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空想垂れ流し 15.運命と襲撃と(e)

15.運命と襲撃と(e)


「―――イトさん!!フェイトさん!!」
「・・・・シン、君?」
 そこは暗闇の中。恐らくは彼が灯したであろう魔力光の光が朱く世界を照らしていた。
「こ、こは・・・・」
「・・・・・閉じ込められたみたいです。」
 そこは密室の中。そこは廃棄区画内に張り巡らされていた下水道跡。
 明かりなど無い暗闇。肌を刺すような冷気。
「私・・・・生きてる、の。」
 頭が、痛い。記憶が纏まらない。
 自分がどうして此処にいるのか。どうして彼と一緒なのか。まるで記憶が纏まらない。
 最後に見たのはトーレに蹴り飛ばされた瞬間。その時点から自分の記憶は目前に広がる暗闇のように真っ暗で、何も思い出せない。
「わたし、・・・・トーレに」
「・・・・大丈夫ですよ。あいつはもういない。・・・その代わり、余計に酷いことになってるかもしれませんが。」
 言葉は重く、顔色は芳しくない。それは不安と怒りが綯い交ぜになったような表情だった。
 その声と顔色の意味を考えようとして再び頭痛。そして身体を襲う疲労感。
 頭が重い。瞼が重い。身体が重い。
 纏まらない思考。纏まらない感情。
「・・・どういう・・・」
 紡ぐ言葉は途中までしか出てこない。彼の顔がぼやけていく。世界が歪む。輪郭を失っていく。
「・・・・フェイトさん?」
 そうしてフェイト・T・ハラオウンの意識は再び闇に落ちていった。これまで違って寝息は少しだけ穏やかだ―――以前、苦しげではあるものの。赤い瞳は閉じている。身体からも既に力は抜け、規則正しく胸が上下する。
「・・・・寝たのか。」
 呟き、シンは周囲を見渡した。
 そこは既に廃棄されたであろう下水道の一画だ。廃棄されたと言うのは予想ではあるが、確信でもある。下水道というのは汚水を流す場所である。故にその中の匂いというのは非常に酷いものとなる。汚泥や汚物交じりの汚水が流れていくのだから
当然といえば当然のことではあるが。
 だが、此処にはソレが無い。
 廃棄された結果、汚水は流されつくしたのか。それともどこかに亀裂が入って溜まり込んでいた汚水や汚物が全て飲み込まれていったか。真実は分からないが恐らくそのどちらかだろう。
 こんこんと眠り続けるフェイトの額に手を当てる。
「・・・・熱がある。」
 彼女の額は熱かった。
 昔――それも思い出せないくらいに昔の経験から考えると熱さの程度からして38℃前後というところだろう、とシンは辺りをつける。
 明かりを灯し、暖を取り続けるバルディッシュに声を掛ける。
「フェイトさんの容態は実際どうなんだ?」
『Perhaps a rib is broken.(恐らく肋骨が折れています。)』
「・・・・デスティニー、外部への通信は?」
『Not found.(繋がりません)』
「・・・・まだ繋がらないのか?」
『Yes(はい。)』
 状況は思っていた以上に拙い、とシンは思った。
 正直なところ、此処に逃げ込んだのも敵――あの筋肉質の女から逃げ延びれば、救助が来ると考えていたからだ。だから、とにかくあの場から逃げることだけを考えてここに飛び込んだ。瓦礫にさえ当たらなければ自分はともかうフェイトは助かるだろうと。
 だが、現状は予想とはまるで違う。
 重傷だと思っていた自分の怪我は既に治り―――疲労や倦怠感こそ消えはしないが――逆にフェイトの方が熱を出して寝込んでいる。更には当てにしていた救助と言う芽も消えている。
 ならば、ここで救助が来るまで待てば良いと言う考えも浮かぶ―――だが、その考えを否定する。このままここで救助を待つと言うのは危険すぎる。
 既に廃棄され―――というよりも既に瓦礫同然と言った下水道。
 その上、先ほどの一撃――トーレとフェイトは呼んでいた――がこの付近の瓦礫に甚大な影響を与えたと思って良い。
 現時点ではまだその様子すら見えないが、崩れ落ちるコトが無いとは限らない――むしろ、その可能性の方が高いと思ってもいい。
 そんないつ崩れるとも知れぬ瓦礫の中で息を潜めて救助を待つと言うのは幾らなんでも馬鹿げた考えだ。
「・・・・どうする。」
 思案に沈むシン。いっそ、フェイトを置いて出口だけでも探しに行くべきか―――そんな考えが浮かんだ時、シンの耳に小さな、小さな声が届いた。
「・・・・さん」
 振り向く。その方向には熱に浮かされ、赤面し、苦しそうな表情で―――フェイト・T・ハラオウンが眠っていた。呟きは小さく、か細い、つたない言葉遣い。目じりに見えるのは涙。見れば、身体がガクガクと震えていた。
「・・・・さむい・・・さむいよ・・・・・おかあさん・・・・!!」
 そこに彼の知るフェイト・T・ハラオウンはいなかった。そこにいたのは熱に浮かされ、意識を失い、“誰か”を求める小さな子供がいただけだった。
「くそっ・・・!」
 ガタガタと震えるフェイト。
 瞳は虚ろでまるで目前を捉えていない。肋骨の痛みとそこから生まれる熱。その上、身体を苛むこの冷気。
 額を触れば熱が上がっている。
 手を握るだけでは身体など温まらない。かと言って魔法を使えば精妙な魔力操作はシンには不可能。それだけの技量は彼にはいまだ存在しない。この灯りや暖を取ることとて、バルディッシュやデスティニーのサポート無くては出来なかった。そしてその二つのデバイスは今彼らに熱と灯りを与える為に起動し続けている。
「・・・・これしか、無い、か。」
 言葉を切って彼女を見る。服は既に汗に塗れ用を為していない。その内にこの汗が余計に彼女の身体から熱を奪い去り、身体を冷やす。そして彼女の熱はソレに乗じて上がる。螺旋の如く彼女を追い詰めていく。
 それから救う方法は?守る方法は?
 簡単なことだ。簡単で、そしてシンにしか出来ないことだ。
 逡巡は一瞬。そして覚悟は直ぐに決まった。
 ―――後から彼女にどう思われるかなど分からないがそんなことはどうでもいい。まずは彼女を守ること。助けることこそが先決であろうと。
 シンはおもむろに彼女の服に手を掛けた。
「・・・・フェイトさん、すいません。」
 呟いてシンは彼女の服のボタンに手を掛け、一つ一つ外していく。
 鼓動が荒い。緊張しているからだろう。
 これから自分が行おうとしていること。考えてみれば大それたことをしていると思うが、それでもこの場ではこの方法しかない、と思う。多分にシンが思うのはそれが自分の都合の良い欲望が弾き出した結果で無いことを祈るだけだった。
 そして、混沌とする思考を他所にフェイトの服のボタンが全て外れ、シンは彼女の背に手を掛けた。
 寝込むフェイトの背に手を入れ、持ち上げ、彼女の上半身だけを起き上がらせる。
「・・・・フェイトさん、手を上げてください。」
 言ってシンはフェイトの服に手を掛けた。フェイトは言われるままに両手を挙げた。
 瞳を閉じて瞑目するシン。
 上半身だけ起き上がったその体勢だと既にそのボタンを外した部分が垂れ下がり、中身―――フェイトの肌が見えそうになる。
 ドクンと鼓動が跳ね上がる。
「・・・・いいか、シン・アスカ。何かしようとか、そんな気持ちは無いんだからな。これは役割だ。いいか役割分担の一因だ。」
 一人、ブツブツと呟きながらシンはフェイトの服に手を掛ける。
 ゴクリと、喉が鳴る。鼓動が収まらない。煩悩退散煩悩退散と何度も何度も心中で叫んでいるのに鼓動はまるで収まる様子は
無い。さながら胸中で削岩機が唸りを上げているようだ。
 女の裸――別段見るのは初めてではない。
 一時期、赤い髪の彼女と一緒に自堕落に溺れ合っていた自分には“そういった”経験があるのだから。
 だから別に動揺などしない。しない、はずだ。
 しかし―――
「・・・・・う・・・ん」
 フェイトが苦しそうに息を吐く。苦しげなその様子は何故だか余計に艶っぽい声となる。
 シンの喉が鳴る。
 息を飲む。瞳が知らず、露になっていく肌に釘付けになる。黒い下着と対象的な白い肌。白と黒のコントラストが彼女の白磁の肌の白さをより鮮明に浮かび上がらせ――
「ば、馬鹿か、俺は!?何見てるんだ!?」
 シンは即座に瞳を逸らした。いつの間にか露になっていくフェイトの裸身――無論、下着姿である――に釘付けになっていたのだ。
『You are naughty(不潔ですね)』
 どこか冷たいデスティニーの声。
 シンはその返答に瞳を逸らしながら―――無論、フェイトの肢体からもだ――呟いた。
「・・・・だから、これは役割なんだ。いいか、俺は別に・・・・」
『You had better let you change her clothes early?(早く着替えさせた方がいいのでは?)』
 デスティニーの鋭い言葉がシンの心中を抉る。
 実際問題、女性の服を脱がせて言い訳している今の自分は変態と言わざるを得ない。
「・・・うん、そうですね。」
 素直にその言葉を聞くシン。基本的に素直なのだ。
 デスティニーの言う通りにシンは直ぐに彼女の服を脱がせ終え―――つまりフェイトが上半身裸になっている状態で―――シンは呟いた。
「・・・・デスティニー、俺の服、今出してくれ。」
『・・・・』
「デスティニー?」
『・・・・・All right.』
 僅かに返答に間があったが気にすることは無く、シンは光の中から現われた自分の服を彼女に着せていく。
 ―――今、フェイトはバリアジャケット姿ではない。
 バリアジャケットとは魔力で編まれた服型の魔力壁。つまりは魔力そのもの。着ているだけで―――展開しているだけで魔力を消耗する。
 シンはこうなる前に自分の身体にデスティニーが施した魔法をフェイトに出来ないかと聞いてみた。返答は「No.」。
 その返答はシンの予想通りだった。その理由も。
 あれはデバイスの使用者のみの肉体を強制的に回復する魔法。その際に使用される魔力は全て使用者の自己負担。
 通常の回復魔法と違い、誰かに行ってもらう訳ではないので当然である。現在のフェイトにそれを行う―――つまり彼女の
魔力を無理矢理に食い荒らさせデスティニーに回復させる。危険すぎる。瀕死ではないものの既に熱を出して寝込むフェイトにそれを行うのは余りにも危険すぎた。
 例えて言うなら風邪を引いた人間に手術を行うようなモノだ。よほど切羽詰った状況でもない限りそんなことをする必要は無いし、何より危険である。
 故に現状のフェイトにバリアジャケットを展開させるなど愚の骨頂。まるで意味が無い。シンはそう思い―――バルディッシュもそれに同意し―――彼女の服を通常の制服姿に戻していた。
 シンは今もバリアジャケットのままである。バリアジャケットが展開されるメカニズムをシンはよく知らないが――知る気も無いが――要するにそれは“置換”である。
 魔力で編まれたバリアジャケットと通常服を“置換”する。置換された通常服はデバイスの中に圧縮・格納されている。今、シンはそれを利用してフェイトに自分の服を着せようと考えたのだった。
 シンのYシャツとジャケットを羽織るフェイト。無論、裸身ではなく下着姿の上に。目を閉じた状態でそこまで外すような余裕はシンには無かった―――というかそんな発想も思い浮かばなかった。
「・・・・・さむい、よ・・・」
 それでもフェイトの身体の震えは止まらない。身体を覆っていた汗は服を着替えたことで相当に改善されているモノの、純粋に熱が足りていないのだ。冷やされた身体はもっと暖かくなることを望んで震えている。
 違和感。消耗の度合いが大き過ぎる。骨折の痛みと言うだけでは説明がつかない。
「・・・・・これじゃ、まるで。」
 自分が助けられなかった少女を思い出す。
 ―――瞬間、脳裏に過去が写り込む。それは彼女と同じく金髪の少女。戦争に翻弄され、自分が何も出来ずに死んでいった少女。自分が無力だったから死んだ少女。彼女との出会いもこんな風に二人だけの世界で抱き合って、始まった。
 重なる。目前の女性と、写り込む少女が。
 その金髪が似ているから?
 内に隠れた幼さが似ているから?
 分からない。分からない。けれど移り込んだ過去がシンに何事かを感じさせる。
 漠然と感じていた感覚。自分自身気付くことすらなかった感覚。
 ギンガ・ナカジマと共に自分の周りにいようとするフェイト・T・ハラオウンを邪険に扱えなかった理由。
 ギンガは分かる。彼女は恩人だ。そして、この世界に来てからずっと自分と共にいる隣人だ。だからシン・アスカはギンガ・ナカジマを邪険に扱うことは出来ない。それが事実だ。シン・アスカにとってギンガ・ナカジマはある種、特別なのだから。
 ならば、フェイト・T・ハラオウンは?
 ギンガのような理由は彼女には無い。彼が所属する部隊の隊長だからなのか。違う。そんな程度のことでシン・アスカは彼女が近づくことを許容しない。だから、理由など無い。けれど、シンは彼女を邪険に扱っていない。もっと詳しく言うなら、踏み込んでくる彼女に対してシン・アスカは距離を取れなかった。理由など一つも無いと言うのに―――だが、もし、理由が“あった”ならば?
 写り込む過去が教えるのはソレだ。
 フェイト・T・ハラオウン。
 ステラ・ルーシェ。
 何が似ている訳でもない。何が近い訳でもない。顔のつくりはまるで違うし、年齢も何もかもが違うのに――――フェイト・T・ハラオウンはステラ・ルーシェに近似している。相似ではない。酷似でもない。近似しているのだと。
 胸の奥に潜む“ナニカ”がシンの脳裏にそう伝えている。
 そのナニカが何なのか、シンにさっぱり分からない。けれど、それは確かな事実としてシンの脳裏を侵食し―――
「・・・・どうでもいいだろ、そんなことは・・・・!!」
 一瞬、シンの脳裏を流れた考えを即座に破棄し、どうでもいいことだ、と一蹴する。
 目前には寒さに苦しみ、震えるフェイトがいる。
 シンの瞳の困惑が消え、覚悟の光が到来する。
 目の前で、苦しむ“少女”一人救えなくて何が守り抜く、だ。自分はいつだってこういう時の為に存在しているんじゃなかったのか。
(ああ、そうだ。だから俺は・・・)
「・・・・ごめん・・・!!」
 謝りながらシンはフェイトの腕を掴んだ。そして、強く自分の元に引き寄せる。治療というには程遠いかもしれない、けれど彼の頭にはそれしか浮かばなかったから。
 ぎゅっと力強く抱き締めた。この身体の熱を全て彼女に与えるように。
 そうして、数十秒。彼女の身体の震えが少しずつ少しずつ収まっていく。彼女の手がシンの背中に伸びる。
 もっと暖かくなるように・・・・抱き締めるように。二人の体温が溶け合っていく。
「・・・・・・・あったかい・・・」
 フェイトの声が――穏やかに変わる。今、フェイトはシンの胸に引き寄せられるようにして顔をというか身体全体を彼の身体にくっ付けている。いわゆる“人間抱き枕”状態である。
 シンの顔は赤面し、目を閉じている。幼子が眠るように無邪気に瞳を閉じて眠りに着こうとするフェイト。それを邪魔しないように一心不乱にその身体を暖める為に抱き締めるシン。
「・・・・・あ・・たた・・・かい・・・・おかあ・・・さん」
 言葉は徐々に途切れ途切れに。気がつけば聞こえてくる寝息は先ほどまでとは明らかに違う安らかな寝息。彼女の胸が上下するのを感じる。少しずつ彼女の身体が暖かくなっていくのを感じる。
「・・・・落ち着いたのか。」
 すうすうと穏やかな寝息を立てるフェイト。無邪気な寝顔。子供のように幸福を享受することが当然なのだと信じている穏やかな寝顔だった。
「・・・・・・・ステラっていうか、こうしてるとマユみたいだな。」
 ぼそり、と呟いた。
 マユ・アスカ。故人である。シン・アスカの妹にして彼に刻まれた消えない名前。恐らく未来永劫忘れることは出来ない名前。彼にとって初めての喪失の相手である。
 自分を抱き締める―――自分が抱き締めているとも言えるフェイトを見て、ふと思い出した。
 脳裏に蘇るのはいつの記憶だろう。もう5年以上前―――まだ、ザフトに入る前のことだ。マユ・アスカはシンによく懐いていた。両親が仕事柄家を明けることが多かったせいだろう。
 こうやって彼女が熱を出した時はいつもシンが付きっ切りで看病していた。――無論、人間抱き枕などということはしたことがあるはずも無いが。
 昔の経験というのもその頃のこと。マユを看病していた時の記憶から引っ張り出してきただけのことだ。その時の経験でフェイトの熱がどれくらいか、分かったのだ。
 ―――彼にしてみれば、まだそんな記憶が残っていたことが驚きではあったが。
「・・・・おかあ、さん」
 呟きはか細いまま、途切れることなく続く。涙も止まることなく流れ続ける。何度も何度も。その様子を怪訝に思いながらもシンは無言で彼女の頭を撫で続ける。
 優しく、優しく。撫でられた本人が安心出来るように、優しく。
「・・・大丈夫、大丈夫だから。」
 声の調子は穏やかだ。先ほどまで悪鬼の如き表情で血を吐いて戦っていたようには思えないほどに。
「・・・・あった、かい。」
 声に安心が混じる。それを見て、シンは小さく―――されど決然と呟いた。
「・・・・・守るから。今度こそ守ってみせるから。」
 “今度こそ”。そうシンは呟いた。それは知らず口から出た言葉である。
 それが意味すること―――彼にとってこれは多分、単なる代償行為なのだろう。あの時、助けられなかった、守れなかった彼女―――ステラ・ルーシェやマユ・アスカへの。特に彼女――ステラ・ルーシェには何もしてあげることが出来なかったからだろう。守ると約束した少女。けれど、実際は、力が足りないことで死なせる羽目になった。
 別に力があれば、彼女を助けられたとは今でも思わない。力は絶対ではない。そんなことはよく分かっている―――けれど、力は確実なのだ。
 力があれば、確実にあの末路は無かった。それだけは確信を持って言える。
 だからこそ、今度こそ、と彼は呟いた。それは目前の女性――フェイトに対して侮辱とも言える言葉だろう。それを理解して、けれど、それでも構わないと思った。代償行為―――それでも守ることには意味があるのだと。
 今も彼の心はあの紅い空から動いてはいなかった。それは、至極当然のことではあるのだが。

 二時間が経った。
 シンはフェイトの横に沿うようにして、目を閉じていた。眠ってはいない。身体を休めていただけである。
 本当ならフェイトが寝静まったら直ぐにでも出口を探しに行くつもりだったのだが―――自分を抱き締めた手の意外な強さに諦めた。
 離れようとすると力一杯抱き締めてくるのだ。まるで、置いて行かないでくれと泣いている様で、シンはその場を離れることなく、フェイトの傍に寄り添っていた。時折、うなされるフェイトの汗を拭き、頭を撫で、看病を繰り返す。
 けれど、熱は引くことは無い。無論、シンとて理解している。たかだか二時間眠った程度で身体が治ることなどあり得ない。
「・・・・どうするかな。」
 事実上の八方塞がりである。今のこの状況は単なるこう着状態に過ぎない。天秤が何かしら傾けば一気に崩れ落ちる砂上の楼閣である。
 その時だった。
『I start the reception of data. 3,2,1, reception completion(データの受信を開始します。3,2,1、受信完了。)』
「・・・・どうした、デスティニー・・・・ってバルディッシュ?」
『Yes.(はい)』
 シンの眼前に展開されるA3用紙ほどの大きさの画面。それはマップだった。この状況、この展開からして恐らくはこの廃棄された下水道のマップだろう。
「・・・そういや、フェイトさんとかは何年か前にここで救助活動したんだったな。」
 恐らくその時から保存されているデータなのだろう。
「バルディッシュ、お前フェイトさんを置いて助けを呼べに行けって言うのか?」
『No.』
「じゃ、どうしろって言うんだ?」
『Please leave here with a master together.(一緒に此処を出てください。)』
 その言葉―――デバイスの返答を言葉と言って良いものかは分からないが―――シンは溜め息を付く。マップには確かに精妙な地図が記されている。
 だが、シンが先ほどから逡巡していたようにこのマップも恐らくは信用ならない。何故なら――
「・・・・・このマップっていつのだ?」
『5Years ago(5年前です)』
 5年前。それは恐らくこの下水道が廃棄される前の地図だ。瓦礫となった施設の内部を歩くのに瓦礫となる前の地図を使用する。方法論としては確かにソレしかない。
 だが、それでも危険に思える。何故なら、この地図の通りに歩いたからと言って、この地図の通りに辿り着くとは限らないからだ。
 無論、バルディッシュもその程度のことは理解しているだろう。だから、これは順当の策に思えて実際は一か八の意味合い―――つまりは賭けに近い。
「・・・・それでも、か?」
 だから、シンはバルディッシュに向けて確認する。だが―――
『Yes』
 その返答は問答無用のイエス。即断である―――と言うよりも既に答えは出ているのだろう。このデバイスは賢い。そして何よりも主の安易を第一に考えている。そんなデバイスが主の安否を自分に預けると言っている。
 もう一度溜め息をするシン。そして、傍らのデスティニーに向けて、口を開く。
「・・・・デスティニー、バリアジャケット残して、待機しててくれ。通信はこの後5分毎に繰り返し続けてくれ。返答が無くても構わない。とにかくやり続けてくれ。」
『All right.』
「バルディッシュ、お前もデスティニーと同じように待機しててくれ。通信も頼む。」
『Sir.yes sir.』
 フェイトの身体から手を―――と言うか身体を引き離す。どうやら寝入っていたらしい。先ほどまでとは違い、抱き締める力が弱くなっていた。
 そしてその身体を再び抱き上げる。
「・・・フェイトさん、行きますよ。背中に乗ってください。」
「・・・・う・・・・ん」
 瞳が開く。けれど、その顔は言葉の意味を理解しているのではなく、ただ言われたことに従っているだけのようだった。
 フェイトが力無く彼の背中に抱きつく。シンの手が彼女の身体を自分の背に乗せるようにして持ち上げる―――何か柔らかい部分に当たったが気にしない。不可抗力だと自分に言い聞かせる。
「・・・思ってたより、全然軽いんだな・・」
 背中に感じる重み。それはまるで羽根のような軽さだった。本当にそこにいるのか、疑いたくなるほどに。
「デスティニー、マップ表示してくれ。」
『All right.』
「・・・じゃ、行くか。」
 背中に感じる重みと熱。それを感じながら歩き出す。
 それはどこか子供をおぶって家に帰る親子のようだった。

 思うことは一つだけ。
 暖かい背中だった。眠りにつくことを享受したくなる暖かさ。
 自分が守られていることを実感できる温かい背中。この暖かさがあれば何にもいらない。そう思えるほどに、それは魅力的な背中。
 暖かく、守られたいと思える背中だった。
 守ることしか知らなかった。
 自分は生まれた時からずっと誰かを守りたいと言う想いを持っていた。
 アルフ。お母さん。母さん。お兄ちゃん。なのは。はやて。すずか。アリサ。キャロ。エリオ。
 自分には力があったから。
 鍛えれば鍛えた分だけ力は応えてくれた。だから、ずっと知らなかった。本当に全身全霊で“守られる”と言うことを。
 その暖かさを―――自分は一度も知らなかった。
 彼は私とはまるで正反対。何度鍛えても力は応えてくれなかった。
 私に流れ込んでくる記憶は誰のモノなのだろうか。彼を背後から見つめるようなこの視線は。
 詳細はまるでわからないけれど、彼がずっと誰かを“守りたかった”ことだけは理解出来た。そして、その末路も。
 金色の髪の少女を。
 赤色の髪の少女を。
 その全てに裏切られて―――守ることは一度も出来ずに、彼の戦争は幕を閉じる。
 そして、それから2年と言う歳月を彼は戦争での帳尻あわせをするかのようにして戦い続ける。守れなかったと言う後悔を埋めるように、ただただ戦う日々。その果てに彼は縋り付いていた平和にすら裏切られて―――彼は此処ミッドチルダへとやってきた。
 ミッドチルダにやってきてからの彼。初めはまるで無気力でやる気が無かった。
 奪われたからだ、力――――違う、願いを。
 そんな無気力な時間の中である少女が浮かび上がる。
 ギンガ・ナカジマ。青い髪の少女。
(・・・・だから、ギンガは特別なんだ。)
 彼女の放った一言。それが現在の彼を作り出した一因。守ることを喜べ。別にそれが直接の原因では無いだろう。
 ただ、それを切っ掛けとして彼は“気づいた”自分のやりたいこと―――やるべきことに。
 だから、彼にとって彼女は特別。彼の瞳が捉えた守るべき存在の一人。自身を破滅から救ってくれた一人の少女。
 彼自身気づいていない・・・・けれど、彼女は彼にとって間違いなく特別な一人。
 ズキン、ズキン、と胸が痛む。まるで悪性の心臓病にでもかかったように痛みが治まらない。
 呼吸が出来ないほど、暖かさに安心していたのに、その痛みだけで私はまた涙を流しそうなほどに悲しくなり―――そして次に彼の瞳が捉えたのは・・私、フェイト・T・ハラオウン。
 胸がドクンと鼓動した。
 そして、頬が赤面する。身体が熱くなる。幻影でしかない自分の身体を抱きしめる。この熱が逃げて欲しくないから。
 もっと自分の中に沈みこんで欲しいから。
 ギンガは守るべき人。特別な守るべき人。そして私も彼にとっては守るべき人だった。無論、ギンガほどに特別では無いが。
 ギンガは言った。彼を守る、と。
 理性はそう言っている。彼女と同じ道を辿るべきだと。いつか終わるだけの彼を守る―――それはきっと良い事だ。
 あの時、ギンガが怒った理由が理解出来る。彼は・・・・シン・アスカは本当は守られるべき存在だ。いつだって前だけ向いて突き進むしか“無い”彼こそが本当に庇護されるべき存在。何も知らない私がそれを否定できるはずが無い。
 けれど、だって言うのに、自分は。自分の本音はそれとはまるで違う道を求めている。
 理性では抑えられないほどに。身体を熱く疼かせるこの想いは、私に一つの道を教えている。
 ――フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは彼に守られたい。
 それを自覚した瞬間、胸が熱くなって、大きく鼓動した。
 罪だ。これは彼に甘えることに他ならない。
 ギンガ・ナカジマは決してそんな自分を許さないだろう。
 ああ、けれど、それでも―――自分は彼に甘えたい。守られたい。
 だって、これは彼を理解した上で利用することに他ならないのだ。
 涙が毀れる。
 自分がどれだけ罪深いのかを自覚して。けれど動き出したこの幼い恋慕はソレを止めることを決して許さない。
 あの手で抱きしめられたい。彼ともっと触れ合いたい。彼の赤い瞳で見つめられたい。もっと彼に自分を見てもらいたい。
 自分は、もう、彼から離れられない―――否、離れたくない。もっと、もっと彼に甘えていたいのだ。
「・・・イトさん」
 声が聞こえる。声が聞こえる。
 その声は私を駄目にする。溶かしていく。けれど、もう駄目だ。
 私はその声を聞いた瞬間、踊る胸を知覚してしまったから。
 条件反射のようにフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは彼に守られたいと思ってしまった。
 夢が覚める。意識が現実へと落ちていく。覚醒する意識。その最中―――声が聞こえたような気がした。
 幼い、けれど快活な少女の声を。
 それが誰の声なのかは良く分からないけれど―――どこかその声はシンに似てる。そんな気がした。

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 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

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