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空想垂れ流し それは舞い散る桜のように vol.2

それは舞い散る桜のように vol.2


 バレンタインの夜。それは恋人たちにとっては、聖なる夜である。どんなカップルだって、
チョコを受け渡し、良い雰囲気になれば聖なる夜になるのは当然である。
 たとえチョコを渡していなくても――バレンタインと言うだけで雰囲気が違う。
 良い雰囲気になるのは当然と言っても良い。しかも大雪だ。どこにも行き場の無い恋人たち
は基本的にインサイドワークスに勤しむことになるのである。
 そう、この二人も――本来ならそうなるはずだったのだ。

「こおおなあああああああゆきいいいいいいいい!!!」
「・・・・わー、八神さん、上手いですねー」
「・・・・うん、上手いねー。」
「君らも何か歌わないのかい?」

 ホットの紅茶を飲む優男が二人を気遣って声をかける――どちらかというとその気遣いが今
はどうにも居たたまれない。

「何や、何でそんなにやる気無いんや、そこの二人!!こおおおなああああああゆきいいいいいい!!!!」

 その二人も、本来なら――本来ならそうなるはずだったのだ。
 目の前の状況はどうしてこうなったと言いたくなる状況だった。
 現在、台の上に上に立ち、大声で歌を歌っている女性――八神はやて。
 ソファーに並んで座り、複雑そうな顔でそれを眺める二人――シン・アスカとフェイト・T
・ハラオウン。
 そして、その向かいの椅子に座り優雅に紅茶を飲みながら、歌う歌を検索している男性――
ヴェロッサ・アコース。
 現在、彼らは、カラオケにいた。
 ちなみにはやてが歌っているのは粉雪と言う歌である。小指を立てて超熱唱中―――何でカ
ラオケなんだろう。
 シンとフェイトは切実にそう思った。



 事の発端は実に単純だった。
 シンとフェイトは夕食の後、チョコの受け渡しはしなかった。
 フェイトもシンもそれはギンガが帰ってきてから一緒にやろうと考えていたからだ。
 だから、そんな馬鹿なことを二人同時に考えて、見つめあって、テレビを消して―――いわ
ゆる聖夜である。
 ギンガには悪いがこれくらいの役得はあってもいいだろう、とフェイトは思っていたし、シン
はシンで猪突猛進一途な馬鹿野郎である。そういう雰囲気になったなら――そうするのが当然
である。少なくとも、ギンガとフェイトに関してはそう思っているのだから。

 消える電気。深々と雪が降り積もる音さえ聞こえてきそうな沈黙。
 お互いの距離が近づく。手が伸びる――互いの手が互いの身体へと。
 そして、街灯に照らされた二人の影が一つになる――瞬間、ぴんぽーん、と雰囲気ぶち壊しな
音が鳴り響いた。
 しかも音は一度ではない。ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぷるぱんぷるろりぽっぷーんとでも
言いたげに何度も何度も何度も何度も繰り返されている。
 時刻は八時を過ぎている。
 普通ならこんな時間にこれだけぴんぽんぴんぽん鳴らして出てこなければ出かけていると考え
るのが普通だ常識だ通常だ。
 よってこういう場合は基本的に居留守を使って、厄介が過ぎるのを待つ物である。
 この二人もご多分に漏れず、居留守を使う気満々だった。
 だが――ぴんぽんぴんぽん鳴らしまくってたその“二人”は普通では無かった。




 がちゃり、と鍵が開けられる音がした。

「・・・・え?」

 鍵が開けられて扉が開く。
 鍵が閉まっている状況で鍵をあける――通常は無理だ。無理でなければ何の為の施錠だと言う
のか。
 だが、例外と言うものは如何なる事象においても存在する。
 その一つ――つまり、大家であれば、開けられるのだ。スペアキーというかマスターキーを
持っているのだから。
 つまり――
 ぱちん、と電気がつけられた。

「あ、やっぱりおったおった。」
「・・・・はやて、無断で開けるのは流石にどうかと思うよ。」
「カラオケ行かん?」
「聞こうね、人の話。」
「・・・・」
「・・・・」

 ぶち壊しだった。なんていうか何もかもが完全に徹底的にぶち壊しだった。


「こおおおなああああああゆきいいいいいい!!!!」
「フェイトちゃん、そこ、もっと高く!!」

 今歌っているのはフェイト。異常なほどに上手い。歌を歌わせれば六課――いや、ミッドチルダ一
と言う上手さも冗談ではないのかもしれない。余談だがアイドルの道に進めば、次元の歌姫になれ
たかもしれないとまことしやかに囁かれていたりもする。
 はやては、手拍子をしながらフェイトに歌の指導をしながら場の盛り上げに一役買っている――
何だかんだでフェイトもノリノリで歌っている。元々歌うことが好きだというのもあるだろう。
 というかアドバイス聞く度にどんどんどんどん上手くなっていくフェイトは一体何なのだろう。
何であんなに上手いんだろう。

「・・・・何で、あればっか、歌ってんだ、あの人たち」

 突っ込みさえも聞こえていない。よほどあの歌が好きなのだろうか。
 ちなみにギンガとフェイトとシンはカラオケによく行っている。三人共に歌うことがそれなりに
好きなので、良いストレス発散になる上に、割とリーズナブルだからだ。
 はやてがここにシン達を誘ったのもそういった理由だ。ギンガと喧嘩して落ち込んでいるだろう
シンとフェイトを慰める為にこのカラオケは行われている――しかも悪意の全くない100%の好意。
断れたら凄いと思う。
 ちなみにここまでにはやてが歌ったのは、Mポップ――ミッドチルダポップの略である――の男性
曲ばかり。フェイトは流行のアイドルソングやポップス、時にロック、演歌などなど多方面を、
シンはポップスのみ、そしてヴェロッサはというと――

「次、ヴェロッサさんですよ。」
「ああ、それなら入れるよ・・・・と、次はこれだな。」

 画面に出てくる数字。そして曲名はクチビル――少し古いビジュアルロックバンドの歌である。

「あ、ロッサの得意なバンドやな。本当にビジュアル系好きなんやね。」
「他に聞かないからね。聞くとしたら、あとはヒロシ・ゴーとかくらいだし。」

 そう、ヴェロッサ・アコース。彼はビジュアル系バンドが大好きなのである。
 聞いている音楽の半分はビジュアル系。残りの半分はクラシックで埋められているという、極端
すぎる好みだった。






(・・・・意外過ぎるよな。)

 後者のクラシックはともかくビジュアル系と言うのは本当に予想できなかった。しかも歌い出すと、
これが上手い。本物じゃないかと言うほどに上手いのだ。点数表記にすると平均97点と言う化け物
クラスである。
 ちなみに、フェイトの平均がヴェロッサと同じく97点。はやてが90点。シンは83点。シンだ
け微妙に低い。上手くもないが下手でもないと言う微妙な平均点だった。

「シン、その顔は意外に思ってたりするのかい?」
「いや、まあ、ヴェロッサさんってこういうところ来るイメージ無かったんで。」
「案外来てるんだよ、カラオケはね。仕事帰りに一人で歌うことなんてざらなことさ。そうだな・・・・週に
3回くらいは来てるような気がするね。」
「そんなに来てるんですか!?」

 週三回一人カラオケを行っている優男。
 意外どころの騒ぎではない。予想外の事態である。

「そんなに驚くようなものでもないさ。一人カラオケくらい皆やっているよ?」

 それにしても週三回は多いだろう。どこぞのゲームみたいに魅力あげる為に通わなくてはいけない
訳でもないだろうに。
 そんな風に不思議そうに眺めるシンにヴェロッサが入力用の機械を渡す。

「ほら、次は君の番だよ。」
「あ、はい。」

 機械を手に取り検索――そこでヴェロッサが声を掛けてきた。
 声の調子からか、何か、嫌な予感がした。

「・・・・シン、入力終わったら、少しいいかな?」
「はい?」
「ここじゃなく外で――君としたい話があるんだ。」

 その言葉を言い放つ瞬間、視線も表情も見にまとう雰囲気さえも――何もかもが変化した。
 それまでの穏やかで柔和な印象はその時無かった。それは、時空管理局執務官としての顔。

「・・・・ええ。いいですよ。」

 自然と硬くなる表情。
 それを出来るだけ、カラオケに集中している二人には見せないようにしながら――シンは、自分の勘が
外れていなかったことを確信した。


「で、話って何です?」

 白いタイル張りの個室――男子トイレの手洗い場の壁に寄りかかるようにして、シンは呟いた。
 声は硬く、警戒心を滲ませている。

「別にそんな難しい顔をするような話じゃない。ただの依頼だよ。」

 ヴェロッサが懐から封筒を取り出す。封筒の中には写真が見えた。20枚程度はあるかもしれない。
そして、写真が入っていた封筒とは別の封筒を取り出す。
 その中に入っていたのは――新聞の切抜きだった。

「これって・・・・」

 その切抜きに書いてある記事――“ミッドチルダエアウェイズ旅客機、山中に墜落。生存者は絶望的”
 数ヶ月前に起きた飛行機の墜落事故だ。
 クラナガンを離陸した飛行機が離陸から僅か数十分で行方を消した。




 その後に瓦礫となった飛行機がアレトゥーサ山にて発見された。生存者は予想通りに0。
 回収されたボイスレコーダーと機体の破損状況から恐らく墜落の原因はエンジンに鳥が入り込んだ
のだろうというもの。

 この事故には幾つかおかしなところがあった。
 墜落原因に関してはともかく生存者の遺体が皆無だった点。
 墜落時の衝撃で欠片も残らないほどの肉片になり、野犬や熊、狼にでも食われたのか――だが、
その割りには機体自体はどうにか原型を残している。
 機体の爆発による熱と衝撃で燃えカスになったのではないかという意見があった――機体は爆発
していない。原型を未だに残している。
 それは――普通なら、あり得ない話だった。
 機体の残骸が見つかるまでに10日を要したとは言え、その僅か10日で乗客が全て消えるわけ
が無い。
 野犬が食ったとしても早すぎる。
 狼が食ったとしても早すぎる。
 熊が食ったとしても――そんな速さで200人を超える乗客全てを食い終えられる訳が無い。
 仮に全員が生き残っているとしても不自然だった。一人残らず集団で消え去るなどあり得ないのだから。
 そして、一ヵ月後。生存者が見つかった。
 小さな――まだ、年端も行かない子供だけが生き残った。
 子供は墜落時に負った傷で、眼球を傷つけ、光を失っていた。
 だから、子供は、自分がその一ヶ月もの間、どこで何をしていたのかを知らなかった。
 子供は言った。
 父と一緒にいたのだと。
 けれど、子供の父親は子供の近くには存在していなかった。他の多くの人間と同様失踪した。
 母はどこにいったのかと聞けば、母は遠くに行ったのだと父が言っていたと。

「この件について探ってくれないか?」
「探れって・・・・やけに適当ですね。」

 怪訝な顔をするシン。
 飄々とした様子からは想像できないが、彼は時空管理局内部でもかなりやり手の人間である。
 彼だけに許されたレアスキル――無限の猟犬にて取得出来る膨大な情報を元に的確な指示を
与える。それが彼のやり方。
 その物言いはそんなヴェロッサ・アコースらしからぬ抽象的な物言いだった。

「正確には生き残った子供についての捜査だ。報酬は・・・・そうだな、これだけ払おう。」

 ヴェロッサが指を五本立てる。
 それは相場の三倍ほどの報酬。

「やけに高いですね。」
「不服かい?」
「高すぎるって言ってるんですよ。この程度の捜査でこの金額・・・・裏があると思うのは当然
でしょう。」
「“君”に探ってほしいだけさ。この事故についてね。」
「その子のことなら、ワイドショーで連日報道されてて、もう探る部分なんて殆ど無いはず
です。それに、」
「それに?」
「何で俺なんです? 言いたかないが、探し物するなら、俺よりヴェロッサさんの方がはるか
に上だ。そんなあんたが俺みたいな三流探偵にわざわざ依頼することの方がよっぽどおかしい。」

 こう言った捜査に関することならば、自分よりもヴェロッサの方が適任だ――効率で言えば、
目の前の男の捜査能力は、ミッドチルダ――管理局一と言っても過言ではない。
 だから、分からない。わざわざ自分にそれを頼むことが。だから――何か嫌な予感がするのだ。
 わざわざ自分に依頼する、と言うことは、わざわざ自分に依頼しなければいけない事実があ
るからではないのかと。





 ヴェロッサに視線を向ける。彼は相も変わらず態度を変えていない。
 ふ、と唇に笑いを浮かべ、彼が懐から、新たな写真を取り出し、こちらに差し出してくる。
 同時に鍵ががちゃりと音を立て施錠する。魔法によるもの――それだけ見られたくないモノということだ。

「やっぱり、君に隠し事は出来ないね。」
「・・・・これって。」
「それが、今回君に頼む理由さ。」

 差し出された写真を手に取り、中を覗きこむ。瞬間――思わず身体が強張った。
 見えたモノは青いバケツ。それこそホームセンターにでも行けば売っている類のモノだ。
 強張った理由はそこではなかった。
 そんなバケツなど自分の家にもある。仕事場にもある。問題は――その中身だった。

「人の、眼。」
「ああ、眼球だ。」

 写真に写されているのは、紛れも無く、“眼”。
 十や二十ではすまない眼球が所狭しとバケツに無造作に入れられている。

「先日、ある病院の前にこれが置いてあった。」
「・・・・それが」
「ああ、墜落事故の生存者が現在入院している病院さ。」

 写真をもう一度覗きこむ。
 細部までしっかりと決して見落とさないように。
 そこにあるものは眼球。眼球。眼球。幾つもの眼球。ねっとりと赤い糸を引く眼球。
 数は――正直正確なところはどれほどになるのか分からない。
 中には潰れているものもあって、数の判別を分からなくさせる。
 分かることは、夥しい数の人間が死んだのだということだけ。

「・・・・何人、死んだんですか。」
「今月に入って約10人。先月も合わせれば約20人を超えているだろう。」
「・・・・管理局は何やってるんですか。」

 機械的に返答するヴェロッサに苛立ち、咎めるような口調になる。
 ヴェロッサはそんなこと意にも介さぬように――言い返すまでに少しだけ間が開いた――返答する。
 

「その20人の内、5人は管理局所属の魔導師だ。」
「・・・・てことは」
「返り討ちにあった、ってところだね。それも一度じゃない。一回目はB。二回目はA。三回目は
AAA以上の手練れが三人。」
「殺されたんですか。」
「多分、ね。確証は無いんだけど」

 確証が無い――その言葉にシンが眉をひそめた。

「確証が、無い?」
「遺体がどこにもないのさ。髪の毛一本も残らない徹底っぷりだ。」

 遺体が無い――そう言えば、先ほど話していた墜落事故でも誰も見つからなかった。
 恐らく遺体になっているであろうに、未だに誰も見つかっていない。
 奇妙な符合。何故か気になる部分。

「けれど、両目が奪われているのは確かだ。DNA鑑定の結果、この中に管理局の魔導師の眼も
あったってことさ。」

 全ての写真を集め、ヴェロッサに向けて差し出す。
 ヴェロッサはそれを受け取ると懐にしまい込み、パチン、と指を鳴らし、再度がちゃりと
音が鳴った。トイレの施錠が解かれたのだ。






「依頼っていうのは。」
「この事件の制圧だ。場合によっては殺すことも考えておいてくれ。」

 制圧。時空管理局においてあまり使われない言葉。つまり、生殺与奪は現場に任せるとい
うこと。最悪殺すことも念頭に置いた上で行われる行動。
 非殺傷設定と言う魔法がまかり通る世界において、命の価値と言うものは殊更に重い。
 だから――捕縛では無いことに少しだけ驚く。

「捕縛じゃ、ないんですか。」

 シンがそう言うとヴェロッサはやれやれとでも言いたげに肩を竦めて返答する。

「初めこそ捕えようとはしたんだけどね。殺そうとして殺されたとあっては、捕えろなどと
は言えないよ。それに――」

 一度言葉を切る。瞳の鋭さが僅かに強くなる――シンの朱い瞳を覗き込むような視線。
 その瞳を見つめ返し、シンは返答を促す。

「それに?」
「恐らく、この相手は、人間じゃない。」
「人間じゃ・・・・ない?」

 シンの返答にヴェロッサは頷き、懐から紙の包みを取りだす――どれだけ懐に物を入れて
いるのだろうか、と言う疑問が湧きあがる。
 だが、そんな疑問も、その紙の包みの中にあったモノを見て?き消えていく。

「これさ。」

 それは、日に焼けて赤茶けた金色の髪だった。少しだけ癖毛の金色の髪。
 獣の毛とは似ても似つかない人間の髪の毛。
 嫌な――嫌な予想が浮かび上がる。どこかで見たことのある髪の毛。“見覚え”のある金色。

「これって・・・・何かの毛、ですか。」
「現場にあったんだよ、それ。DNA鑑定の結果、これまで見たことも無いような遺伝子を
した生き物の毛だそうだ。」

 これまで見たことも無い遺伝子を持った少し癖毛の金色の髪の毛。
 ――見覚えがある。聞き覚えがある。忘れるつもりも無い。忘れたくも無い。いつまでも
胸の内に存在するモノ。

「・・・・それって」

 頭の中に思いついた事柄――確信、というほどでもない。ただの思いつき。本当にそれが
真実かどうかなど自分には分からない。漠然と記憶と言う混沌の海の中から浮かび上がった
だけのモノ。
 浮かび上がるのは、一人の男と一人の友達。浮かび上がる情報は幾つもの意味を付随して、
シンの意識に襲いかかる。
 思いつきに確信が伴っていく。あり得ない――とは言えない。どんな可能性もゼロではない。
 例え、0.00000001%と言う数学的に無視されるような可能性でも――ゼロで
なければ完全な否定などは出来ない。
 だが――何かを言おうとするシンを遮るようにして、ヴェロッサが呟いた。

「――君の考えている通りかもしれない。ただ、そうじゃない可能性もある。結論付ける
にはまだ早いんだよ、これは。」
「・・・・だから、俺に?」
「もし、君の思っている通りだとしたら――コイツの相手は、君が一番適任だ。」







 確かにその通りだった。能力的にも相性的にも――適性的にも。自分が一番ソレに向いている。
 と、言うよりも

「でしょうね。コイツの相手は――俺にしかできない。」

 それは、承諾の言葉。
 本当は、言い放つべきではない言葉。

「・・・・いいのかい?そんなにすぐに決めても。」
「・・・・死人が出てるって言うなら、すぐに決めなくちゃいけないことなんじゃないですか?
 それにこの話、最近急に出てきた訳じゃないんでしょ?」
「・・・・ああ、その通りだ。」

 苦笑しながら呟くヴェロッサ。
 その苦笑が意味するところは――彼が、ずっと自分への依頼を我慢していたということだ。
 本当ならこういった特殊な荒事は自分がやるのが一番手っ取り早い。
 慢性的な人手不足に悩まされる時空管理局の職員を“消費”するよりも、管理局とはまるで
関係の無い一般人の自分を“消費”した方が、効率的で合理的だ。
 彼はそれをしなかった。お人好し、とでも言えばいいのか。戦いから離れたシン・アスカを
巻き込まないようにして――その上で巻き込まざるを得なくなった。
 五人、死んだのだ。数字の上では小さくとも――五人死んだのだ。
 だからこそ、自分を読んだ。そんなヴェロッサの苦笑を見て、覚悟を決め――ようとして、
脳裏を流れて行く幾つか想い出。

『大好きですよ、シン。』
『ちゃんと仲直りするんだよ?』

「・・・・っ。」

 ぎしり、と身体が軋んだような気がした。
 胸の奥で心臓の鼓動が大きくなった。
 脳髄の裏でじくじくと痛みが始まった。
 覚悟――心は既に動いている。
 いつも通りの自動的な反応。数年前なら何も考えずに返答していた――自動的に。意思を挟
まず。思考を挟まず。ただ、反射的に応えていた。
 なのに――
 
「・・・・少し、考えさせてもらってもいいですか。」

 ――口から洩れる言葉はまるで真逆な内容で、

「・・・・僕もすぐに返事が貰えるとは思っていないよ。」

 ――その返答を予想していたのか、ヴェロッサがポケットから一枚の紙を差し出した。
 そこに書いてある番号――恐らく彼への連絡先。

「受けるにしろ、受けないにしろ・・・・10日後、ここに連絡してもらえないか。」

 それを――受け取る。
 受け取って懐にしまい込む。決して誰にも見られないように。
 放つ言葉が見つからない。

「・・・・ヴェロッサさん。」

 それでも、絞り出すように声を紡いだ。聞かなければいけないことはもう一つあったから。

「――こいつは、どうして、ここにいるんですかね。」
「・・・・理由があったんだろうね。こいつが、ここに来なくてはならない理由が。」






 一拍の間。告げる――冷徹に。感情を挟まずに。

「クジラビトが――今も生きている理由がね。」

 それから数時間後。カラオケは終了した。
 自分は――努めていつも通りに振舞っていた。
 動揺はしなかったと言えば嘘になるけど、それでも自分はいつも通りに振舞っていた。振舞え
ていたはずだった。
 意地のように、自分はいつも通りを維持しようとした。
 自分の中に生まれている感情――自分の中にあるはずの無い感情。
 それを認めたくなかったから。

 ――死ぬことが、戦うことが、怖くて怖くて仕方ないだなんて、そんなこと、言える訳が
無かった。

 数年振りの命のやり取り。
 それを恐れる自分。
 そんな自分を認めたくなかった。

「・・・・あと9日、か。」

 降り積もる雪――今は小康状態だ。このところの雪は基本的に夜になってから降雪量が増加
する傾向にある。
 今日は喫茶店やがみは定休日。そして本業である探偵業の方は閑古鳥だ。
 こんなに日に家の中にいるのも嫌なのでシンは今外に出ていた。フェイトはやがみではやて
に料理を教えてもらうとか。
 銀色に染められた街並みを適当に歩く。
 目的地は一応ある。誰にも言ってはいないけれど。
 歩き続けること数十分。目の前には見慣れない建物があった。

「ここか。」

 それは病院だった。例の飛行機墜落事故における、唯一の生存者である子供が入院している
という病院。
 クラナガン記念病院――と看板に書いてある。
 ここに来たのは、個人的に調査してみようと思ったからだった。
 ヴェロッサへの返事は今も保留している。返答を返すのは9日後。
 本当ならこんなことをする意味は無いのだが――別にやってはいけない訳でもない。
 懐から紙切れを一枚出す。そこに書いてある名前――ミノル・オカザキ。ここに来る前に、
その子供の名前くらいは調べておいた。
 助かった子供の名前はミノル・オカザキ。年齢は9歳。父母共に事故後失踪。現在は子供の
いない伯父夫婦に引き取られる予定。
 ここまでは問題が無い。問題はこの後だった。
 少年は、一ケ月山中で一人で生きていた。
 秋とは言え寒い日もあるだろうし、野犬や狼、熊、蛇などの生物が存在する山中で“一人”で
生き抜いた。その少年は父と一緒に証言したらしい――父と一緒に。
 父――失踪したはずの父親だ。父親は子供を置いてどこかに行ってしまった。必ず迎えに来ると言って。






「それが本当だとして・・・・無責任なもんだな。」
「あの」

 後方から声が聞こえた。
 振り返る――そこにはスーツ姿の男が落ち着かない様子で佇んでいた。
 綺麗なウェーブがかった金髪を伸ばし放題にし、後方で縛りつけている――いわゆる尻尾頭、
とでもいうのだろうか。顎からは無精ひげが伸びている。
 無頓着な頭部と違い、首から下は綺麗な黒色のスーツを着こなしている――なのに態度はおどおどと
した雰囲気。落ち着かない様子でこちらを見ている。
 チグハグとした印象――そんな印象を受けた。
 何がどうチグハグしているというか、何かがズレているというか――或いは何もかもが。

「・・・・はい?」
「あの・・・・…クラナガン記念病院っていうのは、ここでいいんでしょうか。」
「あ、まあ・・・・つーか、そこに書いてあるし・・・・」

 指で病院の名前を指し示す。
 そこには大きくクラナガン記念病院と書いてある。
 手には花。花束、ではなく、花――それも一輪の。

「・・・・見舞い、ですか?」
「あ、いや・・・・はあ」

 要領を得ない回答。
 年齢は――自分と同じくらいだろうか
 男が、自分を見る――視線が下がる。ふと、そこで口を開こう、とした。

「あの、えっと・・・・その、ですね」

 要領を得ないどころか、喋れていない。
 言おうとして言えない。口ごもるばかりで何も伝えられない。

「あの」
「・・・・迷子、とか?」
「あ、えと」
「良かったら案内してもいいけど――」

 言葉を掛ける。探偵と言う職業柄、こういう人間を見ると手助けをしたくなる――別に探偵で無く
ともそれくらいの手助けはするものだが。
 ただ“普通”の探偵ならばそんなことはしないだろう。ハードボイルドが探偵の必須事項であるとは
思わないが、一流の探偵であるなら深入りしすぎない術くらいは当然心得ている。
 自分は生憎と亜流の探偵だ。実際、探偵と言うよりは何でも屋と言った方がしっくりくるくらいである。
 けれど、男にとって、その返答は予想外だったのか、こちらが言葉を掛けた瞬間、凄い勢いで恐縮していく。

「え、あ、いや、結構です、すいません!!」

 まるで、聞いたことそのものが大間違いだったとでも言わんばかりに、男は回れ右して一目散走っていく。

「・・・・なんだ、あいつ。」

 茫然とシンはそれを見ていた。止める暇などありはしない。あっという間に男の姿は見えなく
なった――とんでもなく足が速い男だった

「・・・・なんだ、これ。」

 下を見れば、古ぼけた人形がそこにあった。
 古ぼけた――という表現は適切ではない。土や砂などで汚れた人形。所々の関節部がほつれて、
糸が出ていたりしている。
 古ぼけた、と言うよりも、壊れかけ、の方が適切な人形だった。





「落し物か。」

 シンはその人形を拾うと男の後を追って走り出した。
 追いつくかどうかは分からない。男の足は相当に早かった。
 だが――

(暇つぶしくらいにはなるだろ。)

 そんな程度にシン・アスカの心は軽かった。握り締めた人形も軽かった。
 ――この時は、まだ。



「どこ行ったんだ、あの男は・・・・うう、寒っ。」

 風が吹き、身体を凍えさせる。実に寒い。
 今にも雪が降り出しそうな純白の空は変わらずに天蓋のように空を覆っている。
 気温は、0℃。
 今さらながらに出歩くような寒さでは無いと思った。
 防寒具は外出用の黒い厚手のコートのみ。
 着ている服はいつも通りに長袖のTシャツとジーンズ。
 セーター等は着てこなかった。さっさと病院に行くつもりだったから。
 ポケットに仕舞い込んだ人形を握り締める。
 人形の主を探して既に一時間ほどこの寒空の下を歩いている。
 靴は防水仕様の為に水がしみ込んでくることは無いが――それにしたって低温を防ぐことができる訳でもない。
 手はかじかんで、足には感覚が無く、正直なところ、探し続けるのがかなり嫌になってきた。
 正直なところ、これ以上探したところであまり意味は無い。
 これだけ探して見つからないと言うことは既にこの近所にはいないのだろう。

(戻るか。)

 心中で呟き踵を返して元来た道に足を向けた。
 このまま探し続けるより、病院の受付にでも落し物として届けておいた方が楽だろう。
 雪が、ぱらぱらと降りだした。本降りではない、舞い散って落ちて行くだけの雪。
 歩き続けながら、取りとめもないことが思考を走り抜けて行く。

(俺は、何がしたいんだろうな。)

 思考する事柄は昨日のヴェロッサへの返答の保留について。
 認めたくないが、昨日保留したのは恐怖からだ。怯えたからだ。
 戦うことに――死ぬことに。
 シン・アスカと言う人間は幸せと言うモノをよく覚えていない。
 少年時代に起きた事故――今ではそう思うことが出来る――によって両親を失い、妹を失った。
 かといって、それまでが幸せだったかと言えばそうでもない。

 コーディネイターと言う人種はどこに行っても嫌われた。
 子供だったからこそ、憎まれはしなかったが――虐めはずっとあった。時代が悪かったのだと思う。

 S2型インフルエンザの蔓延によってコーディネイターへの疑念が強まった時期だ。
 そこから続くエイプリルフールクライシス。お世辞にもコーディネイターが好かれるような時代ではない。
 だから幸せな少年時代と胸を張って言えはしない。
 そして、ザフトに入って、始まった戦争。そして、終戦。その後ルナマリアとの傷のなめ合いのような蜜月
を越えて、ザフトに再入隊し、一からやり直した。
 やっかみは当然あった。その時のザフトにとって自分は敵のエースと言う認識だったから余計に、だろう。
 味方に背後から撃たれたこともあったし、作戦宙域に一人残されたこともあった。
 殴られたことなど数知れず。訳のわからないことで独房に入れられたこともあった。
 その時期を幸せと呼べるほど――自分はマゾヒスティックな人間でも無い。
 そして、この世界に来て、二人に出会って二人を失い、二人を取り戻して――幸せと言えるのは取り戻して
からだ。
 当時は戦い続けることが幸せだと錯覚していたけれど、今思えば、あれは不幸に酔っていただけだ。不幸な
自分は可哀そうだと言う事実に酔っていた。




 だから、ある意味では幸せで、ある意味では間違いなく不幸だった。
 思えば、人生の殆どが不幸では無いにしろ幸せとは思えない状況で過ごしてきている。
 そのせいか、今のこの幸せが崩れてしまうことが酷く怖い。
 返事を保留したのはそのせいだ。
 死ぬ、と決まった訳ではない。大体相手の強さだって分からない。けれど、死なない訳ではない。
 そう、考えると――とても怖い。
 多分、恐怖と言うのはソレだ。自分は、今のこの幸せに“執着”している。
 失うことが何よりも怖い。
 だから――返事を保留したのだ。

(・・・・返事、どうするかな。)

 心中で呟くも迷いは晴れない。依頼は受けるつもりだった――事実、あの時、その言葉が口の上る
寸前だったのだ。
 けれど、言えなかった。
 言わなかったのではなく、言えなかった。
 恐怖が這い上ってきたから。
 自己嫌悪が意識を覆っていく。
 出来るならやればいいのに、自分はやろうとしない。
 それがどうしても卑怯な気がして――気が重い。

「・・・・はあ。」

 そうやって物思いに耽りながら歩くこと数十分。気がつけば、病院が見えてきていた。
 人だかりが出来ているのが見える。

「何だ、あれ。」

 ぽつりと呟き、病院の正門前――さきほど自分がいた辺りの場所を注視する。

「何かあったのか?」

 少しだけ足早にその場所へ急ぐ。
 そこに、先程の男がいた。人だかりの中心で、地べたを這い回るように、身体中を泥と雪だらけにして。

「お、おい、あんた、どうしたんだ?」
「無い・・・・無い・・・・無い・・・・!!」

 涙すら流しながら呟く。何かを探しているように、雪が積もったアスファルト舗装の上を両の手で
這いずるように探している。

「あれ、なんで・・・・なんで・・・・」

 ぶつぶつと呟く男。道行く人が全員彼に気味の悪いモノを見るような目つきで見て行く。
 その視線に苛立ちが募った。
 通行人の一人と目があった。そいつは微かに嗤っている――思いっきり睨み返す。通行人はすぐに
目を逸らした。
 こちらの目付きの鋭さに他の人間も気がついたのか、全員が目を逸らしていく。
 背後でブツブツと呟く声が聞こえた。

「無い・・・・無い・・・・?」

 虚ろな瞳で身体中を雪で濡らして男が呟いた。素手のまま、雪を触り続けたせいか、手は寒さで
真っ赤になっている。
 そんな中で男の顔が見えた。先程の男と同じ人間だとは到底思えないほど鬼気迫る形相。思わず
ゾクリと身震いすらする情念。

(こい、つ・・・・?)





 咄嗟に手を伸ばし、男の肩に触れる。

「触るな・・・・!!」

 ――ばちん、と凄まじい強さで腕が振り払われた。

「痛っ・・・・!?」

 馬鹿げた強さ。振り払われた勢いで身体がバランスを崩すほど。
 まるでバッティングセンターで140kmで放たれた硬球をぶつけられたような衝撃。骨の髄まで
手が痺れた。
 男はそんなシンに構わず、今も鬼気迫る形相で一心不乱に何かを探し続けている。

 それはどこか狂人を連想させる異常風景。手を振り払われよろめいたシンを見て、通行人は全員
我関せずとばかりに目を背けていく。
 それが通常だ。誰しも厄介事に自ら顔を突っ込むことは無い。そんなことをする人間は馬鹿以外の
何物でもない。
 だが、馬鹿は違う。馬鹿はこの状況でも首を突っ込む。厄介事だろうと何だろうと馬鹿はそんな
もの関係無しに厄介事に自らを割り込ませていく。
 だから――それがシン・アスカの中の衝動に火をつけるのは当然だ。

(上等だ・・・・!!)

 心中で叫び再び手を伸ばし、肩を掴む。
 振り払おうとする手――思いっきり力を込めて、それを否定。無理矢理に自分の方へと顔を向け
させる。
 悪魔のような形相が涙を流しながら、こちらを覗きこんだ。
 思わず、後ずさりそうになる――が、構わずに睨み返し、口を開いた。

「無いってどうしたんだ? 何が無いんだ?」
「うるさい・・・・!! 無い・・・・無いんだ・・・・!!アレが無いと、アレが無いと・・・・!! わ、私の、
あの子の、人形が・・・・!!!」

 人形、と聞いた瞬間、コートのポケットに手を突っ込み、その中にあるモノを突きだした。
 それは――人形。彼が先程シンの前で落とした、壊れかけの人形。

「こ、これは…これを、どこで・・・・」
「悪い、あんたが落としたの見えたから渡そうと思って追いかけてたん・・・・」

 シンが言葉を言いきる前に肉食獣の鋭さで男の両手が伸び、その手の中の人形を奪い去った。
 その勢いでシンは後方に吹き飛ばされる。

「と、いきなり、何するんだアンタ!!・・・・って、ありゃ。」
「ひ、ひぐっ、あ、あった・・・・あった・・・あったあああああ・・・・!! 」

 男は―――泣いていた。
 両の手で強く――けれど絶対に壊さないように優しく、人形を握り締めて、男は、両の目から涙
を流していた。
 四つん這いになり、人形を抱きしめて、まるで我が子が生還したことを喜ぶ親のようにして。
 道行く人はそんな男を怪訝に眺めては目を逸らしていく。
 当然か。病院の正門前と言う人通りの多い場所でこんな風に泣けば――目に付くどころの騒ぎで
は無い。
 涙を流し続けること、十分ほど――流した涙のせいで、泥や雪で顔を汚し、つい先ほどまで綺麗
だったはずのスーツは汚れきってそこかしこが破れている。





 嗚咽が途切れ、男が顔を上げた。
 それはさっきまでの悪魔の形相とは似ても似つかない――まるで天使のように純粋無垢な笑顔。
 どれほどの言葉を語りつくしてもきっと言い表せない嬉しさ。
 ただ嬉しいのだと一目で分かるような表情。
 その表情を見て、シンが呟いた。

「・・・・なあ、あんた。」
「は、はい、ありがとうございます、貴方のおかげで私は、私は・・・・!!!」

 男がこちらの手を握り締めてくる。冷たい手。一体どれだけの時間をここで探していたと言うの
だろうか。

「い、いや、そんなことは気にしなくていいんだけどさ・・・・」

 脳裏に浮かぶ彼女。彼女は今、やがみではやてと料理教室をやっているとか言っていたはず。

(・・・・まーた、変な目で見られるんだろうな。)

 胸中で溜め息。
 だが仕方ない。乗りかかった船だ。ここでこのまま別れるのはどうにも気分が悪い――当初の目的
は何も果たせていないけど、まあ、気にすることでも無い。
 まだ日はあるのだから。

「この後、暇か?」
「へ?」


「それで、連れてきたん?」
「うん、まあ・・・・そんなとこです。」

 カウンター付近に置かれた椅子に座りながらシンははやてにそう返答した。
 あの後、シンは男――ヒノと言う名前らしい――を連れて、喫茶店やがみに来た。
 とりあえず、雪や泥、涙、鼻水で滅茶苦茶な様子だったので、そのままにするのも忍びなかった
からだ。
 その男――ヒノは円形テーブルの近くの椅子に座りながらフェイトに手当てを受けていた。
 両手の皮が剥けていた場所に絆創膏をし、服装はスーツではなくジャージ姿。シンのジャージだった。
 スーツはクリーニングに出す以外に無いので今もそこに吊り下げられたまま。流石に汚れくらいは
水で流したが。

「はい、タオル。これで髪の毛拭いてくださいね?」
「あ、ありがとう、ございます。」

 ヒノがフェイトからタオルを受け取り、髪の毛を拭いていく。
 フェイトがその前に、ホットココアを置いていく。

「はい、これ。」
「これは・・・・?」
「ホットココア。ヒノさん、身体冷えてるから。」
「ありがとうございます・・・・!!」
「いいのいいの、気にしないでね。」

 まるで神様でも崇めるようにヒノは感謝の言葉を吐く。
 自分に対してもそうだった――純粋無垢と言う言葉が良く似合う男だと思った。
 そのまま和やかに談笑を始めるフェイトとヒノ。
 それを見つめる自分に、はやてがニヤニヤしながら囁いた。




「なあ、シン、あんなこと言ってるで。」
「・・・・いや、普通でしょ、あれは。」
「内心、ドキドキしてるんと違うん? キヒヒ、俺のフェイトさんによくもー、とか何とか」
「もう、そのネタ飽きましたよ、八神さん。ていうか、何で俺そんな魔王軍のやられ役みたいな
笑い声なんですか。」
「・・・・何や、えらく自信満々やな。付き合い出した頃は初々しくて、からかい甲斐があったんに
なあ」
「はは、からかわれるたびに殴られたり痺れてましたからね。そりゃ成長しますよ、ああ、愛さ
れてるんだなあ、この痛みとかって愛なんだなあって。」

 はははと乾いた笑いを浮かべるシン。
 あまり思い出したくない記憶をつつかれたようだった。愛とはマゾヒスティックな部分も必要
なのだ。とりあえず、殴られたり感電したりしても笑って許せる程度には。
 そのまま記憶に没入しそうになった時、フェイトがはやてに声を掛けた。

「はやてー、これ全部奢りでもいい?」
「ああ、ええよ、ええよ。人助けでお金取ろうなんて思ってへんし。」

 にこやかに手を振りながら、はやてが返答する。
 ヒノは相変わらず崇めるように感謝の言葉を吐いている。

「なあ、あんた――じゃなかった、ヒノさん。」
「はい?」

 ヒノはココアが入ったマグカップを両手で持って飲んでいた。熱いのか息を吹きかけて冷ましながら。

「・・・・いや、いいや。気にしないでくれ。」

 口に出そうと思ったことは簡単な質問だ。別に聞かなくても良い質問。特に、自分に関係がある
とも思えない質問。

 ――あの病院に誰か入院してるのか。

 そう、聞こうと思った――が、やめた。
 聞く必要が無いというよりも、余計な詮索になる気がしたから。
 それに、今日病院に行かなかった以上、明日か明後日には自分ももう一度行くことになる。
 会おうと思えば、また会えるだろうし――聞く必要は特に無い。
 シンがそうやって言葉をかけないでいる間、ヒノはずっとフェイトと話をしていた。
 その様はどこか子供のように見えて――自分と同じくらいの年齢だって言うのに、どこかチグ
ハグな印象を受けた。

「あ、あのそれじゃ、私は、これで。」
「あ、もう帰るの?」
「別にゆっくりしてってもええんやで?」
「い、いえ、これだけ良くしてもらって、これ以上は、流石に申し訳ないので。」
「今日は定休日だから気にしなくてもいいんだぜ?」
「あ、いえ、すいません、用事も、ありますし。」

 初めて会った時と同じようなオドオドとした態度。それでも譲らない部分が存在する。こういう
男なのだろうと思う。
 真面目で、礼儀正しくて、純粋で、言うべきことは言える――自分とは真逆なタイプの人間。
 なのに不思議と話していて嫌な感じはしなかった。
 真逆だからだろうか。
 そんなことを考えているとヒノは既に壁に掛けられていたスーツを手に取っていた。





 はやてとフェイトがヒノに傘を渡している――いつ雪が降るのか分からないのに、手ぶらで帰ら
せる訳にはいかないと言っている。

「す、すいません、本当に・・・・そ、そういえば」

 そこで、動きが止まった。
 申し訳なさそうに、こちらを見ている。

「ど、どうしたんだ?」
「こ、このジャージ・・・・どうすればいいでしょうか。」

 ジャージ――確かにそれは自分のものだった。
 今ここでヒノが着たまま帰ってもいいのかと言うことか。

「いや、別に気にしないでいいよ。それ、ウニクロの大安売りで買ったジャージだし。」
「ああ、そっか、これ、あの時のバーゲンで買った奴だね。」

 ウニクロ。業界最大手の長大安売りブランドである。
 安い割に作りはしっかりしているしデザインもそれなりに多様。
 庶民にはもってこいのブランドメーカーである。

「いいん、ですか?」
「いいよ、いいよ。それ、そのまま着てっても全然気にしないから。」
「そうです、か・・・・ありがとうございます。」
「だから、気にしなくていいって。」

 苦笑しながら呟くとヒノはまだ申し訳なさそうで――けれど、どこか、嬉しそうにしていた。
 案外あのジャージを気に言っているのかもしれない。

「では、私はこれで。」
「・・・・ああ、もう落とすなよ?」
「はは、そうですね。今度は絶対に落とさないようにします。では。」

 そう言ってヒノが扉を開けて――出て行った。

「ヒノさん、またね。」
「元気でやるんやでー。」

 はやてとフェイトの声が聞こえたのか、ヒノは窓越しにこちらを見て会釈していく。
 そのまま歩き出す。
 しばらく、姿を終えていたが――気がつけば、もう見えなくなっていた。
 はやてが呟く。

「変わった人やったね。」
「すっごい礼儀正しかった・・・・あと、何か子供っぽかったね。」
「純粋っていう感じかなって思ってましたけど。」

 コーヒーを口に含みながら呟いた。
 自分が言った純粋と言う言葉を聞いて、はやてとフェイトも納得がいったのか、確かにと口を
そろえて言っている。
 お人好しと言うのとは違う。純粋な――本当に純真無垢と言う言葉が似合う男だった。自分の
真逆というか、まるで別方向と言うか。
 そういえば、と前置きをして、はやてが口を開いた。

「なんで、あの人――ヒノさん連れてきたんや?」
「あ、まずかったですか?」
「いや、まずいとかやなくて・・・・何やろな、実にキミらしいことやとは思うけど。」
「確かにシンらしいよね、こういうのって。」

 くすくすと笑うフェイト。
 気恥しい気持ちが生まれる――顔を逸らして、窓――雪が降り積もる外界が見える。そこに
目を向けながら、呟いた。

「・・・・何か放っておけなかったんですよ。」
「放っておけなかった?」
「本当にキミらしい理由やな。」
「・・・・放っといてください。」

 子供のように純真無垢な大人――ヒノと言う男はそんな男だった。
 これが、ヒノとシン・アスカの出会いだった。
 真逆のような二人は此処で出会い―――。


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