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空想垂れ流し 03.願い

03.願い

 世界は残酷だ。
 誰も自分を救ってくれなかった。
 世界は残酷だ。
 誰も自分を見てくれなかった。

 “だから”世界は残酷だ。だから、こんな世界など滅んでしまえばいい。

 それが、彼の―――ラウ・ル・クルーゼの切なる願いだった。


「それでも!!守りたい世界があるんだあああ!!!」
 返答ではない、ただの叫びだ。決して、その言葉に意味など無い。
 そこにあるのはただ私が放った 言葉への反応。
 決して、質問への返答ではない―――無論、自分の言葉も質問になどなっていないのだからお互い様ではあったのだが。

 目前に迫る光の刃。仮面が壊れた。熱量が跳ね上がった。
 溶けていく。世界が。自分が。終わる。
 断末魔の声など上げる暇があればこそ。その時、自分は死んだ。その確信があった。
 死。細胞が燃焼した。骨が折れた。頭蓋が破裂した。ヘルメットに弾けた脳漿。世界が消えた。

 ―――たかが、ヒーローごっこをしようとしていた人間に私は完膚なきまでに殺された。それも、人類最高の才能と言うふざけたモノの前に。

 後悔があった―――違う。ソレしかなかった。
 伸ばしたモノに手は届かなかった。
 世界は私のモノにならなかった。
 怒りなど無かった。結局、人の人生を決めるのは才能なのだ。遺伝子調整などと言う神への冒涜。その前に私は敗れた。
 もう、何もかもがどうでも良かった。

 ―――思考することさえ出来ない死の中で私の意識は拡散していった。
 願わくば、今度こそはもっと“まともな”人生を。それだけを願って。


 ―――おかしなことに“目覚めた”。
 おかしなことに、と言うのは他でもない。死んだ人間が目を覚ますなどと言うこと自体がおかしいのだから。
 目が覚めれば見えたのは、にやついた瞳と釣りあがった唇。
 次の瞬間、耳に入り込んできたのは肌を舐めるような怖気を奮う鳥肌すら立たせようとすら、嫌らしい声。
 声の主は自分に聞いた。

「君を助けてやろう。その代わり、君は私に力を貸してくれないか?」

 自分は、返答しなかった。その男は沈黙をイエスと捉えたのか、勝手に自分を助け、力を与えた。自分にとってそんなことはどうでも良かった。
 心中の思いは一つ。

 ―――また、ろくでもない人生が始まりそうだ。

 その、一つだけの絶望だった。



 月日が流れた。数ヶ月か、それとも数週間なのか。そんなことはどうでも良かった。時間の感覚など、ひたすらにどうでもいいことだったからだ。

 ありていに言って、その時から彼は死んでいたからだ。
 あの瞬間、人類の最高傑作と名高いスーパーコーディネイターと戦い、敗れた瞬間から彼の心は完全に折れてしまっていた。願いを叶えることは出来なかったからだ。
 世界を滅ぼすことも、人類の驕りそのものとも言える彼を殺すことも、結局、何もかも為すことの無いまま彼は死んだ。
 苦痛や悲しみは無かった。あったのはただの虚無。自分がこの世界において、何を為す事も出来ないと言う虚無だった。
 けれど、皮肉なことにその虚無があったからこそ、彼は生き残ることが出来た。
 死んだ人間が生き返るなどと言うことはありえない。いわんや別世界に来て生き返るなどと言う御伽噺など、ただで起こり得るはずが無い。
 毎日毎日着替える度に見える、自分の身体。ところどころに機械が“現出し”、胸の中心で薄く輝く心臓―――レリック。
 彼は助かる為に―――自分では望んでもいなかったが―――人間の身体と言うモノを捨てなければならなかった。

 人として生きる為に人を捨てる。
 彼を助けた人間は助かったことを喜びもしない彼に何も言わなかった。
 ただ、自分の行った処置が上手くいったことに満足した―――そんなご満悦な顔をしていた。

 彼は、人間では無くなった。
 男が言うにはデバイスであり、人間であると言う。
 人類における初の試み。その初の成功体なのだと。意味が分からなかった。知ろうとも思わなかった。どうでも良かった。

 その無気力の虚無があればこそ、その人間では無くなった虚無に対応出来た。
 そして、その虚無があればこそ、彼は日に日に腐っていった。
 前にも後ろにも進めない無限の停滞―――少しずつ腐食して行く日々。

 早く誰か私を殺してくれ。ずっと、そう思っていた。

 ―――今日、この日までは。


 空中から間断なく放たれる氷結魔法。規模からして恐らくはオーバーSランクの魔導師だろう。
 鎧の中でソイツはそろそろいいかと考えた。
 耐えろと言うならこの、“身体”は幾らでも耐えられるだろうが、いい加減ソレにも飽きてきていたし、欲しかった「結果」は予定通りだった。
 そして、そこでこの付近に潜伏しているように伝えていた、部下の一人に念話を送ろうとし―――その部下から逆に念話が送られてきた。

『一つ、いいかね?』

 声の調子は、どこか押さえ切れないモノを抑えられないと言った、まるで誕生日のケーキを前にした無邪気な子供のように、“逸っていた”。そして“昂ぶっていた”。
 鎧の中でソイツは逡巡する―――だが、別に構わないかと思い、答えを返した。面白くなってきた。そう、思って。

『・・・・何かな?』
『手助けをしても構わないかい?』

 声の調子は先程よりも強く、強く、抑え切れない熱を感じさせる。
 鎧の中のソイツは、背筋を這い上がる鳥肌を抑えられない。
 口元に浮かび上がる笑みを押さえられない。
 面白い。面白い。
 愉悦が身体中を走り回る。
 何事があったかは知らないが、無気力一辺倒であったこの男に焔が灯ろうとしていること―――それが面白くて。
 けれど、そんな感情を一片も表に出すことなくソイツは続ける。

『君が・・・かね?これはどうした風の吹き回しだい?』

 返す声には愉しみが混じっていた。
 そう、暴虐の限りを尽くすことに悦びを感じる人類最低の、汚泥よりも尚汚い廃棄物の如き愉悦が。

『なに、気まぐれさ・・・・狙いはあの少女で構わないんだね?』
『ああ、出来れば生かしたまま撃ち落してもらえると助かるんだが。』
『・・・了解した。』

 念話を切って、シツは笑いを抑えられなかった。

(面白い――やはり、腐った人間ほど面白い。)

 ソイツは鎧の中で思いを馳せる。これから起こるであろう惨劇に向けて。

(さて、彼女たちはどうやって“回避”するのかな?)


「・・・・不愉快なことだ。」

 男はまだ倒壊していなかったビルの屋上に現われた。男の名はラウ・ル・クルーゼ。
 シン・アスカと同じ異世界からの異邦人である。美しく艶めいた金髪。
 身長は180を少しばかり超えている肉体。以前はトレードマークとすら言えた仮面を今はつけていない。
 その顔は、彼の大本であるアル・ダ・フラガと同じであり、シン・アスカの親友であったレイ・ザ・バレルと同じ顔。
 彼は心底忌々しそうに、“嗤い”ながら、呟く。

 先程のシン・アスカの戦い。
 ここから全てを俯瞰していた彼には全てが理解できた。
 あの男は、身も知らぬ少女の為に命を懸けて、戦いを挑んだのだ。

 シン・アスカ。己と同じ世界より現れた異邦人。
 管理局内部の間諜から得た情報によると、ザフト所属の人間だと言う。
 そして、彼が乗っていた見たことも無いモビルスーツ―――恐らく彼は自分よりも未来のザフトからこちらにやってきたのだろう。だが、それはどうでもいい。そんなことはどうでもよかった。

 大事なのはそんなことではなかった。
 シン・アスカ。
 その経歴。それは自分と―――ラウ・ル・クルーゼと同じく自分勝手な個人主義である。

 家族を戦争で失い、オーブからザフトへ流れ、アカデミーへ入学。
 そして、その中で自分の専用機を得るまでに成長した少年。
 少年はその後、再び起こったザフトと地球連合の戦争に駆り出され破竹の戦果を上げ―――そして、彼は戦争に敗れた。
 その後、彼は敵に乗っ取られた自軍―――ザフトに再入隊し、軍務に励み、そして、最後は殺され、此処に来た、と言う。

 目的が違うだけでやっていることは自分と何も変わらない。
 ヒーローになりたがるも、なれるはずがない。
 何故なら彼は「特別」とは程遠い人間だからだ。
 CE世界の戦争とは極論を言えば、ヒーローごっこをしていた人間が世界を救った。
 それだけに過ぎない。
 彼ら、ヒーローごっこをしていただけの人間がヒーローになれたのは他でもない。
 コーディネイトと言う戦争そのものの発端と言う技術の結果だった。
 つまりは、彼らはなるべくしてなったのだ、ヒーローに。
 努力もあるだろう。研鑽もあるだろう。だが、本質的には、彼らはただ単純に出来て当然の結果としてヒーローになったに過ぎない。

 だから、彼はヒーローになどなれない。彼にはそれだけの才能が無いからだ。
 キラ・ヤマトは言わずもがな。
 アスラン・ザラ、イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン。
 彼らは全てプラントでも資産家の息子だった。
 コーディネイトとは基本的に高額であればあるほど大きな効果を発揮する。
 アスラン・ザラなどがあの若さであれほどの戦闘技術を誇っていたように。

 シン・アスカにはソレがない。ただの戦災孤児だ。だからヒーローになどなれるはずがない。精々主役ではなく端役がいいところだ。
 なのに、何故、この世界に来てまで足掻き続けるというのか――決まっている。自己満足の為だ。

 あの瞬間、シン・アスカは全てを捨てて、少女を救うために走り抜けた。

 自身の命などどうでもいい。助けられるならば、“守れる”ならば何も必要ない、と。
 ―――その姿が酷く癇に触った。殺人者でありながら、重罪人でありながら、聖者にでもなったつもりなのか、と。

 ぎりっと奥歯をかみ締める。仮面をつけていないクルーゼの瞳に焔が灯りだしていた。
 焔の名は嫌悪。認められないモノ、自身とは決して相容れないモノへ抱く生理的な嫌悪だった。

 彼は―――ラウ・ル・クルーゼは折れた挙句に失敗した。
 だが、シン・アスカは折れそうになっても、構わずに走り抜けた。人を守ると。それ以外は全て雑多でしかないと。

「・・・・不愉快だ。」

 まったくの逆恨みでは在るが―――その姿勢その態度は彼を嘲笑っているように見えた。
 “お前には出来ない”、と嘲笑っているように。

 ラウ・ル・クルーゼの願い。それは、“八つ当たり”である。
 自分を拒絶した世界。
 そして、自分とは逆に世界に愛されたモノ全てへの、厳粛とした“八つ当たり”である。
 俗物根性のみで構成されるその憤怒こそがラウ・ル・クルーゼの原風景。

 世界を変革するなどそんな大それた目的はどうでもいい。ただ、自分を苦しめた奴らを苦しめ返せればそれでいいと言うだけの感情。

 男は懐から、仮面を取り出した。今はもう付けていない―――付ける必要など無い仮面を。

 ラウ・ル・クルーゼにとって“八つ当たり”とは正当なモノ。正当な“逆恨み”なのだ。
 シン・アスカはその“正当”を著しく、傷つけている―――だから、彼は憤怒する。その胸で虚無として燻っていただけの憎悪に火が灯る。

 仮面を顔に付けた。
 アル・ダ・フラガのクローンとしての顔を隠す為ではなく、ラウ・ル・クルーゼがラウ・ル・クルーゼであるが為の“儀式”。

「――君は不愉快だ。」

 顔は忌々しげに歪み、唇は釣りあがり、微笑みを形成する。
 その笑みは見る者全てが顔を背けるような汚らしい微笑み。
 そこに映る感情は虚無と絶望。そして、“逆恨み”。
 絶望を嗤い、全てに八つ当たりせずにはいられない俗物極まりない醜悪の微笑み。

 此処に―――ラウ・ル・クルーゼが蘇る。醜悪に。汚らしく。そして、何よりも―――華々しく。

「―――プロヴィデンス、セットアップ。」

 呟きと同時に彼の肉体に“変貌”が始まる。
 時間は数瞬。されど、一度見たならば決して忘れられぬであろう、その“変貌”。
 クルーゼの肉体に灰色の光が奔る―――毛細血管のように細く、そして回路のような幾何学模様の光。
 全身から灰色の液体が流れ出る。同時に辺りに立ち込める濃密な匂い―――血液の匂い。
 その液体は色こそ違えど紛れもない血液。
 灰色の人にあらざる血液がラウ・ル・クルーゼの肉体から流れ出ている。粘り付くような醜悪さと鼻に絡みつくような嫌悪を伴わせて。
 単細胞生物の生命活動のように蠢きながら灰色の血液が、ラウ・ル・クルーゼの全身を覆っていく。

 覆われていくその姿。
 例えるなら、多くの蛇が彼の身体中に噛み付いているようにも見え醜悪なおぞましさを強調する。。
 灰色の血液は服を飲み込み、仮面を飲み込み、靴を飲み込み、ラウ・ル・クルーゼと言う人間の全てを飲み込んでいく。
 その中にあって、ラウ・ル・クルーゼはただ狂ったような微笑みを浮かべていた。亀裂を貼り付けたような嗤いを。
 変貌は収束を迎える――そこにはラウ・ル・クルーゼの原型などまるでありはしなかった。
 子供が粘土細工で作ったようなノッペリとした顔の無いヒトガタ。
 灰色の光が今度は彼の身体の外側を走り抜けた―――所々が鋭利なヒトガタを描いて。それはどこか、モビルスーツを連想させるような軌跡だった。
 そしてその軌跡に従い、灰色の血液が、蠢き始める。軌跡は設計図。そして血液は装甲。

 ―――さあ、始めよう。世界を股に掛けた“八つ当たり”を。

 心中の呟きが終わり―――その時には“変貌”は既に終わっていた。
 そして現れたのは灰色の鎧騎士。それはどこか、モビルスーツ・プロヴィデンスを髣髴とさせるシルエットだった。張り出した肩。スマートなデザイン。ただ違うのは背後のバックパック。モビルスーツ・プロヴィデンスほどに巨大ではなく、小型化している。
 それがプロヴィデンスを髣髴とさせながら違うと思わせている。
 セットアップと言う言葉から察するに“恐らく”バリアジャケットなのだろう。
 だが、それはバリアジャケットというには、そこに至るまでの過程があまりにも禍々しかった―――見たもの全てが嫌悪を示す程度には。

 その名を「ウェポンデバイス」。
 技術者ではないラウ・ル・クルーゼはこれに関しての詳細を知らない。
 だから、彼が理解していることは一つだけ。
 これは、「モビルスーツとデバイスと人間を融合させたモノ」である。
 それが必要となった背景など彼は知らない。

 現在のラウ・ル・クルーゼの姿は戦闘用―――つまり、内面に収納していた機体を外界に展開した姿だ。
 “意図限定の小規模次元世界の作成”と言う技術を利用することで、展開された小規模次元世界に装甲及び全ての機械を収納し、展開した姿。プロヴィデンスと似て非なる姿となるのは当然だ。表から見える部分はあくまで一部分に過ぎないのだから。
 流れ出た灰色の液体はプロヴィデンスそのものであり、ラウ・ル・クルーゼそのもの。身体を奔った灰色の光はモビルスーツ・プロヴィデンスの設計図であり、デバイス・プロヴィデンスの設計図。
 レリックウェポンの一つの究極。
 誰が、どこで、どうして、そんな技術を手に入れたのか。
 そんなことは誰にも分からない。それに元よりラウ・ル・クルーゼはそんなことに興味を抱かなかった。そう、どうでもいいのだ。

 大切なのはコレが比類なき力を与えてくれること。
 それによって、彼は全てに“八つ当たり”する力を手に入れていると言う事実。それこそが大事なのだから。

『―――ドラグーン』

 ラウ・ル・クルーゼは呟く。その声は壁越しのように少しだけしゃがれた声に変化していた。
 そして、その呟きと共に背中に浮かび上がる魔方陣。そしてその中から浮かび上がるようにして現れるプロヴィデンスのドラグーンに酷似した西洋の槍―――ランスの如き突起。
 それが浮かび上がり、彼の目前にまで移動する。

『すまないな、君に恨みなど欠片も無いが・・・・』

 言葉と共に右手を八神はやてに向け―――止めた。
 浮かび上がった突起が彼の眼前にまで移動する。彼はその“ドラグーン”と呼ばれた突起に手を触れ、

『―――愉しませてもらおうか。』

 冷たく、言い放った声には言葉の通りに愉悦と、そして憤怒が込められていた。
 その憤怒は全て己が為の憤怒。まるで関係ない誰かにぶつけるただ一つの感情。
 声に呼応するように、“ドラグーン”は彼女に向かって高速で飛行し、そして―――その姿が変化する。
 その速度は正に弾丸。そして、その大きさは先程までよりも大きく、大きく、“5mを超える”サイズへと変化する。それは、モビルスーツ・プロヴィデンスが戦時中に使用していた“ドラグーン”そのもの。大きさも、見た目も、何もかもが同じモノ。

 ――――墜ちろ。

 ラウ・ル・クルーゼの仮面の下で邪悪な笑顔が咲き誇っていた。


 ――瞬間、リインフォースⅡは“それ”を索敵した。
 信じがたい速度で迫る巨大な―――少なくとも数m以上と言う馬鹿げた質量を感知する。

「はやてちゃん、下方より高速で飛来する物体があります!これは・・・!?」

 はやては咄嗟にリインフォースⅡが示した方向に向かって、防御魔法を展開――シールドを張る。
 さほど得意ではないもののどれだけかは持つだろうと思っていた・・・だが、飛来した物体がその勢いそのままに“放った”魔力弾を止めた瞬間、凄まじい衝撃が発生した。
 一撃だった。たった一撃でそのシールドは意味を失った。
 だが、彼女はその事実よりも目前に現れた物体――その姿にこそ驚愕する。

「ブラスタービット・・・・!?」

 驚くはやて。それはそうだろう。それは、“あの”高町なのはの切り札。ブラスターモード時に展開されるブラスタービットにどこか似ていたモノだったからだ―――だが、その大きさは比較にもならない。

 目前に現れたソレ。全長は5mを優に超えている。一見したところ自動車くらいのサイズがあると思って良い。そしてその先端に開いた穴から放たれる一撃の威力は比類なきモノだ。これまで、一度も“感じたことがない”ほどに。
 背筋に冷たいものを感じながら、現状、構築した全ての魔法を破棄し、八神はやてはその場を離脱する。
 だが、それはまるで自立した一基の兵器であるかの如く飛行し、はやてに近づく―――砲口は今も彼女に向けられている。緑色の光が灯った。

「次弾来ます!!」
「くっ・・・・!!」

 緑色の光刃が彼女がそれまでいた場所を突き抜けて行く。何発も何発も。
 避け続ける。声を出す暇すらない。彼女は逃げ続ける。ただ、ひたすらに。
 止まれば死ぬ。その事実に恐怖すら覚えながら。


『一基では足りないか。』

 上空で、はやてが必死に避け続けている様を見ながら、クルーゼは呟き、そして彼の背中に先程と同じように魔方陣が浮き上がり、そこからもう一基、這い出てくる。
 浮かび上がるは新たに一基の突起―――その名はドラグーン。

『さあ、踊ってくれたまえ。』

 新たに浮かび上がった一基のドラグーンが飛翔する。風を切り、八神はやてに迫る。
 先程と同じように駆け抜ける間に巨大化し、凡そ5mほど―――つまりはプロヴィデンスの背中に配置されていた姿に舞い戻っていく。
 放たれる光熱波。その致死の雨を放つ瞬間、彼は再び唇を吊り上げた。
 優美な口調とは裏腹の、どす黒い汚泥のような微笑みを。



 ―――新たに飛来した先程と同じカタチをした一基の巨大な突起。
 それが初めから彼女を追い掛け回した巨大な突起と連携し、囲まれた瞬間、はやてが考えたことはまず現状からの離脱方法。次に防御方法。最後にそれらに対する諦めだった。
 動きながら、けれど決して穴を生み出さない絶対の連携。
 それと同時に自身の上下左右前後の視界全てに回り込みながら放たれる魔力弾――確信は無いが恐らく魔力弾であろう―――の連撃。
 回避方法は無い。先程、防壁は一撃で壊れた。故に二撃と三撃と続けば、防ぎきれる道理は無い。離脱は無理だ。この包囲から抜け出るほどの速度を自分は生み出せない。
 ならば、殲滅魔法で一気に消し去る・・・構築や詠唱までの時間が足りない。考えるまでも無く不可能。

 結論は簡単に出た。
 眼前の巨大な二門の砲口に緑色の光が灯る。

(私、死ぬな)

 あまりにもあっけない結末。駄目で元々、そう思って残された時間で注ぎ込めるだけの魔力を全て防御に回し――視界が閃光で埋め尽くされた。


 爆炎がはやてを覆い付くし、クルーゼの方からは何も見えなくなる。
 だが、確かめるまでもなく、撃墜した。
 手応えを感じ取り、彼は彼女を撃ち落としたであろうドラグーンを此方に戻すことに決め、呟いた。

『終わったが。』
『さすがはラウ・ル・クルーゼと言った所か。では、戻って休んでくれたまえ。』
『・・・・そうさせてもらうとし―――』

 彼の背筋を寒気が走り抜けた。肌がざわついた。

「紫電」

 瞬間、クルーゼはその巨体に似合わぬ速度でその場から一瞬で凡そ3mほどの距離を飛び退く。

「一閃!!」
 次瞬、上空から振り下ろされた炎熱の剣が一瞬前まで彼がいた場所に激突する。
 赤い髪を後ろで縛ったその女性。それは八神はやての守護騎士であるヴォルケンリッター、シグナムとその愛剣である炎熱の魔剣レヴァンティン。
 自身を攻撃した者が何者か、クルーゼが認識した時、彼は自身のすぐ後ろに気配を感じた。反射的にその場から離れようとし、動きを止める。
 彼を覆う灰色の鎧―――その首筋に当たる部分に金色の刃が当てられていたからだ。

「抵抗はやめなさい。時空管理局のものです。」

 低く静かな声。そしてクルーゼの首に黄金の刃を押し当てる金髪の女性。
 八神はやての友人にして機動6課ライトニング分隊の隊長フェイト・T・ハラオウンだった。
 そしてそれから少しばかり離れた場所に槍を構えたエリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエ、彼女の使役する竜フリードが空中に浮かんでいる。
 彼らも油断無く、クルーゼを睨み付けている。

「動かないで。動けば、反抗の意思有りとして攻撃します。」

 フェイトが手に持つバルディッシュアサルトに力を込める。

「・・・・・・」

 上空を見れば、先ほど撃墜したと思った少女はまだ空に浮かんでいる。そこには赤い帽子を被り巨大なハンマーを持ったまだ幼女と思しき子供が、赤い魔法防壁――パンツァーガイストと言う古代ベルカの魔法だ―――を発生させている。どうやら撃墜には失敗していたようだ。

(失敗か。)

 周囲を一瞥する。
 一見しただけでは分からなかったが、自身の後ろにいる女と前で剣を構える女が最大戦力なのだろう。それから後方でこちらを見ている子供たち。
 そのどれもが通常の管理局員から見れば卓越した能力を持っていることは理解出来る。
 感じ取れる魔力量、構え、動き。
 だが―――そこには注意こそあれど、殺意など欠片も無い。

(不愉快なのは彼だけではない、か。)

 心中でのみ放たれた静かな、侮蔑。
 苛つく激情を、押さえ込み、クルーゼは、後方のフェイトからは決して分からないように仮面の下で嗤った。
 瞬間、クルーゼから得体の知れない鬼気を感じ取るライトニング分隊の一同。
 感じ取る感情は虚無。世界を侵食し、怖気を振るう腐食した虚無。
 周囲の空気が緊張する。その場にいる誰もが、次の瞬間に向け、緊張を高める。
 そして―――不意に、何の前触れも無く、“爆発”が起きた。

「え?」

 間抜けな声を上げたのは誰なのか。フェイトなのか、キャロなのか、エリオなのか。
 ラウ・ル・クルーゼは全身を微動だにしていない。“動いていない”。だが、突然、キャロとエリオの後方に緑色の光熱が降り注いだ。
 誰もがそちらに意識を奪われた。一瞬。ただの一瞬の意識の空白。
 だがウェポンデバイス・プロヴィデンス―――ラウ・ル・クルーゼにとってその一瞬は、長すぎた。
 間髪いれず背中に魔方陣が展開される。
 その中より現れる新たに三基のランス型の突起―――ドラグーン。
 瞬間、それが空中に疾駆し、先程と同じく巨大化していく。
 同時に付近の瓦礫の影から高速で飛来する二基のドラグーン。
 八神はやてを撃墜した時とは違い、その二つは既にサイズを元の大きさ―――およそ1mほどにまで小さくしていた。
 それが瞬時に巨大化―――先程と同じサイズへと変化する。およそ5mほどの大きさへと。
 緑光の雨が降り注ぐ。全員がその場から離脱する。

「踊れ、踊れ、踊れ、踊れ、踊れ踊れ踊れ踊れ踊れ・・・・・・!!!」

 クルーゼは逃げ惑う彼らを見ながら、狂ったように呟く。
 空中に浮かび上がり、背中から更に数基の―――今度は先程よりも小型の―――ドラグーンを射出する。
 ラウ・ル・クルーゼは八神はやてを撃墜した後、ドラグーンを収納していなかった。
 収納せず、ただ先程とは逆に“小型化”し、ビルの陰に隠れるように配置していたのだ。
 そこに魔力の流れは無い。何故なら、これは“量子通信”。厳然たる科学の通信手段―――魔力による操作ではないからだ。
 フェイト・T・ハラオウンがバルディッシュアサルトを構えた時、既に彼は配置を“終えていた”のだ。

「さて、まずは一組―――死んでもらおうか。」

 ラウ・ル・クルーゼの右腕が先ほどの蒼穹の鎧騎士の如く“再構成”される。生まれ出でるは黒く巨大な鋼の銃。それを――エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエに向けた。

「させない!!」

 ラウ・ル・クルーゼの後方―――そこには決死の形相で、弾幕を掻い潜り彼に迫るフェイト・T・ハラオウンの姿があった。
 魔法――ソニックムーブによる補助を受け、最高速度で彼に迫り黄金の刃を形成する鎌を振り被り、背後から奇襲する―――だが、

「そうくると思っていたよ。」

 ラウ・ル・クルーゼは振り向かずに呟き、その背中に再び魔方陣が生まれ出る。後に射出した凡そ3mほどの小型の―――とは言えそれでも小型車くらいの大きさはあるのだが―――ドラグーンが現出する。
 それは現れ出でると同時に、砲口を彼女に向かって狙いをつけていた。そして緑色の光が灯る。同時にエリオ、キャロの方向へクルーゼの手元の銃も緑色に光が灯る。

「っ――――!!!」

 フェイトは反応すら出来ない。突然、背中から出現したのだ。反応など出来るはずもない。
 エリオとキャロは辛うじて反応できた。だが、その状況で展開した防壁はその一撃を受け止めるにはあまりにも弱く、不完全なものだった。
 瞬間、放たれた光熱波は狙い違わず彼女に迫り、彼女自身が咄嗟に展開した防壁によって阻まれるもののその勢いを殺すことは出来ないまま、彼女の身体は後方の瓦礫の中に吹き飛んでいった。
 彼女に動きは無い。意識を失っていた。
 そして、それとは逆側。そちらを見れば―――同じくエリオとキャロも瓦礫の中に倒れこんでいるのが見えた。クルーゼが生み出した巨大な銃。そこから蒸気が立ち昇っていた。
 放たれた光熱波を受け止めきれずに吹き飛ばされたのだ。


「何と言う・・・」

 シグナムは驚愕していた。相手が使った武器の威力もだが、それ以上にその手腕に。
 一番初めの光熱波の雨。あれで全員を分断し連携する暇が無くなった。
 次にキャロとエリオを狙ったのはフェイト――もしくはシグナムを誘うため。
 そして無防備な背中を晒すことで好機と捉えた自分たちはそこに付け込む為に迫ると睨んでだ。
 わざわざ、言葉に出してからエリオとキャロを狙ったのはそこで砲撃をさせない為と自分たちの動きを直線的な動きに限定するため。激昂を誘い、無防備な姿を晒すことで無茶な攻撃を行わせる為に、だ。
 まんまとその罠にはまったフェイトは切り伏せるどころか、吹き飛ばされた。
 全て一分にも満たない数十秒のことである。

「・・・・貴様、何者だ。」

 レヴァンティンを構えシグナムは呟く。
 彼女にとってこの状況は流石にまずかった。隊長であるフェイトは未だに起き上がらない。恐らく気を失っているのだろう。キャロ、エリオは言わずもがな。
 状況は絶対的に最悪だ。眼前の化け物―――恐らく人間なのだろう―――と自身の相性は最悪に近い。
 空中を高速で飛行し光熱波を放つあの奇妙で巨大な突起。それを複数同時に操作しながらも自身の戦闘能力を損ねない単身の戦闘能力。

 一対一では勝てないだろう。踏み込めば後ろから狙われ、下がればその火力で押し流される。
 と言うよりもあの大きさ。あの巨大さの前ではそんな理屈など全て押し流される。この時ほど彼女は自身が握る愛剣が、か細く見えたことはなかった。

 負ける。まず、間違いなく。それが理性によって自己を制御した彼女の判断だった。
 そして、それは恐らく―――否、間違いなく正しい。
 故に目前の一挙手一投足をつぶさに見入る。相手は僅かな予備動作すら必要とせず、あの突起を動かした。
 対応するには読み取るしかない。僅かな動き。僅かな感情。何であろうと構わない。
 そこから次の動きを感じ取る以外に彼らが生きる術は無い。
 シグナムの額から冷や汗が一筋流れていく。張り詰めた帯電したような空気。
 そしてシグナムの前に立つ化け物―――ラウ・ル・クルーゼが口を開いた。快活な声で。

『目的――そんなものは昔から一つも変わらない。』

 右腕に携えた銃が構えられた。その砲口がシグナムに向けられる。

『八つ当たりだよ。』

 その言葉と同時に放たれた一筋の緑光。シグナムは動けない。
 彼女の後方には未だ意識を失ったエリオとキャロがいる。避ければ彼らの命は無い。
 逡巡など一切無く迷うことなく彼女波は瞬間的に全魔力を投入し、眼前に魔法防壁―――パンツァーガイストを展開する。

「―――はああああ!!!!!」

 咆哮と共に放たれた緑色の光熱波を、塞き止め、相殺する。
 緑と赤の光のぶつかり合いで生まれた爆風が辺りの埃を舞い上げ、一帯を覆い隠す。

『では、これでさよならだ、お嬢さん方。』

 声の調子は軽薄な薄ら笑い。ラウ・ル・クルーゼはその足元にいつの間にか生まれた魔法陣に吸い込まれていく。

「待て!!」

 シグナムは逃げようとするクルーゼに向かって飛び込み、レヴァンティンを振り下ろす。
 しかし時は既に遅く、彼女の姿は既にそこには無かった。空を切るレヴァンティン。

「おのれ・・・!」

 周辺を探索しようとシャマルに通信を送ろうとする――だが、繋がらない。ジャミングか?そう考えた時、シャマルの声が聞こえてきた。

「シグナム!はやてちゃんが!はやてちゃんが!」

 その声を聞いてはっと上空を見上げれば、ヴィータに背負われたはやてがいた。意識を失ったのかぐったりとしている。
 周辺の三人の意識は未だ戻らない。逃走を妨害することすら出来なかった。
 トドメを刺さなかったのはただの気まぐれか、それとも何か理由があるのか。
 どちらにしろ、見逃されただけに過ぎない。
 唇を噛み、悔しげにシグナムはレヴァンティンを収めた。

「・・・完敗か。」

 機動6課ライトニング分隊は、たった一人の人間に完敗した。


「どうやら終ったみたいですね。」

 上空ではやてが運ばれていく様を見つめるギンガ。
 その隣でシンは壁に寄り掛かり座り込むようにして上空を見つめていた。

 ―――シンとギンガは八神はやての指示に従い、その場から去って、駆けつけた108部隊と合流。
 子供を保護してもらった。シンは保護されたことを確認すると直ぐに現場に戻るべく走り出した。
 ギンガはそんなシンを確認すると直ぐに追いかけた。シンとて怪我人なのだ。
 両手は真っ赤に染まり、身体中埃や泥、何よりも血まみれだった。
 だから彼女はそんなシンを止めに行こうとしたのだが、シンはまるで言うことを聞かなかった。
 聞かなかったと言うよりは殆ど無視していた。

 そんなシンを見てカチンときたギンガは、無理矢理連れて行こうか、などと考えたがあまりにも真剣そのもののシンの顔を見るとそんな気が起こらなくなり、その横についていくことにした。

「・・・止めなくていいのか?」

 ギンガをちらりと見てシンは呟いた。
 ギンガはそんなシンに対して当てつける様に――実際そうなのだろうが――盛大にため息を吐いた。

「はあ・・・だってアスカさん、止まる気ないでしょう?」
「・・・いや、その」

 しどろもどろになるシン。申し訳ないとは思っているようだ。

「だから危険なことに直ぐ対応できるように私もついていくことにしました。」

 ギンガはそう言って前を向いた。シンもそれに釣られて前を向く。
 上空から間断なく放たれる八神はやての氷結魔法。
 火災は既に大部分が鎮火されてきており、これで事件は収束するだろう――ギンガはそう思っていた。
 ギンガがシンを止めなかった理由もそこに起因する。既に鎮圧されかけている事件なのだ。これは。
 だから何かあっても自分ひとりで事足りる――彼女はそう思っていたし、誰もが、そう思っていた。
 だが、そこで彼らは信じられない光景を見ることになる。
 凄まじい轟音が鳴り響き、下方―-おそらくどこかのビルの屋上より八神はやてに向けて、何かが飛来していった。
 二人は見た。ソレを。八神はやてに向けて飛んでいく「巨大な突起」を。
 その前で八神はやてはまるで無力だった。彼女は瞬く間に劣勢となり、そしてその「巨大な突起」がもう一基飛来した瞬間、爆発が起きた。

「くそっ!」

 それを見た瞬間、シンは居ても立ってもいられなくなり、走り出した。
 胸一杯の後悔と、一瞬でも安堵して彼女に――八神はやてに全てを任せようなどと考えた無力な自分に吐き気すら感じながら。

「ちょっと落ち着きなさい!」
 ギンガが走り出したシンを無理矢理に引き止める。

「離せ!俺があそこにいれば!俺が盾になれば!」
「貴方のせいじゃない!大体そんな身体で行けば死んでしまいますよ!?」
「うるさい!俺は、俺は、俺は・・・・くっ!?」

 いきなり、膝を付き、シンは嘔吐する。体力の限界を超えて、それでもまだ身体を動かそうと言うのだ。胃が拒絶してもおかしくはない。そして自分が吐いた物に顔を突っ伏し・・・・けれど、彼はそれでも前に進もうとする。

「く、そ」
「アスカさん!」

 ギンガはシンの吐しゃ物に触れることにも怯むことなく彼を無理矢理壁に押し付けるとそのまま、座らせ、休ませた。
 暴れる――暴れようとするシン。だが、今の彼にそんな力があるはずも無い。結局、息が収まる頃には八神はやては救われていた。

 そして今に至る。
 シンは上空で運ばれていくはやてを見つめている。悔しげに。

「何で、俺は、こんなに弱いんだ。」

 俯き、力なく呟くシン。ギンガは何も言わない。
 涙は流れない。声も出ない。だが、それでも彼は哭いていた。
 もう少しで八神はやてを死なせるところだった。
 彼女の言葉の通りに自分は死にたくないからと逃げ出した。
 残っていたところで確かに邪魔にしかならなかったかもしれない。だが、それでも弾除け程度にはなったはず。
 そんなことも出来ずに誰かを選んで、誰かを見捨てた。
 自分はそんなことして良い訳が無いのに―――

「・・・いい加減にしなさい!」

 突然、シンの頬が高い音を上げた。ギンガの右手が振り下ろされていた。
 続いてシンは自分の頬に痛みを感じ始める。
 ギンガに頬をはたかれたと気付いたのはその時だった。
 見れば、彼女は少し怒っていた。

「あの子を助けたのは貴方でしょう!もう少し、喜びなさいよ!」
「喜、ぶ?」
「そうです。貴方はあの子を助けたんでしょう?なのに、喜びもせずに悔やんでばかりで。それに誰も死んでない!皆、生きてます!貴方が悔やむ必要も、いじける必要も無いんです!」
「ナカジマ、さん?」

 声を荒げるギンガを見て、呆気に取られるシン。そんなシンの視線に気付いたのか、ギンガは、こほん、と息を落ち着けて彼女はシンを見つめる。

「貴方は守ったんです。あの子供を。もうちょっと喜びましょうよ。」

 泥と血と吐しゃ物で塗れた掌を開き、見つめる。

「そっか・・・・俺、守れたのか・・・・」

 血色を失い青白い顔。今にも倒れそうなほど傷ついたシン。だが、ギンガのその言葉はシンの胸にすっと染み込んで行った。

 ――守れた。
 その言葉だけでシンの中にあった後悔や悲しみ、自分を卑下する全てが消え去っていく。

「・・・よかったぁ。」

 満面の春の息吹のような優しい微笑みをシンは浮かべる。子供のように無邪気で綺麗な笑顔を。その表情を見て、ギンガは何故か心臓がドクンと高鳴った。端的に言ってズキューンと―――だが、そんな想いは次の瞬間消え去った。
 シンは心の底から安堵して、瞳を閉じた。そして、一つ緩やかに息を吐き出すと――彼の身体から突然力が抜け、ずるずると地面に倒れこんでいく。

「ちょっと、アスカさん!?アスカさん!!」

 青白い死人のような顔。ギンガの幾度もの呼びかけにもシンは答えない。
 緊張が緩み、それまでの無理が祟ったのだろう。
 意識を保つことなどまるで出来ず、シン・アスカの肉体から力が抜けていく。
 見れば、彼の身体中には痣や裂傷が数多く―――それこそ今まで普通にしていたことが信じられないほどに存在していた。

 ギンガは蒼白な顔をして、即座にウイングロードを展開。流血や吐しゃ物で身体が汚れることなど関係無しにシンを担ぎ、足元のパートナーに向かって声を上げる。

「ブリッツキャリバー!」
『Yes sir』

 爆音と振動を伴い、シンを担ぎギンガは急ぎ避難所に走り出す。少しでも速く、と。
 シン・アスカはそれでも目覚めない。疲れていたのだ。
 だから、彼の意識は落ちていく。闇へ、闇へ、暗闇の中へ―――。


 瞳に映るのは罪という名の追憶。
 金髪の少女が沈んでいく。冷たい水の底に沈んでいく。
 戦争という時代に翻弄され、戦いしか知らなかった心と身体を痛めた少女。
 もう誰にも傷つけられないようにと沈めた少女。
 彼女は今もあの湖のそこで眠っている――彼女は今の自分を見て何と思うのだろう。

 金髪の少年が苦しんでいる。命が短いと彼は言った。そして戦時中にあの少年は死んだ。混乱と悲しみの中で。
 そして自分は彼を殺した奴らの下で力を振るい続けた。
 弱者を守る為と言ったところで彼にしてみれば裏切ったも同然だろう。
 彼は自分に未来を託してくれたと言うのに。彼は今の自分をどう思うのだろう。

 焼け焦げた丘。散らばった肉体。残されたのは妹の右腕。助けられなかった家族。
 二度と繰り返したくは無い光景。
 それから戦った。戦い続けた。
 自分のような者をこれ以上生み出さない為にという理由を以って、考えるのも馬鹿らしいほど多くの人間の命を奪い去った。
 そんな今の自分を家族は一体どう思うのだろう。

 目を開くと、金髪の少年と金髪の少女、妹がそこにいた。
 ベッドに眠る自分の両脇に立ってこちらを見下ろしている。
 恨んでいるのか。憐れんでいるのか。そう思ったが彼らは何の反応も示さない。
 その瞳はとても悲しげで・・・自分にはまるで泣いているようにしか見えなかった。
 どうして泣いているのだろう。どうして悲しいのだろう。
 それがどうしても自分には分からなかった。
 見詰め合うこと暫しの間。気がつけば、彼らの姿は消えていた。
 そこにあるのは守れなかった誰かではなく、見たことも無い天井だった。

「・・・夢か。」

 シンは眼を覚ます。電灯が消えていることから時間は夜なのだろう。
 ベッド脇にはギンガ。そしてシンの隣には八神はやてが眠っており、更に奥には金髪の女性と赤い髪の子供と桃色の髪の少女がいた。あの戦いで怪我を負った人間なのだろう。
 彼らの前には、シンよりも少し年下に見える青い髪と栗毛の少女が二人、幼い赤毛の少女、気の強そうな赤毛の女性、おしとやかそうな金髪の女性が肩を寄せ合ってベンチに座って眠っていた。
 その下には犬が寝そべって――

(何で犬?)

 その犬は大きな犬だった。どれくらい大きいかというと「抱きつかれると重くて死にそう」という程度。 まあ、病院側が了承したならいいんだろうと考えシンは犬から眼を離し、ベッドに寝そべる。視界にあるのは薄暗い天井。

「やりたいこと、か。」

 呟き、自分は何を迷っていたのだろうと思った。やりたいことなど決まっている。誰かを守ることだ。
 それはこの世界だろうとあの世界だろうと変わらない。
 どちらの世界にも変わらず、理不尽で横暴な不条理は存在する。それに苦しめられる人々もいる。
 何のことは無い。世界が変わっても人は変わらないのだから。
 今日見たあの光景などまるで同じだった。自分のいた世界と何も変わらない。
 だから、自分の願いも変わらない。何一つ変わらない。

 ギンガに言われ、あの子供を守ることが出来たと自覚できた時、自分は救われた。
 暗闇の荒野に少しだけ晴れ間が見えたような気がした。
 自分にとって人を守ると言うことはそういう――ただ自分の為に、行うことだった。

 だから、これは覚悟や決意ではない。これは願いだった。
 シン・アスカという男にとって、何よりも優先される唯一の願い。

 だから、彼の進むべき道など初めから決まっている。
 彼にはもうその道しか必要ないのだから。

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