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空想垂れ流し 18.襲撃と休日とb

18.襲撃と休日とb


 その時、私はシンに近づくことが出来なかった。
 向こうではシンとフェイトさんがストレッチをしている。
 シンはいつも通り。フェイトさんは頬を染めて無邪気に微笑んでいる。

 胸に渦巻く感情は何だろう。嫉妬、もしくは諦観。
 もしくはそのどちらもか――私にはその判別など出来なかった。
 シンにおかしく思われているのは知っている。
 今までずっとやってきたことを突然止めたのだ。おかしく思われるのも当然だ。

 朝、彼を起こしに行くこと。
 朝食を一緒に取ること。
 夕食を一緒に取ること。
 そして彼が願いを叶えるサポートをすること―――つまり出来る限り彼の訓練に付き合うこと。

 これはシンと自分が機動6課に入ってきてからずっと自主的に行ってきたことだ。
 彼はコレに関して一度は別にしなくてもいいとは言っていた。
 だが、一人よりも二人の方が効率が良いと言ってその返答を一蹴し、彼女は彼と訓練を続けていた。
 けれど、今ではそれもない。
 それも出来ない――したくない。

「・・・・・シン」

 呟く。言葉に乗せる想いは昏く、重い。
 ルナ。その言葉が私に与えた影響は殊の外甚大だった。
 少なくとも彼と面と向かって顔を合わせることが出来ないくらいには。

 「ルナ」。シンにとって大事な女性―――恐らく、“身体を重ねる”ような関係だったのだろう。
 
 それはつまり――恋人だった、と言うことだ。

 ――ギンガは今、初めて彼への恋慕に迷いを抱いた。
 今までは単なる恋慕だと思っていた。だから、シンに対して強く在れた。
 けれど、横恋慕であるなら話は変わってくる。
 もし、シンが元いた世界に「ルナ」という女性を残してきているなら、自分やフェイトの想いは単なる邪魔物だ。彼を苦しめるだけの想いでしかない。
 そんな想いがどうして彼を支えることが出来るだろうか?
 支えることなど出来はしない。苦しめるだけだ。
 そんな想いが彼女を苦しめる。自分はシンを支えようとして、支えたつもりになっただけで実は苦しめているのではないのか、と。

(・・・・私、何してるのかな)

 呆然と彼女は心中で呟く。

 彼女は知らないが、シンにとってルナマリア・ホークとは既に終わった関係――いや、始まってすらいない関係だった。

 確かに一時期、お互いを慰めるようにして溺れた時期はあった。
 自堕落で退廃的な睦み合い。決して何も生み出さない関係。

 ――お互いに腐っていく実感を得る為だけの傷の舐め合い。
 それでもそれを肯定できればその関係は恋愛に昇格したかもしれないが――実際は昇格するどころか、耐えられなくなって微塵に壊れた。
 きっかけは――恐らく色々だろう。
 その結果として、彼らは別れた。
 元々、慰め合うだけの関係でしかなかった二人は、お互いを傷つけあうしか出来なくなり、最後は互いに逃げるようにして別れた。

 シンの胸にも寂しさはあった。
 だが、それが尾を引くほどに大きなものでなかったのも事実。
 唐突に始まった関係は、同じように唐突に――そんなもの初めから存在すらしていなかったようにして消滅した。
 それが今から二年半前の話。

 シンがその時のことを思い出したのは、単純にギンガにおぶられて眠っている内にその時のことを思い出したからだろう。
 柔らかな身体と髪の感触、顔にかかる吐息。そしてつい最近のフェイトの服を着替えさせたことなどが忘れていた彼女の記憶――溺れあったことも含めて――思い出させ、彼女を想起させたからに過ぎない。

 シン・アスカにルナマリア・ホークへの恋慕など何一つとして無い――正確には初めから恋慕などしていない。
  だが、そんなことを知らない彼女にとって、シンに大事な人がいる“かもしれない”と言う事実はどうしようも無いほどに辛いことだった。

 ―――哀れなことに彼女には大切なモノが一つだけ欠落していたから。

 シン・アスカが欲しいと言う当たり前の感情。恋をしたならば誰であっても胸に在るはずのその感情。
 彼女にはソレが無い。
 彼女が選んだ恋慕とは無償の愛。
 何も求めず、何も望まず、ただ彼の為への想い。だから、彼女は自分の想いがシン・アスカを苦しめるのだと言う風にしか思えない。
 好きだから、踏み込めない。彼を傷つけるのが嫌だから。
 その想い。その勘違い。それこそが彼女を縛り付けているのだ。

「私は・・・・・」

 どうするべきなのか。シンと話をしたい。けれど、それはもしや彼に余計な心労を与えているのではないだろうか。それは彼を支えると言う自分の願いから逸脱している。それではいけない。それでは駄目だ。けれど・・・・それなら、自分はどうしたらいいのだろうか。
 思考の堂々巡り。そんな思考に落ちるギンガの後ろからティアナが声をかける。
 ちなみに当たり前だが訓練場である。これから朝の訓練を始めるところである。

「おーい、ギンガさーん。」

 ブツブツと呟きながらギンガは一心不乱にシンとフェイトの方向を見つめている。恐らくティアナの言葉など耳に入っていないだろう。

「・・・はあ。」

 表情は陰鬱そのもの。チラチラとシンを見つめ、フェイトを見つめ、また俯く。
 ティアナが溜息を衝きたくなるのも道理である。
 ティアナ・ランスター。
 彼女はシン・アスカのことを正直危険視している。
 以前の自分と同じ――恐らくそれよりもかなり重大であろうが――モノを感じるのだ。

 つまりは、周りが見えていない。ハードワークではなくオーバーワークを繰り返し、いつかは潰れる――そんな感じを受けている。
 これまでは違う隊である上にギンガというお目付け役がいるので何も言う気は無かったのだが、どうにも最近の流れはおかしい。
 これまでは一緒にいたギンガの代わりにフェイトがいるのだ。
 しかも当のフェイトは今まで彼女達の前では見せたことが無かった子供のような表情で彼に甘えている――少なくともティアナにはそう見えた。
 つまり、シンがフェイトを選び結果としてギンガは振られたのだろうか。
 だが、その割にはシンの態度はまるで変化していない。傍から見ている彼女にはよく分かるが、彼は恐らくフェイトに想われていることすら気づいていない。故に、ギンガが彼から離れていく道理は無い。

 間違いなく彼女――ギンガ・ナカジマもシン・アスカに惚れている。見れば分かる。と言うか気づいていないのは当の本人であるシン・アスカくらいだ。
 そのギンガがシンから離れている。これがおかしい。そしてその結果、目前で俯き溜め息を吐いているように落ち込んでいる。
 何かがあったのだろう。
 色恋沙汰、それも一人の男を二人の女が争うと言う三角関係であれば、何があってもおかしくは無い。

 彼女自身が読んでいるファッション雑誌の恋愛相談欄も大体そんな感じである。
 女性は恋をするとあからさまに変化した上に一喜一憂するのだから――と偉そうなことを考えるティアナ・ランスターにもそれだけの恋愛経験があると言えば皆無である。絶無である。
 夢に向かって走り続けてきた。その夢の為に多くのものを振り切ってきた。17歳と言う少女が一流の魔導師として戦う。
 その在り方そのものが本当は歪だなどと気付かぬままに。その過程で恋などするはずが無い。出来るはずが無い。
 だから、ティアナ・ランスターはこれほど冷静に観察できる。恋をしたことが無いから共感することなく俯瞰できる。
 
 彼女にしてみれば、シン・アスカとギンガ・ナカジマの色恋沙汰は正直どちらでも構わないから、さっさとくっついてくれと言うのが本音だった。
 無論、二人が上手くいけばそれでいいと思っていたが、フェイト・T・ハラオウンまで絡んできた時点で火種になるのは明白である。古今東西、三角関係とは火種以外の何者でもないからだ。
 だが、それをこうまであからさまに訓練―――と言うか仕事に持ち込まれるとティアナでなくとも溜息を吐きたくなる。
 その上、彼女というお目付け役がいなくなれば、シン・アスカのオーバーワークはきっと加速する。そうなれば、あの時の自分の二の舞となるだろう。いや、下手をするとそれ以上のことになりかねない。
 だが、彼の側で笑うフェイトを見て、思う。

(・・・・フェイト隊長は・・・・止めないだろうなあ)

 恐らく―――間違いなくフェイトは止めないだろう。ティアナはそう思っていた。
 最近のフェイトのデレデレっぷりは以前の彼女を知っている者であれば思わず、あなた誰ですかと聞きたくなるほどに劇的な変化である。今の彼女ならシンがオーバーワークで倒れたあたりで気づくような気さえする。平たく言えば、あからさまに眼が曇っている。恋の盲目に。
 故に――

(止めるとしたら・・・・私よねえ、きっと。)

 ティアナ・ランスターは憂鬱だ。別にシン・アスカが嫌いな訳ではない。
 と言うよりも嫌いとか苦手と言う以前の問題である。彼女はそれほどシンのことを知らない。
 隊が違えばそれだけ訓練や仕事で一緒になることは多くない―――それでもシンとの繋がりを維持していたギンガはある意味凄いのだが。
 彼の能力の高さは折り紙つきだ。恐らくは自分よりも高い。下手をすればシグナムほどの強さを持っているかもしれない。
 それはあの模擬戦の時から知っている。そして、その戦いぶりの苛烈さも。

 ティアナが彼の戦いで最も凄いと思ったのは発想だった。
 まずフィオキーナと言う魔法による加減速と転進。
 そして魔導師にとって最も大事と言ってさえ良いデバイスを“投げる”と言う発想。
 そしてそれすら囮として最後の一撃を加えるという発想の裏切り。
 戦闘者としては一級品と言っていい―――少なくとも彼女にはそんな戦い方は出来ない。

 だから、彼女はシン・アスカに羨望を向ける。そして羨望を向ける彼女だからこそ気付く。シン・アスカが焦っていることに。
 だから、彼女には不思議だった。どうして焦らなければいけないのか、と。
 シン・アスカ。
 魔法を覚えて、実に数ヶ月。驚くべき速度で彼は強くなっている。
 その速度ははっきり言って異常だ。
 天才と言う言葉さえおこがましい。少なくとも彼女の同期にそういった人材はいなかった。現時点で既に自身と同等かそれ以上。このまま、順調に成長して行けば、高町なのは、フェイト・T・ハラオウンすら凌ぐ魔導師に成りかねない。

 それは彼女にしてみれば純粋に羨ましいと思えるほどの“才能”だ。自身を凡人と認定し、その克己によって凡人の限界を超えてきたと考える彼女にとっては特に。

 だが、シン・アスカはそれに満足した様子を見せていない。満足するどころか、焦っている―――むしろ、生き急いでいるようにすら見える。
 彼女が以前同じような状況に陥った時の理由は、“置いていかれる”かもしれない不安である。
 仲間が強くなっていくのに自分は取り残されていく。自分は本当に強くなったのか。そういった不安だ。
 ならば、彼は何なのか。彼は一体何を不安に感じているのか。それが彼女には分からなかった。

 ――分からないのは至極当然の話である。シン・アスカが生き急ぐ理由が彼女に分かるはずも無い。
 シン・アスカが急いで強くなろうとする理由。
 シン・アスカの胸にある不安。それは“守れないかもしれない”と言う絶対的な不安である。
 力があれば必ず守れるとは限らない。力は決して絶対のモノではないからだ。
 けれど、もし、絶対的な誰であろうと敵うことの無い力があれば―――もしかしたら、彼は全てを守れるかもしれない。
 そして守れないと言う不安は早く早くと彼を急かし続ける。絶対的な力。強大な力。それがあれば確かに全てを守れるかもしれない。
 けれど、それを手に入れるまでに、もし守れなかったらどうするのか――その時は何もかもが終わりだ。

 だから、彼は生き急ぐ。もっと強くもっと強く。誰よりも何よりも強く。そして、出来る限り早く強くならなければいけない。

 ―――強大な力を得たからと言って安心するな。強大な力はより強大な力によって淘汰される。だからこそ磨け。鍛えろ。一つ階段を登れば直ぐに次の階段に眼を向けろ。その昇りに終わりは無い。鍛えて、鍛えて、鍛え続けろ。でなくば誰も守れない。お前はまた誰も守れないに違いない。

 内から滲み出るその声が彼を不安に陥れる。その声によって生み出される、守れないかもしれないと言う不安。それを押し潰す為に彼は自らを鍛え続ける。
 だから、ティアナには分からない。
 ティアナ・ランスターには夢がある。夢と言う果てがあり、その果てに辿り着く為に無茶をする。
 シン・アスカにも夢はある。けれどその夢は果ての無い夢。その過程こそが夢そのものと言っても良い。だからこそ夢を叶え続けるために無茶をする。

 夢を叶える為に無茶をするティアナと夢を叶え続ける為に無茶をするシン。
 それは僅かな違いだ。本当に小さな違い―――けれど、それは決定的な違いである。

 話を戻そう。
 とにかく、ティアナは困り果てていた。これでは訓練のしようが無いからだ。指揮をする彼女にとってこれほど厄介なことはない。

「・・・・ギンガさーん」

 殆ど諦めながらも彼女はもう一度呼びかけた。
 ギンガは応えない。というよりも聞こえていない。オドオドしながらずっとシンの方を見つめ続けている。

「・・・・シン」

 その仕草に落胆よりも先に苛立ちが来た。

「ギンガさん、いい加減に・・・・」
「あー、もうギン姉ウジウジしてるならいっちゃいなよ!!」

 言葉を言い終えることなく、隣で同じく呼びかけていたはずのスバルがギンガの首根っこを掴んでいた。

「・・・・スバル?」

 思わずティアナは呆気に取られてしまう。何故なら、スバルが手にしたのはギンガの着ているTシャツのネック部分。
 そこをぐわしと掴み、そして―――

「マッハキャリバー!!!」
「All right,Budy!!」

 車輪が回る。あまりの加速にホイールスピンが始まり、白煙が立ち昇る。

「ちょ、ちょっとスバル、貴方何を・・・・」

 あまりに唐突な展開に慌ててスバルに声をかけるギンガ。
 だが、彼女が皆まで言い終える前に、スバルが叫んだ。

「いっくよ――――!!!」

 元気一杯の叫びと共に急加速。
「へぐヴぃぃ!?」

 ギンガの顔がカエルが潰れたような様相を見せた。
 当然だ。スバルは彼女のTシャツのネック部分に手を掛けて、“思いっきり加速した”のだ。
 要するに締まっている。もうこれ以上無いほどに締まりまくっています。

「・・・・・ぎゃ、ぼ」

 ギンガの顔色が一気にやばくなる。
 さっきまで乙女の顔で「ふう」とアンニュイな溜息を吐いていたのが嘘であるかのように、青白い。というか潰れたカエルみたいな顔である。

「ちょ、スバル!!?アンタ、何してんのおおおおお!!!!?」

 ツッコミ担当ティアナ・ランスターの叫びが木霊する。
 だが、そんな声などもう遅い。
 何故なら彼女のデバイスの名前はマッハキャリバー。マッハ!!である。そんな声など置き去りだ―――いや、音速で走ると言う訳ではないが。

「行くよ、ギン姉!!」
「・・・・・」

 先ほどからギンガが見つめていた彼らの方へと視線を送る。
 どうやら、今ストレッチが終わったようだ―――ああ、私達まだ何もやってない。どうしよう。ていうかギンガさんが返事して無いのってまずくない?―――ティアナはそんなことをふと思った。殆ど現実逃避に近かった。だって、この後スバルが何をするのか、彼女には分かりきっていたからだ。
 ティアナだってそうするべきだと思う。
 言いたいことがあるなら、はっきりと言えばいい。それが駄目なら諦めろ。それが世の常だ。少なくとも自分は恋をしたらそうするつもりだ――それが出来るかどうかは別として。
 けれど、それはどうだろう。それはあまりにも苛烈すぎないか。というか家族だからって好きにしすぎではないだろうか。

 ティアナは思った。

(・・・・この子にだけは恋愛相談しないでおこう。)

 ティアナ・ランスターは堅く心に誓った。きっとそれは正解だ。何故なら、スバルがやろうとしていること。それはつまりは至極単純。

「飛んじゃえ―――!!!!」

 文字通り。
 彼女は今、姉であるギンガ・ナカジマをマッハキャリバーの加速と彼女自身の膂力、そして絶妙のタイミングで―――背負って投げた。

 ――中島流一本背負い。
 ギンガの身体が宙を舞う。
 慣性によって一気に彼女の身体に加えられた速度がそのまま彼女の身体に雪崩れ込み、まるで飛び立つ鳥の如く彼女の身体が空を飛んだ。
 中島流。それはナカジマ家に伝わる対魔導師用武術であり、シューティングアーツの骨子としてゲンヤ・ナカジマからクイント・ナカジマに受け継がれし“武術”。

 ――つまりは柔道で言う一本背負いである。
 大きく放物線を描き、彼女の身体は“目標”に向かって飛んで行く。
 目標―――シン・アスカに向かって。

「・・・ギン姉、聞きたいことは聞けばいいんだよ。」

 額の汗を拭いながらスバルは呟いた。ちょっとかっこよかった。
 そして、次の瞬間、喧騒が始まった。
 スバルが投げたギンガがシンに激突。
 シンは咄嗟に彼女を受け止めるような体勢を取り、結果、彼女を抱きかかえ、衝撃を受け止め――――彼女が彼に馬乗りするような格好でシンは気絶していた。
 傍らのフェイトがシンに駆け寄る。それを見て、落ち込んでいたのが嘘のような神速でギンガがシンを抱きかかえる。
 睨み合う竜虎。緊張する空気。
 そして睨み合ったまま二人はシンを連れてどこかに歩いていく。恐らくは医務室だろう。訓練も何も合ったものではない。
 半眼で唇を引きつらせているシグナム。困ったように苦笑するキャロと力無く苦笑するエリオ。

「・・・・・これは問題ね。」

 ティアナ・ランスターは呟き、二人に連れられていくシンを見つめていた。

(少し、釘を刺しておくべき、かな?)

 機動6課現場指揮官としての彼女がそう告げていた。このままでは拙い、と。


「エクストリームブラストは金輪際禁止や。」

 彼女―――八神はやての第一声はそれだった。
 彼が意識を取り戻して一分ほどしてから、医務室に現れた彼女は即座にギンガとフェイトを追い出し―――と言うか
「二人共仕事せえ、仕事!!」、と言いながら追い出す彼女は額に手を当てやけに疲れているようだった―――二人がいないことを見計らうとそう言った。

「・・・・・何でですか?」
「分かってるはずよ、シン君。」

 彼女の後方からもう一人女性が現れた。
 シャマル。八神はやての守護騎士ヴォルケンリッターの一人。そして、この医務室の主である。
 いつも朗らかな彼女が神妙な顔で呟く―――それだけで次にくる言葉が予想できてシンは耳をふさぎたくなる衝動に駆られた。
 それは雑音だ。彼にとって不要すぎる雑音。

「あの魔法は危険すぎます。貴方にはまだ荷が重い魔法よ。」

 シンはかけられたその言葉に少し苛立ちながら、返答した。

「―――でも、あれがあったから、この間の戦闘を切り抜けることが出来ました。死ぬよりはマシじゃないですか。」

 拗ねたような彼の声。19と言う年齢には似合わない子供っぽい表情。それを見て、はやてが瞳を細めて質問する。当然の質問を。

「次、使えば死ぬかも分からんような魔法に許可が出ると思うてるのか?」

 道理だ。出るはずが無い。そんな人間を使い捨ての機械になり下げるような魔法においそれと許可が下りるはずはない。

「……でも」

 それでも食い下がるシン。だが、はやての声は断罪するようにしっかりとシンに宣告する。

「異論は一切認めん。これはキミの上司としての“命令”や。」

 その言葉。それを使うと言うことは彼女が本気と言うことだ。本気でそうするつもりなのだ。“彼女からの命令”とは絶対であり、遵守の対象である。

「……分かりました。ただ、」
「ただ?」
「場合によっては俺は使います。それだけは覚悟してください。」

 朱い瞳に写るのは強く鮮明な朱。はやてはその視線を受け止める。

「あいつらに勝つには、絶対に必要です。」

 静かな宣言。その視線を受け止めたはやては、少し視線に怒りを込めて、返答を返した
「……ええか、極力使うな。キミは捨て駒やないんや。」
「……そうですか。」

 その落胆したようなシンの表情。それを見てはやての胸が痛む。薄ら寒い心配をする自分に嫌気が刺して。
 胸に生まれたある不安。
 シャマルからははやてがシンの身体を心配して言っているように思えるだろう。だが、彼女は思う。本当にそうなのだろうかと。

 ――シン・アスカとデスティニーはリジェネレーションを使う際に周囲の人間から魔力を奪い取り、自身の肉体の修復に使用している。

 それが導くモノはシンだけの破滅ではないそれは彼の周囲で生きる人間全て。
 フェイト、スバル、ギンガ、エリオ、ティアナ、キャロ、そしてヴォルケンリッター。それは彼女にとって掛け替えの無い仲間だ。
 そんな大切な仲間を全て死地に導くことになりかねない。
 視線に込められた怒り。それはもしかしたら親友を、家族を殺していたかもしれない人間に対する怒りだ。
 その怒りがどれだけ身勝手なモノであるのかを彼女はよく理解していたし、その怒りが無意味なものだと言うことも理解していた。
 罪悪感とはそんなふざけたことを思った自分に対してだ。確証もない上に疑念のみで怒りを持ち、一瞬でも激昂しようとした自分へのモノだ。
 ふざけた考えだ。はやては自分自身を嘲笑する。
 ベッドから起き上がり、部屋からシンが出て行く。その背中を睨み付けるはやて。

 変わっていくはやて。彼女を変えた男シン・アスカ。
 そんな二人をシャマルは静かに見つめていた。見つめることしか出来なかった。
 二人のこんなやりとりを彼女は初めて“見てしまった”から。


「シン、アンタ、今日暇?」

 医務室からシンが戻り朝の訓練が終了した頃合だった。
 ギンガとフェイトは向こうでこってりとシグナムとヴィータに説教されている。どうやらさっき無断で訓練から抜け出てきたようだ。
 シンはその様子を眺めながら訓練場の出口に向かって歩いて行く。ある意味被害者である彼に説教するのは筋違いとも言えるからか、シグナムとヴィータは彼に何も言うことはなかった。彼女の、ティアナ・ランスターの声が聞こえたのはそんな時だった。

「今日?」

 言われて頭の中のスケジュールを確認する。暇かと言われても仕事があるのは確かだ。この後制服に着替えれば自分は直ぐにでも事務仕事に――とそこまで考えて思い出す。
 自分が今日は非番だと言うことに。

「一応、空いてるな。」

 何の気無しに返答を返す。そのまま彼の思考は今日の一日何をするかと言う予定を立てはじめる。
 一日中訓練に励むか――恐らくシグナムさんは今日も多分暇っぽい。
 別段、彼女が働いていないと言う疑いを持っている訳ではないが、訓練以外の時間はいつも医務室にいるか、八神はやての部屋で護衛しているか、食堂にいるかの彼女だ。
 恐らく、訓練に付き合って欲しいと言えばきっと付き合ってくれるに違いない。
 そんなことを考えていた時にティアナがシンに再び声をかけた。

「買い物に行くから付き合わない?」
「……俺と?」
 シンの疑問は最もだ。
 彼はこれまでティアナとそれほど仲悪くしてきたつもりもないが、仲がいいと言うような関係でもなかったはずだ。
 有り体に言えば仲間。その程度の関係でしかなかった。
 それがいきなり買い物に付き合えと言うのだ。疑問に思うのも無理はない。

「別にいいじゃない。あ、勿論、二人っきりじゃないわよ?スバルも一緒。」
「スバルも?」

 その言葉に再びシンの脳裏に疑問が渦巻く。
 無論、ティアナとの二人っきりが良かったなどと言うことではない。
 ティアナ・ランスター。スバル・ナカジマ。彼女達二人の仲がいいのはシンとて知っている。だからこそ疑問なのだ。
 仲のいい二人が休日に揃って買い物に行く。いいことだ。問題は無い。問題なのはどうして自分を連れて行くなどと言っているのか、だ。

「そういうこと。どうする?行くの行かないの?」

 だが、ティアナはそんなシンに疑問について考えさせる気も無いのか、矢継ぎ早に質問を繰り返す。
 休日に買い物に行く。行くこと自体は問題ではない。いろいろと物入りなのは確かだ。
 だが――

「あ、えーと、俺、ちょっと・・・・」
「何よ、まさか、訓練したいからとか言い出すんじゃないでしょうね?」

 図星だった。出来れば朝から晩まで訓練、と言うかシグナムあたりと模擬戦をするつもりでいたシンにとって、ティアナたちとの買い物は正直少し面倒ではあったからだ。

「あ、いや、その」
「駄目よ。アンタは今日私とスバルの二人の買い物に付き合うこと。これは決定事項よ。」

 有無を言わせぬ口調でティアナが断言する。

「いや、横暴すぎだろ?」
「駄目よ。これは決定事項なんだから。」
「いや、だから・・・」
「だから決定事項よ、これ。絶対に覆らないわよ?」

 暫しの睨み合い。
 先に折れたのはシンだった。はあ、と溜め息を吐いて呟く。

「……いつ頃には帰ってくる?」
「……いきなり帰る時間とか聞く?サイテー。」

 吐き捨てるようにティアナが言う。実際、確かに最低ではあった。

「あ、いや、そういう訳じゃ……」

 そう言われ、途端にうろたえるシン。そんなシンの様子を見て、ティアナはクスリと悪戯をする猫のように笑い、言った。

「冗談よ、冗談。別にそんなうろたえなくてもいいわよ。時間は……そうね、多分6時前には帰ってくるけど……どう?」
「……それなら、問題ないけど。」

 シンがそう、告げるとティアナはじゃあ決まりとでも言うようにして、6課隊舎に向けて、うろたえていたシンを置き去りにして歩いていく。
 そして、扉の前で振り返ると確認するように呟いた。

「じゃあ、着替えたら行くわよ?出発は8時。いいわね?」
「あ、ああ。」
「じゃ、また後でね、シン。」
「……いきなり何なんだ、あいつ?」

 それは本当に最もな疑問だった。

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 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

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