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空想垂れ流し 28.決別の時(b)

28.決別の時(b)

 ベッドに身を投げ出し、天井を見た。
 部屋の中は暗い。電灯をつけて灯りを得ようとする―――やめる。暗い部屋の中が良いと思い直したからだ。
 まぶたの裏にある光景が焼き付いていた。消えない――残像のようにこびり付いて離れない。
 走り去る女性。フェイト・T・ハラオウン。自分の憧れ。
 泣いていた。涙を零しながら走って行った。それを見ていた。見ているしかなかった。
 偶然だった。ただ、彼女に聞くことがあったから、そこに行っただけだった。
 彼女は彼の横を走り去っていった―――まるで自分には気づかなかった。
 涙で前が見えなかったのだろう。それくらいにその時の彼女は何かしら衝撃を受けていた。
 衝撃――何故?
 ズキン、と頭痛。疼くように。
 ドクン、と鼓動。蠢くように。
「・・・・どうして、泣いているんですか。」
 呟きは虚空へと消えていく。
 大切な人――それこそ世界全てと引き換えにしても良いとさえ思えるほどに大切な人。
 そんな彼女が泣いている。けれど、自分にはその理由すら分からない。
 どうして泣いているのか。どうしてそれほどの衝撃を受けたのか。何も分からない。
「・・・どうして、何も言ってくれないんですか。」
 彼女は何も言わない。何も言わずに己が奥へと全てを沈殿させていく。
 泣いていたその次の日、彼女はいつも通りだった―――少なくとも自分の前では。
 いつも通りに笑顔で、いつも通りの彼女で。その笑顔がどうしてもあの泣き顔に繋がらなかった―――シンに出会うまでは。
 彼と視線が合った時、彼女の態度は一瞬硬直した。
 一瞬―――本当に僅かな一瞬だった。その一瞬の表情。それは今にも泣きそうで辛そう、あの泣き顔と繋がる表情だった。
 シン・アスカ。エリオにとっての理想であり、恐らく6課内で誰よりも騎士を体現する男。
「・・・・っ」
 ぎしりと奥歯を噛み締める。
 つまり、そういうことだ。
 フェイトが悩んでいる理由は何の事は無い。“色恋沙汰”だと言うことだった。
 色恋沙汰。それはフェイトを神格化するほどに崇めているエリオにとっては看過出来ない事実である。
 神格化するほどに崇める。つまり偶像化しているということ。
 狂信的な思考を導く地盤。人の心を最も容易く救い、そして最も容易く壊す、純粋な想い。信仰と呼ばれる類の気持ち、である。
 女神は誰にも恋をしない―――偶像だから。そんなふざけた理屈。エリオに刻み込まれた気持ち。
エリオ自身、フェイトが恋をしなければ決して気づかなかった―――風化するはずだったその気持ち。
それが鎌首をもたげエリオに囁きかけていく。
 ―――奪われる。また、お前は奪われる。大事なモノを。
「・・・・フェイトさんの人生はフェイトさんのモノだ。」
 呟き。虚空に消える―――その言葉の軽さにぞっとしながら。
 ―――取り戻せ。じゃないとお前はまた壊される。
「僕はもう大丈夫。もう、二度と壊されはしない。」
 ―――嘘ばかり。お前はそんなに強くない。“キミ”は誰かに依存しなければ立っていられない。
 幻滅する自分―――幻滅したくない自分。その鬩ぎ合い。
 聞こえる声に“自分”以外が混じり出す―――それが誰なのか、不思議にも思わない自分に気づかずに。
 フェイト・T・ハラオウンは完全無欠。完璧な女性。そんな在り得ない仮定を本気で信じている自分。彼女にココロを開いたその時から、今も、そしてこれからも。
 それがどれだけ馬鹿馬鹿しく、彼女のココロを無視した仮定であろうとも、エリオ・モンディアルのココロはそれを真実だとして騒ぎ立てる。
 心臓がドクン、と蠢いている。止まない頭痛と止まない動悸。
 彼女の泣き顔を消し去りたかった。彼女の涙を止めたかった。
 その為なら自分がどうなっても構わない。
 けれど、自分にはその力が無い―――止められる位置にいないのだ。自分は。そこには既に別の人間が
居座っているのだから。
「・・・・・僕なら絶対に泣かせないのに。」
 言葉が漏れた。それは紛れも無く彼の本心。自分ならもっと上手くやれる、自分に力があれば決して泣かせることはない。
 けれど、それは誰にも届かない―――暗い部屋の中で呟いたところで届くはずも無い。
 言葉は誰かに届けなければ意味を成さないものだから。
「・・・・フェイト、さん。」
 瞼が落ち始める―――身体が重い。
 ―――キミはどうしたい?
 内から沸き出る自分以外の誰かの言葉。それが何なのか、疑問にも思わずにエリオは呟いた。
「・・・強く、なりたい。」
 呟きと共に意識が遠のいていく。意識が落ちる――寸前、自分の手を見た。
 蒼く輝く光が走り出す。まるで、エリオが眠りにつくのを見計らったように。
 それが何を意味するのか、既に眠りにつき始めた頭では理解できない―――否、それを不思議に思うことも今の彼には無い。“そういう風”に作りかえられていっているのだから。エリオ・モンディアルは眠りについた。
 暗い部屋の中、彼の身体が蒼い光が回路のような幾何学模様を描きながら奔り抜ける。
 薄ら寒さを感じさせるその光景とは裏腹に―――エリオの寝顔は穏やかだった。
 ―――さて、物語を始めよう。
 どこかでそんな声が聞こえた。

 おかしなメールだった。
 機動6課の業務の中には当然の如く事務が存在する。
 事務が存在する以上は各部署への連絡なども必要となる。一昔前までは書類を作って、そこまで持っていくと言うことが主流だったが、現在では各職員が使っている端末にメールアドレスが設定され、メールによって打ち合せをする――もしくは連絡を取り合うことが多い。
 基本的に外部から送信されてくるメールの内容――もしくは送信者は検閲を受け、選別された上で受信することになる。
 故にスパムメール等は決して届くことは無い。
 だが、その日、彼――エリオ・モンディアルがメールボックスを開くと見慣れないおかしなメールが届いていた。
 差出人不明のメールである。届かないはずのスパムメールが何かの拍子で届いた。彼はそう思った。そして、それを削除し、業務に舞い戻ろうとした時――彼は手を止めた。
 メールの文面は一言。そして、その文面がそのメールが単なるスパムメールではないことを彼に教えていた。
 “シン・アスカについて知りたければ→○○○○○○○○”
 そう、矢印と共にそっけなくアドレスが書き込まれていた。
 胡散臭い。何よりも“胡散臭い”その画面。明らかな誘い。普通はクリックしない―――その先に在る危険を回避する為に。
 ドクン、と心臓が蠢いた。
 喉がゴクリと鳴る。唾を飲み込んだ。顔が強張る。マウスを握る右手に僅かな震え――逡巡の証。
「・・・・・っ」
 ドクン、と心臓が蠢いた。
 マウスを持つ右手に力がこもる―――誰かが囁く。
 “誰も見ていない”
 “見ないことで不安になるよりも見ることで不安を蹴散らした方が建設的だ”
 言葉は悪魔の囁きのように彼の心に響いていく。確固とした言葉ではなく、漠然とした欲求として。
 “見るべきだ”
 “見なければいけない。”
 自分の中から湧き出るその言葉に幾分か戸惑いを持ちながらも―――彼はそのURLにカーソルを合わせ、クリックした。
 ちなみに―――その漠然とした要求が無かったとしても、変わらず彼はそのURLをクリックしていたことだろう。
 何故ならその文面は彼が一番知りたかったことなのだから。
 ディスプレイに現れる画面が変化する。
 それは、いわゆるアップローダーという類のサイトだった。
 様々なファイルをそのサイトにアップロード―――つまりは送信し、パスワードを知る特定個人がダウンロード――受信すると言うモノである。
 だが、不思議なことに、そのURLに導かれて現われたサイトには、パスワードを打ち込む箇所などどこにも無かった。
 あるのは“ダウンロード”と小さく書かれているだけ。彼は不審に思い、ダウンロード、と書かれた部分にカーソルを合わせクリックする――こうなるともう歯止めは効かない。不審に思いつつ、怪訝に思いつつ、一度大丈夫だと人間というモノは安心して脅威を安く見るモノだからだ。
「・・・・これは。」
 ダウンロードされてきたのは二つのファイル。
 一つは文章データ。
 一つは動画データ。
「エリオ君?」
 声がした。彼は即座にその二つのファイルを保存するとその画面をウィンドウごと閉じる――現れるのはメールボックスの画面。消すことなく裏面に出したままにしておいたようだ。
「・・・・怖い顔してたけど、大丈夫?」
 優しい同僚の言葉に安心して、彼は笑顔を作って大丈夫だよと返事を返す。
 その笑顔に安心したのか、優しい同僚はそのまま自分の机に戻っていった―――作り出した笑顔に反して内面では心臓が荒れ狂っていたが。
 そして、彼は周囲に警戒しつつ―――それでも外面はいつもと変わらない仕事用の顔で――その二つのファイルを自身の小型端末に保存する。
 保存中を伝える画面が現れる――消える。保存終了。
 心臓の鼓動が蠢きを強めた――何食わぬ顔で彼はそれを端末から抜き去ると懐に収め、仕事に戻る。

 数時間後、エリオは自室に戻るとすぐに自分用の端末を立ち上げ、ファイルを開いた。
「・・・・・」
 彼の表情は変わらない。変わらない表情―-何も映し出さない無表情。
 電気一つ点けずに作業に没頭する――顔をディスプレイの光が照らし出す。
 動画データを再生する。
 映し出される映像―-朱い炎と紅い翼の描く軌跡。自分は未だ辿り着かない高み。神速など生温い光速戦闘。
殆ど線と線にしか見えない斬り合い――何十合なのか、数えることすら出来ない。
 奥歯を更に噛み締める――その強さに嫉妬して。
 画面が切り替わる。瞬間、エリオは絶句した。シンが、朱い炎を纏った異邦人が、倒れ、血を吐いたからだ。それも致死量とも言えるほど、膨大な量を。唾をごくりと飲み込んだ。その異常性に目を奪われて―――だが、本当の異変はその後だった。そんな致死量の吐血など、その後の“異常”に比べれば、絶句するようなモノではなかったのだから。
「・・・・なんだ、これ。」
 シンの肉体から蒸気が上がり出す。それに伴い彼の身体に向かって伸びていくモノがあった。
 画像を見ているエリオ自身、“ソレ”が何なのか理解できなかった――当然だ。“ソレ”は本来眼に見えるモノではないのだから。
 “ソレ”は一言で言えば蜘蛛の吐き出す糸が一番近い形状だった。
 シンの肉体に繋がっていく数十、数百、数千の糸。数十、数百、数千と絡み合い、交ざり合い、紡がれていく、糸の群れ。
 画面が動く――映し出す方向が変わる。
 シンに向かって伸びていく糸の先―-そこにはフェイト・T・ハラオウンがいた。
 “ソレ”は彼女の身体から“抜け出ていっている”。
 それだけではない。よく見れば糸は周辺の空間や草木、瓦礫――そこに存在するありとあらゆる物質から伸びており、彼女と同じく“抜け出ていっている”
 そして、その全ての糸が彼に流れ込む。流れ込んだ糸は彼の身体のカタチを紡ぐようにして彼の身体の輪郭をなぞり、そして、彼の身体に刻み込まれた幾何学模様―――それはまるで朱い電気回路のように―――に融けていく。
 無色透明だった糸は彼の身体に触れると粉雪のようにして消えていく。
 同時に流れ込めば流れ込むほどに今にも死にそうだった彼の呼吸が少しずつ穏やかになっていく―――対照的にフェイトの顔色が青白くなっていく。周辺の瓦礫のヒビが少しずつ大きくなっていく。僅かに伸びていた雑草がしおれていく。
「・・・・回復してるの、か。」
 在り得ない光景だった。
 周囲一体に存在する無機物有機物を問わず全ての存在から生命力を奪い取り、肉体を回復する―――そんな魔法など聞いたコトがない。
 フェイトの顔色が異常な速度で青白くなっていく――画像で見るエリオにはその変化がよく分かる。今、シンはフェイトの命を吸っているのだ。それこそ吸血鬼の如く、無作為に―――誰かの命を奪い取り、自身の延命を行っている。
 しかも、彼にとって最も大事な人間の命を、奪い取って
「・・・・ふざけるな。」
 ギシリ、ときつく奥歯を噛み締めた。言葉に篭るのは憤怒。
 何が守る、だ。
 彼は守ってなどいない―――奪っているのだ
 シン・アスカは周りの誰かを犠牲にして、自分自身を助けている―――それは彼が信じる騎士の姿からはもっともかけ離れた姿。
 彼にとっては吐き気を催す邪悪そのもの。
 動画が終わる―――エリオは無言でマウスを操作し、今度は文章データを開いた。
 それは幾つかの文章ファイルを纏めたモノ――何かの報告書のようだった。
 しばし読み込む―――そして、加速する。スクロールを動かす速度が。クリックの間隔が短くなる。
 そこに記されているのは彼の予想を後押しする記述と、彼がまるで予想していなかった記述だった。
 一つはこの魔法について。この魔法――エクストリームブラストは動画の通り強大な戦闘力を与える――反面、肉体がそれについていけないと言う常軌を逸した副作用が存在する。先ほどシンが吐血したように、場合によっては死に至る可能性すら高い。
 そしてそれを補完するリジェネレーションと言う魔法―――問題はむしろこちらだった。
 この魔法はエクストリームブラストで破壊される肉体を回復する魔法である。
 崩壊寸前の肉体を即座に修復すると言う規格外の回復魔法。規格外であるが故にその消費は膨大である。
 だが、この魔法は通常の魔法と違い使用者の魔力を使って、肉体を修復するのではないのだ。
 使用するのは“使用者以外の全て”。無機物有機物の一切合切を問わずに周辺にある全ての存在から生命を奪い取る。
 そして奪い取った生命力を魔力に変換し、修復に使用する。フェイトの顔色が休息に青白くなっていたのはそのせいなのだろう。
 そして、まるで予想して居なかった記述――それはシンの過去について、だった。
 オーブで家族を失くした時から、彼が信じた国に裏切られ殺されるまでの記述。
 この世界において禁断の質量兵器を用いて数限りない人間を殺した男。
 数十、数百などモノの数ではない―――実に数千、数万とも言える人数を殺した大虐殺者。
 記述はただ淡々と彼が参加した戦いのことだけが記されている。
 そこには、現実と結果だけが記され、そこで彼が何を考え、何を思っていたかなどは書かれていない―――客観的な視点で見れば個人の主張などは省かれて然るべきである。
 現実として彼は数え切れないほど多くの人間を殺しているのだ。
 少なくともその事実は真実である――誰にとっての真実かは別として、だが。
 シン・アスカの顔が思い浮かぶ。
 苛烈で不器用で優しい朴念仁―――だが、その裏に潜んでいるのは、何万という人間をも殺して、まだ生きている悪魔。そして、その悪魔は今も確かに彼の中に生きているのだ――他人の命を奪い取って自分のモノにすると言う吐き気を催す邪悪として。
 怒りがあった。大切なモノを奪われたと言う怒りと裏切られたと言う怒りが。
 自分にとって大切な家族を奪おうとしたシン・アスカが憎い。
 守ると言って自分に憧れを抱かせたと言うのに裏では単なる邪悪でしかなかったシン・アスカが憎い。
 それはエリオ・モンディアルが抱くべき“正しき怒り”だった。
「・・・・・僕は。」
 呟きながら、胸が蠢いているのを感じる。いつもよりも強く白熱しているのが。
 胸の響きはまるでそこだけが独立した生物にでもなったように強く敵を求めている。
 ドクン、ドクン、と――何かが胎動している。今にも“弾けて”何かが飛び出しそうなほどに。
 敵―――シン・アスカを含む彼から何かを“奪う”存在全てを■■しろと。
《穢れきったシン・アスカはフェイト・T・ハラオウンには相応しくない。》
 ―――言葉が溢れ出る。胸の奥に仕舞えなかった幾つもの言葉たちが。
《フェイト・T・ハラオウンに相応しいのは本当の騎士。強く凛々しく誇り高く高潔な最高の騎士―――シン・アスカのような男ではない。》
「・・・・そうだ、シンさんじゃないんだ。」
 だが、ソレはエリオ・モンディアルでもない。
 エリオ・モンディアルもまた穢れきっている。その出自からして、卑しい生まれであり、彼女のように卑しい生まれでありながらあそこまでの輝きを得るなど出来はしないのだ。
 彼女は、“特別”なのだ。“特別”な彼女には“特別”な誰かが相応しい―――その“特別”に手を掛けたシン・アスカなど言語道断。
 文章の末尾にはこうも書かれていた。
 ――彼にエクストリームブラストの使用を制限する様子は見られない。
 シンがそれを知っているのか知らないのか。それは分からない。分からないけれど、少なくとも、『使用を制限しない』ということは、誰かを、機動6課の皆を“殺そう”とすることに他ならない。
 エリオ・モンディアルにとって家族に最も近い存在を、全て、シン・アスカは奪い尽くそうとしているのだ。許せることではない。
「・・・シンさんに近づいちゃいけないんだ、皆・・・シンさんから離れなきゃいけないんだ。」
 殺されない為に。
 死なない為に。
 生き延びる為に。
 シン・アスカを6課から放逐しなければならないのだ――“自分自身が”。
 その結果、たとえ全てを失うことになろうとも。
 覚悟が必要だ―――6課や家族を守る為ならば、自分自身ですら切って捨てるような“覚悟”が。
「・・・覚悟は、ある。」
 呟く。意識の奥。知覚の最果て――そこで音がした。ビキリ、と。何かにヒビが入るイメージ。目の焦点が消える。虚ろな瞳。何かが目覚めた――それが何かは分からないけれど。
「僕は」
 呆然とした呟き。
 自分自身に向けた宣言。
 そうだ、エリオ・モンディアルには覚悟がある。
 機動6課を守る為。フェイトやキャロなどの家族を守る為。自身にとっての大切なモノを守る為。
「戦うんだ。」
 ―――たとえそれが欺瞞に満ちた偽りの覚悟であろうともエリオ・モンディアルはもう止まらない。彼の身体の奥深く“種”は成長を止めはしないのだから。

 言葉が棘になる。
 今ほどその言葉を噛み締めた時はない―――八神はやてはそう思っていた。
「シンさんは別の部隊に異動させるべきです。」
 目前には部下であるエリオ・モンディアル。
 強い口調――これまでにないほどに。
「・・・・いきなりやな、エリオ。」
 胸に広がるのは驚きと困惑だった。
 嫌な予感はしていた――エリオが自分を呼び止めた時のその瞳。そこに危険な輝きがあったから。彼を自身の執務室に呼んだのはその為だ。他の誰にも聞かせるべきではない話になる。そう感じ取ったからだった。
 どうしてエリオがシンをここまで拒絶しているのか。二人の間に何があったのだろうなどは分からない。
 大体にしてはやては元々エリオがはやてに「話がある」と言った時、彼女が予想したのはまるで別のことだったからだ。
 この間の襲撃とその際の事故。―――エリオ・モンディアルはキャロ・ル・ルシエを殺しかけた。
 そのことについてだと思っていたのだ。
 無論、それは自身の命を守る為の仕方ない処置だったはずだ――それを彼自身が良しとしないのも分かっている。
 だが、はやてはあえてそれを放置しておいた。そういった問題は戦っていく上で誰もが乗り越えていかなければいけない問題であり、そこに自分が入り込むことに意味はない、と半ば捨て置いた。
 だから彼女はエリオからの話をこう予測していた――“自分を機動6課から外してくれ”と言う話なのだと。彼女はそれを説得する気で此処に彼を呼んだのだ。
 だが、実際はその話とはまるで関係の無い、シン・アスカを外す“べき”だと言っている。
 まるで関係の無い話。彼の性格を考えてみれば予想外の言葉だった。
 確かに彼女の親友フェイト・T・ハラオウンの養子であるエリオやキャロはシン・アスカに対してそれほど良い感情を持ちはしないだろうとはやては思っていた。
 子供など当然持った事がない彼女ではあったが、漠然と理解できることはある。
 自分には親がいない。けれどその代わり家族――ヴォルケンリッターがいる。もし、その家族を奪うような輩がいるのなら・・・自分はそれを許さないだろう。そんな気持ちは理解できる。
 だから、シンにエリオとキャロの仲が上手くいかない可能性――それを考慮して彼らを同じ部隊に配置した。
 それが功を奏したのか――少なくとも、少し前までは兄と弟、もしくは妹と言う感じで仲良くしていた。
 ・・・それが自分の主観で濁った贔屓目だとしても、彼らの仲は悪くは無かった。そう断言できた。
 だから、はやては困惑していた。何があったのか、と。何よりも未だに子供と言って良い年齢の彼がこれほどまでに明確に誰かを拒絶すると言うことが俄かには信じがたかったからだ。
「・・・・・理由は何や?」
 エリオがその問いに少しだけ瞳を尖らせる――まるで、自分にソレを言わせるのか。そう言っているような瞳だった。
 暫しの逡巡。
 背中に隠すように持っていた鞄―――エリオはそこから一つの封筒を取り出した。
「・・・・何や、これは?」
「・・・・昨日、僕の元にこの資料がメールで届きました。送信者は不明です。誰かは分かりませんが恐らくここの内情に詳しい人間なのは間違い有りません。」
 俯いた角度からは彼の表情は窺い知れない。
 はやては彼が手渡した封筒を受け取ると、その中から十枚ほどの紙を取り出した――そして、驚愕する。そこに書かれている“見覚え”のある内容に。
「・・・・送信者は不明になっとったんやな?」
「はい。」
 言葉に震えは無い。けれどはやての内面、その中に驚きと動揺が渦巻き始める。
 浮かび上がる一人の人物―――むしろその一人しか心当たりがなかった。
(ジェイル・スカリエッティ、か・・・・。)
 それは報告書だった―――勿論、はやてが作ったものではない。そして6課の誰かが作ったものでもない―――いや、6課のメンバーでは作れないのだ、これは。何故ならそこには、“あの時あの場所”にいた者以外には決して知り得ない情報が詳細に記されていたから。
 シン・アスカも、フェイト・T・ハラオウンも、敵であるトーレですら恐らくは知り得ない事柄。
 書かれている内容はエクストリームブラストについての詳細な記述。そしてその魔法が引き起こす副作用。その時の情景や状況。
「・・・これは、この時の映像なんか?」
「はい。」
 頷くエリオ。その赤いフラッシュメモリの中に入っていたデータを再生する。
 画質はそれほど良くは無いが悪くも無い。内容は報告書の中で書かれている事実ばかり。一度目を通している以上驚きはそれほどでもない。
 青白くなっていくフェイトの顔が映る――エリオの顔が強張るのが見えた。
 同時に自分の顔も強張っていく。
 それははやてですら知り得なかった事柄ばかりだった。
 エクストリームブラスト。それは人体だけでなく、周辺の地形や自然にすら影響を与える魔法。
 ぞっとする。この情報がもし外部に漏れていたなら、今度こそ6課は存続の危機を迎えかねないからだ。
 時空管理局と言うのは殊更に人の命を重視する。
 味方の命だけではない――敵の命すらも。非殺傷設定がその良い例だ。敵の命を保護し、逮捕するという名目上、基本的に殺すことは許されないのだ。
 だが、これはその名目に著しく反している。
 魔法。魔力を通して世界を変える物理。クリーンで被害の出ないという触れ込みがあればこそ質量兵器を廃し、世界における中心となったモノ。そこに人体や周辺の自然などを含めた存在全ての生命を奪い取る魔法が存在し、それを躊躇い無く使う人間がいるなどと誰が言えるだろうか。ましてや、既に人を一人殺しかけているのだ。糾弾は免れないに違いない。
「・・・これ、他にもう言うてしもたかな?」
「・・・いえ、まだです。」
 その返答に幾分かほっとするはやて。
 ならば大丈夫だ。まだ、“隠し通せる”。
 ジェイル・スカリエッティが送ってきたと仮定する――理由は分からないが、もしそうならば少なくとも6課を離散させるようなそんな絡め手をやるような男ではないからだ。
 では、あの男はどのような理由でこれを送ってきたのか、と聞かれれば―――分からないし分かる必要もない。狂人の考えなど理解することは出来ない。理解する方が危険だ―――はやてはそう思っていた。
「けど、見て分かる通り、コレは―――シンさんは危険です。このままだと確実に誰かを“殺し”ます。」
「・・・・・・」
 はっきりとした口調。真剣な瞳。何を言うべきかをも迷ってしまう。自身の言葉がどれほどの棘になるのかを認識して。
「シンさんはもうこの部隊にいるべきじゃない―――違う。もう戦うべきじゃない。戦っちゃいけない人です。」
 ――その通りだろう。現状、このままシン・アスカを使い続けると言うのは得る事の出来るリターンに対してリスクが大きすぎる。
 彼一人を庇うことで誰かが死ぬようなことになれば―――良くて解散。下手をすれば犯罪者扱いすら在り得る話だ。
 そこまでリスクを支払って、それでもシン・アスカを使い続けることにリターンは無い――少なくとも多大なリスクと釣り合いの取れるリターンは。精々が強力な手駒が増えるくらいだ。
「いつかシンさんは、アレを使って人を殺します。」
「・・・・そうならん為に私がおる。私が、シン・アスカを止める・・・それでええやろ?」
 良いとか悪いとかではない。その返答そのものがズレている―――エリオは、そんな思いを抱いて訝しげにはやてを睨みつけた――本人に睨んだつもりは無い。だが、エリオがはやてに向けた視線には微かに憎悪が混じりこみ、はやてから見ればそれは睨んでいるようにしか見えなかった。
 僅かに苛立ちを覚える。次から次へと舞い込んでくる“問題”。それを持ち込んでくる部下は全体を見ることなく、問題の解決を急げと言う。
 苛立ちを覚えないはずが無い―――それを表に出すのは言語道断ではあるが。
「・・・・シンのことは私が直ぐに解決する。せやから・・・・せやから、皆にはもうちょい黙っといてくれへんかな?」
「・・・・・八神部隊長は誰かが死んでも良いって言うんですか?」
 エリオの言葉がはやての耳に届いた。
 唾を飲む。漂白する思考。破裂寸前の風船のようにはやての脳裏が混乱する。
 今、コイツは何を言った?
『誰かが死んでも良いって言うんですか?』
 苛立ちが頂点に達した。八神はやての限界が悲鳴を上げて、仮面を破り捨てる――思わず、机を力任せに叩いた。ドン!という音がする。机が揺れた。重ねられていた何冊かの本が倒れる。
「エリオ、今、そんな事一回でも私、言うたか・・・!?」
「・・・言ってません・・・・ですが、」
 苛立ちを隠そうともしていない、いつものような柔和な感じなどどこにもない感情的なはやての言葉。
 その言葉を受けてエリオの瞳に憤怒と憎悪が灯り出す。
 その脳裏に浮かぶのは死に様だ。
 血に塗れボロボロになって死んでいくフェイトの姿。四肢を引き裂かれ、同じく血塗れで息を引き取るキャロの姿。
 ―――それは空想ではない。推測に従って追跡され出来上がった確固たる予想である。
 エクストリームブラストを使わなければ良いと言う話では無いのだ。
 シン・アスカとフェイト・T・ハラオウン――それに限らず彼と共に居る誰かは常に死と隣合わせを強いられる。
 何故ならシン・アスカは自分以外の誰かのことしか考えない。自分の命を守ろうなどとは一切合切思っていないのだ。
 そんな人間の隣に誰かがいるとしよう。隣に居ると言うことは親しい間柄――もしくは家族のような間柄だろう。
そんな人間が自分を蔑ろにするシン・アスカをどう思うだろうか?
(・・・・庇って死ぬさ。それ以外に無いだろう。)
 エリオが心中でのみ呟く。
 そして、その呟きは恐らく正しい。末路は決まっているのだ。シン・アスカを庇って死ぬか、一緒に死ぬか、そのどちらかに。
 どちらにせよ待っているのは無残な死。それ以外に無いのだ。
 シン・アスカがこれまで通り、自分の事しか考えずに守り続けるとすれば、傍にいるフェイトとギンガは文字通り、いつ死んでもおかしくはない。
 だから、エリオは言ったのだ。戦わせるべきではないと。
 起こってからでは遅いのだ。死んでから守れなかったと後悔するなど愚の骨頂。避けれるべき悲劇は避ける。それこそが指揮官の当然の責務ではないのか。
 現状維持はありえないのだ。目前に迫る危険がある以上は。
 だから、はやてはズレている。エリオはそう判断していた―――子供ながらに、推測を立ててまで。
「いや・・・・そうやな。言うてないな。・・・・・ごめんな、エリオ。私も大人げなかった・・・・子供に癇癪起こしても意味無いことやもんな。」
 子供。癇癪。意味が無い。
(僕は・・・・・)
 それは上司が部下に対する言い放つ言葉では無い。それはまるで悪戯をした子供を叱り付ける大人の言葉―――少なくとも対等に扱っていれば表に出てくるような言葉では無い。つまり、八神はやてはこう言っているのだ。
(子供だから・・・・信用されてない。子供だから・・・・子供だから。)
 八神はやて。その本質は慈愛であり、庇護である。自分が誰にも守られなかった経験があるから誰かを守ろうと言う傲慢な人間である。
 彼女にとって子供とは庇護の対象である。守るべき対象――聞こえは良いが、それはただ下に見ているだけだ。
 対等の立場―――上司や部下という階級ではなくその信用において――であれば、こんなことを言うことはない。
 彼女は全てを下に見る。下に見るから守りたい。自分の手で。
 フェイト・T・ハラオウンと同じである。守られた経験が無いから守りたい。自分の手で。
 裏を返せば信用していないだけである。元より彼女はエリオやキャロを魔導師として言うよりもどこか庇護する対象―――つまり世間一般の子供への対応―――として見ている部分があった。無論、それは潜在的な話ではあったが。
 今、エリオの心に芽生えた不信感は繋いでいたはずの絆――信頼を確実に揺らがせている。
 ―――あれ程の激戦を共に潜り抜けたことによって得られたはずの得難い絆。その裏に隠れていたモノに気付かされて。
 拳が震えた。奥歯を痛いほどに噛み締める。心臓の音が煩い―――鼓動の蠢きが活性化する。
 俯いたエリオ。見ればその変化は分かり易く隠すことなど一切していない―――なのに、はやてそんなエリオの心の変化に気付く事すらない―――彼女もまた余裕が無いのだ。エリオに最も突かれたくない部分を突かれたから。
「・・・・そうや。誰かが死んでいいはずなんて、ないんや。」
 独白するように呟く。誰かに――自分に言い聞かせるようにして
 捨て駒。そんな方法を八神はやてが選ぶはずも無い。選んではいけない―――自分はそれを覆す為にここにいるのだから。
 だが、それを今彼に語ったところで意味は無いだろう。自分がやっていることはそれと同じだ。
 一緒にいれば危険な男がいる。そいつと一緒にいれば死ぬ可能性は飛躍的に増大する。
 それを分かっていながら、何もかも隠し通してそいつと一緒に戦わせるなど死ねと言うよりも尚酷い。詐欺のようなものだ。
 だが、言えないのだ。
 言えばシン・アスカを“見捨てる”ことになる。だが、それは6課を裏切ることになる。
 ならばシン・アスカを――――思考の堂々巡り。同じことばかりの繰り返し。
 けれど、それが限界だ。八神はやてでは、ここで悩んで結論を出して、“割り切る”しかない。神ならぬ彼女にはその方法しか思いつかないのだから。
 ―――本来は違う。組織の上部に位置する者は、場合によっては切り捨てることすら視野にいれなければならないのだ。それは組織を扱う者であれば当然の考え。組織とは個が寄り集まって出来るモノ。
 故に組織を統べる者はそんな考えを抱くべきではない。割り切るのではない。飲み込まなければならないのだ。清濁のその全てを。その上で最良の選択肢を常に選び抜く。
 頭を下げればいい、篭絡すればいい。そんな短絡的な考えではその組織は直ぐに潰えるだろう。大切なのは決断すること。
 そして、その決断に自分自身を乗せるだけの自信を持つこと。・・・・・無論コレはその決断が間違っていないことが前提にあるのだが。
 八神はやてにはそれがないのだ。決断力と言うものが。
 判断力はあるだろう。的確な思考も可能だろう。だが、それを決意し覚悟するまでが“遅い”のだ。
 時間が過ぎる度に判断は変わる。その時その時で最適な判断をすること。それによって組織は生きながらえていく。
 これまではフェイト・T・ハラオウンや高町なのはなどの最高の人材であり、親友がいた。
 だが、その親友の一人は今はいない。肉体の休息と子供の為に部隊を離れたからだ。
 割り切れないはやてを割り切らせるのは常に周りの後押しだ。
 結局誰かの言葉無くして彼女は決断一つ出来はしない―――今のようにエリオを突っぱねることすら、上手く出来ない。だから、エリオの信頼を著しく揺らがせる。
 エリオ・モンディアルは八神はやてにとっては同格ではないれっきとした部下である。
 部下が上司に進言するのはおかしくはないだろう――だが、強要してどうするのか。上死の命令には基本的には服従する。これがトップダウンの組織の基本である。
 だから、はやてはここでエリオに長々と言い訳をするのではなく、「誰に口聞いとるんや、エリオ」でよかったのだ。その後、彼の直属の上司であるフェイトや最も近しい距離にいるキャロにフォローをさせる――そういう部下のフォローなど本来は、はやてではなくフェイトや他の誰かにやらせるべきなのだ。女々しくはやてが言い訳を言う必要はどこにもない。
 トップとは嫌われることが前提。例え嫌われたとしても、見返りとして与えられるリターン―――例えるなら給料など――があれば、最終的に丸く収まるものなのだから。
 それが出来なかった時点で彼女は指揮官失格である―――もっと言えばそれに彼女自身が気付いていないことが更に致命的であった。
「・・・・ええか、シンがアレを使わんとけば、問題は無い。だから、エリオも黙っといてくれんかな?」
「・・・・フェイトさんは殺されかけたんですよ?」
 努めて笑顔。シンに見せるような鉄面皮はそこには無い。子供の扱いに困る大人
 ―――そんな風にしか見えない八神はやて。愚者にしか見えない、最悪の大人。
「・・・・・フェイトちゃんは死んでない。繰り返すけどシンのアレは使わんとけば問題ない類の魔法や。そうやろ?」
 失望がエリオを覆いだす――全身から力が抜けていく。自分が信じていたモノの正体に気付かされて。そんなモノを信じていた自分自身に嫌気が刺して。
「・・・・・・そうですね。」
 エリオが呟き、顔を上げた。
 そこには―――何も無かった。
 先ほどまで見えていた憤怒も悲哀も失望も何も無かった。
 そこにあったのは虚無。彼の目は既に自分を見ていない―――違う。自分には何も望んでいないのだ。貴女には期待しない。そう言っているような瞳。
「―――っ」
 弁解したくなる。今のは嘘だと。自分は本当はそんな事を考えていないのだと。
 だが、言えない。言える訳も無い。
「・・・・・失礼します」
「待ちや、エリオ!」
 そのはやての言葉を無視して、エリオは振り返って歩き出す。止める間も無く、彼の姿が消える。
「エリオ・・・・?」
 はやての困惑が混ざりこんだ声。それが室内に空しく響く――溜め息を一つすると革張りの椅子に腰を下ろし、背もたれに体重を預けた。
 ―――瞬間、どっと疲れが沸いてきた。
「・・・・っ。」
 腹部が痛む――ギシギシと。のたうち回るような痛みではない。沈み込んでいくような静かな痛み。
 座り込んだまま、机の中から白い錠剤の入ったケースとミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出す。
 ケースから錠剤を3つ取り出し、口内に放り込み、水で流し込んだ。
 ごくり、と喉が鳴って嚥下する。そのまま息を吐き出す。
「・・・・ほんま、情けないな。」
 最近は胃薬と睡眠薬が必需品になってしまっている自分。八神はやては椅子に深く座り込みながらそんな自分を情けなく思った―――ほとほと指揮官の器ではない自分自身を。
 沈んだ自分の気持ちを代弁するように、ギシリとスプリングが深く軋む。
 ペットボトルの中のミネラルウォーター。その水面が揺れていた。

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