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空想垂れ流し 37.Sin in the Other World and World~Injection~(a)

37.Sin in the Other World and World~Injection~(a)

 旧い結晶と無限の欲望が交わる地。
 死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る。
 死者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち、
 それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる。
 だが、心せよ。朱い炎だけがそれを止める。
 狂った炎は羽金を切り裂く刃となるだろう。

 そして、運命は駆け昇る。
 世界の全てを踏破して、世界全てを超えていく。
 二人の乙女と共に。二人の女と共に。
 ―――これは運命に敗北し、それでも意地汚く足掻き続ける一人の男の物語。


 ―――真っ白な世界。そこには何も無い。ただ虚無のみがそこにあった。
見えるモノは地平線―――ただ、白のみが支配する世界にあるソレが本当に地平線なのかどうかは怪しいものだが。
 そこには何も無い。星もなければ月もない太陽もない――――既視感を覚える。何度も何度もココに来たと言う錯覚―――もしかしたら錯覚ではないのかもしれない。
そこで思い出した。錯覚ではない。自分は何度も何度も何度も何度も、ココに“来ている”。
 閉じられたセカイ。箱庭。メビウスの円環。始まりも終わりもそこにはない。それはただ“在る”だけのセカイ。
 ―――そう、思い至った時、そこに人がいた。
 白磁の如き美しい銀髪と、紅玉のような赤い瞳の女性。このセカイの主――冷たい印象の中に暖かさを感じられる、どこか母性を感じさせる瞳。
 彼女の口が開く。
「また、会ったな。」
「・・・・アンタか。」
 そっけない言葉。言葉に感情が篭らない。篭めようとも思わない。
 沈黙――会話が続かない。口を開く。気まずさを払うように。
「ココは、なんなんだ?」
 質問に意味はない。ただ、場を取り繕うだけの質問―-―夢の中なのに気遣いなどおかしな話かもしれないが。
 彼女が答える。
「ここは狭間の世界だ。世界と世界を繋ぐ楔そのもの―――世界の境界面だ。」
「・・・・・え、と。」
 さっぱり意味が分からない。思わず、言葉を失う。
 彼女はそんなこちらの動揺などどうでもいいのか、喋り出す。
「お前は無限の欲望となり、エヴィデンスを得た。それは羽鯨―――神の力だ。人の手で扱いきれるものではない。」
「エヴィ、デンス・・・・?」
「その右の掌だよ、シン・アスカ。」
 言葉に促されるようにして、掌を見る―――中心に在る虹色の瞳。今は閉じている。
「それは全てを“奪う”強欲の手だ。」
 奪う――そうだ。確かに自分は奪った。あの羽金と砲身を全て砂に変えた。
 絶対たる力。目前に存在する全ての邪魔を駆逐する最高の武器。
 唇が知らず釣り上がる―――彼女はそんな自分の様子に溜め息を付きながら言葉を続ける。
「存在を奪うその手は確かに最高の力となる―――だが、大きな力には代価が必要だ。・・・・お前も、分かっているんだろう?」
「・・・・何のことだ?」
「奪い取った存在情報を捌ききれるほど人と言う器は大きくない。無限の欲望であってもそれは変わらない。制御し切れないほどに存在を搾取するその手が導くモノは即ち破滅しかない―――それを使い続ければ、お前は死ぬ。」
 死ぬ―――その言葉が静かに全身に染み渡る。衝撃は無い。まるで、何も感じることはない。
 その言葉は嘘ではないのだろう。言っていることが嘘かどうかを判別する程度には人生を経験している。
 だが、別に問題は無い。シン・アスカの心は死ぬくらいのことで波立つことは無い。
「別に、いいさ。」
 言葉の通り、問題などどこにもない。
 何十年も生きて、幸せに死んでいくような人生を望んでいる訳でも無い。
 それに、この先の人生に幸せを望んでいる訳でもない―――そんな人生はいらない。
 求めているのは落とし所だ。この人生の終着点と言う名の落とし所を。
 だから、
「俺は守れればいい―――力を使い切って死ねるなんて、十分過ぎる。」
 呟く――淡々と。
「死ぬのが怖くはないんだな。」
 頷く。
 死ぬコトは怖くない。怖いのは守れないまま死ぬコト。守れない絶望を味わうくらいなら、死んだ方がよほどマシだ。
「誰かを守る為に死んでも構わないのか。」
 頷く。
 そうして死ねると言うのなら、十全だ。
「・・・・お前はもう揺らがないんだな。」
 ――頷く。
 守れなかった。ギンガ・ナカジマとフェイト・T・ハラオウンを。自分に好意を抱かせて“しまった”人達を。
自分は彼女達を死なせるつもりなど微塵もなかった。けれど、ならば何故彼女達は死んだ?
 決まっている。自分と関わったから―――自分に好意を抱いたからだ。
 ならば、結論は簡単だ。彼女達が死んだのは誰のせいだ?
 自分のせいだ。自分が殺したようなモノだ。
 揺らがない、と彼女は言う―――違う。もう、揺らぐモノなど何も無い。
 守りたかった人は死んだ。守らなくてはならなかった人を守れなかった。挙句の果てに、守るコトに執着し、力に溺れて、守れなかった。
 残ったのは後悔だけ。あの時、こうしておけば良かったと言うだけの無駄な思考。
 だから、揺らげない。
 この身はただ守る為に。
 誰かを―――目に映る全てを。
 ただ、それだけのチカラであればそれでいい。
 だから、頷いた。揺らがない、と。
 それを見て、少しだけ彼女は悲しげに俯いて――口を開いた。瞳に映りこむのは決意の光。
「・・・お前が目覚めたことで、彼女もまた目覚めた―――お前の願いを叶える為に。」
 “彼女”―――それが誰かを思考する暇もなく、彼女の口が動き続ける。
「それは奴らの準備が整ったことをも意味する。次の満月の夜―――世界に魔力が満ちる時、奴らは世界を
奪い(スクイ)に来るだろう。世界の中心、クラナガンへと。そして、」
 言葉を切る――そして、噛み締めるようにして呟いた。
「お前は消える。」
 一陣の風が吹いたような錯覚。彼女は息を吸い込む。言葉を切って、そして続けた。
「・・・・生き延びようとするのか、それとも戦おうとするのか。恐らく、それだけがお前に許された最後の自由だ。」
 彼女はただ事実だけを紡いでいく。まるで、既に運命は決まっているとでも言いたげに―――いや、恐らく決まっているのだろう。その事実を何気なく受け止める。
 そして、彼女は申し訳なさそうに―――苦しげに呟いた。
「だから―――戦ってくれ、シン・アスカ。我が主を守る為に。」
 瞳に映るのは決意の輝き。
 主―――初めて聞いたはずなのに、何故か、ソレが誰のことを指しているのか、理解する。
「・・・あの人を死なせなければいいんだな。」
「ああ・・・・その為に、私はお前を導いたのだから。」
 苦しさと決意と厳しさが篭められた言葉が放たれる―――身勝手な言い草だ。そう、思ったが別に構わない。
 そんな“死”を得ることが出来るなら、問題なんてどこにもない。
 バリン、とセカイにヒビが入る。
「時間、だな。」
 頷き、振り向こうとする――彼女が声を掛けようとする気配。振り向くのを止め、彼女を見た。
「・・・・いや、いい。私は、お前に、何を言う資格も無いしな。」
 苦笑して、彼女は嗤う―――自分自身を。多分、自身のあまりの身勝手さに吐き気でも催したのかもしれない。
 別に構わないのに――そう、思い、笑いながら呟いた。
「俺は、感謝してる。こうなれたのは間違いなくアンタのおかげだ。」
 それは真実だ。目の前にいる女性が何を思おうと関係無い。
 彼女がいなければ自分はただ犬死して終わりだったはずだから。
 だから――命の使いどころをくれたのは本当にありがたかった。
 おかげで、自分は“こうなれた”のだから。
「一つだけ聞かせてくれ、シン・アスカ。お前は、今、幸せか・・・?」
 震える声で彼女は呟く。
 それは毅然とした彼女には似つかわしくない―――不安げな子供のような表情。
「・・・・・ああ。俺は、今、“満足”だ。」
 そう言って、彼は振り向いた――これ以上語ることは無い。そう、言いたげに。
 振り向いたその先に、悲しげにこちらを見ている二人の男女がいた。
 どこかで見たことのある女性と、金髪の少年――レイ・ザ・バレル。
「・・・・もう直ぐ、そっちに行くよ、レイ。」
 満足げに笑うシン―――レイの顔は浮かない。
「・・・アンタにも、もう少しだけ・・・・力を貸りるよ。」
 優しげな言葉。シンの満足げな笑みを見て、少女も微笑んだ――悲しそうに。
 金色の髪と朱い瞳。服装は黒い服――喪服のように見える姿。
 その金髪と横顔はステラ・ルーシェのようで、悲しげな表情はマユ・アスカの泣き顔そのもので―――その女性は要するに二人に似ていた。見た目はまるで違うのに、雰囲気がどこかしら似ている。
 二人の横を通り過ぎて、歩き続ける―――ふと、立ち止まり、振り返ることなく、呟いた。
「そういや、アンタ、名前は何て言うんだ?」
 銀髪の彼女は少しだけ、思案して、口を開く―――セカイが幕を下ろしていく。音が消えていく。何も聞こえない。
「■■■■■■■」
 色を失っていくセカイ。意識の幕が下りていく。
 “彼女”の声が聞こえない。その桃色の唇に眼を向けて、口の動きだけで言葉を読む。
 紡がれる名前。唯一無二のモノ。聞いたことの在る名前だった。それは同じ部隊に生きる少女と同じ名前。その事実に僅かに驚きつつ――シンは瞳を閉じた。
 閉じる一瞬前に見えたもの。
 悲しげに笑う“彼女”。
 悲しみ――もしくは悔しさ――を堪えるレイ・ザ・バレル。
 悲しげに笑う名前を知らない少女。
 自分を見る全ての瞳が悲しみに染められていて――悲しむ必要なんて無いのに。そう思い、けれど言葉にするには遅すぎて――暗闇が舞い降りる。
 暗転。落下。
 落ちていく。自分が落ちていく。境界線から此方へと。セカイから世界へと落ちていく。
 そして―――目を開けた。
 夢を見たような気がする。夢の内容は・・・・“覚えている”。
 目に映るのは見慣れた天井。そこに悲しげに笑った“彼女”の顔が思い浮かんだ。
 咄嗟に“彼女”の名前を呟いた。
「・・・・リイン、フォース。」
 それは、既に死んだはずのヴォルケンリッターの名前。
 シン・アスカは“彼女”の願いを思い出す。
「八神さんを、守れ、か。」
 彼は嬉しそうに笑った。


 雨が止まない。
 ざあざあと雨が降り続ける。
 耳に届くのはその残響音と、周りの人間の涙声。
 棺桶があった―――その数は二つ。
 一つ一つ花を入れられ、金髪が花でうずめられていく―――フェイト・T・ハラオウンの“死体”。防腐処理が施されたその姿は死んでいるのが信じられないほどに綺麗で、涙が出るほどに綺麗だった。
「・・・・フェイトちゃん・・・ギンガ・・・・どうして。」
 目を赤く腫らし、涙を流す栗色の髪の女性―――高町なのは。管理局のエースオブエースとまで呼ばれた彼女にその面影は無い。
 そこにいるのはただの女だった。親友を失ったことを悲しむどこにでもいる女でしかなかった。
「なのはママ・・・・フェイトママは、死んじゃったの?」
 たどたどしい声―――両の目で色が違う希少なオッドアイの少女。年のころは恐らく10にも満たないであろう。高町なのはの養女にしてJ・S事件という災禍の中心にいた少女―――高町ヴィヴィオ。その外見に似合わない「死んじゃったの」という言葉。
 それを聞いて、なのはは思わず我が子を抱き締める。涙で汚れた顔を隠すように。
「ヴィヴィオ・・・・」
 続く言葉は無い。彼女自身、何を言っていいのかなどさっぱり分からないのだろう。数日前までは元気にしていたはずの親友が死んだなど、易々と信じられるものではない。
「ギン姉・・・・・・・」
 呆然とギンガの墓の前で涙を流す少女。
 スバル・ナカジマ。ギンガの妹である。
 彼女の目前に掘られた穴に設置された棺桶の中に、青い髪の女性がいた。
 ギンガ・ナカジマ―――彼女もまた“死体”だ。
 蒼い髪。白い、本当に透き通るような肌。命の感触を感じ取れない肌。フェイトと同じく防腐処理を施され、彼女もまたこれから眠りにつくのだ――永久に。
「スバル・・・」
 掛ける言葉など何も無い―――無言でスバルの背中を抱き締める少女。ティアナ・ランスター。彼女の瞳には涙は無い。目は信じられないコトを見るかのように二人の遺体に釘付けになっている。
「・・・・・。」
 違和感があった。何故二人が死んでいるのかと言う違和感が―――死体を見た時、脳裏に電流の如くそんな違和感が弾け―――けれど、今はそんなことを語る場では無いだろう。悲しみに塗れたこの場でそんなことを言うのは失礼どころか侮辱に値する―――常識的な判断がティアナにその決断をさせる。彼女は口を噤み、二人の死体を注視する。
 その後ろにはシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ達ヴォルケンリッターと彼らに囲まれるようにして呆けたようにして八神はやてが椅子に座っている。
「・・・・・・」
 信じられなかった。フェイト・T・ハラオウンとギンガ・ナカジマ―――自分の親友と自身の部下が死ぬことになるなど想像もしていなかったから。
(・・・・フェイトちゃんが死んで、ギンガも死んで・・・・)
 呆然と二人が眠る棺を見つめる。
 涙は出ない。既に枯れ果てるほどに泣いたからだ。
 もう、力は出ない。椅子に座れていることが奇跡に思えるほどはやては憔悴しきっていた――管理局からの叱責はどうとも思わなかった。そんなことよりも何よりも、二人を死なせたと言うことが最も辛かった。
判断が甘かった。情報が漏れていた。今回の失敗には幾つもの機動六課にとって不利となる状況が揃っていた―――けれど如何なる理由があろうとも二人が死んだことに変わりはない。
 何も考えられない。気持ちが奮い立たない。正直―――何もかも手放して逃げ出したい、とそう思うほどに。
 ギンガ・ナカジマ、フェイト・T・ハラオウン、二人の葬式には多くの人々が出席し、多くの人々が涙を流している。
 流れた涙の数だけ人の命には価値があると言う。
 前述した論理に従えば、彼女たちの命は殊更に価値があったのだろう―――本来の意味においても、そして管理局という組織にとっても。
 葬式は大々的に行われた。殉職した他の管理局員と比べれば日悪にならないほど豪奢であり、その出席者の数もはるかに多い。
 居並ぶ面々は管理局の中でも有数の―――権力という意味で―――実力者達ばかり。中にはまるで関係のない一般人までいる。流石にテレビ中継とまではいかないが。
 管理局にとって、ミッドチルダにとってはフェイト・T・ハラオウンとは下手なアイドルよりも知名度が高い。 その結果といえば妥当かもしれない。死んで尚プロパガンダとして利用されることが家族につける傷痕はどれほどのモノか―――それを想像するのは難くない。
 悲痛な表情で――けれど、涙は流さずにしているリンディ・ハラオウンに肩を抱かれ、キャロ・ル・ルシエは言葉も無く呆然と、自身の“家族”が巻き起こした所業を目に焼き付けている。
 瞳は虚ろであり、窪んだ眼窩は髑髏を連想させるほどに隈が出来ている―――眠れないのだろう。
 胸を占めるモノは罪悪感と孤独感と、そしてそれらが織り成す絶望感。
 家族を同時に二人も失い―――しかも片方は敵になってしまったのだ。膨れ上がった絶望はキャロ・ル・ルシエという器を壊し尽くそうとしている。
 シン・アスカはそんな彼女を見て、彼女と眼が合った。
 彼女の瞳が助けを求めて潤み、そして助けを拒絶して光が戻る。
 一瞬、動揺がシンの顔を走り抜け、次の瞬間には消えさった。
 何故ならそれは当然のことだからだ。キャロ・ル・ルシエ、スバル・ナカジマ、そしてこの場にいる全ての人間にとってシン・アスカとは“憎悪”の対象なのだ。少なくともシン自身はそう思っていた。
 彼はフェイトとギンガを死んだ原因は自分にある、と考えている。
 勿論、それが全てではない。殺したのは紛れも無く彼とは別の誰かでシン・アスカではないのだから―――けれど、少なくとも彼女たちがシンと出会わなければ彼女たちは死ななかった。少なくともシンがもっと強ければ彼女たちは死ななかった。
 それは誰が何と言おうと紛れも無い事実であり、既にシン・アスカにとっては真実として定着している。
 だから、どれだけ憎まれようとも構わない。そう思っていて―――けれど、キャロ・ル・ルシエはそんなことをまるで思っていなかった。
 彼女のココロにあるのは、“どうして”。この言葉のみだった。
「・・・・・エリオ、くん」
 呟きながらキャロはあの日を思い出す。あの日の記憶―――彼女に絶望を与えた一幕を。
 あの日、呆然と二人の死体の前で立ち尽くすシンと出会う前、キャロはエリオ・モンディアルと出会っていた。

 それはフリードに乗ってエリオを探していた時のことだ。大きな爆発が起きた方向にとにかく向かった。散乱していたガジェットドローンの網を潜り抜け、とにかくその爆発に向けてフリードを走らせた。
 何故かそこに、行かなければいけない―――そんなざわつきを覚えて。
 そこで二人の男と鉢合わせすることになった。
 金髪の仮面の男と、優しげな容貌に反して陰鬱な眼をした赤い髪の男。
 ―――その時のことは忘れようも無い。
「・・・キャロ。」
 赤い髪の男が呟いた。
 その声を聞いた瞬間、キャロの心臓が一際強く鼓動した。
(え・・・?)
 見た目はまるで違う。
 何故なら目の前にいる赤い髪の男の年齢はどんなに少なく見積もっても15歳程度。エリオ・モンディアルの年齢は未だ10歳を過ぎた程度。
 ありえるはずが無い。なのに、雰囲気と声が彼がエリオなのだと告げている。
 だから、その男はチグハグしている。見た目と中身が一致しない―――そんなありえない感覚を覚える。
「・・・・仲間かい?」
 仮面の男がこちらを見た。ゴミでも見るような視線が怖かった。
「いや・・・・もう、違う。」
 赤い髪の男から放たれた声は、その見た目にまるでそぐわない聞き慣れた子供の声。
「・・・エリオ、君?」
 赤い髪の男は、苦しげな顔で顔を逸らし―――そして、呟いた。
「早く、皆の元に戻るんだ、キャロ。」
 キャロ、と呼ぶ声。見た目がまるで変わってしまっても、そこだけはまるで変わらない。
 キャロ・ル・ルシエの胸に灯る確信――目前の赤い髪の男がエリオ・モンディアルなのだと。
「・・・・・エリオ君、何で、なに、してるの・・・・?」
 震える声を自覚する。
「ボクは、ソコにはいられない。・・・ボクにはやらなきゃいけないことがあるんだ。」
 ソコがどこなのか、やらなきゃいけないことが何なのか。
 そんなことは彼女にはサッパリ分からない。
 分かっているのは一つだけ―――家族がいなくなると言うその事実だけ。
「え、エリオ君・・・な、何を、言ってるの?」
 動揺―――むしろ、恐慌寸前のキャロ・ル・ルシエを見て、エリオ・モンディアルは苦しそうに顔をしかめる。
 だが、それだけだ。彼は目を逸らさずにキャロを見る。瞳には澄み切った決意が浮かぶ――理解できない。何故、そんな清廉とした想いを持てるのか。何も分からない。
「彼はキミたちよりも私達を選んだのさ。」
 仮面の男がそう嗤いながら呟いた。
「わ、たし、たち?」
「キミたちの敵だよ・・・・分かっているんだろう?」
 何が面白いのか、ニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべながら仮面の男は話し続ける。
「エリオ・モンディアルは裏切ったのさ、キミたちを。」
 男はそう言って右手をキャロに向ける―――右手が変質する。白い袖に包まれた人間から黒光りする鋼へと変質/変容――右手に巨大なライフルが現れる。
「あ」
 呆けたように口を開いて、キャロはソレを見た―――反応できない。
 一条の光が輝いた―――キャロ・ル・ルシエに向かって伸びていく。
「ひっ」
 目前に迫る熱量を感じて、ようやく気づく―――死ぬ。死ぬ。呆気なく簡単に自分は死ぬ。
 熱が自分を焦がす――焼失する。髪がチリチリと、皮膚がジリジリと、口内がカラカラと。乾いていく焦げていく燃えていく。
 恐怖から瞳を閉じる――唐突な展開に思考が追いつかないのだ。
 爆発。黙々と上がる煙―――違和感を覚える。自分の身体が残っている―――意識がある。生きている。傷が無い。
「エリオ・・・君。」
 目前に立つ人影。エリオ・モンディアルが羽根の様な大剣を構え、キャロを守るようにして立っていた。
「・・・・クルーゼ。」
 放たれる殺意―――空間を揺さぶるほど。けれど、ラウ・ル・クルーゼは揺らがない。むしろ愉しげだ――自分を殺した男と同じ顔の人間が苦しむ姿を楽しんでいるのだろう。
「怖い顔だ。本当に殺すと思ったのかい?」
「・・・・・」
 エリオ・モンディアルは答えない。油断無くクルーゼを睨みつける。
「・・ようやく、幕が上がったんだ・・・これ以上、役者を減らす道理も無い。それにキミはどうせその子を守るだろう?」
「そうだ、ボクは、“その為”にこうなった。決して、貴方たちの仲間になる為じゃない。」
「なら、分かるだろう・・・・スーパーコーディネイターであり、最強のウェポンデバイスであるキミを私程度が殺せるはずもない。」
 沈黙が場を覆う――――緊張が走る。張り詰めていく空気。キャロ・ル・ルシエは失禁しそうなほどに恐怖を覚える。目前で繰り広げられている殺意と殺意の応酬に充てられ、そして自分の良く知っているはずの家族が今までに見せたことも無いような顔を見せていることに驚いて。
 表情は違う。けれど、その内実にエリオ・モンディアルを感じて彼女は彼がエリオだと感じ取り―――けれど、今はもはや、その面影すらない。そこにいるのはただの修羅。戦鬼という名の修羅しかいない。
 ガタガタと身体が震える―――死の恐怖ではなく、未知への恐怖。置いていかれる恐怖。
「クルーゼ、先に行って下さい。」
「どういうつもりだね?」
「・・・・僕も直ぐに後を追います。必ず、そちらに行きます。だから、今は・・・」
 言葉に篭る必死な響き―――苦しげに吐き出した言葉にソレが篭る。前髪に隠れて瞳は見えないが―――恐らくは泣きそうな顔をしているのだろう。
 クルーゼは、喉を鳴らして、くくく、と笑うと答えた。
「・・・・弁解などしなくともキミが私達を裏切ったりはしないことは知ってるよ。キミは望んでコチラに来たんだ・・・それくらいは信用するさ。」
 信用。そう、彼には絶対に似合わない台詞をぼやいて、ラウ・ル・クルーゼは右手を掲げた。現われ出でる黒色の魔法陣―――転移魔法陣だ。
「なら、私は先に帰らせてもらうとするか・・・・エリオ・モンディアル。キミのこれからに期待させてもらうよ。」
「・・・・・・ええ。」
 転移魔法陣が輝き、回転し、稼動を始める―――ラウ・ル・クルーゼの身体がその黒い魔法陣に溶け込むようにして消えて良く―――空間転移。
 怯えて、固まっているキャロ・ル・ルシエなど気にも止めない―――心底どうでもいいのだろう。生きていようと死んでいようと、彼に取ってキャロ・ル・ルシエなどという一介の魔導師は八つ当たりの対象にもならない。
 必要でなければ殺すことも面倒だと断じれるほどに。
「・・エリオ君・・・・うそ、だよね?裏切った、って・・・そんなの。」
「―――本当だよ。僕はこれからキミたちの、機動六課の・・・時空管理局の敵になる。」
 血を吐くような声で彼はそう言って、右手でキャロが向かっていた方向――爆発が合った方向を指し示す。
「あそこに行くといい・・・・そこで僕が裏切った、“その証”が待っている。」
 呟いて、エリオ・モンディアルが左手で握り締める大剣が輝き出し、黒い魔力(ヒカリ)が溢れ出し、魔法陣を形作る―――エリオ・モンディアルがその魔法陣に飲み込まれていく。
「エリオ君!?待って!待っ・・・つっ!?」
 手を伸ばす、黒い魔力に手が触れる―――バチリ、と手に痺れが走る。黒い魔力を覆うようにして、紫電が流れている。
「大丈夫・・・・皆、僕が守るから。だから、心配しなくていいよ・・・・僕が皆を守るから。」
 微笑む―――エリオとは違う顔で、エリオと同じように、エリオと同じ声で。
 涙を流しそうなほどに悲しそうに笑っていて。
「エリオ君!!」
「だから、今は・・・・・・」
 手を伸ばし―――
「さよなら、キャロ。」
 ―――手は届かない。
 そして、初めから何も無かったかのように彼は消えた。

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Author:SOWW
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 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

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