FC2ブログ
空想垂れ流し 20.襲撃と休日と(d)

20.襲撃と休日と(d)


「本当にアイスが好きなんだな、スバルって。」
「愛してるらしいわよ?まあ、あの姿を見ればあながち冗談にも思えないけど。」
 ティアナの視線の先にはカウンターの前で、これにしようかあれにしようかと悩み続けるスバルがいた。
「たまにはこうやって、外出して遊ぶのもいいでしょ?」
「・・・・まあな。」
 少し、俯くシン。彼のそんな様子にティアナが怪訝な顔で声をかけた。
「なによ、楽しくなかった?」
 ティアナの質問にシンはそんなことは無いと首を振る。
「いや、楽しかった。だけどさ、何か・・・・申し訳ないと言うか。」
「は?」
「いや、二人の邪魔してるみたいで・・・・俺、ああいう映画駄目だったし。あんなに楽しそうなスバル見てると悪い気がして。」
 苦笑しながら、シンは今もアイスの前で悩むスバルを見つめる。そのシンの横顔を見ながらティアナもスバルに視線を向ける。そして、告げる。少しだけ照れくさそうに。
「別に邪魔なんかじゃないわよ。」
 言葉を切ってティアナは続ける。
「正直言うと私だってああいう映画駄目だもの。私はどっちかって言うとサイコスリラーというか、探偵物とかが好きだし。」
「へ?だって、さっきは」
 意外だった。先ほどの感想を聞いて、ティアナもああいう映画が好きなのだと、シンは思っていたからだ。
 けれど、意外そうなシンの顔を見て、苦笑し、ティアナは続ける。
「さっきの感想は正直な感想よ?だって感想だもの。面白くないとか、肌に合わないとかも十分な感想でしょ?面白いだけが感想な訳無いじゃない。それに私は映画の後にこうやって、感想言い合ったり馬鹿なこと話すことが面白いの。あんただってそうでしょ?」
「言われてみれば・・・そうかも。」
「だから、そんな風に邪魔とか言うのやめなさいよね?大体、誘ったのは私達なんだし。」
 半眼でシンを睨むティアナ。どうやら先ほどシンが言った「邪魔」という言葉が気に障っているらしい。
 確かにそうだろう。誘った本人の前で誘われた本人が、邪魔して悪い気がするなどと言っているのだ。不機嫌にもなると言うものだ。
 それに気付くと、シンは苦笑する。
「・・・・はは、そりゃそうだ。」
「当たり前じゃない。そうやって、何でもかんでも自分が悪いみたいに思うのは良くないわよ?」
 責めるのではなく諭すようなティアナ。シンはその言葉に納得したように頷く。
「・・・かもな。」
 そう言って、スバルを眺めながら呟くシン。
 二人はそのまま、今も悩み続けるスバルを見ながら、沈黙する。会話が出てこないのではなく、会話をしない類の沈黙。
 ―――それは思いの外心地よい沈黙だった。まるで、あの夢のような。
(・・・夢?)
 脳裏で渦巻いた言葉にシンは首を傾げる。夢とは何だ、と。
 それを皮切りに断片的に浮き上がる幾つかのイメージ。それは夢の内容であるが故に朧気だ。
 見えるのは瞳。自分と同じ赤い瞳。そしてあの小さな魔法使い―――彼の主である八神はやてのデバイスであり部下でも在るリインフォースⅡのような雪原のような銀髪。
 脳裏に浮かぶのはそんな女性だった。
(・・・・・そういや、どこかで見たような。)
 記憶を更に手繰り寄せる。向かいに座っているティアナの意識を頭の隅に追いやる。
 手繰り寄せる。それはあの宇宙。あの世界で最後に見た宇宙(ソラ)の――――
 ずきん。頭痛がする。
 ―――けれど、その記憶に繋がらない。まるで記憶が霧で覆われたようにその記憶に繋がらない。例えるならば、金庫に鍵をかけてその暗証番号を間違えたような感覚。繋がるはずなのに、繋がらない。記憶に至る道が“見えない”。道は無くなるはずなど無いと言うのに。
 ずきん。頭が痛む。微かな、本当に微かな痛みだ。意識しなければ、それが頭痛だなどと決して分かるはずがないほどに。
 息を吸う音。沈黙が破れた。
「本当はね、それを言いたかったの。」
 ティアナ・ランスターの声。よく通る声が彼の耳に届いた。
「私とアンタって今までそんなに話したことなかったでしょ?だから、かな。遠くから見てたから分かるって言うか。」
「何が、だ?」
 返答を返す。会話によって、気が緩んだのか、痛みが消えて行く。同時に先ほど感じた記憶が繋がらない違和感も消失する。
「アンタはちょっと背負いすぎ。訓練でも何でもね。確かにアンタは強いし、事務処理だって無茶苦茶早い。けど、一人で何でもかんでもやろうとしてない?」
 苦笑する。その通りに違いない。強いかどうかは分からないが、誰かの手を借りたいとは思わないから。
「・・・どうだろうな?」
 だから、そんな返答を返した。けれど、ティアナはそんな彼の言葉を見透かすように、今度は断定してきた。
「嘘。自分でも分かってるはずよ。アンタは自分一人で何でもしようと思ってる。じゃなきゃあんなに訓練なんてしない。」
「・・・・・・」
「もう少し周りを頼ったらどう?アンタは一人で戦ってる訳じゃないのよ・・・・・って、ごめん、説教臭くなったかも。」
「・・・・・いや、確かにティアナの言う通りかもな。」
 言葉は真実だ。シンの思考はティアナの言っていることが間違いなく正しいと認めている。
 誰かを頼る。それはきっと正しい。成功率を上げると言うならそれが一番正しいに違いない。けれど、とシンは思う。
(俺には無理だ。)
 そう。彼には無理だ。
 誰かを頼ることは決して出来ない。誰かを頼れば、彼はきっと後悔する。
 成功したならばいい。問題は無い。だが、もし失敗したならば、何で頼もうなんて考えたんだと自分を責める羽目になる。故に自分はそんなことをするべき人間ではない、と心のどこかで何かが語り出す。
 ―――頼る。
 それは忌避すべき事柄だ。
 ―――誰かを信頼する。
 それは恐するべき事柄だ。
 頼れば死なせる。信じれば失う。
 これは彼にとっての常識である。そう、自動販売機からジュースを買う為には金が必要となる、と同じくらいの常識である。
 多くの誰かを失い、守れなかった誰かばかりを生み出し続けた彼にとって、誰かに頼ることなどやってはいけないことである。
 だから、無理と言うコトになる。彼自身、それが間違っていると思いつつも、直す気などさらさら無い。
 だって、怖いのだ。信じて失うことなどもう嫌なのだ。
 だから、彼は頼らない。信頼しない。誰にも背中を預けるつもりは毛頭無い。
 失う怖さに比べたら、自分が死ぬ怖さなど、塵芥に過ぎないからだ。
「そういえばさ」
 その思考を遮るようにして、ティアナの声が僅かな―――数秒ほどの沈黙を引き裂いた。
「アンタって次元漂流者だったよね?」
「・・・ん?ああ、そうだけど。」
「どうして、わざわざ魔導師になろうと思ったの?それ以外の選択肢もあったでしょ?」
 ティアナがした質問はごくごく一般的な質問だ。
 以前も述べた事ではあるが、時限漂流者の全てが魔導師やそれに関係した職に着く訳ではない。
 戸籍と生活保護は、別に時空管理局に協力せずとも受けられる。受けられる以上は魔導師とはまるで関係の無い一般人として生きると言う選択肢は存在していなければおかしい。
 例えば、ゲンヤ・ナカジマの先祖は、こことは別の世界―――第97管理外世界と言う場所から漂流してきた人間である。ゲンヤに魔導師としての資質が無いように彼の先祖にも魔導師としての資質は無かった。そして、そのまま帰化し、一般人として生きた。
 むしろ、そういった人間の方が多いはずである。魔導師としての資質を持つ者などそれほど多いはずが無いのだから。特に魔法が発達していない世界においては。
 これは言葉通りの意味の問いである。ただし、その内実は言葉通りではないが。
 ティアナが知りたいのはどうして魔導師になろうと思ったかではない。どうして、魔導師以外の選択を選ばなかったかである。
 それを知れば、少しは彼の内面―――度を過ぎた訓練をする理由を知ることが出来るのではないか、と。
「それ以外の選択肢?」
「そうよ。アンタ、別の次元世界からこの世界に来たんだったら、別に無理して魔導師にならなくちゃいけなかった訳じゃないでしょ?」
「・・・まあな。」
「何よ、歯切れ悪いわね。あ、もしかして・・・・言いたくないとか?」
「・・・あ、いや、違う。言いたくないとかじゃない。ただ、そういえばそう言うのあったなあって、思っただけだ。」
「は?」
 呆けたような声を出すティアナ。シンの返答は正にティアナが聞きたいことの核心である。だが、その返答の内容は彼女の思っていた返答とは少しずれていたから。
「いや、俺って戦災孤児だからさ。生きてくには軍に入るのが一番都合よかったんだ。それで、そのまま軍に入って教育受けて・・・・・だから、一般の義務教育も受けて無いし、受けたと言えばその軍隊での教育くらい。他のこと考えたことなかったなあって思ったんだ。そんなの考えたことも無かったから。」
 そう、呟くとコーヒーを啜りながら、スバルがアイスの前で悩む姿を楽しそうに見つめる。
 ティアナはそんなシンにどう返答していいのか分からずに口ごもる。返された返答の中身が自分の思っていた答えよりも重かったからだ。
「・・・そっか、ごめんね、言いたくないこと聞いたかな?」
「うん?気にしなくてもいいぜ、別に。隠すことでも無いだろ、こんなこと。」
 何でも無いことのように彼は呟き、俯くティアナを見て、シンが再び口を開く。
「ティアナはどうなんだ?この道以外の選択肢とか考えなかったのか?」
 ―――夢がある。その夢に邁進するために自分はこの道を選んだ。
「・・・・無いわ。叶えたい夢があるから、私はこの道以外行くつもりも無かったし。」
 そう、ティアナ・ランスターには確固とした夢がある。その夢を貫くと決めた時から彼女の前からは他の道など消失した。
「スバルもそうよ。あいつは昔なのはさん――ってアンタは知らないか、とにかくその人に助けられて、この道を志した。」
 同じくスバル・ナカジマも、この場にはいないキャロ・ル・ルシエも。全員が何かしらの切っ掛けを糧としてこの道を選んだ。
 ある意味では彼ら――シンを含んだ全員である――は似たもの同士なのだろう。他に行く道を選ばなかったと言う一点において、だが。
 彼らは皆、何かを置き去りにしてきた者達だ。
 戦災孤児であったシンにはその意味が良く分かる。そして、ティアナもシンの内面が手に取るように分かる。彼女は戦災孤児ではないが・・・・魔導師になろうと思った理由―――戦おうと思った理由にそれほど差は無いからだ。
 シンは家族を失ったことを切っ掛けに軍に入り、ティアナは兄の汚名を晴らす為に魔導師となろうとし、彼らは色々な何かを置き去りにしてきた。
 だから、ティアナはこういった現実―――つまりは休日に誰かと遊ぶと言うことを大事にするべきだと考える。過去を起点に明日へ向かおうとする彼女にとって、置き去りにしてきたモノとは大事にするべきものだからだ。
 シンも同じだ。ただ彼の場合はまだそんなことを考える余裕が無いから、過去を振り返ることが出来ないだけで。
「だから、あいつは―――」
 その言葉を神妙に聞くシン。ティアナはその視線を受け止めると再び続け―――ようとして、言葉が止まる。
「ああ、もうスバル、アンタ一体何個アイス買って来てるのよ!?」
 彼女たちが座るテーブルにはいつの間にかアイスを買い終えたスバルが立っていた。
「・・・・えーと、一つ二つ三つ・・・・・・たくさんかな?」
 途中で数えるのに飽きたのか、スバルはそこで数えるのを止めるとテーブルの上に所狭しとアイスを置いていく。スバルの表情は晴れやかで、直ぐにでもアイスを食べたいと言う欲求が丸分かりだ。
 つまり、数えることなどよりも早くアイスを食べたい。そういうことなのだろう。
 シンはそのテーブルに置かれたアイスの群れを怪訝な視線で見つめる。それほどアイスは嫌いでもないが、それでもこの量は流石にあり得ない。
「・・・誰がそんなに食べるんだ?」
「私が8つで、シン君とティアが2つずつ。」
 アイスを売っていた屋台に眼を向ける。遠めでよく分からないが、恐らくはアイスの種類は8つ。要するに全種類+αを買ってきた。そして、スバルは迷った挙句に、「じゃあ、全部買えばいいんじゃん!」という結論に達したそんなところだろう。
「・・・・どんなバランスなんだ、それ。」
「・・・・言わないで。」
 力無く呟くシンとティアナ。だが、スバルはそんな二人の方が理解できないといわんばかりに不思議な表情で、既にアイスを頬張っていた。
「おいしいよ?」
 確かに彼女の食べるバニラアイスは美味しそうだった。

 その後方、十数mの地点。そこに二人の人間がいた。二人の格好はサングラスとコートを羽織って、口元にはマスクをしている。
 そんな人間が電柱の影や建物の影に隠れ、前方を伺いながら人ゴミや車の陰に隠れながら、三人を尾行している。
その怪しさはもはや職務質問してくださいと言わんばかりである。
 呟く。その内の一人の人間―――女性だ。
「・・・・・フェイトさん、仕事しなくていいんですか?」
 口調。声色。ギンガ・ナカジマ。
「そういうギンガこそ。」
 口調。声音。フェイト・T・ハラオウン。
「私はヴァイスさんに色々と頼んできたからいいんです。」
 ギンガ・ナカジマの言葉でフェイトの眉が釣り上がる。ギンガはシンを伴って買い物に行ったティアナ達を追いかけるためにヴァイスと取引きを行い、この場にいる。取り引きの内容は詮無いこと―――今日中に片付けなければいけない書類を肩代わりしてもらう代わりに、彼女は彼女の同僚――6課職員やこれまでの同期の間で合コンをセッティングすると言うものだった。条件付で彼女は取り引きした。条件とは彼女――ギンガは参加しないと言うものだった。
 無論、ヴァイスは了承した。無問題。既にお手つきに近いギンガが来るよりも他の女性が来た方がいいと言う戦略的判断である。
「私はシグナムにたまには仕事してもらおうと思って頼んできたんだ。」
 そう、得意げにギンガに呟くフェイト。綺麗な外見に比べてえげつない。
 ―――その頃、シグナムはフェイトの使っている端末の前で必死に仕事をしていた。
「・・・私はローマ字打ちは出来ないんだ。いつもかな文字打ちでしかやったことないんだ・・・・!!!」
 そう言って必死に、ポチ、ポチと人差し指でキーを打ち込み続けるシグナム。既に涙目で、充血している。アーメン。彼女の行く末に幸があらんことを。
 余談だがこうなることを予期して、八神はやてはシグナムを護衛などの肉体労働ばかりやらせている。基本的に事務仕事は無理なのだ。出来る出来ないの適性ではない。無理。なのに、意地を張ってずっとやり続ける。
 仕舞いには涙目で、その後誰か適当な相手を見つけては訓練と言う名のうさ晴らしをしかねない。
 以前、犠牲になったのはザフィーラだった。彼は身体中を埃や泥まみれにして涙目で呟いた。
「・・・・・わん。」
 号泣物である。その言葉に込められた数多のフレーズ。それはどれほどの言葉だったのだろう。
 犬語が分かれば彼の思いは少しでも理解できるかもしれない。だが、誰も犬ではないので分からなかった。だって、犬じゃないし。
「・・・・・まあ、いいです。そんなことよりも問題は・・・・」
 ギンガは話をそこで切る。どうでもいいと言わんばかりに。
「うん、あれだね。」
 フェイトもそれに同意する。残してきたシグナムが本当に仕事できるのかどうか甚だ不安ではあったが、それよりも目前の問題の方がよほど重大である。彼女主観の当社比およそ10倍くらいには。
「盲点でした。・・・・まさか、こんな盲点が存在するなんて。」
「うん、猫に手を噛まれるってこれだね。」
 二人は静かに暗躍する。談笑するティアナとシン。そしてアイスを美味しそうに頬張るスバル。
 その時、スバルが何の気なしにシンの頬についていたアイスを手で取り、口に含んだ。
 風が吹いた。嫉妬と言う名の風が。帯電する空気。そして、渦巻く嫉妬の気合。
「・・・・・・・」
 無言のギンガ。目が血走っている。愛すべき妹である。だが、だからと言って譲れるかと言われると、そこは古来からある格言通りの意味である。
 曰く―――それはそれ。これはこれ。
「・・・・・」
 無言のフェイト。ギリギリと奥歯が噛み締められている。怒りではない。悲しみでもない。ただただ嫉妬である。
 一触即発。今にも破裂しそうな風船の如く、彼女達は鎮座する。道行く人が全て眼を逸らしていることにはまるで気づかなかった。

 ぶるっとスバルは悪寒を感じた。
 刺すような殺気―――否、殺気よりもどこか優しい感じのする視線。だが、こちらを圧迫するような視線には変わり無い。
「・・・・・?」
 スバルは再びアイスに意識を戻す。何はともあれ、アイスだ。ようやく最後の一個に取りかかれる。ここまでに食べたアイスの数は6つ。
 バニラ。ストロベリー。チョコレート。ラズベリー。ラムレーズン。チョコチップ。
 我ながら結構な量を食べたと思うが仕方が無い。アイスは食べるものだ。溶かすものではない。
「じゃあ、それ食べ終わったらどこか行くか?」
「そうね・・・・お昼にはまだ速いし、少しそこらへん歩く?」
 再び視線の圧迫が強まる。今の言葉が届いた直ぐ後くらいだ。
 スバルはアイスを食べながら、辺りを見回す。見えるものは雑踏。そこには別にこの優雅なアイスの一時を邪魔するような存在はいない――ように感じる。やはり、自分の気のせいだ。そう思って彼女もアイスを食べ終えて、立ち上がる。
 そして、懐からアイス―――チョコミントを取り出す。
「・・・・アンタ、まだ食うのか。」
「これで最後。・・・・歩きながら食べてもいい?」
「ああ、別にかまわな・・・・」
「・・・・スバル、あんたねえ。」
 シンの言葉を遮ってティアナがいつもよりも少し低い声で呟く。
「邪魔になるし、誰かに迷惑かかるかもしれないから駄目よ。待っててあげるから、ここで食べていきなさい。」
「うう・・・・・ティア、駄目?」
 縋るようなスバルの瞳。だが、ティアナの視線は冷たい。
「駄目。」
「・・・・・分かったよ、ここですぐに食べるから。」
 観念したのか、スバルはアイスのカップの蓋を開く―――見えるのは緑と黒のコントラスト。
 うわあ、とスバルの感嘆の声が聞こえた。最後まで残しておくあたり本当にチョコミントが好きなのだろう。その後ろに人影。そのままだとぶつかる。そう思ったシンはそれを見て咄嗟に声をかけた。
「あ、スバル、後ろ。」
「へ?」
 間抜けな声。思わず振り向くスバル。当然、その手に持っていたアイスごと旋回することになる。
「きゃあ!?」
「うわ!?」
 驚く声。身体がぶつかったのだ。声の数は二つ。一つはスバル。もう一つは自分たち以外の誰か。当然、スバルの持っていたアイスもぶつかった。振り向いた表紙に後ろにいた誰かに。
「あ、アイス・・・・」
 女性の服の裾にアイスが付着する。スバルのチョコミントは無論地面に落ちている。女性の服の裾がチョコミントに僅かに染まる。
「す、すいません、すいません!!!」
 思わず、平謝りしながら自分のポケットからハンカチを取り出そうと躍起に成るスバル。だが、焦っている為か、上手く出せないでいる。
「あ、別に気にしなくてもいいわよ?こんなの洗えば直ぐに落ちるんだし。」
 そう、笑いながら手を振る女性。本当に気にしていないのだろう。
 シンはその少女を見た。別段、注視した訳ではない。ただ、どんな人なのかと気になったくらいのもの。反射行動と言ってもいい。けれど、その反射行動はシンの心根を予想外に揺さぶる。
 ―――背筋に冷や汗が流れた。胸の鼓動が激しくなる。思わず、目前の少女に掴みかかろうとする衝動を必死に抑える。
(・・・・うそ、だろ?)
 言葉は心中でのみ。いきなり初対面の女性にそんなことをすれば、単なる暴漢に過ぎない。その程度の理性が残る程度には余裕があったのだろう。そう一人ごちるシン。
 内心の動揺を悟られないようじっと彼女をもう一度見る。
 年齢は凡そ10代後半―――恐らくシンよりも年下だろう。
 女性の髪の色はなびくようにウェーブがかった金髪。朗らかで笑顔の似合う顔。全体のスタイルはほっそりとして、けれど女性らしさを強調するように丸みを帯びた身体。
 やはり似ている。彼が守ると約束して無様に守れなかった一人の少女――ステラ・ルーシェに。
 瓜二つ、と言う訳ではない。まったく同じではない。恐らく―――多分。確認は出来ない。既にその事柄は2年以上前。
 記憶と言う意味では写真などが存在したマユ・アスカなどより余程曖昧である。
 だが、それでもシンは目前の彼女から目を離せなかった。その声から意識を離すことが出来なかった。
「・・・・どうかした?」
「あ、ああ、気にしないでくれ・・・ちょっと昔の友達に似てたから」
 言いよどむシンをティアナは怪しそうに見つめる――が、直ぐに視線を戻した。
 気にしても仕方ないことだし、シンにだって女友達くらいはいてもおかしくはない。そう思ったからだ。
「あ、ほ、本当にすいません、これ、どうぞ!」
 そう言ってようやく懐からハンカチを出すことに成功したスバルが女性に手渡す。
「ありがとう。でも別に気にしなくてもいいわよ?」
「いえ、そんな・・・・」
 言い淀むスバル。律儀で生真面目な彼女はそれでも気にしているのだろう。
 そんなスバルを見て、少女は困ったように首を傾げる。そして、名案でも思いついたように人差し指を立てて、答えた。
「うーん、だったら、コーヒーでもおごってもらえる?それで貸し借り無しってことで。ほら、もう汚れなんて消えちゃったしさ。」
 自分の服の裾部分をスバルに見せ付ける。確かにそこには、アイスの汚れは見えない。
「ね?」
 そう、言葉でもう一度確認。表情は朗らかな笑み。見た目の年齢にそぐわない笑顔。もしかした見た目よりも年上なのかもしれないとシンは思った。
「はい!!」
 その返答に気を良くしたのスバルも同じく笑顔で答えを返す。貸し借り無しと言う表現が彼女にとっては嬉しかったのかもしれない。未だ付き合いの浅いシンには本当の所は分からないが。
 走り去るスバル。今度は喫茶店の中に走りこんでいく。その様を子供のおつかいを見るような微笑ましい視線で見つめる少女。
 少女の視線がこちらに移る。
 ―――眼と眼が合った。シンの心臓が高鳴る。思わず眼を逸らす。
「・・・ごめんね、邪魔しちゃった?」
 少しだけ申し訳なさそうに少女は言う。
「あ、いや、そんなことは無いけど。」
「ええ、別に問題は無いですから。」
 そんなことは無いと言わんばかりに手を振って否定するシンとティアナ。
 ティアナにしてみれば、こちらが迷惑をかけたのだから当然と言う思いがあったし、シンにとってはそんなことを気にするどころではなかったから。
 彼女は幼い見た目にそぐわない、大人っぽい柔和な表情で笑い、手を差し出す。
「そっか。じゃあ、ご相伴に預かるね。短い付き合いかもしれないけどよろしくお願い。」
 一拍遅れて、ティアナが差し出された右手に自分の手を重ねる。
 お互いの手が重なったことを見て、少女が言い放つ。
「私の名前はフェスラ。フェスラ・リコルディ。そっちは?」
 ステラと言う名前が出てこなかった。仮に冗談でも出てきたら彼はさぞら驚いていたことだろう。
 それだけで少しほっとするシン。
「あ、ティアナ。ティアナ・ランスターって言います。よろしく。」
「そっちの彼は?」
 フェスラがシンに振り向き、右手を差し出す。
「し、シンだ。シン・アスカ。」
 震える右手。それを素直に差し出す。自分でもおかしいと思うくらいに緊張するシン。右手が触れ合う。
「シン・アスカ、ね。よろしくね、シン。」
 その口調は間違いなくステラとは違う。ステラはもっと幼いたどたどしい話し方だった。その口調はシンの記憶の中にある思い出の中ではステラと言うよりも、ルナマリアに近かった。
 記憶が走る。昔に聞いた言葉。寝物語で語られた言葉。
 ―――いつか壊れちゃうんじゃないかって、心配になってさ。
 思い出の逆流。それを押し流す。思い出す必要も無ければ思い出す意味も無い記憶。
 スバルの声。快活な声がシンに届く。思い出が霧散する。思わずそちらを振り向く。そこにはスバルが笑顔でコーヒーを手に持っていた。
「コーヒー買ってきました!!」
「あ、ありがとう。えーと、」
「スバル・ナカジマです!!」
 そう言ってスバルは右手に持ったコーヒーをフェスラに差し出す。フェスラはそれを左手で受け取り、彼女の空いた右手に自分の右手を重ねる。
 柔和な笑顔は絶え間なく。スバルもつられて笑っている。
「よろしくね、スバル。私の名前はフェスラ。」
「うん、よろしくお願いしま・・・」
 そう、返答しようとするスバルの口元にコーヒーを持っていた手を差し出して、言葉を遮った。
「敬語はやめにしましょ?別にそんなに歳離れてる訳でもなさそうだし。」
 ね?と片目を一瞬閉じてまた開く―――ウィンクをするフェスラ。スバルはそんな彼女の芝居がかった仕草を見て、ははっと笑い、言い直した。
「・・・うん!よろしくね、フェスラ!!」
 言い直した彼女を見て、フェスラは答え返す。もう一度、3人に。
「よろしくね、スバル。ティアナも。それからシンも。」
「うん、よろしく。」
「あ、ああ。」
 いつの間にか、その場には気安い雰囲気――もしくは穏やかな雰囲気と言うべきか―――が漂っていた。

 いつものシンと違う。
 それが彼女の持った印象だった。彼女の知るシン・アスカと言う人間は基本的に他人に興味が無い人間だ。どうして、そんな男を好きになったのかと言われると理由は様々だし、今も現在進行形で彼のことは悩みの種だ。近づいていいのか、悪いのか。その悩みは恒久的に彼女の中にある。
 けれど、彼が妹達と共に出かけると言うことを聞いた瞬間、居ても立ってもいられなくなり、気が付けばヴァイスと取り引きを行い、仕事を抜け出してこの場に来た。とりあえず、自分が誰かは分からないように、着たこともないトレンチコートとサングラスをかけてみた。何か探偵にでも成った気分だった。ともあれ、その結果として彼女はこの場でシン達を追跡することに成功している。予想外だったのは彼を好きなもう一人の女性も同じように考えて行動していたことだった。
 その女性――フェイト・T・ハラオウンは彼女と同じように双眼鏡で彼の方を覗いている。二人ともやっていることは犯罪みたいなものだ。殆どスレスレである。
 いつものシンと違う。それはスバルがある女性にアイスをかけたことから始まった。その在る女性との対応。それが、シンだとは思えないような反応だったからだ。
 初々しく、可愛い歳相応の少年のような反応。
 傍から見ているギンガは何度可愛いと生唾を飲み込んだことか分からない。フェイトなどは時折うふふと何事か呟いていた。
 だが、ギンガはそこで冷静になる。
 考えてみればこれは非常に拙い。危機感を感じる。何が拙いかなどは単純明白。
 シンはあの女性に対して、いつもとは違う反応をしている。それはつまり、意識していると言うことだ。
 意識している。気になっている。女性として、であるに決まっている。
「・・・・・どうしよう。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう・・・・」
 その考えに思い至り、ギンガは双眼鏡を覗きながらブツブツと小さく呟き始める。
 瞬間、フェスラがシンにいきなり近づいた。肩をくっつける。赤面するシン。
「―――ぶっ飛ばすわよ」
 本音が出た。周りが自分をぎょっとした視線で見ていることに気づく。咄嗟に笑顔を作り、「す、すいません。市民の安全意識を調査しているので」と誤魔化す。周囲の人間は「ははは」と苦笑しながら彼女を避けるようにして、歩いていった。
 誤魔化せたようだとギンガは結論付けると再び索敵に没頭する―――実際は誤魔化したのではなく関わりあいに成りたくないというのが市民の本音である。
 横を見れば、フェイトも同じような状況だったらしい。大破した双眼鏡が彼女の足元に転がっていたからだ。我慢できずに壊してしまったのだろう。ちなみにギンガが使っているのは2台目の双眼鏡だった。1台目は既に握りつぶしてしまった。
 気を取り直して、双眼鏡を覗く。
 周りのスバルやティアナはニヤニヤと笑いながら事の推移を見守って居るようだ。楽しんでいるのかもしれない。
「・・・・・止めなさいよ、スバル。」
 毒づく。だが、その言葉が届くはずも無い。止めるならば何とかしてあの輪の中に入り込む以外に無い。だが、どうやって?
 方法その1。いきなり登場。「はーい、あなたのギンガでーす!!ちょっと気になったから付いて来ました!!もう、私を置いていくなんて酷いぞ、シン♪」
(死んじゃえ、私♪)
 思いついた瞬間破棄決定。頭を抱え込んで振り回す。やばい。何がやばいかって、どこからがやばいのか分からないのがやばい。多分何もかもがやばい。ありえない。ありえない。大体、貴方のギンガと言うフレーズは流石に言いすぎだ。
 もしかしたら彼には本当にこんなことを言うような女性―――ルナと言う名の女性だ―――がいたのかもしれないんだから。
 そのことを思い出して気分が沈む。
(・・・・・今はとりあえず、それは考えないでおこう。)
 思考を振り切る。考えを続ける。
 方法その2。しれっとした顔で混ざる。「あ、シン。貴方も今日非番だったんですか?」
(・・・・・うわあ、寒い。むちゃくちゃ寒い。)
 心中の言葉通り、無理がある。例えるなら、三十路の人妻が制服を着て、女子高生ですと言うくらいに無理が在る―――いや、もしかしたら世の中にはそんな奇天烈な女性の一人や二人はいるかもしれないが。
 どちらにせよ、無理がある。ギンガは思案する。どうするか、と。
 ふと、隣に居るはずのフェイトを見る。恐らく彼女も悩んでいることだろう。
「・・・・・あれ?」
 いない。いつの間にか、彼女の姿がそこに無かった。
(諦めて帰ったのかしら・・・・)
 そして、何の気無しに前を見た。
 そこに、見つけた。ここよりもはるかに前方。シン達の座るテーブルからおよそ数mの場所―――つまり喫茶店のテラス部分のテーブルにいつの間にか座っているのである。新聞紙を顔の前に出しながら彼らとの間に壁を作り顔を見えないようにする―――ご丁寧に新聞紙には僅かな穴が空いている。そこから覗いているのだろう。
(ちょっと待てえええええ!!!!!!)
 怒鳴るギンガ。無論、口には出さない。口はパクパクと地上に水揚げされた魚のように動くだけ。
 一瞬でフェイトの辿った思考を予測・構築・確定するギンガ。シューティングアーツの恩恵である。導き出した答えは一つ。彼女はギンガが鼻で笑ったと言うか「寒い」と形容した方法その2を採用したのだ。
(・・・・ば、馬鹿じゃないの、あの人!?)
 思わず、敬語も何もかも忘れるギンガ。無論、馬鹿である。怪しいを通り越したその姿は、今か今かと通報されるのを待っているようにすら思える。殆どマゾヒストだ。捕まりたいのだろうか。
『あのフェイト・T・ハラオウンの大追跡!!彼女が補導された経緯―――そこにはとらいあんぐるハートが潜んでいた!!』
「・・・・うわあ。」
 思わず、溜め息。ギンガは明日の見出しのトップがこんなことになったら嫌だなと本気で思った。
 そのまましばし様子見。だが、一向に通報や補導されるような気配は無い。あれほど怪しいにも関わらずだ。
(・・・そうか。)
 ギンガは気づく。つまり、あれほど怪しければ皆目を逸らす。関わり合いになりたくないからだ。当然だ。仮に自分があの場に居てもきっと眼を逸らすに違いない。その確信があった。
 故に、だからこそ彼女は恐らくあの場で監視を続けられる。関わり合いに成りたくないから誰も通報しないのだ。
 木を隠すには森の中。灯台下暗し。つまり、監視するなら至近距離。まさか、そんな距離で追跡しているなど夢にも思わないだろう。あの怪しさはいわばカモフラージュとなっているのだ。
 だが、あそこにいるフェイトはそんなことは何も考えて居ないだろう。ただ、我慢なら無かったのだろう。あの場でおいそれと見ているだけと言う状況に。
 遠目では完全には分からないが、フェイトの瞳の色は紛れも無く本気だ。本気でこんな馬鹿丸出しで破れかぶれなことをしているのだ。何せ乙女は猪突猛進。なりふり構ってなんていられないのだ。
 つまり、そういうことだ。
 なりふり構っている余裕―――そんなものは自分にだって存在していない。
「・・・・・そうですよね。なりふり構ってなんていられないんですよね。」
 呟き。ごくり。唾を飲み込むギンガ。双眼鏡をトレンチコートに仕舞い込む。サングラスをしっかりと目が隠れるような位置にまで上げる。トレンチコートをしっかりと着る。
 瞳に写る色。決意。覚悟。
 足を踏み出す。踏み越える。胸にはルナと言う見も知らぬ誰かへの恐れが渦巻く。踏み出していいのかと言う恐れが渦巻く。
 それが正しいのかどうか。そんなものは分からない。だが、今は衝動に身を任せようと思った。そうでなければ、ここでただ諦めていくだけだ。悔しげにここで眺めて、地面を涙で濡らすだけに過ぎない。だから、とりあえず踏み出すことにしよう。ギンガはそう思って足を踏み出した。
 ―――数分後、喫茶店には怪しい人間が一人増えていた。

コメントの投稿

非公開コメント

リンク
最近の記事
プロフィール

SOWW

Author:SOWW
 リンクはフリーです。
 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

カテゴリ