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空想垂れ流し それは舞い散る桜のように Vol.3 ビギンズデイ

それは舞い散る桜のように Vol.3 ビギンズデイ

Vol.3 ビギンズデイ


 ヴェロッサへの返答まで残り8日。
 窓から外を見れば、一面、銀世界――屋根に乗っている雪の量は明らかに昨日よりも多い。
 倍とまではいかないが、優に1.5倍程度はあるだろう。
 ギンガはまだ帰れないらしい。起きぬけに彼女から電話があった。何やらエルセアはこちらよ
りもかなり酷い大雪らしい。
 もしかしたら、明日か明後日になるかもと言う事だった。

「・・・・また積もったな、これ。」
「シン、今日やがみで仕事だっけ?」

 フェイトが自室で普段着――ワイシャツとジーンズ、その上にタートルネックのセーターを
にパジャマから着替えている。扉を開けながらなので、彼女の背中のなだらかな曲線が少し見
えた。胸が僅かに鼓動するも、構うことなく洗濯機に昨日の洗濯物を放りこんで、返答する。

「あ、今日、俺来なくていいってさっき連絡あって。」
「もしかして、大雪で?」

 ワイシャツとセーターを一気に着ようとしているので、腕が通らないのか、何度も何度も腕
が入っては抜けて入っては抜けてを繰り返している。
 あいた、と声が聞こえてくる――もしかして、髪の毛でもひっかけて抜けたのかもしれない。

(・・・・何やってるんだ、あの人は。)

「シン?」

 黙り込んだ自分を怪訝に思ったのか、フェイトが声を掛けてきた。扉から顔だけ出してこち
らを見ている。
 咄嗟に返事を返す。

「あ、ああ、ランチ以外で客来ないだろうってことらしいです。」
「はは、まあ、そうだね・・・・ふう・・・・ねえ、シン、今から朝ごはん作るけど、何かリクエストある?」

 フェイトがつい先ほど脱いだパジャマなどを受け取り洗濯機に全て入れ終えて、スイッチを押す。
 朝食のリクエスト、と聞かれ、一つ思い浮かんだ。

「オムレツ、かな。」
「うん、じゃ、オムレツ作るね。」

 彼女がその金髪を後ろで縛り、エプロンをつけて台所に向かっていく。
 一日が始まる。
 始まりの一日が。



「さて、と。」

 服装は昨日と同じく黒いトレンチコートに黒いジーンズに白いワイシャツ。
 黒黒白と言う組み合わせは趣味が悪いとよく言われるが、目立たないのでこれが一番だ、と
シンは常々思っている。
 雪は、今パラパラと小康状態。
 こんな日にわざわざ聞き込みに行く自分もどうかと思うが――時間は無駄にしたくない。
 ヴェロッサに返事を返した訳ではない。今もまだ保留したままだ。
 馬鹿な事をしていると思う。
 正直な話、こんな風に自分で調べるくらいなら、さっさとヴェロッサに話を聞いてしまった方が
はるかに早い。あちらは情報戦のスペシャリスト。こちらは、しがない三流探偵。情報収集能力
の点で言えば、比べるまでも無いほどに差がついている。
 なのに、自分は連絡もせずに、自分で調査などしようとしている。
 意味の無い行為――だと思う。





「・・・・煮え切らないだけだな。」

 煮え切らない――要するに覚悟が出来ていないだけだ。
 やるべきことは分かっていて、やらなきゃいけないことも分かっている。
 なのに、自分はただ覚悟を決められずに保留している。
 この調査はそれを断ち切る為にやっている、つもりだった。
 少なくとも自分で調べていけば、その切っ掛けくらいは掴めるかもしれない。

「まあ、いいさ。何もしないよりはよっぽどいい。」

 呟いて、目前の建物に目を移す。
 クラナガン記念病院、と書かれた正門がそこにあった。その奥には4階建ての白い建物。
 懐からサングラスを取り出し、掛ける。

「・・・・調べてみるさ。俺一人で。」

 呟いて、病院に向かった。


「・・・・あの子?」
「けど、知らなかったなあ、キミにあんな少年趣味があるとか。」
「あのな・・・・仮にも嫁いる人間にそういうこと言うな、っと、今から診察なのか、その子?」
「そういや、そんな時間だったかも。」

 ベンチで座り、女医と話を続けながら、診察が終わるのを待つ。
 ちなみに目の前にいる眼鏡をかけた女医は以前仕事を依頼された相手だ。
 以来、こうやって手助けをしてもらっていたりする。

「あの子のことどれくらい知っているの?」
「・・・・大方、知ってると思う。」
「大方って言うと?」
「眼が視えないこと。家族はいないこと――事故で死んだこと。それと一ケ月間山中で一人で
生き延びていたこと。」
「父親と一緒にいたっていうのは?」
「知ってる。ていうか、今俺が言ってたことって、ニュースでやってただろ、確か。」
「まあね。じゃあ、ここに来てもあんまりキミの知りたいことは無いかもね。大体、私が知って
るのもそんなもんだし。」
「・・・・まあ、情報手に入らなくてもいいんだけどさ。」

 先程買っておいた缶コーヒーを懐から取り出し、開ける。

「一度、会ってみたいと思っただけだし。」
「何でまた。」

 理由は――あまり大っぴらに言える話でも無い。

「・・・・何となくだよ。」
「キミって探偵の割に本当に嘘が下手だよね。」
「ほっとけ。」
「照れない照れない・・・・あ、終わったみたいよ?」

 彼女の声に従い、部屋の方に目を向ける。
 診察を終えた医者と看護婦が出て行くのが見えた。

「・・・・んじゃ、行くか。」

 立ち上がる。
 彼女も同じように立ち上がり、少年の部屋に向かって歩いて行く――自分も同じく彼女のあと
をついていくようにして歩いて行――こうとしたところで、彼女が、こちらに振り向いた。




「・・・・何だよ。」
「あんまり変なことは聞かないでね? 妖精ちゃんってそんなに人見知り激しくないけど、キミは
目付きが悪いし。」
「妖精ちゃん?」
「あの子のあだ名よ。ナースの間でそう読んでるの。」
「どういう意味なんだ?」

 彼女が立ち止り、こちらに振り向いた。白衣と黒髪が揺れた。

「あの子は山で妖精に助けてもらってたんじゃないかってね。なんと山中で一緒にいた“おとう
さん”には、もふもふの毛があったとか何とか。」
「・・・・ビックフット?」
「かもね。あれも妖精みたいなもんじゃない?」

 確かにあまり違わない。厳密には違うのだろうけど、自分はそれほど詳しい訳でもない。
 人外の化生――妖精も妖怪もビックフットも知らない人間にはそれほど差は無い。

「だから、妖精ちゃん?」
「あの子には、結構似合うあだ名よ。」
「そうなのか?」
「天使――とはいわないけどね。妖精みたいな子。お父さんの話ならちゃんと教えてくれると思う
――あの子、皆にそれ否定されて落ち込んでたから。」
「ああ、分かった。」

 そう言って、彼女は今度こそ少年の部屋に向かって歩き出す。

(妖精、か。)

 胡散臭いネーミング。
 もし、ヴェロッサの予想通りなら妖精どころか、悪魔以外の何者でもない。
 目玉だけを抜き取る化け物。
 そこにどんな意味があるのか、何を考えているのかなど何も分からない。
 だが――相手がクジラビトだとすれば、恐らく何らかの意味はある。
 クジラビトは化け物では無い。どちらかと言えば悪魔――知性というものが存在している。
 気がつけば既に少年の部屋は目の前だった。
 彼女がコンコンとドアをノックする。

「はい・・・・。」

 ドアノブに手を掛け、開ける。

「・・・・誰?」

 ――なるほど、確かに妖精みたいだ。
 その少年を見て、シンはそう思った。
 まず目についたものは少年の金髪。次に頭部――というか眼のあたりを覆う包帯。
 華奢で同年代と比べてもそれほど大きくは無いだろう体躯。
 目に巻かれた包帯が痛々しい。そこ以外に痛々しい部分は無かった。
 両手に包帯が巻かれているが――それだけだ。

「私よ、オカザキ君。」
「あ、先生。」

 先ほどよりも幾分か緊張の緩んだ声。主治医――では無いのだろうが、それなりに親交があるの
だろう。

「・・・・もう一人、いるよね?」
「ああ、紹介してなかったわね。」





 彼女――少年に“先生”と呼ばれた女医が傍らで何から話すべきか悩んでいたシンに手招きを
する。

「私の後輩で、私立探偵やってるごくツブシのシン・アスカ。コイツがどうしても君のお父さん
の話聞きたいって言ってね。」
「・・・・今、何か今凄く失礼なこと言ってるようにきこえたんだけど。」
「オカザキ君・・・・いいかな?」
「いや、人の話聞けよ!?ごく潰しって何それ、いきなり俺の株価最安値更新?!」
「私立探偵で二股なんてごく潰しって相場は決まってるでしょう? ね、オカザキ君?」
「ちょ、何それ、職種差別!?」
「ふたまた・・・・?」
「ああ、この男ね、あろうことか美人の嫁さんが二人もいて毎日くんずほぐれつ――」
「いたいけな子供になんてこと教えてんだよ!!!」
「・・・・ふふ、面白い人だね、おじさん。」
「おじ・・・・いや、俺まだお兄さんていう歳で・・・・」
「突っ込み、それなりに面白いおじさんでしょう?」
「うん。」

 花のような笑顔が咲き誇り、場にあった緊張が解れていく。

(あとはキミ次第よ。)

 彼女が懐から出した紙にそう書き記した。つまり、彼女の最初の行動はつかみ――少年の緊張
を解きほぐし話の場を作る為の会話。
 もう少しやり方が違っていてもいいとは思うが。突っ込みがそれなりに面白いおじさんって何
なんだ。なんでこんなところで突っ込みが格付けされてるんだ。

「おじさん?」
「あ、ああ、ごめんごめん。」

 何も言わない自分に怪訝な瞳――包帯で隠れて見えないがそういった表情をしている――を向
けるミノル・オカザキ。
 すぐに意識を切り替えて、話を続ける。

「キミにお父さんの話を聞かせて欲しいんだ。」
「お父さん、の?」
「ああ・・・・昔のことじゃなくて、今の――君が山にいた頃のお父さんのことを。」


 ミノル・オカザキ。第21管理世界テアトル出身。年齢は9歳。
 父母との関係は良好――この年齢の子供に良好も何もあったものではないだろうが。
 母親は専業主婦。父親は大手広告代理店勤務。
 父親の帰りは毎晩遅く――そのせいで母親と喧嘩が絶えなかった。
 よくある話だ。どこにでもあるような夫婦の仲の悪さ。
 離婚、とまではいかなかったが、今後の展開次第では十分にその展開は予想出来たらしい。
 そんなオカザキ親子にも転機が訪れる。
 父親が必死に働いて有給を取って、家族旅行を提案した。
 行き先はミッドチルダ・クラナガン――家族旅行というよりは夫婦の愛を取り戻す意味合いの方が
強かったのかもしれない。
 何にせよ、子供にとって家族との旅行と言うものは胸が躍るものだ。
 ミノルも当然胸を躍らせた。
 だが――それは飛行機の中で始まった。
 ミノルの両親が喧嘩を始めたらしい。切っ掛けは些細なこと。それこそ機内食に出てきたミネラル
ウォーターがこぼれて母の服に飛び散った、程度のことだ。



 普通ならそんなことで喧嘩などしない。けれど――些細なことで喧嘩をしてしまうような夫婦に
とっては、それだけで十分な切っ掛けだ。
 無論、機内と言う密閉空間の中でのことなので、いつものように大声で怒鳴り合うと言うもので
はなく――小さな声で囁かれる罵詈雑言は発散が出来ない分、余計に性質が悪い。
 別に互いに喧嘩をしたくてしているのではない。ミノルの両親も互いに愛し合いミノルと言う子供を
授かったのだから。
 だが、感情は時に愛を凌駕する――いや、愛ゆえに凌駕するとでも言うべきか。
 夫婦と言うのは互いに気心の知れた仲である。
 だから、友人や同僚であれば絶対に触れない部分であっても、夫婦は踏み込んでしまう。
 言ってはいけないことを易々と言ってしまう。
 愛ゆえに。親しいゆえに――だ。
 二人の喧嘩は続く。気心の知れた二人だからこそ連鎖する罵詈雑言。
 それは永遠に続くと思われた。
 少なくともミノルにとってはそうだったのだろう。
 そのことを話している彼は辛そうにして――けれど、既に色々な人間に話しているので、年齢に不相
応なほどに話慣れしていた。
 両目を覆う包帯よりも、その不相応さの方がよほど痛々しかった。

 話を戻そう。
 兎にも角にも喧嘩は続く。ミノルはその時、じっと我慢していた。両親の喧嘩を彼らに一番近い場所
で聞き続けることは辛かったけれど、ミノルは知っていた。いつかそれが治まる時が来ると。
 今までがそうだったから、今度もそうだと。
 けれど――その喧嘩の終わりは今までとはまるで違う終わり方をした。
 機内の照明が突然消えた。
 大きく揺れ出す機体。右へ、左へと傾き出し、窓から見えた飛行機の翼からは煙が出ていた。
 機内で流れ出すアナウンス。緊急、と言う言葉だけが耳に残った。
 ベルトを母につけてもらい、父と母は喧嘩をやめて、ずっと大丈夫だ大丈夫だと唱えていた。
 怖かった。だけど、少しだけ父と母が仲直りをしてくれたのが嬉しかった。
 がくん、と機体が揺れ動いた。シートに身体が押し付けられる圧迫感。“自分の体重の重さ”を実感
した。いきなりのことで何が何やら分からない。機内は既に怒号と悲鳴の暴風雨。耳にはそれ以外入っ
てこない。母は自分を力強く抱きしめて、父はそんな母と自分を抱きしめて。
 浮遊感と衝撃が襲いかかる。意識はそこで閉じた。
 目が覚めれば――世界は暗かった。
 目が痛かった。全身が痛かった。熱かった。何も見えない世界は怖くて涙が溢れて泣く度に目が痛んだ。
 訳が分からなかった。
 泣いた。泣き続けた。
 どれくらい、泣いたのかは分からない。
 そして、音がした。
 それまで聞こえていた音とは何かが――何が違うのかは分からないが、音がしたそうだ。

「た、すけ、て」

 声を上げた。口から洩れる声はか弱くて自分の声とは思えないほどに小さかった。
 返事は――無い。
 また、音がした。パキ、という音。こちらに近づいてくる音。

「た、す、け、て」

 返事は無い。諦観が心を覆う。
 全身の力が抜けていこうとした、その時――

「オマエ」

 声が、した。
 発音が少しだけおかしい。けれど、低い――よく耳に通る綺麗な声が。




「・・・・オマエ、ナニシテル」
「たすけて・・・・たすけて・・・・たす、け・・・・」

 ミノルはそこで意識を失った。
 そして――次に意識を取り戻した時、目の痛みは大分と良くなっていたらしい。
 身体中を襲っていた痛みも消えはしなかったけれど、気に成らない程度になり、そこでミノルは父
と生活していた、そうだ。

「・・・・お父さんが、助けてくれたんだ?」
「うん、お父さんがずっと僕に食べ物とかをくれたんだ。甘い果物とか少し苦い野菜とか・・・・お父さん
はずっと傍にいてくれた。ずっと・・・・ずっと一緒だったんだ。」

 嬉しそうに笑いながらミノルは続ける。
 お父さんのことが本当に大好きなのだろう。

「お父さん以外には、誰も、いなかった?」
「うん、お父さんはそう言ってた。皆は遠いところに行ったって・・・・お母さんも、行っちゃったって。」
「・・・・そっか。」

 顔を俯かせるミノル。包帯で覆われた瞳にはどんな光景が映っているのだろう。
 幸せだった頃の想い出が――そこには映っているのだろうか。

「お父さんとはその後、どうしたんだい?」
「・・・・仕事に行かなきゃって言ってた。」
「仕事?」
「すぐに迎えに来るって・・・・お父さんは言ってた。だから、泣いたりせずに待っていなさいって。」
「お父さんは・・・・どこに行ったか分かる?」

 その質問に首を横に振ることで応えるミノル。

「・・・・そっか、ありがとう。話聞けてうれしかったよ、オカザキ君。」

 横に立って、一緒に話を聞いていた女医――彼女に目配せし、これで行くことを伝える。
 時計を見れば既に一時間以上が経っている。そろそろ頃合いだ。

「それじゃ、俺、行くね。」
「おじさん、もう行くの・・・・?」

 寂しそうに呟くミノル。
 ずっと一緒にいた、“お父さん”がいないから寂しいのだろう――家族が誰もいない。それが辛く
無い訳が無い。

「・・・・じゃあ、もうちょっと。今度は俺が話す番でも良い?」
「う、うん!!」

 嬉しそうに返答するミノル。
 その期待に答えようと自分の記憶の中を検索する。
 さて、何を話せばいいのやら。


「もう、昼か。」

 昼食時になるまで話し込んでいた自分――女医は途中で帰った。流石にサボり過ぎだと連絡が
入ったのだ――は、ミノルにまた来ると言う約束をして、部屋を出た。
 別れ際、寂しそうにしていたミノルの顔を思い出す。
 この後、ミノルがどうなるのか、帰り際に女医に聞いてみたところによると、伯父夫婦に引き
取られることになっているらしい。
 自分は会う事は無かったが、時々顔を出す程度らしいが――別の次元世界に住んでいる人間だ
から、時々来るだけでも大変なことだ。




「・・・・お父さん、か。」

 ミノルが話してくれたことを纏めてみる。
 事前に聞いていた話の詳細が分かった程度――大きな進歩と言えば大きな進歩だ。

 ミノルは墜落事故から、山中で生活し、その間はずっと“お父さん”と呼ばれる人間と一緒に
いた。
 “お父さん”以外には誰もいなかった。
 “お父さん“はどこかに行ってしまった――すぐに迎えに来ると言っていた。

 欠けていた欠片が揃っていく。
 凍りついた歩道を歩きながら、思考を繰り返していく。
 お父さんとは――誰なのか。何なのか。
 まず間違いなく、“お父さん”とは人間ではない。
 恐らくそれは化け物。人々から眼球を奪い続けている化け物のこと。
 眼球を奪い続ける理由は――正直、分からない。
 何かの儀式めいた感じもするが、その割には扱いがおざなりに過ぎる。
 しかも、それを病院の前に置いていったというのも分からない。

「眼・・・・そういや、あの子も眼が見えなかった、か。」

 眼が見えない子供。
 恐らくその“お父さん”であろう眼球を奪っていく化け物。
 符合、と言えば符合する。
 だが、繋がらない。
 関係はあるはずだ。きっと意味はある――でなければ、わざわざバケツの中に入れて病院の前
に放置することはないだろう。

 ――それって眼を治すためだったりして。ほら、悪い眼は取り替えてしまえってどこかのお伽
噺に無かった?

 脳裏に浮かぶ一つの言葉。女医がシンに告げた言葉だ。
 眼球の件について聞けば、彼女もそのことは知っていた。
 それは、あまりにも馬鹿げた考えだ。
 ミノルの眼を治す為に他人から眼球を奪う。
 そんな考えに普通は至らない。普通はまず医者を思い浮かべるだろうし、治す為に他人の眼を
使えばいいなど丸っきり原始人の思考だ。
 自分の知っているクジラビトと言う化け物は、知性を持っていた。少なくとも、そんな原始人
の思考をする化け物では無かった。 

「・・・・普通はそんなこと思いつく訳ない、よな。」

 おかしな違和感。説明出来ない曖昧な感覚。
 何か、おかしい。欠片は揃っている。なのに、何かが足りない。その何かが何なのかが分から
ない。
 何か――何かが自分には不足している。
 喉元に魚の骨が突き刺さったような不快感。抜き取りたいけど抜き取れない、そんな感覚が胸
の奥に沈澱している。 

 ――その時、向こうから歩いてくる、おかしな二人――じゃなくて一人と一匹か――を確認す
る。
 金髪にオッドアイ。年齢は11歳。流れるような金髪を頭の両脇で青いリボンで結び、ツイン
テールにしている。将来はとんでもない美人になるのだと確信できる風貌―― 高町ヴィヴィオ。
胸にかけたペンダント――紅い球がかけられている――がやけに印象的な少女。
 銀糸のもふもふとした毛を身体中から生やした獣――ヴォルケンリッターの一人。ザフィーラ。
彼女の犬である――が彼女を背中に乗っけて、歩いている。
 正直、あんまりというかクラナガンで一番会いたくない組み合わせだった。





【おお?ヴィヴィオ、見ろよ、変態がいるぜ?】

 彼女の胸元の紅い宝玉が声を発する――レイジングハート・カレイドスター。世界でも最高峰の
最新技術が詰め込まれた傍迷惑なデバイスである。
 その声に反応して眼が合った。
 ヴィヴィオがこちらを見た。ザッフィーが鳴いた。自分は思いっきり眼を逸らした。お願い、
ここで気づかないで。このまま素通りして―――お願い、頼む。

「あ、二股野郎(ダブルファング)さん。」

 そんな願いが叶う訳も無くヴィヴィオは――幼き魔法少女は二度と聞きたくない、そのあだ名を
使った。
 ダブルファング――いわゆる二股野郎をコードネームにしたものだ。そんなものをコードネーム
にするなと思ったが、ほぼ無理矢理だった。五年ほど前の話である。

「・・・・ヴィヴィオちゃん、そのあだ名いい加減にやめようね。」
「間違ってはいないから仕方がないことだ。」

 少女の股の下から声――ザッフィーが喋っていた。

「黙れ、犬。」
「犬じゃない、狼だ。」
「・・・・どっからどう見ても犬でしょ、それ。」
「何か浮かない顔してますけど、どうしたんですか、ダブルファングさん?」

 それが本当の名前であるかのようにヴィヴィオは相変わらずダブルファングと呼ぶ。
 彼女の頭の中ではシン・アスカはダブルファングと言う読みに変わっているのだろうか。
 そう言えば彼女の母親――高町なのは。フェイトの友達である――は自分のことを嫌っているの
だった。
 まあ、普通、自分の友達と二股しているような男を嫌わない方がおかしいが。
 その影響か、自分はこの子に嫌われている――訳ではないが、微妙な扱いを受けることが多い。

「・・・・いやちょっと仕事でね。あんたらこそ何してんですか。ヴィヴィオちゃん、今日学校じゃな
いのか?」
「創立記念日ですよ。だから、今日はザッフィーとお散歩しようと思って。ね?」
「わん。」

 凄く素直に反応するザフィーラ。
 先程の自分への対応とは別物というか、まるで犬だった。

「・・・・思いっきり犬じゃないですか。」
【けけけ、旦那は根っからの犬根性が染みついてるからなあ。】
「お前、ちょっとは見習ったらどうなんだ。」
【きひひひ、俺はいんだよ、俺は。ダブルファング、お前こそ見習ったらどうよ?きっと嬢ちゃん
たち喜ぶぜ? いっひっひっひ。】

 実に楽しそうに品の悪い笑いをするジェイル・カリエッティ製デバイス。レイジングハートカレイドスター。
 ヴィヴィオが手に持つ面白空間精製型の最新鋭の殲滅戦仕様のインテリジェンスデバイスである。
 殲滅戦仕様という頭の悪い仕様の時点で性能は察してください。




 自意識持ったデバイスというのはシンも持っていたが、ここまでウザいデバイスでは無かった。
 ていうかこんな人格設定したスカリエッティは何考えてたんだ。真面目に作る気あったんだろうか。
 と、唇を引くつかせていると――ガシっと腕を掴まれた。

「・・・って、何この手?」
「可愛い可愛いヴィヴィオからのお頼みです・・・・ご飯奢ってください、ダブルファングさん。」

 唐突に、そう言って――彼女は向かいのステーキハウスを指差した。店名はジャストミート。ランチ
タイム××××(日本円にして2980円)と書いてある。
 途端にぐぅぅっとヴィヴィオのお腹が鳴った。ついでにザフィーラも。ヴィヴィオは人差指を口に含
み、ちょっと頬を赤面させて、ザフィーラは発情期みたいにはっはっはっと息を乱していた。

「帰れ。」

 シンは絶対に奢るかと言う強い決意と共に言い放つ。
 大体2980円のステーキハウスのランチを奢れとか言う時点で頭狂ってるんじゃないだろうか。
 そんなものを喰う暇があったら、すき屋に行って特盛頼んだ方がはるかに財布に優しいし、何より旨い。

「な、いきなり冷たくなった!?いいじゃないですか、その財布の中身なんてどうせすぐにエロ本に消え
ていくんだし!!」

 ヴィヴィオがさりげなくとんでもないことを言い放つ。それは少なくとも小学生が口にするにはもう3年
ほど早い言葉である。保健体育も習っていないのにこんなことを言ってはいけないのだ。
 シンは――そのエロ本、と言う言葉が酷く勘に触ったのか、それとも図星なのかは分からないが、一気に
大きな声で叫んだ。往来のど真ん中という意識は既に無い。頭に血が上れば往来のど真ん中もエロ本を隠し
ている自分の部屋も大して変わらないのだ。

「ホントに帰れ!!この、子供と思って、優しくしてれば、付けあがりやがって、俺の財布の中身の使い方
にまでケチつける気か!?大体、そんなのに使うか!!使うならもっと有意義に使うに決まってるだろ!!」
「嘘!?だって先月はエロ本にかなり使ってたって、フェイトママが言ってたのに!!」

 そして、また――さりげなくとんでもない爆弾を口にする、ヴィヴィオ。
 確信犯ではありません。天然です。だからこそ余計に性質が悪いのだが。

「・・・・何?」

 一瞬、茫然と――シンは今ヴィヴィオが言った言葉を反芻する。
 ―――エロ本にかなり使ってたって、“フェイトママ”が言ってたのに。

(え、ちょ、この子何言ってるの。)

 言葉尻だけは冷静だ。だが中身は冷静では無い。
 避けられない運命。ああ、これぞデスティニー。

「そんなことに使うくらいなら、私に奢った方が百倍良い使い道だと思いませんか?」
「い、いや、ちょっと待って、その前その前、なんて言った?」
「だから私に奢った方が」
「だからその前」
「・・・・エロ本買ってベッドの下に隠してたってところですか?」

 隠し場所まで筒抜けでした。

「バレてるの!?」
「あれ?知らなかったんですか?フェイトママとギンガさんは全部把握してますよ。」
「・・・・嘘。」
「いや、本当に。昔からずっと知ってるはずですよ。よく私の家に来て言ってますもん。」

 ちなみにバラしに言ったのではなく愚痴をしに高町家に向かい洗いざらいを暴露したのだった。





「なんで、そんなことを言ってるんだ、あの人はああああああ!!!」
【それでどんな内容だったんだ、ヴィヴィオ?】
「いや、何か内容は凄かったらしいよ・・・・鎖が、何だっけ、鎖が凄いとか何とか」
「・・・・なるほど、確かにチェーンバインドプレイならばかかる費用は自分の魔力のみ。リーズナブルだな、
ダブルファング。妄想演習の出来はどうだった?」
「・・・・あれは違う、違うんだ。表紙に釣られて買って中身見たら禁縛だったんだ・・・・。」

 表紙の方は普通のエロ本でした。禁縛特集と書いてなければ。

【チェーンバインドプレイ・・・・ダブルファングは一味違うな。】
「・・・・いやもうホント勘弁してください。ホントマジすいませんでした。」

 ヴィヴィオがシンの肩を優しく叩いた。

「奢って、くれますか?」

 この幼女(元)最低だ。シンは本気でそう思った。

「・・・・」

 一拍の間。正直奢りたくないというか奢れば今月の彼の小遣いは危険領域に入る。
 それに一食2980円とか殆ど正気の沙汰ではない。それ一食で豚丼特盛が4杯は食べれる計算だ。狂気と
言っても良い。
 だが――
 
「・・・・ああ、いいよ。」

 これ以上エロ本エロ本と往来で連呼されるのは辛かった。
 何よりも相手がまだ年端もいかない幼女(元)と言うことも辛かった。
 そして、その年端もいかない幼女(元)の眼が明確に告げていた。

 ――エロ本エロ本連呼しますよ、と。

 こんな街を守る魔法少女は本当に嫌だった。



「やっぱり、あそこのハンバーグは美味しいです!!ありがとうございました!!」

 にこやかにほほ笑みながら言い放つヴィヴィオ。
 そんなヴィヴィオとは対照的にシンの顔は酷く暗い。

「・・・・財布軽いな、おい。」

 財布の中には紙幣が数枚と硬貨が3枚程度残っている――冷静に考えて金欠である。
 あと半月もあるのにどうやって生活するのか。
 そして――もう一人、実に幸せそうな顔をしている男がいた。

「げっぷ。」

 獣耳をつけた獣人。こんな需要どこにあるのかと聞きたくなるが実際存在しているので需要もクソも
無い。過去の闇の書のマスターもどうしてこんな獣耳のガチムチを作ろうと思ったのか。
 幸せそうにゲップする男――一瞬その身体が輝き、元の狼――犬の姿へと舞い戻る。

「あんた、飯時だけなんで人型に戻ってんだよ!!」
「犬がレストランに入れる訳が無いだろう。」





 しれっと言うザフィーラ。
 もうここらへんまで来るとシンも敬語を使うことは無い。
 財布の中身と一緒にシンのザフィーラへの敬語もスパークしてます。

「じゃ、外で待ってろよ!!」
「この寒空の下に全裸に首輪で放置したいだと?流石チェーンバインドプレイ好きは違うな。生き物と
あれば手当たり次第か。」
「一言も言ってねえよ、そんなこと!! 大体アンタいつも素っ裸だろうが!!」

 ぜえぜえと肩を揺らして息をするシン――ツッコミ疲れだろう。
 そんな疲れ切ったシンを見てヴィヴィオが声をかける。

「そう言えば、今週のギャンプ読みました?」

 一気に話の方向が転換してしまった。

「ヴィヴィオちゃん、人の話聞いて・・・・いや、もういい。とりあえず、サイレーンが急展開過ぎる気は
したかな。テコ入れの時期なのかな、あれ。」
「綱渡りみたいで読んでるとドキドキする漫画ですもんね、打ち切り的に。私は、やっぱりワンビーズ
ですね。まさかあんなことになるとは・・・・。」

 ちなみに打ち切られても不死鳥のように蘇る漫画もあったりする。

「ああ、あれは予想外だった。まさか、スペードがああなるとは。」
「私は賢い狼リリエンジャールと保健室の死神先生が良かったな。」
「・・・・また、ドマイナーなところを突きますね、ザフィーラさん。ていうかあんたも読んでるんですか、
ギャンプ。」
「ヴィヴィオに付き合ってな。」
「ザッフィー、ぬらりひょんの息子好きなんだもんねー。」
「うむ。この間の天の邪鬼は良かった。」

 うむ、良かったじゃねえ。思いっきりオッパイ祭りの時じゃないか、それ。
 どこの世界に少年漫画を読み漁る守護獣がいるんだ。しかもオッパイ祭りの時をチョイスしてプッシュ
するとか幼女(元)に何言ってるんだ、この犬は。
 恐るべきオッドアイ幼女(元)。あの堅物なザフィーラをここまで俗物にしてしまうとは。

「・・・・まあ、いいけど。」

 もうどこから突っ込んで良いのか分からない――そんな無常感すら胸に浮かんでくる。
 腕時計を見れば時刻は――2時半。
 ヴィヴィオたちに無理矢理飯を奢らされて、あろうことかデザートまでをも奢らされた結果だった。
 本当に悪魔のような幼女(元)だった。管理局の白い悪魔の娘は伊達じゃない。
 と、いきなり、ヴィヴィオが歩みを止めて、前方の公園を見つめていた。

「どうしたの?」
「・・・・ダブルファングさん、あそこ、あれ何ですか?」

 ヴィヴィオが指で指し示した方向――距離は遠い。
 眼を凝らす。そこに――街にはいるはずの無いモノがいた。

「あれは・・・・」
「金色の、毛?」
「人が襲われているぞ!!」
「っ――。」

 ザフィーラが叫ぶ。今この場にいる人間の中で最も視力が高いのはザフィーラ。その彼の言葉を疑う
余地は無い。
 シンは懐からデバイスを取り出し、即座に展開。大剣の形状へと変化させ、考えるよりも早くそこに
向かって飛んでいく。




 ――それは異形だった。夜の闇にだけ潜むべきモノ。恐らく件の化け物。そして――

(本当に、生きてたのかよ・・・・!!)

 ――それはクジラビト。羽鯨の遺伝子から作り出された不定形の悪魔。外界からの刺激によってのみ
成長する生命の究極。
 見た目は彼の知るソレとはまるで違う―――共通点はその色。
 金色の色――羽鯨の色。
 血のように紅い眼――レリックブラッドの輝き。
 大剣を握る右手に力を込める。速度は最速。刀身に炎熱変換した魔力を流し込み、炎刃を形成。振り
かぶり、そのまま突進。
 既に魔導師が5人も殺されている。
 内3人はAAAランク以上の手練れ――手加減は出来ない。
 接近する。化け物がこちらを見た。
 全身を金色の長い体毛で覆った化け物。血のように紅い眼がこちらを射ぬく。口が開いた――耳元まで
避けた巨大な口。

「ぎ、ぐ。」

 化け物が槍投げのような態勢から右手を振り被り――振り抜いた。伸長する化け物の右手。先端を手刀
の形に固定し、振るわれたソレは弾丸の如き速度で疾駆する。

「くっ・・・・!!」

 左肩と左腰から炎熱変換し推力と化した魔力の間欠泉――高速移動魔法(フィオキーナ)の炎が噴き上がる。
 吹き飛ばされる勢いで左方向に移動、地面が近づく。
 低空の飛行による弊害/障害物が避けられない――身体をそのままぐるりと回転させ、側転するように着地。
 襲い掛かっていたのは――女性。まだ生きている。服が僅かに破れているが、それだけだ。
 殺されていない。生きている―――唇が歪む。頬が歪む。獰猛な肉食獣の微笑みが浮かぶ。
 脳髄に直結していく、身体各部――腕/太股/腹部/頭部――五体全て。
 どれほどに怯えていようともいざ戦闘に入れば怯えや恐怖は消え去り、戦闘に埋没する。
 そんな自分に嫌悪を感じる――その嫌悪を無理矢理押し込み戦いに没頭する。
 化け物――クジラビトがこちらを向いた。
 加速。接敵。大剣を振るう。がきん、と金属音が鳴り響く。化け物の左手と大剣が激突した音。
 両手に痺れが走り抜けた。
 化け物の足が跳ね上がる――自身の足を跳ね上がったソレに乗せる。
 相手が蹴り上げる勢いを利用して、そのまま上空へ移動。
 同時に大剣を振り被り――化け物が上空に意識を移動――縦方向に身体を風車のように回転させる。
 回転の勢いと体重と膂力の全てを込めて、大剣を叩きつけた。 

「らあぁあああああっっ!!!!」

 絶叫の如き咆哮と共に叩きつける大剣――化け物が身を動かし、それを回避。
 構うことなく、その場からこちらも後退――襲われていた人間の元へと移動。

(生きてる、死んでない。)

 生きている。その事実を確実に確認し、目前の敵へと目を向ける。
 敵は今もこちらを見ている。
 目を離さずにこちらを見つめている――背筋がぞくりと震えあがる。
 敵の強さは一級品。隠し玉は残しているもののどう考えても分が悪い。
 一人なら、だ。一人ならきっと怯えが手足の全てに影響して動きを阻害している。
 もう少し――もう少しで、あの子が来る。
 目につくもの全てを手当たり次第に殲滅(ハカイ)する悪魔のような魔法少女が――ここに来る。
 自分の役割は時間稼ぎにすぎない。




(・・・・頼むからさっさと来てくれよ、ヴィヴィオちゃん。)

 シン・アスカは心中で呟き、油断なく目前の敵を見つめる。
 ――その眼に、幾ばくかの悲哀が宿りだしたことに気がつきもしないまま。


「・・・・ダブルファングさんばかりに良い格好していられないもの。私は、この街のヒーロー・・・・リリカル
ヴィヴィオなんだから。」
「ヴィヴィオ、気をつけるんだぞ?」
「うん、ザッフィーも気をつけてね!」

 背後の狼に告げて走り出す。
 胸の紅い宝玉を握り締めて、掲げる。
 紅玉が輝き、赤い光が走る。光は幾何学模様を描き一本の杖の形を形成していく。
 それは杖――魔法使いの杖。お伽噺にのみ登場する奇跡を生み出す、魔法の杖。
 展開した杖がヴィヴィオに向けて言葉を放つ――準備が出来たと言うことを、告げる。

【ヴィヴィオ、コードの打ち込み準備は完了だ。いつでも行けるぜ。】
「了解、いくよ、カレイドスター。」

 瞳を閉じる――開く。赤と青のオッドアイが輝き出す。その中心に輝き出す紋様。それは聖王という
“血”に秘められた力の証。
 聖王の鎧、聖王の剣、という遺伝子に刻みこまれた超越種の力を具現した紋様。
 それは王の紋章。聖王と言う比類なき最悪にして最低の運命を背負わされた少女が持つ唯一にして、
最強の力。

「セットアップ――」

 紋様が輝く。その身の内から化け物じみた――もはや化け物と言っても過言ではない魔力量が膨れ上
がっていく。

 それは――火山が噴火する様に似ている。
 それは――星が生まれる瞬間に似ている。
 それは――世界の始まりの時に似ている。

「―――カレイド、スタアアアアアアア!!!!」

 ――瞬間、世界がその“虹色の魔力の奔流”に震えた。

【いいいいいいいやっはああああああああ!!!!】

 カレイドスターの雄叫びに伴いヴィヴィオの全身を血のように紅い光が走り抜ける。
 刹那の時すら待たずに紅い光が紅い布へと変化。
 ヴィヴィオがそれまで着ていた服が粒子となって消えていき、紅い布がヴィヴィオのまだ膨らみ切っ
ていない幼き裸体を“締め付ける”。
 その身を縛り付ける紅い布。
 そして、それらを覆う白い外套も同時に形成される。外套のそこかしこに突き出る刃金。触れるだけ
で血を流しそうな針鼠の様相。
 手には杖。槍のようにも剣のようにも斧のようにも見える、万能杖。槍のような穂先。斧のような刃。
剣のような石突。そして――多節根の如く幾つもの節目が見える杖。
 その万能杖と右手を接続する大仰な篭手。左手にはリボルバーナックルにも似た黒き鋼の拳。
 そうして現出したのは、魔法少女と呼ぶにはあまりにも荒々しく、あまりにも暴虐の存在だった。

 ――それは、世界を侵す王。
 ――それは、世界を縛る王。
 ――それは、聖王と言う存在の到達点。




「―――殲滅系魔法少女、リリカルヴィヴィオ。」

 一瞬たりとも足を止めて停滞することなく、幼女(元)は告げた。

「全部まとめて―――殲滅(こわ)してあげる。」

 そしてその後方ではザフィーラが人型になり腕時計をつけて路地裏に入っていった。

「・・・・では、私も行くか。」

 腕時計の側面に存在するスイッチを押し込む。

「変・・・・身・・・・!!」

 力強く叫び、ザフィーラが、変身する――クラナガンのヒーロー。ウルフマンへと。
 スカーフを棚引かせ、顔には仮面――どこか犬を意識させる意匠が施されている――があった。
 仮面○イダーとグレート○イヤマンにインスピレーションを受けたという衣装。殆どというか混ぜて
いるだけでパクリです。

「ウルフマン―――行くぞ!!」

 ヒーローが跳躍する。
 首元の紅いスカーフと全身を銀で染めてヒーローが現場に直行する。

 そしてその頃――シンと化け物の戦闘は硬直状態に陥っていた。

「・・・・」

 敵は先程の交錯から一度も動いていない。
 こちらをじっと睨んだまま、動きを止めている――いや、完全に止まっている訳ではない。
 僅かに少しずつ、ジリジリと足を動かしてはいるのだ。
 気づかれないほどの小ささで。

「・・・・。」

 足元と手元を特に注視する。
 先程よりも彼我の距離は縮まっている――30cmほどだろうか。
 30cmと言うのは言葉にすると取るに足らないモノだ。
 だが――戦いの場においては、例え1cmであろうと致命的な差となり得る。
 手と足元に注意を払っていうのはその為。
 ジリジリと近づいてきている――恐らく間合いに入りこむタイミングを図っているのだろう。
 手は同じく指を揃えて伸ばした手刀の形。砲丸投げのようにして、あの手は伸びてきた――手に関
しては動きに注意する以外に回避の方法は無い。振り被り投げると言う予備動作を必要としている以
上は、注意することで対処できる。
 足元も同じ。膝の動き、太股の動き、つま先の動き、全てに注視する。いつ動いても良いように、
いつ襲いかかってきても対処できるように。
 眼を見開き、その一挙手一投足全てを凝視するシン。
 脳髄を占める全能感は変わらない。今も――五年前からずっとシンの日常として在り続けている。
 それがあるからこそ、先程は回避できた。無ければ既に死んでいる。

 ――緊張する空気。密度が増し、粘りすら感じられそうな緊張感。
 その時――その緊張を打ち破る声が響いた。




「ギガントバレル―――イグニション!!」

 バリアジャケットの節々から溢れ出る虹色の魔力光を放つ少女がそこにいた。
 少女の声に伴い、その手の杖が形状を変えていく。同時に少女が身にまとった虹色の魔力光が、
その色を紅色に変えていく。
 杖はその先端に直径20cmほどの穴を持つ砲塔に。
 砲塔の横に据え付けられている取っ手と上部に取り付けられた取っ手を力強く握り締め、構える。
 そして魔方陣が展開し、紅みがかった虹色の文字が空間に描かれていく。
 円形と文字と直線の組み合わせによって意味をなす魔方陣を数十と言う規模で展開し、砲塔を既に
こちらに構えている―――こちらに?
 燃える――炎が燃えている。
 少女の背中で真っ赤に輝く太陽が――燃えている。

「・・・・やっべ。」

 ぞくりと肌が粟立った。背筋に怖気が走り抜けた。
 反射的に気絶している女を抱き締めると、すぐにその場を離脱する。

「でかいの行くよ―――ダブルファングさん、避けてくださいね!!」
「ちょっとはこっちのこと考えろよ!!」

 叫び、離脱――戦闘と関係の無い場所へ。
 あの場にいて巻き添えを食らうのだけはまずかった。
 カレイドスターが呟く。

【面白破壊空間の展開を完了――いいぜ、ヴィヴィオ、ぶっ放せ。】

 ヴィヴィオがその砲塔を構え、照準を合わせてく。
 ぴぴぴ、とやけに甲高い音が鳴り響き、ヴィヴィオの瞳に浮かぶ照準(レティクル)―――

【第一殲滅火砲術式!!!】

 カレイドスターの声に合わせて、杖の紅玉に現れる“第一殲滅火砲術式”の文字。

「ディバイン―――バスタアアアアアアア!!!」
【撃て撃て撃てーーーーー!!!】

 名前通りにディバインバスターである。殲滅火砲術式の名が示す通りに、炎熱属性を付与された
全てを燃やし尽くす地獄の業火そのものと言っても良い威力の殲滅魔法。

「ファイヤアアアアアアアアア!!!」

 絶叫――発射。炎熱。紅き光条が現出し、化け物に向かって伸びていく。
 市街地での魔法の使用は基本的に禁止されている――このデバイス以外は。
 クラナガンにおける悪役にして、次元海賊アルハザードの首魁ジェイル・スカリエッティが作り
出した、“空間内で起きたありとあらゆる事象は空間の消失に伴い復元する”と言う特性を持った
面白破壊空間内部では破壊など瑣末なことだ。
 壊れたと言う結果が否定される。
 殺されたと言う結果はそもそも確定されない。
 確定されるのはあくまで“誰も死なない、何も壊されない、何も起きていない”と言う結果のみ。
 毎月毎月スカリエッティが面白半分――というか面白全部でクラナガンを巨大ロボットで襲撃しても
問題にならないのはこの為なのだ。
 精々が市役所の苦情が増えて、スカリエッティに「夜眠れないから静かにお願いします」などの
投書が来る程度。
 ――実に懐の深い市民である。 




「あいつは・・・・」
【もう、いねえぜ、ヴィヴィオ。】

 自身が薙ぎ払った場所を見る――そこには何も無い。
 それまで存在していた金毛の化け物の姿はそこに無い。 

「逃げ、た?」
【ちっ・・・・面白くねえな。】
「とおっ!!」

 そこに上空から飛び降りてくる人影――仮面とスカーフを棚引かせる、筋骨隆々のたくましい姿。
 ザフィーラ――ウルフマンだ。

「う、ウルフマン様!!!!」
【旦那、遅くね?】
「・・・・むう。」

 ウルフマン――ザフィーラは仮面の裏で唸った。
 わざわざ変身してここまで来たのに、既に敵はいない。
 カレイドスターはそんなウルフマンに呆れて、ヴィヴィオはそれでも眼を輝かせて物凄い勢いで
ウルフマンの弁護に回っている。微妙に頬が紅潮しているのは恋ゆえか。
 その光景を少し遠くから見つめるシンは――さきほどの化け物を思い出していた。
 正確には、逃げる一瞬前の光景を。
 迫る紅光。化け物は身を翻しそこから離脱した。
 初めから砲撃されることを読み切っていたのだろう。その動きに停滞はまるで無かった。

 ――シンの気にかかるのはその一瞬手前。停滞の無い動きをしていた、化け物が、一瞬、シンの方
を見て、動きを止めた。

 その眼は、シンを凝視していた。一瞬しか見ていないのに凝視と言うのもおかしな言葉だが――感覚
として、凝視されたとシンは感じていた。
 覗きこまれるような感覚。その紅い眼によって、何かが看破される感覚。 

「何だったんだ、あいつは。」

 ヴィヴィオの砲撃によって破壊された街が発生した空間の解除に伴い、元の世界に戻っていく。
 呟きは、誰にも届かずに、降り積もる雪の中に消えていく。
 あの眼。あの紅い眼。どこかで――どこかで見たことがあった。
 色が、ではない。その雰囲気と言うか、口では言い表せない何かが――どこか、誰かに似ている。そん
な印象を受けていた。
 雪はまだ止みそうになかった。

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