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空想垂れ流し 16.運命と襲撃と(f)

16.運命と襲撃と(f)

 あの後、シンはフェイトを運び、6課フォワード陣に合流した。
 彼女を担架まで運び、一息を吐いた瞬間、彼は突拍子も無く、倒れた。
 エクストリームブラスト。そしてその後に続くリジェネレーションの急速な回復によってシンは一命を得た。だが、急速な回復とはそれだけで肉体に負担を掛ける。
 東洋医学と西洋医学のようなモノだ。東洋医学は肉体の内面から長い時間を掛けて改良していくのに対し、西洋医学は患部を切り取ることで治す。
 一長一短の両者ではあるが、肉体に掛かる負担は術式の内容からして、後者が大きい。
 それと同じく、致命傷を高速で修復したリジェネレーションが肉体に掛ける負荷は甚大なモノだ。
 彼がここまでフェイトを背負ってこれたのは一重に精神的なモノが大きい。彼女を背負って歩き出してから数十分で彼の身体は異変を教えた。
 疲労と倦怠感が、フェイトを背負って歩くと言う負荷を切っ掛けに一気に目覚めて襲い掛かってきたのだ。
 実際、歩いていたのは数時間も無い。けれどシンにとってその数時間は何十時間かと思えるほどに過酷な道のりだった。少なくとも、安心した瞬間に意識を喪失する程度には。
 いきなり、倒れたシンを見てスバル達は慌てふためいたものの―――ギンガだけはその様を見て、別に何の驚きも無いのか、彼を背負うと、フェイトと同じ担架まで運んでいった。彼女にとって、シンがこうして倒れることなどいつも通りのことに過ぎないからだ。そして、それを連れて行くのは自分である。その関係は変わらないし、変える気など毛頭に無い。
 それはまるで酔っ払って潰れた亭主を連れて行く妻のようだった。
 その様子を唖然と見つめる視線。皆、微妙に赤面している。スバルが小さな声でギン姉って大胆だねとか呟いていたが気にしない。別にこれは大胆でもなんでもない。いつも通りのことだからだ。
 そこで彼女達とは違う視線を感じる。気がついたのだろうか、フェイトもギンガを見つめていた。
 ―――いや、違う。彼女が見つめていたのはギンガだけではなく、その背中で眠るシンも含めて、だ。
 ギンガはその視線を受けて、睨むでもなく逸らす訳でもなく受け止めた。彼女の潤んだ瞳。それが何を意味するのか。その意味に薄々と感づいてはいたから。
(・・・・やっぱり、フェイトさんも。)
 不安に陥りそうな自分を心の中で自身を鼓舞し、彼女の視線を受け止める。けれど、その内面は複雑である。何せ、フェイト・T・ハラオウンである。自身にとって憧れとも言える女性だ。そんな女性が自分と同じ男―――確証は無いが恐らくは間違いなく―――を好きになったのだろう。彼女は鼓舞しようと思って鼓舞した訳ではない。鼓舞しなければ折れてしまいそうなほどに不安だったからだ。
 シン・アスカが欲しい訳じゃない。けれどシン・アスカが誰かのモノになるのは嫌だ。
 そんな至極我が侭としか思えない気持ち。それを嫌らしいと蔑みつつ―――彼女はそんな自分を抑えることが出来ずに“鼓舞”し続ける。背中に感じる重みと熱。それを拠り所にして。
 ―――フェイト・T・ハラオウンの胸中は複雑だ。守られたいと言う自身の内から湧き上がる衝動。それに甘え、此処まで背負われてきた。それはとても甘く、暖かく、もっと包まれていたいと思う一時だった。
 けれど、ギンガが彼を背負ったその様子を見て、胸がドクンと鼓動した。更にはズキン、ズキンと酷く胸が痛む。悪性の心臓病にでもかかったように―――否、これはそんな病よりも尚酷い病。恋の病に他ならない。
 ギンガがシンを背負って運ぶその様子。手馴れた感じと慈しむような動作。それはどこか、翠屋―――彼女の親友である高町なのはの両親のように見えていた。或いは義兄であるクロノとエイミイ夫婦のようにも。
 悔しい訳ではない。“まだ”自分はそんなところには辿り着いていない。けれど、ギンガがそこに辿り着いていること―――別に彼女はそんなことに気付いてもいないだろうが―――どうしようもなく羨ましかった。
 そこで、はて、と思う。羨ましい。そんな思いを誰かに抱いたのは恐らく初めてではないのだろうか、と。
(・・・・私、変わっちゃった)
 その思考を思うと、自然と頬が綻んでいく。変わってしまった自分。恐らく、もう元には戻れないことを
察して、それが嬉しくて。
 恐らくこれから自分の視線は彼を追いかける。これまでは無意識に―――これからは意識して。
 彼を――シン・アスカに恋しているフェイト・T・ハラオウンはきっと彼から目を離せない。きっと彼に近づくのを我慢出来ない。胸に生まれた幼い恋慕は幼い故に一直線。猪突猛進。ふつふつと湧き上がる想いが身を焦がす。
 ―――負けないからね、ギンガ。
 ギンガ・ナカジマの想い。
 彼を守りたい。彼に甘えて欲しいと言う想いとはまるで真逆のベクトル。それが彼女が選んだ在り方。
 彼に守られたい。彼に甘えたい。
 その想いを胸に金色の女神は恋と言う名の荒波に身を浸す。
 ―――それは砂糖菓子の如く甘い、桃色の想いであった。
(・・・まるでネクターみたい)
 幼い頃に飲んだジュースの名前。そんな馬鹿な言葉が彼女の心を通り抜けた。

 医務室。時刻は夕暮れ。
 シン・アスカが昏々と眠り続ける横で、フェイト・T・ハラオウンも身体中に包帯を巻かれ、ベッドで横になっていた。シャマルの見立てでは肋骨に皹が入った程度でそれほど酷い訳でも無いらしい。
 彼女は隣のベッドに眠るシンを見つめる―――ちなみに部屋の中には今、彼女達二人しかいない。
 シャマルは用事があるらしく席を外し、ギンガは二人の着替えを取りに行って来ると出て行った。
 黒い髪。穏やかな寝顔と寝息。それとは対照的に包帯で身体中を巻かれた痛々しい姿。
 シン・アスカ。彼の肉体は重傷ではなかった―――だが、それが本当に良いことなのかどうかは判断に苦しむが。
 エクストリームブラストとは諸刃の剣である。感覚を加速し肉体をそれに追従させる。ただ、それだけ。だが、その為に必要となる魔力の量は膨大であり、その代償もまた甚大。
 急激な加速と停止は身体中の筋肉を断裂させん勢いで負荷を与え、内蔵―――特に心肺系に強大な負荷を与える。
 シンが吐血し、倒れたあの瞬間。時間なのかというシンの言葉が示す通り、あの時点がシン・アスカという器がエクストリームブラストという魔技から生きて帰れる臨界点。あの時点で彼の全身の筋肉は全て断裂寸前であり、心肺は破裂寸前であった。吐血したのはほんの少しそれが遅かったから。それだけで内蔵の一部が損傷したのだ。もし、破裂していたならばあの程度では済まない。まず間違いなしに死んでいただろう。
 八神はやてはこの事実をシャマルから聞いた時、深く嘆息した。
 それは彼が助かったことを安心してではない。彼がこれを使うことをどう止めるか――それを考えると気が重いからだ。
 シン・アスカはこの力を平然と、それこそ次に戦闘があれば直ぐにでも使うだろう。たとえどんな代償が
あろうとも、彼に躊躇いは無い――その躊躇いを無くすだけの力がエクストリームブラストには存在するからだ。
 だが、これは諸刃の剣。如何にはやてがシンのことを武器として扱っていると言っても、戦う度に
吐血する人間など見ていて気分のいいものではない―――何よりも彼女の胃が持たないだろう。
 話を戻そう。
 シン・アスカは現在、そういった事情で医務室に保護されている。
 全身の打撲と疲労、そして筋肉痛。全て絶命に至るほどではないものの、放っておける怪我でもなかった。
 眠り続けるシン・アスカ。それを何が楽しいのか、微笑みながら見つめるフェイト・T・ハラオウン。その瞳は恋する乙女でもあり、無邪気な子供のようだった。いわゆるデレ期だ―――無論、彼女にツンがあったかと言えば断固として否定するが。
 シンが寝返りを打った。彼の顔が彼女から離れていく。無邪気な笑顔が曇り、こちらに振り向くことを願う。
 だが、そんな都合よく寝返りを打つなどあり得ない。故に、
「・・・・・ちょ、ちょっと近づいてもいいよね。」
 そんな悪戯するような子供めいた呟きを誰に言うでもなく放った。恐らくは自分自身に言い聞かせているのだろう。
 そそっと静かに、誰を起こすことも無くフェイト・T・ハラオウンはベッドから起き上がり、彼の眠る
ベッドへと近づく。誰にも気付かれてはいない。彼女の鍛えられた戦闘技術はそんな下手を打つことを許さない。
 そして、彼の顔の側に移動し、彼の顔の目前に近づく。吐息が触れ合う距離。心臓の鼓動すら聞こえそう。
 ―――ゾクゾクする。何かいけないことをしているようで。
 フェイト・T・ハラオウンの恋慕とはギンガ・ナカジマの恋慕とはまた違う。違う意味で滅裂である。
 ギンガは「こう在るべき」と言う何処かで聞いたような恋愛観を元に、シン・アスカを守り彼を支える――端的に言って甘えさせる――ことを骨子として、彼女自身の恋愛観を構築している。そこにあるのは杓子定規な雁字搦めの考え。それが故に彼女は踏み出すことが出来ない。無償の愛(アガペ)になど身を染めようとするのだ。
 それとは逆に彼女――フェイト・T・ハラオウンとは、無邪気である。なまじ近しい場所―――自身の
義兄や親友の両親、兄弟である――にテストケースが揃っていたからだろう。ギンガの「こう在るべき」よりも余程「生っぽい」恋愛観を得るに至っている。それは随分と歪んではいる―――というかおかしな方向に特化している。
 いわゆるラブラブ特化型である。
 高町夫妻。ハラオウン夫妻。そして高町(息子)夫妻。その共通点は基本的に“ラブラブ”である。ちょっと見てるこっちが恥ずかしくなるような、というか子供の情操教育的に悪影響なのか良影響なのは分からないほどに、仲睦まじい――というかラブラブな夫婦である。だから、彼女の恋愛観は極端だ。
 普通なら、「いいか、落ち着け。クールだ。クールになれ。」と胸中で自身に問いかける部分で「うん、行こう」とクラウチングスタートでも決めるようにぶっちぎる。
 要するに我慢が効かない―――違う、我慢を知らないのだ。
 だから、こんなことをする。それが周りに与える影響よりも、まずはやってから考えよう。
 素直すぎるというかエロいのだ。
 だから彼女は“我慢”出来ずに、ついキスをしようとする。
「・・・・は、恥ずかしいな。」
 恥ずかしいもクソも無い。傍から見ればキスしてるようにしか見えない至近距離。 
 けれど、彼女は恥ずかしい。キスという行為の重大さが彼女に恥を感じさせる。
(い、いきなりは拙いから、やっぱり此処は段階を踏んで―――)
 鼻の頭を舐めた。こう、ペロっと。
「・・・シンの味がする。」
 少しだけしょっぱいのは汗をかいているからだろうか。そして、再び舌を伸ばそうとして―――扉を開く音。
 そして、閉める音が、した。
 一瞬の沈黙。そして、甲高い声が室内に響いた。
「フェ、フェイトさん、な、なんばしょっとですか!?」
 ギンガ・ナカジマ登場。
 ―――固まるフェイト。その姿はキスを敢行しようとする姿そのもの。
 ―――固まるギンガ。その手にはシンがいつもパジャマ代わりに来ているジャージとフェイトの寝巻き――何故かそこには黒い下着も一緒に入っている。彼女は黒以外持っていないのだろうか―――を持っていた。
「・・・・え、あ、い、いや、わ、私は、そ、その」
「な、何ドサクサ紛れにキ、き、キ・・・・接吻しようとしてるんですか!?」
 キスと言おうとして恥ずかしかったのか、ギンガは接吻と言い直した。
「し、してないしてない!!ちょっと舐めただけ!!」
 フェイトさんの返答。それは余計にやばいです。
「な、舐めた!?な、ナニを、ど、どこを舐めたって言うんですか!?」
 ギンガの瞳が鷹の如く鋭くなり、威圧が放たれる。
 拳を握り締める。ここがどこかなど関係ない。叩き潰す。その意思がそこに見えた。
(ま、まずいよね、これ)
 確認するまでも無い。拙いなんてレベルじゃなく、ヤバイ。猪突猛進の乙女は返答次第では明らかに
吹き飛ばす気満々である。
「あ、い、いや、その・・・・・・・は、鼻を」
「は、鼻・・・・?」
 ワナワナと身体を震わせるギンガ。
(鼻、ですって・・・!?)
 鼻。それは顔だ。
 それを舐めた―――つまり、鼻=顔を舐めた。顔を舐めたといっているのだ、この女豹は。
 何と言うことだろう。何と言うかいきなりそこまでするか、とギンガは思った。
 自分ですら未だ口と口を触れ合わせるのが精一杯である。しかも不可抗力によってでしか出来ない。
 自分から率先してそれを行う―――考えただけでギンガの顔は真っ赤になった。
(で、出来る訳ないでしょ!?そ、そんな、は、ハレンチなこと!!!)
 そんな風に思い悩むギンガと、目前のギンガを不思議そうに見つめるフェイト。
 対照的といえば対照的過ぎる二人。その間で眠るシン・アスカ。その寝顔は先程よりもどこか寝苦しそうだ。気合に当てられたのかもしれない。
 再びがらっと扉を開ける音が響く。思わずそちらの方向に振り向く――そこには白衣を着た金髪の女性―――ヴォルケンリッター・シャマルが疲れたようにして、立っていた。
「・・・・あのね、二人とも喧嘩するなら外でやりなさい。」
「でも、看病とかは・・・・」
 フェイトが呟く。再び溜息。シャマルが口を開く。
「・・・・フェイトちゃんも怪我人なのよ?分かってる?」
 有無を言わせぬ迫力―――というか看病されるのはむしろフェイトの方である。
 どうして彼女に看病などさせられようか。
 言われて、ようやくそのことを思い出したのか、フェイトはしゅん、と俯くと小さく呟いた。
「・・・はい。」
「それとギンガ?」
「は、はい。」
「・・・・ここ、一応病室だから静かにしてね?」
「・・・はい。」
「ふう、それじゃ、ギンガ、フェイトちゃんと一緒に食事に行ってきなさい。」
「あの、でも、シンは?」
「起こして食事させる訳にもいかないでしょう。彼は点滴。」
 そう言われては立つ瀬も無い。二人は揃って病室のドアに手を掛け、退室する。
「それじゃまた後で。」
 ええ、と言う声が室内から聞こえてきた。そうする内にガチャガチャと音がする―――点滴の準備を始めたのだろう。
「・・・・じゃ、フェイトさん、行きましょうか。」
 そう言ってギンガは歩みを始め―――振り返った。フェイトは動いていなかった。部屋の前で立ち続けていた。顔は俯き、髪で隠れて表情は伺えない。
「フェイトさん?」
 声を掛ける。フェイトはその声に反応するように顔を上げた。
 ―――そこには決然とした表情があった。覚悟を決めた表情。それはどこかで見たことのある表情。
(・・・・ああ、そっか。)
 その表情を見て、ギンガは全てを看破する。これは“自分”だ。自分と同じ、決意をした表情なのだと。
 だから、次に出てくる言葉も予想できた。
「私、シン君が―――シンが好きだから。」
 予想通りの言葉。そして、胸の奥で渦巻いていた不安がカタチを為して、“霧散”した。
 宣戦布告である。好きだから―――だから、どうしようというものでもない。彼女自身その先に続く言葉を見つけられていないのかもしれない。
 それでも、彼女は布告した。自分は彼を好きなのだと。その気持ちは本当だと。
 正々堂々、恋をしようと言っているのだ。
 彼女の不安が霧散したのはそのせいだ。不安とは未知の恐怖。不確定であるが故の恐怖である。
 けれど、正々堂々と言う勝負の前でそんな未知や不確定は存在しない。
 故に―――
「―――上等です。」
 その言葉、その瞬間を以って、ギンガ・ナカジマはフェイト・T・ハラオウンを恋敵―――強敵(トモ)として認識した。
 不敵に笑う二人。しばしの睨み合い。空気が帯電するような緊張感がそこに張り詰め――数分後、二人は食堂へと向かっていった。
 ―――此処に二人の乙女は女豹へと続く階段に足を掛ける。至る未来は桃色螺旋回廊。
 中心で眠るシン・アスカは何も知らない―――否、知ろうとさえしていなかった。
 今は、まだ。

「・・・・・エリオ君、大丈夫?」
「あ、うん・・・大丈夫、だよ。」
 ぎこちなく笑いながら、エリオはキャロに返答する。
 その微笑みが翳る理由は簡単だ。
 負い目。彼女を――キャロ・ル・ルシエを見殺しにしようとしたことへの。
 彼が今いる場所は食堂―――ちょうどフェイトやギンガが着いた時点である。
 見殺しにしようとしたこと。エリオの冷静な部分はそれを仕方ないことだと断じている。誰だって自分の命が、他人の命よりも大事なのは明白である。むしろ、そうでなければならない。戦いの場に置いて、自分の命を軽く扱う人間ほど性質の悪い存在も無いからだ。そのことをエリオ・モンディアルは知っている。何よりも大事なのは自分が生き抜く事。生きようとする執念は何よりも強いのだから。
 だが、エリオ・モンディアルの思考はその考えを許せない。
 自分は事実として、彼女――キャロ・ル・ルシエを殺そうとした。自分の命と彼女の命を秤に賭けて自分を選んだ。
 それは、人として、戦士としては正しいだろう。だが、騎士としてはどうなのだろうか。
 騎士。それは、守る者である。主を、領地を、誇りを、愛する者を。己の力で守り抜く者のことである。
 故に騎士とは守る。眼に写る誰かを、何かを守り抜く。それが単なる言葉に過ぎない――単なる称号に落ちぶれたモノだとしても、だ。
 ずっと守られるだけだった自分。力は彼に守ると言う行為を与えてくれた。彼はその時境界を超えたのだ。
守られるだけだった自分から、守ることの出来る自分へと。
 だからこそ、許せない。騎士であるならば、あの瞬間命を捨ててでも彼女を選ばなければならなかった。
 ―――その考えは間違いだ。だが、幼い彼のココロはその間違いを正解だと信じている。
 彼とて、それが間違いだと理解している。不可能だとも。
 けれど、“運の悪い”ことに彼の周囲にはその不可能を可能にしようと足掻く男がいた。
 シン・アスカ。眼に写る全てを守る為にそれ以外の全てを雑多だと断じる生き方。
 彼がいたからこそエリオは落ち込む。自分の戦いは決して正しくは無い―――そう、言われているようで。
 話を聞けば、彼は最後の瞬間まで背中に守るフェイトのことを忘れてはいなかったらしい。そう、訓練でも
そうだったように。彼はいつだって、誰かを守る為に戦っている。
 本当は比較する必要など無い。シン・アスカとエリオ・モンディアルは本来比較することなど出来ない。違う世界で生まれ育った人間。ましてやシン・アスカの思考回路は普通とは違い大きく歪んでいるのだから。
 だが、シンの思考が歪んでいることなどエリオは知らない。知らないから、彼は特別なのだと思えない。認めたくない。
 それは憧れた女性の変貌と言う影響もあった。
 目前でギンガと睨み合いながら食事を続けるフェイト。いつもよりも早く、より早く食事を終えてどこかへ戻ろうとしている――恐らく医務室へだろう。
 エリオ・モンディアルは、悔しかった。
 自分はあんなフェイトを見たことが無かったから。恋するフェイトなど見ることなど出来なかったから。
 少年の心は沈んでいく。澄んだ水の底に溜まる澱のように少年の昏い感情は沈殿し、溜まっていく。
(力が、欲しい。もう、見殺しになんてしないで済むように。)
 内なる叫びは切なる声で、少年に成長を促せる。願わくば、この願いが果たされますように、と。

「・・・・・フェイトさんも眠ったのね。」
 時刻は既に10時を過ぎている。眠るにはいささか早い時間だ。ギンガは今、医務室で二人の看病をしていた。
 二人の寝息が木霊する。完全に熟睡しているのだろう。そう、思って一人呟いた。
「・・・鼻は無いわよ、鼻は。」
 それは先ほどの光景―――眠るシンの鼻をフェイトがペロっと舐めていたことを意味する。
 ―――シンの味がする。
 フェイト・T・ハラオウンはあろうことか、シンの鼻を“舐めた”。犬が飼い主の顔を舐めるように、その
桃色の舌でペロリと。
 所作自体は無邪気なものだった。だが、無邪気が故にそれはどこまで淫靡さを伴わせていた。
「・・・・・鼻は無いわよねえ。」
 そう言いながら両脇のベッドを確認する。こんこんと眠り続けるシン。彼は未だに一度も眼を覚まさない。
もう片方のベッドを見る。すやすやと寝息を立てるフェイト。疲労困憊な上に肋骨の負傷などを受けた彼女は
食事を取って薬――痛み止めである――を飲むと睡魔に襲われたのか、そのまま眠りについた。
「・・・・・シンの味、か。」
 言葉を発して彼女は立ち上がり、眠り続けるシンに向かって歩いていく。
 ―――思い出した先ほどからギンガの胸の鼓動が高鳴っている。実は全く収まらないほどに。思い出した
光景が、一抹の悔しさと共に彼女の脳裏を刺激しているからかもしれない。
「・・・・・シンの味。」
 熱病に浮かされたような声。声には少しだけ甘さが混じっていて、彼女は引き寄せられるようにしてシン・アスカの顔に自身の唇を近づけていく。
 対抗心。嫉妬。好奇心。彼女の胸に渦巻いていたのはそれらが密接に絡み合った複雑な気持ちだった。
 彼女の唇が彼の鼻に近づく。鳴り響く心臓の鼓動はもはや拍動ではなく轟音そのもの。その時には横に誰が
いるのか、何を自分はしているのか、などの常識的な考えは既に思考の埒外にあった。端的に言って酔っていた。自身の心臓が生み出す鼓動。その雰囲気に。
 近づく。その距離およそ数cm。そして、脳裏に思い描いたフェイト・T・ハラオウンのように彼の鼻を舐めようと舌を出した瞬間―――パチリ、とシン・アスカの朱い瞳が見開いた。
「・・・・・・」
 身体が硬直する。身動きが取れない。
「い、いや、これは別に、シンとキスしたいとか鼻を舐めたいとかじゃなくて、そ、そう、ただの好奇心で、私はただ貴方の健康状態を確かめようと思って、鼻の上に浮かんだ汗を舐めようと思った訳で、昔から言うじゃないですか、汗を舐めれば嘘か本当か分かるって、だから私もソレに倣って―――」
 言い訳なのか、誤魔化しなのか分からない、愚鈍な言葉が次から次へと渦巻いては彼女の口を通って出て行く。
 だが、シンはそんなことを聞こえていないのか、左手で近づいていた彼女の身体ごと自分の方に引き寄せる。
 力強い動作は彼がどうしようもないほどに“男性”なのだと彼女に意識させ、彼女の脳裏と精神と鼓動を
台風の如く掻き乱し、混乱させていく。
(ええええええええ!!!!!??)
 パクパクと陸の上に上がった魚のようにギンガは口を開けたり締めたりしている。
 混乱しているのだ―――違う、そんな程度ではない。これは最早混沌だ。恋に目覚めたばかりの乙女にはまだまだ荷が重いと言うか重すぎる恋慕のその先にあるもの―――触れ合いである。そんなものにいきなり近づけば、彼女でなくとも停止する。彼女は望んで停止しているのではない。どうすればいいのか分からないから、まるで何も知らないから停止せざるを得ないのだ。
「よ、横にフェイトさんいますから・・・!こういうのは、ふ、二人だけの時に・・・・ん!?!?」
 そうして、シンが彼女の唇に自分の唇を押し付けた。―――だけではなく、彼の舌が彼女の口腔に押し入ってくる。
「!?!??!??」
 初めて味わう他人の舌の感触。口内を舐め回りながら、互いに舌を絡ませあう行為―――彼女の頭の中に
あった接吻―――キスとはまるで違うその感触。
 ギンガは押し入ってきた彼の舌にまるで犯されるような―――ある意味では犯されているのだが―――錯覚を味わいながら、いつしかされるがまま、それを享受していた。
「ん・・・・う、ん・・・・ちゅ」
 そして、唇を離し、シンが彼女を抱きしめる力が一際強くなる。
 されるがままのギンガはただその力に付き従うようにして自ら身体を押し付けていく。もう、どうなってもいい。頭の中にあったのはそんな唯一つの想いだった。けれど、そんな胡乱な熱は次の瞬間、彼女の耳元で囁かれた言葉で吹き飛んだ。
「・・・・ル、ナ」
 瞬間、シンの身体は抱きしめる力を弱める。瞼は既に閉じていた。
「・・・・・・」
 荒れ狂う暴風のようなシンの愛撫に身を任せていたギンガはストンと彼が眠るベッド脇の椅子に腰を落として、呆然としていた。
 抱きしめられた手が気持ちよかった。
 身体中をまさぐる手が心地よかった。
 口内を嘗め回す舌に蕩けそうだった。
 けれど、今、鋭い刃物で切り付けられたように彼女の心は傷ついた。
「・・・・・シンには大事な人が、いる、のね。」
 ルナ。その言葉が彼女の心に傷をつけた。猪突猛進究極無比。乙女とはそういったものだ。盲目と言ってもいい。
 だからこそ迷わない。突き進む。振り返らない。
 けれど、それは傷が無いからだ。傷は乙女の足に絡み付き、その動きを鈍らせる。
 今、彼は自分をギンガ・ナカジマと認識しないで抱きしめたのだろう。恐らく、そのルナという女性と間違えて。
 ―――もしかしたら、そんなことがあるかもしれないとは考えていた。
 けれど、現実はこれだ。これが現実なのだ。自分はそんなことは無いと思い込んでいただけで。
「・・・・うぁ・・・うぅぅぅ・・・・・・!!」
 静かにギンガ・ナカジマは声を殺して涙を流し続けた。決して、彼と傍らのフェイトを起こさないように、
静かに、ただただ静かに・・・・泣き続けた。
 涙は―――止まらなかった。

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SOWW

Author:SOWW
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 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

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