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空想垂れ流し 09.女難と接触と

09.女難と接触と

ギンガ・ナカジマとシン・アスカの戦いから二ヶ月が経ち、季節は既に初夏の香り漂う5月。
彼ら二人は今、機動6課に配属されていた。
ギンガ・ナカジマは元々長期離脱中の高町なのは1等空尉が抜けたことによる戦力の穴埋めの為に出向された為に、当初の予定通りスターズ分隊に配属された。
シン・アスカは、というとフェイト・T・ハラオウン率いるライトニング分隊に配属されることとなった―――ただし有事の際には独自の行動を行うことが前提ではあったが。これは、八神はやて2等陸佐の要望によって決まった。
この際にフェイト・T・ハラオウンは、頬を赤く染めつつ何処か嬉しそうな顔で
「これから、よろしくね、シン君。」
そう、微笑んでいた。
シン・アスカはその顔に対して、朗らかな微笑みを浮かべながら答えを返していた。
彼自身も本当に嬉しかったのだろう。ようやく“守れる場所”にたどり着けたことが。
「ええ、これからよろしくお願いします。ハラオウン隊長。」
だが、シンの口調は味気ないものだ。当然だろう。彼女は上司である。それも直属の。そんな人間にいきなり馴れ馴れしくするほどシンは馬鹿な男ではない。
「フェ、フェイトでいいよ?皆、そう呼んでるから。」
「いや、俺はまだ新米だから・・・・」
「別にええやろ、シン。隊長が自分からそうしてくれって言うとるんや。そういう場合は素直に聞いとくもんやで?」
「・・・・ええ、分かりました。」
はやての言うとおり、確かにそれも一理あった。
上司の方から呼び方を限定してきている―――それに従わない方が確かにどうかと思う。
「なら、これからよろしくお願いします・・・フェイトさん。」
そう言って頭を下げるシン。その姿を見て、フェイトは何故かどもりながら、頭を下げるシンの手を取ってブンブンと振り回し、物凄くニコニコしながら、挨拶する。
「う、うん!よろしくね、シン君!」
―――その時シンの頭にあったのは一つだけ。
(・・・・この人、見掛けによらずテンション高いんだな。)
「・・・・・・・・」
その光景をギンガ・ナカジマが、静かに―――見つめていた。
「ギ、ギン姉?」
「ギンガさん?」
スバルとティアナがギンガの様子に気付く。
瞳が鋭く尖り、そして唇が釣り上がっていった。
フェイト・T・ハラオウン。金色の閃光の異名を持つ管理局でも名うての魔導師。ギンガ・ナカジマにとっての憧れ。
彼女が今、彼に投げかけている微笑み。それを見て、ギンガ・ナカジマは気付く。
あれこそは宿敵。ライバル。―――そう、恋敵であろうと。
―――上等じゃない。
フェイト・T・ハラオウンは知らぬ内に、そしてギンガ・ナカジマは自ら進んで―――ここに乙女と乙女の恋愛大戦が静かに開始されようとしていたのであった。
賞品はシン・アスカ。稀代の朴念仁である。
彼はその鈍感さ故に何も知らない。流石に好意をもたれているとは思っているだろうが、彼が思う“好意”とは仲間や友達へ向ける“親愛”である。
彼にしてみれば、まさかギンガ・ナカジマ、そしてフェイト・T・ハラオウンという二人から“恋愛”感情をもたれているなどと思う訳も無い。
以前のギンガの態度から、少しくらいは分かっても良さそうなモノではあるが・・・・そこで気付かないことこそシン・アスカ。何故なら彼は、誰かを守ること“だけ”が願いの人間。それだけに眼を向けているからこそ、苦しみ嘆く人間を見つけることを容易にしている―――だが、いつも誰かに視線を向けているからこそ、彼は“自分に向けられた”視線になど決して気付かない。
だから、彼は気付かない。ギンガの想いと、フェイトの彼女自身も気付かぬ想いに。
そして、この日から―――シン・アスカの機動6課での日々が始まる。
長くは無い。けれど短くも無いその女難な日々が。

「どうした、アスカ、そんなものか!!!」
「くっ・・・!!」
シン・アスカは歯噛みする。自身とシグナムの“相性の悪さ”にだ。
機動6課ライトニング分隊に配属されて以来、彼の個人訓練の相手はいつのまにかシグナムで定着していた。
シン自身そのことには納得している。
彼女と自分の戦闘スタイルは共通点が多いからだ。
共に剣型のデバイスを使用し、近距離を得意としている―――無論、近距離戦は自分よりも彼女の方が一枚も二枚も上手なのだが。
技術が、では無い。現在のシン・アスカの近距離戦の技術はシグナムよりも劣ってはいるものの、天と地というほどの差は存在していない。
デスティニーによって書き換えられた動きは今、シン・アスカに定着し、彼の動きを大きく向上させ達人としての動きに近づけている。
だが、技術はともかく駆け引きという点でシン・アスカはシグナムよりもはるかに劣っているのだ。何せ、彼女は悠久の時を主と共に駆け抜けてきた騎士。駆け引き、経験という意味で彼女に勝る者などそうはいない。如何にシン・アスカが2年間という期間で濃密な戦闘経験を蓄積したとしても、それはあくまで“MS戦闘”のモノだ。魔法を用いた対人戦ではない。
―――故に、これがシンとシグナムの相性が悪いと言うことに繋がっていく。
自身の得意な系統で相手のレベルが自分よりも高い。戦闘においてそれほど相性の悪い相手はいない。
これがスバル・ナカジマやティアナ・ランスター、そして同じ部隊であるエリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエ―――彼女は除外しても構わないが―――であればやりようはある。
彼らならばシンが勝る部分を利用出来るのだ。
スバルであれば、射程距離。
ティアナであれば、近距離戦。
エリオであれば、攻撃力。
確実な勝利などは不可能だが、これほどに相性が悪いと言うことはありえない。シンのデバイス「デスティニー」の本領とは全ての距離への対応能力であるがゆえに。
どんな相手であろうと“相性が悪くなることなど本来はありえない”のだから。
だが、シグナムにはそれが出来なかった。それはシン・アスカ自身の切り札となるべき“距離”が完全に重なっているからである―――無論、シン自身よりもはるかに年季が入った彼女に勝とうなどBランク魔導師が思うべきことではないのだが。
気が付けば、彼女が眼前に迫っていた。
「紫電一閃っ!!!」
「くっ!!」
右肩から発射した小規模パルマフィオキーナ―――現在は区別の意味でも単純にフィオキーナと呼んでいる―――によってその一撃を回避。間髪いれず“左肩の後ろ”からも発射、シンの身体がシグナムに向けて回転し、続けてアロンダイトの峰からも発射する。
「うおおおお!!」
そうして、身体を捻り込むようにして彼女の背後に“滑り込んだ”シンは、その勢いそのままに彼女に向かってアロンダイトを激突させる―――だが、彼女の動きはシンの予想を上回っていた―――否、シンの動きは彼女を相手にするには真っ正直すぎた。
ガキンと、鈍い金属音を立てて、刃金と刃金がぶつかり合う。
「なっ!?」
「―――良い戦法だが、何度も使うと動きを読まれる。このようにな!!」
滑りこんだと思っていた彼女の背後は実は既に彼女の真正面だった。
あの瞬間、シグナムは確実にシンが背後から来ると予想し、彼が滑り込む前に態勢を整えていた。
そして、態勢を崩しながら背後に回りこんだシンと態勢を整えて待ち構えていたシグナムでは、込める力に差があるのは自明の理。
故に、
「はああ!!」
裂帛の気合と共に渾身の力を込め、シグナムはアロンダイトを弾き返す。態勢を崩した状態で更に斬撃を弾かれたシン―――それは受けることも攻めることも充分に行えない袋小路そのもの。
シグナムがレヴァンティンの姿を“切り替える”。それは三つある形態の内の一つ。
鞭状連結刃―――シュランゲフォルム
狙いを定め、言葉を紡ぐ。
「シュランゲバイセン―――アングリフ・・・・!!」
ソレを振るった。その様は正に蛇。うねり、くねり、迫るその攻撃。
迫る連結刃は炎熱を纏い、シンに向かって“曲進”する。
焦燥。フィオキーナの高速移動では“避けきれない”。彼女は攻撃に集中している為に本来なら絶好の好機であるが彼の態勢も大きく崩れている為にケルベロスによる砲撃は不可能。アロンダイトで迎撃―――刀身を絡め取られて終わりだ。
ならば、
「だったら―――」
右腕をアロンダイトから離し、シンの右掌が赤熱する。魔力を収束圧縮。掌の中心に生まれる赤い光球。それはシン・アスカの切り札の一つ。近接射撃魔法。
狙いは、鞭状連結刃そのもの。迫り来る刃に対して、シンは構え、叫ぶ。
「パルマ――フィオキーナ!!!」
―――炎熱の蛇咬と炎熱の射撃が激突する。
「うおおおおおお!!!」
咆哮が轟く。
吹き荒れる紫電と赤炎。同じ炎熱の魔力はぶつかり合い、そして―――爆発した。
「・・・・・なかなか。」
後方に大きく吹き飛ばされたシン・アスカを見て、シグナムは呟く。
シグナムにとって、シン・アスカとは好敵手に近い。
戦力で言うと、彼女と彼の間にそれほどの差は無い。ギンガ・ナカジマとの模擬戦で彼が獲得した戦闘技術と増加した魔力量。そして、フィオキーナによる高速移動。デバイス「デスティニー」の持ちうる多彩な武装。
シン・アスカの単純なスペックは既にAAAランクと言っても過言ではない。それほどの戦力を彼は既にその身に秘めている。
実戦経験の数に比類ない差があるからこそ、今、彼女は彼を圧倒できているのだ。
ならば―――これから、先、彼が経験を積んだならばどうなるのか。
魔法を全く知らない素人から僅か半年足らずの間にこれほどの成長をしたシン・アスカ。
この先、この男はどれほどの高みにまでたどり着くのか。
そう、考えて背筋がゾクゾクする自分に気付く。知らず、彼女の表情は微笑みを浮かべていた―――獰猛な女豹の笑みを。
彼女はいわゆる戦闘狂(バトルジャンキー)ではない。ただ、強い相手と戦うことが好きなだけの騎士である。
いわば、コレは趣味の一環に過ぎない。
だが、趣味だからこそ彼女は真剣になる。戦うことが好きだから―――面白いから。特に強者と刃を合わせることは何よりも面白いのだから。
強者でありながら、未だ未熟だと言う目前の戦士など――彼女にとっては馬の前に垂れ下がらせた人参―――つまりは我慢しきれないほどの大好物のようなものだった。
「・・・・」
高揚するシグナムの気持ちとは裏腹にシン・アスカの心は焦燥に満ち溢れていた。
―――危なかった。
心中でそう呟き、右の掌を見る。
あの鞭状連結刃―――シュランゲフォルムを迎撃した右手が強く痺れている。もし、あと一瞬でもパルマフィオキーナの発動が遅れていれば今頃自分の意識は無いことだろう。
あれから二ヶ月。シン・アスカは成長を続けていた―――それはあの模擬戦の時の成長の帳尻あわせのようなモノではあったが。
パルマフィオキーナの発動に慣れてきた為か、魔力の収束・開放がスムーズになり、そのおかげで今の一撃を迎撃出来たのだ。以前の自分ではこうはいかなかった。
小規模パルマフィオキーナ―――「フィオキーナ」による高速移動も以前よりも滑らかになってきている―――身体にかかる負担そのものはどうしようも無かったが。慣れるしかない、と彼は思っていた。実際、現実として出来る対策はその程度だった。アレは使う度に身体のどこかを傷つけてしまう諸刃の剣。発射地点は言わずもがな、胸やけや吐き気などは確実に起こり、場合によっては脳震盪を起こしかねない魔法である。その上使い勝手は良いが多用すると今のように簡単に読まれてしまう。魔法の特性上その軌道はどうしても直線的にならざるを得ないからだ。
また、デスティニーによって書き換えられた肉体は、彼女ほどの手練れと渡り合えるだけの力を彼に与えている。ただし、こちらは最近になってようやく“安定してきた”ところだった。
ギンガ・ナカジマとの模擬戦の後、彼の身体は厳密な検査を受けることを余儀なくされた。
何せ、デバイスが使用者の肉体の動作系を“書き換えた”のだ。前例が無いがゆえにその事態は重く取られた―――そして、検査の結果、分かったことは以下の通りである。
―――肉体は既に“作り換わっている”。筋肉が断裂するような事態は最早起こらない。
つまり、あの時シン・アスカの肉体は最適化を施され書き換えられながら、崩壊と再生を“繰り返すこと”で、考えられないほどの短期間に“超回復”を繰り返し、強化されていたと言うことだった。
筋肉とは、負荷を与えることで崩壊し、再生の際には崩壊する以前よりも強くなる。これが“超回復”である。これは誰の肉体にも起こることだ。だが、それは本来ゆっくりと進行するものである。
だが、彼は―――少なくとも“あの瞬間の彼”の肉体はそうではなかった。
常人の超回復を野球でピッチャーが投げる球だとするなら、あの瞬間の彼は長距離狙撃用ライフルの弾丸--―つまりは音速の弾丸である。
その結果として彼の肉体は全力で戦ったとしても、崩壊することは無い。そういう肉体に“なった”のだ。だが、その反動は凄まじかった。ギンガとの模擬戦の後に彼は何日間も眠れない夜を繰り返した。身体中を襲うそれまでの人生では決して感じたことが無いほどの激痛―――筋肉痛によって。本来ならソレを感じ取りながら、肉体は変質するのだが、彼の身体はそれを感じ取る間も無いほどの速さで変質し、その為に置き去りにされた痛みがその後彼に襲い掛かった。
それは音速で発射された弾丸が対象に命中した後になって初めて発射音が響くように。
そして、今に至る。無論、身体が治って直ぐに彼は訓練を再開した。大体にして休んでいたのは二週間ほどだ。その二週間の遅れを取り戻すかのように彼は幾度も幾度も訓練を繰り返した。
恐らく、元々適性があったのだろう。“過剰な訓練に耐える肉体”という適性―――つまりは単純な肉体の頑強さ。壊れ難い肉体。そういった資質が。
ギンガとの模擬戦の際に、フェイト・T・ハラオウンはシン・アスカを天才と評した。
だが、それは否だ。シン・アスカは天才ではない。少なくともキラ・ヤマトやアスラン・ザラのような天才とは違う。そして、彼自身も否定するだろう。
発想、閃き、判断。そういったモノに関して言えば彼は天才かもしれない。だが、天才とはそういったモノとは違う。純粋に成長速度が速い―――1を知って10を為す。そういった人間である。
シン・アスカの成長速度が速いのは、自身の身体が壊れないのをいいことに通常ならば壊れるほどの訓練を行えるから、である。
彼は1を知り、1を為す。それを誰よりも多く繰り返す。
壊れないが故に彼は誰よりも訓練を続けられる。類まれな肉体強度、そして狂わんばかりの力への渇望。それこそが、シン・アスカの資質なのだ。
―――話を戻そう。その結果としてシン・アスカは今、シグナムと渡り合えるほどの実力を持つことになった。
けれど、彼は満足など出来ない。―――それでもまだ足りないのだ。
機動6課に配属された時に見た映像―――ライトニング分隊が為す術も無く完敗したあの男。ドラグーンのような魔法を使う化け物はこの程度では倒せない―――自分の願いを叶えることなど出来はしない。
“全てを守る”。その願いを叶えるには、未だ力が足りていないのだ。
―――レヴァンティンをシュランゲフォルムからシュベルトフォルム―――長剣状態である――に切り替え、シグナムがこちらに向かって構えている。
「・・・・デスティニー、ケルベロスⅡだ。」
『All,right,brother.Mode KerberosⅡ』
デスティニーから響く電子音の返答。それに伴いアロンダイトが折り畳み、ケルベロスⅡ――連射性に特化した魔力銃である――に変形、それを構え、柄の部分からフラッシュエッジを引き抜く。
ケルベロスⅡの魔力弾の連射で牽制し、フラッシュエッジで切り込む。そういう考えなのだろう。
「行くぞ、アスカ!!」
「はい・・・!!」
両者が突進する。シンはケルベロスⅡを構え、シグナムはレヴァンティンを振りかぶり、交錯が始まる――瞬間、声がかかった。
「・・・・どうやら、今日はここまでらしい。」
そう言ってシグナムは構えを解く。
「え、ここまで?」
シンは不思議そうにシグナムを見て、彼女が目線を下に向ける。
「ああ、下を見てみろ。」
「・・・・フェイトさんですね。」
そこにはライトニング分隊隊長フェイト・T・ハラオウンが手を振っていた。その横でエリオとキャロが申し訳なさそうにこちらを見つめている。
そして、
「あっちもだ。」
「・・・・ギンガさん。」
膝を付き、肩で息をしているスバル、ティアナ。そしてそれとは対照的に笑顔でこちらに手を振るギンガ・ナカジマがいた。ヴィータはその横で半眼で笑っている。苦笑しようとして出来なかったのだろう。
「朝食を食べるので戻ってこいとのお達しだ。・・・・全く、果報者だな、貴様は。」
「いや、その・・・・すいません。」
半眼で睨まれて、シンは思わず謝っていた。
(・・・・何がどうなってるんだ?)
シンには未だ状況が掴めていなかった。果報者―――その言葉の意味が。
今は、まだ。

「シン、おかわりはいりますか?」
「あ、じゃあ、お願いします。」
「・・・・・・・・」
そう言ってギンガにご飯をついでもらうシン。その横に座るフェイトはもしゃもしゃとサラダを食べながら、その様を見つめ続ける。
「ギンガさん、醤油いります?」
「あ、ありがとうございます。」
「・・・・・・・・」
まるで往年の夫婦であるように、息のあったコンビネーション―――ただ朝食を食べているだけなのだが―――を繰り広げる二人を見て、フェイトは傍らにあったサラダとシンを一瞬見比べ―――意を決して口を開く。
「シ、シン君、サラダどう?」
「あ、じゃあ、もらいます。」
「・・・・・・・・」
今度はギンガが、ずずっと味噌汁を啜りながらその様子を見つめ続ける。
「フェイトさん、ドレッシングかけないんですか?」
「はっ!?ああ、わ、私、生野菜は生で食べるのが好きなの!!」
「はあ・・・そうですか?」
「う、うん!!」
「・・・・・・・・」
まるで初々しいカップルのような会話を続ける二人を見て、ギンガは何も言わず沢庵を口に含み、ポリッポリッといつも通りに咀嚼する。
―――目じりが微妙に釣り上がっているのはさておいて、だ。
「・・・・・・ど、ドリルは女の魂なの・・・?」
「・・・・うう、一発も当たらなかったよ。」
その傍ら―――同じテーブルの直ぐ横に突っ伏し、顔面蒼白のティアナと泣きそうになっているスバル。
彼女たちは先ほどの模擬戦で、ギンガ・ナカジマとヴィータの前に完膚なきまでに倒されたのだ。
無論、彼女達が劣っていると言うわけでは無い。
幾多の戦いを乗り越えてきた彼女たちの実力は、ヴィータやシグナムと比べても遜色は無いほどに成長している。
ならば―――何故、彼女たちは完膚なきまでに敗北したのか。
いわば相性の問題だった。
ギンガ・ナカジマの弱点。それは射程の短さである。だが、チーム戦とは個人の力量のみで行うものではない。彼女と組んでいたヴィータは得意距離こそ接近戦ではあるが、その内実は万能型。如何なる距離にも無難に対応出来る柔軟性を持っている。
そして、もう一つ理由がある。
“シューティングアーツ”。彼女が使う“シューティングアーツ”とは距離の壁を“洞察力”によって、打ち崩す“魔導師の天敵(カウンターマギウス)”。
洞察力。それは個人戦においても遺憾なく威力を発揮するが、チーム戦においても同じく強力無比なものである。何故なら、連携とは味方の動きを読んで合わせることで成立する。故に洞察力が優れた相手がパートナーであれば、そのやり易さは加速度的に向上する。
スバル・ナカジマはそれを学ぶことなく、ティアナはスバルのシューティングアーツと同じだと思っていたが故に―――彼女たち二人は完敗することとなった。
ティアナの瞳に残るのは、ヴィータの援護を受けて自分に向かって突貫し、こちらが放つ魔力弾を突き破り、近づき、魔力を食い荒らす螺旋―――リボルビングステークの威容が。
スバルの瞳に残るのは、ありとあらゆる攻撃を読まれ、ヴィータとギンガの二人に執拗に追い回された挙句に、壁際に追い詰められ、カウンターを合わせられた瞬間が残っていた。恐怖も残ろうと言うものだ。
ティアナ・ランスター。スバル・ナカジマ。彼女たちが敗北したのは、ギンガの洞察力によって、だった。
これが単騎による個人戦ならば、結果は違う。恐らく、ギンガは敗北か、もしくは引き分け。決して勝利ではない―――ことになっていただろう。
1と1を足せば通常は2である。それを3にも4にも引き上げる。それがギンガ・ナカジマの洞察力なのだから。
そして、同じテーブル―――彼女たち二人の横で、純真無垢であるはずの子供にも影響は出ていた。
「ピンク・・・・」
エリオ・モンディアルの口から紡がれる言葉。それはまがり間違ってもキャロ・ル・ルシエの髪の色ではなく、模擬戦の時見えた、桜色の乳首―--。
「―――エリオ君?」
「ひぃ!?」
底冷えするようなキャロの声。その声を聞いて、エリオの意識は現実と言う名の地べたに連れ戻される。
怖気を振るう恐怖とはこのことか。視線だけで人を殺せるとしたら、これである。エリオはそう思った。
言動には気を付けよう―――エリオは一つ大人になった。
「・・・ヴィータ、これは何とかならんのか?」
嵐が吹き荒れるテーブルから少し離れたテーブル。そこに八神はやての守護騎士ヴォルケンリッターがいた。
「・・・・あたしに聞くな。どうにかして欲しいのはこっちだぜ、まったく。」
うんざりといった感じでヴィータはサンドイッチを口に頬張った。その視線が向かう先はギンガ・シン・フェイトと居並ぶその姿。
(・・・・変わりすぎだろ。)
以前見たギンガ。そしてついこないだまで知っていたフェイトとのあまりの落差に呆れを通り越して困惑しているのだ。
何せ展開が速すぎる。設定された年齢上彼女――ヴィータはそういった恋愛沙汰の機微に疎い。だが、その彼女をしてフェイトの変貌は早かったと思わせるほどに劇的だった。
(・・・・恋する乙女は変わるって言うがなあ)
それでも早すぎるだろう、これは。
だが、と、ヴィータは思う。フェイト・T・ハラオウン。彼女はこれまでの人生の殆どを、他の誰かの為に費やしてきた。恐らくは自己満足に過ぎないであろうこと―――エリオやキャロを引き取り育てるなどと言う保護。それは単なる自己満足でしかあり得ない。
だが、その彼女が今自分の為に行動している―――無論、無自覚ゆえの行動であろうが。
それは、むしろ歓迎することなのではないだろうか?
ヴィータはそう思い、もう一度彼らの方に眼をやる。
シンをはさみ込むようにして、ギンガとフェイトがおかずをよそいまくっている。
ギンガはご飯をこれでもかと言うほどにこんもりと盛りシンに渡し、フェイトはフェイトでサラダをこれでもかと言うほどにもっさりとよそいシンに渡す。
その中心にいるシンは黙々と食べている―――と言うかその表情は先ほどに比べてかなり険しく成っている。まるで何かに耐えるように。心なしか顔面蒼白にすら見える。胃の許容量以上の量を食いすぎたせいだろう。
フェイトはシンのその表情に気付いていないのか、ニコニコと笑いながらサラダをもっさりとよそい続け、対するギンガはシンの苦しげな表情に気付いているのか、顔を曇らせ――だが、意を決するようにご飯をよそう。
その様を見て、ヴィータはため息一つ、頭を振って心中で呟いた。
(・・・・・やっぱり、やりすぎだ、あれは。)
頭を振り、ため息を吐くヴィータを尻目にシグナムは次に傍らでヴィータと同じくサンドイッチを口にするシャマルに向かって口を開く。
「シャマル、お前は?」
「いいんじゃないですか?」
そう言ってシャマルは微笑みすら浮かべながら、三人を見つめている。
彼女にとって男と女の色恋沙汰などあって然るべきだとものであった。
何故なら、年頃の男と女の間に起こりうるものと言えば相場は色恋沙汰だ。二人には―――特にフェイトにはそういったモノは皆無だった。それはヴィータが思っていたように彼女自身が自分自身に無頓着であり、自分の為には生きていなかったからであろうと考えていた。
たとえその恋がどんな結果に終わろうとも、その想いはきっと彼女を変える。恋をして変わらない女などいない。その絶対原則は覆らないのだから―――そんなことを思っている彼女も別に恋愛経験が多い訳では無いのだが。むしろ、皆無である。
そんな風に微笑ましいものを見る母親のような視線で以って三人を見やるシャマルに業を煮やしたのか、シグナムは次の相手に声をかけようとする。
彼女がこれほどに焦燥している理由―――それは別に6課の雰囲気が悪くなることを恐れて、ではない。元よりシグナムにそういった機微を調整するなど出来ない。伊達に自分を騎士だ、騎士だと言っている訳では無いのだ。
自身は不器用であり、無骨。器用さなど無用であり不要。そう、思っている。
だが、それでも彼女は焦燥を抑えられない。
これまであのような状態にならなかったフェイト・T・ハラオウン。そこに変化が起きたコト。それが焦燥を生ませているのだ。
焦燥の根源は一つ。もしや、我が主にまでそれは届いているのか、と。それは全くの誤解であるのだが。
八神はやてにとってシン・アスカとは策謀の為の“手駒”である。彼女自身にとっての切り札―――最悪、彼女“個人”が使用出来る捨て駒としての意味を含めたモノ―――である。
そんな八神はやてが、シン・アスカに恋愛感情を抱くなどはあり得ない―――無論、その“表向き”の裏側ではどうなっているかは彼女以外は知らないことではあるが。
シグナムはそれを知らない。と言うよりもヴォルケンリッターはそれを知らない。知れば、彼らは、八神はやてに言うだろう。
それは自分たちの役割では無いかと。捨て駒として使用するべきは自分たちではないかと。
八神はやてがそれをしなかったのは、ひとえに彼女たちヴォルケンリッターが大切な存在だからだ。
そして、八神はやてがシン・アスカに対して抱く感情―--それはコールタールのように黒く粘りつき、身も心も縛り付ける“罪悪感”である。
表には出していない。だが、彼女の内心は、シン・アスカとそれ以外という枠組みを作っている――つまりはシン・アスカは如何様に使おうとも構わない、と。
殺すつもりは無い。捨て駒として使うつもりも無い。だが、別に五体満足で生きている“必要も無い”のだから。
シグナムはそれを知らない・・・知らないからこそ、そんなピントの外れた回答を導き出す。無論、そんな考えに気付いている人間など誰一人としていない。ただ、一人、八神はやて本人から伝えられたギンガ・ナカジマを除いては。
そんな的外れの焦燥から逃れる為に、彼女はこの場を静めてくれる誰かを欲していた。
そして、次なる相手に声をかけ―――
「ザフィー・・・・いや、いい。」
ようとして止めた。
「いや、ちょっと待て!!」
犬の姿のままザフィーラは叫んだ。
周りの職員は何事かと驚いている。犬が喋ったからだ。
「ん?なんだ、餌か?ほれ。」
そう言ってシグナムは、ザフィーラに向かってサンドイッチが入った皿から幾つか取り出して別の皿に入れると、そのまま床に置いた。
「ワン!!」
威勢よく声を上げて、それにかぶりつくザフィーラ。
そして、一拍置いてその動きが止まる。
「・・・・・」
「・・・・・」
たらり、とザフィーラの背を冷や汗が流れていった。
「犬だな。」
「ああ、犬だ。」
「犬ね。」
「何故だ――!!」
仲間達の冷静且つ冷徹な視線を受けて、ザフィーラは吼えた。吼え続けた。煩かった。

「・・・・・・えらい、変化がおきとるなあ。」
「なんで、そんなに他人事なんですか・・・・。」
それはシャリオ・フィニーニと八神はやてだった。無論、この場に来た理由は当然ながら朝食を食べに、である。
フェイト、シン、ギンガが黙々と朝食を食べ続ける――フェイトは何故か赤面している――その横ではティアナとスバルが机に突っ伏して、朝食を食べ続け、その片側ではエリオがギンガ(主に胸)を見てぼうっとしている横でキャロがにこやかな笑顔でフォークを天に向けて構えている。心なしか額に青筋が立っている。
別のテーブルではヴォルケンリッターとヴァイスがメシを食いながら全員顔を歪めている。シグナムなんぞは、けしからん、けしからんと繰り返しつつ蕎麦を食っている。ザフィーラは・・・なんか吼えてる。
(いつから、この食堂には和食が入ったんだろう?というか朝から蕎麦?)
そんなシャリオの疑問を無視して、食堂に蔓延る雰囲気にはやては唇をひくひくと震わせて、苦笑する。
「・・・・げに恐るべきは乙女パワーっちゅうことか。やっぱり、ライトニングは早まってしもたかなあ。」
「・・・・まあ、戦力的には間違ってるとも思いませんけど。」
シャリオがはやてのぼやきに返答を返した。
戦力という面から考えると、シン・アスカをライトニング分隊に入れたのは間違いではなかった。
シン・アスカ。彼は強い。それは“あの”模擬戦を映像でしか見たことのないシャリオにも理解できる。だが、実戦経験の数はまるで皆無――のはずだ。異世界において幾多の戦争を乗り越えてきたと言っても、それは全てMS戦闘であり、白兵戦などは無かったのだから。
だからこそ、戦力が充実しているライトニングに配属させた。スターズとは違い、ライトニングに欠員は出ていないからである。恐らくそこで彼に経験を積ませるつもりなのだろう。選択としては悪くない。だが、
(けど、有事の際には・・・ってどういうことなんだろう。)
隣を歩く彼女――八神はやてに眼を向ける。シャリオにはその部分だけが腑に落ちなかった。
“有事の際”、その言葉の意味が。

カーテンで覆われた一室にて男と女が話をしている。
ギルバート・グラディス。そしてカリム・グラシア。
彼らが今見ているのはあの模擬戦の映像であり、そしてシン・アスカの肉体を奔り抜けた朱い光。
「ここを見てもらえるかしら?」
カリムのつぶやき。そして画面が一部拡大された。それはデスティニーに現れたあの文字列。
「・・・・・これは」
「解析班からの報告によるとアームドデバイス・デスティニーのOSは当初搭載されていたモノとはまるで別物のOSに上書きされていたそうよ。」
「・・・Gunnery United Nuclear Deuterion Advanced Maneuver System」
流麗な発音でギルバート・グラディスが呟いた。
「ギルバート?」
「気にしないでくれていい・・・・・が、なるほど、これは予想出来なかった。」
仮面の下で薄く笑うギルバート・グラディス。その表情は心底楽しそうな微笑みだ。自分の予想を超えた教え子を見て喜ぶ。そんな微笑みだった。
仮面をカリムに向け、質問を飛ばす。
「シン・アスカの肉体にはどんな変化が?」
グラディスの質問にカリムは目の前にA4用紙ほどの画面-――シン・アスカの検査報告書である―――を映し出し、答えを返す。
「全身の打撲や打ち身、そして異常なほどの筋肉疲労、乳酸の溜まり具合・・・・・ありていに言って極度の疲労。ただ、これには続きがあるわ。」
「それは?」
「身体中―――特にあの大剣を振るう際に使用する筋肉の部分が著しく太くなっていたそうよ。」
画面に映る
「・・・・・ふむ。」
その言葉を聴いて、再びギルバート・グラディスは楽しそうに微笑んだ。
カリム・グラシアはそんなグラディスを見て、一つ息を吐き―――現れていた画面をすべて閉じて、話を続ける。
「ただ、これで貴方の計画は頓挫したことになる。」
その言葉を聞いて、グラディスもため息を吐き肩を竦めた。
「・・・・まさか、勝つとはね。」
カリム・グラシア。ギルバート・グラディス。シン・アスカの模擬戦や訓練等の一連の事件の“黒幕”である二人にとってシン・アスカの勝利というのは殊の外に予想外な事柄であった。
勝利するなどは思わなかった―――否、勝利などする筈がない勝負なのだ。
元よりこの戦いはシン・アスカに“シン・アスカに絶望を与えること”ことこそが目的。シン・アスカに最高の絶望を与え、“力への渇望”を最大限にまで活性化させる。その上で彼に手を差し出し、力を与える。
膨れ上がった“渇望”はシン・アスカに著しい成長を促すだろう。それこそ、最強と言う文字に違わないモノにまで。
ギルバート・グラディス―――ギルバート・デュランダルはそうやってシン・アスカに力を与えるつもりだった。要は以前シン・アスカがインパルスの正規パイロットになるまでの過程をもう一度再現しようとしただけだ。
シン・アスカは絶望によって強くなる人間だ。
過去、家族を亡くした絶望を糧に怒りと言う炎を燃やし、彼は自身を鍛えた。寝る間を惜しんで教本を読み漁り、いっそ身体が壊れた方が楽になれると思えるほどに鍛え続けた。
何故なら彼の周り―――アカデミーにいたのはザフトで生まれ育ったコーディネイター。良家の出の者の中にはシンに施されたコーディネイトなど歯牙にも欠けぬ人間だとて多く存在した。
コーディネイトと言う才能の差―--彼にとって一つ目の壁である。それを超えるには努力しかなかった。才能と言う厳然たる性能差を埋める為に異常な努力で以って彼は突き進んだ。
結果、彼はインパルスと言うモビルスーツの専属パイロットとなった。努力で埋めたのだ。才能の差を。
その結果、彼の実力は際限無く伸び続け、デスティニーと言う専用機を得るにまで至った。
奪われた絶望が、比類なき力を彼に与えたのだ。
―――だが、今回の模擬戦でシン・アスカはそれを覆した。誰もが負ける、勝てる筈がないと断じた戦いを己が力一つで覆した。
そして、デュランダルの誤算はもう一つ。
デバイス・デスティニーに宿った“意思”である。これが何を意味するのか、はデュランダルにも分からなかった。ただ、これでデュランダルの描いていた「シン・アスカ」には到達しないことだけは確実だった。
デュランダルの描いていた「シン・アスカ」。それは、以前シグナムが八神はやてとカリム・グラシアに語った通り。つまり、「一瞬で懐に潜り込む“速度”と一撃で勝負を決する“攻撃力”を兼ね備えた“近接特化型”」である。
機動6課に作成を依頼した現在のデスティニーは完全な間に合わせの産物であり、あくまで訓練用。シン・アスカに魔導師としての戦闘を叩き込むただそれだけの産物である。
それ故シン・アスカが受領し現在使用しているデスティニーは完全な試作品であり、不完全な代物である。今のデスティニーがツギハギのように見えるのは当然だ。“在るべきパーツ”が存在していないのだから。
だが、彼の身体は模擬戦の際にデバイス・デスティニーに生まれた“意思”によって「万能型」として最適化された。
如何なる距離であろうとも対応出来、そして近距離が“得意”と言う姿に。
これは、由々しき事態だった。
「確かに、これでは“本当のデスティニー”の作成は断念せざるを得ない訳だ。」
困ったことだと言わんばかりにデュランダルは肩を竦めた―――その表情はまるで困っているようではなかったが。
「で、どうするのかしら?まさか、これで終わりな訳ではないでしょう?」
カリム・グラシアが瞳を細く射抜くようにデュランダルを見つめる。
視線は弾丸の速さと刃の鋭さで彼を射抜く―――その視線を受けて、デュランダルは微笑みを浮かべた。
口を開いた。
「無論、問題は無いさ。“あのデスティニー”を使いこなし、万能の単騎になると言うならそれもいいさ。・・・・・むしろ、彼の性分としてはそれが最も“幸福”だろうからね。」
「幸福?」
聞き慣れない―――現在の会話にはまるでそぐわないその単語に首を傾げるカリム。
「近接戦闘に特化し、敵陣深く切り込む。だが、その間後方の味方はどうなる?もしかしたら、自分が敵陣に切り込んでいる間に“殺されて”いるかもしれない。」
一つ、言葉を切って、デュランダルは続ける。それはどこか生徒に講義する教師の如く。
「そして、後方からの支援は一切出来ない。殺されそうになっている誰かを“守る”為の援護などが一切出来ない。“今”の彼にとってそんなことは耐えられないだろうさ。」
シン・アスカの“異常”を間近で確認したデュランダルはそう言葉を終えた。
然り。
現在のシン・アスカにとって最も優先すべきコトは“守るコト”である。瞳に映る全てを守り抜くこと。彼はその為だけに力を求めた。如何なる敵であろうと打ち倒し、誰も守れないと嘆くことの無い様に。“もう一度”ヒーローになる為に。彼はその為に魔導師になろうと自身を磨き抜くのだ。
シン・アスカが求めるのは“倒す為の力”ではなく、“守る為の力”である。
デュランダルの言う力はあくまで“倒す為の力”シン・アスカの求める“守る為の力”ではないのだ。
だからこそ、“幸福”だとデュランダルは評した。“あの”デスティニーはシン・アスカの望む力そのものだと。
「・・・・単騎の万能ね。そうなるまでの時間があるのかしら?」
カリム・グラシアが言葉を返した。
―――時間。そう、単騎の万能とはそうなるまでに必要となる時間がまるで違う。
デュランダルが“近接特化”を望んだ理由の一つにそれがあった。特化型とは一つの分野を徹底的に鍛え上げることである。無論、鍛える分野が少ないことから引き出しは少なくなる。だが、究めるまでにかかる時間は、万能型よりもはるかに短くて済む。近接特化を1とするなら、万能型は少なくとも5は必要となるだろう。
だが、そんなカリム・グラシアの懸念にデュランダルは薄く笑いながら返答する。
「問題無い。君が思っているよりも機動6課と言う場所は彼にとって理想の鍛錬所に近い。」
デュランダルの右の手袋―――ナイチンゲールが薄く輝いた。彼の目前に現れるA3ほどの長方形の画面―――そこには機動6課の面々が映し出されている。
名前、写真、ランク等がそこには書かれていた。
そして、その内の一人―――エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエを指で指し示す。その次にはティアナ・ランスター、スバル・ナカジマを同じように指でなぞっていき、次にシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、八神はやて、フェイト・T・ハラオウン・・・・・最後はギンガ・ナカジマの前で止まった。
「ここには彼の“守護欲”を煽り立てる“餌”がいる。それこそ両手では抱えきれないほど、ね。守らなくてはならないモノが眼に見えて増えれば―――増えた分だけ彼は強くなる。」
そこで一つ言葉を切って、ナイチンゲールに再び光が灯る。
「何よりも彼は実戦でこそ磨かれる人間だ。機動6課が相対する実戦―――今のシン・アスカ程度ではどうにもならない現実を見せれば否が応にも強くならざるを得ないだろうさ。」
「なるほど、ね。」
確かにそうだ、と彼女は思った。
あの映像を思い出す。あの襲撃と模擬戦の映像を。
土壇場に置いて、彼は“怯える”よりも“戦う”ことを選択した。
本来、それはありえない選択だ。
誰であろうと自分の命は大事である。他人の命よりも自分の命を守ろうとするのは本能に刻まれた“命令”なのだから。
だが、彼はそれを駆逐した。恐らくは“守る”と言う理性によって。
確かにそういった人間は存在する。家族や恋人、友人を守らねばならないような事態になった時、人はそういった行為をすることが多々在るだろう。
だが、彼がしたのは見ず知らずの子供に対してだった。それも自分よりも遥かに、一目見た瞬間に理解できるほどの化物を相手にして、だ。
大多数の人間がそれを正気の沙汰ではないと考えていた。だが、カリム・グラシアとギルバート・デュランダルだけは見定めていた。あれが狂気の産物ではなく、正気の産物なのだと。
死にたくないと言う本能を、殺意と言う名の狂気で駆逐する者はいる。多数とは言わない。だが、珍しくも無い。
だが、死にたくないと言う本能を、守ると言う名の正気で駆逐する者などそうはいない。
そして、模擬戦において彼は何があっても諦めることなく足掻き抜き―――勝利した。
あの模擬戦は映像でしか見ていないカリムにとっても鮮烈であり、苛烈であった。劣勢を挽回する為に、ありとあらゆる手段を講じた―――考えたのだろうことが見て取れた。
皆無に等しい勝利の可能性を手繰り寄せるために、如何なる方法であろうと試行する。
適任である。
強大な―――それも恐らくは初見から殺し合うような敵と相対するにするにはこれほどの適任もあるまい。
カリム・グラシアが右手を上げて、傍らに佇む侍女におかわりを促す。侍女は無言で彼女に近づき、空になったカップに紅茶を注ぎ込む。
「で、彼はこの後6課で過ごすのかしら?」
「それが妥当だろうね。」
カリム・グラシアは想いを馳せる。
機動6課・・・・その長である彼女にとって妹のような存在である“はず”の女性―――八神はやてのことを。
(・・・・はやてに、扱いきれるのかしら。)
冷徹にカリム・グラシアの脳髄は思考する。
八神はやて。彼女は恐らくは甘さを捨てようと必死に努力しようとしていることだろう。彼女にとって誰かを捨て駒にするなど在りえないことだ。シン・アスカを受け入れることを承諾したのも恐らくはその表れ。
だが、とカリムは思った。
(あの子はシン・アスカを捨て駒にする気など恐らくはない。せいぜい、手駒にする程度でしょうね。)
冷徹な彼女の思考は八神はやての思考を簡単に読みきる。甘さを捨てられない彼女が辿る道など、それしかない。
恐らく彼女には理解出来ていないだろう。いつか、あの男―――シン・アスカは“壊れなければいけない”と言うことを。
守り続けることが願いなのだと、彼は言ったそうだ。では―――守るとは何だ?
命を守ることか?それともモノを守ることか?
違う、守るとはもっと単純なことだ。
守るとは戦いである。生命活動を継続させる為だけに行われる単純な命の鬩ぎ合いでしかない。救うこととは違うのだ。
人を救わない守るだけの行為。ならば、それが行きつく果てにある事象は何か―――これも単純なことだ。
守ることしか出来ない彼は、いつか“救えない現実”を直視する羽目になる。
彼に出来るのは“守る”だけだ。守ると言う行為が守るのは生命活動と言う事象のみ。
彼には誰かを救うなど出来はしない。出来はしないから彼はいずれその現実の前に膝をつき、狂気に身を染める。自身を壊すしかなくなる。
カリム・グラシアが思い悩むのは、その時の八神はやてについて、だ。
恐らく、その現実に八神はやては気づいていない。シン・アスカと言う人間にとっては“捨て駒”と言う扱いがもっとも幸せな扱いであることに。
その時、八神はやては耐えられるのだろうか。人一人を完膚なきまでに壊し尽くしたと言う罪悪感を背負えると言うのだろうか――――
「―---例のモノの用意はどうなっているのかな?」
デュランダルの呟き。思考の奥底に沈みこんでいたカリム・グラシアの意識は一瞬で現実に舞い戻る。
「・・・・すでに用意させているわ。いつもの場所で受け取ってもらえるかしら?」
それを聞いてデュランダルは仮面の下で微笑みを返し、手に持っていた紅茶をテーブルに置いた。
「了解した。では、そろそろ行かせてもらうことにするよ。」
デュランダルは立ち上がり、扉の前まで歩きドアノブに手を掛ける。
彼は無言でその扉を潜り抜け―――その先で彼を待っていた一人の男に眼をやった。男の髪はオレンジ色。直立不動。その服装は豪奢な髪の色とは対照的なダークブルーのスーツ。
優男と言った方が良い風体である。だが、男が身に纏う雰囲気はどこか野趣を感じさせる雰囲気だった。
男の名前は―――ハイネ・ヴェステンフェルス。
ギルバート・グラディス―――ギルバート・デュランダルやシン・アスカと同じ世界からの異邦人である。
「待たせてしまったね。」
「いえ、問題ありません、議長。」
議長、と呼ばれ、デュランダルはわずかに苦笑し、ハイネに背中を向けると歩き出す。
「では、行こうか、ハイネ。」
「はい。」
彼はそうしてデュランダルに従った。

デュランダルが退室してから、数分。紅茶に口をつけながら物思いに耽っていたカリム・グラシアは思い出したかのように呟いた。
「・・・・そろそろ解いてもいいんじゃなくて?」
微笑み。優美で華麗で可憐そのものと言ったその笑み。誰もが見とれるであろう毒花の微笑みを浮かべながらカリム・グラシアは傍らに佇む侍女に向かって呟いた。
「――――ねえ、ドゥーエ。」
“ドゥーエ”と呼ばれた侍女は、その時、微笑みを浮かべた。
唇を吊り上げて、頬を歪ませた亀裂の入ったような微笑みを。
それはどこか“あの”ジェイル・スカリエッティを髣髴とさせる笑みだった。

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