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空想垂れ流し 05.訓練

05.訓練

 新暦76年某日ミッドチルダ。
 世界は今――変革を迎えている。
 そう、誰もがまことしやかに噂していた。
 全次元規模でどこからともなく現れるガジェットドローンの大群。
 世界を揺るがしたジェイル・スカリエッティの脱獄。
 そして、何よりも――世界に蔓延る次元漂流者の極端な増加だ。
 それはいつから、始まったのか分からない。だが、気がつけば、次元漂流者の数はその数ヶ月の間に極端に
増加し――その半数以上が死骸で発見されていた。
 ある者は炎よりもはるかに“高熱の何か”で身体を焼かれ、ある者は“巨大な何か”に踏み潰されたような
傷があり、ある者は酸素のあるはずの地上で“何故か”酸素欠乏症となっており――そのどれもが、「普通」に生きている人間では決してなるはずの無い怪我ばかりだった。
 時空管理局はこれに対して高度に発達した質量兵器が関与しているとその世界の捜索を開始する。しかし、その捜索は一向に前進することなく、凍結されることになる。
 ガジェットドローンの襲撃が発生するようになったからだ。しかも、時空管理局のお膝元とも言えるミッドチルダにて。
 管理局はその処理に追われる中でその事件のことを忘れていった。誰しも目前の脅威の方が重要なのは明白。
 故に――その事件は記憶の底に追いやられていくことになる。
 だから、誰も気付かなかった。
 シン・アスカがこの世界ミッドチルダに現われたその日から――“一度”も時限漂流者は発見されていないことを。

5.訓練

 ギンガがシンに課した訓練。それはとりもなおさず基本の反復。そして模擬戦と座学。この三つに尽きた。
 何しろ、本来数年かけて合格するべきモノをたった数ヶ月で合格するというのだ。まともな訓練で出来るはずがない。
 よって三ヶ月と言う期間の全てを使って彼女はシンの望む系統の基本魔法の習得、そしてその習熟に費やし、あとは全て模擬戦と言うスケジュールを組むことになる。
 今日で7日目。初日はずっと魔力の認識と基本の魔法。
 驚くことに――と言っても一度魔法を使ってはいるが――シンは通常2週間から1ヶ月はかかる魔力の認識と発動を物の見事に一度目で成功させた。流石のギンガもモノが違うと感じた。八神部隊長が眼をかけるだけはあると。
 それから分かったことはシン・アスカの適性は空戦魔導師の中近距離型。元の世界でパイロットをやっていたせいか飛行に必要な一通りの能力を全て高いレベルで保持していた。ギンガ自身は飛行に関してそれほど得意でもない為――というか官理局の多くの魔導師が――詳しく教えることは出来なかったが。
 そして一週間。とにかく基礎の反復と習熟を繰り返させた。
 寝ても醒めてもデバイスの起動を繰り返し、基礎魔法――魔力弾の発射と魔力の収束、そして魔力の変換をとにかく何回も繰り返させた。そして、以前シンが無我夢中で使用した魔法―-炎熱変換と呼ばれる類の魔力変換を特に重視して反復した。
 知らずに使える以上最も高い適性を持っているのだろう、とギンガはあたりをつけ、重点的にそれを反復させた。炎を垂れ流すだけではなく、それを収束し、放ち、爆発させるなどの変化をつけて。
 結果としてシンは一週間で“とりあえず魔法を使える”と言ったレベルにまではなった。
 無論、とりあえずである。殆ど素人と変わりは無い。だが、これでようやく模擬戦を訓練に組み込むことが出来るレベルなのだ。
 模擬戦――ギンガは基礎を怠るような真似などするつもりは無いが、何よりもBランク試験に受かる為に必要なのは経験と発想力。それを手に入れるには実務経験が最も有効な訳ではあるが、シンをいきなり陸士108部隊の職務につけるなど出来る筈もない。故に模擬戦でそこを補うしかない。
 これでようやく二歩目。ギンガはそう考えていた。

「おはようございます、ナカジマさん。」

 訓練場にやってきてギンガが目にしたのは陸士108部隊の訓練用の運動服を着込んだシン・アスカだった。

「おはようございます、それじゃ早速始めましょうか、アスカさ……えっと、今日からは、シ、シ、シンと呼ばせてもらいますけど、い、いいですか?」

 物凄いどもりながら、ギンガは言い放つ。
 目前に立つシンはそれについて怪訝な顔をする。当然だろう。何故かギンガの頬はわずかばかりに赤面しているのだ。

「別に構いませんけど……なんでいきなり?」

 怪訝な顔をするシン。

「あ、いや、いきなりと言うか……ア、アスカとかナカジマよりお互いにシン、ギンガの方が呼びやすいかなあとかあったんですけど……ど、どうですか?」

 少し赤面し、話すギンガ。緊張しているのだ。彼女はかつてこのようにして異性と話したことなど無いから。あっても基本的に全て同僚。つまりは、ギンガ・ナカジマと言う個人の前に、組織を介した付き合いである。
 だが今回は違う。
 初めは保護者と言う枠組みではあるものの、出会ってからずっと彼らは個人同士の付き合いと言ってもいい。
 故に、ギンガは緊張する。
 気になる異性の前では乙女と言うのはすべからく緊張するというのは世界が変わろうとも常にそこにある真理なのだから。
 その相手がこんなどうしようもないほどにひねくれてねじれ切った変人だといのはギンガにとって憂うべき事態なのかは定かではないが。
 ちなみにこの提案はゲンヤからのものだった。シンとギンガの訓練を見ていた彼は訓練後にギンガに言った。

「お前ら、もう少し仲良くしろよ。」

 ギンガ本人は仲良くしているつもりだったが、どうにも空気が硬い上に呼び名がどっちも硬すぎて傍から見ればかなりギクシャクしているように見えるらしい。
 別に、決して仲良く見られたい訳では無いし、積極的に仲良くなりたいわけでもないが周りからそう思われるのも嫌なのでギンガはゲンヤの提案に乗ることにした。

(べ、別に、仲良くなりたいとかそんなんじゃないのよ?)

 誰に言い訳しているのかギンガは心中で呟き……彼女を不思議そうに見るシンに気付く。

「あ、アスカさん?」
「俺は別にどっちでも構いませんけど。」

 シンは少し苦笑気味に頷く。呼び名など別にどう呼ばれても気にはならないからだ。

「そ、それじゃ模擬戦を始めますね、デバイスの準備はいいですか、アスカさ……シン?」
「はい!」

 シンは答えを返すとデバイス――彼に支給された銃剣型のデバイス「デスティニー」を起動し、魔力を込める。
 途端に刀身から赤い炎が燃え上がる。
 目前で「デスティニー」を構えるシン。
 デスティニー。それは今回シンがBランク試験を受けるに当たり、機動6課からシン・アスカ個人に対して支給されたアームドデバイスである。
 名前については、シンの乗っていたモビルスーツに残されていたデータからつけられたとか。そしてその設計思想も。
 基本素材は全て機動6課ライトニング分隊所属エリオ・モンディアルの持つアームドデバイス“ストラーダ”と同じである。
 ストラーダのスペアパーツを元に作り出された、いわばストラーダの兄弟とでも言うべきものである――その内容はツギハギ同然ではあったが。
 およそ長さ1m、幅15cmほどの片刃の刀身と40cmほどの長さの柄。そしてその刀身の背に存在する銃身。

 「銃に剣を装着する」のではなく、「剣に銃を装着する」というその外観。
 それは、銃剣(バヨネット)と言うよりも剣銃(ガンブレード)と言った方が正確である。
 そして何よりも奇異なのは鍔の部分に突き刺さるようにして収まっている僅かに刀身が反り返った二本の短剣。
 コンセプトは「如何なる距離であろうとも優れたパフォーマンスを発揮する」と言うモノ。
 その特性は機動6課の中ではフェイト・T・ハラオウンの持つバルディッシュアサルトが一番近い。
 中距離、遠距離においては刀身に装着された砲撃武装「ケルベロス」のモード切替により速射と砲撃を。
 近距離においては大剣「アロンダイト」による斬撃。そして鍔に収納されている双剣「フラッシュエッジ」により取り回しが不便な超接近戦における適性も持つ。
 急造仕上げであるが故に、インテリジェントデバイスではなくアームドデバイス――それも非人工知能搭載型として作り出された。一応AIは存在するものの、補助のみの役割であり、思考することは無い。

 故に――ギンガには一つの疑問があった。
 どうしてこんなに早くこの人にデバイスを支給するのか。急造仕上げと言うことは「間に合わせなければいけない理由」があったと言うことだ。
 その理由がギンガにはどうしても分からなかった。
 確かにシン・アスカの潜在能力及び成長速度は並ではない。異常とすら言える速度だ。元々魔法への認識能力が高かったにしてもその速度は、才能の一言で済ませられないほどに際立って異常だった。
 故に、彼がいずれ自分専用のデバイスを手に入れるであろうことは想像に難くないのは確かだった。
 だが、それでも、未だまともに戦闘も行えない魔導師にデバイスを渡すなどどう考えてもおかしい。
 ましてやこれは専用デバイス。本来は「使用者を観察し、そのスタイルに見合ったデバイス」として開発するのが常であるのに、今回のこれはまるで「デバイスが求めるスタイルの使用者を作り出す」ように思えてならない。
 結果と過程があべこべになっている上に、このデバイス「デスティニー」の性能がギンガの疑念に拍車をかける。

 「デスティニー」は、いわば「何でも出来ることそのもの」が武器のデバイスである。遠距離から近距離まで如何なる距離においても平均して戦果を生み出すことの出来る……要するに器用貧乏のデバイスだ。
 「如何なる距離においても平均的な戦果を生み出せる」と言うことは逆に言えば「絶対的な戦果を生み出せる距離」が無いのだから。
 だが、それも使用者の実力一つではある。もし、使用者が如何なる距離をも得意とするなら――このデバイス「デスティニー」
は極めて強力な「単騎精鋭」を作り出すことになる。だが、これはあり得ない。何故なら、戦闘とは個人戦ではないからだ。
 個人戦で無い以上、そんな技などまるで必要ない……だが、もし、個人戦、もしくはそれに近い環境での戦闘を強制させられるならば、辻褄は合う。
 それともう一つ。器用貧乏とは言い換えると全ての距離適性――つまりは戦闘技術に対する適性を持っていると言うことになる。逆に言えば、右も左も知らない素人に基本技術を叩き込むには最も問題の無い手法ではある。
 後者は理解できるのだ。
 短期間で成長させる為の方法論としてはいささか疑問が残るものの、基本技術を叩き込むと言う姿勢には意味があるからだ。
 だが前者――単騎精鋭を作り出すという考えはどうしてもおかしい。
 おかしいのに、ギンガはその可能性を馬鹿げたこと、と切り捨てることが出来なかった。
 それは、多分、あのシン・アスカを見せ付けられていたからかもしれない。
 個人戦に近い状況。
 それが選択される状況とは基本的に劣勢だ。総合点で勝てないから個人戦という局地戦に持ち込むのだ。
 その戦場がどれだけ殺伐としているかなど考えるまでも無い。
 そして、そういった状況で矢面に立たされる誰か――この場合はシン・アスカである――は基本的に命の危険に晒されるか、
もしくは捨て駒――要するに殿(シンガリ)として配置される可能性すらある。
 トカゲの尻尾切りのように、捨て置かれる尻尾として。
 それに思い至ったギンガは一つの仮説を思いつき――それを振り払う。
 これを彼に支給した機動6課部隊長八神はやて二等陸佐の顔を思い出す。
 ギンガの知る彼女はそんなことを考える人ではない。そう思って。
 彼女は今度こそ、自身の頭に思い浮かんだ考えを馬鹿げたことと一蹴した。
 そうだ。そんなことがあるはず無いのだ。
 八神はやてが、シン・アスカを、“捨て駒”もしくは“鉄砲玉”として作り上げようなど、あり得るはずが無いのだから。
 目前ではシンがデスティニーを振りかぶり、地面を飛ぶようにして――実際、軽度の飛行魔法によって飛んでいるのだが――
ギンガに向かって疾走する。彼女はその一撃を前に考えを振り払い、模擬戦に没頭することに決めた。
 考えても仕方が無い。そう割り切って。


 そこは医務室。ベッドの上でシンが眠り、その横でギンガが椅子に座り、彼の寝顔を見つめている。

「こうしてると子供みたいな寝顔なのに……どうして倒れるまで止めないのよ。」

 苦々しく呟き、ギンガは目前のシン・アスカの寝顔を見る。それは酷く満足げで、満足感にあふれた顔だった。
 ――模擬戦はギンガの完勝に終った。シンはその時点で疲れ切って動けなくなっていた。
 当たり前と言えば当たり前である。
 デバイスを使った戦闘というのは、非常に過酷である。
 特に接近戦においては強固な守りを常に張り続けると言う大前提がある。こちらの最大威力の攻撃を当てることの出来る距離というのは、逆に言えば敵の最大威力の攻撃を受ける距離でもあるからだ。
 シンは無謀にもそんなギンガに接近戦を挑んできた。負けると言うのは当たり前である。そのエリアに立つと言うことはシンも同じくギンガの攻撃を受け止める為の防御を行わなければいけないのだから。
 そんな彼が彼女に勝つことなどどう足掻いても不可能だ。というよりも相手の得意な分野で勝負しているのだからしょうがないとは言える。
 ギンガの見立てではシン・アスカの資質は彼女と同じフロントアタッカーではなく、ガードウイング――所謂中衛に位置する。
高い反応速度と身体能力は確実な回避を旨とするガードウイングに適していると言う見地からの考えだ。
 その考えは間違っていない。だが、シンはその性質上どうしても最前衛にならざるを得ないのだろう、そうギンガは考えていた。
 シン・アスカの願いは守ることだ。誰をも。眼に映る全てを。
 そんな彼が果たして、誰かを前にして戦うことなど出来るだろうか?

(……多分、無理でしょうね。)

 ため息を吐いて、胸中で断言する。その理由があるからこそ彼は力が欲しいと考えた。

 ――俺は、どうして、こんなに、弱いんだ。

 あんな顔をする彼が、誰かを盾にして戦うなど恐らく――否、断じてあり得ない。
 暗澹たる気持ちが渦巻く。このまま、魔法を教えていいのかとすら思うほどに。

「……はあ。」

 ため息を吐く理由はまだある。
 彼がこうして、医務室のベッドに横たわる原因は何も模擬戦で倒されたからと言う訳ではない。問題はむしろ模擬戦の後――ギンガが言い渡した基礎訓練だった。
 彼女は模擬戦の後、力尽きて倒れたシンに向かって、魔力に炎熱変換を行いその上で収束と開放を命じた。
 基本中の基本である。回数は特に問わない。「出来る限りでいい」と。
 それが失敗だった。彼は気が付けば凄まじい回数をこない、ギンガが一時その場を離れ、職務をこなし、昼食を買って戻ってくるその瞬間まで続けられた――否、続きはしなかった。
 彼女が再び訓練場を訪れた時に見たのは床に倒れているシンだった。
 その後彼女は大慌てで軽い脱水症状を起こしていた彼を医務室にまで運び、処置を頼み、付き添って看病している。
 一体どこの世界にいることだろう。自身が倒れて気を失うその直前まで延々と魔法を行使し続けるなどと。
 普通は物理的な限界の前に精神的な限界で人は諦める。
 そこが安全ラインなのだと肉体は知っているからだ。
 だが、本当の限界はその先――精神的な限界を超えて肉体の血の一片、細胞が慟哭する瞬間に初めて訪れる。
 けれど普通はそこに行き着くことはない。
 エンドレスでマラソンをすることが出来ないように精神的なラインを超えると言うのはあまりにも苦痛であるからだ。

「……死んだらどうするつもりだったのよ。」

 文句が知らず漏れ出る。
 分かってはいたが彼は常軌を逸している。ブレーキの壊れた機関車ではなく、ブレーキの存在しない機関車だ。
 あの時、彼が魔導師になる理由を語った時、ギンガは彼の異常を感じ取った。
 コロコロと変わる表情。内から滲み出る陰鬱。そして、獰猛な怪物のような笑み。
 それが仮面ならばまだ良かった。だがそれが全て本心からのものだとすれば。
 「守る」と言うことに拘り、その為ならば他の一切合切――自分の命ですら必要ないと切って捨てることが出来る怪物。
人間には決して理解できない人外の化生。彼女はシンにそういったモノを感じ取っていた。
 そしてそれは間違いなどではなかった。「守る」ために、彼は訓練に置いて自分自身を非常に軽く見積もる。
 少しでも速く強くなる為に、自身の命を削らんばかりに常軌を逸した訓練を施し、尚且つそんな訓練を当たり前にこなす。
 それが、正気の沙汰であるはずがなかった。

「守る、か。」

 小さく呟き、ギンガはシンの顔を見つめる。
 椅子の背もたれに身体を預け天井に目をやる。

 ――思い返すのは、あの記憶。
 朧気に覚えている、最愛の妹の敵となり、戦いを強いられ、そして妹に助けられたあの記憶。
 改造され、心を侵され、そして戦い続けた無機の記憶。
 情けなかった。自分が――妹を守るべき自分があろうことか敵に回り、危うく妹を殺すところだったのだ。
 ギンガにとって妹であるスバルとは守るべき対象だった。姉が妹に送る――いや、家族が家族に送る感情とは大概にそういったものではあるが、彼女も同じくそうだった。
 母を亡くし、父と妹の三人で自分は生きてきた。
 自分よりも弱い妹は自分にとってかけがえのないモノで、守らなくてはならないものだった。
 それが――守るどころか手にかけようとした、などと到底看過出来るはずがない。
 だから、彼女は義手となった左腕をそのまま残してもらうことにした。
 二度と忘れ得ぬ痛みとして――悔恨の戒めとして残しておきたかったから。
 故に彼女の左腕は今もジェイル・スカリエッティが作り出した義手である。
 けれど、自分は何も失うことは無かった。最愛の妹も、自分を愛してくれた父親も、何よりも自分自身を失うことなく此処にいる。
 最初は自分が許せなかった。妹を殺そうとしたことが許せなかった。
 けれど……誰も死んでいないのだ。結果が良ければ全てが許せると言う訳ではないが、それでもそれは満足の行く結果の一つなのだ。
 生きていると言う、それだけで。自分は死なず、誰も死なず。
 けれど――。
 ギンガはベッドで眠るシンを見る。

(この人は……守れなかった。)

 シン・アスカは家族を守ることも出来ずに奪われた。守れなかった。それはどれほどの苦痛と怒りを生み出したのだろう。
 話を聞けば彼はそれまでは軍人などの教育を受けたことは無い一般人だったらしい。
 そんな少年が、軍に入って自身の専用機を会得するようになるなどどれほどの努力を必要としたのか……想像など出来るはずも無い。
 そして、彼はその果てに、敗北した。詳細は聞いていない。けれど、それを告げた時、彼は一切の感情が抜け落ちたような顔をしていた。
 それだけで理解できた。恐らく、彼の努力は報われることなどなかったのだ――彼は、“また”守れなかったのだ、と。
 納得は出来ない。出来ないけれど――彼女はそれを理解出来てしまう。彼のその感情を。守れなかった後悔と守りたかった悔恨の、身を切り裂かれるような痛みを。

「……鍛えるしかないのかな。」
 ギンガにはそれしか解決策が見当たらなかった。
 彼を誰よりも強く鍛え上げ、彼が自分の望みを叶えることで、彼の傷跡は癒えていくだろう。
 けれど、それは解決策と言うほどに前向きなモノではない。
 ただ、シン・アスカがこれ以上傷つかない為だけの応急処置に過ぎない。
 ギンガは思う。鍛えて、鍛えて、鍛え続けて、その果てに彼は一体どうなると言うのだろうか。
 分かり切ったことだ。
 その道の果てには何も残らない。ただの虚無だけが残るのみ。そんな道はただ戦うだけの機械と同義。
 けれど、それでも彼女にはそれしか思いつかなかった。
 理由は一つだけ。

(この人はもう、ソレを貫くことでしか笑えない。笑えない人生なんて……悲しすぎる。)

 彼の笑顔を覚えている。
 花のような笑顔を。
 あの笑顔が曇るところは見たくない――守りたい、そう思ったから。
 天井を見ていた顔を下ろし、シンを見る。
 少しだけ綻びが見えるものの――彼女の瞳には強い光が浮かんでいた。覚悟という名の光が。
 とことんまで付き合おう。この人を傷つけたくないと願うのなら――その意思をとことん貫かせよう、と。
 あの日、妹に救われた自分を悔しく思った。だから今度は自分が助ける番だ。今度は自分が「誰か」を助けなければいけない――いや、助けたい、と。そう願ったから。
 それは単なる代償行為。けれど、その心は決して汚れることなく、綺麗な硝子球のようで。
 ギンガ・ナカジマはそうして彼の頬に手を当て、髪を漉き……呟く。

「……私が、貴方を強くします。だから――強くなりましょうね、シン。」

 小さな呟きと共に彼女は穏やかな笑顔を浮かべる。それはどこか母性を感じさせる笑みだった。


 翌日からギンガのシンへの訓練は苛烈さを増した。それは訓練と言うよりも修行と言う言葉が似合うほどに。
 内容は変わらない。
 相も変わらず魔力の収束と開放、変換と言う基礎を幾度と無く繰り返し、何度と無く模擬戦を繰り返すこと。
 変わったのはその密度。そして、態度。
 それまでのギンガはあくまでシンを生徒として扱っていた。名前で呼び合うようにしたのも親しくなるべきだと考えたから
であってそこに深い意味は――ある意味あったのかもしれないが――基本的には存在しない。
 だが、今のギンガは違う。そこに遠慮は一切無い。
 そう、ギンガはこと此処にいたりシン・アスカを「弟子」として扱っている。
 リボルバーナックルによる一撃を防御出きるか出来ないかの速度で打ち出し、シンに防御技術の鍛錬を施し、その重要性を認識させる。「効果的な防御術」とは如何なるモノか。それを彼自身の技術として編み出させる為に。
 そして本来なら空を飛ぶシンの方が有利であるはずなのに、それでもギンガに翻弄される。
 速度ではない。そのフットワークの巧妙さによって。それを認識させ、自身のポジションを無理矢理にでも認識させる。
 元よりシンとギンガの間には素人と第一線のプロと言うほどの隔たりがある。まずはその格差を認識させ、自分自身に何が足りないのか。何を得るべきなのかを考えさせる。

 これがギンガの教育方針。曰く「習うよりも慣れろ」である。
 元々、シューティングアーツと言うミッドチルダにあっても希少な魔法の使い手であるギンガは、教師としては向かない。
 性格的にどうかと言われると確実に「教える側」の性格ではあるが、技術――スタイル的に向いていないのだ。
 なぜならシューティングアーツは少数派(マイノリティ)だから。
 それは簡単に言えば、魔法ではなく、むしろ武術に近い。魔法で強化した武術とでも言うべきモノである。
 その根幹にあるのは“戦闘距離を戦闘思考で補う”コト。
 一撃が届かないのなら“届く距離まで近づけば良い”。一撃を避けられるのなら“避けられない状況を作り出す”。その為の方法論として魔法を使用する。
 こういった極端極まりない魔法を素人に教えたところで意味は無い。
 妹であるスバルのように、同じシューティングアーツを学びたいというのであれば問題はないのだが。
 いかんせん、デスティニーがシンに求めているのは「単騎精鋭」であり、シン自身そうなりたいと思っている。そして、彼女はその思いを尊重することに決めている――それゆえギンガはシンに基礎だけを教え込むことにした。その他の能力は自分では無い誰かが教えればいい、そう割り切って。
 結果、ギンガは模擬戦を重視することを決めた。
 当然のことだが、如何に戦闘に慣れていようと、それはモビルスーツなどの機動兵器による戦闘のことだ。
 生身の肉体を用いた戦闘と言うのは、肉体の運用方法から短所、長所など全ての分野で違い過ぎる。
 例えば戦車を扱わせたら一騎当千と言う人間がいたとしよう。ならばその人間がナイフによる白兵戦でも強いのか、と言われれば首をかしげざるを得ないのと同じように、その二つに繋がりは無いのだ。
 模擬戦はその為だ。
 シン・アスカに今必要なのは肉体の効果的な運用方法を学ぶこと。つまり、「魔法を使った戦闘に慣れること」。
 これに尽きる。

「シン、そこは違います!そこはもっと小さく防御しなさい。次撃への対応が遅れるでしょう!」
「くそっ、分かりましたよ!」

 吹き飛ばされ、毒づきながらシンは再び、目前のギンガに向けて『デスティニー』を構える。モードは「アロンダイト」。
 つまりは接近戦用である。
 だが、シンはアロンダイトを振り回すばかりで、斬撃と言うものには程遠い剣戟を繰り返す。ギンガはそれを受けることなく捌き、懐に入り込むと左脇を締め右腕を前面に展開し顔面を防御。
 そして左腕を空手の正拳突きの如く構え、放つ。

「うおおおお!!!」

 叫びながらシンはアロンダイトを無理矢理に振りぬいてギンガの左正拳突きにぶつける。
 弾ける魔力の余波と衝撃。爆風と共に両者が吹き飛ばされ距離が開く。
 だが、その程度で戦闘に切れ目は入らない。
 直ぐに二人は活動を開始する。
 シンは舌打ちをしながら、思い通りに動かせない自分に苛立ちを隠せない。
 ケルベロス――砲撃モードは問題ない。出力、範囲と申し分が無い。
 フラッシュエッジ――取り回しの良い短剣であるが故に接近戦ではこれ以上無いほどに頼りになる。
 そして、刀身を折り畳み――モビルスーツの方のデスティニーが装備していたアロンダイトのように折り畳むことでいわゆる反動の少ない拳銃のような運用が可能となるケルベロス速射モード――これも悪くない。使い勝手の良さは折り紙付きだ。
 だが、

「くそっ!何でこんなに動かし辛いんだ!!?」

 アロンダイト。これが拙い。デスティニーを駆り、戦っていた時は同じ名前の大剣に幾度と無く助けられたと言うのに、いざ生身で似たような武器を使うとこれが使いづらいことこの上無かった。
 取り回しが悪い。そして、その長さゆえにどうしても振り回すような形になる。剣術を学んでいたならば違っていたかもしれないが、シン・アスカは軍人で、CE時代の軍人は当たり前の話しだが剣術の指導など受けない。精々がナイフによる白兵戦くらいである。
 現在のシンにとって、基本形態である「アロンダイト」こそが最も厄介な代物となっていた。
 頭の中にあるモビルスーツ・デスティニーの見様見真似で振り回すも先ほどのように簡単に捌かれ、懐に入られる隙を作ってばかり。
 その代わり威力は折り紙付き。当たればプロテクションやシールドなどの防壁を破壊しながら敵にダメージを与えるそれは破格の斬撃武装と言って良かった。
 故にシンは一撃逆転を狙って何度もアロンダイトを振り回す。
 しかし当たらない。当たらないどころか徐々にギンガの攻撃を受け止めるだけの盾に成り下がっていく。

「ひゅっ。」

 ギンガの鋭い呼気。
 僅かばかり大振りだったその一撃を紙一重で回避するとシンは上空に飛び上がる。同時にデスティニーへ指示を送る。
「デスティニー!カートリッジロード!モードケルベロス!」
『Mode Kerberos』
 デスティニーが電子音による返答と共に変形。刀身の中腹辺りに取っ手が現われる。
 同時に刀身が白熱し、その背部の砲門へと魔力が収束する。即座にシンは現われた取っ手を掴み、柄の部分をしっかりと握り締め、デスティニーを地面に向ける。
 収束する魔力。刀身の弾装から一発薬莢が飛び出る。同時にガシュンと言う音と共に漏れ出る蒸気。

「くらえ!!!」

 その目的は上空からの大規模砲撃による一撃必殺。
 接近戦で嫌と言うほどに味わったリボルバーナックルの味は身に染みている。
 あの拳撃の嵐から逃れ、一矢報いるにはそれしかない。そう判断して、だ。
 だが、シンのその思考は既に“彼女”の範疇の中。

「そう、来ると思っていました。」

 余裕を感じさせる声でギンガは既にシンの真横――左側にいた。

「なっ!?」

 ギンガはシンへの一撃が外れた瞬間、即座にウイングロードを展開し、シンの視界に入らないようにシンの死角へと向かう軌道で上空に既に到達していたのだ。
 慌てて、シンはデスティニーの柄から三日月上の短剣――フラッシュエッジを引き抜き、ギンガに向かって振り抜いた。だが。

「慌てて、攻撃しても意味はありません。攻撃とはこんな風に落ち着いて――」

 笑みを浮かべ、ギンガはシンのフラッシュエッジを落ち着いて捌く。シンの背筋に冷や汗が流れる。
 シンの右腕はデスティニーを地面に向けて固定している。そして左腕は今しがたフラッシュエッジを振りぬいた。
 つまり、シンの胴体部分はがら空き。
 どうぞ、攻撃してくださいと言わんばかりの絶好の好機(ベストポジション)。左手のリボルバーナックルが回転し唸りを上げる。
 幾度も幾度もこの身を打ち抜いたその鉄拳。
 シンはその一撃に恐怖を感じることも無く、最後の足掻きとばかりに、無理矢理に身を捻り、少しでもその一撃から身を逸らそうとする。

「撃ち貫くものですよ!」

 叫び。そして、打ち出される鉄拳。
 瞬間、声を出す間さえ無く吹き飛び、地面に向かって突き刺さるようにして叩き落されるシン。

「……ちょっと、やりすぎたかな?」

 展開したウイングロードから見下ろすとシンが気絶していた。
 ぶっちゃけやり過ぎであった。


 シン・アスカとギンガ・ナカジマはこのようにして毎日毎日模擬戦を繰り返した。
 基礎訓練の際にはやりすぎないようにきつく(主にリボルバーナックルで)、回数制限を行い、残りの時間を模擬戦に当てる。
 筆記試験に関しては元々軍で座学などは習っていた為かシンにとっては復習程度で十分だったらしく、満点――とまでは行かずとも及第点は確実に取れるようになっていった。
 そうして二人の修行は続く。
 余談だがどんなに期間を空けたとしても3日に一回は医務室に運び込まれる彼はその内に「陸士108部隊始まって以来の特訓マニア」などと不名誉なあだ名を付けられることになる。そして彼を介護し、何度も叱責し、それでも鍛え、挙句の果てに叩き落とし、殴り倒し、吹き飛ばすギンガはいつからか畏怖と賞賛と揶揄を込めて「特訓マニアの鬼嫁」として呼ばれる羽目となる。


「……せやけど、本当にギンガがやってくれるとは思わんかったわ。」

 陸士108部隊隊舎内の一室にて二人の女性が向かい合って座っている。
 一人は八神はやて二等陸佐。機動6課部隊長。
 もう一人はギンガ・ナカジマ二等陸尉。二人が今いるのは応接室である。

「シン・アスカの調子はどうや?」
「かなりいい感じです。このまま進めば本当にBランク試験に受かっちゃいますね。」

 微笑みながらギンガは先ほどまでの模擬戦を思い出す。いつものことながらアロンダイトの扱いに四苦八苦していた。今頃は自分の言っておいたメニューをこなしていることだろう。
 彼の様子を思い出し、楽しそうにするギンガを見てはやては紅茶を口に付けると、不敵な笑みを浮かべる。

「へえ……何や、ギンガはえらい楽しそうやな。」
「ええ、楽しませてもらってます。」

 くすりと笑いながらギンガは自分の前に置かれた紅茶をもって口に運ぶ。

「ふふん……まあ、ええけど。今日ここに呼んだ理由についてはナカジマ三佐から聞いてる?」
「いえ、何も。」
「そか。」

 紅茶をテーブルに戻し、組んでいた足を戻すはやて。それを見て、ギンガも居住まいを正す。
 雰囲気が変わる。和気あいあいとした雰囲気は消え去り、厳粛な空気が立ち込める。
 はやてが口を開く。ぎろりとギンガに視線を飛ばす。

「……シン・アスカについて、ギンガはどう思う?」
「どう、とは?」

 聞き返すギンガにはやては繰り返す。

「単刀直入に言うで、シン・アスカは前線に出して使えるレベルなん?」

 それを聞き、ギンガは言葉に詰まる……も、素直に状況を説明し始める。
「……現場によりけりです。少なくとも聖王のゆりかごやナンバーズクラスの相手に対しては……無理です。」
「まあ、そうやろうな。」

 再び紅茶に口を付けるはやて。それは諦観でも気落ちでも無い。予想通りと言う反応だった。
 ギンガはそれを見て、以前から考えていたことを口に出す。
 自分が機動6課に出向する理由。それは、

「やっぱり、6課では……」
「うん、これから6課が行う任務はそのレベルや。そやさかいにギンガに来てもらうことになった。正直、なのはちゃんの抜けた穴を埋めるんはそれでもまだ足らんくらいや。」
「……確かに。」

 高町なのは一等空尉。
 管理局のエースオブエースの異名を持つ彼女は聖王のゆりかご戦で行ったブラスターモードの後遺症によって現在療養中である。
 ギンガが出向するのはその為。エースオブエースが抜けたことで生まれた大きな穴を少しでも埋める為、である。
 だが、はやて自身が言っている通り、ギンガ一人が出向した程度で埋められるほどその穴は浅くはない。
 オーバーSランクの魔導師の実力とはそれほどに大きい。

「……彼は6課にはまだ、早い、か。ほんまはその方がええんやろうな。」

 はやては呟き、顔の前で両手を組み、何事か思案するような顔をする。
 ギンガの胸中は複雑だ。
 シン・アスカは“守る”ことが出来るからこそ、機動6課に入る為にあれほどの地獄の訓練に身を浸している。
 だが、実際彼がBランクの魔導師となって機動6課に入ったところで、彼が即座に役に立つとも思えない――いや、思えるはずが無い。
 はやてがどうしてここまでシンに拘るのか。その理由は正直理解できない。故にギンガは確信じみた疑念を持っていた。
 八神はやては何かを隠している、と。
 無論、上官である八神はやてが自分に隠し事をするなど当たり前のことだ。
 そのことについてギンガ自身は別に何を思うこともない――それがシン・アスカに関わらないことであるのなら。
 ギンガ自身気付いていないが、シンに対する彼女の感情は、管理局が次元漂流者に抱くものとまるで違っている。
 彼女はシン・アスカを“保護”するべき対象としてではなく、“庇護”するべき対象として捉えている。
 故にギンガは上官である八神はやて二等陸佐であろうとも“シンを害する”つもりで隠しているのであれば、それに対して反抗するつもりであった。
 それはまだ、「気持ち」というほどに確定していない、“つもり”程度のものであったが。
 はやてが顔を上げる。思案は終ったらしい。

「今日ここにきたんは、ギンガに言うべきことがあったからや。今度の模擬戦の内容について、や。」

 場の緊張が一斉に張り詰める。

「内容はギンガとシン・アスカの一騎打ち。そこで彼がギンガに勝てばBランク。と言うことにしてる。」

 あまりにもあっさりと告げられ、ギンガは一瞬はやてが何を言っているのか理解できなかった。
 それはその内容がBランク試験という昇級試験の“意味”や“内容”からあまりにも常軌を逸していたからでもあったが。

「……え?いや、ちょっと待ってください、それ、どういう……」
「反論は受け付けん。これは決定事項や。」

 厳しいはやての目つき。それに射すくめられ、怯みながらもギンガは反論する。

「ちょっと待ってください!どう考えてもおかしいじゃないですか!」

 大きな声を上げ、テーブルを両手でばんっ!と叩く。
 紅茶の水面が揺れ、波紋を広げる。
 ――Bランク試験。
 それは新人魔導師がまず最初にぶつかる壁である。
 その内容は複数試験課題を用意され、そのうちの一つがランダムで選択され、それを突破すると言うもの。
 内容もBランク試験という名に違わない、「Bランク魔導師の能力があり、資格を得るに適性であるかどうか」という部分を見る試験である。
 断じて――断じて、戦闘能力だけを見る為の試験ではない。戦闘能力と共に、判断力、発想、行動力、安全性等の様々な要因を確認する試験である。模擬戦という戦闘能力だけを見るようなそんな試験ではない。
 八神はやてがその程度のこと知らない筈が無い。いや、知っていなければおかしいのだ。

「おかしいか?」
「おかしいです!Bランク試験ですよ!?模擬戦って言う内容はそれまでの期間や経緯を考えれば理解は出来ませんが納得は出来ます!けど、どうして、その相手が“私”なんですか!?」

 現在のギンガ・ナカジマのランクはAランク。前述した「Bランク魔導師の能力があり、資格を得るに適性であるかどうか」を見るにはまるで意味が無い。
 そう、Bランクの能力があるかどうかを見るならBランク魔導師をぶつけるのが筋である。
 これではまるで、Aランク以上の昇級試験である。如何にシンの成長が早かろうともそれは不可能。無謀である。
 ギンガはシンのあの笑顔を守る為に鍛えようと思ったのだ。彼があの笑顔を出来るように、“守れる”ように。
 けれど、これでは彼を騙しているだけだ。ぬるま湯のような期待を与えるだけ与えて、叩き落す。
 今のギンガにとって絶対にそれは看過できない。シン・アスカを裏切ることだけは絶対に。
 それがギンガ自身未だよく分からない感情が発端であったとしても。
 はやてはそんなギンガを見上げ、二人から見て左側になる空間に画面を生み出す。

「ギンガも、コレのこと知ってるやろ?」

 そう言ってはやてが空間に投影したディスプレイ――念話の応用だ――に写した画面に一人の鎧騎士が映る。
 八神はやてを撃墜し、そしてライトニング分隊を撃退したと言う化け物。

「……知ってます。」
「この男の力な、推定で少なくともSS以上だそうや。」
「SS、以上……?」

 それは、管理局においても最強クラスの魔導師を意味する。一騎当千を地で行く魔導師の最強。SSランク。
 ギンガは絶句し、その男を凝視する。

「機動6課の虎の子、フェイト・T・ハラオウン率いるライトニング分隊が殆ど何も出来ずにやられた。正に悪夢みたいな化け物や。」

 その言葉にギンガは眼を見開いて驚く。
 “あのフェイト・T・ハラオウン”が何も出来ずに倒された――その詳細を知らず、何かしらの理由があって倒されたと思っていたギンガにはそのことが俄かに信じられなかった。
 驚くギンガを気にせず、視線を移すことも無くはやては続ける。

「シン・アスカを機動6課にどうして入れようって話しになったか。理由は複数ある。その一つ……それはこの男の足止めをさせる為や。」
「どういう、ことですか。」

 一瞬の静寂。
 ギンガはその次の言葉を大よそ予測していた。

「これからの任務には捨て駒が必要になる。」

 はやては、そこで一度言葉を切り、再び繋げる。

「――シン・アスカはそれに選ばれた。」

 その言葉を聞いてギンガは椅子に腰を落とし、顔を伏せる。
 それは自分の知る八神はやての言葉とは信じられなかったから――否、それがおよそ自分の予想していた現実と同じだったことに衝撃を受けて、だ。
 沈黙が場を満たす。
 八神はやてはそんなギンガに構わず続ける。

「せやけど、“私”はシン・アスカを殺すつもりはない。彼には彼の望み通りに守ってらうつもりや。全てをな。」

 そうだ。八神はやては決して「捨てない」のだ。
 誰であろうと何であろうと、零れ落ちる全てを拾い続ける。
 故に、シン・アスカを利用する。
 彼の願いを利用して、全てを守り抜かせる。

「私はシン・アスカを最強の魔導師にする。そして彼の力で以って化け物共と相対する。これが私のプランや。」
「それ、は……」

 ギンガには言葉も無い。はやての言葉は、そこに込められた目的こそ違えど、大筋で彼女がシンに対して決めたことと同じだったから。

「その為の一歩目。シン・アスカを現在のうちのフォワード陣と同格にする。」
「だから、私を……?」

 力無く呟く。ギンガの体から力が抜けていく。
 彼女は今、自分自身が彼に施そうとして居た処置の正体を見せ付けられ、打ちひしがれている――断罪されているのだ。彼女は、彼女の思い描いたシン・アスカの姿に。

「今のギンガは恐らくAAからAAAくらいの実力がある……私はそう思ってる。それは機動6課のフォワードと同じくらいの実力や。」
「だから、私を、試金石にする、と?」
「そうや。」

 躊躇い無く答えるはやて。

「その為にこんな、登れもしない壁を作る、と?」

 疑問を呟く。けれど、その疑問に返される答えはどこまでも自分自身の思い描いた彼の行きつく果てと同じで――

「その壁を登るか、ぶち壊す力が必要なんや。無理を通して、理不尽だろうと不条理だろうと、道理を全て吹き飛ばす。そういうむちゃくちゃなヒーローがな。シン・アスカが……彼がなりたいのはそういうヒーローや。」

 ヒーロー。
 八神はやてとギンガ・ナカジマの見解は一致している。
 シン・アスカの成りたいもの。それは何であろうと全てを救う無敵のヒーロー。
 コミックスやアニメ、映画……平たく言えば空想の中にしか存在しない、してはいけないご都合主義の塊。
 八神はやては、これまでの経験から。
 ギンガ・ナカジマは彼との触れ合いの中で。
 違う経緯を辿りつつ、彼女たちはシン・アスカの本質に行きついている。
 シン・アスカとはどこにでもいる存在だ。
 “偶像を崇拝する人間”ではなく、“偶像になりたい人間”。
 違いがあるとすればその思いが肥大化し過ぎただけで。

 だから、彼の傷を癒す方法など一つだけ。
 鍛えて、鍛えて、鍛え上げて、越えられない壁を越えさせて、撃ち抜けない壁を撃ち抜かせて、届かないユメに手を届かせる。
 けれど、その代償は大きい。
 ギンガははやての言葉に耳を傾けながら、思考を沈める。以前――あの時、ギンガが覚悟した時には沈めなかった深度まで。
 一つの懸念を浮かび上がらせる為に。

「……それで、全てが終わったら、どうするつもりなんですか。」
「戦い続けるだけや。ヒーローに終わりは無い。いや……“終わりが無い”からヒーローなんやから。」

 それは、虚無。
 戦って、戦って、戦って、世界を守る為、自身を削り続ける鉛筆削り。
 けれど、鉛筆は永遠に削ることは出来ない。鉛筆はいつか折れる。細く尖った鉛筆は鋭く強く……けれど繊細で脆い。
 いつか辿り着く終わりに向けて、駆け抜けてゆくだけの、ドラッグレース。
 だからこそ単純で明快で一途で。それはシン・アスカにとっては何よりも安息を得るであろう一つの理想である。

「ふざけないで……ください。」

 血を、吐くような声でギンガが呟いた。

「どうして、そこまで、シンを」
「――捨て駒として消費するよりはよほどマシやとは思うてる。違う?」

 滑らかに、まるで初めから用意されていた答えを読み上げるようにはやては答えを返す。

「あの子は守りたいんや。私は守らせる。その為に、あの子には強くなってもらわなあかん。」

 ギブアンドテイク。彼女はそう言っているのだ。八神はやてはシンをヒーローとして鍛え上げ、彼を癒し、自分も利を得ると言うギブアンドテイクを提案している。
 その果てにシンがどうなるのか――それを知った上で。
 か細い声でギンガは尋ねる。

「道具扱い、ですか。」
「違う。“手駒”扱いや。」

 その言葉をこれまで通り、躊躇い無く言い放つ。

「……もし、シンが私に負けた時、彼はその後どうなるんですか。」
「どうもせん。まあ、ここまで強引な手を使うんや。出来ませんでした、じゃ済まんやろうから……魔導師としてはもう生きていけへんかもな。」

 魔導師としては生きていけない。それはもう、誰も救えないと言うこと。彼が望む願いを剥ぎ取られると言うこと。
 ――それは、それだけは駄目だ。そんなことをして、彼を、最悪の絶望の淵に追い込むくらいないっそ――
 そんなギンガの思考を読んだのか、はやては断罪するように呟いた。

「……一つ言っておくで。」

 びくっとギンガの肩が震える。

「試験時の監督は私、八神はやてと機動6課が全面的に執り行う。手抜きしたら直ぐに試験は中止にして、この話しは初めから無かったことになる。」
 ギンガは答えを返す力すら無く、俯いたまま顔を上げられない。
 それで話しは終わりだった。
 八神はやては立ち上がる。見れば、いつの間にか、彼女は紅茶を飲み干していた。

「ほんなら、後は頼むでギンガ。シン・アスカをたの……」

 その言葉を切るように、ギンガが呟く。

「……部隊長はシンをどう思っているんですか?」
「どう思っている?」
「シン・アスカという個人を。」
「私が、彼を……?」

 八神はやてがシンに拘る最も大きな理由。それは預言の末尾に付け加えられた一文である。

『狂った炎は羽金を切り裂く刃となるだろう』
 狂った炎――それは恐らくシン・アスカのことだとカリム・グラシアと八神はやては予想した。
 時期を同じくして現れた異邦人。臓腑に清廉潔白な狂気を隠し持った一人の男。
 そして、カリム・グラシアの配下のある男は言ったそうだ。破滅の預言を覆せるとしたら、シン・アスカだけだと。その情報は確かな筋の情報だとか。
 故に、時空管理局という組織は、シン・アスカを捨て駒とすることを決めている。
 それは管理局としての決定。
 組織としての決定である。それに対して八神はやてという一局員には別段文句は無い。
 では、自分――八神はやてはどう思っているのか。
 見栄っ張りで強情で、人の話を聞かない猪突猛進。それは、彼と同じ赤い瞳の彼女を思い起こさせる。
 だから、これはみっともない八つ当たり。
 あの時、助けられなかった彼女と同じく、自分の好き勝手に生きて周りを省みない彼への嫌がらせ。
 八神はやてはそんな自分を卑下し、自嘲の笑みを浮かべ、ギンガに答えを返す。
 嘘と、少しだけ真実を混ぜ込んで。

「……亡くなった誰かに似てる。そんな気がするから拘ってるのかもしれんな……ギンガはどうなんや?」
「私は……あの人に傷ついて欲しくない。それだけです。」
「そか。」

 二人はそこで別れた。

 車に乗り込み、帰路に着いた彼女――はやては顔を顰めると自身の鞄の中からミネラルウォーターと白いケースを取り出し、その中から白い錠剤――胃薬を取り出すと一気に水で流し込んだ。
 落ち着かない感情。軋むように痛む胃。そして罪悪感で砕け散りそうになる自分自身。それら全てを飲み込むようにミネラルウォーターに口を付ける。

(……ごめん、ギンガ。ごめん、アスカさん。)

 ごめんと心中でのみ彼女は繰り返す。幾度も幾度も。数え切れないほどの懺悔を。
 そんな懺悔をする資格は自分には無いのだと分かっていながらも、彼女――八神はやては“変われていない”自分自身に嫌悪を示し、挫けそうになる心を強く戒める。
 ――自分は強くならなければならない。誰よりも何よりも。“この世界を救う為に”
 悲壮な決意と思いは誰にも知られない。彼女の心の内にのみ潜むが故に。
 ――それは誰にも知られることなく沈殿する。


 部屋の中、ギンガは俯き、ずっと彼のことを考えていた。
 どうしたら、彼を救えるのだろうか……救い“出せる”のだろうかと。
 答えは出ない。気が付けば既に夕暮れ。
 茜色の空は彼女が思考を焦がす彼の瞳のように真っ赤で、胸を抉られるような鈍痛の中、彼女はただ強く、強く拳を握り締めた。
 答えの出ない自分自身に憎悪すら感じながら。ティーカップの中の紅茶は既に冷め切っていた。

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