FC2ブログ
空想垂れ流し 13.運命と襲撃と(c)

13.運命と襲撃と(c)


「・・・・これで、終わりか。呆気ないものだな。」
 瓦礫の中、フェイト・T・ハラオウンが瞳を閉じて、気を失っていた。
 その身体中に傷を負い―――だが、致命傷となるような傷は一つも無いことから気を失ったのは傷ではなく叩きつけられた衝撃によってだろう。
「せめて、苦しまぬように一撃で殺してやろう。」
 トーレの右手が大きく朱く輝き出す。現出する“爪”。これまでで最も巨大な―――人間一人程度ならば一瞬で消し飛ばすほどに巨大な爪。その爪を高々と掲げ、トーレは呟いた。
「―――さよならだ、フェイト・テスタロッサ。」
 そして、トーレがその右手を振り下ろした。ここで、間違いなく、フェイト・T・ハラオウンはその命を散らす。
 ―――だが、振り下ろし出した瞬間、彼女の肉体に衝撃が与えられた。
 感じ取るは衝撃だけではない。熱量もだ。直撃した左肩にダメージが生まれる。それはこの戦いが始まってから初めての“直撃”だった。
「あ、がっ・・・・!?」
 全くの完全な不意打ち。トーレは完全に無防備な状態で、防御も耐えることもせずにその一撃を食らうことになった。彼女の左肩から煙が上がる。
 その一撃。その名は“ケルベロス”。地獄の番犬の名を冠された砲撃魔法―――シン・アスカの魔法。
「うおおおおおおおおお!!!」
 デスティニーを大剣形態―――アロンダイトへと変形させ、振りかぶり、全速でトーレに向かって突進するシン・アスカ。
 その背後からは何十発もの朱い間欠泉―――パルマフィオキーナが放たれている。パルマフィオキーナによる連続加速によって通常の何倍もの速度でこちらに突進してきている。
「・・・・・・加勢、か。」
「はああっ!!」
 シンが手に握り締める大剣が朱く輝く。一撃必倒。それは斬撃武装としては破格の威力を有する無毀(ムキ)の大剣―――アロンダイト。
「くうっっ!!」
 トーレ、咄嗟に展開した両手のインパルスブレードでそれを受け止める―――だが、先ほどのケルベロスによるダメージが未だ残っているのか、受け止めきれずにジリジリと押し込まれていく。
「パルマ!!」
 叫び。シンの右手がアロンダイトの柄から離れ、トーレに向けて突き出される。収束し、変換し、吹き上がり出し半円状に膨らむ魔力―――それは破裂する寸前のマグマを連想させる、朱い魔力の間欠泉。
 トーレの両目が見開かれる。全身のライドインパルスが紅く輝く。これまでよりも更に強く、禍々しく。
「フィオキーナ!!!」
 詠唱の咆哮と共にシンの右手から朱い魔力の間欠泉―――パルマフィオキーナが吹き上がった。
 近接射撃魔法パルマフィオキーナ。近接限定と言うことから分かる通り、その威力は並みの砲撃魔法よりも遥かに大きい。これが射撃魔法と言うのは単純に見た目の問題である。吹き上がる間欠泉―――そのイメージで放つ以上は、吹き出す魔力は砲撃のように太く大きいものではなく、細く小さいものとなる。無論、砲撃と違い、溜める必要がない為に出が速い、射程が短いなどの理由もあるのだが。
「・・・・・どうだ。」
 油断無く、シン・アスカは先ほどの筋肉質の女―――トーレが吹き飛んだ方向に見つめる。
 先ほどから彼はずっと二人の戦いを観察し、ケルベロスを狙っていた。
 だが、何をどうしようとも二人の距離は離れず、撃つことは叶わなかった。下手に放てば敵に当たるどころかフェイトに直撃しかねないからだ。
 フェイトのバリアジャケットはいつもと違い、水着と見紛うような軽装である。その格好が戦闘における能力にどれだけの変化を持つのかシンは知らない。もしかしたら見た目に反して防御力は高いのかもしれない。もしかしたら見た目どおりに防御力は低いのかもしれない。
 だが冷静に考えて、水着のような軽装にケルベロスが間違えて当たっても無事なフェイトというイメージが浮かび上がらなかったのでシンは撃たなかった。それは正解である。現在のフェイトのバリアジャケットは速度重視の防御力は皆無に近い。ケルベロスが命中した場合怪我では済まない重傷を負いかねなかった。
 だが、フェイトが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、身動きを取らない状態となり、更には敵がトドメを刺そうと近づいた時、そんなことは頭の中から抜け落ちた。
 トドメを刺す為に動きがゆっくりとしたものに変化したからだ。それは紛れもなく狙うべき隙だった。
 狙いを定め、逡巡無くケルベロスを発射。同時に飛行によって一気に近づき―――と言うよりも突進し、そして至近距離からの一撃を見舞うことに成功した。
 これがここまでにシンが描いてきた軌跡である。
「・・・・・」
 至近距離からのパルマフィオキーナ。
 特に今の一撃はあの一瞬で注ぎ込める全ての魔力を投入した一撃。直撃したならば、どんなに頑丈であろうと意識を根こそぎ奪い取る自信はあった。
 だが、そんな自信を打ち破るかのように彼の心には確信があった。そんな程度で倒せるような敵ではない。そんな確信が。
 そして、その確信の通りに、声がした。
「・・・なかなか、やるじゃないか。不意打ちとは言え、私に一撃を見舞うとは、な。」
 吹き飛んだ方向。その瓦礫の中から筋肉質の女が、何事も無かったかのように現れた。
 ―――いや、何事も無かったなどと言うことはない。良く見ればケルベロスの直撃を受けたその左肩は焦げ付き、全身を覆うラバースーツもところどころに傷が付いている。
「シン・アスカ、だな?」
 女は衝撃で崩れ、顔を覆っていた髪をかき上げ、確認するようにシンに声を掛けた。
「・・・・」
 その瞳を見た瞬間、シンは 無言でアロンダイトを構えた。
 そして、考えた。今、自身の背後にいるフェイト・T・ハラオウン。どう自分を犠牲にすれば彼女を助けられるのか、と。
 シン・アスカ。彼は歴戦の勇士である。その殆どがモビルスーツによる戦闘のみとは言え、戦ってきた年月とその密度、死線を潜り抜け死線に叩き込んできた数などはフェイト・T・ハラオウンやギンガ・ナカジマなどの機動6課の面々とは比べ物にならないほどの経験である。
 その濃密な戦闘経験が彼に言っているのだ。
 目前に佇む女。コレは強者だ。油断もしなければ、遊びもしない、紛うことなき戦士。
 自分では―――少なくとも現在の自分では何をどう足掻いたとしても勝つことは出来ない。確実に殺されるのだと。
 だから、犠牲になる。フェイトを助ける為には―――守る為にはそれしか方法が無いからだ。
 思考は滑らかに。自分を犠牲にする幾多の方法を思考する。
 どう犠牲になればいいか。
 逃げるべきか?背中を見せた瞬間に肉体は真っ二つにされている。
 戦うべきか?敵わない。何をどうしたところで必ず殺される。突進しようものなら数瞬後に肉片と化しているに違いない。 
 そんな死は犠牲でも何でもない単なる無駄死だ。
 ならば、どうする?
 どうすれば、フェイトを助ける“犠牲”が出来る?
「沈黙か・・・・まあ、いい。どの道、やることに変わりは無い。」
 トーレの全身の朱い羽根が輝きを開始する。両の手に再び爪が生まれる。
「死んでもらおうか。」
 言葉と共に爆発する鬼気。瞬間、トーレの姿が掻き消える。高速移動――ライドインパルス。その動きは通常の知覚で追えるようなモノではない。
 脳裏に閃き。肉体はその閃きに刹那の間隙も入れずに追随する。
(ここだ・・・!!)
 掻き消えたトーレ。だが、シンの目はそれを追っていた。シンの書き換えられた反射速度は捉えていた。
 トーレが今、どの方向に移動して何をしようとしているのか、シン・アスカはそれらを読み切ることが出来る。少なくとも眼で追える。
 無論、その動きに対応することなどは出来ない。如何に眼が良かろうと肉体はその動きに反応するようには出来ていない。シン・アスカの肉体にそれだけの性能は無い―――だが、一度だけならその動きに追随することは出来る。
 何故なら彼にはフィオキーナと言う“裏技”がある。身体中から収束した魔力を放出しバーニアやスラスターのように操る。シン・アスカ独自の高速移動。
 ―――朱い瞳が血の如く紅い軌跡を捉える。
 トーレが攻撃しようとする方向は自分の右後方。
 そこからシンの首をその手の刃で切り落とすつもりなのだろう。こちらが何が起きたかを考える暇も与えずに頚動脈を切り裂けば――――否、そんなことをせずとも首ごと刈り取ればそれで戦闘は終了する。
 フィオキーナが発動する。
 シンの右肩前面、そして左肩後方から“同時に”最大威力のフィオキーナが発射された。
 違う方向に同時にパルマフィオキーナを発射した場合、どうなるか。簡単なことだ。肉体は独楽のように回転する―――以前、シグナムとの模擬戦で使用した時と基本的には同じ方法。違うのは発射するパルマフィオキーナの威力とそれに合わせて横薙ぎを行うと言うことくらい。
 シンの肉体が独楽のように回転する。最大威力のパルマフィオキーナによって回転した肉体はトーレが攻撃する前にシンをその方向に“振り向かせる”ことに成功させる。
 トーレの表情に驚愕が浮かぶ。それはありえないことが起こったとでも言わんばかりの表情。そして、シンの全身全霊による回転による威力増加も伴ったアロンダイトによる横薙ぎがトーレの刃と激突する。そのまま鍔迫り合いの状況へ移行する。
「いっけえええええ!!!」
「貴様――――!!?」
 叫び、シンの肉体の後方―――右腰、左腰、右膝、左膝、右肩、左肩、背中の計7箇所から朱い間欠泉が吹き上がり、シンの身体がトーレに向かって“弾け飛んだ”。それはフェイトとは逆の方向―――引き離す為に。敵を、彼女から、可能な限り引き離す為に。
 彼があの一瞬で考えたことはそれだった。
 敵をフェイトから可能な限りに引き離し、救助を要請する。ただ、それだけだった。バルディッシュ――デスティニーに通信させた――には先ほどからずっと救難信号を発信させている。少なくともそうしていれば後から追いついてくるメンバーが場所が分からないと言うことも無い。自分が目の前の敵を押さえ込むことが出来れば、6課の仲間が彼女を救助に来る、と。
「うおおおああああああ!!!!」
 アロンダイトでインパルスブレードを押し込み、パルマフィオキーナの勢いそのままに吹き飛んでいくシン。一瞬で組み合った二人の距離はフェイトから離れていく。だが、
「私の邪魔を・・・・するなぁ!!」
 トーレが全身のライドインパルスを最大規模で発動。
 紅く禍々しく羽根が輝き震える。
 動きが止まる。シンの突進が止められる。態勢は鍔迫り合い。押し込んでいたアロンダイトがトーレのインパルスブレードによって、逆に押し返されていく。
「はああ!!!!」
 裂帛の気合と共に渾身の力でアロンダイトを弾き返すトーレ。
 アロンダイトが跳ね上げられた。シンは態勢を崩し、両の手を広げている―――無防備な状態。隙だらけ。 
 トーレが両手を振りかぶる。紅く巨大な爪がその両手から生まれた。禍々しく美しく輝く爪。無防備な現在の状態で喰らうその一撃はシンの臓腑を抉り、見るも無残な姿へと変えるに違いない。
 その爪が抉った自分を思い浮かべる。
 四肢を失い、臓腑を撒き散らし、身体中を切り刻まれ、肉片と化した自分。人間ではない。畜生の餌以下の自分。
(死ぬ。)
 確信が浮かぶ。間違いなく殺される。場所はフェイトからさほど離れていない。その距離は凡そ数百m。囮にすらなれていない。自分が死ねばフェイトは確実に殺される。
 それは駄目だ。それだけは駄目だ。何故なら、それでは、単なる無駄死にだ。
(ふざけるな。)
 心中での叫び。無駄死にをする為に此処まで来たのではないと叫ぶ心。
 自分がここにいるのは何の為だ―――考えるまでも無い、守る為だ。誰かを、眼に映る全てを。
 死ぬのは怖くない。むしろ問題ないとさえ言える。犠牲となり、誰かを守って死ねるなど最高の一言に尽きる。悔いなど無い。十分過ぎる。
「――――ふざけるなよ。」
 だが無駄死だけは駄目だ。
 無駄に生きて、無駄に死んで、誰も守れずに、ただ消えて行く。
 それだけは決して許せない。そんな“今まで通り”の無駄死を許せるような潔さをシン・アスカは持ち合わせてはいない。
 彼は自身の願いを叶える為に此処にいる。
 その為に力を得た。
 その為に鍛えてきた。
 決して、こんなところで無駄死にする為にいる訳ではないのだ。
 目前の敵の力は万武不倒。どんな裏技を使ったとしても、決して届かない位置にいるのは明白。
 届かせるなら―――少なくとも渡り合うには力が必要だ。それこそ、何もかもを守れるような絶対足る力が。
「そっちこそ―――」
 求めは内に。叫びは外に。
 記憶を掠める幻影。
 家族が見えた。
 妹が見えた。
 守れなかった少女が見えた。
 守れなかった少年が見えた。
 殺してきた誰かが見えた。 
 シン・アスカのココロが稼動する。螺旋模様にくるくると。ゼンマイ仕掛けの人形のように。
 がちり、と音がした。無音の響きが。
「俺の“願い”の・・・!!」
 空気がざわめく。吹き飛ばされた態勢そのままに、シン・アスカの周辺が陽炎のように揺らぎ始める。
「邪魔をするなぁっ!!」
 叫びに呼応するようにしてデスティニーの液晶画面に文字が映る。
『Mode Extreme Blast.Gear 4th ready.』
 デスティニーから放たれた言葉。その瞬間、シンの脳裏で何かが“弾けた”。
 朱い瞳が焦点を失った。広がる知覚。世界を自分のモノとして捉えたような感覚。戦時中、シンを幾度も救い、そして模擬戦の際にシンを“変質”させたあの感覚だ。
 だが、変化はそれだけに留まらない。
 言葉が流れる。デスティニーの液晶画面に。
『Nervous system intervention start――End(神経系介入開始――終了)』
『Life activities optimization――End(身体内部活動最適化――終了)』
『The power release operation preparations start――End(魔力放出操作準備開始――終了)』
『Acceleration start(高速活動開始)』
 畳み掛けるようにして流れていく文字列。それが消えると陽炎のように揺らいでいた彼の周りの空間が朱色で染め上げられていく。それはパルマフィオキーナと同じ朱い光―――というよりも朱い炎。
 そして再び身体中を走り抜ける朱い光。
 ドクン、ドクン、と心臓の鼓動のように明滅し流れていく回路上の朱色。
 明滅は加速する。ドクンドクンという鼓動から、ドドドドドという轟音へと。
「ぐ・・ぎぃ」
 うめき声を上げてシンの肉体が悲鳴を上げた。 
 心臓の鼓動が加速した。身体中の血流が増加する。拡張する血管。血圧が一時的に極端に上昇し、血管が膨れ上がった。同時に肉体が膨張する。血管の膨張に伴って。破裂寸前の肉体。そしてそれを押さえ込む朱い炎。魔力の圧力によって膨れ上がった肉体が元々の大きさにまで縮められる。
 身体中を激痛が走り抜ける。それをシンは奥歯を割れんばかりに噛み締めることで耐え抜く。
 ―――脳内に流れ込む“情報”。デスティニーがシンに送信する現在の状況説明であり、今施された“処置”の内容であり、これより自分がどうすればいいかの指針。
 襲い来るトーレの姿を。その速度は人外の領域。人の反射速度を凌駕した速度。
 だが、シンはその高速の一撃を―――アロンダイトで“受け止めた”。それまでとはまるで違う。ギリギリではなく、流麗なシン・アスカの肉体に定着した“達人”の動きで。
「なにっ!?」
 これまでに無いほどに驚愕するトーレ。驚きは当然だ。
 突然、シン・アスカの反応速度が変化したのだ。
 それまでよりもはるかに速く―――それこそ、これが人間かと疑いたくなるほどの速度へと。
「・・・・貴様、今、何をした。」
 受け止められた爪を前に、トーレが呟いた。
 エクストリームブラスト。現在、デスティニーがシンに施した魔法の名だ。
 この能力もシンの肉体を癒した術式と同じくデスティニーの中に格納されていた魔法の一つ。
 ただし、この能力は今シンに発動している能力とは少し違う。
 元々格納されていたのはシン・アスカのSEEDを強制的に発動させ、神経系に介入し、人の感じ取る“一秒”と言う単位を1/2秒、1/3秒、1/4秒と言った具合に圧縮することで、体感時間を加速させる。
 1/2秒であれば2倍。1/3秒であれば3倍。1/4秒であれば4倍と言った具合に。
 それ自体は肉体を加速させる効果などは無い。本来、この魔法は現在のデスティニーには“組み込まれていない”パーツが生み出す魔法を制御する為のモノである。
 故に本来であれば、この魔法は宝の持ち腐れに他ならない。
 どれほど体感時間を加速しようとも肉体の行動速度は変化しない。
 加速した体感時間に引き摺られて、多少は速くなるかもしれないが、“高速活動”と言うほどには決してならない。
 逆に肉体と脳の時間が乖離し、感覚だけが暴走すると言う行為になりかねない―――本来なら。
 だが、デスティニーには――シン・アスカにはフィオキーナと言う高速移動があった。
 彼の全身を覆う朱い光―――それはパルマフィオキーナそのもの。
 パルマフィオキーナを間欠泉と例えたが、あちらが間欠泉ならば、こちらは太陽から吹き出る紅炎(プロミネンス)。
 肉体そのものを発射寸前――つまり待機状態のパルマフィオキーナで覆い、肉体のありとあらゆる“活動”をパルマフィオキーナによって加速させるのだ。シン・アスカの加速した体感時間に肉体を追随させる為に。
 膨れ上がり破裂しそうな肉体を押さえ込んだのは魔力を圧縮する為である。常に魔力を圧縮することで最大威力のパルマフィオキーナを常に発動できるように、と。
 SEEDによる感覚の鋭敏化と知覚の拡大が、デスティニーによる体感時間の加速を“許容”し、全身を覆うパルマフィオキーナの朱い光がシン・アスカを高速の世界へと誘う。
 その様は正に炎。
 作り変えられた肉体はこの為に。
 書き換えられた神経系はこの為に。
 それが定着し、使用可能と判断され、デスティニーは術式施工を開始した。
 シンの叫びに呼応し、彼の敵全てを打ち倒し、彼の願いを軒並み叶える為に。
 今、この瞬間、人間シン・アスカは姿を消す。そこにいるのは人機一体を具現した戦士の雛形。
「・・・・なるほど」
 ―――シン・アスカは炎となってキミたちを燃やし尽くすだろう。
 シン・アスカを覆う朱い炎の如き魔力。自分のライドインパルスの紅とは違う朱い炎。
 インパルスブレードを受け止められ、その炎を間近で見たトーレの脳裏にあのギルバート・デュランダルの言葉が蘇った。
 あの交錯―――彼女はあの時スカリエッティの隣に佇み、その一部始終を見届けていたのだ。
(あながち冗談では無かった訳だ。)
 呟きと共に全身の神経を張り詰める。
 突然、強く速く鋭くなった彼の動き。
 インパルスブレードを難なく受け止めていることからも その実力が伺える―――何故突然動きが良くなったか、その理由は分からないが。だが、トーレにしてみればそんなことはどうでもいい。彼女にとってシンが強くなったことは喜びこそすれ、憂うようなことではないからだ。
 戦士という人種にとって強者とはつまりご馳走である。
 戦いに溺れるようなことは無いにしても、戦い無くして生きていけないのが戦士だからだ。
 先ほどの動きを見れば、シン・アスカは十分にトーレと戦える程度の実力を持っていると思っていい。しかも、そんな強者が今、自分の前に立ち塞がっている。
(ならば、断ち切るしかないじゃないか・・・・・!!)
 トーレの唇が釣り上がる。獰猛であり、凶暴であり、そして何よりも―――美しい微笑みが浮かぶ。
 それは肉食獣の笑み。命の鬩ぎ合いを何よりも望む微笑みであった。
 シンが無言で動いた。一歩前へ足を踏み出す。トーレも動いた。もう一方の手には爪ではなく大剣が生まれていた。
 ―――瞬間、巻き起こる旋風。疾風が吹いた。土埃が舞い上がった。
 線と線の応酬。シンの身体が残像を残して分裂する。トーレの身体が残像を残して分裂する。
 アロンダイトとインパルスブレード。二種の得物が織り成す高速斬撃の応酬。それは余人には線と線が絡み合うようにしか見えないほどの高速斬撃。彼ら二人の間で交錯するそれは優に秒間に十発ほど。
 切り下ろし、切り上げ、刺突、袈裟、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ。考えうるありとあらゆる斬撃方向で絡み合う刃と刃。それと平行してじりじりと二人の足が動いていく。徐々に近づく距離。そして止まらない歩みと同様に斬撃の応酬も止まらない。
 耳に届くは、高速で鳴り響く甲高い金属音。チチチチチチチ―――――と何十匹もの鳥が一斉に鳴き出したようなそんな音。
 アロンダイトという刃金とインパルスブレードと言う光刃を打ち合わせる音である。
 二人の手元と言わず、その全身は人間の視認速度を大きく超えた速度で活動している。故に間断の無いそんな鳴き声のような音を生み出すのだ。
 両者、搦め手などは使用しない。目前の敵を斃す方法は一つ。出し抜くのではなく、追い抜く―――それのみだと理解しているからだ。
 上下左右前後。ありとあらゆる角度・距離・態勢から放たれる斬撃はもはや斬撃ではなく弾丸の如く。
 弾け飛ぶ空気。捻じ曲がる大気。そして、耳に響く金属音。その音が僅かに一瞬足りとも隙間を開けずに辺り一体を覆い尽くしていく。
 ―――そして、血色の紅と炎の朱が弾け飛んだ。
 両者が同時に放った大振りの一撃――とは言え視認もかくやと言う高速の一撃である――でお互いの一撃の魔力が相殺されずに爆発した。
 爆発。噴煙が上る。そして、縦横無尽にその噴煙を断ち切るようにして駆け抜ける二つの赤。
 炎の朱――シン・アスカと、血色の紅――トーレ。
 シンの大剣による一撃を爪状のインパルスブレードで打ち払い、残る左手のインパルスブレードを叩き付ける。シン、その一撃を後退するのではなく、更に前に踏み込むことで回避する。
 そして――突進の勢いそのままにトーレの鳩尾に向かって肘打ち。不敵な笑みを浮かべ、トーレはその一撃を後方にシンが突進してきた距離の分だけ移動することで回避する。
 紙一重で当たらないシンの左肘。だが、それで終わる訳でもない。そこから左腕を伸ばし、トーレの胸に手を当てる。パルマフィオキーナ。近接射撃魔法の直接発射。
 だが、トーレとてその動きを読みきっている。戦士の経験は伊達ではない。トーレはシンが左手を伸ばし押し当てようとする寸前に、その身体を更に近づけた。否、近づけると言うよりも突進である。突然の突進によってシンの左手はその勢いで上に弾かれ―――懐に隙が生まれる。トーレの左手がシンの腹部に押し当てられた。
 一瞬の混乱。トーレの左手にはインパルスブレードは生まれていない。ならば、単純な殴打かと思えば、そうではない。ただ押し付けただけだ。瞬間、トーレの全身に力が満ちた―――シンの背筋を怖気が走る。咄嗟に右手をトーレの左手に向ける。
 無言でシンは全身の魔力を右手に集中。既に待機状態のパルマフィオキーナが全身を覆っている以上は魔力の流れは何よりも滑らかであり、尚且つ早い。
 放たれる朱い魔力の間欠泉。同時にトーレの身体が“ブレ”た。
 残像を生み出すかのように高速でブレた身体はその前よりもおよそ10cmほど前進していた。
 そして、遅れて―――数瞬の後、トーレの拳が向かう方向の先で瓦礫が“破裂した”。まるで何かが激突したかのように。
 口を開き犬歯を見せ付けるようにして、微笑むトーレ。よくぞ避けた。そう言いたげな笑みだった。
 今の拳の一撃はトーレの新たな技―――切り札である。その名をインパルス。全身の関節を筋肉で締め上げ固定した状態からライドインパルスによる局所的な超高速移動を行う。ただ、それだけの技。
 だが、ただ“それだけ”の一撃が生み出すその衝撃は強烈という言葉すら生温い一撃である。
 トーレという物体の持つ重量が音速の速さまで一気に加速し、10cm移動するのだ。
 運動エネルギーとは質量と速度の二乗の積に1/2を掛けたモノ。
 10cmという超々短距離の中で音速に到達するライドインパルスの“加速”だけが可能とする強大無比の一撃。その一撃が生み出す運動エネルギーは高速で迫る砲弾など簡単に凌駕する。
 今、シンがそれを避けたのは単なる偶然であり直感である。だが、もし避けていなければ―――シンの腹部には今頃巨大な穴が開いていたことだろう。
 僅かに開いた距離。それを埋めるように、二人の身体が再び激突する。
 振りかぶったアロンダイトと振り上げた爪の激突。
 交錯は一瞬。そして、
「くっ・・・・!」
 トーレが苦しげに呻く。
 シン・アスカのアロンダイトがトーレのインパルスブレードを突き抜け一撃を加え、彼女の右肩に直撃し―――
「が・・ぐ・・・!」
 言葉にもならない吐くシン。
 トーレの右足が彼の左脇腹に接触し、掠めて、突き抜けている。
 瞬間、両者はお互いの得物によってお互いに与えられた衝撃を逃すことも耐えることも出来ぬまま――――吹き飛んでいった
 加速する景色。その中でシンは見た。自分が今、吹き飛ばされている方向、その先に意識を失い瞳を閉じて眠るフェイト・T・ハラオウンを。
 ―――意識が肉体に介入する。
「・・・・とま、れ」
 呟き。身体が言うことを聞かない。確実にフェイトに直撃する。
 この速度で自分が彼女にぶつかれば大怪我では済まないのは明白。フェイト・T・ハラオウンを殺すことになる。
「――――とまれええええええ!!!」
 絶叫。即座に自身を覆うパルマフィオキーナを利用して、地面に向かって自分自身を叩き付けた。垂直落下。地面にダウンバーストのごとく。
 迫る地面。左右への方向転換を思案―――不可能。方向転換は出来ない。この速度粋では軌道が変わる前にフェイトに激突する。彼女は死ぬ。
 惨劇を防ぐ方法―――そんなものは一つしかない。止める。彼女を守るには停止させるしかない。
「ああああああああ!!!!!」
 叫びながら、全身の魔力を振り絞り、全身全霊の力でアロンダイトを地面に突き立て―――それでも身体は止まらない。
(止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれええええええ!!)
 叫んでいる暇も無いほどの渦中。故に内心で絶叫。狂ったようにソノ言葉を何十回も繰り返す。
 それでも止まらない。フィオキーナを背部に集中させる。
 背中や腰、関節部分に激痛―――歯を食いしばってそれを無視し、ひたすら集中する。
 流れる汗。呼吸が出来ないほどの激痛。目の奥がチカチカする。噛み締めた奥歯が痛い。
「ああああああああ!!!」」
 絶叫。そして、彼の身体が減速していく―――彼女の目前、数mでようやく停止。
 彼の身体を覆っていた朱い炎もその姿を消している。そして、彼の瞳にも焦点が戻っている。
「・・・よかっ・・・」
 その言葉を言い切る前に、シンの膝が地面に付いた。足に力が入らない。
「あ、れ・・・?」
 そして、次は身体。糸をなくした操り人形のように、力無く蹲るような態勢になり、
「・・・・ぐっ、げほ・・・げほっ!?」
 口元から夥しい量の血液がこぼれた。急激な加速と減速。更には人間の限界を超えるような速度。それを制御する術や身体を防御する術など持たないシンがそんなことをしたのだ。内蔵のどれかを傷つけていても何ら不思議ではない。そして、更には
「あ、は、あ、ぐ・・・・・!!」
 全身を針で同時に刺されるような激痛が襲ったのだ。神経を直接抉るような激痛。声すら出せないほどに。
 そして、彼の身体の節々から立ち昇り始める“蒸気”。
「・・・時間、なのか、デスティニー」
『Yes, Regeneration start.』
 リジェネレーション。肉体の自動回復の魔法である。
 あの模擬戦の際にシン・アスカの肉体を治癒した魔法。それが今再び機能し出したと言うことだ。
 先ほど感じた痛み。それはつまり肉体を治癒する為に生まれる反動。強制的に肉体の回復を促進するが故の反動である。蒸気は彼の肉体を癒す際に生まれた熱によるもの。そして、回復に使用した魔力が次から次へと霧散していくことによるものだ。
 かつり、と音がした。シンは振り向き、身体を起こした。息は絶え絶え。身体は満足に動かない。正に虫の息の状態で。
「・・・・殺さ、ないの・・・か。」
 身体を起こし、地面に座り込むような姿勢でシンは既にかなりの距離にまで近づいていたトーレに呟いた。
「よく言う。近づけば不意を付いて攻撃する気だろう?」
 トーレはその言葉を受けると、肩を竦め、笑いながら返事を返した。
「・・・さあ、ね。」
 シンはその返答に内心、舌打ちをしていた。
 彼女の問いは概ね合っている。今、彼女が不用意にこちらに近づけば刺し違える覚悟でもう一度エクストリームブラストを発動するつもりだったのだが―――どうやら敵はまだまだ冷静らしい。状況は絶望的。自分は身動きどころか死んでいないのが不思議なほどに満身創痍。あちらにも手傷は与えたモノのそれでもこれだけ軽口を叩けると言うことは致命傷ではないと言うことだ。こうなっては刺し違える程度で覆せるモノではなかった。
 ―――だが、だからどうしたと言うのか。シン・アスカは心中で呟き、力の入らない足を片手で押さえ込み、もう一方の手でアロンダイトを杖代わりに立ち上がる。
 戦う為に。
「・・・・・」
 彼女を見つめる視線は一途な朱。何があろうと、たとえこの身体がどうなろうとも、自身の背後にいる“人間を守る”。
 願いを、叶える為に。彼はここで眠っている訳にはいかないのだ。
「・・・・凄まじいな、貴様は。本当なら生かしておきたいところだが―――」
 そんなシンの姿に感嘆の溜息を吐いてトーレは地面に膝を付き、右拳を地面に押し当てた。
「お前は生かしておくには問題が多すぎる。ドクターの“世界を救う”計画の邪魔になるのは確実だ。」
 トーレが拳を押し当てた―――その意味にシンが気付くのは僅かに一瞬、遅かった。
「死んでもらう。もっと安全な方法で。」
 呟きと共にトーレの身体がぶれる。ライドインパルスによる超近接打撃「インパルス」
 あれほどの威力の攻撃を瓦礫だらけのこんな場所で―――しかも地面に向けて使えばどうなるのか。そんなもの想像するまでもない。
 ―――全てが壊れるに決まっている。
「く、そ・・・・・!!!」
 地面に亀裂が入った。フェイトは未だ眠りから眼を覚まさない。ズルズルと落ちていくフェイト。シンは咄嗟にフェイトに抱きつき、その肢体をきつく決して離さないようにと力強く抱きしめた。
 ―――眼下に見えるのは真っ暗闇。下水道。もしくはそれに類する施設に繋がっているのかもしれない。
 そして、シンがフェイトを抱き締めたまま上空に向かって、何とか昇ろうとした時―――
「トドメ、だ」
 そこにはそれを待ち構えていたトーレがいた。右手の爪がこれまでで一番巨大化している。そして、その言葉を言い終える間に爪が振り下ろされた。
 思考は一瞬。逡巡も一瞬。行動に移る際には間髪入れず。
 シンの脳裏に浮かぶ言葉はたった一つ。
(守る)
 その“願い”に従い、彼は言葉を発することもなく、“自ら”その暗闇に落ちていった。フェイトを抱き締めたまま、瓦礫を避けるようにして。
 上空に昇れば確実な死が待っている。だが、下方――暗闇に落ちればまだ可能性はある。少しでも守れる可能性があるならば―――そんな考えで彼は自ら暗闇に落ちていったのだ。
「・・・・逃げたか。」
 少しだけ嬉しそうにトーレは呟いた。その表情にはもう一度戦う機会が欲しいと言う愉悦があった。彼女はあの二人が死ぬなどと露ほどにも思っていない。
 特にあの男――シン・アスカ。あの男は死なない。その前歴や“こちら”に来てから経歴を多少聞いてはいたが――実際に出会ってみて彼女は思った。あの男はこんなところでは死なない。
 運命は、あの男にこんな所で死なせてやるような幸運を許していない、と。
 だからこそ、楽しい。だからこそ嬉しい。
「・・・・また会おう、シン・アスカ。今度は二人で、な。」
 それはどこか愛の告白にも似た“熱”が籠っていた。

コメントの投稿

非公開コメント

リンク
最近の記事
プロフィール

SOWW

Author:SOWW
 リンクはフリーです。
 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

カテゴリ