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空想垂れ流し 06.邂逅

06.邂逅

「・・・・あの今日はどうしてこんなところに?」
「息抜きです!」

 ギンガがそう力強く叫ぶとシンはため息を吐く。

「何を、するんですか?」
「だから、息抜きです。何と言っても、試験日が決まったんですから。最後の休暇だと思って少しは楽しみませんか?」

 シンに向かっていつもよりも上機嫌にギンガは呟く。
 けれど、試験日が決まったのなら、それを励みにより一層訓練するべきではないのだろうか?そう、思ってシンはソレを口に出す。

「いや、それならもっと頑張って訓練した方が・・・」
「いいですよね!?」

 先ほどよりも更に強い調子で言われる。
 それは基礎訓練を規定の回数以上やったことがばれた時のギンガの眼と同じだった。

 ――曰く、リボルバーナックルで撃ちますよ?

「・・・そうですね。」

 少しだけため息混じりに呟くシン。流石ににそう言われれば何も言うことが無い。本心では今すぐにでも戻って訓練を再開したいとは思っていたが。

「息抜き、か。」

 天気は快晴。季節は初夏の匂いが漂い始めた6月。
 そこは以前シンが訪れたあの街―――そう、あの襲撃によって破壊された街だった。

 シン・アスカはその日、あの襲撃があった街にギンガ・ナカジマに連れてこられていた。
 ギンガ曰く息抜き――ということらしい。
 シンに先日伝えられたBランク試験の日程。
 そこから逆算してちょうど2週間前の今日、息抜きをし、疲れを取って残りの期間を十二分に訓練に充てられるようにする。
 理屈は分かる。総仕上げに至る前の休憩。そして思い新たに、と言うことなのだろう。

 けれど、シン・アスカに思い新たになどあり得ない。彼の思いは変わらない。
 守る為に力を手に入れる。それも絶対的な力を。
 それがあれば、何であろうと守り抜けるはずだから――否、少なくとも力が無いと嘆くことなど無いはずなのだから。
 そんな思いを持ったままどこに連れていかれるのかと思い、来た場所は、あの日、襲撃があった街。それはシンでなくとも驚くことだろう。
 よりにもよってココを選ぶのかと。
 その街はシンにとって普通の街ではない。彼にとって、その街は、自身の弱さを自覚し願いを自覚した切っ掛け。
 なるほど、確かに心機一転には都合のいい場所だろう。誓いを新たにするにはここは確かにうってつけた。

(・・・上等だ。)

 そう思い、シンは拳に力を込め、唇を吊り上げた獰猛な笑みを浮かべる。
 通行人がそんなシンを見て、幾人かが目を背ける。
 当然だ、いきなり現れた誰とも知れぬ全てを射抜かんばかりに鋭く釣り上がった瞳をした男。
 街を破壊されたと言う「傷」を持つ住民にとってそんな男は警戒の対象にしかならない――だが、ギンガはそんなシンの心とは裏腹にいつもとは違う笑顔で彼に微笑みかけた。
 そして、少し緊張しているのか、頬を赤面させながら呟く。

「・・・・き、今日はここで、あの日の続きをしたかったんです。」

 そう言ってギンガはシンの右手に手を伸ばし、握りしめられた。

(……ギ、ギンガさん?)

 握られたことを不可解に思い、シンはギンガの方に向いた――そこで彼は一瞬彼女に見蕩れてしまう。
 ギンガの服装は白色のワンピース。
 派手でもなく、かといって地味でもない。ありていに言って普通。そう、普通に可愛かった。
 シンとて正常な男だ。女性に全く興味が無いと言う訳ではない――それ以上に興味があることが他にあるというだけで。
 それ故、その姿を見た時はいつものギャップと相まって、柄にも無くドキリとしたのは言うまでも無い。
 ましてや、今いきなり手を繋がれるなどと言う突発的な状況に陥った彼の心臓が早鐘を打つのも無理は無いのだ。シン・アスカは内に秘めたその願い同様、純情で一途なのだ。

「つ、続き・・・?」

 どもりながら、ギンガに尋ねるシン。

「そう、続きです!」

 そう言って、ギンガはシンの右腕を力強く引っ張った。

「うわっ!?」
「え?」

 いきなり引っ張られ、バランスを崩すシン。
 二人の身体と身体がぶつかり、足がもつれ、土煙を上げて、二人はぶつかるようにして倒れた。

「いった・・・・ご、ごめんなさい、シン・・・・ってきゃああああ!!?」
「い、いや、こっちこそすいませ・・・って、うわああ!!?」

 シンは自分の顔が“埋められて”いた場所―――目前を見つめる。そこは豊かな双丘。
 ぶっちゃけギンガの胸である。シンは今ギンガの胸に顔をうずめるようにして倒れてしまっていた。
 ギンガはいきなり感じた自分以外の体温と匂い、そして胸に感じるその頭の感触で。
 シンは目前に突然現れたその双丘と自分以外の体温と匂いを感じ取って。
 二人の思考が混乱し錯綜する。
 ギンガは顔を赤く染め上げ、シンは全く予想だにしなかったその展開に慌てふためき、

「す、すいません、今どきます!」

 そう言ってシンは直ぐにその場所からどこうと身体を起こす――瞬間、手に感じる、むにゅっと言うあまり感じることの無い柔らかな感触。
 思わず、それを“握り締めて”しまい――そして、理解する。それが何なのか。
 ああ、何と言うことだろう。それはおっぱいである。ギンガの胸に実った豊かな双丘それそのものなのだ。

「・・・え?」
「・・・・っっ!!!ど、どこ触ってるんですか!!?」
「す、すいません、今直ぐにどきます!!」

 シンは今度こそ、ギンガの体から身を離す・・・・・ギンガは俯き、顔を赤くし――その表情は髪に隠れて見えないが――心臓はドクンドクンと爆発寸前。シンも似たような物で呆然と今しがたの惨劇を思い出し、右手を握り締め、そして開く。
 ちなみにそこは往来のど真ん中。
 前述したように周りには通行人が一杯いる。

「・・・・お盛んなことね」
「おい、いきなり押し倒したぞ、あいつ!」
「目つきが悪いとは思っていたが、いきなり押し倒すとは・・・・」
「ママ、あれってプロレスごっこ?」
「見たら駄目よ!!」

 沈黙が二人を包む。もはや、二人は沈黙するしかない。
 その様々な言葉はもはや拷問である。
 ギンガ・ナカジマは花も恥らう乙女である。
 男女間の営みなど結婚初夜までは許してはならぬと考える古風な女性である。
 流石に、コウノトリが赤ん坊を運んでくるとか、男女が一緒に寝るとキャベツ畑に赤ん坊が生まれるだとかそこまで純情というか、そういうことを知らない訳ではないが、それでも最近流行りの“出来ちゃった婚”など彼女の“倫理法則”内には存在していないのだ。

 そんなギンガにとってそれらの言葉は臨海を軽く越えさせるに充分であった。
 ゆらりとギンガが立ち上がり、シンに向かって歩いていく。白いワンピースが風に煽られ棚引く。

「ギ、ギンガさん?」

 異様な雰囲気に包まれたギンガにシンは一瞬気圧される。そして、ギンガは小さく呟いた。

「ブリッツキャリバー。」
「Yes,sir.」

 主の窮地に答えてこそ従者。間断なく、ブリッツキャリバーは答え、閃光が光り輝く。一瞬でギンガの姿は白いワンピース姿から、バリアジャケット姿へと変容し、

「ウイングロード!!!!」
「WingRoad.」

 展開する天駆ける道に足を掛けると、ぐわしっと呆然とするシンの首根っこを掴み、ギンガはその場から駆け抜けていった。


「・・・・・これからは気をつけてくださいね。」
「いや、その・・・・・はい。」

 気まずげに、シンは頷く。よく見れば彼の頬が赤く紅葉の形で腫れている。
 ギンガは既にバリアジャケットを解き、その姿は先ほどと同じく、白いワンピース姿。だが、気分は既に台無しである。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 気まずい雰囲気が二人の間に漂う。
 どうしてこうなってしまったのだろうか?
 ギンガは表情こそ硬いモノだったが、内面は非常に困惑し、頭を抱えていた。

 ―――ギンガ・ナカジマが今日ここにシンを誘ったのには理由がある。

 伝えなければいけないことがある。伝えるべきことがある。
 今のギンガ・ナカジマは“あの時”、見つからなかった答えを持っているから。それは、あまりにも個人的で、感情的な答えではあるけれども。

「・・・・そ、それじゃ、行きましょうか?」
「行く?」
「今日は、ここにこの間の続きをしに来たんですよ?」
「と言うと・・・・」

 シンは思い出す。“この間のこと”を
 破壊。廃墟。初めての戦い。撃墜されるはやて。
 いや、それよりも更に前。たしか自分はギンガと共にこの町で色々と買い物をしていた。
 つまり――

「私と一緒にココで休暇を満喫しましょうってことです。」

 そう言って、ギンガは改めて、手を差し伸べる。
 先ほどよりも勢いは弱く、けれど差し伸べられた手は開き、シンを誘い、その手を握り締める。
 握られたその手は暖かく、先ほど握り締めてしまった彼女の胸の感触を思い出させて、シンは思わず赤面し―――年下であるの彼女にリードされていることが少しだけ気になってギンガから顔を背けるようにする。
 そして顔を背けた瞬間、その方向に目をやって、ふとあることに気付く。

「何、照れてるんですか、シン?」
「ち、違いますよっ!」

 ニヤニヤと笑うギンガに、シンは今気付いたことを呟く。

「ここって、あそこだなって思ったんですよ。」

 それはあの日の被害を直接受けた場所。未だ復興の目処が立たない廃墟区画。
 恥ずかしさの余りに知らぬ間にそこまで彼女は彼を連れてきたのだが、そこは彼にとって、非常に感慨深い場所だった。
 そこは今の自分が生まれた場所。今の自分――此処ミッドチルダで、何かを守りたい。あの世界で出来なかったことを今、此処で。
 その自分が生まれた場所。それが此処だった。
 あの蒼い鎧騎士と対峙し、命を賭けてあの子供を救い、ギンガに言われたこと。

 ――守れたことを喜べ。

 それが今の自分に繋がる発端。

「まだ、復興はされてないんですね。」
「・・・・ええ。ここらへんは特に被害が酷かったので後回しにされてるんでしょうね。」

 ギンガは付近を見渡す。
 眼に映るだけで様々な店がある。
 コンビニ。喫茶店。パン屋。少し遠くには学校があり、その隣の体育館の屋根には穴が開いている。 どれもこれも焼け焦げ煤塗れで、あの日の光景をありありと思い出すには充分だった。

「少し、歩いていいですか?」
「ええ。」

 シンの呟きに答え、二人はその場を歩き始める。
 歩きながら変わる光景。けれど、傷跡は決して消えない。
 粉々になったガラス窓。破片は今も地面に散らばったままだった。
 傾き、倒壊した建物の群れ。コンクリートの破片がそこかしこに散らかっている。
 コンビニの棚は全て倒れ、中は縦横無尽に亀裂が入り、喫茶店のカーテンは半分以上が燃え落ち、かろうじて掛かっているだけ。店内のテーブルはコンビニの棚と同じく、全て倒壊している。それはパン屋も同じく。そしてそれは民家も同じ。

 到底―――到底、人が住めるようなモノではなかった。
 ギンガがシンに目をやる。この光景を見て、どう思っているのか・・・そう、思って。
 シンは穏やかな視線でそれらを見つめている。瞳に映るのは悔恨と侮蔑。悔恨はこの風景に対して。侮蔑は―――それを止められなかった自分に対して。
 ギンガはそれを見て、瞳を逸らすことなく、見つめた。
 彼女は、初めから“ここ”に連れてくる気だったから。
 シン・アスカに自分に勝て、と告げる為。その為に彼女はここにシンを連れてきた。
 これはシン・アスカにとっての一つの始まり。だから、あの日の続きをしようと決めたのだ。
 この瓦礫の山――此処から始めるべきだと考えて。
 八神はやてとの問答で得た一つの問題――シン・アスカを救い出す方法とは何なのだろうか、と言う問題に対する答え。
 その回答がそれだった。彼を信じること。そう、“シン・アスカが自分を倒せない訳が無い”と信じることだった。

 ―――八神はやての考え。それはシン・アスカを最強の魔導師として作り上げ、彼をヒーローとすること。結末や規模こそ違えど、以前ギンガがシンを鍛えようと思ったのも同じ理由だ。

 「守りたい」と言うシン・アスカの持つその願いを叶え、その為の力を与える。
 確かにそれはシン・アスカに絶望をもたらすことは無い。
 そうすればきっと彼は、彼にとっての幸せの中で生きていけるだろう。ヒーローと言う名の偶像と成り果てて。

 ――けれど、それは永遠に続くのか?

 答えは否、だ。
 風船はいつか破裂する。楽園とはすべからく儚いモノだ。終わりは来る。
 いつか、必ず。いわんや戦い続ける人間の末路などそれ以外にありえない。
 故に――それはいつか来る終わりを遅らせるだけの応急処置ですらない問題の先送りとなんら変わり無い。
 シン・アスカは真っ当な幸福を得ることなく死ぬ。それは避けることの出来ない命題だ。何故ならシン・アスカはそれをこそ望んでいるのだから。
 だから、ギンガは考えた。どうしたらいいのか。どうすれば彼を“救い上げる”ことが出来るのか。

 その答えがそれだ。“信じること”。それに他ならない。
 その答えを得たのは八神はやてとギンガ・ナカジマの問答より数日後、里帰りと言う名目で陸士108部隊に彼女――スバル・ナカジマが彼女の元に来た時。
 歩きながら、その時のことを思い返すギンガ。
 それは彼女ら姉妹が部屋で話していた時のことだった――。


 それは彼らが自室で談笑していた時のこと。
 久しぶりに会った二人は話を弾ませる。
 互いに多忙の身。特にスバルはジェイル・スカリエッティ脱獄の影響を受け、休暇など無いに等しい。それが今回どういう経緯かは分からないが、彼女にのみ休暇が言い渡されたと言う。

「家族と仲ようしとくんや。」

 彼女は八神はやて機動6課部隊長にそう告げられたとか。
 ギンガはそれを聞いて、思った。
 あの時、打ちひしがれていた自分に対する八神はやてからのフォローなのか、と。
 小さな屈辱が胸に生まれる。敵に情けをかけられたような―――別段敵と言う訳では無いはずなのだが――そんな複雑な気持ちだった。
 目前のスバルはその指令に対して不思議に思いながらも、純粋に家族と会えることを楽しみに此処に来た。
 そうなれば自分とて可愛い妹との逢瀬を嫌がるような気持ちなど寸分も無い。

 そうして、夜、自室にて二人は語り合った。
 J・S事件収束後の自分たち。
 特に目まぐるしい変化のあったギンガについてスバルは聞きたがり、ギンガは仕方無しにスバルにそれを話すことにした。
 シン・アスカ。彼女の心に住み着いて離れないある一人の男のことを。


「・・・・・それで、気絶するまで訓練するのよ?直ぐに医務室に連れていったからよかったようなものの本当に何考えてるのかと思ったわよ・・・・他には」
「ま、まだ、あるの?」

 ギンガがシンについて話し出してこれで既に一時間。
 内容は殆ど愚痴だった。
 訓練に関する話題から、普段の身だしなみは結構だらしないだとか、何度言っても寝癖を直してこない、etcetc・・・・。
 話題の切れ目を生み出さないマシンガントークはスバルに相槌以外をさせる暇を与えない―――そしてそれが更に拍車をかけていく。

「・・・・言い出したら切りが無いわよ。あの人、放っておくと直ぐに無茶するし、気が付いたら倒れてるし・・・・ってどうしたの、スバル?」
「・・・・ん、いや、ギン姉が凄く楽しそうに話すから―――何か、好きな人の話みたいだった」

 好きな人―――その言葉でギンガの顔が真っ赤に染まる。

「は、はい!?好きな人!?」
「うん。」
「・・・・・な、何言ってるのよ、スバル!?今のは私の苦労話であって、絶対にそんなのじゃないのよ!?」

 必死に身振り手振りを交えて、自分はそんなのじゃないと否定するギンガ。
 スバルはその様子を苦笑交じりで、眺め、的確な指摘を呟く。

「ギン姉の苦労話って言うか、ギン姉とそのシン・アスカさんの苦労話でしょ?」
「う・・・・」

 図星だった。
 確かに、今までギンガが言っていたことは全て、“ギンガ・ナカジマ個人”の苦労話では無い。“ギンガ・ナカジマとシン・アスカ”の苦労話である。
 その指摘で「うっ」と硬直し、唇を歪め、心底困った顔をするギンガ。スバルはその顔が見えているのかいないのか、更に指摘を続ける。

「だって、ギン姉本当に楽しそうに見えたんだよ。なんていうのかな・・・・うん、あれだ!」

 右の人差し指を立てて、スバルは一人で勝手に納得する。
 なんとなく嫌な予感がしたギンガは聞くのを躊躇いつつ、尋ねる。

「・・・・あれ?」
「亭主の無茶に苦労する嫁さん?」
「て、亭主!?ば、馬鹿なこと言わないでよ、スバル!?」

 どもりまくり喋れていないギンガ。動揺が漏れまくり、姉の威厳は欠片も無かった・・・と言うかどんどんどんどん、ボロボロと崩れて行っている。

「だって、ギン姉の顔って私がこの間見た昼ドラに出てきた人に良く似てた・・・・」
「そんなのと比べるな!」

 別に昼ドラが駄目な訳では無いが、花も恥らう乙女(自称)であるギンガに対して、昼ドラに出てきたと言うのは幾らなんでも失礼であった。

「えー。」

 無茶苦茶不服そうにするスバル。だが、ギンガはそんなことに取り合わずにテーブルを叩いて、否定する。

「えー、じゃない!全くもう、スバルも父さんも何を考えているのよ・・・・」
「父さんも?」
「そうよ、あのクソオヤジよりにもよって母さんの遺影、胸に潜ませて「母さんも喜んでるぞ」とか何とか言ってたのよ!?どれだけ芸が細かいのよ、あの人は!?」

 その時ギンガの脳裏にはその時のゲンヤがありありと浮かんでいた。
 キラン、と歯が光るくらいに良い笑顔だった。

(な、殴りたい。)

 ギンガの切なる叫び。わなわなと震える拳。
 けれど、スバルはそんなことは気にも止めない。

「あはは、父さんもギン姉に春が来たと思うとやっぱり嬉しいんだよ、ギン姉そういうの一切無かったし。年頃の娘に男の影が無さ過ぎるって言うのはやっぱり父親としては複雑だろうしね。」
「そ、そう、そんな風に思われてたんだ、私・・・・」

 最愛の妹から割とドギツイことを言われ、落ち込むギンガ。

「だって、ギン姉、男友達なんていないでしょ?」
「ど、同僚はいるわ。」
「いや、プライベートで一緒に遊ぶような人は。」

 一瞬の逡巡。小さく悔しげに呟く。

「・・・・いないわ。」

 でしょ?と言ってスバルは目の前に置かれたお茶請けの煎餅を手に取ると、口に運びバッキバキと噛み砕きながら、続ける。

「大体、ギン姉の趣味も渋すぎるもん。編み物とか料理とか掃除とか。」

 その言葉にギンガは今度こそ目をひん剥かれるような衝撃を受けた。

「なっ!?編み物駄目なの!?」
「いや、趣味が編み物とかあんまりいないよ?」
「そ・・・そうなの?」
「そうだよ、編み物だっていつも凝った物作ってるし。と言うか相手もいないのにセーター作って自分で着るなんてギン姉くらいだよ?」
「・・・・う、嘘。」
「うん、私の周りにはいないかな。」
「そ、そうなの。編み物って自分で使うために編むんじゃ無いんだ・・・・・」

 用途としては間違っていない。だが、年頃の娘としては大間違いだ。

「少数派だと思うよ?それになんていうのかな・・・・微妙に苦労じみてると言うか・・・うん、子供何人もいる肝っ玉お母さんみたいな感じがあるしね!」

 全く悪気の無い無垢なる笑顔でそう断定するスバル。
 しかし、その言葉がギンガに与える衝撃は大きい。
 ギンガ・ナカジマ。その年齢は18歳。自慢じゃないが未だお肌の曲がり角は程遠い。
 それが、それが、「肝っ玉母さん(しかも子供一杯)」などと言われているのだ。
 確かにおばさんくさいかもしれない。そういう部分はあったのかもしれない。けれど、正直、ギンガにしてみれば、もう少しこう何と言うか手心と言うか、空気を読んで欲しかったりする。

 ギンガの心の弱点をピンポイントで突き続けるようなことをする最愛の妹スバル。
 ギンガ・ナカジマは今度こそ完膚なきまでに陥落した。

「・・・・・・」
「あれ、ギン姉どうしたの?」
「・・・・・い、いえ、何でも無いわ。」

 愕然とするギンガ。
 部屋の中に、バリッバリッと言うスバルの煎餅をかじる音が鳴り響く。
 ゴクンと、煎餅を飲み込むとスバルはお茶を啜り、彼女が口を開く。

「あのさ、ギン姉。」
「・・・・私は若い、大丈夫、私はまだいけ・・・・・え?何、スバル?」
「その人、今度6課に来るんだよね?」

 先ほどとは違い、真剣な眼差しのスバル。ギンガはその目を見て、切り替える。
 そして、本来の問題を思い出す。
 シン・アスカについての問題を。

「・・・模擬戦で、勝てば、ね。」
「相手は?」
「・・・・私。」

 幾ばくかの沈黙の後に彼女は呟く。

「・・・・・え、だってギン姉、Aランクだよね?」

 彼女の疑問は最もなモノだ。
 Bランク試験にどうしてAランクの魔導師が――それも模擬戦と言う戦闘能力だけを比較するような試験をするのか。
 正直、考えられない事態だった。

「そうだけど、私らしいわ。」
「じゃ、能力限定するとか?」

 それならば、まだ納得も出来よう。けれど、ギンガは首を横に振る。

「いや、勝てる訳ないよ・・・・それ。」
「・・・・・うん、私も、そう思う。」

 姉妹は、沈黙する。
 そう、勝てる筈が無い。
 仮にもAランク魔導師が潜在能力が高いと言えど、Bランクになろうとするレベルの魔導師に負ける筈が無い。
 能力限定での場ならば理解も出来る。納得も出来る。だが、それすらしない。それは全力の勝負と言うことを意味する。
 決して負けることなどあり得ない。もし、そんなことになればAランクの沽券に関わる問題だ。
 こと此処に至ってスバルはギンガが悩んでいることに気付く。
 彼女が苦しんでいると言うことに。
 沈黙が続く。
 ギンガは俯き、スバルは天井を眺め。
 二人の姉妹は考える。
 ギンガはシン・アスカをどうすればいいのか。
 けれど、スバルがその時考えていたのはそれと似て非なること。

 ―――ギンガ・ナカジマはどうするべきなのか。
 それを考えていた。

「・・・・ギン姉はさ、本当は負けたいんでしょ?」

 天井から目を離し視線をギンガに向け、ぽつりと呟く。

「私は・・・・・」

 ――その通りだ。
 私が勝てばシンの笑顔は曇るどころか消えて行くのは間違いない。
 それだけは見たくない。嫌だった。だから、自分はわざと負けたいと思っていたのだ。
 なのに、八神はやては断罪するように呟いた。
 手加減は許さない、と。そんなことをすれば、シンの話をなかったことにする、と。

 ぎりっ、と奥歯を噛み締める。八方塞がり。そう呼ぶに相応しい状況だった。
 俯いていた顔を上げる――スバルと目が合う。

「・・・・その人はきっとギン姉がわざと負けるようなことをすれば、ギン姉のことを許さない、と思う。」
「・・・・・」

 その言葉を聞いて、ギンガはスバルから眼を逸らす。
 だってその通りなのだ。
 もし、仮にギンガが手を抜いて、それでシンが勝ったとしよう。
 そんな偽りを彼が喜ぶ訳が無い。
 彼の純粋な性格はそんなことを決して許さない。

「その人、一生懸命に頑張ってるんでしょ?それをそんな風に手抜きなんてされたら・・・・私なら絶対に許せなくなる。」
「私は・・・・。」

 ―――どうするべきなのだろう。
 答えが、出ない。
 戦って負かして嫌われるのは嫌だ。
 嘘を吐いて負けて嫌われるのも嫌だ。
 ・・・・あの人に、嫌われるのは、もっと嫌だ。

(私は、どうしたら)

 涙すら滲みそうになり、ギンガは瞳を瞑り、それを堪え――

「・・・ギン姉、その人のこと、本当に好きなんだね。」

 スバルのその一言が思索に沈み込んでいたギンガを引き上げた。

「・・・シンを好き―――私が?」

 寂しさを伴った優しい微笑み。それはどこか、亡くした母を思い起させる。

「私はさ、そんな風に男の人を好きになったりしたことないからわかんないんだけど・・・」

 言葉を切り、スバルは繋げた。

「もう、その人以外は目に入らない―――そんな感じだよ?」
「・・・・・・・・・」

 先程よりもはるかに顔を真っ赤にし、言葉も出ないほどに固まったギンガを無視してスバルはニヤニヤと人を食ったような笑みをして呟く。

「だから、多分、ギン姉は勘違いしてるんだよ。ギン姉が考えなきゃいけないのは、その人に“どうしたらいいのか”、じゃない。“ギン姉がどうしたいか”。」

 そう言ってスバルは話しは終わりだと、立ち上がり、電灯のスイッチに手をかける。

「さ、もう寝よ、ギン姉!明日も早いんだしさ!」
「え、ちょっとスバル?」
「おやすみ~。」

 スバルはギンガの声に耳を貸すことなく、直ぐに電気を消すとベッドに潜り込む。

「ど、どういう・・・・」

 声を返すもスバルの声は無い。

「おやすみ、ギン姉!」

 そう言って布団を被るとスバルは直ぐに眠りにつく。

「・・・・スバル?」

 訳が分からないと、か細く呟くギンガ。しばしの沈黙。・・・・・そして、立ち上がると部屋から出て行こうとする。

「・・・・・ギン姉、外行くの?」
「うん・・・・ちょっと外の空気吸ってくる。スバルはもう寝る?」
「うん。」
「・・・・おやすみ。」
「おやすみ、ギン姉。」

 がちゃりとドアノブを回し、ギンガは部屋から出ていく。その背に彼女に聞こえるか聞こえないかの 小さな声でスバルは微笑みを絶やすことなく告げた。

「頑張れ、ギン姉。」


「・・・・・私がどうしたいか・・・・か。」

 夜空を見つめながら彼女は呟く。そこは屋上。シン・アスカが自分に魔導師になりたいと告げた場所。

「・・・どうしたいのかな、私。」

 自分がどうしたいかなど考えたことがなかった。彼女にあったのはどうしたら“シン・アスカの願いを潰さないで済むのか”、それだけだったから。
 だから、自分がどうしたいかなど考えるまでもなく決まっている。

「・・・・負けたい。私に勝って、欲しい・・・」

 それが、願い。
 だが――とギンガは思う。それだけなのか、と。どうしてそう思うのか、と。
 彼女がシンに抱く思い。その一つに恐怖がある。シン・アスカのその末路。それがどうなるのか。それを恐れている。
 けれど、それは、何故なのだろうか。どうして、自分はこんなにも彼を心配して、その結末に心を痛めているのか。
 ――もう、その人以外は目に入らない―――そんな感じだよ。と、スバルは言った。
 そうなのかもしれない、と思った。

 あの激情を。あの幼さを。あの純粋さを。
 自分は確かに好ましく思っているから。
 気がつけば、スバルの言う通りいつだって頭の中にはシンのことがある。
 自分――ギンガ・ナカジマはシン・アスカを中心として生きているのだ。
 ふと、あの笑顔を思い出す。

 ―――よかったぁ。

 満面の春の息吹のような優しい微笑みを思い出す。
 そして、あの時覚えた鮮烈な気持ちを、想いを。

「・・・私、シンが・・・・・好きなんだ。」

 口に出して呟く。驚くほどすんなりと、それは彼女の胸の中に入り込んでいった。
 気恥ずかしくて、けど決して不快じゃない暖かな気持ち。
 それは「恋」という名の想いだった。
 同時に悟る。彼を救い出すにはどうしたらいいのか、その答えを。
 シン・アスカを救うには手を差し伸べるだけでは無理だ。
 何故なら彼は救いなど求めていないから。・・・だから、彼を救い出そうと言うならば答えは一つ。
 それは酷く単純な、たった一つのシンプルな答え。
 彼は全てを守り続ける為に戦い続ける。それが、それだけが彼の願い。けれど、それはいつか折れる儚い幻想。
 それが何よりも怖い。
 あの笑顔が見れなくなる。

 ――それは何よりも怖くて恐ろしい。
 だから、守りたい。ただひたすらに彼を。彼の笑顔が輝く日々を。
 あの孤独に囲まれ悲しみに揺れることすら無い心を。守って、癒して、救い上げたい。

 これは答えではないのかもしれない。答えとは方法論だ。どうするのか、どうするべきか、と言った。
 だから、多分・・・これは願いだ。
 ギンガ・ナカジマが抱いた純粋な願い。

 少女は恋を知り、女としての願いに身を任せる。
 それは無理と無謀を殴って壊す“女の意地”。それが導く、模擬戦への答え。

「シンを信じる。」

 それだけだ。
 彼を信じること。彼が自分を“超えられない訳が無い”と信じて、全身全霊を振るうこと。
 もし、それで彼が絶望に苛まれると言うなら、自分が支える。
 もし、それで彼が願いの果てに命を使い果たすと言うなら、その命を守る支えとなる。
 恋する乙女は折れず、曲がらず、ただ己が想いを貫くのみ。
 それがギンガの答え。
 満天の星空を見上げ、彼女は決然と微笑む。
 恋とは――自覚した時、何にも負けない強い力となるのだから。


「ギンガさん?何ぼうっとしてるんですか?」
「えっ?」

 物思いに耽っていたギンガの思考が一瞬で現実に引き戻される。
 眼前には思い人であるシン・アスカの顔。
 心臓が跳ねる。頬が熱い。

「う、あ、いや、ちょ、ちょっと熱っぽくて」

 赤面した顔を隠すようにして顔を背ける。

「風邪、ですか?」

 シンがそう言って顔を近づけてくる。
 赤い瞳と幼さを残した顔が彼女の瞳に映る。それが余計に彼女の心を騒がせる。
 胸の鼓動が治まらない。

「い、いえ、そ、そんな、か、風邪とかじゃないんですから!」

 どもりながら喋るギンガ。けれど、シンは訝しげな視線を送り、彼女の顔を見る。

「そう言えば・・・・顔赤いですね。熱は・・・・」

 ギンガの額にシンが手を触れ、自分の額にも手を当てる。
 彼の体温を感じる。
 ドクン、と心臓が一際大きく跳ね上がる。
 シンの赤い瞳が彼女を見つめ、熱に浮かれたように―――ある意味熱に浮かされているのだが―――彼女は呆けたように彼を見つめ、

「熱は無いようですね・・・・ギンガさん?」
「あ、は、はい?」
「ど、どうしたんですか?やっぱりどこか調子悪いとか?」
「え・・・あ、いや、別にこれは・・・!」

 ばっとその場から離れ、焦るギンガ。当たり前だ。“貴方に見蕩れていました”などと言い出せる訳も無い。
 心臓がドクドクと鼓動する。音が小さくならない。顔の体温が下がらない。

(だ、駄目だ。不意打ちは駄目だ。)

 幾ら自分の気持ちを自覚したとは言え、そうそうこんな風におかしくなる訳も無い。そうであれば幾ら朴念仁であるシンであっても奇妙に思うだろう。
 だが、二人が顔を合わせるのは殆ど模擬戦の場合のみである。その中ではギンガはシンとどれだけ触れ合おうが別に顔を赤くすることは無い。気持ちの切り替えが行えているからだ。
 だが、今回のように切り替えをする前に近づかれたり触れられたりするとギンガの動揺は一瞬で最高潮に辿り着く。

「ほ、本当に大丈夫ですか?」

 彼女を心配するシンの言葉。

「あ、あははは・・・・や、やっぱり、一度どこかで休んでも良いですか?」

 そう言って彼女はシンと距離を取り、空に眼を向ける。これ以上彼と眼を合わせればおかしくなってしまいかねない。
 そうなれば、言いたいこと、言わなければいけないことを言えなくなる。それだけはどうしても看過出来なかった。
 伝えたいこと。伝えなければいけないこと。
 彼女にとって本当に大事なコト。それを貫くために、今日此処は彼女にとっても“始まり”なのだ。

「別に構いませんけど・・・・本当に帰らなくて大丈夫ですか?」

 訝しげに見つめるシン。空を見上げ、切り替えが出来たのか、ギンガはいつもの調子でシンに笑いかける。

「・・・・大丈夫です。それに、ほら、もうお昼だし・・・一度休みましょう?」
「・・・・・まあ、ギンガさんがそう言うなら・・・・でも、少しでも調子悪くなったら帰りますからね。」
「あ、あははは、分かってます。」

 苦笑するギンガ。心中でのみ、誰のせいだと呟きながら、周りを見渡す。
 いっそ、清清しいほどに付近は廃墟だらけだった。けれど、都合よくその一角―-少しばかり離れた場所に公園が見えた。その公園はこの廃墟の中にあって、殆ど被害を受けていなかった―――被害の中心地から大分離れた場所だからかもしれない。
 その公園は廃墟の中に存在するだけあって、まるで人気が無かった。

「あそこはどうですか?」
「いいですよ。」

 シンが返事するとギンガは左手に握っていた鞄の重みを思い出す。
 それは少し大きめの手提げ鞄だった。
 思えばよく落とさなかったものだと思う。バリアジャケット姿になってもしっかりと握り締めていたことが良かったのかもしれない。
 並んで歩き、ギンガは公園の中に入るとその中のベンチに座る。
 だが、シンだけはいつまで経っても座らない。

「シン、どうしたんですか?」
「あ・・・そうですね。」

 その横顔には傷があった。感傷と言う名の傷が。
 気にすることでは無い。自分がいたからどうなった訳でも無い。
 そういった事柄だ。“それ”は。
 本来、公園からは付近の町並みが見れたのだろう。高層ビルや、並ぶ家、テナント街。けれど今、それはない。殆ど全てが倒壊するか崩壊するかしており・・・それがその公園からは一望出来るから。

「・・・・・ふう」

 シンはため息を吐き、ベンチに深く腰掛け、心を落ち着ける。
 気持ちが逸る。その光景を見るとどうしても湧き上がってくるからだ。力が欲しいと言う気持ちが。今すぐにでも戻って訓練を再開したいと言う気持ちが。

「シン?」

 そんなシンを見ながらギンガはため息を吐く代わりに右手に持っていた鞄を自分の膝の上にまで持ち上げ、シンに声をかけた。

「あ、はい?」

 考えを中断し、ギンガに向き直るシン。

「そう言えば・・・・・私、お昼作ってきたんですけど、食べますか?」
「昼?」
「ええ、お弁当を。」

 その言葉を聞いて、シンは感心したように返す。

「へえ、ギンガさん料理とか出来るんですか?」
「ええ、これでも家事全般は一通り。」

 微笑みながら、そう返答するギンガ。
 そのギンガを見て、シンはうんうんと納得したように頷く。

「ああ、でもそんな感じはしますね。」
「そうですか?」
「はい、何か、お母さんとかお姉さんとかそんな感じがしますから。」

 瞬間、グサッとギンガの胸に言葉の刃が突き刺さる。

 ―――うん、子供何人もいる肝っ玉お母さんみたいな感じがあるしね!

 奇しくもソレは少し前に妹であるスバルに言われたことと同じ。

「あ、あははは、お、お母さんはちょっと・・・でも、まあ、お姉さんって言うのは当たってるかな。」

 彼女は手に持っていた鞄を二人の間に置きながら呟いていく。

「あ、兄弟いるんですか?」
「妹が一人。私、母が死んでからずっと家事とかしてましたから。・・・・あ、気にしなくてもいいですよ?昔の話ですから。」

 鞄の中から弁当箱を取り出しベンチの上に置きながら、顔色が少し変わったシンを見て、ギンガは慌てて、言葉を付け足した。

「そ、そうですか?」
「ええ、もう、ずっと昔の話しですから・・・・本当に気にしなくてもいいですよ。ほら、弁当食べませんか?久しぶりに作ったんで味は保障しませんけど・・」

 そう言って、ギンガは弁当の箱に手をかけて、ぱかっと開く。

「いや、そんなことは・・・・・」

 シンの言葉が止まる――と言うよりも二の句を告げなくなっていく。
 そこにあったのは、シンの想像の斜め上を行くだのと言うレベルではない、想像の遥か上を行くモノが揃っていたからだ。
 メニューは肉じゃが、卵焼き、きんぴらごぼう、から揚げと言う弁当と言うジャンルでの定番メニュー。傍らにはお握りに、水筒まで準備してある。
 しかもその量がまた凄い。一つだけだと思っていた弁当箱は見る限りおよそ4つ。そのどれもが黒く大きな箱―――俗に言う重箱である。その量は軽く見積もっても4人前はあるだろう。
 思わず絶句する。

 シンとてオーブに住んでいる頃は“普通”の子供だった。忙しいとは言え母は弁当を作ってくれたりもしたし、自分が母に教えてもらっていたりもした。プラントに来てからはめっきりすることは無くなったが。
 そんなシンから見てもこれは“完璧な弁当”だった。
 何より、細部に至る拘りが細かい。
 しっかりと仕切られ、肉じゃがの汁が他の具材を浸し、味を壊すことなどが無いように配慮され、色とりどりの色彩が楽しめる配置。
 主婦顔負け・・・・否、主婦以上の力作であった。

「・・・・す、凄いですね。」
「あ、あははは」
(き、気合入れすぎちゃった・・・かな?)
「と、とりあえず、食べてみてください!」

 声を大にして、シンに迫るギンガ。

「はあ、分かりました。」

 そう言って、まずはと卵焼きに箸を付け、噛り付く。
 口内に卵と出汁とほのかな甘みが広がる。

「・・・・これ、美味しいですね。」
「ああ、それは自信作です。卵焼きは得意料理・・・・と言うか初めて成功した料理なんで、得意なんです。」

 そう言って、ギンガも卵焼きに手を付ける。

「ああ、大抵そうですね。皆、初めは卵焼きから料理作り出して・・・俺もそうだったなあ。」
「シンも料理するんですか?」

 意外そうなギンガ。いつも訓練ばかりのシンにそういったことが出来るとは思っていなかったからだ。

「昔、妹に作って上げたりしてたんです。妹が生まれてからは父さんと母さんは忙しくなって・・・・だから、俺が親代わりみたいなことしてたから。・・・まあ、随分と作って無いんですけどね。」
「へえ・・・・シンの妹さんはどんな人だったんですか?」
「・・・普通の妹でしたよ。たまに喧嘩もしたし、遊んだり、勉強を教えたり・・・・仲は良かったんでしょうね。あ、これいただきます。」

 傍らのギンガが紙コップに注いでくれたお茶を手に取り、シンは眼を細めて、眩しそうに上空を見上げる。太陽が、高く昇っている。
 
 思えば、妹の、家族のことをこんな風に――穏やかに思い出すことなどあっただろうか?
 オーブを出てからこれで6年目。色々なことがあった――だけど、それは大別すると鍛えるか、戦うかの繰り返しだった。
 家族のことを思い出すことはあっても、それは憎悪の引き金でしかなかった。思い出すことなく戦った。考えることもなく駆け抜けた。

 大事な親友。一度は心を通わせたはずの女性。尊敬出来たかもしれない上司。そして、命を懸けるに値すると信じた理想。
 そして、それらを砕かれて、それでも縋り付いた平和。その為に戦いに没頭した2年間。終わりなど無い繰り返し。
 振りかえってみれば単に力を求めて戦い続けてきただけなのかもしれない。そしてこの世界に来て、それでも、自分はまだ力を求めている。
 自分はもしかしたら今も一歩も前へ進んでいないのかもしれない。あの日から。きっと、自分はこの繰り返しを続けているだけ。

「シン、どうかしたんですか?」

 黙り、お茶に口をつけないシンを訝しげにギンガが見やる。

「え、ああ、何て言うんですかね・・・・俺も変わらないなって思って。」
「変わらない?」
「・・・・なんでも無いです、気にしないでください。」
(俺はいつまで、ソレを続けられるんだろう?)

 心中で自問するシン。
 彼とて馬鹿では無い。自分がやりたいことが人の領分を大きく外れた願いだと言うことはよく理解している―――恐らく、誰よりも。そして、その果てに破滅しか待っていないであろうことも。
 それでも構わないと思うのは、どうしてだろうか。
 理由など一つだけ。
 それは楽な生き方だからだ。
 弾丸は――兵士は何も考えない。ソレは込められ、放たれるだけの“物質”。思考を放棄し、ただ突き進むだけ。
 だからこそ彼は守る為の場所を望み、それに縋り付く。
 もし、本当に守りたいのなら組織の力など当てにせずに個人の力のみで守れば良い。
 守ることの責任を全て個人の責任で背負い、その結果として死んでいく。それが正しい“守り方”だ。誰にも迷惑をかけない守り方だ。
 それが出来ないのは怖いから。死ぬことが、ではない。選ぶこと、選択することが、怖いのだ。
 ソレを選び、その生き方に自分を乗せること。それだけがシンにとっての恐怖である。
 
 選んだ時、彼は一変する――否、一変しなければならない。
 思考を放棄することなく、手繰り寄せ紡ぎ上げた思考の果てに守ることへの“答え”を見つけ続けなければならない。導くのか、捨て置くのか。
 それとも別のやり方なのかを選び続けなければならない。
 それが、怖い。その時、自分がどういう選択をするのか。それこそが怖い。
 無論、自身の願いを自覚した時、それを理解していた訳では無い。
 けれど、守り続けると言うことは本来そう言うことだ。
 守る――救うと言い換えた方が良いだろうか。ただ救われた誰かがどうなるかと言うその末路。シン・アスカはそれを誰よりも理解しているのだから。

 戦後のラクス・クラインはそういった意味で素晴らしかった。救った誰かへの責任を放棄することなく、理想と責務、欲望を見事に両立させ、その果てに起こる責任を全て背負い込む覚悟をしていた。 
 名君とはそれだ。
 シンにはそれがない。その決意はあってもその為の“覚悟”が無いのだ。

 ―――だからシン・アスカが望む願いは歪で、それ故に美しい。

 救った誰かに背を向けて、次の人間を救って、また背を向けて、次の人間を救う。救うことだけを突き詰めそれ以外を放棄した願い。
 故にその願いは幻想であり、現実には届かない。殉教者・・・聖者としての生き方は幻想としては美しくとも、現実として成し得ない。そんな生き方は人を惹き付けても、人を引き寄せない。
 彼の願いは子供の持つ願い―――13歳の時から一つも変わっていない。あの日のまま、彼は、何を選ぶことも無くただ流され、ここまで大きくなった“だけ”。
 違いがあるとすれば一つだけ。

 ザフトにいた時は力を与えてくれた誰かの為に。
 その後は居場所を与えてくれた誰かの為に。
 今は―――守りたいと言う自己満足の為に。

 それは少しは前に進んでいるのかもしれない。
 楽な方向に流されていると言うベクトルは変わらないけれど、それでも進んでいるだけマシなのかもしれないのだから。

「・・・・・」

 押し黙り、天を睨み続けるシン。それを眺めるギンガ。

「・・・・シ」

 それを見て、ギンガは彼に声をかけようとする―――瞬間、ベンチの後方の茂みから音がした。

「・・・何だ、この音?」

 懐に忍ばせていたバッジ型のデバイス―――デスティニーの待機状態である。それはどこかフェイスのバッジを思い起こさせる形状をしている―――を手に取り、油断無く構え、ソレが現れた。

「え、何か後ろから・・・・ぎゃあああああああ!!!!」

 ギンガが先ほどまでの柔和な微笑みからは想像も付かないような顔をして、絶叫した。

「ギ、ギンガさん!?」

 シンがその声に驚き、思わずギンガを振り向く。どこの世界にうら若き女性が「ぎゃああああ」などと色気も素っ気も無い絶叫をすると思うだろう。

「あ・・・・・あ、あ、あ」

 そこにいたのは、おばけ―――そう、おばけだ。言うなれば映画に出てくるゾンビ。
 ぱっと見ワカメのようにウェーブがかった艶めいた黒髪と枝や葉っぱで塗れた黒い見るからに高価そうなスーツ。そして白いワイシャツ。
 優美さすら感じさせるその佇まい―――ならば、何故ゾンビなどギンガは勘違いしたのか。
 それはその顔を隠している木の枝の群れと、身体中を覆い隠すような木の葉と枝。そして・・・・・銀に輝く仮面である。

 口元だけを外に出し、顔のほぼ全てを覆い尽くした仮面。
 ぶっちゃけると、あからさまな変態である。
 そんな変態が高そうなスーツを着て、林の中から現われれば、ギンガで無くても絶叫する。少なくとも顔のデッサンが崩れるくらいには。

「お、おばけ!?た、倒さなきゃ・・・・!!」

 混乱の余りギンガはいつの間にかバリアジャケット姿に移行し、リボルバーナックルが回転している。そして、振りかぶり、特大の一撃を撃とうとしているのだ。

「ちょ、ちょっと、アンタ、何殴ろうとしてるんだ!?殺す気か!?」

 シンは混乱するギンガを後ろから羽交い絞めにするようにして動きを止める。口調も思わず素に戻っている。だが、ギンガはひるまない。混乱の余り、もはや何がなんだか分からなくなっているのだ。
 そんな二人が騒がしく、喚いている中――――男は仮面の下で薄っすらと微笑み、呟いた。

「・・・いちゃつくのなら、影に行ってやるべきではないかね?」
「・・・は?」
「あ・・・」

 そして、その後の展開は正に劇的だった。
 シンはそこで気付く。自分がギンガを羽交い絞めにしていることに。
 ギンガはそこで気付く。自分がシンに羽交い絞めにされていることに。
 ―――二人の頬に朱が差し込めた。

「・・・・・い、いや、これは」
「ちょ、ば、ど、どこ、触ってるんですか!!?」

 二人は仮面の男の呟きに反応し、一瞬でその場を離れる。
 シンは羽交い絞めにしていたギンガの身体の感触を忘れるように、すーはーすーはーと深呼吸を繰り返す。
 ギンガはギンガでにやけてるのか、歪んでいるのか、定かではない顔で俯き、ブツブツと呟いている。呟きの内容はこうだ。

(どうしようどうしようどうしようどうしよう)

 男はそんなギンガの呟きを聞いて、顔を引きつらせる。ちょっと怖かった。

「いや、すまない。逢引きを邪魔するような趣味は無いのだが、」
「お、俺たちはそんなんじゃ」
「ち、違います!」

 男の申し訳なさそうな言葉に二人はそろって反応し―――そして、その姿に男は口に手を当てて再び微笑んだ。

「な、何がおかしいんですか!?」
「どう見ても逢い引きにしか見えないがね。君たちはもう少し素直になるべきだと私は思うが・・・・おっと」

 言い終わる前にシンが男の襟を掴んでいた。赤色の瞳に凶暴な色が宿る。

「・・・・・あのな、俺とギンガさんはただの“仲間”でそういうのじゃない!さっきからそう言ってるだろ!?」
「・・・・ふむ。」

 激昂するシン。それと対照的に男はシンに気付かれないように、仮面の下で視線を動かす。
 その視線は彼の背後で俯き、呆然と再びブツブツと呟き出すギンガの元へと。再び顔が引き攣る。

 やっぱりちょっと怖かった。如何せん恋する乙女とは基本的に恐ろしいのである。
 男が再び視線をシンに戻す。凶暴な朱を宿した鋭い瞳。その瞳は変わっていない。何一つ、として変わっていなかった。

(・・・・君は変わらないな、シン。)

 男は心中でのみそう呟き、激昂するシンに向かって、返事を返す。

「まあ、それならそれでいいんだが・・・キミたちはこんな廃墟で何をしているのかね?」

 その問いに対してシンは答えに窮した。まさか、偶然押し倒してしまい恥ずかしかったので魔法でここまで逃げてきましたなどと言えるはずも無い。

「人気の無い場所で若い男女が二人でいる――――状況的には逢引きが適当だが?」
「・・・・・・た、ただの散歩だよ。」

 苦しい。余りにも苦しすぎる言い訳である。

「散歩、ね。」
「・・・・・」

 暫しの沈黙。そして、男がその沈黙を破るように口を開いた。

「分かった。すまないね、変な誤解をしてしまった。」

 予想外の返答にシンは驚きを隠せなかった。目前の男はもっとしつこく嫌らしく聞いてくると思っていたから。

「え?あ、いや、分かってくれたなら、いいさ。」
「ああ、最後に一つ聞かせてくれないかね?」
「・・・・何だよ?変なこと聞くなら今度こそ、承知しな・・・・・」
「ここはどこだね?」

 ―――シンとギンガの二人を沈黙が襲う。そして、どこかでカラスが鳴いた。
 こう、かあかあと。


「いや、すまない。」

 迷子の男――あからさまに怪しい仮面で長髪の男は二人の前に座ると、ギンガの作った弁当に口を付けていた。
 迷子に道だけ教えてそのまま帰すのは人道的にどうかと思ったこと。そして何よりもギンガの作ってきた弁当はどう考えても二人分以上の量があったからだった。
 どうせ、道を教える為に案内するのだ。ならば、飯を食べる手伝いをしてもらった方がいい―――そういった判断である。
 無論、この案はシンからだ。提案した時、ギンガの頬は僅かに引きつったモノの否定する理由も無い為に、頷いた。

(・・・・・折角、シンに作ってきたんだけどなあ。)

 少しだけ俯き、ギンガは卵焼きを口に運びながら心中で呟く。確かに作りすぎたのは認めよう。どう考えても二人分の量ではない。三人分・・・・下手をすれば四人分以上の量である。
 ただ、それでも想い人に食べてもらいたいと言う一心で気合を入れて作ってきた―――と言うか作りすぎてきた訳だが―――ソレは何も眼前の仮面の男の為ではないのだ。

「・・・・・」

 二人に気付かれないようにギンガは仮面の男を見つめた。
 銀色の仮面。長髪を後ろで束ねた俗に言う尻尾頭。
 その格好を見るだけで眼前の人物が尋常ならざる人物であることは理解できる。
 何故なら仮面である。仮面を被って日常生活をするなど変人のすることだ。
 普通は仮面は被らない。
 だが、ギンガが男を怪しむのはその格好のせいだけではなかった。
 男の名前を聞いた瞬間のシンの態度が、どうしても解せなかったからだった。
 グラディス。男が名乗ったのはそれだけ。それが苗字なのは名前なのかは定かではない。
 だが、その名前を聞いた瞬間、シン・アスカは一瞬硬直し、そして再び元に舞い戻った。それがどうしても解せなかったからだった。

 ―――シン・アスカが硬直した理由。ギンガがそれを解せないのは当然のことだ。彼女は彼の過去を口頭でしか聞いていない。その詳細―――つまり、そこに登場する人物のことなどは知らないのだから。

 グラディス。それは彼が過去、所属していた戦艦ミネルバの艦長であり、故ギルバート・デュランダル議長の愛人の名前である。
 だから、シンは硬直した。まさか、と思ったからだ。目前にいる仮面の男。それが死んだはずのギルバート・デュランダルなのではないか、と。
 だが、彼はすぐに思い直した。あり得ないからだ。
 ギルバート・デュランダルはあの戦争で殺された。
 殺したのはシンの親友にして戦友であり、ギルバート・デュランダルの子飼いの少年―――レイ・ザ・バレルの手によって。

 そこにどんな理由があったのかは、シンには分からない。シンとレイは親友であり戦友である。
 だが、その心の最奥を知っていた訳ではないからだ―――それは当然のことではあるのだが。
 だから、あり得ない。死んだ人間が生き返るなど決してあり得ない。
 そして、否定する理由はもう一つ。簡単なことだ。声がまるで違うことだった。目前の男の声はデュランダルの声とはまったく違う。
 幾つか怪しい部分はあった。だが、故人が声を変えて生き返り、なおかつ別世界にいる、などと言う不可思議極まりない現象が起きるなどはあり得ない話である。
 シン・アスカはそうして、目前の男への認識を、確定した。即ち、額面通りに仕事でたまたま、ここに来た人間なのだ。

「ほお。」
「あ。」

 二人同時に呟く。何事かと振り向くギンガ。その視線の先には、およそ4歳くらいの子供が数人とその親らしき人物がいた。
 親たちはこれから昼なのか、シン達と同じように弁当を広げ、子供たちは公園に広がる遊び道具に我慢し切れずに遊んでいる。
 人気の無かった広場にはいつの間にか人気が戻りだしていた。恐らく―――復興作業中なのだろう。つまり、彼らはこの廃墟に住んでいた住人――難民とも言える―――なのだと。
 それは穏やかな日常のヒトコマだった。生きていれば、誰でも素直に味わえるはずの当然の産物。
だが、とシンは思った。

 親たちの服装。子供の服。弁当の中身。そして――彼らが時折自分たちに向ける視線。
 好奇と恐怖が織り交ざった視線。恐らく、あの襲撃の恐怖が彼らの心に傷を負わせているのだろう。 その視線に込められた恐怖は異邦人――見知らぬモノに対する恐怖だった。
 たかが公園にいた見知らぬ人にそれをぶつけるほどに彼らは追い詰められているのだろう――いや、いた、か。
 少なくとも彼らの表情からは今、駆り立てられるようなストレスは感じられない。感じられるのはその名残程度。けれど、その名残は恐らく簡単には消えはしない。
 彼らはこれからもしばらくは眠れぬ夜を過ごすに違いない。いつ襲撃されるかと言う不安と恐怖で。シン自身がそうだったのだから、良く分かる――彼の場合は恐怖と言うよりも怒りが先立ってはいたが。

 一つ、ため息を吐き、シンは今度は公園で遊ぶ子供たちに眼を向けた。
 グラディスが呟いた。

「なるほど、廃墟ではなかった訳だ。」
「・・・・ああ。」

 それに気乗りしないように返事を返すシン。
 先ほどまでと違う雰囲気をかもし出すシン。それを見てグラディスは彼に向かって仮面を付けた顔を向けて、問いかけた。

「どうかしたのかね?」
「え、あ、いや・・・・・」

 シンはどうしてから、彼に問いかけられると口ごもる自分に違和感を感じていた。“守ること”を選んだ、その時からシンにとっての他人とは単純に守るだけの対象に成り上がった。
 別に他人との係わり合いが変わった訳では無い。ただ、その結果としてシンは以前よりも他人に対して無頓着になっていた。故に誰であろうと言い淀むことなどは無かった。特別な反応をするのは特別な相手にだけなのだから。
 だから言い淀む自分にシンは違和感を感じていた。久しぶりに感じるそれはどこから、教師に間違いを咎められた生徒の如き居心地の悪さ。
 呟く。

「・・・・別に・・・・ただ、何となく嫌だったから。」

 その言葉をグラディスは聞き返した。声色が変化する。神妙な声色から、何かを思案するような声音へと。

「・・・嫌だった?」
「・・・・だって、この間の襲撃で此処はこんな風になってさ。そのせいで、あんな風にしてる人がいる。」
「・・・・シン。」

 悼む訳でもなく、惜しむ訳でもなく。淡々と事実を告げるようにシンは呟いた。
 ギンガはそんなシンを痛々しく見つめ、グラディスの仮面で隠れた素顔はそんなシンを真剣な眼差しで睨み付けていた。
 シンはそんな二人の視線に気付くことなく、ぼうっとしたまま、続ける。

「俺にもっと力があれば、ああいうのを失くすことが出来たのかなって。」
「・・・・。」

 ギンガは何も言えないでいた。シンのその言葉は大筋ではあっているからだ。
 力があれば守れると言うそれは一種の絶対真理である。
 力だけでは守れないモノはある。けれど力が無くては何も守れないのだから。
 だが、その言葉に男が返事を帰した。

「それに対して根拠はあるのかな?」
「・・・・・それは」

 根拠。そんなものはどこにも無い。
 力があれば守れた―――それは単なる可能性に過ぎない。単なるイフの話だ。現実味などまるでない空想論。
 だが、それでも、とシン・アスカは思った。苦しげに。シン・アスカの瞳に悲しげな虚無が滲み出す。

「・・・・・けど、力があれば・・・・守れる。少なくとも力が無いよりはもっと沢山の人を守れるんだ。」

 俯き、吐き出すようなか細さでシンは呟いた。力無く、弱々しく、儚げに。

「・・・・・・そうやって俺はこれから“ずっと”守っていくんだ」

 俯き、両手を合わせて力の限り、握り締める。シン・アスカはそうしてあふれ出しそうな感情を押さえ込む。

「それに終わりはあるのかい?」
「終わりなんて・・・・いらない。俺は守り続ければ、それでいい、から。」

 滲み出した儚げな虚無。それを感じ取って、グラディスと名乗った男は少しだけ表情を変えた。
 胸の痛みを堪え・・・・それを隠す表情へと。

「君は・・・・・強いな。」

 その言葉の意味がシン・アスカには上手く理解出来なかった。

「すまない。少し老婆心が過ぎたようだ。・・・歳を取ると説教っぽくなっていけないな。気に障ったら謝ろう。」

 話す言葉は入り込んでは流れ出ていく。
 俯き、嘲笑を浮かべながらシン・アスカは思った。

 ―――強い。
 目前の男が言い放った強さとは、決して力のことではないだろう。自身の―――シン・アスカの心を強いと言ったのだ。

(違う。)

 自嘲の嗤いが浮ぶ。
 違うのだ。自身が求めるモノは強さではなく、力。シン・アスカはそういった一切合切の過程を捨て置いて、力を求めているだけ。守る為に。全てを、目に映る全てを。
 聞こえは良い。だがその内実はまるで真逆だ。誰を、何を、何の為に。
 そういった対象が無いソレはただの自己満足に過ぎない。
 自己満足―――そう、シン・アスカはその為だけに生きている。決して、誰かのためにというココロなどどこにもない。シン・アスカはただ自分の為だけにそうしているのだ。
 そこに善意など欠片も無い。あるのは自己満足の願望だけ。
 強いなどと言われるようなことではない。
 俯いたシンに向かって、グラディスが呟く。

「すまないが・・・名前。名前をもう一度聞かせてくれるかな」
「シン・アスカ。」

 俯いたまま、シンは名乗った。俯いたままなのは、自分の中の汚さを見抜かれるような気がして。
 だが、男はそんな彼に気付くことはなく、微笑んだ。―――無論、仮面からその笑顔の全ては窺えなかったが。

「・・・・・シン・アスカか、良い名前だ。」

 男が空を見上げた。つられてシンも、ギンガも空を見上げた。
 そこには蒼穹。抜けるような青い空が広がっている。綺麗で、不確かで、誰の手も届かないそれは一種の聖域。・・・・幻想の聖域だ。

「誰にも負けない。そんな気持ちにさせてくれる、強い名前だ。」

 その言葉にシンは、瞳を閉じて―――そのまま瞑目する。

 ―――誰にも、負けない。

 違う。自分はそんなに強くない。

 ―――シン・アスカは誰も“選ばない”。

選択肢を“放棄”し、見限ることを“放棄”し、ただ全てを守り抜くことだけを遵守する。彼のやりたいこと。したいこととはただ、それだけ。

 朱い眼に映る全てに差異は無く、何を選ぶこともなく全てを守る。それが彼の願い。神様にしか出来ないような馬鹿げた願い。
 それでも―――それ故にシンはその願いを捨てきれない。眼に映る全てを守りたいと言うその願いを。そうでなくてはならない。そうでなくては、選択の重みが彼に迫り来る。
この願いはただの現実逃避である。選択の重みから逃げるためだけの、ただそれだけの、一つの願い。
 だから、シンは呟いた。

「・・・・・買いかぶりさ。俺は、ずっと負け続けてるんだから。」

 恐らく、それはこれからも。選択から逃げ続けるだけの彼に勝利など舞い込むはずが無いのだから。

「・・・・君は只、ずっと勝ったことがないだけさ。きっとね。」

 シンはその言葉に何も言えなかった。それはあまりにも的を射ていたから。


「・・・・シン・アスカ、か。」

 グラディスは小さく呟き路地裏を歩いていた。
 あの後、彼は二人に道案内を頼み、知っている場所まで案内してもらったのだ。
 そして、その後別れ、帰路に着いた。
 今日、ここであの二人に出会ったのは真実、偶然であり、彼自身にとっても予想外の出来事だった。
 男の名はグラディス―――ギルバート・グラディス。だが、そんな名はまやかしだ。彼の真実の名は違う。

 男の本当の名はデュランダル。ギルバート・デュランダル。前ザフト議長であり、シン・アスカにとっては守ると誓った理想そのもの。
 グラディスと言う名はある誓いだ。
 『世界を救う。』
 その大望を忘れぬ為に、彼が自らに刻み込んだ誓い。救えなかった、ただ一人愛した女性。
 幸せに出来なかったただ一人の女性。それを世界になぞらえて――彼は二度と忘れえぬ為に、その名を自らに課した。
 周囲を見れば、空はいつの間に朱く染まっていた。

 ―――かつて、デスティニープランと呼ばれる政策があった。
 内容は簡単だ。
 遺伝子によって人を選別し、生まれ持った遺伝子特性によって社会的役割を決めると言う、徹底した管理社会の実現を目的とする政策である。
 この政策の目的は戦争の根絶。血統により無能な人物が不当に高い地位につくことでおこる混乱、自分の境遇・待遇への不満からおこる“争い”が理論上は根絶出来る。
 その結果として戦争が二度と起こらないようにするという政策であり、デュランダルの考えたナチュラルとコーディネイターの“終わらない争い”を終わらせるための政策である。

 馬鹿げたプランだ。空想と言ってもいい。
 例え、そこに意味があるのだとしてもそんな性急過ぎる政策は決して実現出来るはずがない。多くの人間の理解を得る為に長い年月を掛けたなら、まだ理解できる。それこそ数十年単位で、だ。
だが、デュランダルは唐突に―――あまりにも唐突にこれを実行しようとした
 無論、これは暴挙であると世界各国から糾弾された。そして彼はネオジェネシスという破壊兵器によって世界を脅した。無理矢理にでも従わせるために。
 結果、英雄が現われた。英雄は彼とその国であるザフトを襲い、世界を救った。
 そして、世界はシン・アスカの知る“平和な世界”へと歩を進めて行った。
 それは世界全てが称えた一つの結果。そしてデュランダルは世界の敵として処理されていった。

 ――だが、彼は今でもデスティニープランそのものを馬鹿げたモノとは思っていなかった。

 確かに性急過ぎた上に予定通りの効果が得られたのかというとソレは否だ。
 ギルバート・デュランダルのリアリストの部分はそう結論付けている。だが、そのリアリストの部分を以ってしてもそのプランには意味があった。
 それはあの世界、コズミックイラの世界にてギルバート・デュランダルと彼の僅かな側近―――それも特に信頼していた学者達のみである―――くらいしか知らない“ある事実”によるものであったが。
デスティニープランとは、まず遺伝子を選別する。それによって各個人の適性が得られる。
 適性には様々なモノがあるだろう。料理人、運転手、配管工、建設業、整備士、SEなど数え上げれば切りが無いほどの職業が。
 無論、そこには“戦闘に適した人種”も存在する。
 デスティニープランにはこの“戦闘に適した人種”を全人類規模で探し出し隔離し鍛え上げ、“戦闘に適した人種”同士を交配させ、その子供に更にコーディネイトを行い、真実“戦闘に適したコーディネイター”を作り上げることにあった。

 世迷言だ。妄想だ。彼の愛した息子同然の存在であるレイ・ザ・バレルですらこの事実を知らない。 そんなコトを行おうとしていたことが知れたならば、デスティニープラン程度の騒ぎでは済まない。
 だが、彼にはそれほどの多大なリスクを払ってでも、その計画を推し進める“必要”があった。

 彼とその僅かな側近しか知らない“事実”である。そして誰よりも先に彼が確認し知ってしまった“事実”である。
 それが故に彼は、その道を進まざるを得なくなった。
 それが故に彼は、この世界に来ても生きていなければならなくなった。
 それが故に彼は、そんな狂気に支配されたようなコトを行わなければならなくなった。
 彼がそこまでした“理由”。それは――――

『感傷かい、ギルバート。』

 声がした。振り向けば――――そこにはゆらゆらと陽炎のように揺らめきながら立つ白衣の男がいた。
 男の表情はにやついた笑顔。嫌悪を感じさせる笑みだった。

「・・・・・君か。何のようだね、スカリエッティ?」

 スカリエッティと呼ばれた男はデュランダルの方を見ながら話しかける。

『なに、私の手がけた君たちがどうなっているのか、気になってね。』
「それなら、心配には及ばない。私も、ハイネも問題なく“稼動”している。君の手には及ばない。」

 そう言って、デュランダルは笑顔すら忍ばせて胸の辺り―――心臓の位置を優しく撫でながら。

『ああ、確かに君であればこの程度の処置は簡単に行えるだろうね。』
「では、もう消えたまえ。君と話すのは正直骨が折れる。」

 心底、疲れたように肩を竦め、グラディスはスカリエッティに対して背を向けた。その背中は完全な拒絶を示していた。
 ―――曰く、失せろ、と。

『つれないね。こちらは、一つ頼みがあるんだが―――』

 だが、スカリエッティは構うことなく続ける。彼にとっては相手の拒絶など別にどうでもいいことなのだから。
 そして、その返答を聞いた瞬間グラディスの――――ギルバート・デュランダルの瞳が釣りあがった。

「――――消えろ、と言ったのが聞こえなかったのかね?」

 両の手の手袋が光り輝く――――それはブーストデバイス。名前をナイチンゲールという。手袋の色は赤。穏やかな彼の物腰には似合わない―――深紅の紅。
 網目状の幾何学模様の光が彼の全身を覆い、消える。その光の色は紫。それは一瞬で消え去り、彼は“ナニカを握り締めるようにして振りかぶった”。
 構えは右手を左手側に伸ばしたブーメランやフリスピーを投擲するような構え。
 何も持っていない、ただグローブで覆われただけのその右手を、彼はそうして構えた。

 ―――瞬間、空間が歪んだ。帯電する空気。そして、まるで“空間から引き抜く”ようにして、右手は数本の“武器”を掴み――――そして、投擲した。流れるような動作。それは文官の動きではなく、武術家の動きである。
 放たれた武器―――それは3本のナイフである。それはインパルスの使用していたフォールディングレイザーそのものの姿だ―――は狙い違わず、スカリエッティの幻影を貫いた。
 だが、幻影を物質が貫くなど当たり前だ。幻影とは虚(ウツロ)であるが故に実(マコト)の物理は通用しない。

『・・・・さすがはギルバート・デュランダル。「ナイチンゲール」の加護を受けたその武術は正に達人もかくやと言ったところかい?』

 その言葉を前に、デュランダルは視線を更に険しくする。その瞳に映る威圧は正に王者。
 彼は敗北者だ。
 世界を敵に回し、英雄を敵に回し、自身の理想を貫こうとした一種の暴君である―――その暴君の裏にあった“事実”を知らないが故に世界は彼を敵として認定したのだが。
 「ナイチンゲール」。それは一種のブーストデバイスである。無論、キャロ・ル・ルシエの持つ「ケリュケイオン」とはまるで違うモノだ。

 ウェポンデバイスとは「人とデバイスとモビルスーツ」を融合させたモノである。
 これはそれとは違うアプローチ。デバイスによって人間を超人と化させると言うモノ―――要するに魔法によって“コーディネイト”を行うと言うデバイスだ。

 このデバイスは身体能力・反射神経・肉体強度の強化を行い、脆弱な人体をその限界にまで引き上げ、その動作を全て達人へと“書き換える”。
 故にそのスーツの中に隠れし肉体は鋼の如く。
 呼気は息吹となり、歩法に至るまで達人と化させると言う遺伝子に直接作用する魔法である。ギルバート・デュランダルの脳裏に刻み込まれた遺伝子学の知識があればこそ生まれたデバイス。
 それが、「ブーストデバイス・ナイチンゲール」である。

 武器は全て彼の周囲を覆うようにして存在する“小規模次元世界”―――ウェポンデバイス・プロヴィデンスに使用されていた技術である―――に収納されている。その武器の数は凡そ数百。
 脳裏にイメージした武器をそこから手繰り寄せて引き抜いたのだ。ギルバート・デュランダルの記憶に強く刻み付けられているのはシン・アスカの乗っていたインパルスである。今、フォールディングレイザーの如きナイフが引き抜かれたのはその影響だ。常勝不敗のフリーダムを撃墜したインパルスとは一つの奇跡に他ならないのだから。

 そして、遺伝子に作用すると言う特性上、その反動は凄まじい。鍛錬した人間ならばともかく、一般人―――デュランダルなどの文官も此処に該当する―――ならば起動と同時に肉体にかかる負荷に耐え切れずに死んでもおかしくはない。
 ならば、何故脆弱な文官であるデュランダルがソレに耐えられたのか。答えは簡単である。彼も既に人間ではないからだ。
 その胸の中心―――心臓があるべき場所に輝く光。それはラウ・ル・クルーゼと同じモノ―――レリック。彼はクルーゼと同じくレリックウェポンとして―――人外として生を許されているのだ。
 それ故にギルバート・デュランダルの肉体は「ナイチンゲール」の酷使に耐え抜いている。高密度の魔力の発生に伴って常時彼の肉体には「人体の再生能力の活性化」が行われ、強制的に彼の肉体を“復元”し続けているからだ。
 また、このデバイスにはバリアジャケットは存在しない―――否、見えないのだ。不可視のバリアジャケット。ジャケットというよりはむしろ単純にバリアと言うべきモノだろう。デバイスの稼動時にはそれが常に四重の枚数で以って周囲を覆っている。今、仮に魔力弾が襲いかかろうとも、ソレは彼に辿り着く前に霧散するだろう。

 難攻不落の武術の達人。
 現在のギルバート・デュランダルを言い表すならばそれが適当だった。

「失せろ、スカリエッティ。私には君と戯言を語り続けるような“時間”は無い。」

 彼には似合わぬ口調でデュランダルは言い捨てる。そして、スカリエッティは唇を吊り上げ、嬉しそうに微笑んだ。

『ああ、そうか。君には―――君たちには“時間”が無かったんだね。』
「・・・・・・・」

 デュランダルは答えない。険しい刃の如き王の視線で以ってスカリエッティを睨みつける。

『今度は沈黙かね?―――まあ、いいさ。では、本題に入ろう。』
「・・・・・何かね。」
『シン・アスカ。彼を殺さないでいて欲しい―――そして、彼に力を与えて戦わせてもらいたい。』
「なるほど、君の目的の為に、か。」
『そうさ。それ以外に何が在る?』

 ジェイル・スカリエッティの瞳は変わらない。何を当たり前な、とでも言いたげ視線だ。

「・・・・・・君に言われるまでも無い。」

 言葉と同時にデュランダルは不敵に微笑んだ。敗者になって尚その微笑みは不遜なる王として翳り一つ生み出さない。

「元より、そのつもりだ。彼は炎となって君たちを燃やし尽くすだろうさ。」

 スカリエッティが唇を歪ませた。それは壊れた亀裂の微笑み。狂気すら従える強欲の微笑みだった。

『・・・・・期待しているよ、ギルバート。』

 そう言ってスカリエッティの幻影が掻き消えた。後に残るのはただの廃墟の路地裏。それを見てデュランダルは小さく呟いた。

「・・・・怖いものだな。狂気の至りというのは。」

 自身もそうなっていた―――否、今もそうなっていることを考えて、彼は静かに苦笑した。
 至極、楽しそうに。


 グラディスが彼らの前を去ってから数時間後。
 シン・アスカとギンガ・ナカジマの二人は今、ある丘の上に来ていた。理由は簡単なもので、ギンガの散歩でもしないかという提案だった。
 弁当を片付け、一時間ほど経った後の話だった。
 お茶を飲み、空を見て、呆っとしていたシンにギンガは意を決したように呟いた。

「シン、これから、ちょっと付き合ってくれませんか?」
「・・・付き合う?」
「ええ。ちょっと行きたい所があるんです。」
「別にいいですよ。」

 そうして、二人が歩くこと数時間。
 そして、着いた場所がそこだった。その街の外れに存在する丘だった。
 そこは街を一望できる観光ガイドにも乗っているような場所だった。普段ならば、きっとそこはもっと賑わっているに違いない。
 それほどにそこから見える光景は綺麗だった――今は破壊され見る影も無いが。

「・・・・へえ、いいところですね。」

 感心したように呟くシン。
 天頂高く上る太陽。日の光に照らされて見える街は、一部瓦礫の山があるとは言え美しい。
 肌を撫でる風が心地よい強さで吹いていく。

「座りませんか、シン。」
「・・・ギンガさん?」

 どこか思いつめたような――けれど決然とした表情でシンに呟くギンガ。その胸に揺れる思いが彼女を後押しする。

 ――シン・アスカを、好きな人を信じる。

 ただそれだけの純粋な気持ち。それがギンガ・ナカジマの真実ならば。

(私は、今ここで、言わなきゃならない。)

 本気の気持ちには、本気で応える――否、応えたい。自分の恋慕に嘘は吐けないのだから。

「2週間後の模擬戦について、話があります。」
「・・・・・はい。」
「今回の試験は特殊な形式で行われます。本来なら、試験目的の成否だけではなく、安全性や判断力等様々な要因を試験官を観察した結果、合格というものです。ですが、今回は、ただ勝つか負けるかのみです。」
「要するに、勝てば合格。負ければ不合格・・・ってことですか?」
「はい。」
「・・・・・分かりました。相手は、どんな人なんですか?」

 一瞬の逡巡。そしてギンガはその言葉が生み出す変化に怯えながらも―――決意と覚悟を込めてその言葉を押し出した。

「私です。」

 一陣の風が吹く。

「私と戦い、私に勝つこと。それがシンが機動6課に行く為の条件です。」

 彼女は静かな闘志を瞳に込めて、言い放つ。自身の恋した男が自分を超えてくれると信じて。
 そして、その言葉を切っ掛けに、シン・アスカが“変質”する。

「ギンガさんが・・・・相手、ですか。」
「はい。」

 躊躇無く放たれた答え。シンの唇が釣りあがって笑みを形成する。

「・・・ギンガさんは、俺の邪魔をする、ということですか?」

 壁がそこにあった。超えるべき壁が。その壁は気高く、美しく、何よりも高い。だが、それがどうした。 本心では無理だ、駄目だと喚きたがっている――だが、そんな“怯え”は全部捨ててしまえ。
 状況は単純。勝たなければ自分には“守ること”さえ残らない。勝てば自分は“守れ”る。
 敵意が空間を侵食する。
 シン・アスカの視線が変質する。それは八神はやてに向けた敵意と同質。
 ギンガはその敵意を受けて、萎縮する自分を必死に鼓舞する。
 恋した男に睨みつけられ、敵意をばら撒かれ、それで平常心を保つなど不可能に近い。
 今にも泣いてしまいそうなほどにギンガの心は波打ち、砕けそうになる――けれど、それでも彼女は堪える。
 これは彼女にしても始まりだから。好きな男を支えると言う彼女自身の願いを叶える為の第一歩なのだ。だからこそ、彼女はその敵意に負けない。威圧に押し潰されない。

「ええ。全力で、邪魔させてもらいます―――“守りたい”なら、倒してみなさい、私を。」
「・・・・・上等だ。」

 ぼそりと呟く。その言葉、その態度を引き金に、この時、シン・アスカはギンガ・ナカジマを敵と設定した。

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