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空想垂れ流し 23.乙女の資質は親譲り

23.乙女の資質は親譲り

 それはある日の話。
 シンがエクストリームブラストを発動させ、ギンガとフェイトが仕事さぼるという暴挙に出た数日後の話である。

□ 
 曰く―――急所に一撃を当てることが出来るなら、力も技も耐久力も関係ない。つまりは一撃必倒。相手の意識を一瞬で奪い取る一撃は、強力な力に勝ると言う。
 その様子を真剣な面持ちで聞き続けるシン。何かと言うとギンガがシンに説明しているのだ。彼女の使うシューティングアーツについて。
 場所はいつもの訓練場・・・ではなく、そこから少し離れた会議室である。時刻は既に8時を回っている。この時間帯であれば、いつもなら
 どうしてそんな話になったかと言えば、いつもの如くの訓練をしている最中にシンがふとたずねたのだ。
 シューティングアーツの話を聞かせてくれないかと。
 ギンガにしてみればその質問は意味の分からないものだった。シンの訓練相手として最も数多く相手をしたのは他でもないシューティングアーツの使い手であるギンガである。
 誰あろうシンこそがシューティングアーツについて最も身体で理解していると言っていい。その彼がどうして教えてくれと思うのか。
 そう尋ねるとシンはこう答えた。
「もっと強くなれると思って。」
 見も蓋も無いド直球。もうちょっと何か無いのかと思いつつギンガは苦笑しつつ話し出した。冒頭の一文はそれを極端に要約したモノである。
 つまり、シューティングアーツとはそういった武術。一撃で相手を沈める魔法なのだと。
「・・・・ということです。分かりましたか、シン?」
「えーと、ですね。いくつか疑問が。」
「はい。」
「それだと遠距離からの攻撃に無防備になりませんか?あとバリアジャケットがある以上は一撃必殺って言うのは難しいと思うんですが。」
「・・・必殺じゃなくて必倒です・・・・・・まあ、その通りです。現在の魔導師の基本防御であるバリアジャケット。 これがある限り、“一撃”で敵を倒すと言うことは無理でしょうね。 バリアジャケットを破壊する一撃と決め手となる一撃。 最低でもこの二撃が必要となります。 また、砲撃・射撃魔法というものが存在する以上、接近して一撃を与えると言うスタイルはその時点で必要となるアクションが増えます。 仮に相手が射撃・砲撃型であれば、近接型は接近すると言う行動が必要ですから。」
 その通りだとシンは頷く。首肯するシンを見て、ギンガは更に続ける。
「この問題を埋めるべく作られた技。それが、」
「シューティングアーツ、ですか?」
 ギンガの言葉を遮ってシンが口を開いた。ギンガが頷く。
「そうです。先に言った一撃で倒すと言う理論ですが、これは別に特別なことじゃありません。シンなら分かるでしょう?」
「まあ、隙見つけて一撃当てれば大抵はそれで終わりますね。」
 シンが最も慣れ親しんだ戦闘―――白兵戦やMS戦闘、そのどちらも一撃を当てればそれで終わりというものだった。
 銃で撃てば基本的に人は死ぬ。同じようにビームライフルを当てれば大抵の装甲は役に立たない。一撃必殺と言う言葉がこれほど似合う戦いは他に―――少なくともシンが知る限り存在し無い。
「バリアジャケットが無ければ、その傾向はより顕著になります。 人間の肉体と言うのは機械のそれに比べて非常に脆弱ですから。私達はバリアジャケットがあるから耐えられているだけで、もし、バリアジャケットが無ければどんな低級魔法の一撃だろうと私達の意識は簡単に奪われます。」
 理想論ですがね、とギンガは付け加えた。
「例えばスバルのディバインバスターに、私のリボルビングステーク。これはどちらもバリアジャケットを破壊もしくは無効化して一撃を与えると言う技です。私の場合はバリアジャケットごと、スバルの場合は一度バリアジャケットを破壊して、その上で最大の一撃を叩き込む。」
 ディバインバスター。リボルビングステーク。
 シンは奇しくもどちらの技もその身で経験している。スバルからはあの模擬戦の後に。ギンガからは模擬戦の際に。喰らった上で言えること。アレらはバリアジャケットの有無など問題にはしない一撃と言うことだった。あれはそういった類の技だ。当たることがそのまま必倒に繋がる文字通り一撃必倒。
 どちらかと言う必殺の方が似合っている気さえするが。
(・・・・ああいう技があれば、白兵戦とかと基本的には同じなんだよな。)
 心中で呟き、納得し・・・首を傾げた。
 シューティングアーツ。つまり、「急所に一撃を当てることが出来るなら、力も技も耐久力も関係ない。相手の意識を一瞬で奪い取る一撃は、強力な力に勝る」と大言壮語するその定義に反していのるではないか、と。
 眉根を寄せて怪訝な表情を浮かべるシンにギンガが慌てるなとばかりに再び口を開いた。
「本題はここからです。今、シンが思っている通り、これではシューティングアーツの定義に反している。 そう言いたいのでしょう?結局威力が全てを決めるのだと。」
 頷くシンを見てギンガは続ける。
「そういった技を使用しないでも、同じことは出来る、というのが母の持論でした。」
 ―――シューティングアーツとはただ“当てる”為の術。攻撃を確実に当てる。ただそれだけに特化した武術。
 先読み、ローラーブーツ、ウイングロードなどの他の魔法と一線を画す技術の全ては最終的にそれに繋がっていく。巨大な武装も、膨大な魔力も、視認出来ない高速も必要無い。ただ、当てる。防御も攻撃も全てを貫いて。
 そこまで言って、シンはギンガに尋ねた。
「・・・そんなこと出来るんですか?」
 シンの疑問も最もだ。
 要するに先手必勝。攻撃を当てて意識を刈り取ればそれでいい。そこに強大な威力も射程も速度も必要は無い。そう言っているのだ。
 けれどバリアジャケットの問題を解決するには一度バリアジャケットを破壊するか、もしくはバリアジャケットごと相手に攻撃を加えるほどの強大な威力の一撃が必要となる。
 また、それほどの威力の攻撃を当てようと言うならば速度や射程はあればあるほど、命中率は高くなる。逆に言えば近接攻撃しか出来ない彼女達の戦法では砲撃型に対しては為す術が無いと言う現実がある。
 彼女の言っていることは理想ですらない。夢物語だ。
「どうでしょうね。私もまだそれを実感したことはありませんけど・・・・母さんが言うには、当てるんじゃなく当たる、らしいです。」
 答えるギンガも要領を得ない返答。自分でも理解出来ていないのかもしれない。自分で言っている言葉の意味が。
「当たる?」
「子供の時ですから、正確には覚えていませんが、そういうことらしいです。」
 そう言って、彼女は机の上のメモ用紙に絵を描き始めた。
 人のシンボルを覆う○。お世辞にも上手いとはいえない。
「・・・・えーと、これ人間ですか?」
「え、ええ。」
 赤面するギンガ。少し恥ずかしいらしい。
 苦笑するシン。ギンガはそんなシンに向かって、コホンと息を吐くと気を取り直して続ける。
「この絵のようにバリアジャケットって言うのは全方位に対して等しい防御力を保っているモノではなく、どちらかと言う傘に近いんです。傘を広げた方向が最も防御力が強くなる――――つまり自分の認識方向に対して強くなる。」
「・・・・確かにそうですね。」
 考えてみれば当然のことだ。デバイスが制御しているとは言えバリアジャケットというのは魔法であり、魔法である以上は術者の意識が起点にある。ならば術者が一番集中している方向に対して強くなるのは当然のことである。 呟き黙り込んだシンを見てギンガが話を続ける。
「逆に言えば、認識外の方向に対してバリアジャケットは確実に弱くなります。集中している方向から離れれば離れるほど。そして、ここ。」
 相手が攻撃してる場所―――絵の中に矢印で示している―――の正反対の場所を指で指し示す。
「・・・・防御に集中している場所の反対側・・・・要するに死角からの攻撃ってことですか。」
「その通りです。仮にこういった状況でこの死角に攻撃を当てることが“出来れば”、バリアジャケットは全く用を為しません。殆ど素肌に近い防御力しかありませんから。」
 こういった状況――つまり一方に集中している状態のことである。
 その状態で、全くの逆方向から予想外の一撃を当てることが出来れば、バリアジャケットは単なる服に成り下がる、と言っている。
 だが、それは理想の技ですらない。妄想のようなものだ。シンがその心中を言葉に出して返す。
「いや、それ無理でしょう。2対1とかならまだしも1対1で出来る訳が無い。」
 そのシンの言葉を受けて、ギンガは苦笑しながら、話を続ける。
「そうです。無理ですね、普通は。」
「普通は?」
 ギンガが今話したこと。それは自分が戦っている最中に自分の分身を作り出して後方から奇襲でもさせない限りは決して出来はしない。
 無理とか無駄とかではなく物理的に不可能なのだ。先ほどシンが思った通り、妄想や空想の類に近い。
「けど、これ出来た人いるんですよ。」
「・・・・は?」
「私の母がこれをやっていたんですよ。一度だけ、私とスバルの前で。スバルは覚えていないかもしれませんが・・・・」
「ど、どうやってたんですか?」
「・・・・不思議な光景でしたよ。相手のバリアジャケットの隙間に母さんの拳が吸い込まれるようにして入り込んでいく。・・・殴るって言う感じじゃないんです。こう、あるべき場所に収まっていくような・・・・」
 その光景を思い返すギンガ。
 ―――その光景を一言で表すならばよく出来た殺陣と言うものだった。
 相手にしてみれば何が起きたのかなど理解出来はしないだろう。理解する間など与えず―――と言うよりも、視認することも出来なかっただろう。その一撃は全て死角からの一撃だったのだから。
 それは訓練だった。
 相手は生粋の魔導師が十五人。無論デバイスを装備した中距離型ばかり。
 対して母は一人。得物と言えば足元のローラーブーツのみ。
 一対十五と言う戦力差で言えば絶望的と言うにも生温いほどの差である。
 正直、ギンガはこんなものが訓練になるのかと子供心に呆れていた。勝負になどなるはずがない、と。
 だが、現実は違った。
 母の撃ち出す拳は全て相手の背後や側面などの死角に吸い込まれ、息を切らすこともなく、一人また一人と相手を昏倒させていく。
 狙いは全て急所。頚椎・鳩尾・脇腹・心臓・延髄・米神。
 拳は狙いを違えることなく吸い込まれていく。
 まるで御伽噺に出てくる魔法だと思った。
 相手が撃つ魔法は全て当たらない。それこそ磁石の同じ極が反発し合うようにして、ごくごく自然に離れていく。逆に母の拳は違う極が引き合うように当たっていく。
 相手の攻撃は全て“外れる”。
 母の攻撃は全て“当たる”。
 拳が唸る。足元のローラーブーツが喚いた。回転する身体。滑り込む拳。舞うように踊るように敵陣を切り裂くように駆け抜ける。
 十数分の後、その場に立っていたのは母のみだった。
 息が切れていた。息が切れていないように見えたのは戦っていたから我慢していただけで実際母にとってもその訓練はかなりの難度だったらしい。
「・・・・これが、シューティングアーツ、よ、ギンガ、スバル。」
 疲れ、汗に塗れ、それでも笑う母。腰を落とした。
「・・・・やっぱりこの人数は辛いわね。」
 晴れ晴れした笑顔で母はこちらに笑いかける。
 その時の笑顔は今も彼女の記憶に焼き付いている。
 母はリボルバーナックルを使わずに、魔導師十五人を倒した。デバイスを用いることなくバリアジャケットを使用した魔導師を倒したのだ。
 鮮烈な光景だった。それこそ記憶に残るほどに。
「・・・・・映像だけは残ってるんですが、見れば見るほど訳が分からなくなります。・・・・正直どうやってあんなことが出来るのか、理解出来ないような技術ですよ。」
 参ったと言わんばかりにギンガが苦笑する。
「理解出来ない?」
「・・・たとえば、デスティニー無しで私に勝てますか?」
 ギンガの言葉を聞いて少し考える。
 デスティニー無しでギンガに勝つ。
 シンが現状デバイス無しで使える魔法。飛行。パルマフィオキーナ。この二つのみ。
 後は徒手空拳の格闘・・・平たく言えば殴り合いだ。
「無理ですね。」
 見得も外聞も無くシンは言った。
 不可能だからだ。
 殴り合いで言えばギンガの方が強いだろう。飛行出来ると言う点で地の利は自分のものかもしれない。だが、ウイングロードはそんな一切合切を台無しにする。仮に超近距離でパルマフィオキーナを最大威力で放つことが出来たとしても避けられるか捌かれるかリボルビングステークで散らされて終わりだ。
 冷静に自身のスペックとギンガのスペック。双方を考えれば結果がそうなるのは自明の理である。
「生身の俺じゃギンガさんどころか、誰にも勝てません。」
 不貞腐れるでもなく淡々と事実を告げるシン。
「そうですね。今のシンの強さはデバイスに依存したモノですから。デバイス無しで私に勝つことは無理でしょうね。」
 ギンガもまた淡々と呟く。別に今更シンに気を使うようなこともない。
「けど、母はそれが出来たんだと思います。デバイス・・・というよりは魔法ですね。そういった攻撃手段無しで魔導師を制圧することが。」
「・・・。」
「ここからは私の勝手な推測なんですが・・・・多分、母にはこれから誰がどう動いて何をしようとしているのか、
全て見えていたんじゃないかと思ってます。戦闘の流れを支配するとでも言うんでしょうか・・・私が使うような先読みよりも遥かに高度な、本当にどうやってそんなことが出来るのか理解できない技術です。」
 言葉も無い。シンには想像も出来ない技術だった。
 そして、同時に彼は思った。自分には縁の無いモノだな、と。
 強く。ただ強く。敵よりも強く。味方よりも強く。誰よりも何よりも強く。そんな物騒な願いを持った人間が力の誘惑から逃れられる訳も無い。
 求めるモノは力。誰よりも強い力。
 力だけでは救えない。けれど力があれば守れる。
 そんな歪んだ欲望の結晶ともいえる魔法が先日、デスティニーから発動した高速活動魔法エクストリームブラストである。
 今日、シンはエクストリームブラストを問題なく使用するヒントが無いかと考えてギンガにシューティングアーツについて聞いたのだった。
 肉体に干渉し、反射速度を向上させ、フィオキーナによる高速移動により無理矢理、加速した体感時間と肉体の運動を摺り合わせ同一化させる魔法。
 フェイト・T・ハラオウン並みの速度を防御力の低下を起こさずに行うソレの効果は絶大なものがあり、以前のトーレ戦を見れば分かる通りエクストリームブラストを使用した状態のシン・アスカの戦闘力はフェイト・T・ハラオウンと同等もしくはそれ以上―――つまり現役のSランク魔導師と同等以上ということになる。
 Sランク魔導師とは例えるならモビルスーツのようなものだ。
 装甲や重量、速度と言った部分ではない。純粋な火力などの攻撃能力のみを見た時Sランク魔導師とはモビルスーツと同等と言っても良い。
 つまり一騎当千。一般人から見れば化け物と思われても差し支えの無いほどの規格外の存在である。
 シン・アスカの基本戦闘能力はAA~AAA程の強さである。それがエクストリームブラストという魔法を使っただけでSランク―――それもS+もしくはSSほどの―――強さを手に入れるのだ。絶大な効果と言わずに何と言おう。
 だが、その絶大な効果に比して、その代償もまた大きい。
 心臓や筋肉、血管、その他全ての内臓や骨格など自身の肉体に凄まじい負荷がかかるのだ。
 比喩ではなく心臓は破裂しそうなほどに高速で鼓動を繰り返し、全身に血液を送り込む。常の数倍から十数倍の速度で全身を駆け巡る血液は血管を引き裂かんばかりにせめぎ立てていく。
 膨れ上がった血管は腕や足などの肉体の末端部分を膨れ上がらせ、それを待機状態のフィオキーナが全身から押さえつける。押さえつけることによって破裂しそうな血管は無理矢理収縮し辛うじてその機能を維持できる。
 もちろん、重力制御・慣性制御等の魔法を同時に併用することでその負荷は減少するだろう。だが、未だ魔法を覚えて間もないシンがそんなモノを使えるはずもない―――シンはそもそも制御という類の魔法が苦手である。
 故に八神はやてはこの魔法を原則使用禁止とした。使う度に吐血し昏倒する魔法など余程切羽詰った状態以外では使ってもらう訳にはいかないからだ。部隊の体裁的にも、彼女の精神的にも。
 結果、シン・アスカの新たな武器は禁じられた。はやてが許可を出さない限りは使わないと言う誓約を。
 シンもはやての意見に逆らうつもりは無いし、正直彼女の意見には同意している。アレは確かに危険な魔法だと誰よりも身を持って知っているのだから。
 だが、それでもシンは必要になると感じていた。
 ナンバーズと自らを呼んでいたあの女。
 あの女の戦闘能力は現在の6課の魔導師の誰よりも上だと。
 シグナムやヴィータ、フェイトであれば渡り合える。
 彼女達が手を組めばもしかしたら勝てるかもしれない―――つまり、単体では決して勝てはしない。
 速度領域が違い過ぎる。あの速度に追い縋るにはどうしてもフェイトと同等の速度が必要になる。そしてあの高速と両立させているあの武装。大剣や爪、盾に変化するあの紅い羽根。あの速度を維持しながらあの防御力と攻撃力を持つ。そんな敵に勝とうと思えば無理をする必要が出てくる。
 つまり、エクストリームブラスト無しでは確実に負ける。もし、あのレベルの敵が同時に二人現れたならその時点で終わりだ。全員が八つ裂きにされて終わるだけだろう。
 だからこそシンはエクストリームブラストに使えるような技術が無いかを探していたのだ。
 発端は、グラディスの言葉だった。
 身体を鍛えろ。彼はそう言った。今のシンの肉体では耐えられない、と。
 だが、かと言ってエクストリームブラストに耐えられる肉体を手に入れるなどいつになるか分からない。
 人間の身体はそんな急激に強化されたりはしないのだから。
 その為にシンはシューティングアーツから何かしら使えるような技が無いかとも考え聞いたのだが―――結果は少なくともシンにとって役に立つようなモノではないということだった。
 当然といえば当然だ。
 身体を鍛え強靭な肉体を手に入れる為にはやはり地道な肉体の鍛錬しかないのだから。
「シン?」
 ギンガがこちらを覗きこんでいた。一瞬、吐息が触れ合うほどに近づく二人。蒼い瞳と蒼い髪。瞳は透き通るように澄んでいて、彼を一つも疑ってなどいない―――もしかしたら彼の内奥をすら見通しているのかもしれない―――ように見える。
 ギンガは意識せず。シンだけがその吐息が触れ合う距離を意識する。
 彼女はこうやって時々驚くほど無防備に近づいてくることがある―――彼は、それが苦手でいつも顔を背ける。
 女の視線は苦手だった。女の視線は苦い思い出ばかりを浮かび上がらせる。泣いている女とか苦しんでいる女とか死んでいく女とか。幸せそうに笑う女などどこになかった。本当に碌な思い出が思い浮かばない。
 埒の無い思考を切り捨て、視線を定める。顔を背けて目を逸らした方向には白い壁があった。
 その上を見ると時計がある。彼はその時計を見ている振りをしながら、視線を明後日の方向に向けて、呟いた。
「いや、ギンガさんのお母さんは凄いんだなあと、思って。」
 嘘八百もいいところだ。だが、ギンガはそれに異を唱えることもなく会話を続ける。
「ええ。凄い人でした。当代切っての魔導師殺し(カウンターマギウス)クイント・ナカジマ。」
 俯いて、右の拳に眼をやるギンガ。開いて、閉じて、開いて、閉じてを繰り返す―――瞳に浮かぶ感情は・・・・郷愁だろうか。忘れていく―――けれど忘れたくない思い出。
 ギンガは過去に思いを馳せた。
 彼女の父―――ゲンヤから聞いた母の話を。

 ギンガの母が使ったと言うその技術。そんなシンにとってその力はこの世で最も縁遠い力と言っていい。
 一生かかったとしても彼には得ることの出来ない力だろう。
 ギンガの母―――つまりクイント・ナカジマが幼い頃の彼女の前で使った技術。
 それは彼女の予想通りに戦闘経験による戦闘の構築と支配である。
 シューティングアーツ。
 ギンガやスバルのように近接に特化―――というか固定―――した魔導師が使う魔法―――むしろ、武術である。
 射程距離というものが殆ど存在しない前線にいることしか出来ない非常に特殊なタイプである。
 非常に特殊―――つまりそれを使う人間は殆ど存在していないことを意味する。考えてみれば分かるが魔法というモノはすべからく距離を取って撃つものである。実際、ほぼ全ての魔導師はそういった魔法を使う。近距離で戦う者も当然いるだろうが、それだけしか出来ないなどという魔導師は殆ど存在しない―――いるとすればそれは単なる落ちこぼれだ。
 このシューティングアーツという武術は、そんな落ちこぼれが他の魔導師に打ち克つ為に編み出した武術である。
 落ちこぼれ―――クイント・ナカジマが。
 普通の魔導師ならばこんな武術など考え付かないし考える必要も無い。真っ当な魔法が使えれば、そんな特殊な技術を構築する必要などどこにも無いからだ。
 だが、クイント・ナカジマは真っ当な魔法など一切使えなかった。いや、使えることは使えるのだが、魔法を撃つことが極端に苦手だったのだ。 撃ち出すと言う行為。その瞬間に何度も何度も魔法はあらぬ方向に飛んで行った。時には暴発もした。おかげで彼女は何度も何度も挫折を繰り返した。スバルやギンガのような順風満帆な昇進など彼女には一度も無かった。
 出来ること言えば、格闘術くらいしかなかった。だから彼女は格闘術に全てを賭けた。
 全霊を賭して研鑽を重ね―――そして、やっとの思いで昇進し前線を志望し、これからは自分の力を活かせると思っていた彼女は後方待機に回された。
 理由は一つ。射程距離が存在しない彼女は魔導師同士の戦闘では邪魔にしかならないからだった。
 彼女は再び挫折した。その拳に懸けた数年は単なる徒労に終わってしまった。才能が無いと言う自分の不運を嘆き、悲嘆に暮れた。生活は荒んでいく。行き場の無い怒りが彼女をどんどんと鬱屈させていった。
 そんな時、彼女のいた部署に配属されたのがギンガの父―――つまりゲンヤだった。
 彼女は一目見て、彼が気に入らなかった。凛とした佇まい。それでいてどこか柔和で落ち着いた雰囲気。
 クイントよりも後輩で魔法を使えない人間。彼の中の何かが気に食わなかった。だから鬱屈した彼女にとって彼は格好の八つ当たりの材料となる―――はずだった。
 クイントがゲンヤに突っかかっていった時、ゲンヤは冷めた眼で彼女を眺めながらこう言った。
「そんなにいじけて、面白いもんですかね。」
 鬱屈した行き場の無い怒りが、行き場を見つけて、弾け飛んだ。
 情けも容赦も一切無く彼女はゲンヤに向けて攻撃した。魔法を使えない一般人を―――だが、次の瞬間、床に倒れていたのはゲンヤではなくクイントだった。
 彼女には何がどうなったのかなど理解できなかった。魔法を使って殴ろうとした瞬間、世界が反転し、気がつけば見慣れた天井が視線上に存在していた。
 意識がなくなる直前に自分を見下ろすゲンヤと眼があった。
 その時の構えから彼が自分を投げたのだと理解した―――その時、彼女は意識をなくした。
 それから、彼女はゲンヤについて調べ出した。幾ら落ちこぼれの魔導師とは言え魔法を使えない人間が魔導師に勝つなど聞いたことが無かったからだ。煮え滾る怒りを抑えながら彼女はゲンヤについて聞きまわった。
 そして、ゲンヤの友人という人間と接触することに成功する―――ここまで来ると殆ど探偵並の執念だった。
「ゲンヤ?ああ、アイツは元々武装隊志望だったんだけどね、魔法使えないからって試験するまでもなく落とされてさ、それで後方勤務を選んだはずだよ。」
 その時、彼女は自身の耳を疑った。
 武装隊?彼のように魔法を使えない人間が?
「アイツ強いからねー。魔法を使えない人間に用は無いって言ったその時の試験官と喧嘩になって結局勝ったらしいけど・・・・アイツの夢はそこでお蔵入り。なにぶん、魔法が幅を利かすこの世の中で魔法を使えないって言うのは結構致命的だからね。」
 夢?彼女はその時、反射的にゲンヤの友人に聞いた。夢とは何かと。
「魔法を使えない人間でもやれば出来るんだって、ね。アイツはいつもそうやって自分を鍛えてたから。後方勤務を選んだのは、諦めたくなかったからだろうね。やれば出来るって言うのをさ。」
 その時、どうして彼女は彼が気に入らなかったのかを理解し、同時にあの時の彼の言葉の意味を理解する。
 彼女達二人は似ているのだ。
 足りないモノがあって、夢を諦め無ければいけなかったこと―――二人とも落ちこぼれであること。
 けれど、一方は諦め、一方はそれでも諦めなかった。
 それが大きな違いで、自分はそれが認められなかっただけなのだ。
 けれど、どうしてここまでゲンヤの友達はクイントに伝えてくれるのだろうか。
 不思議に思って、聞くとその男はこう言った。
「君は結構アイツの好みっぽいしね。いい加減、ゲンヤにも春が来ないかなって期待して言っただけ・・・ってちょっと、何で拳振りかぶってんの!?」
 赤面しながらクイントはぼそぼそと呟いた。何で自分があのゲンヤの春到来に手を貸さなければいけないのか、と。
 そういうと男は心底不思議そうに話す。
「いや、ほら、わざわざここまで調べに来るなんてよっぽど好きなんだなあと思ったんだけど・・・・あれ、違うの・・・・って、ちょっと!振りかぶるの無し・・・ってぎゃああああああ!!!」
 それから後、彼女はゲンヤと話をするようになっていく。
 ゲンヤと仲良くなっていくクイント。
 初めは敬語。それから敬語は止めて対等の口調で・・・・いつしか二人は互いを相棒として認識するようになっていく。
 その中でクイントはゲンヤからある武術の話を聞く。
 中島流という武術を。
 ゲンヤ・ナカジマの家に伝わる徒手空拳の武術。
 打撃を主体に投げや組み技などを網羅した古流武術の類、であるらしい。
 何よりもクイントの眼を惹いたのはそのコンセプト―――武器を持った相手に勝つ為に作られた武術という部分だった。
 ゲンヤが武装隊に入ろうとしたのは生身の人間が魔導師に勝つ為に彼なりにアレンジしたからだった。
 結果、中島流は対武器格闘術から、対魔法格闘術に生まれ変わった――はずだった。
 だが、それでも魔導師には敵わないのだとゲンヤは言った。
「どんなに身体を鍛えても、魔導師より早くは動けない。魔導師より強い一撃を放つことは出来ない。 だが、そんなことはどうでもいい。間合いに入ることが出来れば、速度も威力も関係無い。だが、その間合いに入ることが出来ないんだ。俺らみたいな魔法使えない人間だとな。」
 そう、寂しく呟くゲンヤを見て彼女はゲンヤにあることを伝えた―――そのゲンヤの悩みは彼女の悩みと同じだったからかもしれない。
 彼女の伝えたことは簡単だった。
「私がゲンヤの夢を継ぐよ。」
 と。
 だから、中島流を教えてくれと。当然ゲンヤが簡単に教えるはずも無かった。だが、何度も何度もゲンヤに教えてくれと頼むクイントやいつの間にかクイントとも仲良くなっていた彼の友達の後押し―――曰く「えー、別にいいじゃん。どっちみちクイントちゃんもナカジマ性になるんだしさ。」その後赤面したゲンヤが三面六手の鬼神となって彼に襲い掛かったのは言うまでも無い―――によって、ゲンヤはクイントに中島流を教えることになる。
 これがシューティングアーツの生まれた発端。
 一人の男と一人の女が互いの夢を重ね合わせた結果、中島流はゲンヤからクイントに伝えられ、対魔導師格闘術「シューティングアーツ」として生まれ変わって行ったのだった。
 その後、彼女は管理局の中でも名うての強力な魔導師として頭角を現していく。
 そして大方の予想通りに結婚。その後、二人の子供を引き取り、育てていく中―――彼女は命を落とした。
 彼女は弱かった訳ではない。そしてシューティングアーツが通用しなかった訳でもない。
 ただ、不運が重なったのだ。
 大多数のガジェットドローンと移動を限定される室内。数の暴力と狭さの暴力。この二つが重なった挙句に、後方支援型の魔導師であるメガーヌ・アルピーノを守りながらという絶対的に不利な状況での戦闘。
 そんな最悪の状況で彼女が勝てるはずもなかった。
 そして、中島流―――シューティングアーツは受け継がれることなく、そこで途絶えることになる。
 また幼いギンガやスバルが学んだシューティングアーツは全体の僅か数割程度でしかなかったからだ。彼女たちはそれを反復し研鑽を積み重ね――けれど、未だクイントのいた領域には辿り着けていない。
 ゲンヤは彼女達にそれを教えてはいない。彼ならば教えられる。クイントを鍛えたのは誰あろう、ゲンヤなのだから。
 だが、娘がクイントと同じようになることを彼は恐れ未だ娘達にシューティングアーツ――つまり中島流の扉を開けないでいる。
 その扉はいつ開かれるのか。
 それは誰にも分からない。

 シンと向かい合いギンガは自分の左手を眺めた。
 機械混じりの自分の中で、本当に機械仕掛けの偽物の腕を。
「いつか、私は、あの人に追いつけるのか。まだ、分かりませんけど。」
 拳を閉じて、握り締め、瞳を閉じた。
 ―――その瞳に浮かぶ思い出はどんなものなのか。シンはそれが少しだけ気になった。

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