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空想垂れ流し それは舞い散る桜のように Vol.4 雪の降る日

それは舞い散る桜のように Vol.4 雪の降る日

Vol.4 雪の降る日

「投げろ投げろ投げろ!!」
「ふふふ、私の雪玉はまだ108個ありましてね・・・・」
「うわああああああ!!!!!」

 放たれる雪玉。作って投げる作って投げるを繰り返す子供たちと作って
作って作って作って投げる投げる投げる投げる金髪の男。
 10対1と言う途方も無い戦力差を圧倒的な個人差で埋めていく。
 それは雪合戦だ。降雪量が多い時にしか出来ない雪国ならではの遊び。
 普通は子供と子供がぎゃあぎゃあ騒ぎながらやるものだが、ここに大人
が混じると一気にシュールになる。
 何せ子供の方は防寒具というかスキーウェアじみた服を着ているのに、
金髪の男はスーツ姿である。シュール以外の何者でもない。

「ヒノ、汚いぞ!!なんでそんなに作るの早・・・・っぷあ!?」
「問答無用!!勝負の世界は冷酷なんです!!そーれそれそれそれそれそ
れ!!!!ダイヤモンドダストおおおおおお!!!」
「うわああああああ!!!」

 金髪の男が少年たちが作り上げた防壁――雪によって作られたモノ――
を雪玉の投擲によって撃ち崩していく。
 その投擲速度は正にダイヤモンドダスト。氷雪系最強の雪合戦奥義であ
る。
 と、そこまで雪合戦の解説を心中で行ってから、シンはふと我に返り呟
いた。

「・・・・あんた、何やってんの。」
「へ? あ、アスカさ・・・・だっぷぁっぷぁ!?」
「食らえ、ろざんしょうりゅうは―――!!!!」

 子供がひそかに雪の中を匍匐前進して、金髪の男に近づき、足元の雪を
力いっぱい掴んで男に向けて放り投げて――ついでに体当たりもかました。

「ぱぁっ、ぷ、ぼおおおおおお!!!」
「よし、旗、取ったど――――!!!!」
「あはは、いやー、負けました負けました。凄いですね、皆。」
「どんなもんだ――!!!」
「いやっほおおお!!!」
「・・・・いや、何やってんの。」

 それは子供と大人の雪合戦。
 子供はこの近所の子供だろう。大人は――あの金髪の男。
 ヒノと名乗った男が子供とスーツ姿で雪合戦に興じていた。
 それは、非常にシュール且つ楽しそうな光景だった。


「・・・・子供、好きなんだ?」

 雪の降る中、二人でベンチに座って、コーヒーを飲んでいた。
 今日はこの後、またミノルの元へ行く予定で――たまたま通りがかった
公園で、ヒノと見知らぬ子どもたちが雪合戦をしていた。
 そうして、雪合戦を終えて、シンはヒノに缶コーヒーを渡した。前と同
じようにおかしなくらいに感謝されたが――缶コーヒー程度でそこまで感
謝されるとむず痒いモノがあった。
 ギンガは今日も帰ってこれないとか。大雪が長引いているらしい。
 ヒノが、渡したコーヒーを開けて、口をつけた。
 端正な顔立ちには似合わないズズズッと音を立てて飲み込む様は下品だ
が――実に旨そうに飲んでいた。

「はい。以前、自分は子供と一緒に生活していて。」
「以前ってことは、今は違うのか?」
「今は――遠いところにいて。」

 自分もコーヒーを口に含む。あちらは通常通りの砂糖とミルクの入った
コーヒーなのか、コーヒー牛乳なのか分からない代物。こちらは無糖のコ
ーヒーなのか、苦いだけの泥水なのか分からない代物。
 自分の呟きにヒノは、遠くを見つめていた。
 郷愁、とでも言うべきか。何かを懐かしむようにして――彼にとって子
供がどれほど大事なのか良く分かる。恐らく良い父親なのだろう。ヒノ、
と言う男は。

「一緒に住んでないのか?」
「・・・・もうすぐ、迎えに行くんです。」

 そう呟いたヒノの表情はとても真剣にどこか――病院の方向を見ていた。
 そちらに自分も眼をやる。
 そこは、これから自分が向かう場所。ミノル・オカザキの病室の付近だった。

「あの子が大事なんです。だから――」

 ふと――声が漏れた。
 そんなヒノの顔を見ていて、ふと本音が出てしまう。

「・・・・まあ、家族は大事にしないとな。一緒にいてあげるだけで、他に言う
ことなんて無いんだから。」
「貴方も、家族が?」
「昔、死に別れて、そのまんまさ。」

 飲み干した缶コーヒーを二、三度振って中身が無いことを確認――ゴミ箱
に向けて放り投げる。
 かん、という音を出して空き缶がごみ箱の中で二、三度弾かれて、その
ままそこで倒れた。
 自分のその言葉を聞いてヒノは申し訳なさそうに俯いた。
 
「すいません、何も知らずに――」
「いや、気にしないで良いって。今は家族がいるし、全然気にしてないん
だから。」

 家族――そう自分には既に家族が二人いる。大事な家族だ。
 自分にとって世界で最も大事な二人。
 あの二人と一緒にいる為なら何だってやってみせる――そう、本気で思
える大切な二人。
 二人のことを思い出して、自然と顔がほころんでいたのか、ヒノがこう
言った。

「幸せそうですね、貴方は。」
「・・・・まあ、ね。」

 気恥しくなって顔を逸らし、小さくつぶやいた。

「・・・・俺は世界で一番なくらいには幸せだよ。」

 こんな言葉、彼女たちに面と向かっては絶対に言わないけれど。
 ヒノはそんな自分を見て笑っていた。
 そんなヒノも、自分にはとても幸せそうに見えた


 こんこんとドアを叩く。
 時刻は9時――見舞いに来るには妥当な時間だろう。

「はい。」

 返事が聞こえてきたので扉を開けて中に入る。前と同じように包帯で目元
を巻かれた少年――ミノル・オカザキがそこにいた。

「よっ。」
「・・・・おじさん?」

 おじさんと呼ばれた瞬間、胸の奥でピキッと言う音が聞こえた。
 自分の年齢は今25歳。おじさんと言われると軽くショックを受ける年齢
である。

「いやだからおじさんじゃなくてお兄さん・・・・いや、まあ、いいか。」

 溜め息を吐いて訂正することを諦める。
 よくよく考えてみれば、自分がこの年齢の時に25歳の大人はどう見えてい
たかと思い出せば、思いっきりおじさんと呼んでいたように思う。
 そのまま歩いていき、ベッド脇の椅子に腰を掛ける。

「今日はどうしたの?」
「遊びに・・・・かな。今日、ここに来る用事あったし、ちょっと顔出そうかなってね。」
「へえ、おじさんの友達も入院してるの?」
「ああ、まあ、そんなところ。」

 嘘だった。実際は彼と話をしに来ただけだ。
 先日のあのクジラビトとの戦闘の後、ヴィヴィオ達と共に襲われていた女性を
病院に連れて行き、そのまま家路に付いた。
 多少、病院の人に怪しまれはしたが友達ですと言って誤魔化しておいた。犬と
幼女(元)と目付きの悪い男で、OLの友達も何もあったものではないのだ。
 自分は、その後、現場で戦闘の時のことを思い出していた。
 ――引っかかることがあったからだ。

(・・・・なんで、俺を殺そうとしなかった?)

 解せない部分と言えばそこだ。
 あのクジラビトと交錯したのは一度だけ。だが、その交錯だけでも十分にアレが
化け物じみた力を持っていることは痛感した。

 現在の自分の魔力はAランク程度。
 はっきり言えば、クジラビトに単独で挑めば殺されるレベルである。
 以前のように化け物みたいな力は持っていない――フェイトやギンガの方が確実
に自分よりも強いと言える。
 弱くも無いが強くも無い。少なくとも、クジラビトと相対するには役不足だ。
 クジラビトと言う化け物は――オーバーSランクの魔導師が相手だとしても殺せる
のだから。
 “この世界には存在しないはずの生物”の遺伝子に“ある魔導師ですら無い人間”
の遺伝子を掛け合わせて作られた生物。それがクジラビトだ。
 その姿は不定形。
 これと言って決まった形状を持たない――5年前に戦ったクジラビトは全身を覆う
ラバースーツのようなモノを着こんでいた為に当初は分からなかったが、その姿は人
と言うよりは、人間サイズのアメーバが一番近い。
 それが外界の刺激によって分化する。成長速度は早く、受ける刺激の質によっては、
大昔に存在したと言う聖王すらも凌駕するということだ。
 あの個体――全身を金髪の毛で覆ったクジラビトはそこまでの強さでは無かった。
精々がSランクの戦闘に特化した魔導師程度の強さだろう。
 十二分以上に脅威ではあるが、対処の方法が無いこともない。
 だからこそ渡り合う程度は出来た。
 あの時もそのつもりだった。
 最初に突進したのは殺させない為。
 そのまま、攻めずにいたのはヴィヴィオを待っていた為。
 もし、あちらが攻めてきたならば――応戦しつつ、殺されないように戦っていただろう。
 だが、あのクジラビトは襲いかかることを選ばなかった。ずっと自分を“眺めていた”のだ。
 おかしいと言えばそれが既におかしい。

 簡単に殺せないと判断したから、あの場は様子見をしていた?
 たかだか一度の交錯で相手の能力を全て見切れるほどの洞察力があれば、そうかも
しれないが――実際、あの時点では分が悪かった。
 簡単に殺されるつもり――というより殺されるつもり自体は毛頭無いが、それでも
あの攻防はシン・アスカの敗北だ。
 こちらが放った全身全霊の一撃は簡単に避けられ、しかも背後に女性を庇った状態。
能力的にも、状況的にもこちらが不利だった。
 正直、あの時ヴィヴィオがあの場にいなければどうなっていたか分からない。
 なのに、あの化け物は攻撃をせずに眺めていた。
 ――それがどうしても解せない。
 夜半に現場を眺めながらシンが思ったのはそんなことだった。
 在り得ないとは言わない。それくらいに注意深い化け物がいたとしても不思議なこと
ではない。
 だが、そんな注意深い化け物があんな真昼間に人を襲うだろうか?
 チグハグしている。噛み合わない。
 何か――見落としている。
 そもそも今回の事件――関わるかどうかは未だ迷っているが――は最初からおかしな
ことがあった。

 “生存者しか見つかっていない”のだ。

 死体は未だに一つも見つかっていない。見つかったものと言えば血痕と眼球だけ。
 墜落事故だろうとどんな事故だろうと死体は必ず残る。
 野犬や獣に喰われたとしても、骨の一本くらいは発見されて然るべきなのだ。
 なのに、それ以外の部位は今もどこにあるのか、まるで見つかっていない。
 それがおかしい。

 分かっていることは二つ。

 “死体が見つからない。見つかったのは生存者だけ”
 “ミノルのお父さんと言う存在があの化け物の正体”

 世迷言のような胡散臭い情報が一つ。
 “眼球を奪っていたのはミノルの為”

 情報量に進展は無い。
 正直、何も分かってはいないに等しい。
 ただ死体が見つからないことについては、予想が立たない訳でもない。
 だが、それが分かったからと言って何か状況が変わる訳でもない。
 それでわざわざ此処まで来た。
 ミノルから話を聞きに、だ。昨日よりも少し突っ込んだ部分を。
 談笑を始めようとする――だが、ミノルの顔は優れない。

「オカザキ君、何かあった?」
「え?」
「いや、元気なさそうだったから・・・・って病院じゃ当然か。」
「あ、ああ・・・・うん。ちょっと、寂しくて。」
「寂しい・・・・か。」
「うん。もう、ずっとお父さんにも会ってないし。」

 お父さん。ミノルの父親――と名乗った誰か。
 シンの目付きが少しだけ鋭くなる。聞き洩らさないように、意識が尖っていく。

「・・・・父さんってどんな人だったの?」

 シンがそう呟くとミノルは窓の外に顔を向けた。
 何も見えないだろう眼。包帯で覆われた痛々しい眼――そこに今映っているモノは
かつて幸せだった頃の光景なのだろう。
 ミノルが口を開き、話始める。

「いつも仕事ばっかりで、家に帰ってきても、お母さんと喧嘩ばっかりしてて・・・・本当
はあんまり喋ったこともなくて。」

 言葉に籠るものは悲しさ。
 シンは黙ってその話を聞き続ける。

「怒られる、とか思ったりして――ちょっと怖かったんだ。だけど、あの事故の後、
お父さんは別人みたいに優しくしてくれた。」

 言葉に籠る悲しさが薄れた。

「眼が痛いって言えば水を持ってきて冷やしてくれて、お腹が空いたら果物とか持って
きてくれて―――眠る時もずっと一緒で、お父さんはいつもいつも優しくしてくれた。
いつも抱きしめて、眠らせてくれたんだ。」

 言葉から悲しさが消え、嬉しさに変わっていく。
 ミノルの眼が見ているモノは――事故に遭う前ではなく事故に遭って視力を失ってか
らの幸福だった。
 それを懐かしみ、惜しみ、大切に大切に――彼にとって、その僅かな“お父さん”と
の触れ合いが、どれだけ幸せだったのかが聞いているだけでよく分かる。
 言葉の節々に滲み出ているのだ。その幸せが。

「・・・・だから、ずっと待ってるのに、お父さんは、来ない。」

 だから、こんなに悲しい声を出す――のだろう。

「・・・・それで、寂しい?」
「・・・・明日、手術があるんだ。また眼が見えるようにする、とかで。」

 ミノルの手が震え出す。自分の手をそこに触れ合わせ、握り締める。
 “お父さん”でもないし、特に親しい間柄でもないが、一人で震えるよりは良いだろう。
そう思って。

「怖いのかい?」

 努めて、優しく、言った。
 ミノルは頷くだけで返事を返す――手が握り締められた。少しは足しになっているの
かもしれない。

「・・・・成功する確率は高い、らしいけど、怖いんだ。手術って、したこと無いから。
怖くて・・・・怖くて。」

 ミノルが更に手を握り締める。
 年端もいかない子供のどこにこんな力があるのかと思うほどに力強く。手が痛くなる
ほどに強く。
 握ると言うより、つねられているような感じ――されるがままに握り締めさせる。

「だから、お父さんに会いたい。会って元気づけて欲しい。お父さんはきっと―――」

 握る力が一際強くなる

「“大丈夫ですよ”って答えてくれるから。」

 どくん、と胸の奥で心臓が跳ね上がった。
 何故だろう。その言葉が誰かを思い出させた。

「・・・・お父さんはいつもそう言ってたの?」
「うん。お父さん、いつも敬語だったんだ。僕にもお母さんにも、誰にでも。」
「・・・・お父さんは、優しかった?」
「うん!凄く優しかった。いつも笑ってた・・・・山にいる間はずっと笑って、二人でい
たんだ。」

 脳髄の奥で記憶として再生される幾つかの光景

 ――見舞いですかと聞くと“あの男”は要領を得ない解答をした。
 ――人形を探してあの男は“異常なほどに”必死に探していた。
 ――“以前、自分は子供と一緒に生活していて”。その子供とは一体誰のことな
のだろう。
 ――“もうすぐ、迎えに行くんです”。その時、あの男はどの病室を見ていた。

 繋がっていく幾つもの欠片。繋がってしまう幾つもの記憶。
 確証は――無い。
 “そんなこと”を証明する証拠などどこにもない。
 あるのは状況証拠。決定的な物的証拠などどこにもない。
 なのに、確信だけが、脳裏に築かれた真実が事実なのだと言い続ける。

(違う。)

 偶然だ。ただの偶然だ――確信を欺こうとする理性が吠えたてる。
 目の前が真っ暗になってしまいそうな錯覚。
 立ちくらみでも起こしたように、全身に力が入らない。
 ドクンドクンと心臓が煩い。耳鳴りが消えない。
 黙れ黙れ、違う、違うこんなのは違う―――

「おじさん? どうかしたの?」
「・・・・い、いや、何でもない。」

 ミノルの声で我に返る――そうだ。そんなことあるはずがない。
 気にするな。忘れろ。今脳裏に上がったことは全て世迷言だ。

 ――理性が確信を覆い尽くしていく。

 手が震えている――手の震えが止まらない。

 ――なのにその確信は強すぎて身体全てに影響するようで。

「俺、行くよ。」
「・・・・う、うん。」

 そのまま扉から部屋を出た。
 浮かび上がる疑問。無視できない確信。
 口調が似ているのは偶然だ。
 いつも病院の近くで会ったのは偶然だ。
 子供がいるというのも偶然だ。

 ――もうすぐ、迎えに行くんです
 ――ずっと待ってるのに。

 あの子の人形が、とアイツは言っていた。
 そして――ミノルも人形を持っている。それを“お父さん”が持っているとも言った。
 符合する幾つも事実。
 それだけでたった一つの絶対の真実が浮かび上がる事は無い―――浮かび上がるの
は同時に並立する幾つもの“もっともらしい真実”。

「・・・・なんでだよ。」

 確証は無い――のに、直感が確信を告げている。

「なんで、お前なんだよ。」

 ミノルの言う“お父さん”は、ヒノ。
 ヒノの言う“あの子”はミノル。
 世迷言だ―――それは憶測でしかないのに、シンの心を捕えて離さなかった。


 その子は何も知らなかった。
 自分が誰に守られていたのか。
 “何”に守られていたのか。
 その子は何も知らなかった。

 その子はただ親を待っていただけ。子供だからこそ持つ純粋な感情で、あの子は
ただ親を待ち続けていただけだった。

 そいつは子供を探していただけだった。親だからこその感情なのかは分からない。
けれど、その気持ちの根幹はただ子供と共にいたい、それだけ。

 自分が迷っていたのは、殺されることが怖かったから。
 幸せが大きくなりすぎて、それを手放すことが怖かったから。
 自分の幸せが大事だったから。
 自分が大事だったから。
 ――全部自分のためだった。

 だから、気にしなかった。その子が、“お父さん”を失えばどう思うかとかは考えて
いなかった。
 いや、少なくとも気にはかけていた――けど、気にかけていただけで、思考の外側に
置いていたのは間違いない。

 “相手がクジラビトならば殺さなくてはならない。だから、その子には悪いけれど我
慢してもらう。”

 そんな風には思わなかった――けど、考えなかった時点で同じだ。シン・アスカはそ
んなことを考えて、自分のことだけを考えて迷っていた。

「・・・・最悪だな、俺。」

 上空から降る雪。それが自分の身体に積もっていき、服に染み出し濡れていく。
 冷えていく身体。痛みすら伴う冷気――それを罰のように思う欺瞞だらけの自分自身。
 この雪は明後日の夜には晴れるらしい――ギンガはそれに合わせて帰ってくるのだろ
う。フェイトに電話をかけて今日の夕飯は外で食べると言っておいた。

 ――ヒノと食べてくる、と。

 彼女はそれを聞いて少し羨ましそうにしたものの――それなら私ははやてと食べてく
るね、と言っていた。
 大事な――大事な人達。あの二人を失えば、多分――きっと自分はおかしくなる。
 あの時、殺されたと思った時自分は一度壊れた。好きだと意識していなかったあの時
でさえ壊れたのだ。
 愛していると確かめ合った今なら失ってしまった瞬間、自分はどうなるのかなんて分
からない。
 そんな風に自分のことにはこれだけ考えが及ぶのに、相手のことにはまるで考えが及
ばなかった。
 そのクジラビトが、何を思ってこの子と一緒にいたのかなんて、まるで考えてなかった。
 ただ危険だ、と考えただけで、本当に大事なことは何も考えてなかった。
 何も考えてはいなかった。

「・・・・どうすりゃいいんだよ。」

 雪が降る公園――屋根が一つあるだけの場所で、ただ自分はずっと病院を眺めていた。
 考えても考えても答えは出ない。
 どれくらいそうしていたのだろう。
 気がつけば、そこに一人の男がいた。
 金髪にスーツ姿の男。
 ――思えば、その姿はどこかラウ・ル・クルーゼを彷彿とさせる。声に至っては似て
いるどころの騒ぎでは無い。今まで気がつかなかった方がおかしいと言えるほどに。

「・・・・あんた、か。」

 ヒノが来たのと同じくらいに、雪が止んだ。
 空に久方ぶりの明かり。満月が見えた。
 この季節特有の空――月を中心に円を描いて空が開けている。
 やけに神秘的な光景。
 これから何かが始まりそうな―――あるいは何かが終わるような。

「何、してるんですか?」
「あんたこそ何してるんだよ・・・・えーと、何時だ、今。」

 腕を動かす――動かした拍子に雪が落ちていく。いつの間にか結構な量の雪が積もって
いたようだ。

「21時40分です。こんな雪の日に公園にいる時間じゃないですよ。」
「・・・・余計なお世話だ。」

 ヒノが近づく。
 その手が伸びる――人の姿をした手。この手がどうして、あんな毛むくじゃらの手に
なるのか。不思議でたまらない。
 そんなことを考えている内に、その手が自分の頭や服に積もった雪を払っていく。

「・・・・本当に風邪を引きますよ? なんで寄りによってこんな日に。」
「・・・だから、あんたが言うなっ・・・・ふ、ぶぇっくしっ!!」

 くしゃみが出た。全身が震えてくる。

「ほら、やっぱり。」
「いや、だから、こんなの大丈、ぶぇっくしっ!!」

 大丈夫じゃなかった。
 ヒノは苦笑しながら、スーツの懐から缶コーヒーを取り出した。

「どうぞ。お返しです。」
「・・・・いいのか、それ、誰かにあげる分じゃないのか?」

 そう言うとヒノは苦笑を止めずに首を振る。
 その仕草はどこか、子供に言い聞かせるようだった。

「貴方に雪が積もっているのが見えたもので・・・・迷惑でしたか?」

 缶コーヒーに手を当てる。
 熱いと感じた後、一拍の間を置いてそれは暖かいへと変化していく。
 少しだけ、彼の手が自分の手に触れた。
 手は、暖かい。感じられる体温は人間と同じ―――人間にしか思えない。

「・・・・サンキュー。感謝しとくよ。」
「ジャージのお返しも兼ねてます。」

 ヒノが呟き、自分の横に座った。

「・・・・そういや、あれどうしたの?」
「着替えて鞄の中ですが・・・・返した方が?」

 首を振ってそれを否定。
 ベンチの背もたれに体重をかけて、缶コーヒーのプルトップを開き、口に含む。
 食道を通っていく熱い液体。
 熱を失っていた身体に火が灯る。

「いいや、あげるって言ったし、別に良い。どうなったのかって思っただけだし。」
「そうですか。」

 そのまま二人で缶コーヒーに口をつける。
 場所は変わらず屋根ありのベンチ。
 言葉は無い。何か口を開くことも無いなと思い、そのまま、そこでまっすぐに病院を
見つめる。
 月が、綺麗だった。
 雪が再び降り始める――今度は、ひらりひらりと舞い落ちる。
 どちらも口は開かない。
 喋ることが無い。喋る必要が無い。
 沈黙は普通気まずい。けれど、この沈黙は、何故か“気安い”。
 無言の沈黙に、気安いも糞も本当は無いのだけど――何故かそう思った。
 そのまま、どれくらい沈黙しただろう。
 缶コーヒーは既に飲みつくし、暖かったスチール缶が熱を失い、外気と同じ程度に冷たく
なった頃――口を開いた。

「・・・・なあ。」
「何ですか?」
「オカザキ君、迎えに来たのか?」

 それまで停滞無く返事していた彼が返事を躊躇った。
 それは本当にごく僅かな、けれど確固たる隙間。 

「・・・・ええ、あの子を迎えに此処まで来ました。」
「やっぱり、あれお前だったのか。」
「・・・・まあ、隠すことでもないですし、気付かれるとは思ってましたから。」
「あの時、か?」
「はい。」

 あの時――あの戦闘の時のことか。

「そっか。」
「そうです・・・・貴方こそ逃げなくていいんですか? 私は化け物ですよ。それも――」
「人喰いなんだろ、お前。」

 ヒノが動きを止めた。

「知っていたんですか。」
「気付いたのはついさっきだけどな。」

 簡単な答えだ。
 墜落現場から死体が見つからない。
 同じく眼球を奪われた人間の“死体”も見つからない。
 目を奪われただけで人は死なないが――このクラナガンと言う大都市で両目を失った
人間が街中をうろついていればヴェロッサの耳に届かないはずがない。
 死んでいると推測した理由はそれだ。
 生きているのなら、確実に見つける。
 シン・アスカはヴェロッサ・アコースの情報収集能力に対してそういった認識でいる。
 ヴェロッサが見つからないと言えば、見つからなかったのではなく見つけられなかった
以外にあり得ないのだから。
 ならば、その死体はどこに行ったのか。
 モノは無くならない。絶対に何が起ころうとも決して消失することはない。
 無くなったように見えても、それは必ずどこかに存在しているのだ。 

「墜落現場に死体が見つからないのは――お前が全部食べたんだろ?」
「・・・・ええ。」

 野犬や狼、熊。どんな生物であろうと200人もの人間の死体を跡形も残さずに喰い
尽くすことは出来ない―――なら、クジラビトならどうか。
 クジラビトが何かを食べる、と言うことを想像したことはない。
 自分は戦いの最中でしか会ったことが無かったから、そんな光景には出会ったことが
無かったが――もし、そうなら辻褄が全て合ってくる。
 モノは無くならない。絶対に何が起ころうとも決して消失することはない――けれど、
消化することが出来れば、それは血肉となってまるで違う姿と化して存在することが出来る。
 つまり、

「・・・・クラナガンでお前が眼を奪った人間も。」
「私が食べました。」

 答えは肯定――今更それに憤るようなことはない。
 死人は死人。もう帰ってくることはない。
 薄情と言えば薄情な話だが、今は割り切ることが出来る。それが成長なのかどうかは
分からないが。

「お前を捕えようとした魔導師も」
「私が食べました。」

 言葉の内容の凄惨さとは裏腹に酷く淡々とヒノは続ける。
 言葉を切って飲み込み、そして吐き出す。

「・・・・何で」

 吐き出した問いへの返答が怖い。引き出すべきではない答えが返ってきそうで、怖い。

「何で、人を喰ったんだ?」

 呟いてから、それが取り返しのつかない質問だと言うことに気づく。
 人を食う。
 それは――人と人外を区分ける隔絶の言葉。
 異常者だから食らう。それならば、まだ“人間”だ。
 “異常だから”――そういう理由があるのだから。
 けれど――そうでないのなら、それは隔絶を示すだけに過ぎない。
 だから――

「・・・・食べてはいけないのですか?」

 返される言葉はこんな陳腐な言葉でしかない。
 化け物が――人外が、人を喰らう。その事実に異常は無い。どこにもない。
 隔絶が生まれた。決して埋まらない絶対的な価値観の相違。

「・・・・人間は食べたら、駄目なんだよ。」

 ヒノが空を見る。満月の周りには漆黒の夜空―――その周りを円形に囲む白い雲。
 懐かしむようにして、ヒノは語り出す。

「・・・・初めは、食べなくても良かったんですけどね。」

 深々と降る雪。同じように静かにヒノは語る。
 これまでのこと――それは語るまでも無い事実。語る必要のない事実。

「あの日、人間を食べて、ようやく私は人間と言うものを知って、それでようやく、ですよ。」

 ヒノが自分の両手を見た。

「ようやく私は獣じゃなくなったんです。」
「どういう・・・・ことだ?」
「私にも原理は分かりません。けど、食べることで私は――知性、とでも言うモノを
身に付けた。それまで獣でしかなかった私は、そこで初めて言葉を覚え、ミノルとの
生活を始めた――始めることが出来た。あとは、多分貴方も知っている通りのことです。」

 喰らうことで知性を得た、と彼は言っている。
 それまで獣でしかなかった存在が人を喰うことで人のような知性を得たと彼は言って
いる。
 それは、既存のどんな生物にも存在しない機能。
 喰らうことでその特性を取りこむ――先日戦った化け物のような姿のヒノを思い出す。
 あれは、山の獣を喰らった結果としての姿だとすれば――自分が知るクジラビトとまるで
違う姿だと言うことにも合点がいく。
 だが、それでも分からない部分があった。

「何で、他人の目玉なんか奪ってたんだ。」
「・・・・ミノルの目を治す為です。」

 目を治す為に目を奪う。
 ヒノを見る。変わることなく、ミノルの病室を見つめ続けている――呟く。

「そんなことやったって、あの子の視力は戻らない。」
「知ってますよ。」

 広げた手を握り締める――少しだけ悔いるような表情。

「・・・・けど、あの時は分からなかったんです。そうすれば、ミノルの目が直るって本気で思って
いたんです。」

 薄く笑うヒノ。胸に苛立ちが僅かに募って行く。
 その無責任な笑いに――思わず立ち上がり、彼のスーツの襟元を両手で掴んで、締め上げる。

「・・・・お前、ふざけてるのか。」
「・・・・知性が切れるんですよ、私は。」
「何?」

 ヒノの手が自分の手首を掴む。
 万力のような力――この細い腕のどこにそんな力があるのかと言いたくなるような圧倒的な力。

「・・・・お、前。」
「食べ続けなきゃ、人間だって死んでしまうでしょう? 定期的に栄養を摂取することで生物は
生きていく。私も同じです。定期的にヒトを喰わなければ――脳を食い続けなければ、私は私
であり続けることが出来ないんです。」

 呟きながら、襟元を掴んだ手が無理矢理、剥がされていく。

「ミノルは――渡さない。あの子の幸せは私が掴み取る。その邪魔は誰にもさせない。」

 瞳の色が紅に染まっていく。
 自分の手に食い込むヒノの手。骨ごと握り潰さんばかりに力が強まる。

「ふ、ざ・・・・けんな・・・・!」

 渾身の力で、その手を掴み、手首から剥がし返す。
 互いが互いの両手を握り締めた力比べの態勢――比べる力は肉体の力では無い。意思の力。
覚悟の強さ。決意の強さ。

「何、が、幸せだ・・・・!!」

 見開いた眼――渾身の意思でヒノの瞳を凝視する。
 紅い眼がこちらを射抜く。だからどうした。その程度でシン・アスカが止まる訳が無い、
怯える訳が無い―――恐怖が憤怒にかき消されて消えていく。
 全身から立ち上る紅い焔/無意識に漏れ出す魔力の発露――降り積もる雪を融かし、水と
いう形態をすっ飛ばし、蒸気にさせて昇華させる。

「ふざけて、ない、ですよ・・・私はその為に此処にいる。」
「人を食って、人を幸せにするのかよ・・・・そんなの、あの子が喜ぶとでも思うのかよ!!」
「知らせませんよ・・・・例え目が見えたとしても、あの子にはそんなことは教えない。知ら
せない・・・・!!」

 咆哮じみた呟きと共にヒノが渾身の力でこちらを投げ飛ばす――吹き飛ばされた場所の
雪が一気に解けて蒸気と化して昇華する。

「私は・・・・幸せになりたい。誰にも、邪魔はさせない。たとえ、人を喰らい続けなければ
いけないとしても――それでも、私は・・・・!!」
「この・・・・!!」

 宣言のような言葉。決意と覚悟を秘めた言葉。それにどうしようも無く腹が立った。
 奥歯をきつく噛み締め、目を見開いた。手が震える。身体が震える。訳も分からずに理
由さえも分からずに震えて震えて震えが止まらない止まらない止まらない。
 どうして震えているのかさえ分からずに身体が震え続けて、歯軋りが始まる。胸の中の
苛立ちが燃え上がる。

「ばっかやろうがあああぁああぁっ!!!」

 デバイスを展開し大剣を形成。大きく振り被って、叩きつけた。
 ヒノの手が一瞬でこちらの大剣と同じ形状に変化し、大剣を受け止め、捌かれる。
 力のベクトルが僅かにずらされ、後方へ流れていく自身の身体。
 即座に態勢を整え、ヒノに向けて振り向こうとする――振りかえった瞬間、見えたモノは、
槍の如き勢いで突き出された左足。
 大剣の腹で防ぐも、衝撃を殺し切ることは出来ない――呻きを上げて、吹き飛ばされる。

「ぐ、ぶっ・・・・!?」

 吹き飛ばされた世界の中で足元に向けて伸びる手―――見ればヒノの両手だけがいつの
間にか、以前の化け物に変化している。
 足首が掴まれた。全身を襲う衝撃。
 引き千切られるような痛みが足首を襲う。
 その痛みに呻きを上げることさえ許さない速度でヒノの手が“縮んでいき”、同時に
その手に掴まれたシン・アスカもまたヒノの元へと引っ張り込まれていく。
 ヒノが右手を握り締め、振り被るのが見えた。ぞくりと背筋が粟立つ。
 殆ど反射的に両手で大剣を握り締め、振り被る。

 互いの口から迸る咆哮。
 瞬間的に生み出せる全身全霊の力で、互いの得物がぶつかり合う。
 激突する大剣と拳。甲高い金属音が鳴り響く。
 接触は一瞬。均衡も一瞬。周辺の降り積もろうとする粉雪が吹き飛んだ。
 同時に互いの身体も、同極の磁石が反発するように、弾かれ合った。
 気がつけば、一瞬前には触れ合うほどに近づいたヒノの姿は遠く離れていて――

「・・・・あ・・・ぅ」

 壁にめり込み、全身が動かなくなっている自分だけがそこにいた。
 がさり、と音を立てて、身体が前のめりに倒れていく。
 粉雪が頬に触れた。火照った身体を粉雪が冷やしていく。
 指の一本たりとも動かせない。動かそうとすれば全身に激痛が走って、動くこともまま
ならない。

「・・・・明日、ミノルの手術が終われば、私はあの子を連れて行きます。」

 ヒノの声が聞こえる――遠くなる。

「そして、二人でどこか遠くへ行って――私たちは幸せに暮らします。誰にも、邪魔は
させない。」

 足音が聞こえた。雪を踏みつけながら歩いて行く足音。

「・・・・くそ。」

 毒づきながら、うつ伏せだった身体を芋虫のように動かして、仰向けにする。

「何が、幸せだ。」

 空は白い。また雪が降り出している。

「・・・・だったら。」

 白い空が視界一杯に広がって行く。意識を保てていることが奇跡に近い。

「だったら、なんでそんなに泣きそうなんだよ。」

 呟きに対する答えは無い。それは白い吐息となって、消えていく。
 闇に溶けた白が視界を埋め尽くしていく。
 覚悟も決意も何も決まらない。
 何をするべきなのか、何が間違っているのか、何が正しいのか。
 何もかもが訳が分からない。
 そんな胡乱な思考を最後に何も出来ないまま、シン・アスカは意識を手放した。

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とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

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