。焦点を失い血走った瞳と不釣合いな笑顔。
 嬉しそうに、楽しそうに、花の様に―――彼女達が好きだった“かもしれない”笑顔で。

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 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

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