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空想垂れ流し 26.始まりの鼓動(c)

26.始まりの鼓動(c)

 思い出す光景はいつも暗闇。
 誰も救ってくれなかった。
 誰もが自分に背を向けた。
 向けられた背に伸ばした手は届かない。
 手を伸ばしても何も掴めない。その手に残るのはいつも空っぽの空虚だけ。
 ―――初めて、手を指し伸ばされた。迷うことなくソレを掴んだ。
 そして、掴んでからはソレを指針として決して離すものかと握り締めた。
 当然のことだった。
 だって、自分にはそれしかない。それ以外には何も無い。
 伸ばされた手は自分に“自分”を与えてくれた。
 指針となった。憧れとなった。絶対となった。尊敬や親愛などという生温い感情ではなかった。
 崇める。神を見上げるが如く。
 その手は、自分にとっては神と言う存在と同じだった。
 ―――悲しい気持ちで人を傷つけたりしないで。
 その言葉にどれほど救われたと思っている。
 その手の温もりにどれほど温められたと思っている。
 悪意の目。好奇の目。嘲笑の目。
 自分を見つめる人間の瞳。
 人間じゃない。作り物だ。出来そこないだ。
 裏切られたことが悲しかった。自分を作り出した誰かが憎かった。期待に応えられなかった自分が悔しかった。
 そんな暗闇の中で、差し伸べられた手を、だからこそ崇めた。その手は紛れもなく自分を救ってくれた手だからだ。 
 その神が初めて恋をした男に逆らった。
 その神が手を差し伸べたもう一人を見殺しにしようとした。
 暗い深遠に自らを落とすような行為。見捨てられるかもしれないと言う恐怖。絶望。
 ――――たんだ。
 声が聞こえる。
 ――――は獲られたんだ
 声が聞こえる。
 ――――そんなだからフェイトさんは獲られたんだ
 そうだ、認めよう。
 エリオ・モンディアルはフェイト・T・ハラオウンが誰かに恋をしたことが認められないだけだ。
 だからシン・アスカを許せない。シン・アスカに負けていることを認められない。
 自分の延長線上にいながら、自分の大事な人間を奪っていくあの男が、誰よりも許せない認められない。
 瞼の裏に写り込む幻視。シンとフェイトが肩を並べて歩いてく光景。慈しみ合い幸せそうに言葉を掛け合う光景。
 そして、その光景をただ眺めるしかない自分。
 それが、悲しくて、悔しくて、歯噛みした。唇を噛み切った。口内に流れる鉄の味。そして、その痛みが引き金となったのか、エリオの意識が覚醒する。薄ぼんやりとした暗闇から真っ黒な夜空へと。
「・・・・・僕、寝てたのか。」
 鼻を突く汗の匂い。いつの間にかベンチで寝ていたらしい。身体中が汗でぐっしょりと濡れていた。
 夢見は最悪だった。
 夢の内容は詳細には覚えていない。けれど、胸に残る感覚はそれがロクな夢ではなかったことを教えてくれる。
 最悪な感覚。胸の奥が重く圧されるような気持ち。星が輝く空とは対照的にどす黒い雷雨の雲のよう。
 はあ、と溜め息を吐いた。胸の中の重苦しい感じを少しでも外に出すようにして。
 ベンチにもたれかかり、ぼうっと空を見上げる。映る夜空は綺麗だった。だが、そんなものでは自分の気持ちはまるで晴れ渡らない。
 夢の中の断片的なイメージ。
 暗闇とそこで寝転がる自分とそれを嘲笑し観察する最悪な人間共がいた。
 笑いかけてくれるフェイトさんが見えた。
 手を差し伸べてくれたフェイトさんが見えた。
 そして、そうやって浮かび上がる幾つものフェイトさんの隙間にサブリミナルのように割り込んでくる男の姿。シン・アスカ。
「・・・どうして、フェイトさんは・・・・」
 それはきっと意味の無い問答だ。
 だって、答えは分かりきったことだから。
 フェイトにとってシン・アスカと言う人間はこれまで彼女の周りにはいなかった類の人間である。
 彼女の周りだけと言うだけではなく、機動6課にはまるでいなかった人間である。
 だから、彼女は惹かれた。
 ただ、周りにはいなかったタイプだから―――そんな理由だろうとエリオは思っていた。
 実際は少々違っている。フェイトがシンに惹かれたのは何の事は無い、誰よりも一生懸命で誰よりも我武者羅で誰よりも優しい。その相反した精神に惹かれた。
 何よりも自分を優先し、突き通す強靭な我。正しい、正しくないなどを超えた部分に存在する信念と言う
べきものだろうか。彼女はシンにそれを見た。そしてそれに惹かれていった。
 それは彼女には無いモノだったから。
 酷な話ではあるが、フェイトがエリオに惹かれることは決して無い。
 エリオやキャロの考え方はフェイトに近い。境遇が似ており、養母であるフェイトの考え方に感銘を受け、
それを指標として成長して来たのだから当然とも言える。
 似たもの同士の間に生まれるのは親愛であって恋愛ではない―――道理である。
 エリオにはそれが分からないし、分かっていたとしても認めないだろう。
 エリオはフェイトを崇めている。エリオにとってフェイトは人間ではない。自分を救ってくれた神のような
存在だからだ。そんな彼女と自分が似ているなど恐れ多いと認めはしない―――本当はそこを潜り抜けることで彼は成長出来ると言うのに。だから、これほどに動揺し、今日のような暴挙に出る――――そして、今自分がどんな状況にいるのかさえ認識できない。若さとは―――幼さとは無知なことだから。
 ――――バツン、と何かが破裂したような音が聞こえた。鼓膜を叩き割らんばかりに巨大な音。
 それが何の音か気づく前に腹部に熱を感じた。身体が吹き飛ばされた。
 気が付けば目の前に壁があった。ひんやりとした感触。アスファルトの感触―――それは壁ではなく地面だった。
「・・・・・あ、え?」
 か細い呟き。異常なほどに。次の瞬間、腹部に熱さを感じた。
 じわり、と広がっていく熱さ―――深く身体の奥にまで。何かと思って手をそちらに動かす。
 ぬめりとした液体。何か零したのだろうか―――それとも、地面が濡れていたのだろうか。
 嫌な予感がする――それを理性が遮ろうとする。
 手を、見た。ぬめりとした液体。それが何なのか、知ろうとして―――知るべきではないと理性が言う。見るな、と。
 手を、見た。年頃の子供と同じような大きさの小さな手。その手が、紅く染まっていた。
「・・・・紅い・・・・これ、って・・・・血?」
 途切れる言葉。思考が停止する。
 ――――嫌な予感がする。
 顔を手から腹部に向けようとして、視線を手から外した―――瞬間、さっきと同じ音が響いた。
 ばん、と冗談のように大きな音が。鼓膜に衝撃。そして、今度は“手に”熱を感じた。
 手があらぬ方向に持って行かれる―――身体も同じくそちらへと引っ張られるように。
 ゴロゴロと転がる身体。無力に、流されるように―――うつ伏せになって止まる。
 意味も分からずに右手に力を込めようとして、何か違和感を感じた。そしてうつ伏せのまま、それを見た。そして、絶句した――いや、理解出来なかった。
「・・・・ない。」
 自分の指がいつもとは違う、信じられないような姿をしていたから。
 見えるモノはピンク色の綺麗な肉とそこから流れる紅い血液と、白い骨。
 人差し指と中指が無い。あるのはその残骸。そこから面白いほどに血液が流れている―――あふれ出ていく。
「指が無い・・・・・ゆび、が・・・・ない・・?」
 繰り返す。壊れた蓄音機のように。呟くごとに開いていく瞳孔。荒くなる呼吸。荒れていく平静。
「手がっ!!手がぁああ!!」
 絶叫。声を枯らすほどに。
 身をよじった。動かした。次の瞬間、一瞬で腹部に熱した鉄棒を差し込まれたような凄まじい激痛が生まれた。
 形容出来ない痛み。神経に響き、生理的嫌悪を呼び起こす。ズキン、と言う類ではない。まるで包丁で腹を貫かれたような激痛。
「あ、ああ・・・・!?」
 激痛。言葉にならない。誰にも伝えられない激痛。
「あああ・・あああ!!!」
 うめき声を上げながら、無事な方の手で目の前にある壁――地面に爪を立てた。その行為に意味は無い。痛みを抑えようとして行った無意識の行為。爪の隙間にアスファルトのカケラが食い込んだ。指が無い左手にアスファルトが触った。ズキン。走り抜ける激痛。背骨や脊髄を侵食するような激しい痛み。
 痛いなどと言う表現が追いつかないほどの痛み―――言葉が出ない。
「は・・・あ、あ、ひ、はぁ・・・・!!!」
 喘ぐようなか細い声。声が出ない。
 何があったのか、何が起こったのか、まるで理解できない。
 痛みが自分の中から叫ぶ以外のコトを奪っていったように、声が、出ない。
 叫んでいるのに喘ぐ。痛みを訴えているのに喘ぐ。汗が吹き出る。脂汗――もはや冷や汗。
 意味が分からなかった。今、何があったのか。何が起きたのか。
 目前には理解しがたい光景―――中指と人差し指の存在しない右腕。
「・・・・手が、ゆび、が・・・・」
「―――油断しすぎだね、キミは。」
 聞き覚えのある声。四つんばいでアスファルトに突っ伏したまま視線だけをそちらに向ける。刻一刻と背筋を激痛が走る。
 一瞬一瞬ごとに痛みで意識が断絶する―――なのに、その痛みで再び意識を取り戻す。
 気絶と覚醒を延々と繰り返す痛みと痛みの無限地獄。
「お、ま・・・・え」
 見たことのある顔。けれど、霞がかって千々に乱れた思考ではそれが誰であるのか、容易に想像出来ない。
 けれど、怖い。恐怖があった。殺される、そういう類の恐ろしさではない。嬲られる―――玩具にされる、そんな怖さ。
 ウェーブがかった金髪。目元を覆う仮面。よく通る綺麗な声――その声が何よりも恐ろしくて。
「流石はミッドチルダ、と言うべきかな。銃で撃たれたことも理解出来ていないようだ。」
「じゅ、う」
 男が右手に持った黒い固まり。
 資料では見た事があった。だが、現実にそれを見た事など一度も無かった。
 当然だ。それはこの世界から消えて久しい隔絶武装。簡単に人を殺すと言う一点を突き詰めた結果、生まれた人殺しの鋼。
「質量、兵器。」
 拳銃。男が持つそれはオートマチックと呼ばれる類の拳銃―――質量兵器だった。
 今、自分はそれで撃たれたのだ。
「ああ、殺す気は無いから安心したまえ。今日はキミにプレゼントをあげたいと思って馳せ参じただけでね。
弾丸は土産のようなものだ。あと今動かれると面倒なので、そのまま動かないでいてくれないかね?」
 そんな言葉を聞く道理は無い。と言うよりもエリオは本能的にその場を離れようと身体を動かした。いも虫のように、満足に動かない身体を必死に動かして。
 痛みも、指が無い事も頭の中に無い。今、彼の頭の中にあるのは一つだけのことだ。
(殺される。)
 拳銃などと言う人殺しの道具の圧倒的な暴力に晒されているのだ。
 魔法を使って逃げることすら頭に浮かばないほどに彼は今怯えていた。
 以前、感じた死の恐怖など比較にならない、痛みと共に押し寄せる死の奔流の前で。
「・・・・動くなと言ったんだがね。」
 呆れたような呟き。かちり、と音がした。
 一瞬の間。破裂音。三度。
「・・・・あ・・・・・ぁ」
 もう、喘ぐことすら出来ない。
 身体中を激痛が走り抜けた。どこが痛いのかなど理解できないほどに全身を駆け巡る激痛―――涙が毀れた。
 タスケテと口が勝手に動く。歯と歯がガチガチと鳴り合わせ大合唱を始めた。
 痛い痛い痛い。助けて助けて助けて。
 意識が霞んでいく。視界がぼやけていく。
「寝てもらっては、困るな・・・・起きたまえ。」
 男はそう淡々と呟きながら、エリオの腹部に自分の靴のつま先を当てる―――無論、傷跡に当たるようにして。そして、力を込めて、ひっくり返した。
「はぐぁっ!!」
 少年の絶叫―――男の微笑。
「・・・・クルーゼぇ、殺すなら早くしてくれませんこと?嬲り殺しとか趣味が悪すぎますわぁ。」
 女の声。エリオにとっては聞き覚えのある、仮面の男―――ラウ・ル・クルーゼにとっては現在の仲間―――と言うよりも手駒に近い。互いに利用し、利用されあう関係なのだから。
 面白くなさそうに呟いたその声にクルーゼが答えた。
「ふふ、キミに言われたくは無いがね。なに、殺しはしないよ。急所は外している。処置が終わる頃には元通りになっているさ。」
「・・・・だったらぁ、さっさと終わらせてくれません?封鎖幻惑ってとっても疲れるんですわよぉ?」
 そう、心底面白くなさそうにその声の主は呟いた。
「ああ、分かったよ、“クアットロ”。」
 そう言って、クルーゼは右手に持ったオートマチック型の拳銃―――姿形はベレッタと呼ばれるモノに近い―――の銃把の部分から弾倉を取り出し、懐に忍ばせていたもう一つの弾倉と入れ替えた。かちり、と音がして弾倉が拳銃に納まる。
「さて・・・では、処置を始めようか。」
 言葉。そして、右手の銃を自身の左手に向ける――――引き金を引いた。
 破裂音。そして、舞い上がる血飛沫。先ほど入れ替えた弾倉の中身は通常とは違うホローポイントと言う弾丸―――詳細は省くが要するに物質を破壊する為の弾丸である。
 破壊。つまり自身の左手を容易に破壊する為に。けれど不思議なことに破裂した肉片や血飛沫は一切クルーゼやクアットロと呼ばれた女性の方向には飛び散らない。まるで、それ自体が意思を持っているかのように。
 そして、何よりも不思議なのは、左手が欠損したと言うのに呻きすら上げないラウ・ル・クルーゼだった。
「・・・・・便利なものだな。痛みを感じないと言うことも。」
 仮面に隠された顔―――その先で、クルーゼの視線が噴水のように夥しい血を吹き出させている左手を注視している。
 見ているだけで痛みを覚えるほどの光景―――けれど痛みは無い。奇妙なモノだ、とクルーゼは呟き、歩き出した。
 四つん這いで蹲り、虚ろな表情のエリオに向かって。
 未だ健在な右手が掴んでいた拳銃を地面に置く。そして、その右手でエリオの髪を引っ張り、持ち上げた。
 頭皮が剥ぎ取られそうになる痛み。虚ろなエリオの瞳に僅かな意思の光が戻る―――クルーゼの顔が歪んだ。亀裂のような笑みを浮かべて。
「あの男はキミの大切なものばかり奪っていく。この世界の人間では無い―――余所者の癖に。そう思ったことはないかな?」
 心底、楽しそうにクルーゼがエリオの耳元で囁いた。
「奪われた大切なものを取り戻したくは無いかね?自分の望みを叶えたくはないかね?」
 声は悪魔の囁き。狡猾で残忍で薄汚い、人を人とは思わぬ、人類最低の男の生み出す甘言。それが、エリオの脳裏に流れ込んでいく。
 その言葉が言い終わると共にクルーゼが夥しい血を流し続ける自分の左手――銃弾で破壊され既に原型を留めていないのでむしろ手首と呼んだ方がいい―――をエリオの口元に近づける。
「―――キミに力を与えよう。全てを覆す青き自由の翼―――その力を。」
 言葉と共にクルーゼが自身の左手首をエリオの口腔に突っ込んだ。
 エリオの目が見開いた。血が流れ込んでくる。鉄の味。喉に絡み付く目前の男の血液。
 意識が覚醒する。発狂しそうなほどのおぞましさを覚えた。
「―――!!!?があああはっひぎゅああああ!!!!!」
 言葉にならない、喚くようなエリオの言葉。顔を振り、その手首から逃れようとする。だが、クルーゼの左手首が、絶対に抜けないように更にエリオの口腔内に侵入する――――吐き気。胃が生理反応として内容物を全て吐き出させようとする―――だが、
「飲み干したまえ。反吐など私の血液と共に、全て飲み込んでしまうんだ。」
 淡々とした口調。そして、そこに隠しきれない愉悦。苦しむエリオを見て歓んでいる。
 それは凡そ数分の時間だった。だが、当事者であるエリオにとっては数時間にも感じられた。喉に張り付く血液と反吐の鬩ぎ合い。吐き出すことも出来ずに飲み込むしかなかった。
 他人の血液を飲むと言う常識外の行為。身体中を流れる痛みを忘れるほどのおぞましさ。
 涙を零し、涎を垂らし、それでもエリオは飲み干した。いっそ殺された方がいい、殺してくれと願いながら。
 クルーゼの左手首がエリオの口から抜かれる―――涎が糸を引いた。呆然とエリオがその光景を眺めていた。
 そのエリオの表情を満足げに眺めながら、クルーゼが嗤う―――同時に左手が再生を始めた。
 魔法による治癒などとは決して違う。粘土細工が盛り上がり、形作るように、左手がその姿を取り戻して行く。
(・・・化け物だ。)
 もはや彼に抵抗する気など無かった。眼前で起こる常識を外れた光景の数々と全身を苛む痛み。それらが彼の精神を著しく削り取っていた。
 クルーゼが呟いた。熱の篭った口調で―――狂気さえ伴わして。
「夜明けには定着しているだろう。いいかい、キミには期待しているんだ・・・・・私の目がくらむような素晴らしい覚悟を見せてくれたまえ。」
 そんな二人を眺めながらクアットロが汚らしげに呟いた。
「・・・・ほんっとに悪趣味ですこと。」
 その言葉と共にエリオが糸を無くした操り人形のように倒れた――――同時に彼の身体が紅く輝き始める。
 曲線じみた直線を描き紅く輝く肉体。輝いているのは血管だ。血管が紅く輝き、その輝きが全身に行き渡った直後、その血管を蟲が進むように盛り上がり蠢き始める。
 血管の中を何かが通り抜けている―――恐らくは先ほどクルーゼが飲ませた彼の血液が。
 そして、血管の蠢きが落ち着きだした時、弾丸で穿たれた彼の身体に変化が起きた。
 それは先ほどのクルーゼの左手の再生を髣髴とさせる光景だった。
 穴が塞がっていく。肉が盛り上がり、弾丸で穿たれた穴を塞いでいく。
 中指と人差し指も同じく、“再生”する。肉が盛り上がり、粘土細工が成長するようにして、指が生えていく。
 立ち昇る蒸気――通常では在り得ないほどの速度で新陳代謝を活性化した結果。
 盛り上がった肉の勢いに押し出され、紅い血に塗れた弾丸がエリオの身体から飛び出て、外気に晒される。
 そして―――
「流石はプロジェクトFの申し子。問題なく“適応”したようだな。」
 言葉と共に、変化が始まった。
 エリオの全身を流れる、幾何学模様の蒼い光―――あの日、シンに流れた朱い光と同種にしか見えない光。
 ドクン、ドクンと鼓動のように光が奔り抜けていく。
「けれど、私分かりませんわ。確かにこの子なら適応すると思いますけど、本当にこの子が自分からこちらに来るとは思えないのですけど。」
 間延びした嫌みったらしい口調でクアットロがクルーゼを見る。視線には少し非難めいたものが混じっている。
「・・・・必ず来るさ。彼は、自分から彼女達の元を離れてね。裏切るのではない、彼の正義の為に。」
 そう言ってクルーゼが嗤った。ぞくり、とクアットロの背に怖気が走った。
 それは自身を残忍と評する彼女をして、邪悪と呼べるような笑みだったからだ。
 他人を自分の掌の上で踊らせ、苦しめ、のた打ち回る様を喜ぶ嗤い。
 世界が燃える様を見て喜ぶ、高潔で純粋な邪悪の微笑み。
 この男もまた純粋なのだ。純粋に逆恨みを貫き続ける最凶にして最大の“小悪党”。
 二人の姿が消えていく―――同時に世界が変質する。
 封鎖幻惑―――実在を捻じ曲げる幻想を作り出す結界。周囲から見てもそこには何も無く、仮に誰かが寝転ぶエリオの上を歩いたとしても“その存在に気付かない”。
 電子機器や人間の五感に留まらず、それを包括する全てを騙す絶対虚偽発生能力。
 クアットロの持つISの発展型―――“詐欺師(フラウド)”。
 エリオがどれだけ苦しもうと叫ぼうと彼の存在には誰も気付かない、そんな悪辣な結界が解かれ、公園は現実に舞い戻る。
 されど、夜の世界でそこを誰かが通ることなどある訳も無く。
 夜が堕ちていく。誰もエリオの元には現われない―――彼がここにいることなど誰も知らない。
 そして、夜明け前の暗闇の中、エリオの目が覚めた。
「・・・・寝てたのか、僕は。」
 周囲には誰もいない。
 自分はここで寝てしまっていたのだろう。
 夢見は最悪だ。内容は覚えていないが、怖い、とても怖い夢を見ていたような気がする。
 それもこれも、シンと言い争いをしてしまったせいだろう。
 だから、あんな怖い夢を見た。
 覚えているのは拳銃で撃たれたこと。最悪の夢だ。
 まるで“現実のような痛みを味わって、それでも起きなかったのだから“。よほど疲れていたのだろう。
 起き上がり、6課へと歩き出す。早朝訓練の前には帰っておきたいからだ。
 少しだけ歩いて気付く。身体が軽いことに。そして、何故か右手の指があるところを見てほっとする――――何故ほっとするのかは分からない。ただ、そうしなければいけない。そんな違和感に首を傾げながらもエリオは気にすることも無く歩いていった。
 ―――今も彼の体の奥深く。肉体という名の世界が侵食され、作りかえられていっていることなど何一つ知らずに。
 昨晩と今の間の記憶が抜け落ちたことなど何一つ忘れて。

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Author:SOWW
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 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

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