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空想垂れ流し 14.運命と襲撃と(d)

14.運命と襲撃と(d)

「くっそっ・・・!!!」
 エリオ・モンディアルがその手に持つ槍―――ストラーダを再び、構える。
 足場の無い空中での戦闘は分が悪い。そう判断したシグナム、エリオ、キャロの三人は戦闘の舞台を地上に移していた。
 そこならばエリオ・モンディアルの高速機動戦闘を遺憾なく発揮出来る、という目算でだ。
 事実、先ほどからエリオ・モンディアルの攻撃は何度と無く敵の身体中に届き直撃している。
 そして、その援護を受けてアギトとユニゾンし遺憾なく力を発揮するシグナム。
 速度と力による連携。そしてそれを支える後衛。それは傍目には安心を生み出す光景である。此方が優勢である、と。
 だが、何度目かの攻撃を終えた後にエリオは思った。
 ―――通じていない、と。
 彼らは勘違いをしていた。
 本来ならばライトニング分隊において最大戦力に位置するフェイト・T・ハラオウンにこそ最大戦力を当てる、と。
 最優、もしくは最強のスペックには同じく最強を当てる。それが定石である。
 故に、ナンバーズ・トーレこそが敵の中で最も強いのだ、と。
 だが、それは否だ。断じて、否。
 彼女達は知らないが、ウェポンデバイスとは小規模次元世界の作成を用いて、モビルスーツを人型サイズにまで圧縮したモノである。
 ウェポンデバイスを相手にすると言うのは即ちモビルスーツ―――全高およそ十数mの鋼の塊を相手にするのと同義である。
 見た目が人間サイズだからと安堵することは出来ないのだ。
 彼らウェポンデバイスが放つ光熱波は即ちCE世界にて猛威を振るったビーム兵器そのもの。その手に持つ格闘武器は即ち鋼を砕き破壊する殺戮鈍器そのもの。
 その重量も。その装甲の厚さも。その装甲の質も。
 全て、モビルスーツと同じなのだ―――いや、違う。プロヴィデンスがドラグーンを地上で使えたように、魔法というCE世界には存在しなかった技術を取り入れたことでその性能はCE世界で稼動していた時よりも向上していると言ってもいい。
 また、機械である以上は避けて通れない電気や水への耐性。魔法という技術を利用すれば、そんな弱点など簡単に防護できる。
 つまり、ウェポンデバイスとは人間ではない。モビルスーツという機動兵器そのもの。
 スターズ分隊の連携攻撃―――ディバインバスターとリボルビングステークという二つの一撃必倒で倒せなかったのも当然である。全高十数mの鉄の塊―――しかもその装甲はフェイズシフト装甲という打撃や斬撃という物理衝撃に強い特殊な物質である――が倒せるだろうか。
 冷静に考えて無理である。装甲の厚さ。装甲の質。そして重量。
 速度や技術などを帳消しにする圧倒的な攻撃力と防御力。それがウェポンデバイス。
 ナンバーズ・トーレ。彼女は比類なき強者だ。だが、彼女であっても真正面からの戦いでウェポンデバイス
には勝てない―――無論、彼女は真正面以外からの戦いを挑むであろうが。
 真正面からのぶつかり合いでウェポンデバイスを倒せるのは同じウェポンデバイスかモビルスーツのみである。
 現状で効果がある攻撃があるとすれば、それはシグナムとアギトの火龍一閃それのみである。それ以外の攻撃は全て“通用しない”。
 自然、エリオ・モンディアルはキャロ・ル・ルシエのブーストを受けた上での持ち前の高速機動による撹乱と回避しか出来ることは無くなる。
 シグナムはその撹乱によって生まれる隙間を縫うようにして攻撃を行い、尚且つガジェットドローンの掃討を行わざるを得ない。
 そしてキャロ・ル・ルシエは後方での援護に専念する以外にない。
 攻撃が通用しない以上、彼らのこの判断は当然であり、敵の攻撃一度でも喰らえば肉体は肉片に成り下がり、その光熱波が一度でも直撃すれば肉体は蒸発する、と言う以上は当然である。
 以前、エリオやフェイトが咄嗟に張った防御魔法によって攻撃を凌いだのは彼らの魔法が秀逸だからということもあるが、それと同時に巧妙な出力操作をクルーゼが行っていたからだ。
 殺さないように且つ苦しむように。
 目前の黒いウェポンデバイスにはそんな“感情”は無い。今も“殺すな”という命令を受けているからこそ、死なない程度の攻撃を繰り返しているだけだ。
 だから、彼女達は、勘違いをしている。
 彼らの目前に立つ、黒色の鎧騎士―――レイダー。意思や感情を持たない彼らウェポンデバイスこそが敵にとっての最強。
 生きる屍として存在する彼らこそがこの場における最強の個体なのだ。
「くそっ・・・!!このままじゃ・・・」
 毒づくエリオの脳裏を嫌な想像が掠めていく。それはあの化け物との戦いを思い起こして。
 あの時、エリオ・モンディアルは何も出来なかった。無力にただ倒され、囮として使われる弱者だった。
 目前の敵。それはあの時と同じモノだとエリオは感じていた。
 火力。防御力。そして、得体の知れない強さ。
 目前の敵が打ち出す鉄球。撃ちだされる度に巨大化し、周辺の建物を薙ぎ倒し、地面に突き刺さり、そしてそれを軽々と―――まるで手足のように自分の元に“縮小”しながら戻す。
 巨大化。そして縮小。これはあの化け物と同じだった。エリオ・モンディアルの中には成す術無く倒されたその記憶が色濃く残っている。苦手意識と言っても良い。
 それが彼の動きを鈍らせている―――わずかばかりに。
 エリオ・モンディアル。彼はこの年齢にして、多くのモノを置き去りにする代わりに多くの経験を獲得してきた。死線を潜り抜けた。魔導師としての実力は同年代の中では規格外とさえ言って良い。
 だが―――
「はああああ!!!」
 ストラーダによる高速機動からの突貫。本来ならこれで終わりだ。ソニックムーブと言う高速移動とブリッツアクションと言う高速行動によって加速し、更には電撃を伴った一撃は機械であろうと魔導師であろうと一撃で行動不能に落とし込む。
 その一撃に対して何を思うことも無く、黒い鎧騎士は右の手から鉄球を再び放り投げてくる。瞬間、巨大化。エリオはすぐにソニックムーブでその場を離脱する。
 焦燥が彼を支配する。
 本来ならコレでいい。彼がキャロのサポートを受けて撹乱し、シグナムが必殺の一撃を加える。それがベストである。
 だが、シグナムはそれだけに集中する訳にはいかない。ガジェットドローンの“掃討”と言う役目が在る以上、そちらをおろそかにする訳にはいかない。
 焦燥が加速していく。エリオ・モンディアルの攻撃では敵の装甲は貫けない。けれど、敵に損傷を与えることの出来る攻撃を放てるシグナムはこちらに集中できない。集中したが最後、今度は数の暴力で押しつぶされる。キャロ・ル・ルシエは元よりそういった戦いに向いていない。無論、召還魔法は強力ではあるが、現状でさしたる効果を生み出せる訳でもない。
 膠着状態。そして長引けば長引いた分だけこちらが不利になる。黒い鎧騎士が体力を消耗するのかは分からないが、少なくともガジェットドローンは機械である以上は疲れを知らない。
 考えを巡らせるエリオ。
 敵は鉄球による一撃と口元から発射される光熱波を主とした攻撃手段として扱っている。そしてここまでの攻防にて気づいたのだが、電撃を伴った攻撃は多少なりとも効果があると言うこと。
 無論、著しい効果ではない。せいぜい、動きを僅かに鈍らせる程度。だが、鈍らせるだけでも僥倖である。単なる刺突や斬撃では動き一つ止めることも出来ないのだから。
 付け入る隙があるならば、それは弱点であり―――それがあるならば、やりようなど幾らでも在る。エリオ・モンディアルが彼なりに考えて出した結論である。
『キャロ、いい?』
 エリオがキャロに向かって念話を送る。
「エリオ君?」
『僕のストラーダにブーストをかけて欲しいんだ。』
 エリオの言葉。その言葉の調子にキャロは
「・・・・・懐に入り込んで一撃を加えるの?」
『・・・うん、多分、それしか方法が無いと思う。』
「でも危険すぎるよ。」
『・・・・でもやらなきゃ。シグナム副隊長はガジェットに集中しなきゃならない。僕らがやるしかないんだ。』
 静かに、断言するエリオ。その言葉を聞いて彼女―――キャロ・ル・ルシエも覚悟を決める。
 そうだ。その通りなのだ。危険を恐れて何が機動6課なのだ、と。
「・・・・うん、信じたからね、エリオくん。」
 二人の瞳に覚悟が写る。それは子供だからこその純粋な決意。決して自分達を止める者などいないと信じている。
 それは幼いが故の一途さ。
『キャロ、行くよ。』
 エリオの呟き。始めると言う合図。
 キャロ・ル・ルシエが言霊を紡ぐ。
「我が乞うは、疾風の翼。若き槍騎士に、駆け抜ける力を。」
 一つ目のブースト。ブーストアップ・アクセラレイション。
 その名の通り、機動力を上昇させる魔法である。
「猛きその身に、力を与える祈りの光を。」
 二つ目のブースト。ブーストアップ・ストライクパワー。
 対象の打撃力を上昇させる魔法である。
「――――ストラーダアアアア!!!!」
 叫びと共にストラーダが変形する。デューゼンフォルム。基本形態―――スピーアフォルムの側面部に4機現出し新たなノズルが現出し、それに合わせて各部が変形する。その外観が示す通り、この形態はスピーアフォルムよりもより高速近接戦闘に特化した形態。推進加速を使用し斬撃・刺突の強化だけにとどまらず、推進方向を制御することで、限定的な――本来の用途ではない――空戦すら可能とする形態である。
 キャロ・ル・ルシエの機動力・打撃力のブーストに加えて、エリオ・モンディアルの高速機動特化形態のストラーダ。
 彼らの思考は至極単純である。
 強大な敵に小細工など不要。全力全開、己が最強の一撃で以って貫き穿つ。ただそれだけ。
「うおおおお!!!」
 叫びと共にストラーダが紫電を纏う。エリオ・モンディアルの姿が掻き消える。高速移動―――ソニックムーブである。
 加速。瓦礫―――戦闘で既に破壊されたビル郡である――を蹴って、方向修正。上空に向かって走る。
 加速。敵がエリオに向かって鉄球を振りかぶる。キャロ・ル・ルシエの従える竜―――フリードリヒが炎――ブラストレイを放った。
 加速。敵がそちらに一瞬、気を取られる。エリオ、その一瞬で方向修正。狙うは装甲の隙間。間接部分。
 最大威力で魔力変換。
 電撃の威力はこれまでの比ではない。
 打撃力強化によってその一撃の威力はシグナムにも劣らない。
 加速した速度による一撃の威力はフェイトの大剣にも匹敵する。
「紫電――――」
 その一撃は単純にして明快。基本にして究極。魔力を自身の適性上の変換を行い、それを高密度に武器に付与し、打撃―――もしくは斬撃として撃ち込むと言うただそれだけの一撃。
 それは魔力変換資質を持つベルカ式術者の基本にして奥義とも言える“技法”。
 それは進路上の全てを突き穿つ雷鳴の槍。
「一閃――――!!!」
 狙い違わず、エリオ・モンディアルの繰り出した紫電一閃は黒い鎧騎士のその装甲の隙間―――間接部分に接触する。
 感触は鋼を切り裂くが如く。電撃を伴った斬撃は敵の肩と腕の付け根の部分を貫いた。
「これで・・・・!!!」
 間髪入れず、エリオはそこからもう一度紫電一閃を繰り出そうストラーダを握る手に力を込めた。接触状態からの最大威力による電撃。如何に敵が人間離れしていようとも、それほどの電撃を流せば機械だろうと人体だろうと、損傷を与えられることは明白である。
「終わ・・・・・」
 ―――そう、言い終える前に、敵の右手がエリオに向けられていた。そして掌に穿たれている“穴”がエリオを直視する。
 エリオ・モンディアルの全神経が警鐘を鳴らした。緑色の光がそこに灯った。
「エリオくん!!」
 キャロが叫ぶ。悲鳴を上げた。
「――――!!!」
 エリオは無言で―――声を出す暇などまるで無かった―――再びソニックムーブを発動。敵の身体を台にして全身全霊でその場を離脱する。
 瞬間、掌から発射された光熱波がそれまでエリオがいた場所を突き抜けていき、そして―――先ほどエリオが台として使用した瓦礫に命中した。瞬間、爆発が起きた。
 それはアフラマズダと言うビーム砲である。モビルスーツ・レイダーの掌に設置された近距離でのビーム砲撃装備。無論、レイダーはこの一撃をエリオが回避出来る速度と威力で発射している。
 本来の威力で放てば、回避しようとしたエリオの身体を消し炭にしていてもおかしくはない。
 間髪いれずに敵が鉄球をエリオに向けて放つ―――エリオ・モンディアルは未だ着地していない。
「ストラーダ!!!」
『Sonic move』
 ストラーダの返答と共にエリオが加速。同時にストラーダの側面に現われたノズルからバーニアの如く魔力が放出される。
 最大威力。余裕などは欠片も無い。
「・・・・・・」
 加速した世界の中で、紙一重の差で目前を通り過ぎていく鉄球。
 巨大な鉄球が通ることで起きる乱気流―――エリオ・モンディアルには飛行の魔法は無い。彼は“飛べる”だけで留まることは出来ない。そして、乱気流に巻き込まれ、エリオがストラーダからの魔力放出で必死にその場から撤退しようとした瞬間―――エリオは息を呑んだ。
 黒い鎧騎士。その口元の辺りが赤く輝き、エリオとは違う方向―――キャロ・ル・ルシエの方向へと向いているのだ。
「キャロ!!」
「え?」
 キャロ・ル・ルシエは恐らく状況を理解できていない。その射線上に自分がいることに。
 ―――今、彼女は死ぬ間際の危機に晒されていることに。
 赤い光が、放たれようとする。
「くっ―――!!!」
 シグナムが現状に気付き、ガジェットドローンとの戦闘を全て破棄し、キャロ・ル・ルシエの元に馳せ参じようと急ぐ―――だが、その行く手を遮るドローンの数は未だに40を切っていない。
 火竜一閃ならば一撃で倒せよう。だが、その一撃を放ち終わった時には既にキャロ・ル・ルシエは消し炭だ。
「うわあああああ!!!!」
 エリオが絶叫と共にソニックムーブを発動。高速移動下に身を移す。迅雷の速度で敵の身体に一撃を加えようとストラーダを振り被り―――その眼前に現れるは黒い鎧騎士の左手。掌に穿たれた穴がエリオを見つめていた。
「―――――え」
 緑色の光が、灯った。
 一瞬、肉体が硬直する。
 死の恐怖なら何度か味わっている。だが、これは違う。これは“死の実感”。確実に、間違いなく、紛うことなく、死ぬ。
 それは、高層ビルから下を覗くことに似ている。
 それは、高速道路を走る車の傍に立つことに似ている。
 それは、自動車が高速でスピンした時に似ている。
 それは―――死を待つだけの瞬間。
 為す術無く、抗う術無く、払う術無く、何もかもを“喪う”瞬間。
 動けない。動けない。動けない。
(嫌だ。)
 死にたくない。死にたくない。死にたくない。
(嫌だ。)
 死にたくない。
 何よりも、誰よりも、たとえ“全てを見捨てて”でも。
(死にたくない――――!!!!)
 声を枯らすほどの絶叫。発動していたソニックムーブを継続。
 ストラーダの狙いを“キャロ・ル・ルシエを狙っていた口元”から、“自分を狙う左手”に変更。
「紫電―――」
 それはそれまでのどの一撃よりも強く、鋭く、そして何よりも、誰よりも、ただひたすらに速く―――
「一閃―――!!!」
 爆発が起きた。これまで一度足りとも届かなかった一撃。それが此度の一撃だけは穿ち貫いた。
 黒い鎧騎士がたたらを踏んで後退する。キャロ・ル・ルシエには光熱波は発射されていなかった。
 その一撃を放つよりも速く撃たれたエリオ・モンディアルの一撃が影響したのだろう。
「・・・・・・」
 沈黙。そして、闇に戻るようにして、黒い鎧騎士がその姿を消していく。
 エリオ・モンディアルは地面に落下しながら、それを呆然と見つめていた。
 攻撃を放った態勢そのまま、彼は何かが抜け落ちたような顔で消えていくその様子を見つめていた。
 その姿が完全に消える―――同時にエリオは地面に着地していた。
 膝を付き、彼は地面に座り込んだ。
 両手で自分の身体を抱くように押さえ込む。ガクガクと身体が震え出した。
『エリオくん、大丈夫!?』
『エリオ!!大丈夫か!!』
 キャロとシグナムの声がエリオの耳に届く。その全ては彼を心配する声。けれど、
「・・・・・僕、は。」
 エリオ・モンディアルの耳には誰の声も届かなかった。
 呆然と両の掌を見つめる。
 彼だけは知っていたから。自分が今、何を選んで、何を選ばなかったのか―――誰を見殺しにしようとしたのかを。
 自分は、今、自らの命欲しさに大切な仲間の命を意識の外から捨てたのだ。見殺しにしようとしたのだ。
「僕は・・・キャロを・・・・・」
 ―――見殺しにしようとした。
 最後の一言は言葉にもならなかった。
 情けないとか悔しいとかではなく、エリオ・モンディアルは生まれて初めて殺意を抱くほどに自分を信じられなかった。

 戦いがあった場所から遠く、遠く。
 空間に展開した画面を見つめる影があった。
「素体候補は誰がいいかなどと聞くから当てが無いのかと思えば・・・・いるじゃないか、最高の素材が。」
 白い仮面。その下に亀裂の入った破滅の笑顔を浮かべた一人の男。
 男の名はラウ・ル・クルーゼ。仮面の外道。
 男の視線が見つめる先。そこには赤毛の少年―――地面に呆然と座り込むエリオ・モンディアルの姿があった。
 力無く呆然と座り込むその姿。先ほど最後の一撃を発した時とはまるで違うその姿を見て男は思った。
「・・・・エリオ・モンディアル―――君は、最高だ。」

「・・・・・こ、こ・・・は。」
 暗い闇。その中で朧気な光が灯っている。
 一つは金色の光。もう一つは朱い光。
 金色の光はバルディッシュアサルト。朱い光はデスティニー。
 デバイス内に格納されていた魔力を利用して明かりを作り、暖を取っていたのだ。
 その二つが照らし出すことで漆黒とも闇が弱まり、カタチを映し出している。
 恐らくは既に廃棄された下水道。カサカサと周囲を走る小さな動物の足音。流れる水の音。廃棄されていると言う時点で流れているのは下水ではなく、どこかから染み出した雨水や湧き出した地下水。
 恐らくそんなところだろう、とシンはあたりをつけた。そして、自分が強く抱き締めていた柔らかいモノに今更ながらに気がつく。
 金色の髪の女性。自身が所属するライトニング分隊の隊長――フェイト・T・ハラオウン。
 口元からは苦しげではあるものの呼吸が繰り返されている。それを見て、シンはほっと息を吐き―――自分の身体の変調に気がついた。
 確かに身体は鉛のように重く、瞳を開けることすら億劫なほどに肉体は疲れ切り、同時に凄まじい倦怠感が残っている。
 身体の中に重りを仕込まれたかのように。
 だが、本来ならそれ以上に自分は苦しんでいなければおかしい。
 先ほど吐血した光景を思い出す。あの量の吐血であれば、内臓破損の可能性が最も高い。
 で、あれば自分は今頃起き上がるのが億劫どころか、死んでいなければおかしい。よしんば生きていたとしても腹部の痛み―――もしかしたら痛みを感じることすら出来ないかもしれないが―――で苦しんでいるはずなのだ。
 だから、この状況はおかしい。起き上がるのが億劫とは言え、“生きている”この状況は。
 そこでシンはふと思いついたように口を開いた。今も明かりをつけて暖を取ろうとしている自身のデバイスに向けて。
「・・・・あの、回復、魔法の・・・・効果、か、デスティニー?」
『Exactory(その通りです。)』
 即答するデスティニー。どことなくその口調は、胸を張って自分の行いを誇る子供のような即答だった―――ようにシンには思えた。実際はどうか分からないが。
 リジェネレーション。デスティニーが行える回復魔法の一つである。それによって自分の肉体は疲労や倦怠感と引き換えに、“生きている”状態にまで回復したと言うことだろう。
 その原理はシンには分からないが、とりあえず助かったことが分かれば十分だった。
「そっか・・・・・悪い、な。」
 途切れ途切れの言葉。
『You are welcome(気にしないでください。).』
 何も問題は無いとデスティニーは言いたげに返答。その返答を聞いてシンの身体から力が抜けていく。
 胸に抱き締めたフェイト・T・ハラオウンの身体の暖かさのせいかもしれない。瞳を開いていられない。眠気が襲い掛かる。
「・・・ちょっとだけ、眠らせ、てくれ。さすが・・・に、身体が・・・・動か、な・・・・。」
 言葉は途中で切れ、シン・アスカはそこで意識を失った。
 後から聞こえてきたのは穏やかな寝息と少しだけ苦しげな寝息の二つだった。

「・・・・・それで二人の安否は分からん訳やな。」
「はい。地下に落ちていく二人を確認することは出来ましたが、その後の詳細はまるで・・・・それと主はやて、これを。」
 シグナムの正面の空間に画面が出現する。
 そこには遠目でよく分からないものの血を吐き蹲るシン・アスカがいた。
 八神はやての瞳の色が少しだけ変化する。
「・・・・これは?」
「・・・・戦闘を捉えていた映像です。これを見る限り危険なのはテスタロッサよりもアスカの方かと。」
 吐き出した血の量。
 夥しいと言う表現の通りにその量は―――彼女は医者では無いので正確なところは言えないものの―――致命的な量に見えた。吐血する、とは言うまでもなく危険なものだ。吐血が示すところはただ一つ。内臓に損傷がある、ということを示す。
 八神はやてはその光景を睨み付けていた。
 その光景―――血を吐いた部分だけではない。シン・アスカとトーレの戦闘全てである。
「主はやて・・・シン・アスカとは何なのですか?」
「―――何とはどういうことや?」
 八神はやての瞳が鋭く変化した。それはシン・アスカに対してのみ見せ付ける瞳。
 人間を捨て駒―――もしくは手駒扱いすることを受け入れた人間の瞳である。
 シグナムの瞳に驚愕が走りぬけた。当然だろう。はやては彼女達の前でそんな瞳を見せたことは一度も無かったのだから。
「・・・・・アスカの強さは異常です。いや、強いだけならいいのです。けれど、“この強さ”はおかしい。魔法の反動で吐血するなど聞いたことがありません。」
「・・・・・そやな。わたしも聞いたこと無いな。」
「主はやて!!私は・・・・・!!」
「・・・・シグナム、シン・アスカのこの戦闘どう思う?」
「・・・・強い、ですね。この朱い光を身に纏ったアスカに勝つのは私でも至難の技です。」
 画面には朱い光を身に纏い、トーレと死闘を繰り返すシンが映っていた。恐らく、この“力”の代償なのだろう。
 どこからこんな力を得たのか、はやてには分からなかったが、その結果としてあの吐血があるのだろう、と。シグナムが激昂―――この場合は驚愕か―――するのも無理は無い。
 命を削る魔法とデバイス。それによって比類なく強くなるシン・アスカ。まるで、予め定められた運命のように、自分よりも強い相手との戦いで相手の強さに喰らい付くようにして強くなる。
 例えばギンガ・ナカジマの時のように肉体の動作系を書き換え、その実力の底上げを行い、達人の域にまで肉体を強化する。
 そして、その強さには代償が常に付き纏う。
 ギンガとの戦いの時は全身を襲う筋肉痛ともう元には戻らないシン・アスカの肉体の動作系。
 今回は・・・・・断言は出来ないが命を削っていることは明白。下手をすれば今頃野垂れ死んでいるかもしれない。
 その思考に辿り着いた時、はやては薄く嗤い―――嗤おうとして、失敗した。
 罪悪感が胸に湧き上がり、表情を侵食しようとし―――寸でのところでそれを阻止した。
 ―――自分に彼を慮る資格は無い。
 その鋼鉄の意志で彼女は表情だけは崩さないことに成功する。そして、シグナムに向かって振り向く。
 その顔には覚悟と決意があった。人の命を使い捨てる覚悟と決意が。
「シグナム、このことは他言無用や。誰にも言ったらあかんで。」
「主はやて・・・・それでは・・・!!」
 激昂するシグナム。だが、はやてはそんな彼女に冷たい視線を突きつけて言葉を止める。
 視線は刃の如き鋭さと冷たさでシグナムの心を刺し抜いた。
「主・・・はやて・・・・・」
「いらん心配はさせん方がいい。ええな?」
 そう言って、呟く八神はやての顔は苦渋など見て取れなかった。
 怜悧冷徹冷酷無比。結果だけを求め、それ以外の全てを雑多だと断じるその顔に苦汁は無い―――だが、シグナムはそれを痛ましげに見つめる。彼女の視線の先にあったもの、それは・・・八神はやての拳。プルプルと震え―――恐らくは爪が食い込み、血を流しているだろうと思われる拳があった。シグナムの目前で紅い血が垂れていく。アスファルトの上に咲いた紅い花はその数を次々と増やしていく。
 激情を押さえ込み、八神はやては何を言うでもなく、戦うシン・アスカの映像を見ていた。
 その激情は誰の為の激情なのか。何を意味する激情なのか。
 怒り、悲しみ、憎悪。シグナムには分からない。はやてが何を隠し、何から自分達を遠ざけているのか、何にシン・アスカを近づけているのか。彼女には何も分からなかった。
「・・・・・」
 シグナムが主である八神はやてから眼を逸らし、周囲に眼をやった。
 見ていられなかったからだ。その姿を。それはどこか自分の望みを全て捨てて主の幸せを願って消えていったあの大馬鹿者―――リインフォースを思い出させて。
 シグナムが逸らした視線。その先には瓦礫に腰を下ろし、俯いたギンガ・ナカジマと沈痛な面持ちで彼女を見つめるスバル・ナカジマとティアナ・ランスターがいた。
 彼女達―――特にギンガにとっては大きな衝撃だろう。
 色恋に疎い―――というかそんなもの知るはずも無い自分には完全に理解できるものではないが、彼女は今、想い人と恋敵が同時に事故にあったのだ。それも生死不明――片方はもしかしたら既に死んでいるかもしれないが―――の事故である。
 通常でいられるはずも無い。
 もし、シンが死んだとなれば、彼女は一体どうなるのだろうか。
 ―――胸が痛い。疼きは大きく、彼女を縛り付けていく。
(・・・・アスカ・・・・頼むから死んでくれるなよ)
 心中の呟きは殆ど祈りに近かった。

「・・・・・ギン姉、大丈夫?」
 スバルの問いかけにギンガは俯いたまま頷く。
「・・・・うん、大丈夫。心配しないでもいいわよ、スバル。」
 嘘だ、とスバルは思った。この場にいる6課のフォワード陣―――少なくとも自分は、彼女が大丈夫な筈がないと知っていた。
 確かに本人同士は気づいていないかもしれない。だが、傍から見ればギンガがシンを眼に掛けていることは一目瞭然である。
 そんな彼が、今、フェイト・T・ハラオウンと共に地下の下水道に落ちていったと言う。
 ―――現時点でギンガ達が知るのはそれだけである。それ以前の状況。つまりシンが吐血したことやフェイトがトーレに敗北したことなどは八神はやてによって未だ伏せられている。
 仮に言ったところで信じられるかどうかは定かではなかった。
 フェイト・T・ハラオウンが敗北し、彼女を敗北させた敵とシンが渡り合ったと言う事実は信じられるものではない。
 これを最初に確認したシグナムも我が眼を疑っていたのだから。
「きっと・・・・大丈夫よ。シンはそんなに簡単に死なない。」
 絞り出すような声。
 ギンガはそう言って顔を上げるとスバルに向かって微笑んだ。
「・・・ギン姉。」
 スバルの沈痛な面持ちは変わらない。その微笑みが何を意味しているのか、彼女は良く分かっていたから。
 彼女―――ギンガのその微笑み、その言葉は誰に向かって言っているものでもない。
 彼女は自分に向かって言い聞かせているのだ。大丈夫だと。決して問題は無いと。
 盲信出来ればどれだけ良かっただろう。けれど、ギンガにそれが出来るはずが無い。彼女はシンが、こうなるだろうことをよく理解していたから。
 ぐっと奥歯をかみ締めた。彼を守ると決めたのにこの体たらく。そんな自分に憎悪すら感じて、彼女は自身の不備を恥じる。
「・・・・・死ぬはずがないじゃない。あの人が。」
 祈るように、彼女は呟いた。
 スバルは何も言えない。姉ではなく、女としての顔を覗かせる彼女に言えることなど何も無かった。

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 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

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