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空想垂れ流し 39.Sin in the Other World and World~Injection~(c)

39.Sin in the Other World and World~Injection~(c)


 機動六課部隊長八神はやての執務室。
 机に座ったまま、渡された書類をじっと見つめる茶色の髪の女性――八神はやて。
 書類を机に置き、来客用のソファーに腰をかける緑色の髪の偉丈夫―――ヴェロッサ・アコース。
 はやてはヴェロッサに渡された書類を読み込んでいく。
 数枚の紙切れ。書いてあることの内容―――機動六課部隊長八神はやての解任とその異動先、そして今後の彼女が行うべき仕事といつまでにそこに行かねばならないか。
 つまり、更迭である。左遷と言い換えてもいい。
「・・・・まあ、部隊で死人が出てるんやもんな。これだけの処分でも軽いくらいや・・・・ロッサが動いてくれん?」
 ヴェロッサ・アコースは首を振って、否定する。
「僕じゃないさ。カリム―――姉さんが動いたようだ。」
「そっか・・・・・それで、私の後釜にロッサが来ることになるんや?」
「そういうことになるね。まあ、君はしばらくゆっくりしていればいい。機動六課も悪いようにはしない・・・それくらいには信用してくれてるだろう?」
「・・・・そうやね。私よりもよっぽど上手く扱えるやろうしね。」
 力無く嗤うはやて―――それを見て苦笑するヴェロッサ。恐らくこんな反応をするだろうとは思っていたが、ここまで予想通りだといっそ清々しいほどだった。
「はやての今後の仕事の内容はどういった内容なんだい?」
「・・・・ミッドチルダ北部の小都市ケールで、窓口、やるらしいわ。階級も現在から降格して・・・本当、分かり易い左遷やな。」
 苦笑する。相変わらず笑みには力が無い。
「・・・まあ、これで、ええのかもね。」
 そう言って、はやては椅子に背を預けた。
 疲れていた。心は奮い立つどころか、既に折れている―――もう、このまま何もかも忘れて生きていけたらどれほどいいだろうか。
 ギンガとフェイトを殺した。その一因に紛れもなく自分がいる。
 自分なりに頑張ってきたつもりだった。考えられることは全て手を打ったし、必要と思えば汚いことにも手を染めた。
 けれど、それでも彼女は、見殺しだけは容認できない。
 自分の為に死んだリインフォース。彼女は自らの意思で自らの主の未来の為に死んでいった。彼女は幸せだった、と、周りは言った―― だが、彼女はそれを本当に望んでいたのだろうか?
 そんなはずが無い。
 彼女にも未来があった。命があった。意思があった。
 なのに、彼女は死んだ。自分の為に。自分で自分を切り捨てた。主の為に自身の命を消費することを
望んだ―――逆に言えば自分が彼女の未来を奪ったのだ。見捨てたのだ―――それを自分が望んでいるいないに限らず。
 だから、八神はやてが誰かを“見捨てる”など絶対に在り得ない。
 見捨てることの痛さを知っているから。
 見捨てることの悲しさを知っているから。
 見捨てることの苦しさを知っているから。
 ―――だから、八神はやては、絶対に切り捨てることが出来ない。切り捨てること――即ち見捨てることが。
 指揮官としては致命的だとは自分自身思っていた。だが、それでも“問題は無い”と思っていた。
 部隊のスペックを引き上げ、最良の作戦と物量があれば、“切捨て”などということはしなくてもいい、そう思って。
 ―――けれど、それは間違いだった。大間違いもいいところだ。
 見捨てられない自分は、今の敵には絶対に届かない。
 ギンガとフェイトの死に顔―――安らかで、まるで眠っているようで、死んでいるなど思えないあの姿を見た時、それを痛感させられたから。
「・・・・私の実力は、まだまだ全然足りてなかった・・・・井の中の蛙もええとこやったんやね。」
「そう、思うかい?」
「・・・うん。ロッサは・・・どう思う?」
「君がそう思うのならそうなんだろうね。」
 ヴェロッサは素っ気無い。愚痴に付き合うほど暇ではない―――そう、言いたいのだろう。
 確かにこれは愚痴だ―――ただ、誰かに慰めてもらいたいだけの愚痴。情けない、本当にそう思った。
「・・・・そうやね。」
 返すはやての言葉に力は無い―――周囲を見渡して、立ち上がる。
「・・・・私、片付けるわ。」
「この部屋をかい?」
 頷くはやて。
 ヴェロッサから渡された紙を読みながら口を開く。
「この部屋もそうやけど、私物とか色々と片付けて準備せんと間に合わんようやし。」
 書類に書いてある、異動予定日までおよそ4日間。普通はもう少し時間があるのだが、今回は非常に早かった―――何かしらの理由があるのだろう。いつもなら、その理由が何かを考える程度の余裕は残されているのだが、今回はそんなことは無い。
 そうしてはやては黙々と部屋を片付け始めた――ヴェロッサが立ち上がる。
「じゃあ、はやて。一度お暇させてもらうよ。」
「あ・・・ああ、そやね。じゃあ、ロッサ。後は、頼む、わ。」
「ああ、了解しておくよ。」
 ヴェロッサ・アコースはそう言って部屋を出る―――八神はやてはその背中を見つめながら、彼が部屋の外へ出た時、溜め息を吐いた。
「・・・・・もう、駄目やな、私。」
 毀れ出す言葉は弱気そのもの。
 溢れる微笑は力無く、自分自身を嘲ることにすら疲れ切った老女のような微笑みだった。

「・・・・やれやれ、損な役回りだ。」
 ヴェロッサ・アコースははやての執務室―――直に自分の執務室となる部屋を後にすると、屋上に佇んでいた。
 空は気が遠くなるような青い色―――綺麗と言わざるを得ないそんな空だった。
「この空が直に真っ赤に染め上がる・・・・ぞっとしないな。」
『あら、貴方らしくも無い弱気ね、ロッサ。』
「・・・姉さんか。」
 懐に忍ばせている簡易デバイスから声が漏れる――声の主はカリム・グラシア。今回の指示の発端にして、張本人。
 ヴェロッサは簡易デバイスを手に取り、操作――空間に画面が投影される。この映像は彼にしか見えないように暗号化されており、たとえこの場所に誰が入ってこようとも、ヴェロッサが一人で喋っているようにしか見えない。
 屋上の墜落防止柵を背もたれにしながら、ヴェロッサは口を開いた。
「・・・・姉さん、これで良かったのかい?」
『ええ。上出来よ。』
 答えるカリムの声は明瞭だ。顔はいつも通りに柔和な顔つき―――食えない女になったものだ。ヴェロッサは
心中でそう呟く。けれど、その心根は変わっていないのだろう。恐らく、昔と同じ心優しいまま―――彼は今も
そう思っている。カリム・グラシアの“真実”に気付いている一人であるが故に。
 故に、こんな茶番に手を貸すことを承諾したのだ。八神はやてを左遷させる、などという茶番に。
「しかし、はやては怒り狂うだろうね。今回の異動が左遷ではなくて疎開だってことに気付いたら。」
『まあ、仕方のないことよ。あの子にはまだ役割がある―――死んでもらっては困るもの。』
 顔色一つ変えず、動作にもまるで変化は無いまま、彼女は話す。
 ヴェロッサ・アコースの瞳が妖しく輝く――その奥に潜む彼女の真意を覗き見るように。
「けど、過保護が過ぎないかな?はやても、もう20歳を過ぎてるんだよ?」
『あら、女はいつまでも少女なものよ?』
 いけしゃあしゃあとそんな冗談を飛ばすカリム。是が非でも喋る気は無いのだろう。
 ヴェロッサ・アコースは思考を転換。真意を問いただすことが出来ないなら今はこの茶番を演じるのみ。
「そういう人もいるにはいるけどね・・・・まあ、いいさ。僕だって可愛い妹分が、死ぬかもしれないのをみすみす
見逃す気は無いし、文句を言うつもりもない。」
 肩を竦めながら、やれやれとでも言いたげにヴェロッサはカリムに質問する。瞳が僅かに鋭くなる―――本題はこれからだと言いたげに。
「・・・それで、今度の襲撃はいつなんだい?」
 その鋭さを受けて、カリム・グラシアもまた少しだけ瞳を変えた。柔和な仮面の上から被せられる女傑の仮面―――切り捨てることを容認できる指揮官の瞳へ。
『10日後。クラナガンに攻め入ると言う話よ。ジェイル・スカリエッティ直々の通信で入ってきたのだから、
間違いないわ。』
 10日後―――その言葉を聞いて、ヴェロッサは納得したように頷いた。
 八神はやてが異動するまでに残された日数4日と言うのはその襲撃のスケジュールから生まれたものなのだろう。
「・・・・映像を見せてもらえるかい?」
『今、送るわ。』
 画面が暗転する。ぶつん、とテレビのチャンネルが切り替わるようにして画面が切り替わる。
 現れたのは紫色の髪と金色の瞳の男―――ジェイル・スカリエッティ。
【あー、あー、テステス・・・・ウーノ、ちょっとこれ音が・・・何?もう録画始まってるだと?ふむ、ならば、始めようか。】
「・・・・ジェイル・スカリエッティ。」
 瞳が鋭く尖り、睨みつける。彼自身は別にスカリエッティに私怨などは無いが―――大事な妹分の敵であり、
親友の妹を殺した存在と言うだけで嫌う理由としては十分過ぎる。
 画面の中、スカリエッティは落ち着き払った態度で机に置かれているマイクに向かって話し始めた。
【時空管理局の諸君、今更自己紹介の必要は無いと思うが・・・ジェイル・スカリエッティだ。これまではいつもいつも不意打ちのように襲撃していたからね。今回くらいは君たちにも情報をあげようと思ってこんな通信をさせてもらっている。】
「・・・・・」
 対峙するヴェロッサの顔は変わらない。険しい視線のまま画面を見つめ続ける。
【次回の襲撃が最後の襲撃だ。場所はクラナガン。日時は10日後の満月の夜―――つまり8月17日。
ニホンで言うお盆の頃だ。】
「ニホン?」
『第97管理外世界にある国の名前よ。』
【今回の襲撃の目的はこれまでと同じく“破壊”だ。よってクラナガンを徹底的に破壊する。こちらの戦力は
ガジェットドローンが1000体に魔導師が8人、そしてナンバーズが5人だ。】
 それまで眉一つ動かなかった顔色に変化―――1000と言うこれまで考えたことも無い数字を耳にして。
 瞳が険しくなる。
「・・・・1000?」
『これが本当なら、これまでとは桁違いの規模の襲撃ね。』
【・・・・だが、安心したまえ。避難民には決して手は出さない。私達が破壊するのはあくまでクラナガンと言う都市そのものだ。無用の蹂躙はこちらも望むところではない。そして、君らが避難民を間違えて私達の襲撃方向に配置などしないように、襲撃箇所も教えておこう。クラナガンの西側から中心に向けて私達は攻め上がる。】
 画面の中でスカリエッティは唇を吊り上げて微笑んだ。亀裂の入ったような強欲の微笑みを。
【さて・・・・・では必死に守ってくれたまえ、時空管理局。10日後を楽しみにしているよ。】
 ぶつん、と画面が暗闇に舞い戻る。
 屋上を沈黙が支配する―――ヴェロッサが口を開いた。
「1000のガジェットドローン・・・・なるほど、これははやてには任せられないな。」
『・・・あの子では無理よ。能力がどうとかじゃない。数が違い過ぎるわ。』
 カリムの言葉に頷くヴェロッサ。
 数量の違い。それが一番の問題だった。
 単純な話だ。10日と言う限られた時間で集められる管理局の魔導師の数は1000などには遠く及ばない。
 精々が200と言ったところだろう。それですら集められるかどうかは定かではない。
 ガジェットドローンは単機で凡そ一般の魔導師が3人がかりで倒せるかどうかと言うレベルである。単純に考えて一般の魔導師――それもBランク相当の実力を持った魔導師が3000人は必要となる計算だ。完全に戦力差で圧し負けると言って良い―――ならばどうする?
 戦力差で完全に負けている場合は、それ以外の部分で補うか、もしくは策に絡めるか、だ。
『こちらでも既に手は回しているわ・・・それでも集められる人数はBランク以上の魔導師170人程度が限界。』
「内訳は?」
『Bランクが110名。Aランクが30名、AAが20名、AAAランクが10名。Sランクが一名。』
「機動六課のフォワード陣が含まれて、その数字なんだね?」
『ええ。“私達”が8月17日までに召集できる全ての戦力よ。』
 ふう、と嘆息するヴェロッサ・アコース。
(全くもって厄介だね。)
 口調は軽いものの心持ちは限りなく重く、顔色は非常に暗い。
 暗くもなろうと言うものだ。はっきり言ってこの襲撃に勝てる要素は無い。
 戦力不足もそうだが、組織としての連携も恐らくは望めまい。10日という期間ではそれだけの連帯意識を植え付けるなどは不可能だ。
 元々、慢性的な人手不足に悩まされる時空管理局は個の能力に頼りすぎる傾向がある。
 絶対足る個人の魔導師は凡夫たる個人の魔導師数百人以上の働きをするからだ。故に才能有る魔導師は前線で
重用されるのだが・・・それは裏を返せば慢性的な人手不足という問題を先送りしているだけに過ぎない。
 今回の襲撃は完全にその問題を突かれている。圧倒的な数の暴力によって絶対足る個を駆逐すると言う単純明快な戦法。だが、それを覆す術は正直なところ存在しない。
 正攻法では無理だ。真っ当な戦い方では何をしようとも勝ちは無い。
『お悩みのようね。』
 くすくすと笑いながらカリム・グラシアが口を開いた。ヴェロッサはそれを見て少しだけ苛立ちながらも律儀に返事を返す。
「ああ、お悩みだね。これは全くもって・・・正直どうするべきかも検討がつかないんだから。」
 彼には似つかわしくない焦りを表情に浮かべ、ヴェロッサは思考に没頭する。ぶつぶつと小さく呟きながら頭の中に叩き込んであるクラナガンの地図を思い返し、侵入経路、目標地点、敵勢力の分布等、考えられ得る全ての方策を脳内に取りまとめていく。
『一つ、提案があるのだけど。』
「・・・なんだい?」
 思考を途中で遮られた為か、ヴェロッサの声音は常よりも大分と低い。
『シン・アスカの運用・・・・私の言うようにしてもらえるかしら?』
「シン・アスカ・・・・ああ、あの青年か。」
『もう、調べてあるの?』
「勿論さ・・・6課における一番の危険人物じゃないか。調べない方がおかしい。」
『彼の戦闘能力についても?』
「・・・・本人も分かっていると思うけど、あの能力はおいそれと使うべきものじゃない。そうだろう?」
 エクストリームブラストのことを言っているのだろう。あの能力は周り全てを犠牲にすることで使用者を極限にまで強化する。その戦力は単騎でガジェットドローン数百機分には匹敵するだろう。
 既に先日のエリオ・モンディアルとシン・アスカの戦闘記録を見ていたヴェロッサはそう判断していた。戦力と
いう意味ではあまりにも規格外すぎる―――その特性からも。
「周辺の生命力を魔力に変換するあの力は戦局を変えるかもしれないが・・・・・リスクが大きすぎるよ、敵を倒す前に周辺の戦力を減少させる可能性の方がよほど高い。」
 カリム・グラシアの目が細められる。その瞳は値踏みをするようにヴェロッサを見る。
『なら、どう使えばもっとも効果的なのかしら?』
 カリムの返答はその使い道は何か、と来た―――つまり、使え、と言うことだ。自分に、シン・アスカを。
 溜め息を吐く―――だが、それは例の如くのポーズだ。元より先ほどのビデオメールを見た瞬間彼の頭に浮かんだプランは一つだけ。恐らく誰であっても思いつき―――そして、誰であっても実行に躊躇うであろうプラン。だからこそ、そのプランを外した。
「スカリエッティの言葉を信用するなら・・・・敵陣が最も厚くなる部分、そこにシン・アスカを突撃させる――つまり単身での突撃を行い、味方に影響が出ない場所まで切り込んだ上でエクストリームブラストの発動。後衛の味方はシン・アスカが崩した陣形目掛けて砲撃魔法の一斉掃射。これが最も理想的な使用方法だろうね。」
 にやり、と口元を歪めるカリム。合格だ、とでも言いたげに。
『ええ、そうね。それが最も理想的な判断ね。』
「確かに理想的だろうね・・・・ある一つの問題を除けば。」
『あら、それは何かしら?』
「・・・・・・姉さんも気づいてるんだろう?これはシン・アスカを殺すことに他ならない。」
 敵陣深くに単騎で強襲を行い、強襲によって生まれる崩れた陣形を後衛の砲撃魔法で攻撃する。
 1000機以上の敵の中に単騎で突っ込み、更には後方からは味方による無差別射撃――敵も味方も無い一斉掃射。誤射の可能性どころか誤射しない方が難しい。
 敵と味方に常に挟撃される位置に陣取りながら戦い続ける。単純な話、敵味方が互いに張る弾幕だけで十二分に人間は死ぬ。原形が残るかどうかすら怪しい―――下手をすればミンチの出来上がりだ。
 エクストリームブラストという規格外の魔法があるからこそ成立する強襲―――シン・アスカの持つ異常な再生能力だけが頼りと言う荒業。
 破損する肉体を搾取した生命力で常に常に復元を繰り返すことでしか作戦が実行出来ないと考えて良い。
 作戦と言うのもおこがましい、特攻と言う言葉こそが似合うプラン。
「こんなプランを彼が承諾すると思うかい?」
『思うわ。』
 即答―――カリム・グラシアの瞳が歪む。ヴェロッサは見逃さない。その歪みを。自身の義姉から滲み出る本質を。
『大切な人を失って、大切なモノを奪われて・・・・もう、彼には何も無い。』
 慈しむようにしてカリムが話し出す。会ったことも無いはずのシン・アスカを。
『だから、彼は承諾する。だって、彼にはそれしかない。多分、そう思っているはずよ、シン・アスカは。』
 そして、言葉を切って息を吸って、瞳を閉じて付け加える。
『だからこそ――世界を救う英雄になれるのはシン・アスカしかいない。彼だけがこの世界を救えるのだから。』
 真剣な眼差し――ギンガのように恋する乙女ではなく、フェイトのように恋する女神ではなく、はやてのように迷い惑う女ではなく、カリム・グラシアは清廉潔白な聖女として声を発する。
 言葉の根底より感じ取れるは揺らげないのではなく決して揺らがない鉄の意志。如何なる障害があろうとも必ず貫く、“世界を救う”という鉄の意志。
「預言の話かい。」
『旧い結晶と無限の欲望が交わる地。』
 ヴェロッサの言葉に頷きを返すとカリムは呟き始める。
『死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る。』
 それは彼女の能力「預言者の著書」によって紡がれた“預言”。
『死者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち、それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる。』
 シン・アスカが来るまで預言は此処で終わりだった。故に彼女たちはこの預言がJ・S事件のことを指し
示しているのだと考えていた―――だが。
『だが、心せよ。朱い炎だけがそれを止める。』
 預言が追加されたことで事態は一変する。預言に記された事件は未だ“起こっていない”のではないかと。
『狂った炎は羽金を切り裂く刃となるだろう。』
 追加された預言はそれはそれまでとはどこか受ける印象が変化していた――それまでのように無機質な羅列
ではなく、どこか想いの籠った――まるで誰かからのメッセージのような印象を与える。
『そして、運命は駆け昇る。』
 そして、此処からが更に“追加”された部分だった。追加されたのはつい最近―――ちょうど、シン・アスカが全てを“また失った”あの日。ギンガ・ナカジマとフェイト・T・ハラオウンが死んだその日。
『世界の全てを踏破して、世界全てを超えていく。』
 それは預言と言うよりも、御伽噺の語りのような印象―――そこにどんな意味があるのかは分からないが。
『二人の乙女と共に。二人の女と共に。』
 預言は此処で終わっている。
「それが新たな預言かい?」
『ええ。これで終わりなのか、それともまだ“途中”なのかは分からないけれど・・・・。』
 そう言って、カリム・グラシアは物憂げに横を向いた―――窓でも見ているのかも知れない。
 机に肩肘をついて外を見ている彼女はそれまでのような“怖さ”は無かった。そこには年相応の落ち着きと
柔和な雰囲気が現れていて――それはヴェロッサやはやてがよく知るカリム・グラシアそのもの。
 物憂げな表情――何を物憂げに思っているのかは分からない。それが分かるのは本人だけでしか
ないから―――悲しんでいるのか、苦しんでいるのか、喜んでいるのか、怒っているのか――傍観者である
ヴェロッサにはそんな感情が理解できるはずも無い。
 彼はいつだって傍観者だ。
 ただ、全てを俯瞰する。だから彼に出来るのは推測し、それに合わせるだけ――傍観者は見ることしか
出来ない。常に輪の外側にいる傍観者は結果に対して無力だから。
 カリム・グラシアが変わった――と感じたのはいつからだろうか。ヴェロッサが知る限り、カリム・グラシアと
言う女性は何かを犠牲になど出来るような人間ではなかった。少なくとも、誰かを殺すことを容認など出来ない、と。
それが変わり出したのはいつから―――思い返せば、そんなタイミングなど一つしかない。
 ジェイル・スカリエッティとナンバーズの脱獄、そして新たな預言が書きこまれたその日だろう、とヴェロッサはあたりをつけていた――――確認はしていないので定かではないが。
 もっともそのタイミング以外にカリム・グラシアの転機など存在しないのもまた真実。
 預言が新たなに追加される―――これは前代未聞の出来事である。
 「預言者の著書」とは未来予知などの“予言”ではなく、文字通りの預言―――つまりは託宣に近い。
 世界に遍く様々な基礎情報を抽出し、統括し、検討し、それらの事柄から予想される事実を導き出す――要するに予知では無く予想。それを詩文として書き記す――「預言者の著書」とはそれだけの能力である。予想である以上、当然的中しないことも当然の如く存在する。
 何故なら、この預言とは“現時点での情報を元にした未来予測”であり、“情報の変化については”はあくまで状況から予測するのみ。
 単純な例を言えば、AとBが恋人関係にあり、Cが横恋慕していたとする。
 この場合、“現在”AとBの関係が極めて良好であり傍から見ていても仲睦まじい関係であれば、Cは入り込む隙間が無い。
 よって「預言者の著書」は数年後―――もしくは数十年後を予測し詩文形式で描き出す。
 二人は別れない。幸せになる、と言う結果を。
 だが―――これが一年後、もし、AとBの仲が険悪であったら、結果は逆になるだろう。Cの入り込む余地があり、気持ちが相互に向いていないと言う条件が確定されるからだ。
 「預言者の著書」とは極論するとこれと同じ理屈である。預言を行った時点での未来を予測するだけで、その状況変化には対応出来ない―――無論、それすらも加味して予想してはいるのだろうが、精度と言う意味では望むべくも無い。災害などの予測の確率が高いのも当然だ――災害は状況を変えない。意思によって関係が変わることなど無いからだ。
 故に、「預言者の著書」に“追加”などは在り得ない。
 預言は始まった時点で終了していなければおかしい―――それが「預言者の著書」の原理なのだから。
 それが覆された。それも自身の半身とも言える能力が、だ。そこで同時に起こる大犯罪者の脱獄と次元漂流者の出現、そして世界中で起こっていた時限漂流者――その殆どが死人ではあったが――の出現の停止。関連性があると考えるのが当然だ。
 カリム・グラシアは変わった―――その事件を契機にして。
 ヴェロッサがカリムの本質は変わっていない、あれは仮面だ、と考えたのもそこに起因する。
 世界に危機が迫っている、と考えたのだろう。回避したと思った滅びは未だ回避していなかった。そして、
そこに現われた恐らくは“特別”な時限漂流者。その後の経緯からも彼が預言にある“朱い炎”、“狂った炎”
であると確信しているのかもしれない。
 何にしてもそれが彼女に変革を促した。切り捨てることを容認できるほどに―――元の彼女を知っていれば
文字通り豹変したとしか思えないほどの変革を。
 ヴェロッサ・アコースは予測する―――カリム・グラシアの深奥を。
 彼女の本質は変わっていない。変わっているなら、これほど熱心に世界救済の為に動きはしないだろうし、
誰かを犠牲にすることを容認もしないだろう。
 それを哀れに思った。変わってしまえば、彼女はそんなコトをする必要もなかった。怯えて震えているだけなら彼女はこんな女傑じみたことなどしなくても良かっただろうに―――彼女自身にこんな女傑の如き才知が備わっていなければ彼女はそんな風に自分自身を変革させることなどなかったのだ。
 彼女は、“変わっていない”からこそ“変わらざるを得なかった”。
 無論、これが真実かどうかは分からない。これはヴェロッサ・アコースの予想に過ぎない――多分に直感と、
そして彼自身の願望―――“変わっていて欲しくない”と言う想いも混じっている以上ははっきり言えば当てずっぽうだ。
 何にしろ、現在のカリムにおいそれとそんなことを聞く訳にもいかない――下手なことをすれば自分自身の命すら危ういのだから。
(・・・実際、どうなんだろうね。)
 ぼんやりとそんなことを考えた矢先、カリムが何かを思い出したようにこちらを振り向いた。
『ところで・・・・一ついいかしら?』
「・・・何だい?」
 ぼんやりとした瞳を向けて、ヴェロッサは答えた。ここまで来れば何があっても心の準備は出来ている。
『治安維持部第9課―――時期はいつになるか分からないけれど、機動六課に出向させることにしたから。』
「治安維持部第9課・・・・・あの最近新設された部隊のことかい?」
『ええ。貴方も見たことがあるでしょう?ギルバート・デュランダル、それと彼の傘下の部下2名を出向させるわ。』
 聖王教会治安維持部第9課。カリム・グラシア子飼いの部隊であり、管理局でも極少数の人間しか知らない。
出来たのはつい最近。少なくともJ・S事件後に“いつの間にか”出来ていた――ヴェロッサ自身その存在を
確認したのはつい最近だった。
 だが、懸念があった。
 ギルバート・デュランダルとはヴェロッサ自身、一度話をしたことはあったが、その時の彼はとても戦える
ような人間には見えなかった。どちらかと言えば前線では無く後衛――むしろ指揮官としての雰囲気が漂って
いたからだ。
「・・・戦力になるのかい?言っては何だけど、ギルバート・デュランダルはとても戦闘が出来るようには・・・・」
 訝しげなヴェロッサの呟き――それを遮るようにしてカリムが短く呟いた。
『10分よ。』
「10分?」
『シャッハがデュランダルに負けるまでのね。』
「・・・え?」
 間抜けな声を上げるヴェロッサ―――その声はまるで自分のものとは思えなかった。
 それ以上に、カリムの口から飛び出した言葉が信じられなかった。
「シャッハが・・・10分で負けた?」
 シャッハ・ヌエラ―――ヴェロッサやカリムにとっては幼馴染と言っても良いほどの間柄の修道女である。
実力は折り紙つき。陸戦AAAランクという魔導師ランクからもその実力は容易に推察できる。
 その彼女が負けた。しかも10分という僅かな時間で。
『実力だけで言えば、恐らくオーバーSランクは確実よ。そして、二人の部下の実力も同じレベルだと思っていいわ。』
 呆気に取られるヴェロッサ。カリムの言葉が信じられない。
 傍観者という自身が知らない、オーバーSランクがそこにいる―――その事実が信じられないのだ。
「・・・それはまた、大盤振る舞いだね。」
『ええ。何と言ってもこれが最後の襲撃になるんですもの。“禍根”は残しておくと“災い”の元になる――そうでしょう?』
 微笑むカリム―――その微笑みにぞっとするほど冷たいものを感じ取る。微笑みの奥にある真意は読み取れない。けれど、それが仮面だと願って、尚―――彼は彼女に畏れを感じた。仮面であれ、仮面だろう、と言う自分自身の心に疑いを持つほどに、その微笑みは怖かった。それなりに修羅場を潜って来たはずのヴェロッサの掌が汗ばむ程度には。
 言葉を選び、ヴェロッサは呟く。
 今のカリム・グラシアに告げる言葉は慎重に慎重を期して選ばなくてはならない――最悪の場合は死に至る―――殺される可能性すらあるのだから。
「・・・・僕は行くよ。はやてからの引継ぎが残っているんでね。」
『あら、仕事嫌いのロッサにしては珍しいこと。』
「ま、そういう時もあるってことさ。」
 引継ぎが残っていると言うのは本当のことだった。けれど、同時にこの場にいたく無いと言うのも本心ではあった。下手なことを言ってしまいかねない。そんな嫌な予感を覚えて。
「それじゃ、行くよ。」
 振り返って、彼は歩き出す。手を振りながら、その場を去る―――背後から彼女の声が掛かる。
『ロッサ。』
 声の調子が変化している――それは子供の頃に良く聞いた姉の弱音を思い出す。
「・・・・何かな?」
 ヴェロッサは振り返ることなく、声を返す。多分、彼女も振り返って欲しくは無い、そう思っているだろうから―――それは彼の願望でしかないのかもしれないけれど。
『私を・・・見捨てないでね?』
「当然さ。家族を見捨てるような男に育てられた覚えは無い。」
 即答する―――当然のことだ。彼女が育てた自分は、そんな人間では無いのだから。
『うん・・・・そうね。』
 どこか安心したようなカリムの声が届く―――ヴェロッサは少しだけ微笑んで、言葉を返した。
「ああ。」
 扉を閉じる―――屋上を後にする。カリムの姿もそこで消える。
 後に残るのは誰もいない屋上だけだった。

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Author:SOWW
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 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

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