FC2ブログ
空想垂れ流し 36.慟哭の雨(g)

36.慟哭の雨(g)


「デスティニー。」
 抑揚の無い声―――顔を上げることなく、シンは呟く。
『了解しました。』
 デスティニーから流れる電子音。それまでよりもはるかに流暢な電子音と言う
よりは電話越しに誰かと喋っているような感じさえする。懐かしい声―――誰の
声か分からない。聞いたことのある声が幾重にも重なっているかのように感じる。
 言葉と共にデスティニーの青い輝きが更に増す。
 中心で輝き、付近一帯を染め上げる蒼蒼蒼――――ジュエルシードの輝き。
「ただし、あの二人にだけは絶対に手を出すな。」
『・・・・兄さん、ここには誰も居ませんが。』
「・・・・ああ、いないな。」
 “いません”と言う言葉に反応して顔をしかめる。デスティニーがそう言う理由
は分かる。既に死んでいる人間は居ないのも同じ―――そういうことだろう。
 だが、それでもこれ以上彼女達を苦しめるのは嫌だった。それが単なる感傷に過ぎ
ないと理解はしていても、尚―――それは度し難い。
「それでもだ。絶対にそこからは“奪うな”。」
『・・・・・了解しました。』
 搾取が始まる――――世界が変質する。糸が伸びる/接続する――流れ込む甚大な
生命力。魔力変換。魔力が寄り集まり、ヒトガタを取っていく―――シン・アスカの
全身を焔が覆っていく。
朱い瞳は既に焦点を失っている―――虚ろな瞳は虚ろな顔と相まって幽鬼の如き様相
を見せ始めている。
「あなたは・・・・・やっぱりその力を使うんですね。」
 悲しむように・・・・嘆くように、エリオ・モンディアルは呟く。
「エリオ、最後に一つだけ聞いておく。」
 飄々と話すシン。酷薄ささえ漂わせたその様子はいつものシン・アスカではない。
「何ですか・・・?」
「何で、フェイトさんを殺した?」
 シンにはそれだけが理解できなかった。
 エリオ・モンディアルにはフェイト・T・ハラオウンを殺す道理が無い―――自分を
殺そうとするのならば、まだ理解出来る。ギンガを殺すのも―――理解出来ないが
納得は出来る。
 だが、フェイトを殺すことだけは理解できない。
 何故なら彼は彼女を慕っていたからだ。家族として、親として、姉として。
「―――必要だったからです。」
 呟き、そして沈黙。エリオの表情に翳りが出る。それは悲しみを堪えたような翳り
ではなく―――どちらかというと苦しさを伴わせた翳り。まるで言いたくないことを
言わなければならない、子供のような表情。
「そうか。」
 デスティニーの輝きが増していく。シンの周辺が陥没し、右手が虹色に輝き出す。
「必要だったから――――殺したのか。」
 エリオの背筋を怖気が走る。肌が粟立つ。戦えば絶対に“勝利する”と分かっていても
尚、恐怖を感じる―――虚無に気圧される。
 そこにいるのはただのヒトガタ。蓄積された膨大な虚無が人の形を取っているだけの
人外の化生。
「だったら、お前は“要らない”。」
 朱い炎が猛り出す。淡々とした口調とは裏腹に、劫火となって燃え上がる。
 全てを燃やし尽くす為に。
 全てを守る為に。
 二度と何も奪われない為に。
 奪われた代償として―――全てを奪い返す為に。
 緋が、走る―――姿が掻き消える。
 交錯―――続けて交錯。接触。交錯。鍔迫り。接触。弾く。弾かれる――――交錯。
 剣戟が舞う。
 朱い炎のシン・アスカと蒼い光のエリオ・モンディアルの剣戟。
 共に常人の七倍の速度と言う知覚不可領域での攻防。
 縦横無尽に曇天の空を駆け巡る朱と蒼。
 剣戟の余波で瓦礫が吹き飛ぶ。地上が抉られる。樹木が弾け飛ぶ。
「・・・・」
「・・・・」
 言葉は無い―――無言。
 既に言葉を交わす意味は無い。殺し合いにそんなものは要らない。雑多だ。
 再び交錯―――鍔迫り合い。互いに互いの得物を弾いて、僅かな距離が開く。
 裂帛の気合。最大威力の攻撃。剣と剣の激突―――大気が魔力の余波に耐え切れず
に歪み、爆風を生み出す―――距離が離れる。20mほど。
「砲身精製(バレルオープン)。」
 エリオの呟きに応えて、彼の周囲に言葉通りに砲身が精製される。青みがかった
ガラスの如く透き通った砲身―――発射。赤い光の奔流。その数3基。
 無言でそれを回避するシン。それまでのように速度で強引に回避するのではなく予め
知っていたかのように砲撃の直前に場所を移動する。
 構わず砲撃は止まない。雨となって降り注ぐ。一撃必死。当たれば消し飛ぶ―――無視。
「ドラグーン。」
 刀身の峰に再度精製された羽金が蠢く。蒼白い輝き。同時に周囲に砲身が更に精製され
ていく―――合計16基。
「フルバースト。」
 呟きと同時に放たれる光の奔流。赤と黄の光―――その16基の砲身が火を吹いた。
膨大な羽金が峰から飛び出し、渦を巻いて虚空を駆け抜ける。
 先ほどシンに向けて放たれたストライクフリーダム最大の砲撃魔法。ドラグーンフルバースト。
 ―――当たれば消し飛ぶ、その威力はもはや砲撃というよりは殲滅という表現が正しい。
「――――」
 対するシン・アスカはあろうことか静止している。表情は変わらない―――死の恐怖など
どうでもいい。冷静な判断が回避を告げる―――無視。
「行くぞ。」
 呟き。加速―――両肩、両腰、両膝、そして背中。総計5つのフィオキーナ――短距離
高速移動魔法――を精製する。
 エクストリームブラストの起動は止めない。全身を覆う朱い炎を模した魔力は出力を最大で
固定したまま。
 本来なら、受けることすらままならない無数の羽金と空間に投影された魔力によって精製さ
れる16の砲身による一斉掃射。
「・・・・・」
 無言で後方に飛行―――わき目も振らずに後退し、曇天の空に向かって急上昇。風が荒い。
体勢が崩れる―――無視。
 砲身から放たれた砲撃はそれで回避できた。追尾性能は無いことを確認。
 だが、無数の羽金はこちらを追って上昇――風によって軌道が変化するも、逆にその風に
乗るようにして、前進する。風に乗ったせいで密集した弾丸のようだった羽金は散り散りと
なり、シンの全方位を覆うようにして狙い撃つつもりなのだろう。
 羽金の攻撃手段は砲撃ではなく突撃。一番分かり易いイメージはミサイル。その軌道はエリオの
意思に従ってなのだろう―――今もエリオがその場を動かずにこちらを見つめているのがその証拠だ。
 避ける隙間は無い―――デスティニーを腰のベルトのホルダーに固定し、両手を左右に伸ばし、
魔力を収束する。掌を覆うようにして朱い魔力が浮かび上がり、半球を模して輝き始める。
途端に朱い光がレンズのように形状変化。それはギンガの用いたトライシールドを模した
魔法である。無論、能力はトライシールドに及ぶべくも無い。性能という点ではプロテクションや
シールドを使った方がいい。利点といえば、詠唱無しで使用できると言う点と魔力消費が小さいと
言うくらいである。
 別にソレで受ける気も無ければ弾く気も無い。
 僅かでも隙間があれば回避は可能なのだ。だから―――隙間が無ければ、作ればいい。
 羽金の弾幕は先ほどと違い全方位に散らばった――――つまり、密度は下がっている。
 砲撃の内、一発に狙いをつけて受け止め、その勢いを逃がし方向を変える。
 出来た隙間に身体を滑り込ませる。弾幕に突入する。
 動きは最小限。
 弾幕を読むのではなくただ単純に弾幕に反射して避ける。
 圧倒的な反射速度によってもたらされるその回避はさながら未来予測に匹敵しているかのごとく。
 頬が焼けた。穴が開く。口内に入り込む風―――無視。
 脇腹を掠める砲撃。貫かれ痛みが走る―――無視。
 肩を貫く羽金。爆発。肉が抉られ、噴出す出血。動脈から出血―――無視。
 耳が弾けた。耳の中に違和感。血が流れ込む。よく聞こえない―――無視。
 太股を抉る羽金。ぼきん、と音がした。骨折。奇跡的に動脈は外れていた―――無視。
 捌くことで生まれた隙間に身体を滑り込ませる。
 繰り返される、精密でありながらも大胆な動作。
 前に、右に、左に、上に、下に、後方以外全ての方向に身体ごと回避し、致命傷――即死する
類の損傷――を回避する。
 止まらない。止まることを知らないのではなく、止まることを否定する。
 開かれた未来は前方のみ。振り返る必要は無い―――守るモノなどもはや無い。
 弾幕を抜けた。爆煙の中から朱い炎を纏ったシン・アスカが現れる―――アロンダイトに魔力を
徹す。顕現する業火の包丁――アロンダイトインコンプリート。業火の包丁が巨大化する。
「アロンダイト。」
 宣言の如く呟く。途端、焔の朱が増す。
 右手でソレを振りぬいた。
 エリオの足元に生まれる二つの砲身――ガラスのように透明。発射/刀身に着弾―――爆発。
 軌道が変化し、エリオ達を切り裂くことは出来なかった。瞬間、焔の刀身からアロンダイトを
切り離し、突進する。
 フラッシュエッジを引き抜き、大剣と短剣の二刀流。
エリオも同じく羽金の大剣―――ストライクフリーダムを握り締め突進。ドラグーンを射出。
 羽金と刃金がぶつかる。
 シンの後方から彼を狙い撃つ無数にも近い羽金の群れ―――ドラグーンの突撃。
 そちらを視認することも無く動くシン。ドラグーンの狙いの反対側に常に位置取るように。
 至近距離ゆえにある程度の安全距離を確保しているエリオ。シンはその安全距離に踏み込み
続ける――エリオの直ぐ近く、砲撃されてもおかしくない距離に向かって。
 カリドゥスとパラエーナ。エリオが顕現することの出来る幾つもの砲身には顕現に際する
ルールなどは一切無い。
 魔力のある限り無限に作り出せる上にその作成時間は一瞬にも満たないほど。魔力の溜めも
一瞬で済む上に、コンクリートをガラス状に融解させるほどの威力を持つ。
 チリチリと髪が焦げる。全身に軽度の火傷。回避したとしてもその高温は肌を焼く。疼くような
痛みが全身を苛む――無視。
 シンは再び踏み込む。エリオにとっては安全で、自身にとっては最も危険な距離に。
 剣戟を繰り返す。
 何度も幾度も、無限とも思える鬩ぎ合いが続く。
 ドラグーンの狙いと突撃のタイミングが“何故か”理解できる。
 後方に目がついているのではないのかという捌きと移動。歯噛みするエリオ。
 能力――攻撃力、防御力の全てで僅かずつエリオが勝っている。速度のみ僅かにシンが勝っている。
 武装面でも然り。射程距離や反動、起動時間、弾数などの全てにおいてエリオが上である。
 なのに、当たらない。発射の瞬間、突撃の瞬間を“感じて”回避する。
 高度の殺陣のような、立ち回り。互いに示し合わせたかのようにして、絡み合う二人の魔導師。
 二刀と一刀の応酬。速度で勝るシンと手数で勝るエリオ。
 剣戟の交錯。
 エクストリームブラストによる搾取は続く―――エリオには通用しない。理由は分からない。
何らかの魔法が働いているのかもしれない―――無視。
 どんなに常識外れの速度といえどエリオの瞳はソレを捉えている―――彼も同じく常識外れの
速度の世界に住んでいるからだ。
 それでも当たらない。当たるはずなのに当たらない。
 けれど、エリオは慌てない。この結果は予想通り。事前に情報展開によって知らされていたこと
なのだから。
 スカリエッティがこの光景を見ればほくそ笑んだことだろう。シン・アスカ―――無限の欲望は
完成した、と。その肉体が、ではなく、その根底が。
 果てとなる願い。支えとなる力。だが、これではまだ足りない。無限の欲望として完成するには
まだ不足しているものがある。
 それは、絶望だ。自身の無力を呪い、周囲の全てを雑多と断絶する絶望。
 最高の絶望とは、絶望と絶望と絶望と・・・ほんの少しの希望によって彩られる。
 絶頂から奈落へ叩き落されても人は絶望することはない。奈落は奈落。その下は無い。故にそこ
からは這い登るのみだから―――けれど、這い登る最中に、奈落よりも深いところに突き落とされ
たらどうなる?
 絶望はその色を深めて熟成するだろう。心を暗雲が覆っていくだろう。
 それを幾度も幾度も繰り返すうちに絶望は芳醇な香りと色合いを以って熟成していく。
 ワインが熟成と言う名の腐敗を経験していく中で、培われるように、絶望もそうして腐敗するこ
とで熟成する。
 そう、絶望とは、腐敗することで熟成する。
 ―――シン・アスカは哀れな人間だ。
 一度目の戦争で家族を失った。絶望した。奈落に落ちた。
 その奈落から立ち上がる為に彼は“オーブ”という敵を想定して這い登ることになる。
 オーブが悪い。オーブが裏切った。奴らが憎い―――復讐と言う最も簡単な目的を設定して。
 その結果、二度目の戦争で彼は力を手に入れ、そして守るべき者を得た。圧倒的弱者――ステラ・
ルーシェ。敵でありながら、シンが守らなければならないと感じた少女。あてがわれた悲劇を回避
する為にシンは手を尽くした。傍から見ればお粗末な手管ばかりで馬鹿としか思えない行為の数々。
けれど、彼は必死だった―――必死にもなろう。それは彼にとって絶望から脱出する好機だったからだ。
 代償行為―――今度こそ守ると言う誓い。それを果たした時、自分は絶望から抜け出せる。そう、
感じたのかもしれない。
 だが彼は再び奪われる。ステラ・ルーシェは彼の目の前で死んだ。出来ることは無かった。絶望した。
 その後、彼はステラを殺したフリーダムを復讐の相手として認識し、研鑽を積み重ね復讐を完遂する。
絶望によって彼は強くなったのだ。
 その後、専用機であるデスティニーを受領し、フェイスとしての特権も得て、彼はザフトのスーパー
エースとして君臨する――アスラン・ザラの裏切りが彼の心に影を落としてはいたが―――人生の絶頂
であろう。奪われ尽くした少年は栄誉と力を得て、絶頂に返り咲いた。
 一種のサクセスストーリーとして考えれば問題は無いストーリーだった―――ここで終わるなら。
 だが、運命はそんな絶頂を許しはしなかった。
 英雄が現われた。
 キラ・ヤマトとラクス・クラインがオーブの旗印の元、人類の自由という謳い文句を背に戦いが挑んで
きたのだ。その中には死んだはずのアスラン・ザラの姿もあった。
 心は千々に乱れ、それでも力に溺れたシン・アスカはザフトを―――平和を作り出すと言う
デスティニープランを守る為に戦い、そして完膚なきまでに敗れた。最後は味方であるはずのザフトが
反旗を翻し、ラクス・クラインはザフトの英雄、新たな議長として迎え入れられる。絶望である。自分の
信じたモノが打ち砕かれた挙句に再び全てを奪われたのだ。絶望しないはずが無い。
 或いは―――真に絶望していたのなら、彼は幸せになれたのかもしれない。何もかも忘れて生きて
いけたかもしれない。
 けれど、忘れてしまうには思い出は尊すぎて、生きていくには現実は辛すぎて。
 ―――彼は軍に舞い戻った。力無い人々を守る為。苦しむ人々を守る為。けれど、本当はそうしな
ければ生きていけない自分自身の為に。
 ―――そして、その果てに彼はミッドチルダに来た。そこで生きる理由を見つける。誰かを守ると
言う前と全く変わらない理由を。
 そうして、今に至る。
 幾度も繰り返された絶望と腐敗の結果、シン・アスカという人間の心根は壊れ、砕け散る寸前にまで
圧縮されていく。
 守ると言う行為によってのみ発散される極大なストレス。自身が絶望しているということにすら、
気づかない精神。
 そこに与えられた、大切な者を殺されると言う絶望―――ステラの時と同じか、もしくはそれ以上。
同じ部隊で共に戦い、想いを寄せられた乙女達を殺された。
 極大化したストレスは弾け飛び、シン・アスカという名の器を破壊する―――内から溢れる
虚無の内圧が全てを侵したのだ。
 結果、シン・アスカは完成した。完全なる絶望を手に入れて。
 無限の欲望として目覚め、シン・アスカは全てを燃やし尽くす劫火となるのだ。
 スカリエッティとは違い、右手に彼が手に入れし“証”が浮かび上がっている―――瞳のような
カタチをした虹色の紋様が。
 それはスカリエッティのように全てを見通す眼ではなく、全てと繋がる搾取の手。
 デスティニーに格納されていたリジェネレーションとエクストリームブラストの二つの魔法。
 その根幹となる周囲からの魔力吸収。それが顕在化した姿である。
 普通の人間ならばそんな無作為に魔力を所構わず吸い上げても自身に還元などできない。
 リンカーコアによる魔力精製よりも遥かに強大な魔力濃度をその身に宿すのだ。下手をすれば
死ぬ。死にはしないにしても魔力に溺れて廃人に成りかねない。
 だが、シン・アスカは違う。
 彼には元々そういった素養があった。
 死んだはずのステラ・ルーシェと戦場で邂逅した。
 異常なほどにマユ・アスカに拘った。
 レイ・ザ・バレルを忘れられなかった。
 ―――蒐集行使。八神はやての用いるソレとはまるで異なるモノであるが、他者の魔力―――この
 場合は魂を含む―――を吸収し、己のものとする能力。
 彼には生まれ付きその素養があった。全ての次元世界においても稀に見る希少技能である。
 その結果、彼には多くの死者が身を寄せることになる。それらが取り込まれ分解されていく内に
本来存在しないはずのリンカーコアが精製され、膨大な潜在魔力量を得ることになる。
 シン・アスカは喰らう。他者の魔力―――魂を。霊魂を己がモノとして取り込むのだ。
「くっ・・・!!」
 呻きと共にエリオが吹き飛ぶ―――姿勢制御を行い、後退。
 その隙を逃さず、アロンダイトを振り被って、シンが接近する。
 刀身には朱い炎。主の意思に従い、非殺傷設定はデスティニーが“勝手”に解除している。
 当たれば―――死ぬ。
「死ね。」
 振り下ろす――――エリオが唇を吊り上げた。愉悦に歪んだ微笑みを。
「――――集え、ドラグーン。」
 呟きに従い、散らばっていた羽金が収束する――――収まっていた剣の峰ではなく、シン・アスカに
向かって。
「―――ちっ。」
 エリオの思惑に気付き舌打ち。今、エリオはあえてシンに攻撃させる隙を作って、誘い込んだのだ。
攻撃が当たらないのならば当たる瞬間を作れば良い。最も攻撃し易い瞬間。それは攻撃する瞬間
そのものという基本に従って。
 アロンダイトをケルベロスに変形させ、下方に向けて発射―――ドラグーンの包囲網に穴が開く。
 そこに向けて落下する。重力加速度も加味された降下は常の飛行よりも尚速い―――墜落と言っても
いいほどの速度。
 地面が迫る。全方位から狙い来る羽金の群れ。周囲を見る――――逃げ場は無い。先ほどの様子
を見る限りは手動による追尾。ならば弱点は操作している大元を叩くことに限るのだが―――その為には
まずこの包囲網を抜ける必要がある。先ほどのような捌きながらの突進はこの状況では使えない。
 先ほどは弾幕の密度が薄かったから可能だった。目前にある羽金の群れの密度に先ほどのように突っ込
んでいけば身体中穴だらけになって終わりだ。
 地面が近づく。その距離もはや数mほど。時間は無い。
「―――パルマ」
 右手に魔力を収束させる――――朱い魔力光が輝き出す。
 放つは近接射撃魔法“パルマフィオキーナ”。狙うは目前に迫り来る“地面”。
 落下する身体を更に加速させる。このままでは激突することは必至―――けれど、シンの顔に焦りは
無い。焦る必要も無い。澄み切った思考と全能感。拡張した知覚は世界全てを自身のモノと錯覚させるほど。
「・・・・・。」
 地面との間、残り5m―――加速。シン・アスカは動かない。魔力光に揺らぎは無い。
 地面との間、残り4m―――加速。後方から迫る羽金も同じく加速し追い縋る。
 地面との間、残り3m―――加速。激突したならば死ぬ。それでも止まらない。
 地面との間、残り2m―――加速。更に加速。右腕を伸ばし、魔力を更に圧縮する。
 残り1mを切る――――後方から追い縋る羽金の速度に陰りはない。シンは右手を地面に叩き
付けるようにして振りかぶり―――
「フィオキーナ!!」
 咆哮の如く詠唱。
 ―――放つ。振り抜いた。
 朱い魔力の間欠泉が地面と接触し爆発―――瞬間、爆発の反動で地面と平行に"跳躍“して方向転換。
 その方向転換に対応し切れなかった羽金が次々と地面に激突する。
 連鎖爆発/舞い上がる粉塵――着火/爆発。爆風に吹き飛ばされる。
「くっ・・・・!!」
 舞い上がる爆煙――視界が遮られる。
 右肘の間接部分に激痛。
 間接が外れた―――地面に叩きつけて無理矢理“はめる”。
 激痛―――動かないよりは良い―――無視。
 距離が離れる―――残りの羽金が追い縋る。
 デスティニーをケルベロスⅡに変形―――魔力弾の高速連射。移動しながら弾幕を張る。
 着弾―――爆発。羽金が次々と消し飛んで行く。
 羽金はミサイルと同じような性質を持っている―――着弾後、爆発する。つまり、着弾させてしまえば
“必ず”爆発する。
 右手のケルベロスⅡを見る――デスティニーからの声。
『兄さん、来ます。』
「―――。」
 再度、羽金がこちらに向かっているのが見える。弾数は無尽蔵。回避し続けることは困難――無視。
 デスティニーの言葉には答えず、ケルベロスⅡを右手に構え、左手に先ほどと同じトライシールドを
模した防御魔法を構え――再度、全速で後退する。
 エリオから付かず離れずの距離を飛び回るように――決して、この場から逃げ出すことはない。
離脱など頭の中には存在しない。
 羽金が迫る。砲撃が迫る。羽金を回避する――その方向目掛けて砲撃が放たれる。偏差射撃。あら
かじめ回避方向を予測し放たれた砲撃。それを身体を捻り、間一髪で回避―――髪が焦げる。バリア
ジャケットの一部が焦げる。
 間隙無く羽金が迫り来るのが見える―――ケルベロスⅡを弾幕に向かって連射。狙いをつけずとも
密度の濃い弾幕ならば命中する―――爆発。連鎖。誘爆。
 上がる爆煙。その煙を切り裂いて迫り来る残りの羽金―――割合で言えば未だ9割ほどまでにしか
減っていない。上空に向かって飛行。足元にパルマフィオキーナを精製―――待機。
 ケルベロスⅡからは変形させない。何よりもあの弾幕を回避しなくては攻撃もままならない。
「デスティニー。サポートしろ。」
『了解しました。』
 以心伝心。言葉は少なくとも意味は伝わる。
 朱い瞳に僅かばかりの感情が浮かぶ―――覚悟の輝き。
 弾幕に向けて突進―――直前で急上昇。
 デスティニーによる状況分析/行動予測―――各部に精製されたフィオキーナがシンの動きに合わせて
角度と威力を精緻に調整されていく。シンがこれからどう動くかを分析し予測し、彼が脳裏に描く動きを
再現する為にデスティニーがサポートを行う。
 下方より迫る羽金にケルベロスⅡを最大掃射―――連射速度は最大。
 これまでと同じく爆発。
 そして誘爆。
 弾幕に穴が開く―――そこを埋めるようにして更に羽金が迫り来る。
 隙間無く、密に密に高速で迫る弾幕―――足元、腰、肩、背中に精製したフィオキーナによって
高速でそれら全てを、回避し、誘爆させ、弾き、捌き、振り返り、回転し、弾幕を削り取るようにして、
弾幕を避け続ける。
 ケルベロスⅡを全方位に向けて連射。
 イメージは宙間戦闘。
 上も下も左も右も無い宇宙においては、自身の向きに拘ることこそが命取り。
 射線を合わせること、射線をずらすことが必須となる。
 反射速度は未来予測の如く。行動速度もそれに追随し、現在(イマ)に先んじて未来(サキ)を撃つかの如く。
 撃つ。撃つ撃つ撃つ。撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ。
 目まぐるしく方向を変えるフィオキーナ。射線が合えば撃つ。射線がずれても撃つ。狙おうとも狙わず
とも、当たることは明白―――故に撃つ。撃ち続ける。弾幕を突破―――全身から煙が上がる。避けきれず
命中した羽金による損傷―――リジェネレーションによる急速再生。蒸気を上げて傷が塞がっていく。
 ケルベロスⅡをアロンダイトに変形。接近し、攻撃―――シンの眼前にエリオ・モンディアルのストライク
フリーダム/羽金の大剣が横薙ぎに振り抜かれている。
「・…っ!」
 両肩と両足のフィオキーナを急速発射。両肩は前面から、両足は踵部分から。ぐるり、と身体を
急速に回転させ、大剣の一撃を避ける―――攻撃に移ろうとした一瞬を突かれた奇襲。攻撃に使う
はずの時間的余裕を回避に用いた――致命的な隙が生まれる。後方から迫り来る羽金。それを避け
る暇が無い。
「―――。」
 言葉を放つ暇は無い。シンは亀のように身体を丸くし、両腕で顔面を防御。膝を折り畳んで腹部
を防御。フィオキーナは全て解除し、その瞬間に注ぎ込める全魔力を使って、プロテクションと
シールドを最大威力で同時発動させる。
 羽金が着弾する。爆発する。瞬間何百発という数量の爆発―――爆発の圧力がプロテクションを
壊していく。シールドに亀裂を入れていく。防ぎきれない。
 びしり、とシールドに巨大な亀裂。限界が近い。爆発は終わらない。
 閃光が弾けた。シールドはもはや限界を超えた。爆発が起きる。
 ふと、下を見た。
 ギンガとフェイトの死体が見える――――俯いて虚ろな瞳であらぬ方向を見つめる二人の死体。
(こいつは俺から奪った。)
 奪われた。大切な―――大切になるかもしれなかった人を。
(理由は、“必要だった”から。)
 ふざけた理由だ。
 認められるはずがない―――どんな理由があったとしても認めることは出来ないだろうが。
(許さない。)
 そう、許せない。奪われた代償は対価を以って支払わせる。
 そうだ、奪われたなら――――二度と奪えないように殺してやる。
 ―――右掌を開いて、向ける。

「・・・・そうだ、アスカ君。」
 空間に投影された画面にシンが写る―――そこはジェイル・スカリエッティの私室。
 虹色の瞳がギラギラと輝いている。
「無限の欲望ならば“この程度”で死んでどうする。」
 “右手”を画面に向けて突き出す。
「さあ、魅せてくれ、アスカ君。無限の欲望の証を・・・・この眼と同じ、“羽鯨の眷属(エヴィ
デンス)”の力を・・・・!!」

 ―――右掌を開いて、向ける。
 それは、恐らくは無意識の行動なのだろう。
 別にシン自身はソレが何を起こすか理解していた訳ではない。ただ、感情の赴くままに伸ばした
だけに過ぎない。
 だが、“力”とは感情に呼応して発言するのが世の常だ。激しい感情はそれだけで自身を変革する。
 ―――突き出した右手に朱い光が走り抜ける。それまでのような幾何学模様ではなく、亀裂の
ように無秩序な線形が描かれていく。
『存在搾取発動(エヴィデンス)開始――――確定。』
 デスティニー
 痛み。右腕を同時に数百回貫かれたような激痛―――激痛という言葉すら生温い。血管が脈動する
だけで気絶する。心臓の鼓動に震えただけで気絶する。空気に触れただけで気絶する。一瞬で気絶と
覚醒を何百回も繰り返される。
 声を上げるほどの時間ではない―――ただ一瞬を凄絶なほどに長く感じる。痛みによって時間の
感覚が歪んでいく。
「お、れ、の・・・」
 シールドが破壊されていく。波濤の如く押し寄せる羽金の群れ。
 プロテクションももはや消えている。身体を守るモノはバリアジャケットのみ。
「邪魔を・・!!」
 右掌の中心にある虹色の瞳のカタチをした紋様が――――“虹色の瞳”が、
「するなあっ・・・!!!」
 開いた。
 ―――全てが激震した。
 シンの右手の中心―――虹色の瞳の紋様が全てを“観た”。
 羽金が壊れる。
 皹割れ、風化し、崩れていく。一瞬で何千年と言う年月を経たかのように全てが崩れていく。
 それはシン・アスカ―――と言うよりもデスティニーがこれまでも行ってきた生命の搾取と同じ現象。
だが、これはそれまでとは桁が――否、格が違う。
 これまではある程度の時間を経て、全てが風化し崩れて行った―――だが、これは全てが一瞬だ。
 前列の羽金から順番に、虹色の瞳が観た順番に全てが一瞬で風化し、曇天の空の下、そこかしこで
シャボン玉のように砂が弾けて跳んでいく。
 その前では羽金も砲身も砲撃も全てが関係無い。
 魔力で精製されたモノであろうと自然が作り出したものであろうと、何であろう―――“在る”
ならば全てが消えていく。
 残っているのは唯一エリオ・モンディアルとウェポンデバイス・ストライクフリーダム。
 エヴィデンス――――無限の欲望が手に入れる高次存在『羽鯨』の眷属としての力。
 スカリエッティであれば、全てを見通す、“無限の眼”。これはスカリエッティの欲望が探求・観測
に特化していたことに影響され顕現したのだ。
 シン・アスカは、全てを奪う“搾取の眼”。シン・アスカの願い―――全てを守る為には全てを
超える力が要ると言う結論が顕現させた力である。
 その眼が睨んだモノは存在情報という生命の根幹となる情報を奪われ、風化し、崩壊し、最も単純な
情報しか持たない物質―――砂塵となって消えていく。
 空に砂塵が舞い踊る――――暴風によって舞い踊る膨大な砂塵は、砂の雨となって辺りを覆い隠す。
 視界は不良。1m先すら見えないほどに世界は閉ざされる――――エリオ・モンディアルが油断なく
羽金の大剣を構えた。先ほどシンが見せた不可解な力に気を取られることなく、恐らくこの視界の
悪さに乗じて襲い来るであろうシン・アスカを警戒して。
 羽金が蠢き、周囲に待機する―――羽金による結界。羽金に意識を徹すことで、エリオはその全てを
自身の一部の如く知覚できる。その羽金が織り成すネットワークに僅かでも触れれば即座にエリオ・モン
ディアルはシン・アスカの居場所を察知する―――そして、今度こそ致命的な一撃を喰らうことになる。
つまり、攻撃した瞬間、シン・アスカは死ぬ。それは、確定事項だった。
羽金の一機が吹き飛んだ―――方向は真正面。
「・・・・真っ直ぐ、ボクを殺しに来る、ですか。」
 ストライクフリーダムを高く掲げる。エリオ・モンディアルは次の一撃に全霊を込める為に魔力を
再度込めていく。同時に精製される16基の砲身―――最大展開砲身数。
「・・・・これで、終わりです。」
 裂帛の気合。シンに姿は未だに見えない―――けれど、突き進んでいることだけは間違いなく感じている。
 その位置、速度、態勢、全てを把握している。把握した上で、その一撃が到達する前に、彼を消滅させる。
「ドラグーンフルバースト。」
 三度目の最大掃射。砂塵ごと全てを吹き飛ばし、殲滅する光と羽金の奔流。
 世界が塗り替えられていく―――シン・アスカが殲滅されていく。
 ―――エリオ・モンディアルのココロに安堵が浮かぶ。彼はこれで使命を果たしたのだ。このたかだか
一戦の為に彼はこれまでの全てを投げ売ったのだ。
 この場で無限の欲望と化したシン・アスカを殺す―――その為に。
 ストライクフリーダムを握る手から僅かに力が抜ける。全身の緊張がほぐれていく。
「これで、終わったん・・・・」
「―――死ね。」
 背後から声。反応―――する暇も無く、熱い何かで頬を殴られた。
「え――がっ!?」
 再び。衝撃。殴打。鳩尾を貫く衝撃。蹴られた。
 空中から地面に落下する―――朱い瞳の男が落下する自分を追いながら魔力を込めた左拳で何度も
何度も殴りつけていく―――激突。衝撃が全身を襲う。
「がはっ!!」
 呻きを上げて、呆然とするエリオ―――そんな暇など与えない。
 ひゅん、と風を切って、朱い瞳の男の手に焼け焦げ、傷だらけとなった得物が舞い降りる―――左手で
掴み、淀み無く、エリオ・モンディアルの左胸に向けて突き落とす。
 ずぶり、と胸に刃が食い込み―――貫く。地面に突き刺さる感触。肉体を貫通する。地面を広がって
行く紅い液体―――血液。
「かはっ」
 咳き込んで、見上げた先――そこにシン・アスカがいた。手には、この胸を貫く焼け焦げ、傷だらけと
なったデスティニー。
「・・・・・なん、で。」
 呆然とするエリオ。何が起こったのか理解できない。
 砂塵によって塞がれた視界―――それをドラグーンによって作った結界にて克服し、全霊の一撃を叩き
込んだ。
 シン・アスカはその一撃の前では無力。消滅し、その存在はこの世界から消滅したはずなのに―――そこで、
エリオは気付く。焼け焦げ、傷だらけとなったデスティニーに。
「そ、うか。」
 今、シンはデスティニーをエリオに向かって投擲したのだ。本人はその砂嵐に潜み、エリオ・モンディ
アルが必殺の攻撃を放つ瞬間―――つまり、最大の隙を作る瞬間を待ちながら。
 シン・アスカはそうして、エリオが攻撃するように誘導し、後ろから奇襲―――魔力を込めた左拳による
殴打と蹴りを空中で何度も繰り返し、地面に叩きつけ、そしてアロンダイトを突き刺した。
 貫かれたのは心臓。
 人体急所―――生命の急所。ここを狙えばどんな人間であろうとも生き残ることは無い。
「・・・・・・」
 無表情でか細く息をするエリオを見つめるシン―――右腕からは夥しい出血が今も流れている。エヴィ
デンスの反動。リジェネレーションによって再生を行っているものの復旧までには未だ時間がかかる
―――しばらくは動かすこともままならない。
 シン・アスカの勝因。そして、エリオ・モンディアルの敗因。
 近接攻撃力、速度等の性能は両者共に互角であり、射程距離と火力という点では圧倒的にエリオが
優勢だった。
 シン・アスカにあって、エリオ・モンディアルに存在しないモノ。
 それは蓄積された戦闘経験の量である。
 シン・アスカはインパルスに乗って戦争に従事し始めた時から現在に至るまで、何度も何度も戦闘を
行い続けた。特に戦争終結後、ザフトに復帰してからはそれこそ毎日戦闘を繰り返した。
 2年間、実戦という極度のストレス下で毎日戦い続けたシン・アスカはベテランの兵士でさえ舌を
巻くほどの
濃密な戦闘経験を自らに刻み込んでいる。
 けれど、それは殺し合いの蓄積であり―――ミッドチルダのような非殺傷戦闘ではない。
 今、シン・アスカはエリオ・モンディアルを最初から殺すつもりで戦い、殺した。殺し合いに慣れた
彼にとっては非殺傷戦闘よりも余程慣れ親しんだ戦闘である。そして、エリオ・モンディアルは殺し合いなどしたことが無い―――非殺傷設定が絶対とされるミッドチルダに生きる以上は当然のことだ。
 つまり、明暗を分けたモノ。それは―――殺した人間の数量。その絶対的な数字の違い。それだけだった。
 無言でデスティニーを引き抜く。先端にエリオの血が付いている―――殺した証。命の残滓。
 空を見上げる。曇天の空。雨は止まない。嘆きのように降り続ける。
「・・・・。」
 じゃり、と瓦礫を踏む足音。朱い双眸がそちらを睨む。
「・・・・だから言ったろう?まだ、敵わないと。」
 金髪の男―――顔には仮面。着ている服はザフトの白服。見たことが無い―――いや、映像でなら見たことはある。
 それは、以前に機動六課ライトニング分隊を単騎で打ち倒した男―――あの白い鎧を纏った人間。
「・・・・・お前、誰だ。」
「・・・・初めまして、だな。シン・アスカ君。」
 男の顔に笑みが浮かぶ。醜悪な微笑みが。シンの全身に湧き上がる殺意―――理由は無い。意味は無い。ただ、
“何となく”目前の男に殺意が湧いた。
 生理的に合わないなどという問題ではない。その男がそこに存在していることが許せない―――そう
思えるほどの嫌悪。
「誰だと、聞いたんだ。」
 朱い双眸に殺意が混じる―――この場に現れた以上目前の男が敵なのは明白。
 シンの瞳が釣り上がるのは当然だ。
 だが、仮面の男―――ラウ・ル・クルーゼはシン・アスカのその殺意など気にした様子など無く、軽い
調子で話し出す。
「・・・・・そんなことよりも、トドメは刺さないのか?」
「・・・トドメ、だと?」
「そうだ。もし、戦いが終わったとでも思っているのなら、一つ忠告だ。その男に施された
身体改造は、この世界の魔法などよりもはるかに先の世代の技術によって為されている。」
 持って回ったような口調―――苛々する。この男と同じ場所で空気を吸うこと事態が気に入らない。
何故かは分からない。分からないけれど―――本能が告げているのだ。
 コイツは、“天敵”だと。殺し合わなければ気が済まないのだろう、と。
「・・・何が言いたいんだ。」
 だから、自然と口調も荒くなる。それはコイツが間違いなく敵であることにも起因しているのだろう。
「―――死に難いと言うことだ。そんな心臓を潰した程度で死ぬことは無い。潰すなら頭を潰すことだ。
“それで”ようやくだ。ようやく止まる。それ以外の致命傷などは全て―――」
 言葉の意味に気付いて、シンが振り向く。そこには――――
「―――死ぬよりも前に生き返ってしまうのさ。」
 ―――既に大剣を振り下ろしたエリオ・モンディアルがいた。
 ばさり、と羽根が舞う。ばちり、と紫電が流れる。
 ―――吹き出る出血。左肩から、右脇腹を抜けるようにして振り下ろされた袈裟斬り。
 僅かに後方に下がっていたことが良かったのだろう―――重要な臓器は斬られていない。けれど、
斬撃の衝撃と流し込まれた電撃が肉体の自由を奪う。
 膝を付いた。糸の切れた操り人形のように、頭を地面に突っ伏す。
 身体が、動かない。
「・・・・クルーゼ、どうして、ここに・・・。」
「勝手に時計の針を進めようと言う魂胆が見えていたからな・・・・キミはもう少し、嘘を学んだ方がいい。」
「・・・・・」
 悔しそうに歯噛みするエリオ。キラ・ヤマトの顔となっても、そこには彼の面影が浮かんでいる。
「では、私達は行くとしよう、シン・アスカ君。」
「・・・・お、まえ、ら。」
「大切なモノが奪われた絶望を噛み締めて――――精々のた打ち回って足掻き抜くがいい。」
 ―――その言葉を最後に、シン・アスカの意識は途切れた。

 ―――初めは嘘だと思いました。
 静かに立ち尽くすシン・アスカ。“ソレ”に触れようとして触れられないでいる。
 空から雨。曇天より降り注ぐは土砂降りの雨。
 地面も、瓦礫も、自分自身も全てが塗れていた―――勿論、シン・アスカも。
 ―――人の死を見るのは初めてじゃない。だけど、そんなこと思いも寄らなかった。仲間が死ぬこと
あるなんて、考えたこともなかったから。
 彼の前には二人の女性が瞳を閉じて、瓦礫に腰掛けるようにして寝そべっていた―――瞳はシンが
閉じたらしい。
 初めは眠っているのかと思った―――そして、その胸から映えるモノを見て絶句した。
 一本ずつ一人一人の胸から映える半ばオブジェと化している剣―――それが無ければ、ソレが死体だ
などと気付かなっただろう。
「・・・・・キャロか。」
 そう、そこに在るのは“死体”だった。
 フェイト・T・ハラオウンとギンガ・ナカジマの死体。
 それは本当に綺麗で死んでいるのが嘘みたいに思えて―――けれど、服を染める“紅”がその事実を
裏付けていて。
「う、そ。」
 膝が折れた―――立ってなどいられなかった。呆然として、訳が分からなくて、力なんてまるで入ら
なくて、すとん、と地面に腰を落とした。
 涙は、出なかった。その事実が理解できないから―――そんな、あまりにも“突飛”な展開に思考が
付いていかない。
 泳ぐように視線を動かす―――シンは天を見上げて、その場に立ち尽くしていた。
「ギンガさんとフェイトさんは、死んだ。・・・・・俺が“守れなかった”。」
 淡々と呟くシン―――その言葉で、涙が溢れ出した。嗚咽するでもなく、叫ぶでもなく、ただ涙が
頬を伝っていく。
「うそ、でしょ。」
 雨が酷い。土砂降りの雨は止む気配などまるで無い。
 シン・アスカは涙を流さない―――土砂降りのせいで泣いているのかどうかも分からない。表情からは
何も伺えない。
「シン、さん・・・・」
 キャロの声が耳に届く―――振り向かない。見上げたまま視線は空に固定。
 澄み切った思考も、全能感も、右手の痛みも、未だ変わらず。
 悲しみも怒りも湧き上がらない―――感情は凍ったように穏やかで、
 ギンガとフェイトの死体を見る―――それでも奥底で燃える何かは今も燃えている。
 朱い瞳の焦点は戻らない。砕け散った何かは未だそのまま。虚無の劫火はその火を消すことなく、冷え
切った心に熱が戻ることはない。
「ステラ・・・・俺、また、守れなかったよ。」
 瞳を閉じた―――ギンガとフェイトが死んだ事実を受け入れる。
 自分は何も出来なかった。役立たずだった――――涙が、毀れた、気がした。
 天を見上げる瞳から血が垂れる――――血の涙。
 キャロ・ル・ルシエは呆然と、それを見ているしか出来なかった。
 表情は淡々と、悲しんでいるようにすら見えないのに―――彼が哭いているのが分かってしまったから。
 二人には何も出来ない。何も分からない。何でこうなったのか、そんな理由はサッパリ分かりもしない。
 分かっていることは唯一つ。
 シン・アスカは今も変わらず―――相変わらずの負け犬だった。
 それだけだった。

コメントの投稿

非公開コメント

リンク
最近の記事
プロフィール

SOWW

Author:SOWW
 リンクはフリーです。
 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

カテゴリ