FC2ブログ
空想垂れ流し SS

疾風怒濤 第一話「そうして女は道を踏み外す」 その1

 ――新暦89年。全次元世界は混沌の中にあった。
 全次元世界にて頻発するガジェットドローンの群れによる襲撃。
 14年前に起きたJ・S事件によって世間に知れ渡り、二度と現れないはずの機械兵器の出現は世界を簡単に混乱に陥れた。
 “どこからともなく現れる”機械兵器――質量兵器。
 恐怖の対象としては十分だろう。
 何しろ、絶対に自分が安全だと言う保障などどこにもないのだから。けれど、これだけなら混沌とまでは行かない。
 “どこからともなく現れる”ことが恐怖なだけで、一般人にとって“魔導師によって倒される存在”でしかないガジェットドローンに対する恐怖はそこまで強くは無いからだ。それが真実かどうかは別として――それだけなら、世界に混沌など渦巻くことは無い。

 問題は、この同時期に活性化し始めたあるテロ組織だった。
 ――聖王原理主義。
 現在では堕落してしまった聖王教会の秩序を正そうと言う、いわゆる減点主義とも呼ばれる運動である。
 その中の一派――ミッドチルダ解放戦線。
 元々過激派とは言え規模は小さくとても“世界に仇為す”ような組織では無かったミッドチルダ解放戦線はいつからか常軌を逸したテロ行為に走るようになる。

 それは――果たしてテロリズムであるかどうかすら分からない。
 暴力的行為を行い、その結果――例えば自爆テロによって引き起こされる死屍累々と言った惨状を見せつけることで、特定の政治的な目的を達成しようとする――それがテロリズムの定義である。
 恐怖による社会への心理的重圧を行い、それによって社会をコントロールしようとする。

 7月7日。第97管理外世界の日本と呼ばれる国において、七夕と言われる日。
 全次元世界にて人間が“消失”した。“消失”した人数は合計するときっかり“百万人”。
 百万人という途方もない人間――それも次元を隔てた幾つもの管理世界で“同時に消失”したのだ。
 ある者はコーヒーを飲んでいる最中に、ある者はテレビを見ている最中に、ある者は夕食の最中に、ある者はニュースを報道している最中に。
 誰が見ていようと見ていまいと関係無く、無慈悲に、無常に、機械的に、定められた運命の如く――“百万人が消失した”。
 消失した人間は一年後――翌年の7月7日に帰還する。
 消失した時と同じ場所、同じ時間に、瞳孔を見開き恐怖に怯えた表情の口元から血を流して、物言わぬ肉塊――死骸と成り果てて、彼らは発見された。
 
 “百万人が殺された。”
 史上初とも言って良い、その事実に動揺する時空管理局に向けて、ミッドチルダ解放戦線が出した声明は、“堕落した世界を正常なる青き世界へ。これより我らは世界の浄化を繰り返す”。
 “繰り返す”――その言葉の通りに、消失した人間の死骸が発見された日から一年後。即ち良く円の7月7日。

 ――再び、百万人が消失した。そして翌年また死骸が発見された。
 繰り返される大規模の殺害。
 過去、類を見ない虐殺事件として、それは大きく世界に揺らすことになる。

 騒然とする社会。
 恐怖によって社会に心理的不安を与えるというテロの定義からすれば、それは史上最も成功したテロリズムとも言えるだろう。
 
 それは、その失踪にミッドチルダ解放戦線が関係していると言うこと――なのだろう。少なくとも誰もがそう考えた。
 世界は混乱し――その時期がガジェットドローンの襲撃と同期していたことも、また混乱に拍車をかけた。
 ミッドチルダ解放戦線はガジェットドローンの制御技術を手にしたのだ、と。
 ジェイル・スカリエッティの遺産を手にしたのだ、と。
 事実がどうかは誰にもわからない。
 “消失の日”――7月7日のことをいつしかそう呼ぶようになった――についてもそうだ。彼らは何も知らない。
 捕まえたとしても末端の構成員であり――彼らの首魁足る指導者は捕まらない。
 彼らの指導者――ヒストリアと呼ばれる男は、誰にも何も語っていない。
 
 どちらにせよ単純明快な――指導者の解釈によって変わる“堕落”を正すと言う正義の元に動くのだから、その動きは実に苛烈だ。
 単純明快だからこそ簡単に暴走し、狂信的――狂っているとも言える彼らの活動は凄惨を極めていき、その後発覚する真実は更に彼らの恐怖を演出する。

 恐怖――テロリストとして捕まった人間達の“経歴”。
 殆ど全ての人間が、それまでテロ行為とは無縁の人間ばかり。
 親族縁者をどれだけ探してもテロリストになろうとする動機など見えてこない。
 友人、恋人、ありとあらゆる人間関係を洗い出してもまるで何も見えてこない。
 不気味な、どこからか突然現れるテロリスト。
 恐怖とは未知――理解し難いモノからこそ生まれる。
 どれだけ尋問を行おうとも誰も口を割る事は無く、
 どれだけ身辺を調査しても彼らがテロリズムに走る経緯は見えてこない。
 それはまるで――ある日何かに“取り憑かれた”としか形容できない豹変だった。
 通常、テロリストになる人間には背景が存在する。
 愛国心。好奇心。復讐心。
 数え上げれば切りが無い背景。だからこそ身辺を探れば必ずテロリズムに共鳴した“理由”が無ければおかしい。
 彼らにはそれが無い。
 無論、組織の全てではない。中には理由がある者もいるが――それは全て古参のメンバーであり、主要なテロを起こした新参ではない。

 演出された恐怖。
 動機の無い暴走。
 突然起こる失踪。

 世界に、緊張が走る。
 何が起こる訳でもないのに人々は漠然とした恐怖を感じていく。
 別に彼らが狂信的な行為を年中行っている訳では無いが――“起こってしまった”からこそ人は怯えるのだ。
 
 次は自分が犠牲になるのではないのか――と。

 疲弊して行く全次元世界――疲弊していく時空管理局。
 少しずつ少しずつ荒んでいく世界。
 少しずつ少しずつ狂っていく世界。

 ――世界に血と硝煙が満ちていく。

 歯車は回る。
 狂気と言う名の歯車が回り続ける。
 転生と言う名の歯車が回り続ける。
 
 物語は――そうして、荒んでいく世界の片隅で始まる。

 ――これは運命に翻弄されながらも、抗い続ける一人の男の物語。
 


「なんて目つきの悪さよ、こいつ。」

 昼間に受け取ったまま読めずに放置していた報告書を読みながら女が呟いた。
 オレンジ色の髪を後頭部のあたりで一つにまとめている。
 特徴的なのはその瞳。藍色の強い意志を秘めた瞳が輝く。

 女の名前はティアナ・ランスター。年齢は29歳。時空管理局執務官である。
 ティアナ・ランスターが再び報告書に目を通す。

 右上につけられた写真。瞳の色は黒。釣り上がった瞳と白髪交じりの黒髪。
 それなりに整った顔立ちは本来ならその男を真っ当な人間に見せるだろうに、悪すぎる目つきと年齢に似合わない髪のせいで、あまり関わりたくない人種に見せている。
 10人いれば8人はこの男を避けて通るだろう。

 男の名前はランド・クルーガー。出身はミッドチルダ。秘匿事項と判子が押してある部分を眺める。
 書かれているのは彼の境遇――彼女の顔が僅かに歪む。

 年齢は15歳。魔導師ランクはDランク。
 数年前に起きた空港火災――ミッドチルダ解放戦線によって引き起こされた第一のテロの被害者であり、その唯一の生き残り。
 その際に四肢を失い瀕死の状態だった所を、ある技術によって彼は一命を取り留め、今に至るまでを現在所属している陸士301部隊にて過ごす。

 彼の命を救ったある技術――それは戦闘機人技術を応用して作られた機械義肢。
 それまでは魔法などとはまるで関係ない一般人だった彼は、それ以来、機械義肢を扱う人造魔導師として管理局に身を寄せているという。
 恐らく、管理局で現在“合法”として認められた唯一の人造魔導師。
 そのやり方も強引なもので――正直、殺伐としてきた昨今でなければ決して認められるものではなかっただろう。

「……今度の現場は本当に厄介そうね。」

 呟き、椅子に腰掛け、机に置いてあるコーヒーに口をつける。苦味で顔が歪んだ。
 どうやら粉を入れすぎたらしい。吹き出しそうになるのを我慢し、コーヒーを机に置く。
 ここで吹き出して机の上に広げられた書類をコーヒー塗れにするのは最悪すぎる――誰も周りにいないことを確認し、安堵する。

 名うてと噂の執務官もコーヒーを吹き出すのだ――そんなかなり嫌な噂が立つのはかなり忍びない。というか泣きたくなる。
 ごく稀に誘われる合コンに行くたびに「あ、コーヒー吹き出したランスターさんですね!」「あれが噂のコーヒー吹き出す……」「凄く……茶色いです」などと言われようものなら正直その場の全員の頭を冷したくなる。こう、物理的に。

「……やめよう、これ、ホントに不毛すぎる。」

 頭が悪すぎる妄想を振り払い、椅子から立ち上がる。背もたれにかけていたジャケットを肩にかけ、歩き出す。
 時間は既に2時。そろそろ眠らないと明日に響く――ついでにそろそろ曲がり角を越えそうな自分の肌や、心なしか最近たるんできたようにも思う脇腹や腹部にも。

「とりあえず、今度はまともに眠れ……る訳無いか。」

 溜め息を吐きながら、その場を去っていくティアナ・ランスター。窓から見える空を眺めながら、報告書の事を思い出す。これから自分が行く職場の名前を。

「陸士301部隊……どんなところなのかな。」

 子供っぽい口調。大人特有の疲れの隙間から見える幼さを出しながら彼女が言葉を紡いでいく。
 陸士301部隊。“戦闘用”機械義肢の使用者が配属される実験部隊。
 配備されている場所はミッドチルダ東部「シュツルムウントドランク」――通称シュツルムと呼ばれる一地方都市。
 彼女がこれから向かう場所であり、彼女がこれから協力を要請する部隊であり、現在ミッドチルダで起きている“後天性戦闘機人”及び“機械兵器”を用いて世界に仇為すテロ組織“ミッドチルダ解放戦線”の拠点の一つだと言われている都市である――未確認ではあるが。
 
 そこで彼女はこれから人生を踏み外す――落とし穴と言うよりも断崖絶壁からのロープ無しバンジーとでも言うべきほどに。
 自らの足で、人生と言う道を踏み外す。

 ――これは、ある一人の男と、その男に人生を狂わされる一人の女の物語。


 運が悪かったのだろう、と思う。
 学生の内に世界をその眼で見てこいという父の言葉と元々自分でも一人旅と言うモノに憧れを持っていたからか。
 20歳になったその年、自分は生まれて初めての海外旅行を行うことになった。

 出発する空港では父と母に送り出され、母は初めての海外旅行が一人旅であることにえらく心配していた。
 父はまるで心配する様子もなく――今、思えば内心では心配していたのかもしれない――自分を送り出した。

「それじゃ、行ってくる。」
「ああ、気をつけて行ってこい。」
「■■■、生水とか飲んだら駄目だからね?」
「ああ、わかってるよ、母さん。」
「お兄ちゃん、本当に気をつけてね。」
「分かってるって。」

 いつまで経っても親離れの出来ない母と兄離れの出来ないだと嘆息しながら返答した。
 父はそんな自分と母、妹の様子を笑いながら見ていた。
 アナウンスが鳴り響く。出発を告げる声。行先はアメリカ。

「じゃ、行ってくる。」
「ああ。」
「■■■、気をつけてね。」

 背中にリュックサックを背負った時、妹から声がかかった。

「……お兄ちゃん、帰ってきたら――ううん、やっぱりいいや。」
「? よく分からんが分かった。それじゃ、行ってくる。」
「うん、行ってらっしゃい、お兄ちゃん。」

 そうして、自分はその場を後にした――はずだ。
 はずだ、というのは記憶が朧気だからだ。それは、今となっては15年前――自分が“この世界”に来る直前の光景。

 母の顔は輪郭程度にしか思い出せない。父の顔も同じく輪郭程度。妹の顔も似たようなものだ。
 声は覚えているが、それすら自分自身の想像が入り込んだ空想の声でしかない。本当に両親の声がそんな声だったのか、なんて“覚えていない”。
 記憶はその時を境にして途切れている――次に見えるモノは、視界を染める紅と聞こえてくる阿鼻叫喚。

 意識が閉じる寸前まで聞こえたモノ――狂ったように叫ぶ人の声。
 何を叫んでいるのかも分からない。自分も何かを叫んでいたのかもしれない。
 津波のように押し寄せる音の群れ/叫び声。加えて何かの破裂音も同時に聞こえた。聞こえる毎に叫び声は大きくなる。

 阿鼻叫喚。地獄と言うモノがあるのなら、その場所がそうなのかもしれない。一切の希望が無い真っ黒な絶望。
 破裂音が鳴り響くごとに声は大きくなる。大きくなった声に誘われるように破裂音が繰り返される。

 そして、振動と轟音が大きくなる。また破裂音。叫び声。流れ作業のように延々と繰り返されるその動作。
 頭の中は真っ白で何も考えられない――今となっては覚えてもいない。
 自分が“死ぬ”瞬間の記憶など覚えていたくも無いから、頭が勝手に忘れさせようとしていたのかもしれない。
 そして、全ての音がそれまでで最大に高まった時、これまで聞いたこともない音が辺りに響いた。

 その音を何と形容すればいいのだろう。
 樹木が倒れる音を数百倍に高めたモノとでも言えばいいのか。
 車と車が激突する音を数百倍に高めたモノとでも言えばいいのか。
 一番似ているのは――昔、テレビで見た、古くなったビルを解体する為に行われる爆破の音。

 そして、世界が黒く染まった。
 テレビの電源を切るようにそこで意識は途切れた。

 ――“切り替わる”。

 気がつけば――自分は暗闇の中にいた。光一つ通さない、自分が目を開けているのかどうかすら分からない真の暗闇。
 どれほどの年月をそこで過ごしたのかは分からない。いや、あれを過ごしたと言っていいものか。
 暗闇と言うモノを人は恐怖する。暗闇は人の想像心を刺激し、ありもしないものをでっち上げて勝手に恐怖させるからだとか。
 目を開けていることすら分からない無音の暗闇。自分の呼吸の音すらしない無音。

 けれど、不思議とその場所に恐怖は無かった――と言うよりも思考することすらしなかった。
 真っ白で何も考えられない漂白した思考のまま、自分はそこにいた。
 口を開くことも、目を閉じることも、眠ることも、全てを忘れたようにそこに居続けた。
 死んではいない――生きている。ただ、何も考えずに人形のようにその場所に佇み続けた。
 考えることは何も無い。
 何も考える必要も無い。

 というより、考えることも出来なかったのだと思う。
 思考する力すら無かったのか、あるいは、思考する力と言うモノを奪われていたのか。
 どちらにせよ、その時の自分はただその暗闇に佇んでいた。そして――光が見えた。
 暗闇に差し込む一筋の光。蜘蛛の糸のような細い光。
 自分はそこで立ち上がった――それまで座り込んでいたことにそこでようやく気付いた。
 とぼとぼと歩く。光に向かって、光が差し込んでくる方へと。
 何故歩いているのかは分からない。ただどうしてもその光の元に向かわなければならないと言う渇きを感じる。

 渇き――そう、“渇き”だ。
 喉が渇くなどという意味ではなく、漠然とした、もっと漠然とした、それでいて強大な渇き。
 その光に近づけば、その光に手が届けば、その光に触れられれば、その渇きは満たされる。
 その光が何なのかを考えることなどまるで出来ない、渇き。

「はぁ……はぁ……」

 口が渇く。涎が垂れる。
 眼が虚ろに、意識は虚ろに、視界が霞む――五感が戻っている/気付かない――渇きに侵されて何も気づかない。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 ただ乾く。その光に近づくごとに渇きが酷くなる。
 幼少のころ、腹を空かせた時を思い出す。
 食事時が近くなればなるほどに空腹が大きくなっていくこと。
 獲物にありつけば満たされる――満たされた瞬間の快感は獲物に近づけば近づくほどに大きくなる。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 光が近づく。瞳が見開いた。背筋が総毛立つ。唇がつり上がる。鼻孔が開いた。
 知らずそれは微笑みを形作っていく。獰猛な肉食獣の嗤いを。

「あ、あ、あ、あ、あ」

 息を切らすことすら、忘れて、没頭していく。
 光に触れることに、光に近づくことに――それ以外の全てが真っ白に掻き消えていく。それでも渇きを満たす為に、突き進む。

「ああああああああ」

 光に――触れた。僅かな満足。まだだ――まだ、満たされない。
 更に進む。進む。進む。
 進むごとに満足が満ちていく。同時に満たされないと言う渇きもまた生まれる――そして、自分が何か別のモノに変わっていくという満足。
 触れるごとに、近づくごとに、自分が違うモノになっていく。変わっていく。変わり果てていく。

 ■■■と言う名前が消えていく――もう思い出せない。
 顔を忘れる。父の顔、母の顔、友の顔、大切な誰かの顔。
 記録が消える。自分が“何”だったのかすら消えていく。
 混ざり込む。混ざり込む。混ざり込む。
 光に誘われてやってきた多くのナニカ――火の玉のようにゆらりゆらりと揺れるソレらと混ざり込む。

 混ざり込む。名前が、記憶が、感情が――人生が混ざり込む。
 寿命を全うした老人がいた。
 首を吊って自殺した壮年の男がいた。
 不倫の果てに殺された女がいた。
 通り魔に刺されて死んだ男がいた。
 火事で焼かれて死んだ青年がいた。
 階段で転んで死んだ少女がいた。
 プールで溺れて死んだ少年がいた。
 交通事故で死んだ幼女がいた。
 生まれてすぐに死んだ赤ん坊がいた。

 記憶と記憶がぶつかり合って砕け散る。
 壊れていく記憶と人格の奔流。
 その中で自分だけは生き残ろうと強く雄々しく逞しく―――何よりも“浅ましく”互いを壊して奪い合うニンゲンども。
 その輪の中で自分も荒れ狂い暴れていく。壊していく。奪って行く。
 
 顔を砕き/砕かれ、
 肩を砕き/砕かれ、
 腕を砕き/砕かれ、
 足を砕き/砕かれ、
 渇ききった田んぼのように罅割れて壊れていく/壊されていく。

 そして――暗転。
 しばし後。時間の感覚は無い。
 そう言った全てが消え去って真っ白になり果てて――自分は二度目の産声を上げた。
 二度目の産声は、高らかに、見知らぬ真っ青な空に消えていく。
 空は――気の遠くなるような青だった。
 
 転生と言う現実。
 馬鹿げた世迷言。
 死後の世界からの生還――或いは再誕。
 そうして自分はここにいる。
 魔法と言う非常識が闊歩する異世界に。
 この――クソッタレな異世界に。
 

 目が覚めれば、自室――見知った天井が視界に映り込んだ。
 ベッド脇に置いてある目覚まし時計に目をやる――7時。毎日の起床時刻。目ざましのベルが鳴り出す前にスイッチを切って、起き上がる。

 こんこんと扉を叩く音がした――声を返す暇もなくドアノブが回され、扉を開けて、年若い少女が入ってきた。
 後頭部で一つに纏めた長い栗色の髪と人懐っこい大きな目が特徴的な少女。年齢は自分と同じ15歳。
 この街に住むようになってから――というか、今の部隊に配属されてから、ずっと一緒にいる少女。
 名前はスー・プラッタ。どこかの先住民族みたいな名前だが、本人は生粋のこの街――シュトゥルムウントドランク出身だとか。

「……おはよう、スー。」
「あ、もう起きてた?」
「何となく……ね。眼が覚めたんだ。」
「そっか。それなら朝食一緒に食べない?もう作ってあるんだけど。」

 親指で自室の方向を指さしながらスーがそう言った。
 同じ年齢なのに年上だと錯覚するような、大人びた声――意味合いで言えば自分も変わらない。少なくとも精神年齢は目の前の彼女よりもはるかに高いのだから。
 そんなことを思うのは、この人生に慣れ過ぎたからか。

「ああ、今行く。いつも悪いな。」
「気にしなくても良いわよ。 一人作るのも二人作るのも一緒だもの。」

 そう言って、扉を開けて部屋を出ていくスー。何も変わらない、いつも通りの日常。
 この部屋に住むようになってから、ずっと続く日常のヒトコマ。
 窓の外を見る。曇天の空からは雨が降っている。
 土砂降りの雨――ガラス戸を叩く音が耳障りで嫌になる。
 自分の名前はランド・クルーガー。年齢は15歳――精神年齢“35”歳。
 ここはミッドチルダと言う名の“異世界”。
 殺された自分が迷い込んだ異世界だった



 記憶を持ったまま、生まれる赤ん坊。
 馬鹿げた空想だと思っていたが、自分がそうなるなら別の話だ。
 一度目は散々な人生だった。物事は終わりよければそれで良しと言うが、終わりが悪ければ全てが悪い。
 自分の最後は――正直、しっかりと覚えてはいないが――多分飛行機をハイジャックされて墜落した。弾丸も何発か食らっていた。

 気がつけば生まれ変わって、生きていた。夢物語よりも現実味がまるで無い。
 ここは異世界ミッドチルダ――魔法という異常識が常識として闊歩する不思議な世界。

 自分の知る地球とは違う世界。そのことを知ったのはある3歳くらいの頃だった。
 3歳ほどになれば周辺の友達と遊ぶことも多くなる。自分の家の中よりも広い世界を知るようになる。
 保育所に行って友達が出来て、その友達の元に遊びに行って――そんな矢先、友達の家の近所で強盗が起きた。
 魔法を使った犯罪。そこで起きた犯罪者と警察の“魔法”を使った戦い。
 その時、この世界と前の世界の最も大きな違い――魔法の存在を知った。
 魔法。魔力と言う因子を介して術式によって現象を確定させる技術。
 極められた科学は魔法と同義だ――どこかの本に書いてあった嘘っぱちは本当なのだとその時、思い知らされた。
 自分に魔法が使えないと言われた時は酷く落ち込んだ。
 生まれ変わった自分――特別な自分。
 心は中途半端に大人だからこそ、具体的な空想が出来て、特別な――それこそテレビアニメのようなヒーローにでもなれると思っていた。

 実際、神童とも持て囃されていた時期があった。
 生まれて直ぐに喋ろうとしたり、動き出そうとすれば、親や周囲がそういった期待を抱くのも当然だし――自分自身そういった新たな人生にワクワクもしていた。
 新たな人生。
 以前の人生を忘れることなど出来ないが――ぱっとしなかった以前の人生よりも目の前の現実の方が魅力的なら、誰でもそちらに集中して行くものだ。過去とは忘れられていくものなのだから。
 そうして、期待に期待を重ねて自分自身が選ばれた者だなどと錯覚した末に――魔法と言うモノの適性が無い、と言われた。

 だから、それを聞いた時は酷く落ち込んだ――とは言え、この世界においては魔法を使える者の方がはるかに少数派だから、それほど何の問題も無く過ごしていった。
 魔法を使えない人間は魔法を使わない人間と接する機会が多い――というか、魔導師と接する機会など殆ど無いと言って良い。
 実際、一般の人間にとってテレビやニュース、新聞の中でのみ魔導師は存在しているようなものでしかない。
 人数はそれなりに多く存在しているが、一般人と関わりが無いと言う点においては、プロスポーツ選手――或いは芸能人が一番近いだろう。
 兎にも角にも、一般人にとって魔導師とはそれほどに遠い存在だ。世界が違う、と言っても良い。
 同じく自分も世界が違うと思っていた。
 一生関わり合いになることなど無く一生が終わっていくと思っていた。
 それを、つまらないも感じていた。
 新しく始まった一生を、そんな詰まらない――当たり前の人生になってどうするのだと。
 転生したと言う事実が、あの頃の自分を増長させていたのだろう。
 自分は特別で、きっと何かを為す為に生まれ変わったのだと、そう思い込んでいた。
 盲目的に――馬鹿みたいに。
 結果的にそれは“正しかった”。

 ――爛々と燃える業火。天を燃やす篝火。隻腕のまま立ち尽くす己。拳は真っ赤に染まり、顔も同じく紅い化粧を施した、化物装束。

 ずきん、と痛みが走った。
 思い出したくないことを不意に思い出したせいで、発生する頭痛だ。

「……。」

 そんな昔のこと――今から数えるともう10年近く前のことを思い出しながら、ランド・クルーガーはタバコに火をつけた。
 短く切りそろえた黒髪。
 端正な――けれど、やる気の無さと言うものが充満する表情。
 口に咥えた煙草を、ただ習慣の如く無造作に吸っていく。
 肺に充満する健康を害する煙の味は旨くも無いが、吸わないと味気が無い――そんな年齢に似合わないことを考えながら、空を眺めた。

「……。」

 眺めた先にあるものは曇天の空。
 今にも雨が降ってきそうな――絞る前の雑巾のように、濁った水が溢れ出しそうな空。
 喫煙室に据え付けられたベンチに腰を掛けている。
 喫煙室と言っても、完全な密閉空間という訳では無くプレハブ小屋の中に灰皿が置いてあるだけ。最近、流行の分煙と言うモノではない単なる休憩所だ。
 他人の眼さえ気にしなければ、隊舎の中で吸ってもお咎めは無い――咎めるような人間がそもそもいない。
 怠惰な自分にとってはうってつけのサボリ場所――子供ならば喜ぶかもしれないが、精神だけは無暗に成熟してしまった自分にとっては針のムシロでしか無い場所だった。

 時は新歴89年。
 場所は陸士301部隊隊舎。
 それほど時間も金も掛けていないと一目で分かるコンクリート造りの建物。
 元々は養護施設だったらしい――随分前に潰れたとか。潰れた理由は老人虐待がバレたから。よくある話だった。

「……。」

 咥え煙草のまま、紫煙を吐き出し、両手首を撫でる。
 不意にプレハブ小屋の扉が開いた。

「煙草は吸うなと言ったんだがな。」

 扉から現れたのは女性――ラクティス・アロマと言う自分の主治医だ。
 金髪碧眼。可愛いというよりも綺麗と言った方が正しい顔立ち。細い脚と細い腰。その細さに反比例するように突き出た胸と尻。
 滲み出る退廃的な美しさをこれ見よがしに振りまきながら、彼女は自分の隣に腰かけた。
 今日の服装はいつも通りのジーパンとTシャツという普段着に白衣を引っかけただけのラフな格好。ちなみに、時折下着姿に白衣と言う格好でうろついていることもあった。
 懐からシガレットケースを取り出し、煙草を咥え、オイルライターで火を付けた。
 銘柄はラッキーストライク。女性が吸うにしては少しキツい銘柄だが、彼女が吸うと何とも様になっている。

「成長が止まるぞ……身長、まだ伸ばしたいだろう?」
「これだけあれば、十分ですよ。」

 いつも通りのやり取り。
 やめろと言う彼女とやめないという自分。
 昔に見た青春ドラマ――熱血で昔気質の生徒指導の先生が不良を更生させていくと言う内容だった――のようなやり取り。
 内実は、そういったドラマとはかけ離れているが――傍から見れば似ていると思う。

「早死にするぞ。」
「……それなら、いいんですけどね。」

 彼女の声が少しだけ深刻そうになる。
 早死にする――文字通り、寿命が短くなる。
 煙草は一本吸うごとに、寿命を縮めているのだとか。
 何度注意しても煙草を吸うのをやめない自分に向けて、ラクティスが以前言った言葉だった。
 その時は煙草を吸い過ぎて死んだ人間の肺の写真を見せてもらった。
 ピンク色の肺が、タバコのニコチンやタールで真っ黒に染められて汚れきっていた。
 
 それを見て――何故か嬉しかったことを思い出す。
 煙草を吸うと言うことは自殺するということに限りなく近い。
 一歩一歩、自らの意思で死へ向けて足を踏み出していることに他ならない――煙草を吸う事で死に近づき、そうしていつかは死に至る。
 そんなことは誰だって知っている。
 煙草は身体に悪い。寿命を縮める。
 だが、改めてそう言われて、嬉しかった。楽な死に方――苦しくない自殺の方法を見つけたような気になって。

 ――実際は、そんな簡単に人間は死なない。煙草を吸っているからと言って寿命が半減する訳でも無い。後になって冷静になってみると酷く浅はかな考えだと気付いた。

「煙草吸ってるだけじゃ、中々死なないもんですよ。」

 吸っていた煙草の火を人差指と親指でもみ消し、灰皿の中に放り投げた。
 熱さは感じない――感じるような“機能”は元々ついていない。

「あまり無茶をするなよ。煙草程度なら問題は無いが――その“手”だって限界はあるんだ。」
「分かってますよ。」

 その“手”、と彼女が言った、ランド・クルーガーの手。
 二の腕の中腹に存在する銀色の継ぎ目に触れる。人肌の中にあって異質な銀色――機械の色合い。
 機械義肢――脳に埋め込まれた超小型のチップ型デバイスによって、まるで“自分の手足”のように動かすことの出来る、未だ実験段階の最先端の義肢である。
 自分の場合は両手両足が義肢となっている。それに加えて身体の中も機械に差し替えられた部分がある。
 機械と人間の混ざり物。人間もどきなのか機械もどきなのかすら曖昧な存在。

「煙草のせいでその手足が動かなくなると言うことは無いが、少しは自重しておくんだ。」

 紫煙を吐きながらそんなことを言う。煙草を吸いながら言われても説得力は皆無だった。

「吸ってる人が言っても説得力無いですよ。」
「……それとこれとは別問題だ。」
「……まあ、どっちにしてもやめる気は無いですけど。」

 そう言って、二本目の煙草を咥え、火を付けた。
 彼女に対する当てつけのように吸い出した自分を見て、彼女は溜め息を吐いた。
 当てつけという気持ちはなく、ただ吸いたかっただけだが――別に彼女ではなく、全く煙草を吸わない人間に言われたところでやめる気は無かった。
 吸わない人間に言われたら、吸ってない人間に吸ってる人間の気持ちなど分からない、とそう言っている。
 単なる屁理屈でしかないが――実際、吸う吸わないは個人の責任なのだから、放っておいて欲しい。
 子供のような考え方だとは思うが、それが正直な気持ちだった。
 そうこうしている内に、二本目の中ほどまで吸っていた。
 落ちそうになっている灰を灰皿に落とし、また咥える。

「……相変わらず吸うの早いな、お前。」
「吸ってないと口元寂しいんですよ。」
「子供の言うことじゃないぞ、それは。」

 呆れるラクティス――本当にその通り。子供の言うことじゃない。
 どちらかというと、これは10代の思考ではなく、30代前半から後半――もう顔も思い出せないくらいに朧気になってしまった“一回目の父親”がそんなことを言っていた気がする。
 今の自分とはもう血も繋がっていないし、顔も覚えていないけど――それでも似ていくものなのだろうか。そんな益体も無い考えが思いついては、消える。

「……」
「……」

 喫煙室に満ちているのは沈黙だ。
 ランドも、ラクティスも無言で紫煙を吸い込み、吐き出す。
 じじじっといつの間にか煙草の火がフィルターを焦がしていた。

「……っと。」

 手の中の煙草を見れば、すでにフィルターの部分にまで火が迫ってきており、今にも灰が落ちそうになっていた。
 灰がこぼれないように煙草を灰皿のところにまで移動し、押しこんだ。

「そろそろ時間じゃないのか?」

 本当に唐突に、何でもないことのように、ラクティスが呟いた。
 時間――それが何の時間なのかなど考えるまでも無い。
 唾を飲み込む。

 どくん――心臓が鳴り響く。
 胸の奥に溜まっていた、淀んだ澱のような感傷が全身の血管を通って流れていく。

 どくん――心臓が鳴り響く。
 背筋を這い登る怖気。全身に寒気を感じる。冷や汗が流れ出そうになる。吐息が冷たい。

 どくん――心臓が鳴り響く。
 唾を飲み込み、いつの間にか右手の二の腕の継ぎ目に左掌を触れさせていた――目が見開く。安堵が全身を駆け巡り、吐息に暖かさを感じ取る。
 右手を、握り込む。

「……ですね。俺、行きます。」

 そう言って、彼女の横を通り過ぎて、喫煙室の外へ。
 挨拶はしない。いらない。
 扉を開ける――綺麗な空気と汚れた空気が混ざりこむ。
 部屋から出た瞬間、彼女が声をかけてきた。

「おい。」
「何ですか。」
「今日の出撃は……ガジェットドローン何機相手なんだ?」

 彼女の言葉に反射的に脳髄が対応し閲覧を開始する。

 ガジェットドローン――10年ほど前にジェイル・スカリエッティと言う科学者が作ったと言う機械兵器。
 魔力素の結合を妨害するAMFと言うフィールド魔法を発生させることで並の魔導師では決して太刀打ち出来ない魔導師の天敵。
 ある意味では――ランド・クルーガーにとっては“兄弟”みたいなものだった。
 それらは10年ほど前に製造者であるジェイル・スカリエッティが捕縛され、製造プラントが破壊されたことで二度と現われることは無いと思われていた。
 なのに、二年ほど前から、散発的に襲撃は再開される。複数の管理世界で散発的にそれは起こっているらしい。
 それがどうして未だに稼動しているのか――ジェイル・スカリエッティと繋がりのあった人間がそれらを保管し、散発的にテロ行為を行っているという話もあれば、機械が自意識を持って氾濫を起こしているのだとか昔のSFみたいなことを言っている人もいれば、管理局の迫害を受けた者たちの怨念が乗り移っているんだとかオカルトなことを言っている人もいた。
 どれもこれも憶測の息を出ない――それどころか、眉唾物の与太話に過ぎない。
 それが確かなのかどうかも分からない――単なる末端の兵士でしかない自分には関係の無い話しだ。

「予定では30機です。」

 そして、今回はその駆除だ。以前起こったガジェットドローンの襲撃の際に取りこぼした十二機。そこにどこからか現れた十八機が合流したらしい。
 その30機が都市部への進行を始める前に壊せと言う指示が送られてきていた。
 ラクティスが紫煙を吐き出す――これまでにない真剣な目つきで、こちらを射抜く。
 彼女が何を言おうとしているのかを察知する。
 これは、いつも通りのやり取りだ。いつからか、“彼女”と――今ここにはいない“彼”が自分と続けるやり取り。

「死ぬなよ。」

 彼女は呟き、

「……分かってますよ。」

 返事を返すと共に、扉を開けて、外に出る。
 定刻まではもう少し。
 今しがたのやり取りを思い出して、溜め息を吐く。
 何度となく繰り返されたやり取り。

 “あわよくば”死のうとする自分を縛り付ける鎖のようにすら感じる――恐らくその感想は間違ってはいない。
 彼らは、ランド・クルーガーを死なせる訳にはいかないのだから。

「……面倒臭いな。」

 何もかもが億劫だった。
 一度死んで、見知らぬ世界に生まれ変わり――そして、見知らぬ世界で、こんな数奇な人生を歩むことになるだろうとは思わなかった。
 昔、一度思ったみたいに漫画の中にだけいるようなヒーローになどなれるはずがない。
 両手両足を失い機械仕掛けの身体にされてしまった自分。
 機械仕掛けでないと歩くことすらままならない出来損ない。
 憂鬱が、世界を染める。
 誰も彼もが――自分を慮ってくれる彼女も、いじけているだけの自分も。
 何もかもが億劫だった。
 


 ガタガタと揺れる車内。アスファルト舗装を挟み込む赤い荒野。
 窓から運ばれてくる空気は熱い熱気でしかない。
 外観は古ぼけたワゴン車。その中に所狭しと並んだ機械。その狭間に無理矢理すえつけた椅子に座り、ランドはじっと天井を見つめていた。
 おもむろに制服のジャケットの懐に入れておいた煙草に手を伸ばす。
 一本口に咥え、火を付ける――紫煙を吸い込み深呼吸。
 肺に入り込む煙は脳髄を一瞬白く染まり、安堵が胸に入り込む。
 勿論窓は開けて、間違っても煙が車内に籠らない様にしている。
 脳に直接言葉が送られてくるような感覚――念話を受信する。
 送り先は――この車の運転手であり、ランド・クルーガーの直接の上司。

『調子はどうだ?』

 厳めしい風貌に低い声。刈り上げた頭と口の周囲を覆うように生える髭。
 太い腕と同じく太い首。
 脂肪ではなく筋肉で構成されたその巨躯に位置する細い瞳は彼の意思とは関係なく、睨みつけられていると言う威圧を周囲に与える。加えて顎髭の配置も絶妙だ。
 肉体を構成する全てが彼の威圧を増すように配置された、一種の理想形。
 そんな外見に反して内面は威圧感溢れる外見のせいで友達がいないことに悩んでいるような繊細な人間でもある。
 カルディナ・タヨート。ランド・クルーガーの直属の上司――と言うよりも、ランド・クルーガーを“管理”する人間である。
 ランドのいる陸士301部隊の人数はそれほど多くない。整備員を含めて十数名。部隊と言うには非常に小さな規模だ。
 理由は幾つかあるが――最も大きな理由は、この部隊の発足理由である。
 即ち――機械義肢の有用性を証明するために造られた、ということ。
 二年ほど前までは何人もの機械義肢を使いこなす魔導師がいたが――今ではランド一人。

「……いつも通りですよ。」

 右手を握り締めては開く。
 何度も何度もその動作を繰り返す。
 心臓の音が聞こえる――握り締めては開く動作と心臓が同期していく。
 開いて閉じて(ドクン)、開いて閉じて(ドクン)、開いて閉じて(ドクン)。
 右手が心臓になったような錯覚。

『いつも通り、か。』
「いつも通りです。」

 カルディナが溜め息。もう少しまともに返答しろとでも言いたげな渋い表情が、バックミラー越しにこちらを見ていた。

『ランド、今回の敵は三十機だ。』
「データの閲覧は終了しています。」
『周りからの救援は無い。』
「……分かってますよ。それこそいつも通りじゃないですか。」

 データを閲覧する。
 ガジェットドローンⅢ型の亜種――Ⅲ型よりも一回り大きい5mほどの大きさ。
 武装はⅢ型と同じく、ロケットランチャーやミサイル、機銃、触手(ケーブル)。AMFの発生。
 巨体はそれだけで武器であり、押しつぶされただけで死ぬことになる。
 またガジェットは巨大になるに従って、装甲が厚くなる傾向があり、三十機全ての装甲もそれほど薄くは無いだろう。
 通常の魔導師が一個小隊を組んで戦ったとしても、まだお釣りが来るような戦力だ。
 これに対して単独で戦うことを選ぶ自分は――傍から見れば、自殺志願者にも見えるのかもしれない。それほど間違ってはいないが。
 
「どう考えても一人で戦っていいような量じゃない。だから――だから、意味があるんじゃないですか。」

 データを閲覧しながら、ランドが呟く。
 閲覧されたデータの持つ意味合いとは裏腹に表情は酷く“嬉しそう”だった。

「倒せば倒した分だけ、俺たちの有用性は証明される。」

 握り締めた右手を開いた。
 通常のガジェットドローン一機に対して、魔導師は少なくとも四人は必要となる。
 大型で重武装化された、このガジェットドローンであれば、一つにつき四人では足りないだろう。
 そんな機体の集団――三十体と言う数量を一人で潰す。
 それは平均的な魔導師によって構成された一個小隊以上の有用性が、ランド・クルーガーにあるのだと証明するには十分だろう。

「じゃないと、この両手足は処分される。役立たずの危険な機械は壊される――そうでしょう?」
『……そうだな。』

 返答に一瞬間があったが、気にしない。いつものことだ。
 恐らく、何かしらの罪悪感を感じているのだろう――気にする必要など無いのに馬鹿なことだ、と思う。

(……どうでもいいのにな。)

 どうでもいい――魔法の言葉。
 どんな絶望の只中にあっても、その言葉を吐くことで“納得”を得ることのできる言葉。
 納得――諦観と言う納得を得ることが出来る魔法の言葉だ。

 その言葉は単なる気休め、逃避に過ぎない。
 けれど、今となっては、ランド・クルーガーが唯一縋りつける言葉でもある。

 元々、ランド・クルーガーと言う人間はこんな環境にいた訳ではなかった。
 “こんな身体”にならなければ、こんな場所――時空管理局に入ることも無かったはずなのだから。

 普通の家庭に生まれ、普通に生きて、死に方だけ特殊で――生き返ると言った特殊な経験もした。
 その後の人生も同じように、普通の家庭に生まれ、幼い頃に神童などと呼ばれたものの普通に生きてきた。
 少なくとも、“魔法を使えない普通の人間”として。

 魔法を使える人間とは殆ど突然変異でしか生まれない。
 両親が魔導師だからと言って優れた魔導師で在る訳ではないし、場合によっては魔法そのものが使えないこともある。
 同じように両親が魔法を使えないからと言って生まれてきた子供も魔法を使えないとは限らない。場合によっては凄腕の魔導師になることさえある。

 彼はそのどちらでもなく、魔法を使えない両親から生まれた魔法を使えない子供だった。トンビが鷹を産んだ訳でもない、蛙の子は蛙の典型的な例だ。

 この世界では魔法の才能の有無は一生を変える。“ある”と“無い”では世界が一変するほどに違うのだ。
 それこそ普通の世界とお伽噺の世界と言う風に分けてしまってもいいほどに。
 本当なら彼は魔導師になど関わらない普通の人生を送る筈だった。
 魔法の才能を持たない以上、御伽噺の世界には関わろうと思わなければ関われない――最も魔法を知った当初は使いたくて仕方なかったが。

 今、彼がここにいるのは歯車が狂ったからだ。
 普通の人生と言う歯車。
 その歯車が狂ったことで彼はこんなところで、こんな年齢で――精神的にはすでに中年だが――働かなくてはいけなくなった。
 自爆テロによって、彼は自らの四肢と家族を失った。
 
 どうでもいい、と言う言葉はその頃から魔法を帯び始めていた。
 一時期、その言葉を言わなくなった時期もあったが――今ではまた元に戻っている。
 その理由は――
 
『……やめたかったら、やめてもいいんだぞ。』
「……」

 カルディナが血を吐くような声で囁いた。
 断罪するような――或いは心臓を抉りだすような言葉。

「……大丈夫ですよ。」
「もう、あれから二年だ。引きずっているにしてもいつまでも、このままで良い訳無いってお前も――」

 何もかもがうざったい。
 彼の親切も、彼の言葉も、彼の気持ちも、彼女の気持ちも、彼女の言葉も。
 この世界の何もかもが――本当にうざったい。
 口から勝手に本音が吐き出される。
 自分にとっては当然で――きっと彼にとっても分かり切った事実を。

「……引きずりたいんですよ、俺は。ずっと引きずり続けたいんです。それに――」

 言葉を一度切る。
 胸の内で反芻する――“やめてもいい”と言うその言葉。
 カルディナは本気で言っているのだろうが――それを本気にしてはいけないのだ。
 何故なら、

「やめて、どうにかなる話じゃないですよ。俺はここ以外で生きていくことなんて出来ませんから。」
「……そうだな。すまん、どうかしていた。」
「本当に、どうかしてますよ、カルディナさん。」

 笑いながら返事を返した。
 沈黙――聞こえてくる音は車のエンジン音と走る音。
 今の言葉の意味は――恐らく十分過ぎるくらいに言葉はカルディナの胸を切り裂いている。
 それなりに長い付き合いなのだ。
 その程度には彼が自分を慮ってくれているのは理解している。
 沈黙は十秒ほど――カルディナが車を止めた。
 
 目の前には切り立った崖があった。
 舗装は、崖の手前、数十mで終わっている。
 窓から見えるものは紅い荒野と蒼穹の空。
 
「着いたぞ。」

 無言で降りる。
 いつも通りのやり取り。
 本当に何度繰り返したのかも分からない――その癖いつまで経っても終わらない繰り返し。

「……戻ってきたら、検査だ。なるべく怪我はするなよ。」
「毎回それ言ってるけど、無理ですよ、それ。」

 毎回、出撃後、自分は身体の検査を受けなければいけない。
 出撃が肉体に与える影響。
 AMFが肉体に与える影響。
 その他ありとあらゆる影響による変化を求め、実験動物のように全身を隈なく数日かけて検査する。
 
 だから、データを取るには都合がいいのだ。生きるか死ぬかの瀬戸際の戦闘と言うのは。
 稼働限界まで酷使した状況で義肢は正確に動くのか。
 AMFと言う特殊状況下で“質量兵器”はどれだけ“有効”なのか。
 生きるか死ぬかの瀬戸際においてのみ、見出される情報。

 義肢装具の強度。耐久性。使いやすさ。そういった汎用試験にて、採用される情報も当然必要となる。
 同時にこの義肢装具は、実験的に人造魔導師を造り出すと言う側面も存在している。
 健常者では無く四肢を失った障害者を選ぶ理由は――この義肢が肉体改造を前提とした技術だから、と言うことにも起因する。
 
 ランドが取得するのは戦闘という過酷な状況下での情報。
 果たして戦闘という過酷な状況下ではどれほどの強度が必要になるのか。
 耐久性はどうか。
 使いやすさはどうか。
 またどういった義肢装具なら、どういった条件下で最適に稼働するのか。
 砂漠での戦闘において必要となる装備と、寒冷地で必要となる装備の内実はまるで別物と言っていいほどに変化する。
 一つの条件下において取得できる情報は一つ。
 だからこそ幾つもの条件――環境が必要となる。

 モノを作る際には――失敗が必要だ。
 数限り無いトライアンドエラーによってこそ“製品”は出来あがる。
 予算とはその失敗も含めて計上される。
 だからこそ、情報が必要になる――ありとあらゆる情報が。
 失敗――死ぬことすらも勘定に含めた積算。
 
 無論そんなことを時空管理局は許さない。世間一般も許さない。
 だが――時代はそんな善意を許さないほどに逼迫していた。
 砂上の楼閣。いつ壊れるか分からない平和――或いは既に壊れて紛い物になってしまった平和。
 平和とは蜃気楼のようなものだ。
 掴んだかと思えば既に存在せず――本当に平和など実在するのかと疑ってしまうようなモノなのだ。
 少なくとも、今、この時代では平和とはそんな概念でしか無い。

 そんな時代だからこそ人造魔導師は必要なのだ。
 事の良かれ悪しかれは関係無い。
 生物が適者生存と言うルールに従って、環境に適応し、進化を繰り返したように。
 必要であれば――それがどんな狂気を孕んでいるとしても、取得しなくてはならない。
 出来る限り早く、そしてより多く。
 全次元世界において、粛々と続けられる“実験”。
 管理局への出向組は自分達を含めた数組だけだが――クライアントの意向で少なくとも数十と言う部隊は発足しているはずだった。
 未だに、“戦闘”による死傷者は出ていない。出れば、この計画も頓挫する――むしろ、揉み消される可能性の方が高いだろうが。

 兎にも角にも――求められているのは、“生きるか死ぬかの瀬戸際”。
 そんな限界状況下に身を置かせる為に、自分達はここにいる――カルディナが言ったように、なるべく怪我をしないなどと考えて生きていられる状況では無いのだ。

「それでもだよ。怪我なんてしない方が良いに決まってる。」

 はは、と笑いながら歩みを進める。
 彼自身、自分が言ったことが世迷言だと分かっている。通じるはずが無いのだと知っている。
 ――だからと言って、それを認めるかどうかはまた別の話なのだろう。
 無駄であろうと、無意味であろうと――認めたくないモノを認めないなんて出来やしない。
 仕事だと割り切ってしまえば楽になれるのに――そんなことを思って崖に向けて歩いていく。
 眼下に見える荒野――その中に存在する鋼の遺物。

「……いますね。」

 情報通りに三十機。1km程度の範囲に、五機程度で構成された一群が六つほど一定の距離を保ちながら、ゆっくりと移動している。
 進行方向は――シュツルムウントドランクの街。
 足を踏み出し、崖から飛び降りようとする――カルディナが声をかけた。
 
「帰ってこいよ、ランド。」

 振り返る。眼と眼があった。カルディナの視線は真っ直ぐに自分を射抜いている。

「なるべく、善処します。」

 情報を開封。
 脳裏に開いたデータを再度閲覧する。

 作戦内容の確認。
 簡潔な内容――作戦と言うには、シンプル過ぎるが。
 戦闘する人間は自分だけ。
 予定されている敵機は三十機。
 AMFはBランク程度の魔導師ならば魔法を放つことさえ出来ないレベル。
 Aランク以上の魔導師であっても、満足のいく魔法を放つことは難しい。
 Sランク以上――常識外れの化け物にはまるで通用しないレベルだ。

 故に現状、AMF領域の中であろうと関係無しに戦闘を行えるランド・クルーガーが必要となる。
 両手両足が存在しない達磨ではなく、動き回れる人間でいる為に自分自身の有用性を証明する為にはうってつけの戦場だった。
 掛け値無しに――生きるか死ぬかの瀬戸際になるであろう戦場だ。

「それじゃ――行ってきます。」

 足を踏み出し、崖下に向けて、そのまま落下。
 風速が増大する。風の轟音が耳に轟き、それ以外の音を封殺する。
 意識が変質する。機械化する思考。
 ニンゲンとキカイの境界が曖昧になっていく。

『装甲転送。』

 送られてくる通信――念話。
 リンカーコアを持ち、魔法の資質を持つ者だけが使える特殊通信。
 ランド・クルーガーの場合は、デバイスによって無理矢理に使えているだけの技能。

「開封(オープン)」

 呟く=発動音声(トリガーボイス)。
 自分自身を変質させる為の/これから生き残る為の。
 呟きと共に脳髄が侵食されて行く。

 自分自身を変質させる為の――この身体が役に立つのだと証明する為の。
 これから生き残る為の――この身体で闘う為の。
 侵食されて行く脳髄。
 変質に抗い、その抵抗を嘲笑うように終わる変革。
 撃鉄が落ちる/引き金に指がかけられた。

 両眼の色が変わり輝く――色は金色。そこから両眼を中心に全身に広がる幾何学模様の紅色の光。
 周囲の空間が、ぐにゃりと歪む。
 そこから灰色の煉瓦の破片のようなモノが浮かび上がり、蛇の鱗のようにして肉体に張り付いて行く。

 色は黒。頭部には申し訳程度に取り付けられた黒いヘッドセット。
 顔面は覆わない――素顔は丸見え。無防備の極みとも思える姿。首から伸びる細い鉄鎖で編まれた朱いスカーフが風にたなびき揺れる。
 それと並行して両手両足が粒子と化して消えていき、再び“現出”する。
 現れ出でしは、黒く鈍く輝く鋼の手足――所々が鋭利に尖った外観。触れるだけで引き裂かれそうなほど。

 二の腕から先は丸太のように太く、その先端には巨大な掌――指は五本。
 人の手の模倣。拳を握り締めるには一番都合の良いカタチ。

 太股の中腹から伸びる足も同じく丸太のように太く、その先端にはそれほど巨大ではない――それでも人間よりははるかに巨大な足。
 指は“六本”。人と同じ五本の指と、踵部分から伸びる鳥類の爪のような一本の指。
 人の手の模倣でありながら、明らかに人ではない姿。地面を“掴む”には最も都合の良いカタチ。
 それは――戦闘を目的に造られたにしてはあまりにも仰々しすぎる上に、武器としてはあまりにも煩雑だ。
 そこまで大仰な武装とする意味など本来は無い。機構が複雑になればなるほど、必要となる調整は等比級的に増大して行くのだから。
 大体にして、人型である意味が無い。
 武装と言う意味合いを追及するのなら、こんな形状にする必要は全くない。
 そして、何よりも――四肢を欠損した人間に力を与えて戦わせるくらいなら、健常者――或いは魔導師を用いれば良いのだ。
 如何に機械を用いたとしても、能力と言う根本的な部分において、機械は魔法に劣るのだ。
 ならば――この“武装”は、この“機械義肢”は、この“戦闘装具”はどうして造られたのか。
 どんな“必要性”があったのか。 

 ――ヒトであることには意味がある。
 ――装具であることには意味がある。
 ――四肢を欠損したヒトを使うには意味がある。

 幾何学模様を織り成し、その手足を走りぬける紅い光/電気的接続の開始。

 視界の右上に現れる“15:00”と書かれた数字。
 電気的接続が始まった瞬間、それが“14:59”となり、“14:58”、“14:57”、“14:56”と一秒ごとに数字が減って行く。
 刻まれるストップウォッチ/刻まれる意識。

「残り5分までは非表示。」

 呟く/数字が消失。
 残り時間を脳の奥底に放り込み忘れる――気にしている“余裕”は無い。
 
 平坦になる思考=機械と同期する為の処置。
 反射的に抗うも強制的に受け入れさせられていく――希薄化する己/顕現する自分。

 両手両足を動かし、感触を確かめる/問題無い。
 脳髄に埋め込まれたチップ――デバイス・レオパルドが告げる事実/地面まであとわずか。

 人差し指から順番に、中指、薬指、小指、そして親指――指を一本一本丹念に握り締め、拳を作る/開く――動作の確認を終了/問題無し。
 足の全ての指を動かす――動作の確認を終了/問題無し。

 地面に向けて頭部を先頭に真っ逆さまに落ちていく。
 飛行魔法など――まともな魔法など“何一つ”出来ない“人間”には絶対に生きていられない状況。

 指を一本一本丹念に握り締める/振り被る/叩きつける/胸から背後に向けてのバックブロー――叩きつけた。
 “何も無い虚空”に同心円状の波紋が起きた。
 瞬間、全身が前方に向かって弾け飛ぶように吹き飛んだ/跳躍。
 叩きつけた場所を中心に生まれる反作用/両腕の機能の一つである重力操作の一面。
 殴りつけたモノ――物質・空間を問わない全て――に対する反作用。

 一直線にすっ飛んで行く身体。
 間髪いれずに左のバックブローを空間に叩きつけた/バックブローの反動を用いて地面に向けて跳躍。
 地面に向けての跳躍はむしろ落下と呼ぶべきか。
 加速する/落下する身体。
 地上に激突すれば肉片となって散って行く――恐怖はない。
 そんなモノはどこにも有りはしない。
 有るモノと言えば行き場の無いどこから生まれたのかも分からない苛立ちと気の遠くなるほど“真っ青”な虚無。

 敵が近づく/苛立ちが募る。積もる。積み上がる。
 突如として沸騰する脳髄――何もかも破壊したいと言う欲求――或いは原始的な衝動。
 煮詰めた破壊衝動に飲み込まれ、戦場へ足を踏み入れる。

 視界が真っ赤に染まって行く/脳髄に埋め込まれたチップ=デバイス・レオパルドからの人格浸食作用の視覚化――肯定/握りつぶされる否定の感情。

 デバイス・レオパルド――使用者の脳髄に埋め込みその肉体に装甲を転送、そして両手両足の通常義肢を戦闘用義肢に“換装”するだけのデバイス。
 魔法体系は不明――魔法陣すら浮かび上がらない魔法モドキ。
 質量兵器に限りなく近い兵器――管理局に管理された特定の“四肢無き人間”が己の有用性――義肢としての必要性――戦闘者としての有効性――を証明する為だけに許された兵器。
 完全なる“特定個人のみが使える力(オーダーメイド)”――無防備な顔面は人間であることの証明。
 無防備な顔面によって、この“質量兵器”は“許可”される。
 管理された人間が使うことでのみ許可される力。
 絶大でもない力。絶対でもない力。
 魔導師で十二分に代替可能な力。
 有用性を証明しなければ捨てられていく力。
 そんな無用の長物そのものとも言える無駄な力。
 魔法があれば簡単に埋め合わせの効く不都合な力。
 いつかは誰もが魔法を使えるようにと言う願いが導く歪な力。
 幻肢痛を生み出す現実を否定する為に作り出された力。

 落下。敵が近づく。
 早く動けと言う焦燥/早く壊せと言う衝動/早く殺せと言う欲求――同時に乱立する幾つもの感情に身を任せる。
 真っ赤に染まる視界。飲み込まれて行く安堵/憤怒する自分。何も考えない思考停止/抗い続ける本当の自分。
 地面への着地。重力操作による震動と衝撃の軽減――僅かに地面を破壊し、問題なく完了。

「―――ぁぁあ」

 獲物を前にした獣のように漏れる吐息。踏み出す――乖離した思考が敵を確認したことで同一化する。
 命令(オーダー)の発令。
 “壊せ引き裂け千切れ蹂躙しろ。”
 受諾。踏み込む。加速――足元が爆発した。馬鹿げた加速度による地面への反作用。

 まずは一機目――敵が態勢を整える前に出来る限り早く一群を殲滅する。

 踏み出す/握り締めた岩のような拳を突き出す。
 拳の周りの空間が歪む――銃弾が拳を中心に弧を描いて離れていく。
 何発かが離れ切れずに身体を掠めて行く/無視。

 突撃する/両足が稼働――機械を埋め込まれ、もはや人間なのか機械なのかさえ曖昧な内面が、音を鳴らして疾走する。
 走行というよりも連続の低空跳躍――数歩で接敵。更に加速。
 銃撃を殴ることで弾き/捌き、五機で構成された一群の内の一機に接近する。

 形式はⅢ型の亜種――球状の身体にベルト状の触手や数門の機銃を埋め込んだ機械の群れ。大きさはⅢ型よりも一回り大きい。
 AMFが稼動している為、魔導師にとっては相性の悪い敵――機械塗れの自分には、魔導師ですら無い自分には、“関係ない”。

 拳を握り締める。
 左足を踏み込み、加速した身体を止める。
 止まることなく地面を滑る左足――五本の“足指”と踵部分の“鳥類のような爪”が稼動し、地面に突き刺さり、地面を掴む――握り締める。停止。
 同時に腰を回し、下半身で生まれた力を逃すことなく上半身に伝える。
 右腕を振り被り、突き出す。同時に左腕を畳むようにして内側へ“引き込む”。

 重力の軽減と増加を調整――脳髄内のチップが視覚から取得した情報と随時リンクし身体周辺の重力を操作し、殴るべき理想の重力図へと調整。
 同時連結動作確定。
 停滞無く動く拳。それらと連結した同じく停滞の無い全身。
 拳がガジェットドローンの装甲に接触する。重力によって重さと速度を増した鉄塊が装甲を食い破る。

 爆発音が耳を貫き、震動が全身を震わす。両足で踏ん張り、その反動を受け止める。
 それでも吹き飛びそうな肉体を重力操作によって無理矢理地面に押し付ける。
 地面に両足がめり込んで行く。重量の増加によって骨格が軋む。
 奥歯を噛み締めてその軋みを堪えて、更に重力を増加。

「ああぁぁぁぁぁっ!!」

 咆哮と共に振り抜く――真っ直ぐに突き出された拳は装甲を食い破るどころか、ガジェットドローンそのものを“吹き飛ばした”。
 生身の人間が自分よりもはるかに大きなサイズの機械を吹き飛ばすという冗談のような光景。
 吹き飛ばされたガジェットドローンは、その後方に陣取っていた一機に激突し、共に爆発。
 狼煙のように天に昇る黒煙。
 視点を切り替え。敵機の位置を確認。間断なく肉体が稼働する。
 周辺の重力を軽減。足元の噴射口から圧縮空気を噴出。上空では無く、真正面に向けて“跳躍”。
 地面と平行に跳躍する、その様は既に飛行と言っても問題無い――左拳を構える。左脇を締めて下から上に突き上げるように。
 接敵/爆音/衝撃――爆発。接触の瞬間に3tほどの重量に到達したであろう左拳によるアッパーカット。
 ガジェットドローンが上空に向けて一直線に吹き飛んだ。
 残り二機。両脇からこちらに向けて武器を構えている――ミサイルポッドと小型レーザー。
 挟みこんでいるということは射線が重なることを意味する。その状況下では同志討ちの危険性もあるのだろうが――機械はそんなこと気にしない。
 沈み込むようにして、二機の内一機の足元へと侵入。重力図を調整し、ガジェットドローンを足元から“持ち上げる”。

「喰、」

 持ち上げたガジェットドローンを持ったまま跳躍。重力を軽減した機械の塊は羽毛布団のように軽く重さを感じさせない。

「ら、」

 跳躍し、残る一機を視界に収め――両足で虚空を“蹴り付けた”。
 蹴り付けた空間が歪み、空間が“波打った”。蹴り付けた箇所を中心に同心円状に広がる波紋。
 同時に重力図をさらに調整。掴んだガジェットドローンを中心に半径8mに凡そ50倍の重力を発生――最大規模で最大重力を解放。
 残る一機のガジェットドローンがこちらに狙いを定め、ミサイルポッドから十数発のミサイルを発射。
 曲線を描くミサイル。直線を描くミサイル。狙いを外れて逸れていくミサイル。
 幾つものミサイルの軌跡が煙によって描写される――その真ん中真正面を突破する。
 ミサイルは恐らく誘導式。補足された時点で回避は不可。どう逃げようとも追い縋られて撃墜する。
 故に突破。攻撃は最大の防御。
 ミサイルがこちらを狙ってくるというのなら、命中する前に、“ミサイルごと敵を押し潰せば良い”。

 通常の重力面と50倍の重力面の境界面が断層を作り、その境界面にぶち当たったミサイルが次々を爆発を起こしていく。
 深海において発生する温度躍層――水深200~1000mにおいて存在する水温が急激に変化する深海と浅海の断層で在る――がソナーによって発せられた音波を反射するように、極端な重力差によって作られた断層は物質そのものを拒絶する。
 ミサイルが爆発し、掴んだガジェットドローンの装甲に亀裂が入る――圧壊まではあと僅か。そうなるよりも早くランド・クルーガーは残る一機のガジェットドローンを押し潰す―――!!

「えええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 絶叫の中で、ガジェットドローンを押し潰す手応え。
 掴んでいたガジェットドローンもその時点で圧壊。装甲に亀裂が入り内部機構から焔が噴き出る。
 二機が同時に爆発――その寸前で重力の方向を転換し、掴んでいたガジェットドローンから弾き飛ばされるようにランド・クルーガーが離脱する。

 立ち昇る黒煙。一分にも満たない時間の中で一群――五機を殲滅した。
 その光景に何の感慨も湧かない――そう、出来るように作られた装備なのだから当然だ。
 自らの拳に誇りを感じる――その誇りに苛立ちを感じる。

「っ――。」

 脳裏で響くアラート音。
 振り向けば、後方に位置していたガジェットドローンの側面に穴が開き、内部から射撃兵装――回転式多銃身連装砲(ガトリングガン)が現れた。
 背筋を走る怖気。
 咄嗟に横っ飛びで、射線から身を外す。着弾した地面が弾け飛び、間欠泉のように土砂が舞い上がった。
 秒間百発という速度で撃ち出された直径50mmの弾丸は厚み10cmの鉄板ですら簡単に撃ち抜く。
 その銃撃――それはもはや銃撃ではなく砲撃というレベルだが――の前では人間など掠められただけで肉片に成り下がる。
 その場を飛び退き、攻撃の方向に身体を正対。
 両の拳で顔面を隠すように構え直す。
 ガジェットが攻撃――ガトリングガンとミサイルポッドによる弾幕が放たれていた
 弾丸、或いはミサイルは全てランド・クルーガーの両手を中心に発生した重力――斥力によって逸らされていく。
 自身に引き込むのではなく、弾く方向の重力による防御。
 直進しか出来ない弾丸相手ならば強固な防御となる――真正面からなら。
 両手は防御の態勢のまま、身を沈め、走る。
 たったっと地面を蹴りながら、次のターゲット――五機で構成された一群――と身体を正対し続ける。
 その間も敵の全ての位置を確認し、決して挟み込まれないように移動。
 もし、挟み込まれれば確実に死ぬ――重力場の発生装置を腕と足に集中させ、使用者の意識方向とリンクさせると言う、この機械義肢の欠点。死角からの攻撃に致命的に弱いということ――逆を言えば攻撃することに特化し過ぎているということ。

 背後から、もしくは意識外からの攻撃であれば、弾丸の一発――果物ナイフでも簡単に殺せるほどに脆弱な紙のような防御。
 どれほど強固な盾を持っていようと盾で守れていない部分は生身に過ぎないのだ。
 また、重力場を操作し制御出来るからと言って“当たらない”訳では無い。
 攻撃の方向、威力によっては逸らした攻撃が命中することもあるし、規模の大きい攻撃は逸らすことも出来ずに命中する。

 だからこそ動く。
 動き続けることで、敵に的を絞らせずに死角を消していく――たった一人で戦う為に命からがら学んだ対策。
 敵が動き出す。
 包囲しようと言う動きを取り出し、連動していた五機に乱れが生じる。
 ――その隙を突いて、行動を開始。通常速度から高速への変動(チェンジオブペース)。無言のまま両の拳を顎の前でくっつけた状態から一気に加速。
 倒れ込むほどの前傾姿勢(クラウチング)――倒れ込む勢いすら使って、地面に額を擦りつけるようにして前方に突撃――むしろ跳躍。

 ガトリングガンの弾幕――50mm弾が着弾した地面が間欠泉のように噴き上がり、舞い上がった泥で顔や髪の毛が汚れていく。
 弾幕を掻い潜り、懐に入り込む。左足を踏み込み、地面を“握り締める”。
 構えを解き、左足に体重を乗せた。左足の親指を起点に全身の筋肉――半分以上が機械――が連動し、力を余すことなく左拳に伝達し、右上に向かって振り抜く――ボクシングで言う肝臓撃ち(リバーブロー)。
 その動作全てにおいて重力を“調整”。
 本来の威力よりもはるかに勢いづいた左拳がガジェットの装甲に到達。
 装甲が砕け散り、ガジェットが横転しようとする――間髪入れずに返しの右拳。停滞化する時間感覚。狙いを定める。振り抜いた反動を利用し、身体全体を限界まで捻って、引き戻す、竜巻の如き二度目の打撃――振り抜く。
 土砂崩れのような音を発してガジェットが吹き飛んだ。吹き飛んだガジェットはゴムボールのようにバウンドしながら地面を転がって、こちらに向けてガトリングガンを構えていた一機を巻き込み、更にもう一機巻き込んで爆発。これで八機。
 再度アラート音。後方からの攻撃――ガトリングガンのみでミサイルは確認できない/構うな、行け。
 即座に後方に跳躍。ガジェットの射線から身を外し、一瞬で後方に位置していた二機に正対。くるりと身体ごと回転し両足を振り回す/足裏に収納されていたナイフを射出――赤熱化するほどに熱せられたナイフがバターを割くようにして、ガジェットの内部を抉り、刺し入り、穿ち抜けていく。
 ガジェットの上空を通り過ぎ、着地。二機の内部が抉られ、爆発。
 これで十機。
 
 レオパルドからの情報転送――脳内に投影される敵影。
 自身を中心に描かれたサークルレーダー。
 敵影は――前方に五機の群れが二つ。左方に一つ。右方に一つ。
 残り二十機。その全てがこちらに向かって一斉に進行を開始。
 残り時間は5分。一群につき一分の計算――息切れが酷い。
 心臓の鼓動が煩い=機械に変えてくれれば良かったのに。
 視界は今も真っ赤で、まともに前も見えない/敵と地形はそれでも把握出来るので問題ない。
 全身が痛い。殴る度に全身の骨格が軋み、捻じ切れそうなほどに筋肉が酷使されて行く。
 戦うだけで死にそうだ――敵が攻撃を止める気配は無い。苛立ちと焦燥と憎悪が更に募る。

 “何でこんなことをする。何でこんなことをする。何でこんなことをする。”
 “こいつらがいるからだ。こいつらがいるからだ。こいつらがいるからだ。”
 戦闘の度に毎回心中から浮かび上がる責任転嫁。

 ――悪いのは自分ではなく敵がいるからだ。

 子供じみた憎悪の収束/その憎悪にこそ憎悪を感じる。
 その憎悪を必死に押さえ込み、自制する。
 憎悪に飲み込まれ、自我を失った状態で戦闘など不可能。
 ランド・クルーガーがガジェットドローンを蹂躙することが出来るのはあくまで自我を以って冷静に戦っているからこそだ。
 あくまで強襲を繰り返し、“勝てる程度の戦力比”での戦闘を繰り返すからこその蹂躙であり――真正面からぶつかって勝てる訳ではないのだ。
 一斉にこちらに向けて進行を開始したガジェットドローン二十機。
 “強襲によって敵の群れを分断し、各群撃破が最適”――デバイス・レオパルドからの提案を拒否。
 元よりそれ以外に術は無いのだが――それでは間に合わない
 残り時間は五分。分断した上での各群撃破をしていれば、確実に間に合わない。
 かと言って乱戦となれば、生きるか死ぬかの綱渡りでしかなくなる。
 背後から――意識外からの攻撃に殊の外弱いと言う特性は乱戦において致命的な弱点だからだ。
 故に乱戦に持ち込むのは愚の骨頂。
 どれだけ時間制限があろうとも、それを選ぶのは自殺行為でしかない。
 
 けれど――だから/故に。

 構える。
 両腕を組んで、口元を隠すかのような構え――ピーカブースタイル。突進し前進し打ち破る、ランド・クルーガーにとっての標準形態(スタンダード)。
 
 心は至って冷静だ。
 乱戦を選んだせいか、死を間近に感じる――だが、それがどうした。

 時間制限はいつものこと。
 危険なのはいつものこと。
 無理をするのもいつものこと。
 死にそうになるのもいつものこと。
 ――その何もかもがいつも通りのことでしかない。今更怖気づく理由などありはしない。

 残り時間は五分。自我が喰われていくことを自覚しながら、ランド・クルーガーの頬が歪む――微笑っていた。。
 
 仮に――流れ弾に当たって死んだとしても、別に問題は無い。
 ランド・クルーガーと言う出来損ないが一人死んだくらいで何かが変わる訳もない。
 そんな当然の論理を胸に刻みつけて――ランド・クルーガーは酷く楽しそうに、一歩目を踏み出した。
 それが人格浸食によるモノか、それともランド・クルーガーと言う人間の本質に根ざしたモノかは分からない――多分両方だろう。

「……ははっ。」

 たんっと地面を蹴って低空跳躍。
 二十機のガジェットから色とりどりの砲撃が放たれ、華美な弾幕が形成される――弾幕の形成を見計らって加速。更に加速。脚部の機械義肢が微細に変化。背部の所々に噴射口が生まれ、一歩踏み出す度にその噴射口から圧縮空気が噴出し、一歩ごとに加速する。急激な加速によって弾幕の着弾地点を一瞬で置き去りにし、大群の懐に入り込む。
 
 ――暴虐を解除。壊して引き裂いて千切って蹂躙する。意識の主体をニンゲンからキカイへと変更。

「ああぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」

 雄叫び。咆哮。
 左足で踏み込み、右拳を振り被り、突きだす――右ストレート。
 背後から狙われていることをアラート音によって気付く――振り向いて防御するには間に合わない。
 ブリッジでもするように背筋を反り返らせ、ガトリングガンの射線から紙一重だけ身体を外し、回避。
 弾丸が掠った訳でもないのに、腹部に熱を感じた。無視して、ブリッジの態勢のままオーバーヘッドキック。不安定な態勢での攻撃は意味が無い――つま先を装甲に打ち込んで、そこを支点に回転、もう一本の足でガジェットの上部を“掴み”、馬乗りの態勢/右拳を振り下ろす、粉砕爆砕木端微塵になって吹き飛ぶガジェット――不安定であろうと重力に従った打撃の威力は高威力。ガジェットを引き千切り潰して、地面に着地。

「ぁぁぁぁああああ!!!」

 絶叫することで自我を保持。絶叫のしすぎで、声が掠れてきたが、それでも気にせず叫び続ける。
 
 密集した大群の中で孤軍奮闘する自分自身――殴って壊して殴られて意識が飛んで、また殴る蹴る投げるの繰り返し。
 子供じみた憎悪を解放し、煮え滾った憤怒を解放し、それでも機械によって制御された肉体は勝手に判断能力を確保し、攻撃と防御と回避を繰り返す。。

 機械である自分は位置取りを調整し最適な攻撃方法、防御方法を常に模索しながら、現時点での最適解を維持し続け延命を促す。
 人間である自分はそれら全てを蔑ろにし――或いは知らぬ間に従わせられ、ココロの赴くままに暴虐と蹂躙を繰り返す。

 上下左右前後。思いつく限りの方向を殴って蹴って壊して、突き進む。
 真っ赤な視界は紅い色合いを更に強調し、濃淡によって生み出されたシルエットしか見えない。

 殴り続ける内に義肢に亀裂が走る――構わず左拳を大きく振り被る。
 左足の親指を意識し、そこを中心に全身の力を集約する/捻転・体重・筋力――加速し、重力場によって本来在り得ない重さを会得した拳が、傷だらけになった装甲に到達。
 貫かれる装甲。構わず振り抜く。
 拳の軌道に従い、ガジェットが吹き飛んだ。

 ――吹き飛んだ瞬間に見えた光景は左右から挟みこみ、ガトリングガンの狙いを付ける三機のガジェット。

 絶叫じみた咆哮――右拳を足元に向けて拳を叩きつける/斥力発生。
 火山の噴火のように吹き上がる噴煙。その土煙に紛れるように跳躍。
 標的の位置を確認。両腕を胸の前で交差するように構える―――動かす。両の手が背面に向かって振るわれる。
 後方の空間が波紋を起こして歪み、肉体が加速する。背部への斥力の発生による跳躍。
 右手を振り被る。敵は未だこちらが上空へ移動したことを認識していない。
 右拳の重力場を調整。構えも何もない単なる突撃。
 上空から地面に向けて突貫。
 一本の槍になったかのように――或いは流星が落下するかの如く。
 
 ガジェットを突きぬけて地面に激突。爆発し、何度目か分からない土砂の間欠泉が噴き上がる――舞い上がった土砂は拡散し土埃となって、地面に飛散する。
 
【敵機を全て排除。】

 脳内で響くレオパルドの声。事務的で感情など何一つ浮かべない単なる電子音。

「あ……は、あ」

 肺から空気が吐き出ていく。鳴り響く心臓。鼓動が煩い。
 残り時間を確認する――視界の右上に現れる“8:46”と言う数字。
 残り時間は8分13秒――ランド・クルーガーがランド・クルーガーとして戦える時間。
 脳髄に埋め込まれたチップ型デバイス・レオパルドからの情報伝達――展開。

【半径400mの範囲での敵機の確認不能。】

 冷徹な声で告げられる事実。膝が折れる。全身の力が抜けていく。

【敵機確認。距離10000。】

 レオパルドの冷徹な電子音が脳裏に響く。疲れ切っていたランドの四肢がピクリと動いた。
 視界に映し出される映像。先ほどと同じ型式――Ⅲ型の亜種がそこにいた。
 恐らく、当初から離れた位置にいた奴だろう。自分が襲撃した瞬間に撤退を始め、自分が戦いに集中している間に逃げおおせた、と言うことか。
 機械にそんな思考が出来るとは思えない。誰かが指示を出したのかもしれない。その場にいては全て破壊されると予想して。

『追う必要はないぞ、ランド。残りの一機は別の部隊に任せて、お前はそこで待機していろ。』

 カルディナの声が聞こえた。念話では無い通信。
 冷静な声に交る少しだけ心配そうな響き――怖い顔に反して、面倒見が良い彼らしい。

(……それなら、いい、か)

 その言葉に甘えて、瞳を閉じる。戦闘で酷使された肉体も精神も限界が近い。
 息を吐く。折れた膝が地面に触れて身体全体が沈み込んでいく。
 気を抜いたせいか、一気に汗が溢れ出て来る。胸の鼓動が激しくなっていく。
 息が荒い――息をしているだけで体力がどんどんと消えていく。
 身体中が軋みを上げて痛み出す。骨格に無理をさせすぎたからかもしれない。

 身体は死にそうなほどに辛い。けれど、まるで意味が無い。
 “この程度”Sランク魔導師――或いはニアSランク魔導師ならば軽々と終わらせてしまうだろう。
 だから意味が無い――クライアントの求める有用性とは魔導師を不要とするほどに圧倒的な力だ。
 そんなモノは未だ遠い――辿り着けるかどうかも怪しい。

 たった一人での戦闘。時間制限付きでの不完全な能力。それを制御する為に投入される全身の筋力。それの支配に抗う為の全精神力。
 待機するとは、つまりは戦闘義肢との接続の切断した状態での待機を意味する。
 蹲った肉体はその証拠――四肢との接続が切断していることを意味する。

 ランド・クルーガーの脳髄に埋め込まれたデバイス・レオパルドによって換装される、今の彼の両手両足を構成する“戦闘義肢”。
 重力を制御することで化け物じみた威力を誇る鉄拳と鉄壁の盾、そしてレオパルド――豹の名の如き速度を与える両足。

 四肢無き達磨を、地を駆ける黒豹へと変える機械仕掛けの四肢。
 時間制限こそあるものの、一般の管理局員を大きく超えた力を与える機械。
 だが、この義肢には――と言うよりも、レオパルドのような脳髄に埋め込むタイプのデバイスには一つの致命的な欠陥があった。
 ――このデバイスを作った人間の性格を鑑みるに、それが本当に欠陥だったのかは疑わしいものではあるが。
 致命的な欠陥。それは――

【敵機付近に民間人を確認。更に敵影が増加――百三十機を確認。】

 閉じていた瞳の中に強制的に映り出す映像。視界の右上の残り時間の表記が再度始まる――強制的に肉体と義肢が接続された。
 脳髄に埋め込まれたチップからの人格浸食作用の開始。視界が朱く染まっていく。
 戦え戦えと囁く誰か――酷い頭痛が起きる。前準備無しの接続による副作用。
 視界に映り込む映像。
 それは見たことの無い機械だった。
 先ほど戦ったガジェットドローンⅢ型の亜種――側面からは蜘蛛のような八本の節足が突き出しており、Ⅲ型の面影を残してはいるものの既に別物と言って良い。
 だが――それは良い。見たことがあろうとなかろうと敵は壊す。それに尽きる。問題はない。

 問題なのは、それらの“数”だ。
 わらわらと溢れんばかりに“どこからともなく”出現した蜘蛛型機械。その数は百三十機と言う馬鹿げた数量。
 そしてこれで終わりということもないだろう――更に増える可能性は十分にある。
 どこからともなく現れた。
 光学迷彩を行い隠れていたのか、それともどこかから転移してきたのか。
 光学迷彩であれば未だにどこかに隠れている可能性は否定できないし、転移してきたのならこれで転移が終わりという保証などどこにもない。
 
 あまりの数に絶句するランド――先程のガジェットドローンⅢ型の亜種が民間人の乗るバスに近づいていた。
 バスはそれでもまるで動かない。タイヤがパンクしているのだろうか。横転はしていないもののバスは右側に傾いていた。
 機銃という単純且つ一般人を殺すには適当な武器をガジェットドローンは持っている。それでタイヤを撃たれたのかもしれない。
 状況は悪い。逃げられないバスの中で立ち往生している民間人。
 一機だけならともかく――その後方にはワラワラと虫が湧くようにして、途方もない数のガジェットドローン――本当にそれがガジェットドローンと言う分類なのかも分からないが――がいるのだ。放っておけば、全員殺されてしまうだろう。
 力を持たない人間は無力だ。かつての自分と同じように――何も出来ずに抗うことも出来ない。
 だが、そのバスの民間人は無力と言う訳ではないようだった。

 Ⅲ型が“爆発した”。
 迫る蜘蛛型ガジェットドローンの群れに向けて単身で掃射を行い、足止めをしている誰かがいる。
 爆発したⅢ型は、その誰かが放った魔力弾によって沈黙したようだった。
 
 ――オレンジ色の髪が棚引くのが見えた。

 バスの姿が掻き消え、何もない道路が生まれ出でる。 

「くっ……?」

 ――胸が、どくん、と鼓動した。ずきん、と痛んだ。
 
 訳の分からない痛み――疼きがあった。
 胸が――心臓が“熱い”。
 どうしてかは分からない。
 ただ、その映像を見た瞬間――そこに映る“魔導師”の姿を見た瞬間、胸が高鳴った。
 
 オレンジ色の髪を棚引かせた魔導師が蜘蛛型ガジェットの大軍に向けて突進していく。
 速度は速い――飛行はせずに跳躍を繰り返し、近づき――たった一人で蜘蛛型ガジェットの“大軍”と戦い始めた。
 その魔導師は蜘蛛型ガジェットの大軍を牽制し、時に攻撃、時に防御――次々と撃破しながら、ガジェットを自分に引きつけ、バスから引き離そうとしていた。
 恐らく銃撃は魔力弾――さして魔力を籠めているとも思えない魔力弾が強靭なガジェットの装甲――それも百三十機のガジェットによって作り出された強固なAMF下と言う状況下で撃ち抜いているのだ。冗談にしか見えない――心底悪い冗談のような光景だった。

「カルディナ、さん……これ、誰、ですか。」

 髪の色はオレンジ――それを一房に纏めている。
 両手には拳銃の形をしたデバイス。
 百三十機のガジェット相手に大立ち回りを演じる悪魔の如き強さの“女性”。
 胸が高鳴る。
 鼓動が煩い――ドクンドクンと言う鼓動はいつの間にか削岩機の唸りのように咆哮を上げている。

『……まさか』

 カルディナが少しだけ驚いたように呟き、そして彼が言い終えるのとほぼ同時に―――

『ああ、もう、早く助けに来なさいよ!! ここで来ないで何の為の管理局よ!!』

 その圧倒的とも言える強さとは裏腹に、甲高くやかましい、ヒステリーな声が耳を貫いた。



 分が悪い。相性が悪い。
 それが彼女――ティアナがこの戦いを始めてからずっと思っていたことだった。

「……」

銃を構える。
Ⅲ型が変形した8本足の蜘蛛型ガジェットドローン――それがガジェットドローンなのかも分からないが――が放つ銃撃を転がりながら回避し、フェイクシルエットによる幻影をそこかしこに生み出して、弾幕を張りながら移動し、敵の目を自分自身に向けて引き付ける。
ガトリングガンによる掃射を紙一重で回避し――大口径の重機関銃による攻撃はバリアジャケットなど簡単に貫き、人間を引き裂き、肉片に変えてしまう――弾幕を張り続ける。
一匹の蜘蛛型ガジェットが彼女が保持し続ける弾幕の包囲網から抜け出ようとした。

「行かせないって――」

認識速射(クイックドロウ)。右手の銃を抜き放つ――射線を合わせる。
放たれる魔力弾――AMFを貫くヴァリアブルバレット。
蜘蛛型ガジェットに着弾。爆発。先程倒したⅢ型に比べれば装甲は薄い――その分、数が尋常ではないが。

「――言ってるのよ!!」

大軍を牽制するように動きながらの掃射。左手に握った銃で包囲網を抜け出てきたガジェットに狙いを定める。 一息で六発。魔力弾を放つ――銃声は一度。全て同時に発射しているかの如く。爆発が乱立する――紅い花が六度咲いた。

「……本当に、どれだけいるのよ。」

毒づきながら、眼前の敵の大軍を見据える。
武装はその体躯に設置された一丁の小型ガトリングガンと鋭利に尖った節足。
重武装でありながら、多脚型機械の利点――小回りが効き、高速移動を可能とする利点は失われていない。

こちらを取り囲むように蜘蛛型ガジェットが移動する。
周辺の重力を緩和し膝を折って跳躍。一気に数mの高さにまで翔け昇り、包囲網を脱出する。
跳躍によって包囲網を脱出し、両手のクロスミラージュを構え、放つ。
包囲していたガジェットを軒並み破壊――振り返ることなく背後からこちらを狙う蜘蛛型ガジェットに向けて、牽制の魔力弾を発射。
曲芸じみた射撃は紛うことなく蜘蛛型ガジェットの中腹を貫く――爆発。
着地と同時に走り出す。

一瞬たりとも立ち止まらずに、相手の斜線上に自分自身、あるいは幻影を配置し続けることで敵の目を全てこちらに引き付け、そして襲いかかってきた敵機を破壊する。

十匹、二十匹程度ならば問題は無い――それが百三十機という馬鹿げた数量になっていることが問題だ。
通常、ガジェットドローンによる戦闘と言っても、精々が五体から十体程度であることを考えれば、常識はずれも甚だしい。
とはいえ――通常ならば、どれだけ常識外れの数量であろうとガジェットドローン如きに遅れを取ることなどは無い。この程度の戦場はこの14年間幾度となく潜り抜けてきた。
だが、今は少しばかり状況が悪かった。

(思ってたより装甲は薄い、移動速度はかなり早い、AMFは面倒だけど何とかなる、武装については警戒する必要あり。当たれば死ぬ。)

視線だけをバスに向ける。
パンクして、あの場所から“動けなくなってしまった”バスを。
今そこには何も無い――オプティックハイドによって光学偽装を施され、ただの道路にしか見えなくなっている。
けれど、そこにいるのだ。パンクしたたまま動けないバスが。

(“バスは動けない”。あの場所から離れることも何も出来ない。)

パンクしたならスペアタイヤに換えて走れば良いのだが、最悪なことにあのバスにはスペアタイヤがなかった。単なる整備不良だ。実際、よくあることだろうけど――今回に限って言えばタイミングが悪すぎる。
パンクしたまま走ることも可能だろうが横転の可能性もある――というか、普通パンクして自動車を走らせる馬鹿はいない。

「……っと。」

こちらを狙い、流動的に動く蜘蛛型ガジェットの群れ。
フェイクシルエットによって幾つもの幻影を生成し、的を散らす。
幻影が銃撃によって貫かれ消えた。即座に次の幻影を生成。消費されていく魔力。
底を尽く気配は未だ無い。
いつまでもこの状況が続けば、それほど遠くない内に底を尽くだろう。
状況は正直芳しくはない。
均衡を作ることは容易いが――今のままではいつか突破されることが目に見えている。

「遅い……!!」

叫び、撃つ。
突破しようとしていた蜘蛛型ガジェットを貫く多重弾殻射撃ヴァリアブルバレット。
カートリッジを使用しない連続掃射。無尽蔵に放ち続ける。魔力の消費は極僅か。数を重ねることで重みを増すという程度。

蜘蛛型ガジェットの目的は既にティアナに移っている。
彼らの周囲を駆け回り攻撃を繰り返す女性――ティアナ・ランスターこそが最も邪魔なのだと判断したのだろう。
ガジェットドローンは簡単な自律行動しか出来ないために、基本的に距離の近い目標を攻撃対象とする。
だからこそ、ティアナは彼らの目標をバスから彼女へと移せたのだ。

魔力は相も変わらず秒刻みに減っていく。
オプティックハイドの維持に必要となる魔力が想像以上に大きかった。

機銃がこちらを狙っている――先ほどから必ず狙われている。
130機――現在は100機ほどの群れの周りを駆け巡りながら牽制と攻撃と回避を繰り返しているのだ。100機の内、必ず1機か2機には狙われている。全ての狙いを外すことなど出来る訳が無い。
幻影を作り、的を散らし、包囲されないように位置取りを繰り返し――或いは包囲されるように位置取りを行い、回避、攻撃。その繰り返しを行いながら、掃射狙撃貫通爆発――目に汗が入って視界が滲む。

「……はあ、はあ、はあ。」

息が切れる。
幾らなんでも走りすぎだ――心中で自身を鼓舞し、走り回る。
魔力には余裕がある。
だが、体力には余裕が無い。体力作りをしようにも、執務官ともなるとそういった基礎訓練に費やす時間は絶対的に少なくなる。
何せ各次元世界を飛び回る仕事なのだ。
体力作りをしている暇があれば、仕事をしなければならない――こんなどこで何が起きるか分からない時代なのだから。
流れる汗。体温が熱い。心臓の鼓動が高鳴っていく。
体力切れまであとどの程度か――分からない。
最近はサポートありきで仕事をしていたからか、体力の衰えを感じる。
若い頃のような無尽蔵な体力など望むべくもない。

(スバルがいれば……楽なんだけどなあ。)

スバル――最近、思い浮かべるようになった名前。昔の相棒。これまで組んだ中で一番最高の相棒。もう、どこかに行ってしまった――多分どこにもいない相棒。
劣勢だろうと優勢だろうと、彼女のことを思い浮かべることが多くなった。昔のことを思い出すことが増えてきた。多分、置き去りにしてきた寂しさを今更になって感じているのかもしれない。

均衡を維持しながらも、走る足は止めない。幻影を動かし、自分自身を走らせ、蜘蛛型ガジェットの目に入るように動き続ける。
走りながら、付近に幾つも発射台(スフィア)を作成し魔力弾を発射。ガジェットを封じ込めていく。

スバル・ナカジマ。彼女は7年前に死んだ――正確には行方不明になった。
彼女はいつも通りに災害救助に赴き、そこで行方不明となった。
死体は見つからなかった。今も見つかっていない。
だから死んだのかどうかはわからないけれど――自分は死んだのだろうと思っている。

災害救助に赴いて、誰かを助けようとして死んだのだろう。それはただの推論の当てずっぽうに過ぎないけれど――実にあの子らしいと思う。
自分の知っているスバル・ナカジマという人間はそういう人間――誰かの為にと生きる人間だったから。そういった人間の末路なんて大体がそんなものだ。
あの頃はそんなこと認められなかったが――今は認めることが出来る。
誰かを守ろうとする人間の末路というのは、基本的に真っ暗な落とし穴にしか繋がっていない。
落とし穴の名前には幾つか種類がある――絶望、裏切り、蹂躙。死亡。それ以外にも幾つも――それこそ数限りない“落とし穴の種類”は思い浮かぶが、そこは割愛する。

“ヒーロー”というのはコミックやアニメの中だけに存在するモノで、現実にそれを成し遂げようとする場合には大きな障害が発生する。
帰結する論理は単純明快な一つの真理――曰く、“世の中はそんなに甘くない”。
認めたくはない。けれど――こんな世の中ではそれがまかり通る。力があれば何とかなる。力があるからどうにでもなる。世の中はそんなに甘くはない――本当にそんな単純なモノではないのだ。
そんなどうでもいい、取りとめもないことを考えながら、戦闘に没頭する。
思考の分割というのは便利なもので戦闘しつつもこうやって無駄な思考を行う余裕を作らせる。

弾幕を抜けようと1機の蜘蛛型ガジェットが無理矢理に突出する。狙う。放つ。装甲を貫く。何度となく繰り返されたルーチンワーク。
――蜘蛛型ガジェットの動きが変わる。それまでのような乱雑な動きではなく、統制の取れた連携を描き出す。
突出した蜘蛛型ガジェットが破壊される――それを“盾”にして、後方の蜘蛛型ガジェットが突き進む。

「こいつら……!?」

弾幕を抜けようと蜘蛛型ガジェットが密集していく――乱雑な動きしか出来ない筈の自律兵器が、統制された動きを奏で出す。
密集していくことで蜘蛛型ガジェットの周囲のAMF濃度が高まっていく――AMF対策であるヴァリアブルバレットであろうと消し去るほどの濃度を形成する。

「……」

無言のまま“双銃を構え、放つ”。
ヴァリアブルバレット――これまでは二層の多重弾殻だったところを三層に変更。必要となる魔力も精度も量も跳ね上がるオーバーSランクだけが放てる“使い道の無い超高等技術”。
彼女自身これまでほとんど使うことの無かった――というか、使い道など無いと思っていた魔法だった。
多重三層弾殻魔力弾がAMFを貫き装甲に着弾――装甲を貫き爆発。
魔力の消費はこれまでのおよそ3倍。最適化を行なえるほど習熟していない為、無駄を省けずに消費魔力はかなり大きい。
それを使うことで――それを使わなければあの蜘蛛型ガジェットが使い始めた強固なAMFは貫けない。
蜘蛛型ガジェットは密集をより強め、巨大な蛇のような“群体”を形成していく。
背筋をぞっと怖気が走る――敵の狙いを理解してしまう。
単純明快な、ティアナが最も選んで欲しくなかった戦法――密集陣形による突撃。
単純な自律稼動しか出来ないはずのガジェットドローンにどうしてこんな学習性能が生まれたのか。
誰かが後方で操っている。それ以外には無い。どこにいるのか――周りを見渡してもどこにいるのかなど分からない。
ならばどうやって――意識を切り替える。どうでもいい。確かに操作している大本を見つけて“潰す”のが最も確実な方法だが、現状探している暇は皆無だ。そんなことよりも目前の危機への対処に集中しろ。

「……。」

即座に両手に握り締めたクロスミラージュを構える。
間断なく移動を続けてきた足を止めて撃ち合いの態勢――発射台(スフィア)を形成。放つ魔法は同じくヴァリアブルバレット。銃口の代替品として発射台を形成。命中精度は僅かに下がるが四の五の言っている暇は無い。
息を吸う――焦燥に駆られる。
息を吐く――焦る心を抑えて、平静を保つことに専心する。焦りに飲み込まれてしまえば、その時点で全てが終わる。
ありとあらゆる攻撃手段――或いは牽制手段が封じられた。
高濃度のAMFとは基本的に魔導師――魔力を用いる技術を使う者全てにとっての天敵だ。
無論対策はある――AMFとは魔力を分解するだけで、魔力によって生み出された現象そのものを分解する訳ではない。だから、“分解される前に”魔力によって自然現象を引き起こしてしまえば、AMFは意味を為さない。

(……ただ、それをやるにはちょっとタイミングが悪い)

勿論、ティアナ・ランスターもそういった対策は持っている――が、彼女の場合は少し特殊だった。彼女の場合、ある程度の準備と――願わくば周りに誰もいないという状況が必要になる。
少なくとも、後方に誰かがいるような状況で、サポートも無しにその“対策”を使ってはいけない。

後悔が胸にある――全力が出せる状況ならこの程度の敵は簡単に殲滅できると言う確信がある。どうして準備をしておかなかったのかと思うが――元々想定していなかった戦闘なのだから仕方が無い。

意識を切り替え、眼前の敵に集中する。
蜘蛛型ガジェットは密集したまま――“蛇”の如き群れを保ったまま、こちらに接近する。加速。曲線めいた軌道で――こと此処に至れば、もはや牽制も何も無い。強化されたAMFの下で幻影は近づいただけで霧散する。故に幻影は全て解除。
余裕は無い。現在の不利な状況下においての最善手――迎撃掃射。その一手のみ。
近づく――睨み付ける。
応援は未だに来ない。
通信は届いてる――間に合わなかったのか。それとも初めから応援に来ていないのか。

(……考えるな。どうでもいいことだ。)

息を吸う。吐く――引き金に手をかける。
意識の撃鉄を落とす――弾丸に火が灯る錯覚。
後は引き金(トリガー)を引くだけ。
彼我の距離凡そ50m――掃射迎撃射程距離。

「――全力掃射(フルファイア)」

発射台(スフィア)への――そして自分自身への命令(オーダー)であり、発動詠唱(トリガーヴォイス)。
魔力収束精製――開放発射。

「行け……!!」

小さな叫びと同時に引き金を引く。全力掃射が開始される。
1秒間に24発の多重三層弾殻魔力弾を発射。それまでの数倍の速度で魔力量が減少していく。
気にすることなく掃射を継続。放つ放つ放つ放つ。放つ度に蜘蛛型ガジェットが何匹を破壊していく――構うことなく突き進む蜘蛛型ガジェットの群れ。掃射を継続。発射台(スフィア)から撃ち放つヴァリアブルバレットはそのまま、両手に握る双銃を動かし、狙いを蜘蛛型ガジェットの足元――節足の関節部へと変更。最前列の足を止めて、後列の前進を阻害する。
停滞は一瞬――後列のガジェットは前列のガジェットを踏み潰して、突き進んでくる。
予想通りの反応。あの程度の障害など子供騙し程度にもならない。
構わず放つ――あちらに傾いた天秤を力技で無理矢理こちらに引き戻す。

知らず顔が歪んでいく。全力掃射とは、いわば息継ぎ無しで行う潜水のようなものだ。
リンカーコアを最大出力で稼働させ魔力を作りながら引っ切り無しに魔法として吐き出していく。息継ぎ――身体を休め、魔力を補充する――などやる暇などない。一瞬でも手を抜けば、この勢いに飲まれてしまう。
魔力には余裕がある。消費が増えたと言っても、あと二十分はこのままの均衡を維持する自信はある。
問題は魔力ではなく体力だ。
人間はどれほどに鍛えたとしても全力で身体を動かすことのできる時間には限界がある。
30秒から40秒。どれだけ鍛えたとしても、2分以上は無理だろう。
魔法を放つ根幹は魔力だ――だが、それを行使する為には体力も使う。当然だ。人がする全ての行動は体力を以て行われるのだから。
故に――

「………っ。」

均衡という名の天秤にヒビが入る。
汗が流れる。鼓動が爆ぜる。目の前の敵の進軍は終わらない。相も変わらず徹頭徹尾純粋に単純に一直線に直進する。
体力が底を尽きかけているのを実感する。折れそうになる心。魔力にはまだ余裕がある――その事実に縋り付いて、諦めることを否定する。

「……まだ、よ。」

放つ放つ放つ。一斉に蜘蛛型ガジェットの群れがその体躯に配置したガトリングガン――見ればガトリングガンだけではなくミサイルランチャー、無反動砲、グレネードその他諸々の重火器が揃っている。
もし――あれらを今一斉に放たれれば終わりだ。今の自分にはあの多数の重火器を防ぐ術は無い――あるにはあるが、それは進軍を押し留めることが不可能になることを意味している。

(――誘われた?)

狙いはこれか。
単純な進軍を続けて、こちらの魔力を削り、頃合いと見れば一気に進軍を行い、こちらが進軍を押し留めることに集中せざるを得ない状況を作り出し―― 一斉掃射で終わらせる。
バスを狙っていると見せかけたのもおそらくはフェイク。そうしておけば、必ずティアナ・ランスターは乗客を守るように動くだろうから。

「やばっ。」

反射的に呟く。重火器がこちらを向いた。発射の気配を感じ取る――装填は既に済んでいるのだろう。
放たれる。その全弾が当たるわけではない。むしろ、当たるのはその中の一割程度―― 一発でも当たれば確実に死ぬのだから、命中精度の悪さなど何の問題にもならない。
輝く。赤い花が咲く。数は――数えるのも億劫なほど。

回避しろと身体が反応し、理性によって押し留める――双銃を使い、放たれた火線を所構わず迎撃する。秒間6連射の早撃ち(クイックドロウ)。それが両手で12発。秒を追うごとに12発ずつ火線を破壊し、100発程度の火線が瞬く間にその数を減らしていく。
無論、100発全てがこちらを狙っている訳ではない。中には完全に狙いを外れたモノもある――気にせず迎撃。優先順位はこちらを喰い破ろうとする弾丸だけ。同時に弾幕を張り、蜘蛛型ガジェットが寄り集まって出来た蛇の動きを阻害する。

「……。」

無言のまま目前の光景に集中し、均衡を維持することだけに専心する。
そして――その中の一発が、彼女を通り過ぎていく。

「あ」

間抜けな声をあげた。あげた時には遅かった。
自分に命中するであろう火線にだけ集中していたからこその反応の遅れ。
その火線――恐らく狙いを外れたミサイル――は自身の後方に向けて飛んでいく。
その先には――オプティックハイドによって偽装したままのバスがある。

――その行動は思考よりも早い反射の速度。

「――。」

即座に振り向き、右手の銃を構える――放つ。狙い違わず命中、撃墜。乗客は無事だ。
そして――

「……まあ、こうなるわよね。」

振り返れば、弾幕を潜り抜けてきた何十発もの火線――幾つもの砲撃が放たれていた。
銃口を構え放つ――迎撃するには既に近づきすぎている。
砲弾を破壊し、弾丸を弾く。次の瞬間、その後方から幾つもの砲撃が更にひしめき合って迫りゆく。
迎撃、破壊、捌き、防ぎ、弾き――先ほどまでと違い、余裕などまるでない距離。先ほどまでは目算で40m。今は目算で10mも無い。そんな至近距離から間断無く続く砲撃や銃撃を防ぎ、牽制し、捌き、弾き、壊し、仕舞いには蜘蛛型ガジェットの進行すらも押し留め――彼女の付近にミサイルが着弾し、爆発。土ぼこりが舞いあがり、彼女自身も吹き飛ばされる。吹き飛ばされながらも攻撃の手は休めない。血走った眼が見つめ続けるのは未だ標的――進軍を抑え込むことしか彼女の眼には映らない。
地面に着地。空中に飛ばされたことで一瞬弾幕が弱まった――角度が変わり、進軍がしやすくなったのだ。
着地した瞬間には更に距離が縮められていた。もはや彼我の距離は目と鼻の先と言って良いほどに接近している――目算で3m。距離など無いに等しい。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」

絶叫のような咆哮を上げて自分自身の限界突破を“願う”。
撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て。
考えるな。何も考えるな。これで終わるとか、これは無理だとか、そんな敗北するイメージを全て捨てて撃て撃て撃て撃て撃て。
ここまで押し上げられてしまえば、その時点で既に何もかもが終わっている。彼女がやっていることは単なる時間稼ぎの悪足掻きに過ぎない。
それでも関係無く撃つ。撃ち続ける。この期に及んで思考などしていない。

――ガジェットが先ほどよりも近づいている。残り2m。

目の前で絡み合い蠢く蜘蛛型機械の様相は醜悪を通り越して、劣悪だ。美しさなどどこにも無い、ただ愉快に殺すためだけに作り出された様式。
壊しても壊しても現れる蟲の集団。銃撃が発射台(スフィア)を破壊。弾幕が薄くなる。更に破壊。弾幕が薄くなる。そして破壊。弾幕が消える。

――ガジェットが一気に距離を詰める。残り1m。次瞬には50cm――10cm。
目前にガジェットの節足が自身の胸に伸びている。コンマ一秒もかからずに、その尖った節足は、この胸を貫き、蹂躙する。
魔力弾で迎撃。間に合わない。防壁を展開。間に合わない。
終わる――終わる。
貫通の瞬間まであとコンマ数秒。
最後の最後まで抗い続け、双銃からは魔力弾が放たれ続けている――ゼロ。死ぬ。

「だぁぁぁらああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

横合いから絶叫が飛び込み、眼前の光景が一変する。吹き荒れる黒い暴風雨。蜘蛛型ガジェットが吹き飛び、何発もの砲撃が吹き飛んだ。

「……へ?」

間の抜けた声。それが自分のあげた声だと気付くまでに数秒必要だった――その数秒で状況が一変する。

目の前に現れた黒いヒトガタ。
血走った紅い目を爛々と輝かせ、砕けろとばかりに奥歯を噛み締めた悪鬼羅刹の形相。
体躯は黒い装甲で覆われ、全身が尖り切ったニンゲンとキカイの中間存在。
真っ赤に瞳を燃え上がらせた黒い鎧武者――或いは黒い悪魔がそこにいた。

「ああぁぁぁぁぁああああ!!!」

言葉にならない絶叫。黒い悪魔が動く
側面からの強襲を蜘蛛型ガジェットは想定していなかったのか、あまりにも無防備に拳による一撃――何らかの処理を施されているのだろう。見た目に反して威力が大きすぎる――によって吹き飛んでいった。
右の一振りで三体――1,2,3体。左の一振りで更に三体――4,5,6体。左拳を引き戻し勢いを活かし回転し勢いをつけた右の一振りで更に三体――7,8,9体目までを破壊。
吹き飛ばされた蜘蛛型ガジェットは内部機構を空中に散乱させながら、四散していく。そのまま、右腕を突き出し、朱い瞳がかっと見開いた。

砲撃音が鳴り響く――“空間が歪む”。
突き出した右腕を中心に空間に同心円状の波紋が発生。砲撃が波紋に受け止められ爆発し四散する。
その波紋に向けて、蜘蛛型ガジェットが前進する。黒い男の足元が地面にめり込み、後方に押しやられていく――両手を前に突き出し、更に更にと前傾姿勢。浮かび上がった波紋を盾にして、踵部分にも波紋が生まれる。空間が歪む。足が接地していた地面が吹き飛んだ。爆発的な加速――密集して前進しようとする蜘蛛型ガジェットを一気に押し返していく。

目をぱちくりさせる。
目の前の光景が信じられなかった。
応援が来た。側面からの強襲。殺される寸前での攻撃――出のタイミングを計っていたの如き絶妙のタイミングでの登場。
そして――そして、これは、本当に“何故だか”分からない感情。

「……すば、る?」

何故かは分からない。分かるはずもない。
自分自身ですら理解できないのだから分かる訳が無い。
今、蜘蛛型ガジェットの群れを押し返していく、その背中。
見た目はまるで違う。黒い鎧と赤いスカーフを首に巻きつけた男――少年とも言える年齢の男。
見た瞬間、背筋が震えた。稲妻が走り抜けた。目が離せなくなった。
もう、どこにもいないはずの相棒に“似ている”。
唐突に、落雷のように、落とし穴のようにして――何の前触れも無く、何の伏線も無く、ティアナ・ランスターはそんなことを思った。


『ここで来ないで何の為の管理局よ!!』

甲高いヒステリックな声音。
その言葉を聞いた瞬間、心臓が高鳴った。胸の奥で何かが蠢いた。
心臓がドクドクと鼓動を大きくし、全身に起きろとばかりに血流を送り出す。

(……何、だ、これ。)

驚愕は自分の身体に向けて。
助けになど行ける訳が無い。残り時間は8分46秒。今、戦闘が行われている場所まではどんなに早く走ろうとも3分はかかる。そうなれば残り時間は46秒。制限時間を超えてしまう可能性が大きい。
制限時間を超えての戦闘は危険だ。最悪全てを巻き込んで殺してしまう可能性がある。

――真っ赤な世界。真っ赤な空。血の味。鉄の味。自分が単純明快な一個の機械になった快感。思考を放棄することでのみ至ることの出来る完全なる静寂。

ぶる、と全身が震えた。記憶の底に仕舞い込んでいた映像が再生されそうになり、無理矢理に掻き消す。

(……行ってどうなる。また、殺したいのか、俺は。)

ランド・クルーガーの機械義肢にはある大きな欠陥がある。
無論、実験段階である“製品”には欠陥などあって然るべきだが、この欠陥はそういった欠陥とはそんなレベルではなく、開発を止められない方がおかしいほどに“致命的な”欠陥である。

――制限時間を超えて戦闘を行った場合、目に映るモノ全てを攻撃対象として認識してしまう。
理由は脳髄に埋め込んだチップ型デバイスによって起きる人格浸蝕作用の弊害。彼ら戦闘義肢を扱う者は脳内に超小型のチップ型デバイスを埋め込まれている。
これらは義肢の換装と管理を請け負っているのだが――その管理の際に、脳にある命令を送り込む。
その身体はお前のモノだ――お前は機械でもあり人間でもある“化け物”なのだ、と。
彼らはそうした命令を受けることで、自身の身体が機械であることの忌避感を消失させて機械義肢を使いこなす。
人間でも機械でも無い中間存在という精神構造を埋め込まれ――それが突き進むことで人間と機械の境界線上にいるはずの彼らは自律稼働機械と化して暴走する。
境界を越えてしまい、精神は機械化を起こし――けれど、意識は人間のままなので、自分自身に忌避感を覚える。そして生まれる拒否反応――目に映るモノ全てを殲滅することでしか発散されない肥大化したストレスだ。
一旦暴走してしまえば、ストレスの発散――殲滅が終わるまで彼らは自我を取り戻すことが出来なくなる。
そうなった時の措置として、義肢には全て爆薬が埋め込まれている。
誰かを殺してしまう前に、自身を殺してもらうという処置。爆薬は彼らの肉体――生身の部分も含めた全身――を中心に半径5m程度の範囲を爆風と爆圧で木端微塵にする。
機械義肢の外部からの信号による停止は暴走状態になると受け付けなくなる。

――危険というのは殺す危険があるからだ。
行けば、もしかしたら殺すかもしれない。通信を送った女も、その場にいる民間人も全て。
暴走が始まれば自分は殺されるかもしれない――それに巻き込んでしまうかもしれない。

そこまで危険な代物をどうして扱うのか――この時代はそんな欠陥品でも必要な時代だからだ。
テロによって疲弊した次元世界。猫の手も借りたいどころか、使えるものは何でも使う――人造魔導師になる四肢無き人間たち。リンカーコアのある無しは問わない。
詳しいことは知らない。聞く気も無い。聞いたところでどうしようもない――どの道、そのレールに乗らなければ、両手両足の無い達磨のまま生きていくしかなかったのだから、選択肢など皆無に等しい。

過去、ランド・クルーガーは一度だけ暴走したことがある。
仲間――仲間と呼ぶには薄い付き合いだったが、彼らと模擬戦を行っている最中、それは起きた。
視界が真っ赤に染まり、目に映る全てが敵になり、疑いを持つことも無く、ただ目前の敵――それが本当に敵なのかどうかも理解せずに――を壊すことに没頭していく。
その時のことを思い出せば今でも身震いに襲われる。
怖くて――本当に怖くて、震えてしまう。
その“最中”は何も思わない。一個の機械と化して、自分自身に課せられた命令(オーダー)を忠実に実行しているのだから問題は無いとさえ感じてしまう。
それがどれだけおかしくても――機械は何も考えない。インテリジェンスデバイスよりも更に下位のただの機械に成り下がる。

意識を取り戻して、まず初めに思ったことは、恐怖だった。
自分が自分で無くなっていき、何かに奪われてしまっていたという感覚。
得体の知れない命令(オーダー)の為に、拳を振るい、身体が壊れていくことにも何も感じず、“没頭する”自分自身。
思い返せば、確実にそれは自分ではない――なのに、殺した感触と、無機質な蟲のような目をしていた仲間を思い出す。
何の感情も浮かんでいない瞳。純粋と言えば聞こえは良いが、実際は何も考えていないだけの目だ。
知性の欠片も感じられない、底がまるで見えないほどに冷たい瞳。
そして、その瞳に映りこむ自分も同じく冷たい瞳――蟲のような感情のこもらない無機質な瞳をしていた。

「……っ」

ぶるっと身体が震えた。
その果てにランド・クルーガーは、ただ一人生き残った。
真っ赤に染まった両腕。真っ赤に染まった顔。真っ赤に染まった視界。
自分以外の全ての戦闘義肢装着者を殺して、生き延びた。

人を殺した。巻き込んだ。それに関しては今さら怯えるようなものでもない。その後に生まれる、殺人犯と言うレッテルも、有用性を証明出来なかったことへの叱責も同じく。どうでもいいという魔法の言葉が折り合いをつけさせてくれた。
――それでも、その恐怖だけには未だに折り合いが付けられないでいる。
折り合いをつけるのが怖い。折り合いをつけて受け入れてしまえば、自分が何か別のモノに変わってしまうような怖さを感じて。

(……行くはずが無い。きっと他の誰かが行くはずだ。気にするな。俺には関係ない。)

疲れ切った身体に引っ張り込まれるように、思考も疲れ切って碌なことを思いつかない。
そう思って、瞳を閉じようとする。
瞬間、耳に届いて欲しくない言葉が届いた。

『……そっちにもガジェットドローンが出た? こっちに代わりに言ってくれだと!? 馬鹿な、知ってるだろうが、こっちは制限時間が……おい!! くそったれ、あのヤロウ、切りやがった!!』

カルディナの声。レオパルドが拾った声――会話内容が簡単に推測出来る。
つまり、“ガジェットドローンがこっちにも出た。だから、行けない。あの場所に行けるのは自分だけ”。
向こうの部隊もガジェットドローン程度で終わるほどに弱い訳ではない。全滅の心配はいらないだろう。その代わりに、あのバスは見捨てる。そういうことだ。

沈黙が世界を包む。天幕のように脳髄を包み込む。
カルディナは何度も何度も声を出そうとして、出せないでいる。
多分、迷っているのだ。

残り時間は8分46秒。そこに行きつくまでに3分。戦えば――残り時間が無くなるのは明白だ。
先ほど指定した5分と言う時間はいわば目安。
5分までは確実に自己を保てる。だが、それ以上はあくまで“奪われないと思う”程度でしかない。事実、以前自分が“暴走した”のは残り時間2分の時点だった。最も早く奪われた人間は5分で奪われた。

本来なら、絶対に行ってはならない。見捨てるべきだ。
カルディナ・タヨートはランド・クルーガーの上司としてそう指示しなければならない。
味方殺しを“再発”させない為に―――だが、ここでそれを看過出来るような人間ならば、ランド・クルーガーは当の昔に見捨てられていただろう。カルディナ・タヨートとはそういう男だ。年齢の割りに驚くほど青臭い。絶対に誰かを見捨てることが出来ない。

接続を開始。再度動き出すカウントダウン―――残り時間“8:45”。

『……ランド、聞こえてるか。』
「準備は出来てますよ、カルディナさん。」

カルディナが口ごもる。そして――呟く。

『行ってくれ。』
「――了解。」

伝えられる“命令(オーダー)”。
苦しげな様子を見せないところは年の功と言うべきか――そんな益体もない考えが浮かんで消えて霧散する。
脳髄に埋め込まれたデバイス・レオパルドに伝令。
活動開始――膝が折れて身体を前に突き出す前傾姿勢(クラウチングスタイル)。

全身を幾何学模様にジグザグに通り抜ける紅い光。
瞳が金色に染まり出す――僅かに滲む朱色=侵食の証明。
機械化。浸食。侵される。侵される――安定。

走行を開始。
稼動する全身。重力図が全力走行に適した姿へと変形する――前方を地面方向/後方を前方向/左右も同じく前方向=ロードレースにおける高速巡航のように空気抵抗を減らし、早く走る為だけに、それ以外を“無視”した形態。

一歩踏み出す。地面に重力によって重量を増加した右足が地面に食い込む/後方・左右からの強制的な前進によって前傾姿勢になり倒れ込もうとするエネルギーを余さず前進のエネルギーへと変換。
一歩踏み出す。右足と同じように左足が地面に食い込む/前進する為のエネルギーへと変換。

走っているのか走らされているのか分からない機械の稼働に足を合わせる/両足の回転数を上げる――足が無くとも回す下半身が一部だけあれば稼働は可能という強化外骨格(エクゾスケルトン)としての最高位。

「……行く、ぞ。」

残り時間はすでに8分を切っている。自意識で活動出来ると断言出来る瞬間まで、あと3分。
走り出す。足を回す。両腕を振る。顔をしかめる。奥歯を強く噛み締める。
そして――駆け抜ける。


「だぁぁぁらああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

見えたと思った瞬間には右腕を振りかぶり、突撃していた。
真っ赤な視界。濃淡でしか表現できない敵と味方。
まだ判別出来る。残り時間は予想通りに5分32秒――あと30秒で危険な時間帯に入り出す。
咆哮――思うままに両手を振るう。一撃二撃三撃――そのまま右手を突き出し、展開出来る最大範囲に重力によって盾を形成。弾くよりも捌くことに特化し、後方への攻撃を防ぐ。
後ろには――オレンジ色の髪の女。
自分よりもかなり年上/精神年齢では同じくらい――胸の鼓動が煩い。見たこともない女なのに彼女を見た瞬間押さえようがないほどに心臓が跳ね上がり鼓動が煩くなっていく。
胸がザワザワして落ち着かない気分になる。
欲情にも似た――けれど欲情とはまるで違う清廉な気持ち。欲情などと考えた自分に嫌悪感さえ覚えた――それこそお門違いも良いところだろう/思考を振り切り攻撃に集中。
両手から発せられる重力波の壁によって、ガジェットの群れを押さえつけようとするも、これだけの大軍を抑えつけられるはずがない―― 一気にガジェットの群れに押し込まれ、吹き飛ばされそうになる。

「ぬ……ぎ……!!」

左腕を突き出し、両腕でガジェットの大軍を抑えつける――視界が真っ赤に染まり、目の前しか見えない。
前傾前傾前傾、足が地面に食い込む/斥力を踵から発生――無理矢理身体を前進させて抑え込む。
ガジェットが色取り取りの砲撃を撃ち放ち、展開した防壁が衝撃で歪み、支える両腕を揺らし、響き、接合部に激痛が走る/痛みも気にならなくなるほどに意識を前面方向一直線に集中させ、視野狭窄を行わせる――レオパルドによる暗示。頭痛が酷い。目の奥が痛い。口内が痛い。痛い痛い痛い痛い痛い――痛いが多すぎて、痛いのかどうかさえ曖昧になっていく/痛覚を凍結。思考が一気に鮮明になる/視界の赤が強まっていく。
咆哮。叫んでいるのかどうかすら定かではないがとにかく叫ぶ。叫んで叫んで自我を維持。
時間を見れば既に危険な時間帯に突入している。背筋に恐怖が走り、鳥肌が立った。
それでも押し留める。
押し留めて、後方のオレンジ色の髪の女から敵を離す――何故そんなことを思ったのかはさっぱり分からないが、とにかくそうしなければならないという強迫観念がランドの身体を突き動かす。

「……すばる?」

聞こえた声は聞いたことも無い声だった。
当然だ。後方の女と会ったことなど無い。初対面もいいところだ。
なのに、どうして心臓が跳ねる。会った事も話した事も無い初対面の女を、どうして“守れ”などと思うのか。
訳が分からない。自分の中に、自分とは切り離された誰かがいるような錯覚を覚えた。
突進してくる蜘蛛型ガジェットの群れ。数の暴力でこちらの防壁を乗り越えるつもりなのか――爆発が起きた。目前で蜘蛛型ガジェットが防壁に接触した瞬間に自爆――爆炎で前が見えなくなり、衝撃で防壁が揺らいだ。両腕の機械義肢が鈍い音を立てて軋み始める。
咄嗟に後退しようとするも、後方にいる女のことが頭に思い浮かび、押し留まる。
何で――何で、動けない。
意味が分からない。訳が分からない。理解できない。考えることも出来ない。
ランドの胸を焦燥と困惑が駆け巡る。
状況は最悪。
一旦退いて態勢を立て直すのが一番良い――理性はそう判断して、本能よりもさらに奥。胸の鼓動がそれを邪魔して、足を動かすことを阻害する。
時間は無い。朱く染まった視界の中では敵と味方の違いなど朱い色合いの濃淡の違いでしかない――敵は真紅、味方は薄紅色。そんなことを考えられる程度には理性が残っていた。

「ぐ、ぎ……!!」

足が更に地面に食い込み、膝で火花が散った。駆動音が最大限に、両手両足の内部機構が悲鳴を上げる。
現状、この大軍を押し留める力は自分には無い。両手両足の機械義肢は既に限界間近。軋みを上げて限界稼働中。いつ壊れてもおかしくない。さっきから火花が散っているように見えるのは多分視界の異常化による見間違いではない。
度重なる自爆と砲撃。抑え込んでいる防壁はいつ砕け散ってもおかしくない。
何もかもが切羽詰まってくる。

頭痛が酷い/痛い/痛い/痛い――機械化する思考。
視界の朱い色合いが強まる/機械化する思考。
濃淡でのみ判断していた敵味方が曖昧になっていく――全て真っ赤に染まって違いなど何も分からない。
そろりと脳の奥から這い出してくるおぞましいナニカ――真っ赤に染まった無機質の眼と真っ赤な鋼で彩られたどこぞの誰か。
イメージがあふれ出る/無機質な眼/無味乾燥な顔/真紅と相反する漆黒――自律稼働兵器となる自分の空想。
全身の激痛=浸食を加速――反転する異常と正常/壊れゆく境界面。
口が開く/湧き上がる朱い蒸気――口から/関節部から/眼から/耳から――体中の穴という穴から“朱”が湧き上がる。
浸食が完了する――人間性の排除まであと僅か。
残り時間は3分30秒。
視界は虚ろで曖昧/何も見えない/脱力する――もう何もかもがどうでもいい。
思考も意識も手放してしまいたくなる――欲求に従い手放す/解放感。

「あ……あ……!!」

喘ぐような声。涎を垂らした無様な顔を曝した瞬間、ランドの防壁の前で一際大きな爆発が起きた。
10機ほどのガジェットドローンの一斉突撃、続いて自爆、そこに撃ちこまれる数十発の砲撃。
爆炎が登り、衝撃波が弾け飛んで、防壁に亀裂が入った――同心円が崩れて壊れて弾け飛んだ。
両腕の機械義肢が肘のあたりでねじ切れた。
目前の爆発は未だ途切れず続く。反射的に後方に跳躍。爆発の勢いを利用し――というよりも吹き飛ばされ、両腕を失ったまま、宙を舞うランド。吹き飛ばされる瞬間の世界は敵も味方も関係ない赤一色。意識が奪われる直前の光景。時間切れは間近。
断線していく全身の神経接続。最後の力を振り絞っての自分自身の停止作業――奪われる前に全ての回路を切ってしまえば、その時点で自分には何も出来なくなる。両腕の補充は行わずに、そのまま地べたで寝そべってしまおう。
そう思って、宙をくるくると回転しながら、地面に激突する寸前――視界の端に“オレンジ色の髪”を見つけた。
――胸がどくんと鼓動を起こす。断線しようとしていた神経接続を“拒否”。再度接続。真っ赤に染まったはずの視界に僅かに戻ろう濃淡のグラデーション。
火花を散らして壊れそうな両足に力を込めて、重力制御開始。

「――ぎ、が……あ…!!!」

着地――同時に頭痛が再開。残り時間は既に3分を切っている。
まだ、自分はランド・クルーガーだ。
違和感。何故まだ自分は自分でいられているのか――頭痛が思考をさせない。

「止めてくれて助かったわ。正直危なかったから。」

――声がする。心臓が大きく跳ね上がる。煩い黙れ。自分の声を拒否しして心臓は勝手に高鳴っていく。
ランドの朱く染まった視界に映り込むオレンジ色の髪の女。
真っ赤にそまった視界の中でも、その女の姿だけは“まとも”に――奪われそうになった意識ですら、維持している。
ランドの胸で唸る困惑。この女は誰だ。何者だ。どうして、この女を見ることで自分自身が取り戻せるのか。

「キミはそのままそこで寝ていなさい。今、私が全部終わらせるから。」

声の調子は酷く優しげで――どこか悲しさを伴わせている。
ランド・クルーガーは両腕を失った達磨一歩手前の姿でオレンジ色の髪の女――ティアナ・ランスターを見つめていた。
胸にある感情は得体のしれない、理解し難い感情――郷愁、恋慕、悲哀、喜び。凡そ今の自分が浮かべるはずのない感情だった。
その感情を覚えることにむしろ恐怖すら抱き、ランド・クルーガーはティアナ・ランスターを見つめていた――睨みつけていた。
そして、その感情はティアナにしても同じだった。
背後に彼を庇い、彼女は立ち上がり、構える。
これまでの射撃によって魔力は十分に溜まっている。あとは溜まり込んだ魔力に指向性を与えて撃ち放つだけ。
黒いヒトガタが生み出した間隙によって、戦闘を終わらせる一手を行うことが出来る。
それについては感謝している。死ぬ寸前だった彼女を助けてくれたのは背後で死にかけている少年だ。
だが――そんな少年にどうして自分は懐かしさを覚えているのか。
彼女もまた動揺し、困惑していた。
目の前に現れた朱いスカーフを首に巻きつけた黒いヒトガタ――ランド・クルーガーはティアナにとって初対面だ。懐かしいという感情を覚える訳が無い。
どこかで知らずに会っていた?そんな訳が無い。その程度の縁ならば、こんな具体的な懐かしさ――スバル・ナカジマに似ているなどということを考える筈が無い。
思い出とは繋がった縁の太さによって鮮明度が変化する。
太い縁で繋げられた思い出は数珠繋ぎに幾つもの思い出を想起させ、鮮明な過去を形成していく。
細い縁で繋げられた思い出によって形成される過去は酷くおぼろげで鮮明さなど欠片も無い。何かの拍子に都合のいいように書き換えられてしまうことだってありうる。

「……まあ、いいわ。後から聞くから。」

迫りくるガジェットの群れ。
左手のクロスミラージュで掃射を行いつつ、周辺の魔力に加えていた操作を続行。
滞留した魔力を操作し、魔法を形成していく。組み上がる魔方陣。
魔方陣に滞留していた魔力を注ぎ込み、収束させる。イメージは渦。それも、真っ縦に天に向かって駆け登る細長い――けれど剛力の渦だ。

「スターライトブレイカー。」

呟き――詠唱とともに魔力の収束が加速する。魔方陣の内部にて、収束した魔力が加速し、回転し、輝き出す。
ちらりと後方を見る。
朱い瞳でこちらを睨みつける黒い鎧の少年。
見た目はまるで似ていない――だから、懐かしい訳が無い。
戦い方もまるで似ていない――だから、懐かしい訳が無い。
目の前にいるのは黒い鎧と赤いスカーフを首に巻きつけた少年とも言える年齢の男だ。
ティアナの知る彼女とは何もかもが違う――性別が違う、姿が違う、年齢が違う。
けれど――懐かしいと感じてしまう。似ていると感じてしまう。
何が懐かしいのかなどさっぱり分からない。立ち居振る舞いが似ているのか、それとも戦闘のどこかの部分が似ているのか。
ティアナ自信にもまるで判別できない不確定な懐かしさ。
もうどこにもいないと思っていた彼女に“似ている”少年。
理由は分からない。もしかしたら、生前の彼女と彼には何かしらの繋がりがあったのかもしれない――多分、違う。確信がある。スバルにはそんな繋がりは無かった。無かったはずだ。一番仲の良かった自分が知らないのだから。

「モードB。」

呟き――詠唱。魔方陣が姿かたちを確定する。
回転は未だに収まることなく加速し、輝きが強まっていく。
蜘蛛型ガジェットの群れはもう十秒もしない内にその魔方陣に“到達”するだろう――それで全ては終わる。
あの黒い鎧の少年が何機か壊してくれたことと、押し留めてくれたことで、蜘蛛型ガジェットの走る軌道は酷く直線的で、固まっている。全方位からの強襲を警戒しているのか、それまでのように前方だけに意識を集中している訳ではない。
標的が二つに増えたことに彼らは対応し――だからこそ一網打尽にすることが簡単になった。
蜘蛛型ガジェットが魔方陣の上部に到達する。

「――ぶち抜け。」

毒づき――詠唱。
次瞬、魔方陣の輝きが一際大きくなり、土砂が崩落するような轟音が鳴り響く――それはある意味では最も正しい比喩。
地面から天に向けて、重力の方向に逆らって、“土砂が崩落した”。
天に向かって突き抜けていく白い光の柱。突き上げた拳のような様相。
蜘蛛型ガジェットの殆どすべてがその光の柱に巻き込まれ、上空に吹き飛ばされた。
下方からの“土砂の崩落”と爆発によって、内部機構ごとバラバラに引き千切られた蜘蛛型ガジェットはその原型を保つことも出来ず、四散し、空中で爆発――或いは地面に激突し、鋼の塊になり果てていた。
“設置型”収束砲撃魔法スターライトブレイカー・モードB。収束型砲撃魔法であるスターライトブレイカーの亜種である。予め発射地点を決めておき空間に満ちた魔力を発射点に収束させて放つという魔法。遠隔操作であるがゆえに消費する魔力量は原型よりも僅かに大きい。だが遠隔操作である分、今のように直進してくる敵に対しての効果は大きい――あくまでハメた場合は、だが。
だが――破壊出来たのは“全て”ではなく“殆ど”だ。中には辛うじて無事に済んだ機体もある。その数は1機。対するティアナの魔力量は枯渇寸前。けれど、

「……」

ティアナはそんな状況にあっても微動だにしない。直進してくる蜘蛛型ガジェット。武装は全て破壊されて残るはその節足による攻撃のみ。けれど鋭く尖った節足の攻撃はバリアジャケットによる防御など軽々と貫く。
ティアナもそんなことは分かっている。けれど、彼女は双銃を構えることもなく、ただその光景を眺め続ける――まるで他人事のようにして。

「……」

胸にある想いは複雑だ。
自分は今何を確認しようとしているのか。
不確かな思い。忘れられない相棒。忘れたかった相棒――忘れたはずの相棒。
確認しようとしている思いすら曖昧で、自分が今やろうとしていることの意味合いすら判別できない。
――自分は一体何がしたいのか。

迫る蜘蛛型ガジェット。節足が降り上がり、振り下ろされる。軌道は胸に向けて――心臓を一突きしようとしている。
迫る。僅かな間隙を開けて死が迫る――不思議と恐怖は無い。確認すべき事柄は多分もうすぐ確認できる。確信めいた想いを伴って、その時を待つ。
漆黒の影。朱い瞳が軌跡を残して彼女の横を素通りしていく。

「……似てる、な。」

風を切り、轟音を上げながら、黒いヒトガタの右拳が疾走する。
振り被って突撃し振り抜くというテレフォンパンチにしか見えない攻撃方法――けれど、全身の力を集約する意味合いで言えば、ある意味では正しい殴り方。ガジェットに拳が接触し“着弾”。同心円上の波紋が空間に浮かび、衝撃波が全方位へ発生。蜘蛛型ガジェットが跡形もなく四散し、吹き飛んでいく。
衝撃によって起きた風がティアナの髪が揺らし、視界を阻害する――それでも気にせずに彼女は黒いヒトガタを眺め続けた。
失った両腕は既に復旧していた。どういう手管によるものかは分からないが――転送魔法などの類だろう。ごく稀に戦場で見かけたことがある。
機械義肢。転送魔法によって、四肢無き達磨を戦士に変える魔法よりも魔法らしい魔導師未満。

「……キミがランド・クルーガー。」

確認はしていないし、当てずっぽうの推測――というよりも、彼女の直感に過ぎない。
それでも、彼女は何故か確信していた。
目の前の男がこれから自分がこの街で手を組む相棒なのだと。
黒いヒトガタは蜘蛛型ガジェットを殴りつけると全身から白い蒸気を吹き上げて、倒れ込む――両手両足が粒子と化して、“人間の手足”に舞い戻った。
吹き荒れる風がティアナの髪を揺らす。
圧倒的ではない力。魔導師で十二分に代替可能な力。猫の手も借りたい状況でなければ必要とされない強くも無く弱くも無い中途半端な力。

「……何で、似てるのか。」

呟きは風に巻き上げられて消えていく。
彼女のその問いに答える者は誰もいなかった――今はまだ。

始まりは唐突に。
これは、生まれ変わった男と友を失くした女が出会い運命に立ち向かう物語。
これは、悪魔の如き力を持った異邦人が史実通りに世界を進めようとする箱庭にての物語。
これは、出来損ないの異邦人と全てを手に入れた異邦人が織り成す、“この世界”にとっての悪夢の――そして、希望の物語。
スポンサーサイト



リンク
最近の記事
プロフィール

SOWW

Author:SOWW
 リンクはフリーです。
 プロフィールの写真はスコットランドとイングランドの間にある町の空です。新婚旅行でネス湖行ってきましたが、ネッシーに会えませんでした。
とりあえず気合い入れて頑張ります。更新します。

カテゴリ