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空想垂れ流し 41.Sin in the Other World and World~Injection~(e)

41.Sin in the Other World and World~Injection~(e)


 8月10日。一週間後の8月17日においてミッドチルダ首都クラナガンに向けて
これまでにない規模の襲撃を行うとジェイル・スカリエッティから通信があったことが
ミッドチルダに在籍する管理局員全てに通達された。
 目的地は首都クラナガン。そこに1000機のガジェットドローンが投入される総力
戦―――1000のガジェットドローンとの戦闘。それはもはや戦闘ではなく戦争だろう。
 機動六課部隊長八神はやてはその通達の前日にはその任を解かれ、後任としてヴェロ
ッサ・アコースが着任していた。
 最も反発するだろうと予想されていたヴォルケンリッターは反論すること無く、それに
従った―――八神はやてが前もって彼らに言っていたのだ。そして、主の意に従い、彼ら
は機動六課にて襲撃に備える。
 他の面々も同じく、襲撃への準備―--と言うよりも避難誘導と言った方が正しい――を
始める。
 クラナガンの都市機能をそのまま他の都市に委譲し、都市に住む人々を避難場所へ誘導
し、迎撃の準備を行い、戦力を揃える。
 ミッドチルダ首都クラナガン。眠らない街。喧騒の光と闇が巡る首都―――その面影は
もはや無い。
 武装した魔導師達が立ち並ぶ。物々しい雰囲気が街を覆う。そこに生きる人々は全て時
空管理局に所属する―――もしくはそれに類する組織に属する―――人々。
 戦争が始まる―――最初で最後の戦争が。血で血を洗う戦争が。殺し殺される戦争が。

 8月11日。
 それは襲撃まで一週間を切った日。シンが“ある場所”に出かける時のことだった。

「シン・・・・シン・アスカか?」

 後方から呼びとめられる―――振り返ればそこに見慣れない男がいた。朱い瞳が知らず男を睨み付けるようになる。
 屈強な体躯。ボディビルダーの如く盛り上がった筋肉が示す彼の肉体の頑強さ。顎に髭を生やし、身長もシンより一回りは大きい。同じく肩幅もシンよりも遥かに大きい。年齢も恐らくは10ほどは上に見える厳しい顔立ち。髪は短かく刈り上げ、あご髭とモミアゲ、そして太い眉毛、釣り上がった瞳と相まって、厳しい容貌を更に強調する。どこかプロレスラーのような―――と言うよりもゴリラのように厳しい―――印象。それほど体格の大きい人間がいない機動六課の中では異彩を放つ見た目。
 そのあご鬚の男の顔には見覚えがある。ここではない場所。陸士108部隊にいた時に何度か話をしたことがある男―――名前は知らない。
 あの時、確か自分とギンガに特訓マニアとその鬼嫁などとあだ名をつけた男だ。

「アンタは・・・・・確か陸士108部隊の・・・・えーと、名前は・・」
「ははっ、名前までは名乗ってないからな。」

 そう言って、男は厳しい容貌を歪ませ笑いながら自分の名前を呟き、右手を差し出す。

「リチャード・アーミティッジと言う。今回の作戦に参加することになった陸士108部隊第3小隊の隊長だ。」
「・・・そっか、よろしくな。」

 呟き、左手を差し出すシン。右手は下ろしたまま動かさない――リチャードは少しだけ不審に思いつつも、気にすること無く、左手を差し出し直す。別に礼儀がどうとか言うようなことも無い。
 シンの左手を握り締める――ゴツゴツとした手。歴戦の兵士のように掌の皮膚は硬く厚くなっている。手の形は度重なる訓練によるものか、タコが出来上がり変形している――見れば、その眼の下には隈が浮かび上がり、顔色も良くは無い――むしろ悪い。夥しいほどの修練の証。
 恐らく、寝る間も惜しんで鍛え上げたのだろう。元々、陸士108部隊にいた頃からシン・アスカにはその傾向があった。

 ギンガとの話の中でリチャードはその異常性を聞いていたから。
 曰く、倒れるまで訓練を続ける。意識を喪失し、死ぬ寸前まで止まらない。暴走特急。そんな言葉が似合う男だ、とリチャードは思った。
 目前のシンはそれよりも尚、酷い―――彼はそう判断する。
 恐らく、自身の疲労を正確に判断し、倒れずに可能な限り、継続出来る上限での訓練を続けているのだろう。以前までが倒れるまで続けていたことを考えれば、それはより、“徹底”したことを意味している。徹底――戦闘を問題無く行えるかどうかと言う機能を確保すると言う意味合いで。

「・・・・ギンガのことは気にするな、とは言わないが、お前だけのせいじゃない。」

だから、そう言った。殆ど初めて話をすると言うのに、どうにもやりきれないモノを感じて。

「かもな。」

 それでもシンの瞳は浮かない――違う。何も感じていない。焦点の無い虚ろな瞳が映すものは虚無だけ。悲哀も絶望も何もそこには無い。隈が眼窩を窪ませているように演出し、髑髏のようにすら見える。

(・・・こいつは。)

 リチャードはその瞳を何度か見たことがあった。
 魔導師―――軍に生きていれば誰でも通る通過点。大切な誰かを理不尽に奪われること。それに耐えられず壊されていく者の瞳。悲しさも、怒りも全てがない交ぜになった虚無。
 何人も見た事があった。そんな、壊れた人間と言うのは。

(ギンガがいなくなったから・・・そういや、こいつは他にも別の女に好かれてたんだっけか。)

 心中で呟き、その噂を思い出す―――シン・アスカと言う男の噂を。
 まことしやかに囁かれる噂。シン・アスカと言う男は二人の女性を弄んだ挙句に殺したと言う噂。
 無論、噂は噂だ。リチャードらを初めとする陸士108部隊の人間はその噂を信じてはいなかった。何せ、“あの”ゲンヤ・ナカジマの娘―――ギンガ・ナカジマだ。そんな易々と二股を掛けさせるようなか弱い女ではない。そんな状況になれば殴ってでも自分の方に振り向かせようとするような女だ。
 もう一人の女――フェイト・T・ハラオウンと言うのも、“あの”リンディ・ハラオウンの娘であり、クロノ・ハラオウンの妹だとか。会ったことも話したことも無いが、“あの”親の娘と言うのならギンガに負けず劣らず屈強な女だろう。その程度にハラオウンの名前は有名だ。
 見る者が見れば、今のシンがそんな噂の通りに弄んだなど在り得ない仮定だと分かる。その瞳に映るのは虚無。後悔でも無く、恐怖でも無く、悲しみでもない。ただ、虚無だ――“何も無い”。
 それは経験則からの判断ではあったが―――こういった人間と言うのは基本的に後悔も悲しみも恐怖も絶望も全てを通り抜けた上でこうなる。

 それを知るからこそ、リチャードはやりきれない。
 ギンガは彼ら陸士108部隊にとって可愛い後輩でもあり、部隊に生きる皆の妹のようなものだ。それが死んで、こんな傷跡を遺している―――それがどうしようもなくやりきれない。
 何も遺せないのは悲しい。けれど、遺したものが傷跡だけだとしたら、それはどれほどに悲しいのだろう。
 知らず握り締めた手に力が篭る。

「・・・・今度の戦いはアイツの仇討ちだ。」

 仇討ち。その言葉にシンの唇が釣り上がり、微笑みを形成する。

「ああ・・・仇討ちだ。」

 瞳に混じる虚無以外の感情―――喜び。敵を殺す喜び。仇を討てる喜び。その手を“血”で染める喜び。

「・・・殺してやるさ、全員。俺の命を懸けて。」

 ぞくり、とリチャードの背筋が震えた。歴戦を潜り抜けた戦士―――少なくともキャリアはシンよりも10年は上だろうと言う自負がある―――が、身を竦めるほどの膨大な虚無。これまでそれがどこに隠れていたのかと疑うほどに、それは膨大な虚無。目前で自分の手を握る青年が虚無が形作ったヒトガタにしか見えないほどに。
 恐怖があった―――得体の知れない何かへの恐怖が。けれど、その恐怖を押し込めてリチャードは呟いた。

「・・・死ぬな、とは言わない。だが、命を無駄に使うのはやめておけ。お前が死んでどうかなることでもない。」

 その言葉を聞いてシンの顔が俯く。前髪が表情を隠す。シンよりも上背のあるリチャードからは彼の顔は見えない――見えるのは口元の笑いだけ。

「ああ―――“無駄”に使う気は無いさ。」

 手を離す。二人の左手が離れる―――シンは俯いたまま、小さく呟く。

「使いどころは・・・・分かってるつもりだから。」
「・・・そうか。」

 呟きに答えを返す。予想通りの返答。近しくも無い者など届きはしないだろう、と。そんなことは予想済みで放った言葉なのだから。
 シンがその顔を上げた。溢れ出した虚無はそこには無い。全て己の内に押し込んだのだろう。

「それじゃ、またな。」
「ああ。」

 歩き出すシンの背中。それがドンドンと小さくなっていく。その背中にどこか“楽しげ”な雰囲気を感じる―――その理由を理解してしまい、リチャードはあご髭を触りながら、小さく溜め息を吐き、ボソリと呟いた。

「・・・・壊れた、か。」

 シン・アスカは既に壊れている。そんな人間の末路など幾つも存在しない。―――死んで楽になるか、それともそれすら耐えて苦しみながら生き抜くのか。その二つに一つだろう。
 けれど、と、リチャードは思った。
 無責任な思いに過ぎないかもしれない。そんな結末などどこにも用意されていないのかもしれない。行きつく先は絶望の果ての孤独な死だけなのかもしれない。願うならば悔い無く生きて、そして死んでいくことこそを望むべきかもしれない――だが。

「せめて・・・・お前だけでも幸福になれないもんかよ。なあ、シン・アスカ。」

 小さくなって、消えていく背中に向けた定例句に過ぎない言葉。
 そんなくだらないことしか言えない自分を嘲笑し、リチャードもまた歩き出す。シンとは逆の方向に向けて。


 真夏だと言うのに風が冷たく感じる。それはその場所の雰囲気がそうさせるのかもしれない。

「リチャードってやつが来てましたよ。ギンガさんのこと知ってるみたいでした。」

 声の調子は何よりも優しく、表情は“微笑んでいるよう”に見える――実際は微笑んでいない。単なる無表情だ。
 無機質な朱い瞳が見つめる二つの墓標――ギンガ・ナカジマとフェイト・T・ハラオウンの二人の墓。

「・・・仇は必ず討ちます。」

 その場所に立ち尽くすシン。墓標の前に膝をつき、一人誰に伝える訳でも無く呟き続ける。幽鬼の如き表情で。

「だから・・・・もう少しだけ待ってて下さい。俺もそっちに行きますから。」

 呟いて、背後に誰かの気配を感じる。息遣い。足音。雰囲気。その身を覆う全能感が教える身体的特徴。一致する人間―――思い浮かぶのは一人の女。

「フェスラか。」
「・・・・凄いわね。見もせずに分かる訳?」

 振り向く―――予想通りにそこには一人の金髪の女性がいた。
 フェスラ・リコルディ。金髪の容貌と朱い瞳の女。

「お前も墓参りか?」
「・・・・どうだかね、何となく、来ておこうかなって思って。私、そろそろこの街出て行くから。」

 サバサバとした口調。どこかいつもとは違う気がする―――気のせいだろう。気にすることでも無い。そう、判断して、シンは再び墓標を見つめる。

「そうか。」
「アンタは、墓参り?」

 視線は墓標に固定したまま振り向かずに答える。

「どっちかって言うと挨拶だな。多分、ここに来るのは俺も最後だから。」

 言外に死ぬ覚悟を仄めかしつつシンは言い放つ。それを分かるのは自分だけだろうと思って。
 その言葉の意味を聞くこと無く、フェスラは口を閉じた。街を離れる――疎開や避難と思ったのかもしれない。恐らく彼女はそうなのだろう。一般人の避難は既に始まっている。その前に知り合いの墓を見舞う――知り合いと言うにはそれほど親しくもないことに違和感を感じるが、別に無視しても良い事柄。感傷がそうさせているのかもしれない。
 風が吹く。雲が流れていく。沈黙が満ちていく。話をしないことに気まずさを感じる沈黙では無く、言葉を交わす必要のない心地良い沈黙。

 シンがここに来たのは、言葉通りに挨拶だった。
 シン・アスカの中に未だ残るなけなしの感情――虚無に侵食されていないココロのカケラ。二人の笑顔と泣き顔。それが彼の足を此処へ進ませた。
 墓標の下には棺がある。その棺の中には既に動作を停止して、モノになり下がった二人がいる。
 そんなモノには興味が無い――その気持ちは真実だ。それは今も変わりは無い。
 けれど、それでも感傷は消えない。彼女達に“何も出来なかった”と言う後悔と言う名の感傷が。
 想いを告げられた。彼女達は別に自分に答えを求めはしなかった。けれど、本当は断るべきだった。
 言葉で求められずとも、きっと心は求めていたはずなのだから。
 それをしなかったのは何故だろうか―――結局甘えていたのだろう。結論を出さないまま、ぬるま湯のような関係を持続したかっただけなのかもしれない。
 最低だ。死んだ方が良い。不誠実にも程がある。心底、そう思った。

「死ぬつもり?」
「え?」

 唐突に投げかけられた言葉に一瞬、何を言われてるのか理解出来なかった。

「シンって今度の襲撃で戦うんでしょ?」

 瞳が鋭くなる。どうしてそれを知っているのか。自分が管理局所属の魔導師だと言っていないのに―――

「お前、誰からそれを・・・・」
「こないだ、私にデバイス突き付けたじゃない。それと今度の襲撃。普通分かるわよ、それくらいは。」

 呆れたように溜め息。
 言われて見ればその通りだ。自分はあの時感情に任せて、デスティニーを起動している――考えてみれば分からないほうがおかしいかもしれない。

「分からないわね。そんなことして誰かが喜ぶと思ってるの?」

 フェスラの顔が近づく。瞳の朱色が輝き、こちらを覗きこむ―――同じく自分もその瞳を覗き込む。
 朱色の瞳に映るのは死なないで欲しい、生きて欲しいと言う願いはまるで違う純粋な疑問だった。どうして、そんなことをするのか、本気で分からない――そんな類の気持ち。
 そこに同情や悲哀はまるで無い。そのことに少しだけ驚きつつも、シンは動じずに口を開いた―――同情や悲哀なら、多分答えはしなかっただろうが。
 瞳を逸らし、空を見る。黒い空。今にも雨が降り出してきそうな曇天の空。

「自分だよ。少なくとも俺は満足出来る。」

 言葉が走る。心に残った願いを乗せて淡々と。
 自己満足。その為だけの戦いをやっているのだと。素直に胸の内を吐露する。
 その言葉を受けてフェスラが笑った。無邪気で綺麗な微笑みで。ステラに似た顔の微笑みは閉鎖したシンの心を簡単に開かせようとする――それを必死に塞ぎ込むことで否定する。
 ふざけるな、と。そんな代替行為をまた繰り返すつもりなのか、と。
 唇を噛み締め、シンは押し黙り――フェスラが再び口を開く。笑顔のまま、優しい口調で。

「そう……じゃあさ、もう一つだけ聞かせて。」
「……なんだ?」
「シンは何を信じてるの?」
「信じる・・・?」

 言葉の意味が理解できず問い返す。
 何を信じているか。それはつまり、自分の根幹となるモノは何なのかと言うことだろう。

「・・・・・俺は」

 信じる―――思えば、自分は何を信じて戦ってきたのだろうか。
 昔は理想や信念など色々なことを信じてきた。戦争の無い世界。それが正しいのだと信じて――今もソレは変わらない。何をどう言おうとも自分を形作る一つにその理想があることは間違い無いのだから。
 守り続けること――全てを。信じているとすればその願いだ。正義や悪はどうでもいい。自分は目に映る人々を守り続けることが出来ればそれでいいのだから。
 だが―――心の中で誰かが呟く。本当にそうなのか、と。
 その願いは既に打ち破られた。二人の乙女の死を以って。
 力があれば守れると思って、そして力に溺れたせいで誰も守れなかった。
 だから、だったら、自分は一体何を信じているのだろうか。

「俺は、守りたいんだ。」
「守る・・・何を?」
「全部だよ。全部、守りたいんだ。そこに在るなら何であろうと。」

 全てを。目に映り、そこに在る全ての存在を。全ての生存を維持し続ける。
 今までこの手で守れたモノなど殆ど存在しない―――そんなものはどこにも無い。何も守れなかった。
 何を信じているのかなど分からない。考えても答えは出ない。分からない―――多分答えそのものが存在していない。自分は、何にも信じていない――あるとすれば自分自身だ。自分自身の心が折れないことだけを信じている。心が折れる前に全てが終わる。その確信があるから。

 ―――守れるモノなど自分には何も無い。“だから”自分は何であろうと守る。

 閉鎖したシン・アスカにとっての唯一の拘り―――守れなかった人達への贖罪。その真実があるが故に、シン・アスカは揺らがないモノとなる。
 自分の為に、自分自身が満足の行く死を遂げる為に。
 ただ、それだけの想い。それが今のシン・アスカを構成する全て。

「ギンガとフェイトがそんなこと望んでいないとしても?」
「望んでるさ―――少なくとも俺だけはな。」

 確信に満ちたシン・アスカの言葉。飾りの無い彼自身の真実だった。

「そう・・・あんた、馬鹿ね。」
「俺もそう思う。」

 言葉の受け答えには無駄が無い。
 別にこの言葉のやり取りが何かを左右することなどありはしない。
 これはただの確認。シン・アスカと言う人間の“終わり方”の確認に過ぎない。
 だが、そう知っていて、尚彼女は不思議に思った―――自分自身を。
 彼女にとって今日の墓参りと、そして以前の葬式への出席は“指示”もなければ“予定”も無い突発的な行動だ。
 彼女自身ここに来るつもりなどなかった。理由を説明しろと言われれば誰よりも彼女が困るだろう――言葉の通りに“何となく”でしかない。

 イレギュラーな行動。イレギュラーな思考。

 ―――引っ張られすぎないことね。

 どこかで聞いた聖女の言葉が耳から離れない。眼前の男の為に胸の中で燃える想いを感じ取る。この身を維持し続ける誰かの面影が“自分”を変えていっているのかもしれない。僅かに数度の逢瀬でそんな想いが出来上がるかどうかなど信じられない事柄だ。真実は分からない。恐怖を感じる――同時に喜びも感じる。
 自分はニセモノなのかホンモノなのかと言う恐怖と、自分が自分以外のモノになれるかもしれないと言う喜び。
 ニセモノだとすれば、それは誰にとってのニセモノなのか、そして誰にとってのホンモノなのか。
 何を以って、ニセモノとするのかホンモノとするのか。

 ―――誰がその境界を作り出すのか。境目は曖昧だ。決めるのは人の意思と言う融通無碍でしかない。

 そして――その問いが導く“真逆”の喜び。変革の喜び。自分が自分以外のナニカになれる喜び。人ならば誰であろうと持ち得る変革の喜び。
 ならば、それを持ち得なかった自分は何なのか。それは果たして人間と呼べるのだろうか。
 分からない。分からない。生まれて初めて持ち得た疑問(オモイ)は滞ること無くその身を焦がし続ける。
 フェスラ・リコルディは思い悩む。自身のココロと言う不確定事象を前に彼女は何をどう演じればいいのかも分からないただ一人の人間でしかなかった。
 シン・アスカが去っていく。無言で佇むフェスラをその場に置いて。話すことが無くなったのだろう―――閉鎖した人間は意味の無い行動を行わないものだ。
 程無くその背中が見えなくなる。
 フェスラは二人の墓に向き直り、彼女達の顔を思い出し―――呟く。

「あんた達がいたらこの気持ちが何か答えてくれるのかしらね。」

 言葉に篭められた想いは恐らく棺の中の彼女達を変えたモノと同じ類―――そんな幻想を自分が抱いていることがまるで信じられない。許せない。
 嘘でしか無い自分が、嘘から取得した変化がよりにもよってそれだなどと認められるはずもない。

「・・・・・いっそ私も壊れちゃいたいわ・・・いや、もう壊れてるのかしらね。」

 力無く、か弱く、小さな呟き。傷ついた子供そのもののような声音。そんな自分自身に存在しない思い出を考えて、自らの今の“名前”と合致し過ぎている、と自分自身が嫌になった。


 8月17日。
 曇天の空を埋める灰色の機械―――ガジェットドローンの群れ。見ただけで分かるほどにその数は凄まじい。情報に寄れば1000機と言うことらしいが、目にすればそれ以上に見える

「まったく・・・・馬鹿みたいに多いな。」

 言葉の内容とは裏腹に呟きにはどこか嬉しそうに聞こえる―――その言葉は誰よりも前線に立つ一人の男の唇から放たれている。背後には200人弱の魔導師が立ち並ぶ。

 男の名はシン・アスカ。朱い瞳の異邦人。
 朱い瞳―――感情の映さない二つの眼が膨大な敵を見つめる。空を埋める敵はある意味雄大な入道雲を想起させる――機械仕掛けの積乱雲。
 敵襲は宣告通りにクラナガンの西方から。あまりにも情報通り過ぎて伏兵が存在しているのではないかと疑いたくなるほどに。
 だが、その心配は無いだろう、と言うことだった。ジェイル・スカリエッティにはそういった類の権謀術数は必要無いのだから。勝つ為に手段を選ばない人間ではあるが、必要以上に勝つことに拘る人間でも無い―――それが管理局の見解である。故に伏兵に対する備えは無い。と言うよりも出来ないと言ったほうが正しいかもしれない。元よりそんな余裕は魔導師の人数的にも、能力的にも無いと言っていいのだから。

「デスティニー。行くぞ。」
『了解しました、兄さん』

 男の手に握られた大剣から放たれる言葉。その形状はこれまでとは違い少しばかり変化―――と言うよりも装備が追加されている。
 右手には直径凡そ30cmほどの巨大な回転式拳銃の弾倉―――ギンガ・ナカジマのリボルバーナックル。その弾倉部分だけが右手首に装備されている。そして、彼の身体を覆うバリアジャケットも大きくその姿を変えている。黒いバリアジャケット。服と言うよりはむしろ外套と言っていいデザイン――フェイト・T・ハラオウンのバリアジャケット。白だった色は加工され黒色になっている。外套の隙間から見える色はこれまで通りの朱。恐らく今までのバリアジャケットの上から重ね着をしているだけだろう。
 改造と言うのもおこがましい、単なる“追加”。
 右手の馬鹿げた大きさの弾倉は見た目と同じく馬鹿げた重量―――軽く20kgを超えているだろう。
 構築したバリアジャケットに注ぎ込む魔力はこれまでの倍を超える数量。止め処なく魔力が消費されていく。
 喪服のような居住まい―――ある意味それは正しい。自分自身の感傷を整理する行為が葬儀ならば、この“戦争”は彼にとっては葬送だ。二人を送り出す為に自分自身に納得をつけさせる、そんな行為。

【じゃあ・・・・始めようか、シン。】

 念話が伝える声。声の調子は少しだけ投げ槍な声。新しい主。更迭された八神はやての代わりに機動六課部隊長の座に就任した男。ヴェロッサ・アコースの声。彼の声の調子が投げ槍な理由を他人事のように把握し、少しだけ彼に同情する―――閉鎖。余分な感情は必要ない。

 空気を吸い込む。慣れ親しんだ空気。戦場の空気。

 結局自分は何も変われなかった。いつまで経っても向こうにいた時と同じく戦ってばかりで――何故か、あの時を思い出す。あの、向こうの世界で殺された時を。

 利用されて殺された。今頃向こうの平和は滞り無く整備されていることだろう。
 そして、今日自分は死ぬ。それに一抹の寂しさよりも、一握の嬉しさを感じる。

 ――顔を上げた。ヴェロッサの言葉に答える。

「了解。」

 デバイスを握り締める―――形態変化。ケルベロス。同時に右手の回転式弾倉が二度ガコン、と言う音を出して回転する。カートリッジが飛び出す。瞬間、増加する魔力量。吹き出す蒸気――溢れ出した魔力の残滓。膨れ上がった魔力を残らず全てデスティニーに注ぎ込む。
 ケルベロスの砲身内部で魔力が螺旋軌道に回転し、収束し、内圧を高めて行く。解放の時を待つ獣の顎のように獰猛な魔力――朱い魔力光が砲身の先端を染め上げる。

『ケルベロス』

 デバイスから漏れる簡潔な声。
 同時に砲身からあふれ出る朱い色/魔力の本流/炎熱変換―――全てを薙ぎ払う破壊の朱。

「―――薙ぎ払え。」

 言葉を引き全身に力を篭めてその衝撃に備える。デスティニーに衝撃が走る―――左手で取っ手を、右手で引き金を。柄の部分の肩を当て、震動で両手が痺れる。身体が震える。視界が揺れる。歯を食いしばってその全てを押さえ込む。
 一閃。セカイが朱く染まる。放たれた朱光―――炎熱変換し、カートリッジによって増加した膨大な魔力は熱量の奔流となって空を覆う機械の群れの中心を貫く。
 爆発。誘爆。連鎖し、数珠繋ぎに爆発が増加する。円形に機械の群れの中心に穴が開く。酸素を飲み込み、その焔を拡大して行く。続けて弾倉が再び回転―――残存するカートリッジを全て使用。
 魔力増加/収束。注ぎ込まれる魔力――朱光が更に太く強く輝く。

「・・・・っ。」

 巨大化する衝撃。折れそうなほどに奥歯を噛み締める。握り潰すつもりでデスティニーを押さえ込む。

 ―――震動が収まる。視線を向ける。朱光が貫いた光景。機械の群れは何も変わらない。

「どれだけ撃墜できた。」
『約10機です。侵攻は止まりません。』
「だろうな。」

 予想通り、当然の結果。あれだけの量の敵に威力の高い一撃を篭めた程度で殲滅出来るなどと都合の良い事は考えていない。今のはあくまで様子見の一撃―――本命はこの手による撃滅でしかない。

「・・・・来たな。」

 赤、青、黄、白―――様々な光の奔流。機械――ガジェットドローンの群れが放つ弾幕だ。
 ミサイル、熱線、砲弾、弾丸。種類など考えるだけ無駄だ。その全てがこちらを停止させるには申し分の無い威力。
 ミサイルがシンの眼前に着弾する。地面が破裂した。吹き飛ぶ地面。地盤を構成する全てが霧散し、弾け飛んだ。

「―――トライシールド。」

 三角形の魔法陣がシンの左手前方に展開する―――ギンガの使っていた魔法。トライシールド。
 左手を前に出し、張り出したシールドでそれらを防ぐ。土砂降りの雨のようにシールドを叩く地面のなれの果て。石、土、草、岩。その全て。
 それらが顔に当たるのを防ぐためだけの盾――弾幕に関しては無視する。どうせこれからその渦中に身を投じるのだ。防ぐ意味はあまり無い。
 シールドを張ったまま、姿勢を僅かに前傾させる。大剣を握り締める。どこか肉食獣の捕食を連想させる体勢。膝を曲げ、右手に握り締めたデスティニーを再び形態変化させる。変化した姿は今では何よりも手に馴染んだ大剣アロンダイト。
 同時に全身に朱い焔―――高速移動魔法フィオキーナを展開。両肩、両腰、背中、足元。計8つ。

「デスティニー。サポートを頼む。」
『了解。』

 フィオキーナの角度・出力調整を全てデスティニーに委譲する。余計なことを考える余地は無い。考えるべきは一つ。敵を倒し、任務を遂行する。それだけである。

「・・・・行くぞ。」

 呟きと共にシン・アスカの身体が弾け飛ぶような速度で跳躍。飛行の魔法。速度は異常。姿勢制御も何も考えない文字通りの特攻。駆け抜ける。ガジェットの群れが光った。弾幕の第2波。それをしっかりと確認し、速度を“上げた”。
 任務の内容を反芻する。
 文字通り特攻としか言いようの無い“任務”を。

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 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

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